2021年5月21日 (金)

平湯温泉と奥飛騨

 先週末のお出かけ最終編です.

 安房トンネルを抜けて岐阜県側に入りました.次の目的地は日本の滝100選の平湯大滝です.トンネル出口から平湯温泉とは反対側に向かい少し行ったキャンプ場から左折します.細い道を進んでいくと数分で平湯大滝展望所の駐車場に到着しました(この駐車場は昨年整備されたもので,それ以前はもう少し手前にある平湯大滝公園駐車場から10分くらい歩く必要があった).

0hirayu (写真1)平湯大滝

 平湯大滝は1~2万年前の噴火で流れてきた溶岩塊の端から落ちてくる滝で,落差64メートルと迫力十分です(平湯大滝).午前中の三本滝は我々以外の環境客がいなくて貸し切り状態でしたが,こちらはアクセスの良さもあるのか数組の観光客がいました.

 この日の宿泊先は平湯温泉なんですが,チェックインまでまだ少し時間があるため,温泉街の外れにあるナガセスッポン養殖場へ.ここは平湯温泉のお湯を利用してスッポンを養殖し,栄養補助食品を製造しているところです(温かい温泉水を利用することで早く成長するのだとか).水槽でスッポンを眺めたり,ここの定番商品スッポン球のお試し版を購入してみました.

Dsc_1689 Dsc_1683 (左写真2)スッポン養殖場,(右同3)水槽のスッポン

 ちょうどいい時間になったため,この日の宿泊先の匠の宿深山桜庵へ.平湯温泉では一番立派な旅館です.チェックインを済ませてさっそく温泉に繰り出します.コロナ禍の今はチェックインと同時に温泉に入るのがミソで,そうするとほぼ貸し切りでお風呂を堪能できます(この日も最初の30分貸し切りでした).昨日の白骨温泉が硫黄泉だったのに対してこちらは鉄泉,なかなか味わい深いものがありました.

Img_uchiburo Img_catch01 (写真4,5 旅館の内湯と露天風呂,浴室内撮影禁止の為公式からいただきました)

 温泉を堪能して部屋で休んだ後,夕食の時間です.この日は飛騨牛がメインのコース,飛騨牛のすき焼き風鍋と炭火焼が中心です.すき焼き風鍋は卵を付けていただくのですが,一般的な生卵ではなく温泉卵だったのが新鮮でした.炭火焼は火力がやや弱めに設定されているため,じっくりと焼くことができ(火力が強いと油断していると焦げてしまうので),時間をかけて味わうことができました.そのほか追肴と食事は選択制だったので稚鮎の南蛮漬けと白海老天のお蕎麦をいただきました.

Dsc_1690 Dsc_1691 Dsc_1694 Dsc_1695 Dsc_1696 Dsc_1698 (左上写真6)前菜とお造り,(左中同7)飛騨牛のすき焼き風鍋,(右上同8)飛騨牛の炭火焼,(左下同9)稚鮎の南蛮漬け,(右中同10)白海老天蕎麦,(右下同11)デザート

 夕食後は部屋でまったり,この日は半露天の温泉付きの部屋だったので,大浴場が混みそうな時間帯は部屋の温泉を堪能しました.

 翌朝の朝食は充実の和定食,飛騨といえばこれ!ともいうべき定番の朴葉味噌ももちろん出てきました.結局チェックアウト時間の11時までゆっくりして宿を出ました.

Dsc_1700 Dsc_1701 (左写真12) 朝食,(右同13)朴葉味噌

 最終日は天気が良ければ上高地に行こうと思ってたんですが,残念ながら雨☔☔☔,仕方ないので雨でも大丈夫な観光地ということで奥飛騨クマ牧場に行きました.ここは100頭くらいのツキノワグマが飼育されている場所です(温泉があって暖かいため冬眠しないらしい).個性様々なクマの観察と共に,ここ名物の小熊との記念撮影にも挑戦しました.

Dsc_1721 Img_9137 (左写真14)たくさんのツキノワグマ,(右同15)小熊との写真撮影

 クマ牧場の後は髙山方面に少し下ったところにある飛騨大鍾乳洞へ.ここも雨とは無縁な観光地です.観光用に整備された鍾乳洞は全国にたくさんありますが,ここは標高900mと観光鍾乳洞としては全国でもっとも高所にあるんだそうです.またここには鍾乳洞の発見者である大橋外吉氏の個人収集品を展示した大橋コレクション館併設されています(鍾乳洞入洞券でコレクションも見学できる).時間が無い人は鍾乳洞だけ見学するようですが,雨降りで時間がいっぱいある我々はコレクションも見学しました.館内撮影禁止なので写真はありませんが,世界各地の様々な壺や絵画などが展示されていました(一番はかつてここに展示されていて盗難に遭った金塊でしょうか).

P5161178 P5161206 P5161200 P5161189 (写真16~19)飛騨大鍾乳洞

 その後洞窟を見学,「竜宮の夜景」,「月の世界」等鍾乳石の作り出す独特の景観を堪能しました.見学後は駐車場の向かいにあった食堂で遅い昼食として奥飛騨ラーメンをいただきました.昭和のあっさり系醤油ラーメンで懐かしい味でした.

P5161248 (写真20)奥飛騨ラーメン

 食事後は帰宅の途に.来た道を引き返して再び安房峠トンネルを通り長野県へ,国道158号線を下って松本ICから長野道,中央道と進みます.日曜日の夕方といえば中央道上り線は渋滞が発生するのが普通ですが,この日はかなり交通量が少なくスムースに走行できました(結局4時間半くらいで自宅に戻れた).こうしてコロナ禍の隠密旅行は無事に終了しました.

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2021年5月17日 (月)

白骨温泉

 最近更新が滞っており申し訳ございません(と、謝るほど読者がいるとも思えないのですが 笑).

 学会や講演会がほぼオンラインになり,趣味系のイベントも再開の目途がただない状況の中,ほとんど職場と家を往復するだけの日常となっています.こんな生活だと気が滅入ってしょうがないので,この週末は骨休みを兼ねて長野県と岐阜県の県境,長野県側にある白骨温泉に行ってきました.名前のイメージはおどろどろしいですが,元々は白船温泉とも呼ばれていたのが,中里介山の「大菩薩峠」で白骨温泉と紹介されこちらの名前が定着したと言われています.

 昔からその存在は知っており,いつか宿泊してみたいと思っていた温泉でしたが,なかなか訪問する機会がなかった場所でした.今回山奥の温泉でゆっくりしたいと考えたところ,それなら白骨温泉にしようと思い立ったものです.今回は感染リスクを極力下げるために自家用車での訪問となりました.

 中央道から長野道に進み,松本インターで高速を降りて国道158号線を西に進みます.この道を自分で走るのは学生時代以来だなと感慨に浸ります.道は基本的に昔と大きな変化はなく,カーブやトンネルがたくさんあります(そして狭い💦).上高地に向かう旅行者用の駐車場である沢渡(さわんど)を過ぎて間もなく白骨温泉と書かれた案内板に従って右折します.そこからは対向車とのすれ違いが厳しい区間もある山道になり,さらに標高を上げていきます.7~8分走った先に乗鞍高原方面との分岐点があり,白骨温泉方面へ.この細い道の終点が今回宿泊する湯元斎藤旅館です.この旅館は元文3年(1738年)創業の老舗で,先日下中里介山もここに宿泊して大菩薩峠を執筆したそうです.

Dsc_1660  現在の建物は2003年に全面リニューアルされたものですが,環境にマッチした落ち着いたたたずまいとなっています.チェックイン後部屋に入って荷物を解きさっそくお風呂にへ.ここは俗に硫黄泉と呼ばれる白濁したお湯が有名です.ただ元から白いわけではなく湧出直後のお湯は無色透明,これが空気に触れて参加した結果硫黄や炭酸カルシウムが析出して白くなるのです(なので白い湯は温泉としては劣化したあとということになる).ともあれ,名湯の名にふさわしいお湯でした.

K9fo5w 505du8(写真)湯元斎藤旅館の内湯と露天風呂(お風呂への撮影機材の持ち込みが禁止されているため公式サイトからいただきました)

 お風呂の後の楽しみは夕食です.この日はしなの旬菜料理のコースです.この日は信州牛のしゃぶしゃぶとイワナの温泉蒸しがメインでした.もちろんお酒もセットでしたが日本酒やワインに加え,イワナの骨酒もいただきました(出汁が利いて旨い).

Dsc_1644 Dsc_1645 Dsc_1647 Dsc_1648 Dsc_1652 Dsc_1650(写真)夕食のコース

 その後もお風呂を堪能したり部屋で飲み直したりしながらまったりと過ごしました.

 翌日の朝食も和風です.湯豆腐もありましたが,目玉はここの温泉で炊いたお粥でした.こうして一泊二日の滞在はあっという間でした(二泊三日でも良かったな).

Dsc_1658 Dsc_1656 Dsc_1657 (写真)朝食

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2021年4月 5日 (月)

三春城と那須どうぶつ王国

 4月3日の朝三春滝桜を観桜した後、せっかくこちらまで来たのだからと少し観光することにしました.まずは町内にある三春城跡へ.

 三春の地は戦国時代,田村氏の支配地域であり三春城はその本拠地でした.それほど勢力の大きいとはいえない田村氏は,芦名氏や佐竹氏など周辺の大名の思惑に常に翻弄されていました.そんな中で天正七年(1579年)当主田村清顕の娘愛姫を伊達政宗に嫁がせたのは,有力な戦国大名だった伊達家の後ろ盾が欲しかったからでしょう(ただし田村氏は後に豊臣秀吉の小田原参陣要請に応じなかったために改易される).

P4030344 P4030379 (左写真1)三春城跡,(右同2)石垣です

 田村氏時代の三春城は標高407メートルの山頂に城主の居館を含めた本丸がある典型的な山城でしたが,その後の織豊時代から江戸時代にかけて近世的な平山城に改修されています.現在の城跡は基本的に改修された後の姿です.当時の建物は残っていませんが,堀や石垣など往時を偲ばれる遺構が多くありました.

P4030388 P4030338 (左写真3)ここにも桜があります、(右同4)愛姫生誕地の碑

P4030392写真5)那須どうぶつ王国

 三春城の後は隣県の那須町にある那須どうぶつ王国へ.ここは主に草食獣や小型動物,鳥類が充実した動物園です.動物たちを近い距離から観察できるのが魅力です.土曜日ということもあり家族連れの姿を見かけました.展示はアーケードでつながるなど全天候型である王国タウンと広い屋外空間に動物がいる王国ファームから構成されています(両エリアの行き来は専用バスによる).メインは王国タウンで熱帯の森やアジアの森などゾーン別になっています.

P4030494 P4030503 (左写真6)レッサーパンダ,(右同7)マヌルネコ

P4030450 P4030457 (左写真8)ハシビロコウ,(右同9)オニオオハシ

P4030578 P4030417 (左写真10)ナマケモノ,(右同11)オウギバト

P4030485 P4030475 P4030468 P4030528 (左上写真12)ミーアキャット(立ちショ〇ンしているようにしか見えません 笑),(右上同13)話題のスナネコ,(左下同14)二ホンライチョウ,(右下同15)入浴するカピバラ

P4030441 P4030601 (左写真16)フンボルトペンギン,(右同17)ルーセットオオコウモリ(手持ちではこれが限界💦)

 約3時間ほどの滞在でしたが,じっくり観察できました.

 その後はそこから車で20分ほどの那須湯本にあるホテルビューパレスへ.今夜の宿泊先です.ここは那須の名湯「鹿の湯」から源泉を引いている露天風呂が有名です.チェックイン後さっそく入りました.

 そして18時からは夕食,この日はフルコースを選択,ワインも一緒にいただいたのは言うまでもありません.

Dsc_1583 Dsc_1584 Dsc_1585 Dsc_1586 Dsc_1587 Dsc_1589 Dsc_1591 Dsc_1592 (左上写真18)オードブル,(中上同19)冷たい前菜,(右上同20)トウモロコシのスープ,(左中同21)パン,(中中同22)オマール海老のソテー,(右中同23)桜のシャーベット,(左下同24)とちぎ和牛のサーロイン,(右下同25)デザート

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2021年3月31日 (水)

年度末

 いよいよ3月31日いわゆる年度末です.私の職場でも退職者,転勤者があちこちの部署へ挨拶回りをするいつもの光景が繰り広げられていました.

 転勤の季節といえば桜ですが,今年は暖かい日が多いということで各地の桜も開花が早いようです.職場の桜も満開の見ごろを迎えていました.

Dsc_1567 Dsc_1568  桜の他に春の花々も咲き始めていました.私はこうして周辺に咲いている花々を原生花園と呼んでいます(ちなみに職場周囲に咲いているタンポポはほとんど在来種のニホンタンポポです).

Dsc_1572 Dsc_1574  そんな年度末の夜は,家からそれほど遠くない場所にあるヒルトン小田原のディナービュッフェに行ってきました.実はとある筋からいただいたお食事券の期限が今日3月31日だったのに気付いたからです.

 Dsc_1576 感染症の時代,ビュッフェの料理を取る際にはマスクと使い捨て手袋の着用を必須にするなど感染対策が施されていました.ワインも一緒にいただいたのは言うまでもありません(料理はさすがヒルトンという感じで素晴らしかったです).

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2021年3月 9日 (火)

伊勢志摩に行ってきました②

 伊勢神宮を後にして車で志摩半島を横断,そのままこの日の宿泊先である旅館橘さんに入ります.ここは的矢湾に面した高台に建つ旅館で同湾名物の的矢牡蠣が食べられる料理旅館です.2019年1月に牡蠣目的で宿泊したことがあるんですが,その際に当地のもうひとつの名産安乗ふぐ🐡にも大いに興味を惹かれ,今度来るときはぜひこっちを食べてみたいと思っていたからです.

Img_7285 (写真)部屋から見える的矢湾

 チェックイン後は展望大浴場で汗を流し,その後夕食会場へ.2年前もそうだったんですが,ここは食事の際は個室に案内されるので他の客と接することにないスタイルです(今の時代に最適といえる).天然あのりふぐのコースはてっさ,てっぴ、白子,てっちり,そして雑炊です.お酒は最初に三重県の銘柄酒「作」,その後ヒレ酒と進みました.どれも素晴らしい料理で大満足でした.

Dsc_1559 Dsc_1561 Dsc_1562 Dsc_1564 (左上)てっさ,(右上)てっぴ,(左下)白子,(右下)朝食,ちなみにてっちりと雑炊は食べるのに夢中で写真がありません💦

 翌朝は朝食後チェックアウトをして鵜方駅前のレンタカー屋さんへ行き車を手放します(お昼に酒が飲みたいのと,閉館が決まった志摩マリンランドの駐車場が混んでいるらしいという情報があったため).その後電車で5分の賢島駅へ移動し徒歩で志摩マリンランドへ.閉館が決まって客が増えているというウワサを聞いていたんですが… 行列ができていました(゜o゜).それでも30分程度の待ち時間で無事に入場,中は場所によってはそれなりに人がいたものの,なるべく周囲と距離を取りつつ観察しました.

Img_7297 Img_7302 Img_7316 Img_7330 (左上)ペンギンのプール,(右上)クマノミとイソギンチャク,(左下)マンボウ,(右下)海女さんによる餌付け

 志摩マリンランドは1970年開館の水族館で,マンボウやフンボルトペンギンの展示で知られるほか,日本で最初にニシキアナゴの生息を確認したのがここなんだそうです.開館以来50年が経過し施設の老朽化が著しく,維持が困難とのことで今月いっぱいで閉館が決まっています(コロナ関係なく閉館予定だったらしい).

Img_7340 (記念写真)

 午前中いっぱいマリンランドを見学し,そのままバスで志摩スペイン村に移動,昼食を摂って午後はそちらのアトラクションを楽しんできました(2年前乗りそびれたピレネーについに乗りました 笑).

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2021年3月 8日 (月)

伊勢志摩に行ってきました①

 東京を含む1都3県の緊急事態宣言が2週間延長となりました.これだけ宣言が長引いてくると,もはや緊急事態ではなくこれが通常状態なんじゃないかと錯覚してしまう感じがしてきます(笑).最近は出かけることが少なくなっているわけですが,とはいってもたまには息抜きも必要ということで,この週末は伊勢志摩方面へ出かけてきました.この地域に繰り出すのは2019年1月以来2年ぶりです.大きな目的は伊勢神宮の参拝と3月末で閉館が決まっている志摩マリンランドの訪問です.

Dsc_1555 (写真1)松阪牛

 3月5日(金)は午後から年休を取って早めに自宅を出ます.東海道新幹線で西へ,こんなご時世だからか空いていました.名古屋駅からは快速みえに乗り換えて伊勢方面に向かいます.この日の宿泊地は伊勢市,夕食ですが外に食事に繰り出すのは憚られるご時世なのでホテルのレストランでいただくことに.この日は松阪牛のステーキに挑戦(ロースと赤身のハーフハーフ),さすが美味でした✨.ワインも一緒に注文したのはいうまでもありません.

 翌6日は朝からレンタカーを借りて,まずは隣の玉城町にある田丸城へ.ここは続日本100名城になっている城郭で石垣や堀などの遺構が良く残っています(スタンプはそばの村山龍平記念館にあり).実は数日前まで雨模様という予報だったんですが,晴れ男の自分が訪問するのに雨なんか降るはずがない!と強く念じていたら前日には晴れの予報に変わり,結局晴れました.気持ちのいい空気の中で城跡散策でした.

Img_7213 (写真2)田丸城の石垣

 城郭見学の後は伊勢市内に戻りまずは伊勢神宮の外宮へ.晴れた土曜日でしたが駐車場の混み具合はまあまあ,スムーズに駐車できました.駐車場に近い北御門から中に入り正宮に参拝して火除橋に抜けるという通常とは逆のコースでしたが,ゆっくり歩いて1時間ほど境内を散策しました.

Img_7257 Img_7246 (左写真3)外宮の火除橋,(右同4)正宮

Img_7259 (写真5)伊勢うどん

 この段階でちょうどお昼時だったため,伊勢うどんを食べようと外宮そばの中むらさんに行ったらなんと!定休日でした(昔は平日が定休だったんですが,最近土日定休に変わったようです.店内の混雑を避けるためでしょうか).仕方がないので伊勢駅方面に歩き老舗の山口屋さんへ,こちらは通常営業していました.この日注文したのはかやく伊勢うどん,揚げと麩とかまぼこが載ったうどんです.伊勢うどんといえばフワフワとした極太麺で知られます.うどんにコシを求める人にはなじめないかもしれませんが,独特のタレと相まって味わい深いものがあります.

 昼食後は内宮へ,外宮では近くに駐車できたものの,こちらは遠いところにしか停められませんでした.五十鈴川沿いに歩いて内宮に向かいます.途中おはらい町&おかげ横丁を覗いたら凄い人出!,まあお伊勢参りの本来の姿なのかもしれませんが,人混みは避けたかったので退散しました.

Img_7281 (写真6)内宮の宇治橋前

 内宮は宇治橋から順路に従って参拝します.途中の五十鈴川畔の御手洗場はこの日川水が白く濁っていたこともあり,なんとなくガンジス川の沐浴場を想像してしまいました(ガンジス川はここの1億倍くらい雑然としてそうですが).内宮は広いのでゆっくり散策するだけでも1時間半くらいかかります.幸い好天だったこともあり,すがすがしい気分になりました.

Img_7269 Img_7271 (左写真7)五十鈴川そばの御手洗場,(右同8)内宮の正宮

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2021年2月21日 (日)

三保の松原

 この週末,東日本はお天気に恵まれ気温も上がりました.日曜日は特に用事もなかったので隣の静岡県に繰り出しました.行った先は静岡市清水区にある三保の松原,俗に日本三大松原と呼ばれるもののひとつです(他の2つは福井県敦賀市の気比の松原と佐賀県唐津市の虹の松原).

P2210034 (写真1)松林と富士山

 日曜日の晴天ということもあってそれなりに人が来ていました.まずは海岸線を散策します.この日は天気は上々ですがちょっと風があったので波が高かったです.そして三保の松原といえば,松林と共に遠くに富士山が拝める景色も有名です.快晴な上に空気が澄んでいるこの季節は富士山もきれいに見えました.

P2210012 P2210039(左写真2)羽衣の松,(右同3)松林の中

 帰りは松林の中を散策します.ここには羽衣伝説でも知られる羽衣の松があります.とはいえ伝説の松は既に枯れてしまっており,今あるのは通算三代目のものなんだそうです.

P2210053 (写真4)海鮮丼です

 お昼時になったので近くの食堂へ,この日は海鮮丼をいただきました.ボリューム満点でした.

 

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2021年2月12日 (金)

歌劇「フィガロの結婚」

Img009_20210212145901  昨日は建国記念日の祝日でした.近年は一部の祝日が移動祝日として月曜日に持ってこられる傾向がありますが,この建国記念日は憲法記念日などと共に日時が決まっている祝日のひとつです.今年は木曜日となりました.月曜が休みで三連休ができるのも嬉しいですが,週の途中に休みがあるのもなんとなくホッとした気分になりいいものです.

 そんな建国記念日は新国立劇場で上演中の歌劇「フィガロの結婚」を鑑賞してきました.

 オペラ好きの我が家ですが,2008年に当地に越して来て以降家訓(?)となっていることがあります.それが「最低年に1回はモーツァルトのオペラを鑑賞すること」.俗にモーツァルトの四大歌劇と呼ばれる「フィガロの結婚」,「ドンジョバンニ」,「コジ・ファン・トゥッテ」,「魔笛」であれば新国立,二期会,藤原歌劇団のどこかで必ずやっているので基本的には見逃すことは無いはずです.しかし昨年2020年は新型コロナの影響で春に劇場が閉鎖になり上演予定作の多くが中止に追い込まれたことから,あわやついに年間鑑賞ゼロか!という事態になりました.しかし12月に小田原市民オペラの魔笛公演を鑑賞できたため,かろうじて義務は果たせています(当初は新国立のコジと藤原のフィガロが予定されていた).

 今回のアンドレアス・ホモキ演出のフィガロは2003年の初出以来2~3シーズン毎に上演され続けている新国立の定番レパートリーです.白と黒以外の色を極力排し舞台装置も極めてシンプルな印象的な舞台となっています.コロナの影響で日本への入国制限が厳しくなっていることで指揮者と一部キャストが変更になっていました(先月のトスカでスカルピア役をやったダリオ・ソラーリがそのままフィガロ役で出演,思えばほぼ3か月日本に滞在しているんだな).

 終演後はこれまた恒例のレストランへ.充実のコース料理でした.

Dsc_1540 Dsc_1541 Dsc_1542 Dsc_1543 Dsc_1544 Dsc_1545 (左上)スタートはスパークリングワイン,(中上)前菜ノルウェーサーモンと赤海老のマリネ,(右上)パスタ 牡蠣とパンチェッタ、ホウレンソウのクリームソース,(左下)鰤とじゃが芋のアルフォルノ,(中下)熟成牛のロースト,(右下)ガトーショコラ、ビスタチオのジェラート

 

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2021年1月24日 (日)

歌劇「トスカ」

Img047  緊急事態宣言が続いている首都圏ですが,昨年春との違いのひとつが劇場が開いていること.これは聴衆が静かに鑑賞するコンサート(特にクラシックのコンサート)が複数人がマスクを外して行う会食に比べて感染リスクが高くはないことによると思われます.不要不急の外出自粛が言われていますが,日々の精神的なストレスの緩和のためにも芸術鑑賞は重要だということで、土曜日のお昼に初台の新国立劇場に行ってきました.鑑賞した演目はプッチーニ作曲のトスカです.

 オペラ作品というと,それこそ全部でいくつあるのか数えるのも困難ですが,その中で誰もが挙げるであろう名作となると,結構絞られます.その中でもプッチーニによって19世紀最後の年になる1900年に発表された「トスカ」は,たとえアンチ・プッチーニの人でさえ認めざるを得ない名曲中の名曲でしょう.

 オペラ初心者にお勧めする作品として真っ先に上がるのもこのトスカです(自分も絶対にこれを勧める).理由としては全体で2時間(休憩除く)とほぼ映画並みの長さであること,ストーリー展開が早くオペラ一般にありがちな劇の停滞がないこと.登場人物のキャラが立っていて感情移入しやすいこと,名アリアがあるのはもちろん,大迫力の合唱も登場すること等々,オペラの魅力がこれでもかと凝縮されていて飽きさせないからです.2000年に初出となったアントネッロ・マダウ=ディアツ演出によるプロダクションは舞台装置や衣装の美しさ等から新国立劇場の定番レパートリーとして知られ,近年はほぼ3年に1回上演されています(自分もその都度鑑賞している).

 舞台はナポレオンがヨーロッパに大きな影響を及ぼし始めた1800年6月17日のローマです.共和主義者の政治家アンジェロッティとその友人の画家カヴァラドッシ,彼の恋人トスカと,王党派で共和派を厳しく取り締まる警視総監のスカルピアが織りなす悲劇です.1幕冒頭のカヴァラドッシによるアリア「妙なる調和」,1幕最後の大合唱「テ・デウム」とスカルピアの独白の場面,2幕のスカルピアがトスカを追い詰めていく場面とそれに続くトスカのアリア「歌に生き恋に生き」,3幕のカヴァラドッシの名アリア「星は光りぬ」など聴きどころ満載です.

 今回は指揮者のダニエレ・カッレガーリ,トスカ役のキアーラ・イゾットン,カヴァラドッシ役のフランチェスコ・メーリ,スカルピア役のダリオ・ソラーリの4人が海外招聘でした.現在日本は緊急事態宣言の発出と前後して外国人の入国を原則として禁止しています.彼らは入国禁止措置が出る前に入国し,14日間の待機を経てリハーサルに臨んできたそうです(かれこれ1か月以上前から日本に来ている).欧米の歌劇場も閉鎖になっているところが多いので,彼らにとっても貴重な仕事の機会なんでしょうが,こんな世界情勢の中来てくれたこと自体に感謝です.個人的には1幕最後のテデウムの場面が好きなんですが,あんな密な場面、コロナ時代はどう演出が変化するのか楽しみだったんですが,ぱっと見いつもと変わらない感じでした(笑).

 終演後は劇場内のレストラン「マエストロ」で久しぶりの外食,終演が17時と時間はたっぷりあったのでこの日はフルコースにしました.ワイン共々美味しかったです.こうして日頃のストレスを軽減したのでした.

_res_blogd445_constantinus21_folder_1733 Dsc_1514_original Dsc_1515_original Dsc_1516_original Dsc_1517_original Dsc_1518_original(上左)劇場内レストラン・マエストロ,(上中)前菜のトリッパとギアラ、野菜のトマト煮込みグラタン仕立て,(上右)生パスタ牛荒挽き肉とポルチーニのボロネーゼ,(下左)鮟鱇と海老、渡り蟹のブイヤベース、(下中)熟成牛のビステッカ じゃが芋のグラタン添え 赤ワインソース,(下右)苺のムースミルクレープ とちおとめのジェラート添え

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2021年1月22日 (金)

フランシス・ベーコン

 今日は1月22日、この日は何の日なのか調べてみたらまず「カレーの日」というのがヒットしました.

 【今日は何の日?】

Indocarry (写真)懐かしの東北大学教養部第2食堂のインドカレー

 記事によると,学校給食35周年を期に1982年に制定されたようで,その記念すべき1982年1月22日に全国の小中学校の給食で一斉にカレーライスが出されたのだそう.自分の世代の学校給食の主食はほぼ100%パンだったので,カレーといえばカレーシチューのみで,カレーライスはお目にかかったことがありませんでした.1982年といえば自分は高校生,この頃には米飯給食が一般的になっていたのでしょう.

Bacon  さて,カレーの日とは別に今日1月22日のゆかりはというと,16世紀から17世紀にかけてイギリスで活躍した哲学者フランシス・ベーコンの誕生日です.デカルトに代表される大陸の合理論に対してイギリス経験論の祖と言われています.ホームページの学問の記事にも書いているんですが,大陸合理論では真理への探求法として,数学に代表されるように論理的な考察による演繹法を重視しますが,イギリス経験論は経験の積み重ねから真理を見つけ出す帰納法を重視するのが特徴です.演繹法の代表例が三段論法で,

「ソクラテスは人間である」→「人間は死ぬ」→「ゆえに,ソクラテスは死ぬ」

という命題は有名です.

 一方の帰納法は個々の経験から法則を見出そうとする考え方です.先ほどの人間は死ぬという命題でいえば,ソクラテスは死んだ,プラトンも死んだ,アリストテレスも死んだ.歴史上の人間はみんな死んでいる.だから人間はみな死ぬ.という風に真理に至る考え方です.

 一見すると演繹法の方が科学的な感じますが,実際には帰納法の方が活躍の場は多いです.たとえば,未知の法則の発見は個々の現象の観察から帰納法的に法則が予想され(仮説),それが実験等で事実であると確認されて法則となるからです.また医学の診断法は表面にあらわれている症候(症状)から病気の種類を推定するというやり方ですから完璧に帰納法的です.

 こうしたイギリスの経験論の代表者とされるベーコンですが,当時の哲学者の多くがそうだったように,多彩な分野で活躍したことでも知られています.イギリス史上最大の文学者であるシェークスピアと同時代の人物であり,実はシェークスピアの中の人はベーコンだったという説を唱える人もいるほどです.

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