2020年3月27日 (金)

コンサート

 音楽好きな我が家です.特にオペラが好きで,新国立劇場のシーズンチケットを購入して楽しんでいるんですが,現在話題の新型コロナの関係で公演が次々に中止になっています.すでに2月末に予定されていたオペラ研修所の修了公演「フィガロの結婚」,3月中旬の「コジ・ファン・トゥッテ」が中止になっていましたが,今回当劇場初のバロックオペラとして注目されていた,4月上旬公演予定だったヘンデルの「ジュリオ・チェーザレ」の中止が決まってしまいました.劇場の公式twitterではリハーサルに励んでいます!と頑張っている様子だったんですが… やむを得ない判断だと思います.それにしても自分のような観客はどうでもいいんですが,出演予定の歌手やスタッフ等関係者の無念はどれほどのものか(ギャラにも大きく響くだろうし).どんな形でもいいから支援できたらなぁと思っています.

 そんなことを考えていたら,来年のシーズンチケットが届きました.

Img_6308  来年度は大野和士芸術監督の3年目のシーズン,ブリテンの「夏の夜の夢」,ストラビンスキーの「夜鳴きうぐいす」といった意欲作,「こうもり」や「フィガロの結婚」,「トスカ」などの定番作,さらには世界初演の藤倉大「アルマゲドンの夢」など見どころの多いシーズンになりそうです(でもまずは世の中が落ち着いて安心してオペラ観劇ができる環境になりたいです).

 ところで今年はチケット代の支払いにアメックスカードを利用したんですが,そしたらドリンク券が付いてきました.幕間のバーで使えるものです.オペラ観劇の幕間ではワインなどをいただくことが定番なんですが,券をよく見たら,なんと!1,500円までOKとのこと,ハウスワイン🍷だけでなく銘柄ものやスパークリングワインまで行けるじゃないですか(さすがにシャンパンは無理💦).こうとわかっていたらもっと前からアメックスにするんだったと,少し後悔してるのでした😃
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2020年3月13日 (金)

久々の外食

 新型コロナウイルス感染の流行に伴う自粛ムードの中,出歩く機会の激減しているビザンチン皇帝です(震災直後を思い出します).各地で予定されていた学術講演会や地方会などが軒並み中止となり,さらには趣味の活動もあらかた休止になってしまい,ほぼ職場と自宅を往復する毎日にです.

 コロナ禍によって経済にも悪影響が出てきています.というわけで経済を回すためと気分転換も兼ねて,3月13日は市内の天ぷら屋さんに繰り出しました.

Img_6272  入ったのは箱根板橋駅近くの「天幸」さん,過去何度かお邪魔したことがあります.お昼は丼ものや定食がメインですが,夜はお任せのコース料理,マスターが目の前で次々と揚げてくださいます.お酒もいただくのは常識(笑)です.まずは冷酒をちびちびやりながらお刺身をいただきます.

 その後天ぷらが登場,この日はエビ,フキノトウから入ってきました.

Img_6273Img_6274 Img_6275 Img_6276 Es_dvoovaaafl0a Es_dvru0aefgr_ Img_6277 Img_6278  その後はキスやレンコン,カニ,ナスなど.写真に揚げた以外にも何種類かいただきました(夢中で写真撮るのを忘れた).〆は天バラでした.大満足の週末でした.

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2020年2月29日 (土)

ロッシーニの誕生日

 今日はほぼ4年に一度の2月29日です.ほぼというのは,うるう年は西暦で4で割り切れる年に設定されるのが原則なんですが,一方で100で割り切れる年には設定しないことになっているためです(ただし400で割り切れる年には設定されます.このため西暦2000年はうるう年でした).

 4年に1回しかないとはいえ,この日に生まれる人もいるわけですから当然誕生日が2月29日という人が存在します.子供の頃は2月29日生まれの人は4年に1回しか年を取らないのか,などと無邪気に思っていましたが,法的には3月1日として処理するようです.

 そんな2月29日生まれの有名人として作曲家のG. ロッシーニがいます(1792年2月29日生まれ).歌劇「セビリアの理髪師」,「チェネレントラ(シンデレラ)」,「ウイリアム・テル」などの作曲家として有名な人物です.彼はイタリア出身でしたがヨーロッパ各地で活躍し,その作品は当時各国で大人気を博していました.それがために同時代の作曲家の妬みも買ったようで,あのベートーベンも友人にそのような愚痴をこぼしていたようです.

 ロッシーニは76年の生涯の中で,作曲家として活躍していたのは前半生のみで,37才時に「ウイリアム・テル」を作曲すると,以後はオペラ作曲の筆を折り,残りの40年はほぼ食っちゃ寝の生活をしていたという羨ましい人生を送っています.尤もまったく作曲をしなかったわけではなく,私的にはいくつかの作品は遺しています(私も好きな小ミサ・ソレムニスは彼の晩年の作品です).

 ロッシーニといえば作曲が早かったことでも知られています.オペラの作曲というと時間がかかって大変そうというイメージは,後のヴェルディやワーグナー以降の話で,ロッシーニの時代にはウケるオペラをいかに早く書くかが大事だったそうです(今でいえば流行作家でしょうか).あの名作「セビリアの理髪師」ですらロッシーニはわずか3週間で書き上げています.ただ,上には上がいるもので,ある人がそのことを同時代の作曲家ドニゼッティ(「ランンメルモールのルチア」や「愛の妙薬」で有名な作曲家)に言ったところ,「そりゃそうさ,それだけ彼は怠け者だってことだ」と答えたそうです(ドニゼッティもまた,筆が早い作曲家でした.そのためオーケストレーションが結構陳腐で,後にワーグナーに大きなギターと揶揄されています).

Img_6256_20200315180601 Img_6257_20200315180601 (左)若い頃のロッシーニ,(右)晩年.食べすぎでしょうね(笑)

 結局1868年に滞在中のパリで亡くなりましたが,死因は大腸がんといわれています.今残されている彼の肖像画を見ると,恰幅がよく今風に言えばメタ ボリックシンドロームのようです(高血圧や高脂血症もありそう).食生活と大腸がんは関連があるといわれており,彼の場合もそうだった可能性はあるでしょう.ちなみに後半生のロッシーニはグルメに生き,レストラン経営等もやってたそうですが,彼の名を冠した料理として「○○のロッシーニ風」というのがあります.これはメイン素材にフォアグラとトリュフを付け合わせたもので,牛フィレ肉のロッシーニ風がとくに有名です.

 新型コロナの影響で2020年のこの日は合唱団の練習が休止となってしまいました.さらには毎年3月11日に仙台で開催される祈りのコンサートも本日中止が決定,明日3月1日はそのリハーサルがあるので仙台に行くはずだったのですが,中止となったので駅に新幹線切符の払い戻しに行ってきました(本来発券済みの切符の払い戻しには手数料がかかるんですが,新型コロナの自粛による払い戻しに関してはJRは無手数料で応じるとのことです).

Img_6258_20200315180601 (写真)残念ながらロッシーニ風ではありません

 で,駅で切符の払い戻しをしたついでに久しぶりの外食とばかりに駅前の銀座ライオンでロッシーニの誕生日祝いをしてきました😃

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2020年2月25日 (火)

東北大学混声合唱団創立60周年記念特別演奏会

Img034  さて,世間では新型コロナウイルスの話題が飛び交い,マスクが品薄になっているなどという報道も見られます.2月22~24日は三連休で,中日の23日は令和最初の天皇誕生日だったんですが,恒例の一般参賀も中止になってしまいました(宮内庁発表では諸般の事情に鑑みとしか触れていませんが,コロナ関係であることは間違いないでしょう).

 そんな23日は仙台に出かけてきました.目的は表題の「東北大学混声合唱団創立60周年記念特別演奏会」(なんて長い名前 笑)を聴くためです.

 長い学生時代を過ごした私ですが,その前半を過ごしたのが仙台で,その時代に所属していたのがこの東北大学混声合唱団です.ここに所属していたインパクトはすさまじく,今に至る自分の趣味の多くの部分がここで形成されたと言っても過言でないほどです.それこそ熱心に活動していたわけですが,私に続く後輩たちも連綿と活動を続けてくれています.

 昨年12月には第60回の記念定期演奏会が行われ,聴きに行ってきたわけですが(その時同期の仲間との懇親もありました 参考記事),今回のステージは主に同窓会が主催して主にOB・OG(卒団性)が出演するステージです.1年半ほど前から準備が進められていました.私も誘われていたんですが,いろいろと忙しく練習に顔を出す余裕がないため諦めて聴く側に回った次第です.

Img_6245  今回の演目は第1ステージが前年度の学生指揮者による合唱ゆかりの曲,第2ステージと第3ステージが常任指揮者の佐々木正利先生の指揮で2ステがフォーレのレクイエム,3ステが佐藤真のカンタータ土の歌です.フォーレは合唱団の定演で何度も取り上げた曲で卒団性からのリクエストが多かった作品です.カンタータ土の歌は終曲に「大地讃頌」という中学校の超有名合唱曲が終曲に入っている作品です.2017年には現役が定演で取り上げ,さらにはニューヨークのカーネギーホールで抜粋演奏をしています.卒団性にとっては垂涎のイベントで,私も自分が現役だったらなぁ~と嘆きつつ,OBとしてしっかり賛助金をお支払いしました(OBというのは金だけ出して口は出さないというのが自分のポリシー).2,3ステはオケ版でオケは仙台フィルハーモニー管弦楽団です(自分が現役の頃は宮城フィルで毎年定演でお世話になっていた).

 今回ステージに乗ったのは100人以上,自分が現役の頃を彷彿させました.3つのステージはどれも素晴らしく,昔取った杵柄じゃないですが,そんなに多くなかっただろう練習回数でよくこれだけまとまったな,さすがは同窓生と感動したのでした(自分の同期にいつも辛口な女子がいて彼女も今回参加していたんですが,そんな彼女が「今回の演奏はイイ!」と言ってたのでいいに違いないとは確信していました).

 終演後は交流会もあったんですがそっちはパスして駅前のオイスターバーへ.この前厚岸で食べてきたばかりだろう!というツッコミがありそうですが,私本当に牡蠣が好きなんです♪

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 そんな耳と舌が感動した天皇誕生日でした.

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2020年2月15日 (土)

コンキリエ

 根室の夜が明け,2月4日の朝を迎えました.冬の北海道旅行最終日です.窓の外を見ると昨夜以来の雪は上がり青空が広がっています.準備をした後レストランで朝食を食べ,チェックアウト時間まで部屋でまったりしていました(笑).

 10時にチェックアウト,レンタカーはすでに手放しているので,ここからは公共交通機関を利用しての移動になります.根室駅までは徒歩で向かいました.ホテルを出て周囲を見渡すと一面の銀世界,太陽が反射してまぶしいことこの上ありません.これが雪国の風景だよなぁと懐かしくなったのでした.10分ほどで根室駅に到着,過去根室には何度も来ているんですが,汽車(電車ではない)を利用するのは学生時代以来,ここ根室駅も30年ぶりくらい、平屋の駅舎は昔からこうだったかなぁと感慨深くなりました.

Img_2270_20200308215601 Img_2268(左写真1)根室駅,(右同2)根室本線終点の碑

 根室駅は道東地区では珍しい駅員の配置されている駅です.まずは窓口で切符を購入,根室-釧路片道で2860円でした.発車までまだ時間があるので,駅の隣にある観光案内所内にある土産物屋さんを覗きます.地元のお酒やアクセサリーに加え,終戦後の昭和20年8月18日占守島に侵攻してきたソ連軍を迎え撃ち善戦敢闘した戦車第11連隊(いわゆる士魂部隊)に関する書籍も購入しました.

 そうこうしているうちに11時近くになったため駅に戻ることに.改札が始まりホームに出ると,釧路行きの1両編成のディーゼルカーが停まっています.この日の乗客は10人程度でしたが見るからに観光客っぽい人ばかりでした.定刻に汽車は出発,数分で東根室駅に到着です.根室本線の終点は根室駅ですが,最も東に位置する駅はこの東根室駅なのです(ちょうど線路がぐるっと市街地を回り込んでくる感じなので).

Img_2278_20200308215601 Img_6207(左写真3)1両編成の汽車,(右同4)東根室駅の最東端駅の碑

Img_6208(写真5)花咲線の車窓

 東根室駅を過ぎるとあっという間に市街地は無くなり,周辺は原野と森だけになります.人工物は全くなく,どうしてこんなところに鉄道が走っているんだろうと不思議な気分になるほど最果て感があります.ちなみに根室本線の釧路-根室間は花咲線の愛称がついています.この辺で有名な花咲ガニにちなんだ名称で,実際漁港付近に花咲駅もあったんですが,残念ながら廃駅になっています.エゾジカの密集エリアとしても有名で,時々鹿と汽車の接触事故が起こっています.

Img_6211(写真6)浜中駅にて

 原野地帯を進んでいくと,途中数少ない市街地がある浜中駅に到着,ここはルパン三世の作者の故・モンキーパンチさんの故郷です.ホーム上にはルパンのパネルがありました.浜中駅を出るとすぐにまた原野と森地帯が始まります.この花咲線,ひたすら周辺が原野と森で変わらない風景が延々と続くという,他では味わえない風情があります(シベリア鉄道とかこれが日単位で続くんだろうな).

 浜中を過ぎてまた同じような景色が続きますが,やがて左手に湖が見えてきました.ここが厚岸湖で,まもなく厚岸駅に到着します.ここで途中下車するんですが,理由は近くにある味覚ターミナルコンキリエで牡蠣を食べるため.厚岸といえば牡蠣が有名です.せっかく道東に行くんだから食べたいなぁと思っていたわけです.しかもどうせ食べるならお酒も欲しい(笑).というわけで根室でレンタカーを手放して汽車で来たのはこのためだったのです.

Img_2282(写真7)味覚ターミナルコンキリエ

 ここには普通のレストランと炭焼きスタイル,オイスターバーの3か所の飲食店がありますが今回は行ったのはオイスターバーです.入ってさっそく生牡蠣を注文,お酒はというと最近とみに名が知られつつある厚岸ウイスキーの4種飲み比べです.それぞれ味わいが異なって良かったです(牡蠣とウイスキーは相性がいいと実感).その他いろいろといただきました.

Img_6214 Img_6215 Img_6216 Img_6219 (左上写真8)生牡蠣とウイスキー,(右上同9)アヒージョ,(左下同10)エゾシカのロースト,(右下同11)パスタ

 食事後は駅に戻り,次の汽車に乗って釧路へ,その後バスで空港に向かい,夕方の便で羽田に戻りました.こうして今年の自分の冬休み,しばれフェスティバル&道東の旅4泊5日はお終いです.

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2020年2月13日 (木)

野付半島と納沙布岬

 温泉ホテルでの夜が明け,2月3日の朝を迎えました.この日は節分です.

 特に急ぐ理由もないのでゆったりと朝食(朝食もブッフェでまたまた品数も豪華!)を摂り温泉に浸かって過ごしました.10時にチェックアウトして出発です.この日の目的地は北海道最東の根室,網走には出ずホテルからそのまま内陸を東進して斜里に出ます.そこから国道244号に入って知床半島の付け根を横断する形で太平洋側に抜けました(夏なら知床半島西岸を北上してウトロから知床横断道路というコースもあり).標津町で太平洋に出て海沿いに南下,そのまま海沿いに走って野付半島に入ります.

 野付半島は日本最大規模の砂嘴であり,全長30キロ近くある半島です.トドワラ,ナラワラといった最果て感漂う立木枯れの風景が人気のスポットでもあります.夏はもちろんですが冬でもそこそこ観光客の姿が見られるのでした(冬にはスノーシューを着用して半島先端を歩くツアーもあるみたいですが,今回はパス).もっともトドワラは近年倒木が進みかなり数が減ってしまったとのことですが…

Img_6167 Img_6181(左写真1)野付半島はるか向こうにトドワラがあります,(右同2)ナラワラとエゾジカの群れ

Img_6157(写真3)道端のエゾジカ

 周辺は野生動物も多く生息しており,特にエゾジカは普通に道端を歩いているのが目撃されました.あとここには幕末の万延元年(1860年)から慶応四年(1868年)まで幕府の命により北方警備のためにこの地に派遣されていた会津藩士の顕彰碑と藩士のお墓があります(半島を縦断する道路の真ん中付近にある).極寒のこの地での冬はかなり厳しかったと思われます(当時ロシアの南下に備えて幕府は東北地方の諸藩に命じて蝦夷地の警備を行わせていた).

Img_62112 Img_62152(左写真4)会津藩士の顕彰碑、(右同5)お墓

 野付半島の見学を終えて再び太平洋岸を南下,やがて別海町に入ります(ここは人間の数の7倍牛の数がいるところ).この辺りは周辺みな牧場で,「〇△牧場」という看板をたくさん見かけます.そのまま南下していくと左手に風連湖が見え,いよいよ根室市内です.厚床から国道44号線に左折して市内中心部に向かいます.

 市街地はとりあえず無視してそのままさらに東へ,目的地は本土最東端の納沙布岬,過去には学生時代を含めて何度か来たことがあります(最終訪問は2008年11月).同じ北海道東部でも網走やウトロなどオホーツク海側は流氷などもあって冬でも観光客が多いんですが,ここ根室は空港からも遠いので閑散としていました(土産物屋もすべて閉まっていた).来客も我々の他は仕事で来たっぽい男性グループのみでした.

Img_6194 Img_62192(左写真6)納沙布岬(記念写真),(右同7)荒涼としています

 寒いので早々に立ち去って市内に戻ります.次はヤマト運輸の配送センターへ.しばれフェスで使った荷物一式をスーツケースごとすべて家に発送するためです.この頃から雪が降り始めました.最東端の日没は早く,5時にはもう真っ暗です.ナビに従って進むのですが,市街地を抜けて何もない地帯に.こんなところに本当に配送センターがあるのかと不安になりましたが,ちゃんと存在しました.ここで荷物を発送,身軽になった後は市内のトヨタレンタカーで車を返し,この日宿泊のホテルに入りました.結局夕食はホテルそばにある回転ずし花まるへ,日本酒とお寿司を堪能しましたとさ.

Img_6205 Img_62262 (左写真8)花まる本店,(右同9)お寿司

 

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2020年2月11日 (火)

真冬のオホーツク

 さて,しばれフェスティバルの人間耐寒テストは終わりましたが,せっかく真冬の北海道に来たのだからこのまま帰るのは面白くない!というわけで,ここから道東地区を散策することにしました.

 しばれ会場を後にしてまずは町内唯一のコンビニであるセイコーマートへ.ここで飲み物などを購入します(後に全国的に品切れになるマスクもこの段階ではまだ売っていた).そこからは道道51号線を北東に進んでオホーツク海方面へ,この日の目的地は網走です.メイン国道とは違って完全雪道でした.津別町から国道240号に入ると雪の量がぐっと減ります.ここからは快適なドライブで,途中の道の駅で昨日以来着込んでいるダウンやフリースなどの防寒着を脱ぎ身軽になります(一気に機動性が増した感じ).

Img_5990(写真1)道東名物「牛横断注意」の看板

 結局網走に着いたのは12時ちょっと前でした.実はこの日はオホーツクの流氷観光船に乗ろうと予約をしていたのでした.港についてみると,「流氷なし,風が強く湾内の乗船体験のみになります」との案内が… 近年の温暖化で流氷自体の厚さが年々減少している(らしい)オホーツク海ですが,しばれフェルティバルの状況を見ても,今年の流氷はまだ接岸していないというのは想像ついたのであきらめは付いていました.

Img_6136 Img_6135(左写真2)夏は知床の観光船になるおーろら号,(右同3)流氷のりの字もありません(笑)

 30分ほどの体験乗船ののち,道の駅で昼食,昨夜の疲労と今夜の夕食を勘案してシンプルなパスタにしました.

Img_6137(写真4)オホーツク流氷館

 食後は郊外の天都山にあるオホーツク流氷館へ.ここには流氷を解説したムービーや,クリオネやフウセンウオなどの展示がありますが,やっぱり目玉は前年に採集された実物の流氷展示室です.内部はマイナス15℃に設定されており(奇しくも昨夜のしばれフェスの最低気温と一緒),中でタオルを振り回して凍らせる体験もできます(早回し選手権は行われていない模様 笑).

Img_6139 Img_61342(左写真5)流氷展示室,(右同6)フウセンウオ

 一通り見学した後は最上階の展望台に上ります.ここからは網走市内やオホーツク海などが一望できます.この日は天気が良かったこともあり,オホーツク海のさらに向こう,知床連山も見えました(気のせいかウトロの街が見えた気がした).係員の方によると昨年の同日は沖合に流氷が見えたとのことでしたが,今年はまったくその姿が見えませんでした.

Img_6145(写真7)展望台からは知床連山が

 流氷館見学が終わるとちょうど3時,そのままこの日のホテルに向かいました(北天の丘あばしり湖鶴雅リゾート).前夜がほぼ極寒のキャンプなので,この日は温泉でゆっくりしようという作戦です.チェックインしてさっそく温泉へ(チェックインの時荷物が多すぎて係の人驚いたろうな),単純泉で肌に優しいお風呂でした.その後の夕食はブッフェスタイル,ウチのKはしょぼいブッフェを想像していたらしいんですが,期待に反して(笑)豪華な品々がずらっと並んでいました.お酒は当然日本酒,追加でウニ盛りもいただきました.

Img_61472(写真8)ウニ盛り‼

 夕食後は飲み直しにバーに行こうとも噂していましたが,前日の疲れのせいか,あっという間に寝てしまいました.

 

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2020年2月 9日 (日)

第39回しばれフェスティバル参加記録①

 以前から予告していた通り,2月1日~2日にわたって行われた,第39回しばれフェスティバルに参加してきました.

 日本国内で一番冬の厳しい北海道の中でも,さらに寒さの厳しい道東の陸別町で毎年2月初旬に行われている,寒さを売りにした(笑)イベントです.4年前の2016年に一度参加したことがありました(参加記録).この時は朝の最低気温が会場内でマイナス26℃,外の川辺でマイナス29℃に達する極寒で,明け方以降は寒さのあまり意識がもうろうとする中で,会場中央の焚火(命の火)のそばで震えながら貫徹しました.終わった際には,「も,もういいかな…」という感じでしたが,のど元過ぎればなんとやら,4年歳月が過ぎた結果「また参加しようかな」と気持ちが変化してきました.とはいえこのイベント,全国から参加者が集まるなど結構人気があり,”参加したい≠参加できる”のもポイントです.参加者募集は12月の半ばに行われ,その後の抽選を経て幸いにも当選,年明けから少しずつ準備をしてきました.

 しかし,今年の北海道は例年にない暖冬ということで,しばれフェスティバル名物のバルーンマンションの製作が遅々として進まず,1月半ばに実行委員会から今年は定員分を確保するのが困難であり,大多数の参加者にはテント泊をお願いしたい旨の連絡がありました(ダメならキャンセルも可と).参加するからにはバルーンマンションに泊まりたいのは人情ですが,暖冬という自然現象には逆らえないので,テントでも可と返信したのはいうまでもありません(その後実行委員会準備テントではなく,持ち込みテントも可といことで,持ち込みにした).

 その後1月下旬に最終案内が到着,4年前と同様の注意事項が書かれてありました(酔って外で寝ると本当に死にます!のフレーズもあった).一方で同封された会場案内図を見ると,4年前とは結構配置が違っています(前回露店が並んでいた部分が宿泊地になっていた).準備の方も進み,新しいヒートテックの下着類を購入しました(アウター等やマット,寝袋類は4年前に購入してあるのをそのまま流用).前回は海外旅行用のスーツケース2個でキツキツだったという反省を生かして,今回はハードケース2個に加え,ソフトケース2個と併せて4個体制を採用,さらに子の量だと飛行機に持ち込む際に追加料金がかかるのが必須ということもあって,この4個のケースはすべて家から最初のホテルまで宅配で送ってしまうことにしました.

P2130003 P2140008(左写真1)参加の案内,(右同2)例年の注意事項が…

 そんな準備を経て,1月31日(金)いよいよ出発の日です.この日は午後半日休を取ったので午前中のみ仕事して午後から出発となります.大きな荷物はすべて送ってあるので貴重品類とバックパックのみで羽田空港に向かいます.横浜駅での乗り換えもスムーズにいき、予定より早く空港に到着,預け荷物もないためセキュリティを抜けてゲート前でビールを飲む余裕がありました(笑).この日搭乗するのは帯広空港行きの便,4年前と同じパターンです.定刻をやや遅れて17時10分頃に飛行機は動き始めそのまま離陸,北に向かって一直線に飛んでいきます.途中やや気流の悪いところはあったものの,無事に帯広空港に到着しました.

 飛行機から降りると,キンとした冷たさを感じます.「これ,これだよ.これが北国の冬だよ」と妙に嬉しい気分になるのが北国生まれの特性です(笑).今回は預け荷物もないのでそのまま到着ロビーに出て,市内行きのバスに乗り込みます.帯広空港から市内へのバスは駅にまっすぐ行く便と市内ホテルにちょこちょこ寄る便と2系統あるんですが,今回は宿泊ホテルが駅の目の前なので駅便を選択しました.

 乗客が揃ったところで出発,市内に向かいます.周辺の雪の量はまあまあでした(4年前と同じくらいか?).40分ほどで駅に到着,ホテルに入るとフロント付近に自分が送ったスーツケース4個が並んでいました.そのままチェックインして荷物を受け取りました(それにしてもフロント人はこんなに荷物を別送するなんて何者だろう?と思ったのではないか 笑).

 部屋に入って一休みして,さっそく夕食に出かけます.せっかく北海道に来たのと,明日のしばれフェスティバルに向けて英気を養う目的で,この日は十勝ジンギスカンのお店に入ました.注文するのはもちろんラム肉&ワイン🍷です.軟らかいし臭みもなくいいお肉でした(もやし類はあらかじめ敷かれて出てくるんですが,本格的な感じ).おなか一杯になりました.

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(左写真3)ジンギスカン,(右同4)この日いただいたのは代表的な十勝ワイントカップです

 食事後はホテルに戻り,明日に向けて荷物の詰め替えなどをした後,ホテル併設の大浴場に浸かったのでした(これも気持ちよかった).

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2020年1月11日 (土)

カニを食う

 正月が明けて日常が再開されたと思ったら,この週末は成人の日がからむ三連休です.例年年末年始は仕事がたくさん入る私ですが,この3連宮は意外に自由が利く年が多いように思います.昨年はここを利用して伊勢志摩旅行に行ってきました.

 ただ今年は3日間のうち2回合唱団の練習が入っているため遠出の予定はありません.その代わりというわけでもないのですが昨夜はかに🦀を食べに鴨宮駅南にある甲羅本店さんに行ってきました.

 ここには大体年に1回訪問しています.大抵は年末にウチのKとの忘年会を兼ねていくパターンなんですが,昨年末は諸事情で行けなかったので,年明けになった次第です.今シーズンはかにの他にふぐ🐡も扱っているみたいでしたが,あえてかに一本にしました.

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 続いては豆腐のかに餡かけ,これは今回初めて食べたんですが,自家製豆腐と甘酸っぱい餡の組み合わせが絶妙でした.そして次が茹でたタラバガニ,実は分類学上はカニではなくヤドカリの仲間なんですが気にしてはいけません.かに酢でいただくんですが,そのままでも十分旨味が出ていておいしいです.

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Img_5943  そうこうしているうちにカニすきが登場,今度はズワイガニです.鍋物はカニしゃぶもいいんですが,個人的にはカニすきの方が好みです.この辺りで冷酒が無くなったので,かに酒に切り替えました.

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 締めは鍋のきしめんとズワイガニの握り,とろりとした食感がいいです.

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 年明け日常開始後最初の贅沢でした.

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2019年12月25日 (水)

銀座の南イタリア料理店

Img_5904  師が走る12月,特に後半に入ってから加速度的に忙しくなっている自分です(なのでここの更新も1週間以上空いてしまった💦).今週は22日の日曜から出張でした.で,それが終わった24日の夜は久しぶりにフリーになったので,ウチのKと東京の銀座で落ち合い,ディナー🍽と洒落込んできました.

 行ったのは松屋銀座にほど近いイタリア料理店 "SCHEVENINGEN" ,カタカナ表記すると「スケベニンゲン」となってちょっと不思議な気分になります.一部ではよく知られていますが,SCHEVENINGENはオランダ南西部の北海に面した地にあるハーグ市の郊外にあるビーチリゾートで有名な場所です.お店の案内によると,1979年にこの地を訪れたオーナーが「店名はこれしかない!」と閃いて名付けられたとのことです.以来40年近くにわたってこの地でお店をやっているので,洋食店としては結構な老舗です.お店の特徴としてパスタの種類が豊富(なんと50種類以上!)な点が特筆されるんですが,この日はのんびり食事をしようということでアラカルトにしました.

Img_5913  この日の料理は前菜として生ハムとグリーンサラダ,魚料理はアサリのワイン蒸し,肉料理がラムチョップ,そしてパスタはトマトスープのソーセージパスタをチョイス,それぞれシェアしていただきました.南イタリアの大衆的な料理という感じで美味しかったです.我々の食事といえばワイン🍷は欠かせません.最初にスパークリングのボトルを頼んで飲んでいたんですが,あっという間に空いてしまったため,さらに赤のボトルを追加,結局こちらも飲み切ってしまいました(酒飲みです✨).

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 最後はデザートとエスプレッソで締めて店を出たら3時間経っていました(けっこう酔っぱらっていた).

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 この夜は偶然クリスマスイブだったんですが,お店のムードが大衆的なせいか,客層も大衆的で仕事帰りのサラリーマンや女子会風の人たちなど世間でいうイブの非日常とは異なる感じで楽しかったです.

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 テーブルにはこの紙が敷かれていて,お店の特徴が紹介されています.

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