2019年8月 4日 (日)

第59回日本寮歌祭に参加しました

 暑い日が続いていますがみなさんお元気でしょうか.

 例年あまり活動しない自分の8月の中で,ほぼ毎年参加しているのが寮歌祭です.寮歌というのは,旧制高校の寄宿舎の歌のことで,かつて全国に2000曲以上あったと言われます.旧制高校の教育は中等教育を終えた者に,専門的な高等教育を施す前に,一般教養をメインとして主として人格形成を図ることに主眼が置かれたものでした.それは戦後の大学教養部(あるいは教養学部,教養課程など名称は様々)に引き継がれましたが,大学教育のマスプロ化に伴う専任教員の不足や,専門教育の高度化による時間の不足等の現場の事情もあって,次第にその意義を失い,平成に入るころには大学のそほぼ消滅し現在に至っています.

 私の場合専門は医学ですが,一方で歴史や芸術など多くの方面に興味関心を抱いています.これは若い頃に様々な分野の学問に触れて,専門的ではない分野も広く学んだことの賜物です.こうした様々な異なる分野の学問を広くそれなりに深く学ぶというのは,まさに旧制高校の教育であり,私が旧制高校に惹かれる理由の一端はそこにあります.そんな旧制高校を代表する文化である寮歌は私の趣味の一定部分を占めるものとなっています.

 今回参加した第59回日本寮歌祭は,昨年まで中央寮歌祭と称していました.オリジナルの日本寮歌祭は元々日本寮歌振興会の主催で1961年に第1回が東京の文京公会堂で開催され,以後日比谷公会堂や日本武道館を主会場に毎年開催されていました.当時は参加は同窓会単位,当日も各校同窓会が順番にステージで代表的な寮歌高唱を行う発表会形式(コンクール形式とも)で行われていました.しかし時代の流れとともに参加者の高齢化が進んだこともあり,2001年の第41回からは個人単位での参加,パーティ会場での宴会形式に変更されました.ただその後も着実に高齢化が進み,旧制高校を現役で知る人々が減っていったことから2010年の第50回をもって終了となった経緯があります.

 一方でこうした全国規模での寮歌祭の継続を望む人は多く,その中から生まれたのが中央寮歌祭でした.この会の特徴は従来官立の旧制高校主体だった寮歌祭に戦後の新制大学の人々も広く加えた点です.旧制高校を現役で知る方々は今後増えることはなく減る一方なので,このままでは全国各地の寮歌祭はいずれ消滅することになります.他方,現役で寮歌を知らない世代であっても,その理念に共感する人は(私を含めて)多く,そうした人々を積極的に取り入れて,文化としての寮歌を後世に残していこうというのが中央寮歌祭のねらいでした.

 ただ寮歌はあくまでもそれを肌で知っているもののためにあり,そうした人々の消滅と共に寮歌の消滅もやむを得ないと考えている方々も一定数います.この辺の議論は難しいのですが,ともあれ第50回で終了する日本寮歌祭の理念を継承しようという趣旨で,翌2011年から中央寮歌祭が始まり,昨年8回目を迎えました(中央寮歌祭は第1回,第2回という数え方はせず,たとえば昨年ならば中央寮歌祭2018と表記していた).その間日本寮歌祭を主催していた日本寮歌振興会では,寮歌伝承の集いという会を行って活動していたのですが,やはり参加者の高齢化と減少という事実に直面し,今後は中央寮歌祭と合体して新たな日本寮歌祭として復活させることになったのです.50回で終わった日本寮歌祭が今年59回から始まるのは,その間の2011年から2018年までの8回の中央寮歌祭を51回から58回とみなすということのようです.

Img_5145 Img_5150

(左写真1)受付の様子,(右同2)海軍兵学校

 当日は朝からカンカン照りの猛暑でした.今年の会場は日暮里駅前のホテルラングウッドです(昨年までは新宿の京王プラザ).電車を降りて駅の外に出ると,”日本寮歌祭”のプラカードを持ったお爺さんが立っています(参加者を誘導していましたが,こんなお爺さんを炎天下に立たせなければならないほど寮歌の世界が高齢化しているといえます).

 会場に入るとすでにたくさんの人でごった返していました.名簿を確認すると,私の学校の参加者は3人,自分とKの他に旧制の大先輩が来ることになっています.例年その大先輩に音頭を取ってもらうので,今年もそうしようと思っていたんですが…

 現れません…

 参加費は振り込まれており,申し込みはされているようなのですが,もしかしてこの暑さですから,家族に反対されたのかもしれません (>_<).結局今年は自分が音頭を取って歌うことになりました.

P8041277 Img_5163

(左写真3)寮歌伝承の会による楽譜,(右同4)この会を引っ張ってくださる副実行委員長さんの所属校第四高等学校は大所帯です.

 寮歌祭は定刻に開始,開会のあいさつから,この1年間で故人となったかたへの黙とう,檄文朗読と続いていきます.そしてお待ちかねの寮歌高唱の時間,一般に寮歌祭は北から南というのがパターンなんですが,この会は最北と最南をつなぐ数珠上にして毎年始まるところを微妙にずらす形式をとっています.今年は大阪高等学校から始まり,第三高等学校で終わる流れでした.さらに今年は新趣向として,寮歌伝承の会によるプロの歌手による寮歌指導の時間も設けられました.

 学校ごとの歌は各校4分以内と決められているんですが,歌の前の挨拶や巻頭言などで時間がかかり,オーバーしてしまう学校があったため少し押してしまいました(超過すると鐘が鳴る.いつもお世話になっている能代の先生なら「早くしてください!」,「挨拶は手短にお願いします!」とダメ出しされるケースだ).

 とはいえ,ほぼ予定時刻に宴は終了,私はこの会の医務係として具合が悪くなった人への対応を頼まれているんですが,幸い大きな事件はなくホッとしたのでした.

 来年の第60回日本寮歌祭は2020年8月2日今年と同じ会場で行われる予定です.

 ちなにみこの日の模様が夜のNHKニュースで紹介されていた模様です ( ゚Д゚)

 旧制高校の寮歌を歌い継ぐ催し

| | コメント (0)

2019年7月19日 (金)

第59回日本寮歌祭のプログラム

 自分の趣味の1つが寮歌です.エリートの独善とか言われますが,特に最近は専門以外の教育を軽視して,一般的な教養に乏しい人が多くなっている気がすることと併せて,幅広い教養を身に着ける時期であった旧制高校は自分にとってあこがれの場所でした.

 そんな旧制高校の象徴する存在が寮歌で,かつては全国各地に寮歌祭がありました.しかしながら旧制高校を現役で体験した方々の超高齢化が進んだ結果,全国各地の寮歌祭は次々に終了してしまい,現在残るのは両手で数えられる程度になっています.

 そうした数少なくなった寮歌祭の中でも,現状最大規模を誇るのが夏に行われている中央寮歌祭です.これは2010年に終了した日本寮歌祭の理念を受け継ぐことを目指して,2011年に始まった寮歌祭です.旧制高校の寮歌を残しながら新制や私学等にも広く門戸を開いているのが特徴で,参加者や幹事にも若い人が多いのが特徴です(自分も若手の部類 笑).この中央寮歌祭が紆余曲折の末,今年から新しい日本寮歌祭としてリニューアルされることになりました(関連記事).

Img_5117  昨日家のポストをのぞいたら,その新しい日本寮歌祭の事務局から封書が届いていました.見たら今年のプログラムが完成した模様です。

 デザインは毎年同じような感じなんですが,描かれたテーマが旧制弘前高校の北溟寮です! お城の天守と観桜会,まさにそうした北国の青春の息吹が感じられる表紙になっていました.

 第59回日本寮歌祭は2019年8月4日,日暮里のホテルラングウッドで行われます.

| | コメント (0)

2019年3月 2日 (土)

第59回日本寮歌祭

 今日自宅のポストに封書が届いていました.

Img_4653  中央寮歌祭の事務局からのものでした(自分も一応幹事の端くれなので 汗).

 内容はというと,今年は従来の「中央寮歌祭」ではなく,「第59回日本寮歌祭」名義で開催するというものでした.

 日本寮歌祭は日本寮歌振興会の主催で1961年に第1回が東京の文京公会堂で開催され,以後日比谷公会堂や日本武道館を主会場に毎年開催されました.当時は参加は同窓会単位,当日も各校同窓会が順番にステージで代表的な寮歌高唱を行う発表会形式(コンクール形式とも)で行われていました.しかし時代の流れとともに参加者の高齢化が進んだこともあり,2001年の第41回からは個人単位での参加,パーティ会場での宴会形式に変更されました.ただその後も着実に高齢化が進み,旧制高校を現役で知る人々が減っていったことから2010年の第50回をもって終了となったのです.

 ただこうした全国規模での寮歌祭の継続を望む人は多く,その中から生まれたのが中央寮歌祭です.この会の特徴は従来旧制高校主体だった寮歌祭に戦後の新制大学の人々も広く加えた点です.旧制高校を現役で知る方々は今後減る一方なので,このままでは全国各地の寮歌祭はいずれ消滅することになります.他方,現役で寮歌を知らない世代であっても,その理念に共感する人は(私を含めて)多く,そうした人々を積極的に取り入れて,文化としての寮歌を後世に残していこうというのが会のねらいです.

 ただ一方で寮歌はあくまでもそれを肌で知っているもののためにあり,そうした人々の消滅と共に寮歌の消滅もやむを得ないと考えている方々もいます.この辺の議論は難しいのですが,ともあれ第50回で終了する日本寮歌祭の理念を継承しようという趣旨で,翌2011年から中央寮歌祭が始まり,昨年8回目を迎えました(中央寮歌祭は第1回,第2回という数え方はせず,たとえば昨年ならば中央寮歌祭2018と表記).

 その間日本寮歌祭を主催していた日本寮歌振興会では,寮歌伝承の集いという会を行って活動していたのですが,やはり参加者の高齢化と減少という事実に直面し,今回中央寮歌祭と合体して日本寮歌祭として復活させる方針となったようです.そして復活する日本寮歌祭が第59回であることは,この間の中央寮歌祭を暗に第51~第58回であると認識しているんだろうと思われます.

 そんな第59回日本寮歌祭は2019年8月4日(日)に日暮里のホテルラングウッドで開催されます.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月26日 (金)

第30回能代寮歌を愛する会

Img_4130  10月中旬から後半は産業医の単位集め,合唱団のコンサート,函館行きとイベントが立て続けにあったんですが,その締めくくり(?)として10月24日に秋田県能代市で開催された第30回能代寮歌を愛する会に参加してきました.

 普段はオペラなどクラシック音楽を愛好している私ですが,深層心理には寮歌が潜んでいて,昔から愛好している分野です.全国各地で寮歌イベントが行われているんですが,業務との兼ね合いもあって,ルーチンで参加しているのはこの能代寮歌と8月の中央寮歌祭の2つです.特に能代の寮歌は自分の前任地で一緒だったドクターのご尊父が主催しているイベントということで,できるだけ参加しています.

 会場はJR能代駅からほど近いキャッスルホテル能代です.宿泊先も同ホテルなので当日夕方にチェックインして部屋で荷物を解いたあと会場に向かいました.

 今回の参加者は地元の方も含めて45名程度と例年よりも少なめでした.主催している先生によると,やっぱり高齢化の影響が強くなっているとのこと.考えてみれば旧制高校最後の入学生が昭和25年(1950年)です.その方々が現在では85歳になります.それ以下の年代はすべて新制になってしまうのですから,旧制高校実体験者はいくら長寿の時代とはいえ急激に数を減らしているのが実情です.もちろん私のようにそれ以降でもこうしたジャンルを愛好する人間もいるわけですが,総数としてはやっぱり減少傾向にあるようです(実際に全国各地の寮歌祭も終了または規模縮小となっているところがほとんどです).

 そんな第30回能代寮歌を愛する会,今年も開会の言葉に始まり,黙とう(これは前年以降に鬼籍に入られた方々のため),歓迎寮歌,ゲスト代表挨拶と続き,いよいよ乾杯です.

Img_1072 Img_1067  乾杯の後は寮歌斉唱の時間,今年は北から南へという流れで北大予科から弘前,山形,二高と進んでいきました.各校それぞれ壇に上がって歌うのですが,以前はこうした際に長々とあいさつをして進行係を困らせる方々(笑)がいたんですが,近年はそうした方々も高齢で長挨拶をする元気もなくなってきたのか,去年今年は極めて進行がスムーズでした.

 今回の目玉としては一高水泳部の河童踊りの歌が披露されたこと.腰蓑をつけてユーモラスに踊るさまが面白かったです(これが当時のエリートの姿です 笑).私はというと,近年恒例となった第七高校造士館の北辰斜めの音頭を取らせていただきました.充実した時間でしたが,一方で参加者減少と関係があるのかもしれませんが,定番寮歌として知られる松江高校の青春の歌や台北帝大予科の創業歌などが省略されていたのは寂しかったです.

 閉会後はいったん部屋に戻ったのち有志で二次会に繰り出しました(今年もカラオケのあるスナックでしたが,昨年とは違うお店でした).翌日はオプションの白神山地に観光に出かける人も多かったんですが,我々はそこまでは時間が取れないということで朝ゆっくり起きて家路に向かったのでした(途中稲庭うどんの老舗佐藤養助本店に立ち寄りました).

Img_4126  こちらは2種類のつけダレでいただく二味天せいろです.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 6日 (月)

中央寮歌祭2018

 気が付いたらあっというまに8月に突入していました.世間では夏休みシーズン真っ盛りの8月ですが,自分的には真逆で休みとは縁遠い月になります.それは職場の他のドクター(特に家族持ちのドクター)で夏休みをとる人が多いので,そのバックアップ要員として居残らなければならないからです.当然遠出することもありません(まあ,暑いから遠出するメンタリティにもなりませんが).

 そんなビザンチン皇帝が最も活動しない月,8月ですが,ほぼ唯一の例外が表題の中央寮歌祭です.これは2010年に第50回の節目をもって終了となった日本寮歌祭の流れをくむ寮歌祭のひとつとして2011年から始まったイベントです.かつては全国各地で行われていた寮歌祭ですが,近年は旧制高校を現役で過ごした方々の減少や高齢化が著しく,多くの寮歌祭が終了または規模縮小を余儀なくされています.そんな中でこの中央寮歌祭は旧制高校だけではなく,新制大学あるいは私学にも広く門戸を開いているのが特徴で,近年ではそうしたものに関心を持ってくださる若い方々の参加も増えています(他の寮歌祭に行くと圧倒的に若手の自分ですが,この中央寮歌祭では中堅どころのやや若い方という感じになります).

Img_0971_2 Img_0972

(左写真1) 今年のプログラムの表紙,(右同2) 歌唱順

 中央寮歌祭は例年8月の第1土曜日に開催されます.今年は8月4日の土曜日,場所は2011年の初回から続く新宿の京王プラザホテルです.この日は朝8時半ごろに家を出て小田急に乗って新宿に向かいました.各地で猛暑が記録されている今年の夏ですが,この日は暑いとはいうものの,そこまで激しい暑さというわけではない印象でした.新宿駅西口からは徒歩で会場に向かいます.入って受付をして,その後は持参した和服に着替えて準備完了です.

Dsc_1944 (写真3) この日は和装です

 11時からいよいよプログラム開始,まずは主催者挨拶やこの1年間に故人となった方々への黙とうと続き,いよいよ寮歌高唱の時間です.北は北大予科から南は七高造士館,さらには台北や旅順といった外地までこの日のプログラムに掲載された学校は54校に及びました.これらは順番に歌っていくわけですが,公平を期すために毎年10校程度ずつずらされていくのがこの寮歌祭の特徴で,今年は陸軍士官学校から始まって,慶応義塾大予科で終わる流れでした(昨年は東京高等学校から始まって第一高等学校で終わる,一昨年は東亜同文書院から始まり第五高等学校で終わるパターン).

Img_0981 (写真4) 今年はお弁当でした

 中央寮歌祭は新宿の京王プラザという高級ホテルが会場である一方,参加費が全国他の寮歌祭とあまり変わらないという構造のため,出される料理が貧弱だといわれます.例年はポテチなどのスナックに始まり,中華系の料理が数品出てデザートはバナナというパターンだったんですが,今年はなんとお弁当でした! 思うに参加者の中には大皿から取り分けるという形式になじめない方もいるので,それならいっそ弁当の方がという議論になったものと思われます(今年の弁当は結構よかったので自分的にはこちらで賛成).

Img_0990 Img_0991 (左写真5) 第四高等学校,(右同6) 北大予科

 寮歌高唱は順調すぎるほど順調に進みました.かつてはこういうイベントになると,長々とあいさつをする方がいて司会役を困らせたものですが,そうした人たちが高齢化して長挨拶をする元気がなくなったのか,ここ数年はそうした事例は見かけなくなりました.一方で近年は若い参加者も増えていて,今年は近畿大学の若い人たちが全員スマホで歌詞を見ながら歌っていたんですが,こういうところに時代の流れを感じたのでした.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月28日 (土)

まもなく中央寮歌祭

 久しぶりの更新になります.最後の記事が7月7日のトスカだったので,実に3週間ぶりです.先月の南米旅行の余韻に浸る間もなく日常生活が再開となりました.7月に入ってからは先述のトスカに加えて,毎年恒例の母親の接待旅行(?)なんかもありました(今年は北海道の道東地区,これに関してもレポートをまとめなきゃならないんですが,南米旅行すらまだ半分なのにいつになるやら…).

 で,まもなく8月がやってきます.実は1年12か月の中で私がもっとも活動的でなくなるのが,この8月です.理由としては暑くてあまり動きたくない上に,職場の他のドクター(特に家族持ちのドクター)が夏休みをとる時期にあたるため,必然的に自分が留守番要員になるからです.また,秋以降の活動に備えて資金を蓄積するという思惑もあります.

 そんな8月ですが,まったく活動しないことに決めているというわけでもなく,少ないながらも定番行事は存在します.それが中央寮歌祭,深層心理に寮歌が潜んでいる自分は旧制高校や寮歌が大好きなんですが,現在国内最大規模の寮歌祭です.成り立ち等に関しては以前書いたので省略しますが,何の因果か幹事の末席に連なっているために毎年参加しています(医務係です.つまりは高齢の参加者が具合悪くなった時に対応する係)

 先日帰宅したところ,今年のプログラムが完成した模様で自宅に届いていました.

37775227_1835202433243780_114707995  今年の表紙は松本のようです.松本にあった旧制松本高校には「春寂寥」という寮歌の名曲があります.今年の中央寮歌祭は8月4日に行われる.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月11日 (金)

2つの寮歌

 先日の中央寮歌祭'17で隣の席の先輩と話題にしたお話である.

 一般に2500~3000曲はあるとされる寮歌だが,その中でもよく知られた有名な寮歌となるとそれなりに数が絞られる.俗に3大寮歌などと呼ばれる,第一高等学校の「嗚呼玉杯」,第三高等学校の「紅もゆる」,北大予科の「都ぞ弥生」の知名度は抜群だが,これらに負けず劣らず有名なのが鹿児島の第七高等学校造士館の「北辰斜め」だ.映画にもなった素晴らしい寮歌である.

 で,この「北辰斜め」と三重の神宮皇學館大学予科の寮歌「若草萌ゆる」が非常に似ているのである.

 第七高等学校造士館「北辰斜め」

 神宮皇學館予科「若草萌ゆる」

 このため,先の先輩がとある会合の席で,皇學館の関係者の方に,「皇學館の「若草萌ゆる」は七高の「北辰斜め」からメロディーを拝借したものですか?」と聞いたのだそう.それに対する皇學館関係者のご返答が,「それは違う.そもそもその2曲は同じ作曲家による別な作品なので拝借には当たらないし,当地で「若草萌ゆる」を作ったのちに鹿児島に転勤されてそこで「北辰斜めを」を作ったのだ(だからこちらの方が先なのだ).」というものだったらしい.

 中央寮歌祭ではこの2曲とも披露されるのだが,資料を見ると確かに両曲とも作曲は須川政太郎となっており,件の皇學館関係者の話が正しそうである.なるほどなぁ,そういうこともあるんだ,とこの日は妙に感心した.

 ただその後,この件について少し調べたところ,いくつかの疑問がわいてきた.まずは2つの寮歌の成立年代である.

 北辰斜め   大正四年(1915年)

 若草萌ゆる  大正十三年(1924年)

 あれっ,北辰斜めの方が古いんですけど.さらに作曲家である須川政太郎の軌跡である.こちらについては文書の資料が手元にないのでネットの情報であるが,明治17年に和歌山県に生まれ東京音楽学校(現東京藝術大学)を卒業し,大正2年(1913年)鹿児島師範学校の音楽教師として赴任した.その後京都師範学校,彦根高等女学校,半田高等女学校等を歴任した… とあります.先の寮歌の成立年代と同様,作曲者に関しても鹿児島勤務が先であり,その後関西・東海地方に勤務という順番のようである.

 以上を結論付ければ,曲の成立順は「北辰斜め」→「若草萌ゆる」である.同一作曲者による作品であるため,曲が似ているからといってどちらかが借用という性格のものではない(もちろん意識していたかしていないかは別にして,「若草萌ゆる」を作曲した段階で,過去の「北辰斜め」のイメージが頭にあった可能性はある).ということになるのだろう.

 では件の皇學館関係者がどうしてそんなことを言ったのかであるが,単に間違って覚えていたという可能性もあるが,作曲家の件を知っている方であるため,もしかしたら「借用ですか?」と聞かれたことに対して内心穏やかではなく,あえて事実と異なることを言った可能性があるのかなと思ったのだった.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月 6日 (日)

中央寮歌祭'17

20597155_1411959655568062_710813705  8月に入って初めての更新になる.

 世間では夏休み本番といった時期だが,自分の場合は職場の他の方々(特に家庭がある方)の夏休みを優先させてあげたいこともあり,留守番に徹することの多い時期になっている.このため遠出をすることは少ないのだが,近場のイベントに参加することはもちろんある.

 そんな8月上旬の恒例イベントが中央寮歌祭だ.普段はオペラを中心とするクラシック音楽を愛好しているのだが,深層心理には寮歌が潜んでいて時として無性に歌いたくなることがある.こうした寮歌のイベント,かつては全国にたくさんあったのだが,当時を知る人々が減少するなか,各地の寮歌祭が終了または規模縮小となっている現実がある.この中央寮歌祭はかつて(2010年まで)存在した日本寮歌祭の精神を継ぐべく,2011年から始まった新しい寮歌祭である.毎年400人以上を動員するなど,新興ながら全国最大級の寮歌祭となっている.

 この寮歌祭がほかと違っているのは中心となっているのが旧制の方々ではなく,新制の若いメンバー(若いと言っても還暦越えが圧倒的ですが 笑)だという点があげられる.なので参加者にも若い人,さらには女性も多いという.世間では中堅どころに位置するだろう自分も一般の寮歌祭では圧倒的に若手なのだが,この寮歌祭ではやや若手の中堅くらいの位置になるから面白い.実は私もこの寮歌祭の幹事の末席に連なっているのだった.

 今年の中央寮歌祭は8月5日の開催,会場は新宿の京王プラザである.昨夜当直だった自分は朝一瞬自宅に戻ってそのまま小田急で新宿に向かう.新宿駅からは徒歩で会場へ,受付を済ませると学校ごとのテーブルへ,今回自分の所は4人だけだった(泣).

P8050593  11時に開宴,まずは開会の言葉,挨拶,檄文朗読(だいだいどこの寮歌祭でもこの檄文朗読は存在する)と続き,いよいよ寮歌高吟の時間となる.歌う順番は基本的に北から南であるが,公平を期すために南のラストと北の最初をくっつけた円状態にして,それを毎年少しずつ動かしていくスタイルである.なので今年は東京高等学校から始まって南下し,その後北に戻って最後は第一高等学校で終わるという流れだった.

 こうした寮歌祭,参加者の思いが熱いという特性があるのだが,その熱さのためか歌う前に長々とあいさつを始める人がいて,時間が押していくという問題がる.ただ近年は各地で時間に厳しい姿勢を取っているためか,この手の問題は減っているように感じる(もしかしたらメンバーの高齢化でそうした長挨拶をする元気な人が減っているだけなのかもしれないが).今回も1校4分でそれを超過したら鐘を鳴らして強制終了… ということになっていたのだが,幸いそういう事例はなかった.

P8050617 P8050602  そんなわけで会は順調すぎるほど順調に進み(最後時間が余ったため,急きょ有志による寮歌が追加になった),予定の15時30分に終宴となった.ちなみに自分は職業柄から医務係を仰せつかっているのだが,幸い今年は具合を悪くする方がいなかったのはよかった(なにせ超高齢の方も多く,しかも飲めや歌えやのイベントなので…).

 この寮歌祭,来年は8月4日(土)に同じ会場で行われる予定である.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月16日 (金)

第57回能代寮歌を愛する会

Img163  さて,昨日一昨日と2日間年休を取って秋田県に出かけてきました.恒例となっている能代寮歌を愛する会に参加するためです.普段はクラシック音楽を愛好している自分ですが,深層心理には寮歌が潜んでいて,何かの折には無性に歌いたくなってくるのです.

 寮歌とは呼んで字のごとく,寮の歌ですが,現実には旧制高等学校や大学の予科といった戦前の日本の高等教育機関の寄宿舎の歌を指し,作詞のみならず作曲も寮生自身によりなされたものが多いという特色があります.当時全国には官立私立合わせて50校近い高等学校や大学予科があり,作られた寮歌の総数は3000曲にもなると言われています.まさに当時の学生たちの青春の歌であったわけですが,戦後の学制改革や寄宿舎自身の衰退もあり新曲はほとんど作られなくなりました.ただ当時を知る人々によって全国各地で寮歌祭が盛んに行われてきました.

 しかしながら,当時を知る人々の高齢化もあり近年各地の寮歌祭が規模縮小あるいは終了という流れになっているのは残念ではあります.ただ一方で戦後世代の中にも自分のように寮歌を愛好している人間もいるのはたしかで,近年の寮歌祭にはこうした若い人たちの姿も見られるようになているのはうれしいことです(この世界では自分は若い方です 笑).

P6140896  私が能代の寮歌にお世話になったきっかけは,能代の会長さんの御子息がかつての勤務先の同僚だったというまったくの偶然からです.以来時々参加できなかった年もありましたが,ついに今年でめでたく10回目の参加と相成りました.例年10回参加者は別枠であいさつと何か1曲歌うという習慣があります.今年は自分が10回目ということで事前にその旨の打診がありました.

 で,問題は何を歌うかです.自分は旧制弘前高等学校の関係者というわけで,当然歌うのは弘前高校の歌になります.同校の代表寮歌である「都も遠し」は当然のように一般枠で歌われるので除外されます.また同じく代表的な歌である「虚空に羽ばたき」も,実は同じく今年10回参加となる大先輩(リアルに旧制を過ごした方)が歌うということで除外されることに… さあどうしようと思った私,寮歌祭の大先輩とは違って実は知っている寮歌はそんなに多くないんです(各校の代表的な歌をちょこちょこ知ってる程度).悩んだ挙句,在寮時代にちょっとかじった「図南歌」という作品を選択したのでした.

P6160993  6月14日(水)に空路で秋田入り,夕方に会場となる能代キャッスルホテルにチェックインしました.会は6時半にスタート,開会の言葉や檄文朗読等に続き,いよいよ高歌放吟の開始です.自分の図南歌も無事に終了し,全国各地の寮歌が歌われます.例によって料理やお酒を堪能して言ううちに,ちょっとお腹がキューンとなりました.そこで席を外してトイレに行って帰ってきたら…

 ちょうど弘前高校の出番になっていました( ゚Д゚).

 あわてて登壇しましたが,一番肝心な「都も遠し」が歌えませんでした(申し訳ございません<(_ _)>).

P6140902  その後も会は続いていきます.こうしたイベントの場合,特にお酒が入ってくるとプログラムが押してくるいうケースが多いんですが,能代の寮歌では司会の会長さん直々に,「早く始めてください」,「あいさつ無しでお願いします」などダメ出しが出るので進行はスムーズでした.結局10時15分過ぎに予定通り会は終了,この日は市内のスナックでの二次会にもお誘いいただき,さらに楽しい時間を過ごしたのでした(相当飲んだはずなのに翌日具合が悪くならなかったことから,よっぽと体調がよくかつ楽しかったと思われた).

 来年は秋に開催ということで,また参加したいイベントなのでした.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月 4日 (木)

中央寮歌祭2016

 今日は新宿の京王プラザホテルで開催された中央寮歌祭2016に参加してきました.普段クラシック音楽を愛好している自分ですが,深層心理には寮歌が潜んでいて,時々歌いたくなるのです(笑).

Dsc_0995  かつて全国にたくさんの寮歌祭があったんですが,旧制高校を現役で過ごした方々の高齢化等もあり,各地の寮歌祭が終了または規模縮小という流れになっています.東京で開催されるものとして,かつて日本寮歌祭という大規模な寮歌祭あったんですが,これも2010年の第50回をもって終了となっています.ただこれだけ大規模な寮歌祭をこのまま終わらせてしまうのは残念であるという意見も多く,なんとかその後を模索する動きがありました.ただ,これには2つの流れがあって,主として旧制高校のOBたちが,あくまでも旧制高校の寮歌にこだわって運営している全国旧制高校寮歌祭と,主として新制大学時代の人々もかかわって, 新制以降の寮歌などにも間口を広げている中央寮歌祭があります.今回参加したのは後者で,2011年以降今年が6回目となります.

 昨年までは土日の開催ということで参加のハードルは低かったんですが,今年はなんと!平日木曜日白昼の開催です.会場の都合ということなんですが,寮歌祭関係者の多くはリタイヤした人なので問題は少ないのかもしれませんが,現役世代にとっては厳しい話です.自分も当初参加できるのか不安でしたが,なんとか年休を取得して参加することができました.

Dsc_0996  朝家を出て小田急のロマンスカーで新宿へ.この日は久しぶりに龍馬紋の着物でした(ウチのKも着物).新宿駅は暑かったですが,この日は雲も多かったこともありうだるようなという感じではなし.着物だったのでタクシーでホテルまで移動しました.

 会場はすでに大勢の参加者で賑わっています.各校ごとにテーブルに分かれるんですが,自分の入る弘前高等学校が名簿の参加者数と椅子の数が合わない(2人分)… 仕方ないので一応幹事役の私とウチのKが別なテーブルに移りました.

Dsc_0994  そして11時に寮歌祭の開幕です.開会の辞,続いてこの1年間に鬼籍に入られた諸先輩方への黙祷,主催者の挨拶,檄文朗読と続き,いよいよ寮歌高唱の始まりです.歌うのは北から南,外地という順番ですが,公平を期すために毎年少しずつずらしていきます.昨年は高知高校から始まって松山高校で終わる順番でしたが,今年は東亜同文書院など外地の学校から始まりました(そして震災からの復興を応援するために熊本の第五高等学校をラストに).

Dsc_1000

 各校の持ち時間は4分,かつては最初に長挨拶をする人なんかもいて時間が押してしまうケースがあったんですが,近年はその辺も徹底されたのか,挨拶無しで歌い始めるというパターンが定着したようです(4分経過すると鐘が鳴らされる).

 で,この寮歌祭の特徴が料理の少なさ(笑).実はこの寮歌祭の参加費は各地の寮歌祭と大差ありません.でもって会場が京王プラザですから,予算がひっ迫しているらしく,あまりたいした料理が出てこないのでした(プリッツやポテチに始まり,数品出てきて,デザートはスイカ&バナナ 笑).その一方お酒はビールや焼酎があって結構飲めます(食べ物が少なくてひたすら飲むため,後で具合が悪くなることも 笑).

 この寮歌祭で自分は医務部という役職(?)になっています.要は具合が悪くなった人への対応ということですが,昨年はそういう事件はなかったんですが,今年は具合が悪くなった人がいました.幸い大事には至りませんでしたが,なかなか大変です(能代の大先輩にお世話になりました.この場で御礼を申し上げます <(_ _)>).

 さらにこの日は毎年ひのパレで写真をいただいている武州レディースのラブさんにもお会いしました.旧制高校に造詣の深いラブさん,文章も書かれているようです.す,すごい!

Img_2489  会は3時半ごろに終了,そのまま帰宅となりました.前述のように食べ物が少なくてひたすら飲んでいたため,帰宅後具合が悪くなりましたとさ.

| | コメント (0) | トラックバック (0)