2017年3月12日 (日)

第20回ひの新選組まつり参加通知

 この週末は仙台での祈りのコンサート等で走り回っていたんですが,その間に自宅のポストに1枚のハガキが届いていました.そう,5月に開催されるひの新選組まつりの参加通知です.

 2006年の第9回からほぼフル参加しているお祭りです(震災で中止になった2011年5月の代替で同年秋にひっそりと開催された第14回除く).当初はコンテストから参加がデフォだったんですが,震災を挟んだ心境の変化に加えて,世代交代が進んでいること,当初一緒に参加していた仲間たちの大半が卒業してしまったことなどからコンテストへの情熱も失われてしまい,近年はパレードのみの参加,特にここ数年は衣装持ち込みの本隊参加と新選組と出会った人々枠での参加が半々程度という感じになっています.

 今年に関して言えば,参加したいという思いは相変わらずなんですが,前日に同窓会が入ることが確定している都合もあり,自前衣裳を持って移動するのは面倒なので,準備の不要な出会った人々枠で申し込んでいました.例年だとこの枠は,当初募集されている役柄とお祭り当日に登場する役柄が違っているなど,そのファジーさも楽しかったりするんですが,今年に関して言えば,希望する役柄に対する思いをアピールする欄が用意するなど,単なるオマケとはいえない感じになっていました.

 ただ自分的には何が何でもこの役を!というほどのものはなかったこともあり,特に希望はなしで申し込んでいました.そんな私に与えられた役は…

Img_2949  高杉晋作 ( ゚Д゚)

Takasugisugata  長州藩,バリバリの倒幕派です.

 南部藩出身,会津・新選組びいきの自分が長州とは… (^^;).たしかに昨年は尊王攘夷派の清河八郎をやりましたが,彼は新選組の前身浪士組の創設者であり東北の庄内藩出身,一方の高杉晋作は生粋の長州藩士です.かつて「新選組 in 長州」なんていうイベントをやって遊んでいた自分が,長州藩の代表的人物になるとは想像もしていませんでしたが,これもなにかの縁,頑張ってみたいと思います(まあ政治色が強い桂小五郎や薩摩の大久保一蔵よりは抵抗が少ないか 笑).参加さらる皆様今年もよろしくお願いします.

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2017年1月 5日 (木)

今年は何の記念イヤー?

 正月三が日もあっという間に終わってしまい,昨日からすでに日常が始まっています.とはいえ,すぐに日常のネタに戻るのも面白くないので,今日は今年記念イヤーとなる出来事を探してみることにします.

① ロシア革命100年 

Russian_revolution_of_1917  ロシア革命が起こったのが今から100年前の1917年のことである.当時は第一次世界大戦の最中で,相次ぐ敗戦と食糧不足に不満を抱いた民衆のデモやストライキが頻発,これに軍の反乱が加わって革命に至った(2月革命).ただこれによって成立した臨時政府は戦争継続の方針だったために,やがてレーニンによる10月革命に至り,世界初の社会主義国家ソビエト連邦が成立した.

② 江戸町奉行大岡越前誕生300年 

Ohokatadasuke_2  時代劇「大岡越前」で知られる大岡忠相が江戸町奉行(南町奉行)に任命されたのが1717年(享保二年)のことである.以後八代将軍徳川吉宗の享保の改革で活躍,元文元年(1736年)に寺社奉行に転任した(同じ奉行という名前だが,旗本が就く町奉行と異なり,寺社奉行は大名が就く役職でありこれは栄転である).

③ 宗教改革500年 

Augsburgerreichstag  今年最大の記念日はこれかもしれない.マルチン・ルターが当時のカトリック教会を批判してヴィッテンベルクの教会に95か条の論題を掲げたことから宗教改革が始まり,現在あるプロテスタント諸教会の先駆けとなった事件が発生したのが今から500年前のことである.

④ シスマ(教会大分裂)収束600年 

Palaisdespapes116475_960_720  もう一つキリスト教関係の話題.14世紀の後半(1378年)にローマで教皇位についたウルバヌス6世に対して,主としてフランス人の枢機卿たちが反発してアヴィニヨンにクレメンス7世が立ち,2人の教皇が対立する事態となった.これが教会大分裂(シスマ)と呼ばれるものだが,それが終息したのが今から600年前のことである.

⑤ 藤原頼道摂政就任1000年

800pxfujiwara_yorimichi  もっともキリがいい記念イヤーがこちら.父藤原道長とともに平安中期の摂関政治の全盛期を担った頼道が摂政に任命されてちょうど1000年です.彼は同じ年に藤原氏の氏長者にも任命されているが,父道長が健在であり,あくまでもその後見を受けた存在であった(徳川家康存命中の2代将軍秀忠みたいな感じ).

⑥ レオン3世即位1300年

Solidusleo_iii_and_constantine_vsb1  もっとも当ブログにふさわしい記念イヤー.ビザンチン帝国史にその名を残すレオン3世が即位して1300年である.当時はイスラム帝国(ウマイヤ朝)による地中海世界席巻の時代であり,ビザンチン帝国の領土は大幅に後退し,首都のコンスタンティノポリスもしばしばイスラム教徒の包囲にさらされていた.そんな時代に即位したレオン3世は翌718年にイスラム軍を撃退し,帝国の危機は一段落し,その後徐々に復興の時代になる.そんなビザンチン帝国のどん底を支えた皇帝の即位イヤーである.

⑦ ローマ帝国最大版図1900年

Traianus_glyptothek_munich_72  古代ローマ帝国の全盛期であった五賢帝時代.その2人目がトラヤヌス帝である.彼は117年に現在のイランにあった強国パルティアを破り,ローマ帝国の最大版図を実現した(ただしその翌年には反乱がおこり,その版図は縮小に向かう).

⑧ 済西の戦い2300年

Img_0_2  中国の戦国時代後半,燕の楽毅将軍が秦・燕・韓・魏・趙五か国連合軍を率いて斉を打ち破った済西の戦いから2300年の年である(燕の楽毅は斉の管仲と共に諸葛亮が自らを重ね合わせた人物でもある.斉の国を滅亡一歩手前まで追い込んだが,敵将田単の離間の計によって亡命を余儀なくされた).

⑨ アリストテレス生誕2400年

200pxaristotle_altemps_inv8575_2  古代ギリシャの著名な哲学者アリストテレス生誕2400年である.プラトンの弟子である彼は,同時にオリエント世界とギリシャ世界を統一するアレキサンダー大王の家庭教師でもあった.今で言うなら哲学者兼科学者兼教育者という感じの万能人のイメージである(代表作は二コマコス倫理学).

⑩ 伍子胥没後2500年

020355ec0_3  司馬遷の史記にも登場する伍子胥,元は楚の人間だったが,平王によって父と兄を殺されたため呉に亡命,その後は呉王闔閭,夫差を補佐して楚を打ち破り,平王の墓を暴いてその死体に鞭打って復讐を果たした(これが死体に鞭打つの語源).しかしやがて夫差との関係が悪化し,最後は讒言によって自殺に追い込まれてしまう.それが今から2500年前の紀元前484年である.

 このようにたくさんの記念日がある2017年であった.

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2016年9月29日 (木)

第26回しながわ宿場まつりに参加してきました

 すでに4日経過してしまいましたが,さる9月25日に開催されたしながわ宿場まつりの江戸風俗行列に参加してきました.秋の定番扮装イベントとなっています.

 今年扮したのは八丁堀の同心!

Dsc_1107_3

 あれっ? 以前もやってなかったっけ,とツッコんでくれる方は正しい.実は2013年にも同じ役で参加しているからです.まあ当初希望していた役が被ってしまい,こちらに回ったというのが正解なんですが !(^^)!.ちなみにウチのKは寺子屋の先生になりました.

P9251368 (写真) 悪代官と碁を打つ同心

 前日は都内で用事があったため宿泊して,朝着替え場所となる北品川二丁目町会会館に向かいました.出向いた時間は昨年とほぼ一緒の8時半ごろだったんですが,比較的スムーズに支度が完了した昨年とは打って変わって,今年はメイクが律速段階になります.特に女性陣の支度は大渋滞で,ウチのKが完成して出てきたのは会場入りの1時間半後でした(( ゚Д゚)).

P9251359 (写真) 魚心あれば水心

 このお祭り,常連さんの参加率が非常に高くて,毎年この日だけお会いする方がたくさんいるのも魅力です.着替えを待つ時間などにそんな方々と旧交を温めました.

 パレードは12時から開始,参加者は三々五々集まってきます(この辺のユルさがこのお祭りの魅力です).例年先頭は交通安全パレードになり,一日署長として女性アイドルが参加するんですが,今年は福田彩乃さんだったそうです(よく知らない 泣).

P9251385 (写真) パレードの先頭車

 予想通り12時を結構過ぎてからパレード開始,ここから品川寺までの1.5キロを練り歩きます.自分がイスラエルから帰国してから涼しい日&雨の日が続いていて,すっかり秋めいたなぁなどと感慨に浸っていたんですが,この日は朝から晴れの良いお天気,気温や湿度も高くなりました.

Dsc_1126 (写真) 休憩中

 そんな中でのパレードでしたから,後半特にバテ気味になったんですが(笑),まあなんとか歩き切りました(最後足が攣りかかりました.終了後品川寺で休憩なんですが,例年だと早々に切り上げて活動再開となるはずが,今年は疲労回復のために少し長めに休憩を取った).

 例年沿道は大勢の観客で賑わうんですが,今年は明らかに外国人と思われる方がたくさんいて,さかんにカメラのシャッターを押していました(自分もどれだけ写真を撮られただろう 笑).

Dsc_1113 (写真) テレビの取材も入ってました

 パレード後は沿道をゆったりと歩く時間です.例年書いているんですが,しながわ宿場まつりのツボはパレード後の自由時間にあります(パレードははっきり言えばオマケで,こうして扮装した人たちが道を三々五々歩くことで,往年の宿場の雰囲気を醸し出そうというのがメインテーマだったりします).この日も沿道に出ていたお酒コーナー(やっぱりそこか 笑)を巡ったりして宿場の雰囲気を盛り上げました.

P9251414 P9251416 (写真) 勤め人の悲哀(左 岡っ引きに威張る同心も → 右 殿さまにはペコペコ)

P9251404 P9251407 (写真) お姫様の家庭教師(ついつい手が出てしまう 笑)

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2016年8月29日 (月)

しながわ宿場まつりの通知

 実は昨日から今日の午前中にかけて盛岡に帰ってました.合唱団の強化練習やら実家に帰っての用足しやらがあったんですが,今日の夕方久しぶりに家のポストを覗いたら一通の封書が… 見たら

 しながわ宿場まつりの通知でした \(^o^)/

Img_2675  今年は紆余曲折の末(笑),八丁堀の同心になりました.実は以前にもやったことがあるキャラなんですが,公務員系が似合うと言われているのでまた挑戦する次第です.ご参加の皆様よろしくお願いいたします.

 で,今日職場でこんなものを頂きました.

Img_2674  この週末行われていた総火演(陸上自衛隊富士総合火力演習)のお土産です(職場の仲間が行ってきた).

 自分も行きたかったなぁ~ と思うことしきりのイベントでした(チケットを取るのが至難なイベントでもありますが).

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2016年5月18日 (水)

大河ドラマで見たいネタ

 時代劇の老舗とでもいうべきNHKの大河ドラマ.今年は堺雅人さんの主演による真田丸である.三谷幸喜氏の脚本や充実した共演陣も相まって人気のようだ.

 大河ドラマといえば,戦国モノは特に人気で,だいたい2年に1回はその系統の作品となっている(それ以外の年は幕末や平安末期など).戦国の雄といえば愛知県三人衆(信長・秀吉・家康)に甲斐の武田信玄,越後の上杉謙信あたりが有名で,過去にはかれらを主役あるいは準主役とした作品が数多く作られてきた(1965年太閤記,1969年天と地と,1983年徳川家康,1988年武田信玄,1992年信長,1996年秀吉etc.).

 ただこれらのメジャー人物は大河以外の民放を含めた多くの作品で取り上げられているこため,オリジナリティを出すのが難しくなってきているのか,特に2000年以降はこうしたメジャーキャラの周辺で動いていた人物に光を当てた作品が多くなっている.2002年の功名が辻の山内一豊,2007年風林火山の山本勘助,2014年軍師官兵衛の黒田官兵衛などであり,さらには2011年には浅井長政の三女江姫という普通の戦国ドラマなら空気のような存在まで主人公になっている(まあ徳川秀忠に嫁いでいるから次女の初よりは存在感はあるが 笑).こうした人物が主人公になるドラマの面白さは,その人物目線での歴史観となるため,従来ならステレオタイプ的に描かれがちだった重要人物の描かれ方が大きく変わることにある.例えば石田三成なんかは直江兼次や真田幸村目線だとカッコよく描かれるが,前田利家や黒田官兵衛目線だと嫌なヤツに描かれている.

 さて,近年ではそうしたNHKの動向を理解しているのか,各地で我が町の英雄を大河の主人公に!というような動きも出ている.小田原の北条家もそうだし,高遠藩主で後に会津藩主となった保科正之にもそういう動きがある.

 一方で自分的に,ぜひこの人が主役の大河ドラマが見たいという人物がいる.それが

 陶晴賢

 うわぁ!マイナー (゜o゜) という声が聞こえてきそうだ.

 陶晴賢は戦国大名大内家の重臣である.元は陶隆房という名で大内家第16代当主大内義隆の元で活躍,特に安芸の毛利元就が絶体絶命の危機に見舞われた天文九年(1540年)の吉田郡山城の戦いでは大内家の援軍として大いに奮戦した.しかし後年主君義隆が政治に興味を失って文人生活に入ると次第に冷遇され,大内家内での立場を失っていく.そして天文二十年(1551年)に反乱を起こして主君義隆を自害に追い込み,事実上大内家を乗っ取る.しかし大内家与党だった各地の国人領主,とりわけこの頃勢力を増してきていた毛利元就が反旗を翻して戦いとなり,弘治元年(1555年)の厳島合戦に敗れて自害したのである.

 簡単に言えば,主君を裏切ったものの周辺の理解が得られず滅ぼされるという明智光秀的な立ち位置である.そこを大河ドラマでいかにカッコよく描くかを見たいわけである.ドラマなんだから,歴史的なイベントの流れにさえ沿っていれば,多少の脚色は許される(そうでなければ江姫が主人公のドラマは成立しない).

 そう考えた大河ドラマ「陶晴賢(仮題)」の描かれ方はこんな感じか.まずは晴賢の反逆も大内家や領民を守るためのやむなき決起であり,晴賢には主君を自害に追い込むつもりなどもちろんなかった.手違いから義隆が死んだときには号泣!という形になるだろう.一方で毛利元就は策謀家であり,彼こそが大内家をひっくり返そうとして晴賢を謀反に追い込んだ人物である.ただ元就の長男隆元はいいヤツで,彼が山口で人質になっていた頃には晴賢とは親しく交流,後に毛利家が危機に陥った際には隆元との友情から晴賢は主君を説得して毛利への援軍を出す.そして最後の厳島の戦いはもちろんドラマのクライマックスで,元就の陰謀によって窮地に追い込まれた晴賢は戦場で隆元と遭遇,友情に感謝しつつ自害するという感じであろうか(史実での毛利隆元は陶晴賢討伐の急先鋒だったらしいがもちろんそんなの気にしない 笑).歴史を脚色していかに面白くするのかが大河ドラマのミソであるから,こうしたマイナス評価の多い人物をぜひとも取り上げてほしいものだ.

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2016年4月22日 (金)

日野市からの封筒

 久しぶりの記事になります.ブログの更新がないということは決してネタがないということではないんですが,なかなか筆が進まないのが現実です(年齢のせいか? 笑).

P4220033  昨日帰宅して郵便受けを覗いたら日野市観光協会からの封書が届いていました.内容はもちろん,来月8日に開催される第19回ひの新選組まつりについてです.

 以前こちらにも書いたんですが,今年はパレード前後に所用があって,できれば荷物を持ちたくないということもあり,久しぶりに出会った人々枠で参加させていただくことになりました(役は新選組の生みの親(?)清河八郎です).

 で,見てみると例年同様,当日のスケジュールや注意事項が記載されていました.集合時間は朝の7時半,思えば昨年,パレードの前日に同窓会があって痛飲し(笑),パレードの資料一式を忘れてきたために集合時間の記憶もあやふやで恥ずかしい思いをしたのでした(第18回ひの新選組まつり参加記録 ).

P4220035
 で,その他にもいろいろなことが書いてあったんですが,今年は例年午後のパレードの出発点となる第一小学校で様々なイベントが催されるようです.ミニライブや殺陣のパフォーマンス等に加えて,隊士とのふれあいタイム(笑)なんてのもあるらしいです(第12回の閉会式後に唐突に「ただいまからふれあいタイムを始めます」とアナウンスされたのを思い出す).11時50分からということなので,隊士たちの昼食後なのか,昼食前なのかは不明です.ちなみに出会った人々は12時20分にバスで第一小学校に移動となっており,このふれあいタイムには参加しない模様です.

P4220034  あとは例年のことなんですが,やってはいけない系の注意事項もあります.許可された場所以外での抜刀厳禁や行進中の酒・たばこの禁止,だらだら歩かないなどですが,今年新たに登場したのが

パレード終了後、速やかに着替えをお願いします

です.

だいたいこういう注意事項って,実際にそういうことをしてしまった人がいたことに由来するのがほとんど(特に新規は)だと思うので,思うに昨年のパレード終了後,テンションが上がったままあちこちで遊んでいて,着替えが大幅に遅くなった人がいたものと想像されます(特に貸出衣装の場合).

P4220036  その一方で,ここ2、3年の定番だった,

「薄桜鬼や刀剣乱舞等、キャラクターのコスプレや奇抜な衣装での参加は禁止しております」

という記載は無くなっていました.思うに昨年あたりから,その辺の周知が徹底されて,その手の参加者がいなくなったのかもしれません(ブームが去ったのかどうかはわかりませんが).

 とまあ,今年もいろんな裏事情が推察されるひのパレの注意事項でした.

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2016年4月14日 (木)

医師会合唱団としながわ宿場まつり

 現在いくつかの合唱団に所属している私ですが,もっとも近いところにあるのが小田原医師会合唱団です.年1回の定期演奏会に加えて県や市の合唱祭,さらには医師会主催イベントの余興など,意外に幅広く活動している合唱団です.

 そんな医師会合唱団では年に1回合宿練習を行っています.近年は9月か10月の週末に行われるのがパターンなんですが,当初今年は9月10~11日に行うというアナウンスがされていました.

 が… 宿泊場所の問題から,先日9月24~25日に変更するという連絡がありました.

 ん? 9月24~25日といえば最終週末!

 しながわ宿場まつりじゃん ( ゚Д゚).

 実は2年前も合宿と被って参加できなかったしながわ,今年もダメか~ とちょっぴり寂しく思っていました.

 が,しかし… その後また連絡があって,合宿は9月3~4日に再変更とのこと.再々度の変更がある可能性もゼロではありませんが,とりあえず今年もしながわ宿場まつりに参加できそうな雰囲気です(!(^^)!).

P9270767_2 (写真) 昨年のショット,八百屋お七と町火消です

 

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2015年11月30日 (月)

水木しげるさんの訃報

 11月も最後となったこの日,突然の訃報が流れてきました.

 「ゲゲゲの鬼太郎」水木しげるさん 多臓器不全で死去 93歳

 漫画家水木しげるさんの訃報です.鳥取県境港市出身で,太平洋戦争中は陸軍の一兵士としてラバウルのあるニューブリテン島に派遣され,そこで左腕を失うという重傷を負いました.戦後復員してから漫画家となっています.代表作はもちろんゲゲゲの鬼太郎で,妖怪という存在を私たち一般に広めたのはこの作品によるところです.テレビアニメ化されたこともあって,子供向けの作品と捕えられがちですが,実際には人間対妖怪などという単純化された話ではありません.

Mzuki1  水木さんの作風をひとことで言えば,達観した視点から人間の愚かさを見つめるところにあります.ゲゲゲの鬼太郎でも妖怪は人間を脅かす存在ばかりではなく,むしろ文明の発達によって妖怪の存在の方が外に追いやられていくような描写も見られます(そういう意味では野生動物の絶滅危惧種的なものでしょうか).

 妖怪と並んで水木さんの作品の柱となるのが,自らの体験がベースになった戦記作品です.冷静に考えれば,戦争中の水木さんは現代の私たちが想像もできないほど過酷な体験をしています.しかしながら,それら戦争をテーマにした作品の中にも,戦争の悲惨さを前面に押し出すというよりは,戦争に翻弄される人間を俯瞰するという作風が色濃く出ているような気がします.漫画ではありませんが,1970年代に出版された「娘に語るお父さんの戦記」という作品では,過酷な軍隊生活や戦場の様子がどこかユーモラスな感じに語られていたのが印象的でした(この本は自分が妖怪以外の水木さんの側面を知った最初の作品でした).その他,幕末の新選組について,ちょっと見方を変えた作風となっている「近藤勇 星をつかみそこねる男」も新選組愛好家にとって魅力的な作品でした.

20110329131538  妖怪の世界と人間の世界を自由に行き来し,世を超越したような存在に感じていた水木しげるさん.まだまだずっと活躍されるだろうと思っていた矢先の今回の訃報,自分が子供の頃に魅せられた偉大な漫画家がまた一人いなくなったのが寂しい限りです.

 水木しげるさんのご冥福を心からお祈りいたします.

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2015年8月15日 (土)

8月15日

 今日8月15日は終戦の日,1945年のこの日,日本政府がポツダム宣言の受諾を表明したことによる(厳密にいえば正式に終戦になるのは戦艦ミズーリ艦上で降伏文書に調印した9月2日).今年はそれから70年という節目の年に当たることもあって,各種メディアでも盛んと関連番組や記事を取り上げている.

 とはいえ,このブログは本来政治的な話題を取り上げないスタンスなので,世間の流れにはあえて背を向けて,終戦以外の8月15日について調べてみた.すると,この日は意外に興味深い出来事がいろいろ起こっていることがわかる.

1.ナポレオン・ボナパルトの誕生日

 フランス革命からジャコバン派の恐怖政治の時代を経て,一介の砲兵将校から皇帝にまで上り詰めた,ナポレオンの誕生日が8月15日である.1769年のことなので,今年で246年目ということになる.

2.刺身の日

 暑い夏とは縁がなさそうな気がするが,8月15日は刺身の日らしい.これは室町時代後期の書記官,中原康冨が文安五年(1488年)8月15日の日記に「鯛なら鯛とわかるやうにその魚のひれを刺しておくので刺し身、つまり「さしみなます」の名の起り」とあり,これが初めて刺身に関する記事が文書に載ったことにちなむとのことである.

3.パナマ運河が開通

 太平洋と大西洋を結ぶ運河であるパナマ運河が完成したのが1914年の8月15日である.運河といえば地中海と紅海を結ぶスエズ運河があるが,実は当初このスエズ運河を作ったフランス人のレセップスがパナマ運河の開設を始めたものの失敗(太平洋と大西洋の高さの違いや地形など,スエズ運河とはあまりにも条件が違い過ぎた),結局アメリカによって建設されたものである.

4.ビザンチン皇帝ミカエル8世戴冠

 もっともこのブログにふさわしそうな話題である.1204年に第4回十字軍によって征服され,一時は消滅したビザンチン帝国であるが,西欧側の混乱の隙をついてコンスタンチノープルを奪回,帝国は再興された.この中心人物がミカエル8世で,彼が戴冠を受けたのが1261年のこの日である.ミカエル8世に始まるパライオロゴス朝はその後1453年の帝国の滅亡まで続くことになる.

 このように終戦以外にもいろんなエピソードがある8月15日であった.

Mika8 (写真) ビザンチン帝国の再興者ミカエル8世

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2015年7月14日 (火)

フランス革命記念日

 今日7月14日はフランスの革命記念日です.1789年のこの日,当時政治犯が収容されていたとされているバスチーユ監獄を市民が襲撃,これがきっかけとなって,全国に暴動が波及し,フランス革命が起こったのです.

 ただ当初はルイ16世をはじめとする王侯貴族も,革命を起こした市民側もまだそれほどの大事件とは認識していなかったようです.革命のきっかけも,国家財政が厳しいにも関わらず,特権から納税を免れていた第一身分(僧侶)第二身分(貴族)にも課税したい王室と,既得権益を守りたい彼らとの対立に,物価上昇に苦しむ第三身分(平民)の不満が絡んだものでした.

 革命の前夜祭的イベントとなった三部会の召集も,特権階級に課税したいルイ16世に対して,課税の問題は三部会で話し 合うべきだという第一第二身分側の要求で始まっています.しかし三部会は議決方法をどうするかで揉め(第三身分は全体での多数決を,第一第二身分は身分別の議決を要求した),結果第三身分が中心になって国民議会が結成されることになります(この時有名なテニスコートの誓いが発せられた).

 したがってこの段階では誰も王制の廃止までは考えていなかったはずで,せいぜい特権階級への課税によって庶民の負担を軽減させ,議会と憲法を作って国王の権力を制限するあたりに落とし処を持っていこうという感じだったと思われます.平民代表といってもその中心はある程度の教育を受け,財産もあるブルジョワジーでした.

 しかし,1790年6月のヴァレンヌ事件(国王一家が外国に逃亡しようとして失敗した事件)や諸外国からの干渉戦争(当時多くの貴族が国外に亡命しており,外国の武力を利用して革命をひっくり返そうと画策していた)が起こると革命は過激化していきます.議会にとってヴァ レンヌ事件は国王の裏切り行為と映り,一方で外国との戦争の最前線に立って活躍した貧しい一般市民の発言力が急激に増していったからです.

 1782年8月10日に国王一家は捕えられてタンブル塔に幽閉され,王権は停止されます.このころから議会ではジャコバン派といわれる急進派が主導権を握るようになり,1793年1月ついに議会(国民公会)は国王ルイ16世の処刑を議決するに至ります.その後フランスはジャコバン派ロベスピエールの独裁による恐怖政治,その反動(テルミドールの反動)による彼らの失脚,ナポレオンの台頭から帝政へと激動の時代を歩んでいくのです.

 フランス革命の歴史的評価は様々で,ソ連のスターリンやカンボジアのポルポト派の独裁・圧政のひな型になったのがフランス革命であることからネガティブなイメージもありますが,文化的には現在も使われているメートル法の採用などプラスの評価もあっていまだ議論が続いています.

 ちなみにこのフランス革命記念日,日本ではある一定世代以上の人間には巴里祭の名でも知られていますが,これはルネ・クレール監督の映画「Quatorze Juillet」の邦題からくるものです(原題を直訳するとそのままズバリ7月14日となります).ですからこの時期に現地に行ってフランス人に ”fete de la france” とか言っても全く通用しませんので念のため(笑).

Paris1_600x450 Paris2_600x450 写真は恐怖政治時代にギロチン台が置かれていたコンコルド広場(当時は革命広場)です.左が1991年,右が2008年訪問時です(後方の建物がホテル・クリヨン)

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