2025年12月18日 (木)

ハイドンのネルソン・ミサ

Img_1386  今日、年明けから合唱団Cantare Audire Choirで練習する曲の案内が流れてきました。それは、J. ハイドンのミサ曲第9番ニ短調、一般にネルソン・ミサと呼ばれる曲です(ホーボーケン番号だと11番ですが、断片のみの2番、消失した3番をを省いて9番とされることが多い)。教会音楽好きな私ですからもちろんその存在は知っていますが、過去に歌ったことはありません(というか、ハイドンの合唱作品自体歌ったことがない)。

 ハイドンの宗教曲、とりわけ傑作とされる作品の多くにはヘンデルとモーツァルトの影響があると言われます。2度にわたるロンドンでの活動期間にヘンデルのオラトリオに触れたこと、ハイドンはモーツァルトよりも年上ですが、長寿だったためモーツァルトの没後に多くのミサ曲を作曲しているからです。

 練習が始まるのは年明け1月下旬からですが、まずは音取りから始めて行こうと思います(本番は来年半ば頃とのこと)。久しぶりの宗教曲のまとまった作品とても楽しみです。

 

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2025年12月 8日 (月)

待降節第2主日の礼拝

Img_7301  Cantare Audire Choirのクリスマスコンサートは終わりましたが今年の合唱活動はまだ終わりません。12月7日の日曜日に市内の教会で行われた礼拝での合唱があったからです。こちらは先日コンサートを開いた合唱団とは別の団体(メンバー数人は被っているが)で、主にドイツ語の賛美歌を歌う合唱団です(合唱団のWhatsAppではUnser Chor ドイツ語で私たちの合唱の意 と名乗っています)。

Img_7303  今年の待降節は11月30日に始まったため、この日の礼拝は待降節第2主日となります。一般的な礼拝の流れの中でそれに関連する合唱を歌うという形でした。聖書朗読や説教等すべてドイツ語なので、なかなか理解ができない部分が多かったのですが、途中クリスマス聖歌のイントロ当てクイズみたいなのもあって楽しかったです。

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2025年12月 7日 (日)

Cantare Audire Choirのコンサート

590066212_25130600049944023_677907315731  合唱が趣味の我が家、日本時代は複数の合唱団に所属して活動していました。アフリカに転勤するにあたり「合唱活動は退職して帰国するまでは無理だろう」と思っていたのですが、ここナミビアはかつてドイツの植民地だったという歴史とルター派の教会が存在するという現実から、なんと一般の合唱団が存在するのでした。縁あって昨年夏から参加させてもらっています。

 そんな合唱団Cantare Audire Choirのクリスマスコンサートが先週12月3日、4日に市内のロッジで開催されました。

 この合唱団のクリスマスコンサートは一昨年は市内の教会で行われ、当時は観客として参加しました。昨年は練習はしていましたが諸事情から独立したコンサートは無く、教会の礼拝での演奏というスタイルでした。今回は本当の(笑)コンサートとして楽しみにしていました。

 コンサートは大きく前半後半に分かれ、前半はラテン語とドイツ語による典礼音楽(マーク・ヘイズのCantate DominoやモーツァルトのAve Verum Corpus、ブラームスのGeistliches Lied等)、後半は英語のクリスマスキャロル(主にラターの曲)という流れでした。

 2日間公演ですが演目は同じです(一昨年のコンサートもそうだったので、これがこちらの文化なのかもしれません)。会場はロッジの中庭(プールサイドというリゾート感満載の場所)という合唱コンサートとしてはあまりないパターンした。

F284bf9505c24007929d7fc06342ba51  そして迎えた初日、19時の開演に対して合唱団の集合は18時30分! 日本だと直前リハーサルとかがありますが、こちらではそういうのは無いようです。すでに観客も来ていて、合唱団は建物の陰で発声練習その後会場に移動して本番という流れになりました。中庭コンサートなので声が飛ぶのかと危惧していましたが、案外届いていたようです。

Ecbf45749fbe4fe2859d434ff1e9fd9a B4ae5d3e2cc84976b5d7845e882bc617  続く2日目は午後から曇り空、雨も降りだした(当地の12月は雨季)ということで急遽ロッジのレストランに会場が変更されました。奇しくも屋外屋内の2種類を体験できたということで、1粒で2度美味しい(笑)コンサートになりました。海外の合唱団の本番、なかなか楽しかったです。

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2025年7月21日 (月)

山野友香子さんのコンサート

Img_6325  先々週から先週いっぱいにかけて日本のジャズピアニスト山野友香子さんが当地を訪問、各地でワークショップやコンサートを行っていました。山野さんは日本を拠点としながらも世界各地で活動をされてきた方です。今回縁あって当地でも演奏活動をされることになったそうです。

 小学校やCollegeでのワークショップに加えて、コンサートも開催されましたが、そのうちのひとつ Goethe-Institut Namibia(ドイツ系の文化センター)でのコンサートを鑑賞しました。

 開演前から多くのお客さんで賑わっていて、みんなお好みのドリンクを飲みながら開場を待ちます(私は当然ワインです 笑)。コンサートは2部制、第1部は山野さんのピアノソロ、第2部は当地のダンサーとのコラボです。久々のプロの生演奏、魂が洗われる気持ちでしたが、こんな地球の裏側まで来てくれたことに感謝です。

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2025年6月27日 (金)

ナショナル・ユース・オーケストラの演奏会

Img_6294  ナミビアは日本と比較すると圧倒的に音楽活動が少ないという状況にあります。人口が圧倒的に少ないですから仕方ないとも言えますが、先日貴重な演奏会であるナショナル・ユース・オーケストラの演奏会に出かける機会がありました。

 名前のように子供がメインのオーケストラです(重要パートは大人も入る)。公演は2部構成で、1部がオーケストラの小品メインのステージ、2部がナミビア北部を舞台とした音楽劇という構成でした。特に2部の舞台Okakuejoは先日のエトーシャ旅行で行ってきたばかりの場所なので感慨深いものがありました。

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2025年6月13日 (金)

教会の告別式

 今日、ナミビアの中心にあるChristusKirche(英語だとChrist Church)にて最近亡くなった教会員の告別式が行われました。縁あってその場で教会の聖歌隊に助っ人(?)として参加する機会を得ました。

 歌う曲はIrische Segenswunche(アイルランドの祝福)というドイツ語の曲と、ハイドンのAus dem Danklied zu Gott(神への感謝の歌)の2つの小作品です(そのほか会衆とともに歌う賛美歌が2曲)。さすがに初見だと厳しいので、事前に3回練習がありました。

Img_6276_20250618194901  そして当日、会場のChristuskircheへ。この教会は19世紀末のドイツ植民地時代に建てられたルター派プロテスタントの教会です。ステンドグラスは当時の皇帝ヴィルヘルム2世から贈られたものと伝わっています。ウィントフックのランドマーク的な建物で、各種ガイドブックには必ず登場するほど知られた教会ですが、案外中を見学できた人は少数といわれています(空いている時間帯が短いから)。実は私も中に入るのは初めてでした。

 周辺に高い建物が少ないウィントフックではかなり大きく見える教会ですが、中に入ると意外にこじんまりしています。装飾も地味目でこの辺はプロテスタント教会なんだなと実感します。一方でルター派の教会らしく、聖歌隊席が後方2階に設けられているのはさすがです。ルターは礼拝において音楽を積極的に活用した人物として知られます。聖歌隊席を2階に置くことで、音楽が天上から聞こえてくるような演出効果を狙ったのでしょう。

 開始45分前に会場入りし、軽めのリハーサルを経て告別式開始です。牧師さんの言葉はすべてドイツ語なので、内容はよくわかりませんでしたが、故人を偲んでいるんだなということは解ります。プログラムが進んで聖歌隊が歌う番に、練習の成果がそれなりに出せたのではないかと思います。昨年の今頃、ちょうどバッハ音楽祭でドイツに行って、日本の合唱団の仲間が教会で歌うのを聴いて感激したのですが、規模は違えどルター派の教会の聖歌隊に交じって、こうした行事で合唱するという経験ができたことは本当にうれしいです。

Pxl_20250612_142756385 Pxl_20250612_142608322 Pxl_20250613_122043013mp Img_6287  終了後周囲の方々から、聖歌隊の通常練習にも来てとお誘いを受けました。日本にいたときは日本語の賛美歌を歌う合唱団にいたのですが、今度はドイツ語の賛美歌かと感慨深く思ったのでした。

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2025年3月 1日 (土)

3月になりました

 気が付けば3月になりました。3月は日本では年度末ですが、こちらナミビアでは3月21日に独立記念日があり今年は新大統領の就任式が控えているなど、いつもとは違った雰囲気があります。

2025shinsengumifes  一方で今年の2月は元々日数が少ないのに加えて、元大統領の逝去による喪中などもあり、いつも以上にあっという間に過ぎ去った感じがします。そんな2月といえば、ここでも話題に挙げたように第28回ひの新選組パレードの隊士募集が行われていました。この募集期間が2月いっぱいすなわち、2月1日から2月28日までのちょうど一か月間だったんですが、日野市観光協会のHPによると、締め切りの1週間前2月22日の段階で募集総数の156名にはあと少しながら、衣装貸し出し分は定員を超えていて抽選確実という状況だったようです(逆に衣装持ち込み分はまだ余裕あり)。最後の一週間でどうなったかは不明ですが、定員が増えたこともあり昨年一昨年に比べると競争率は下がっていると思われます。

 で、まったくの偶然なんですが、同じ2月1日から2月28日にかけて抽選申し込みが行われていたイベントがあります。それが…

 2026年ウィーン・フィル ニューイヤーコンサートです。

Uinhiru  毎年元旦のお昼にウィーン楽友協会黄金の間で開催され、世界中に配信される超有名コンサートです。日本でも毎年NHKEテレで生中継されるので観たことのある方も多いでしょう(私はほぼ毎年見ています)。そんな有名イベントであるウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのチケット抽選応募期間が2月1日から28日の一か月間なのです。楽友協会黄金の間の座席数は1800程度、そこに毎年数万規模の応募があるんだそうですから、単純倍率で10倍以上です。しかも噂では1800のうち中央付近の良い席数百席は関係者やVIP用のため、我々庶民に割り当てられるのはかなり少なく、そうなるとその倍率は数十倍から下手をすると数百倍になると囁かれています。実際ネット上では「このウィーンフィルの正規抽選で当たったという人の話を聞いたことがない」という声もあり、実は当選者なんてそもそも存在しないのではという陰謀論まで現れています。

 ひの新選組まつりには参加できない私ですが、話のネタにこのニューイヤーコンサートのチケット抽選に応募してみました。発表は3月になってからということですが、まあ宝くじを買った気持ちで待っていたいと思います(というか、万一当たった場合は来年の元旦は何としてもウィーンまでいかなくてはならないため、その根回しを始める必要があります 笑)。

 そんなことを考えた3月1日でした。

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2025年2月23日 (日)

ヘンデルの誕生日

Img_0  今日2月23日は今上陛下の誕生日で日本では祝日になります。一方この日はバロック時代を代表する作曲家,G. F. ヘンデルの誕生日でもあります(平成年間まではもっぱらこちらで注目していました)。ヘンデルは1685年の2月23日今のドイツの東部にあるハレという町で生まれました。同年生まれのJ. S. バッハは音楽一家でしたが、ヘンデルの家はそうではなく、彼の父はわが子に法律を学ばせようとしたようです。大学にまで入学しましたが、ヘンデル自身は法律よりも音楽に興味があったようで、父の反対を押し切って音楽の道に進むことになります。

 まずは1703年に北ドイツのハンブルグにあるオペラ劇場の奏者となりました。ここでオペラの作曲も始めています。1706年から1710年にかけて音楽修業のためにイタリアに行き、ローマ、ナポリなどを遊学しています。この時当時イタリアで著名だったA.スカルラッティの薫陶を受けたといわれています。

 1710年に帰国したヘンデルは北ドイツにあるハノーヴァー選帝侯の宮廷楽長に招聘されました。ちなみに選帝侯とは、神聖ローマ皇帝位の選挙権を持つ有力な諸侯のことです。25歳でこんな重要な宮廷の楽長になったのですから大出世といえます。しかし彼は就任して間もなくロンドンに渡りました。そしてこの地で新作のオペラを発表したのですが、これがウケて大いに気を良くしたようです。当時のロンドンは産業革命前夜で人口が増えていて、新作音楽に対する需要が旺盛だったのです。

 1711年にいったんハノーヴァーに戻りましたが、ロンドンでの成功体験が忘れられなかったのか、なんと宮廷楽長に在職のまま再びロンドンに渡り、以後二度とドイツに戻ることはなかったのです。言ってみれば仕事を放り投げて外国に逃げてしまったようなものです。雇い主のハノーヴァー選帝侯はどんな気分だったのでしょう.

 しかし事実は小説よりも奇なりと申しますか、その後すごいことになるのです ( ゚Д゚)。

 1714年イギリス国王アンが急死し、17世紀以来のスチュアート朝が断絶してしまいます。イギリス議会では各地にいるスチュアート家の親戚筋から新国王を探すことになったのですが(18世紀当時のイギリスではすでに国の主権は議会に移っており、国王は君臨すれども統治せずの存在になっていた)、そこで白羽の矢がたったのが、なんとかつてヘンデルが捨て去った(笑)ハノーヴァー選帝侯その人でした。実は選帝侯ゲオルグはスチュアート家の血を引く人物だったのです。こうして選帝侯ゲオルグが新イギリス国王ジョージ1世としてイギリスにやってくることになりました(ドイツ語のゲオルグが英語ではジョージになります)。この時に過去のいきさつから新国王と非常に気まずい雰囲気になったヘンデルが、国王と和解するために作ったのが有名な水上の音楽と言われていますが、これは事実ではないようです。

 いずれにせよヘンデルはその生涯の大部分をイギリスで過ごし、1727年には正式にイギリスに帰化しました(名前もドイツ式のゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルからイギリス式のジョージ・フレデリック・ハンデルになります)。1759年4月14日に当地で亡くなり、その遺体はウエストミンスター寺院に埋葬されています。

 生前のヘンデルはオペラ作曲家として知られていましたが、その後彼のオペラは忘れ去られてしまい,メサイアなどのオラトリオ作品や協奏曲などが代表作とされるようになりました。しかし近年になり再び彼のオペラにも光が当てられるようになり、実際に上演される機会も増えています(2022年秋に新国立劇場で歌劇「ジュリオ・チェーザレ」(ジュリアス・シーザーのイタリア語読み)が上演されたのが記憶に新しい)。

 そんなヘンデルのオペラ作品でよく知られているのが、歌劇「クセルクセス」でしょう。クセルクセスとは古代のペルシャ戦争期のペルシャ王の名前です。この作品の冒頭に登場するクセルクセスによるアリアが非常に有名な「Ombra mai fù(オンブラマイフ)」です.この曲は一般にソプラノによって歌われる機会が多いのですが、実は役柄であるクセルクセスは男性です。男性のアリアをどうしてソプラノが?と思いますが、これは「アリアは華やかでなければならない」という当時の風潮に原因があります。より高音の方が華やかだということで、当時は少年期に去勢することによって、成人してからも変声期前の声質で歌える男性歌手がたくさんいたのです。こういった歌手をカストラートといい、彼らは女性の音域の声を持ちながら、男性並みのスタミナとパワーで歌うことができました。人権云々が叫ばれる現代では再現できない歌手といえます。このアリアを歌うクセルクセスもカストラートの役柄だったわけです。

 日本でこの曲が有名になったのは,なんといっても1980年代に放送されたキャスリーン・バトルが歌ったニッカウィスキーのCMでしょう。故・実相寺昭雄の映像とともに歴史に残るCMじゃないかと思います(この時代、酒のCMにクラシックというのがたくさんあったと思います)。

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2025年2月13日 (木)

音名

 音楽用語に階名音名があります。階名は日本で言えばドレミファソラシドで表される一連の音階で、どこか適当な音をドに指定すると、そこから全音ー全音ー半音ー全音ー全音ー全音ー半音と上がりながら自動的に決まるものです。これは音階は一定ですが音そのものは何を主音にするかによって決まるため絶対なものではありません。

 一方で音名は音そのものに与えられた名前で、例えばピアノの鍵盤でいえば黒鍵が2つ並んだ左側の白鍵を日本語ではハ音、英語やドイツ語ではC音とし、そこから右に向かって白鍵に日本語ならニホヘトイロ… と名付けられるものです。この音は前述の階名と違って絶対的な音を表します。

 そんな音名、日本では和名が使われるのは稀で、一般的にポピュラー音楽の世界では英語名が、クラシック音楽の世界ではドイツ語名が使われます。英語とドイツ語なんて発音が違うだけで使う文字は一緒だろうと思われますが、さにあらず、和名でいうロ音を英語ではB、ドイツ語ではHと表します。英名ならばCDEFGABCですが、ドイツ名ではCDEFGAHCとなるわけです。じゃあドイツ語のBはどこに行ったんだと思われる向きもありそうですが、ドイツ語のBはHの半音下、すなわちB♭を意味します。英語とドイツの違いはピアノの黒鍵の表現にもあって、英語だと白鍵音の半音上を♯、半音下を♭で表記し、例えばF♯、D♭のように表しますが、ドイツ語では半音上には-is、半音下には-esを付け、Fis、Desのように表すという違いがあります(ちなみに日本語では半音上を嬰、半音下を変と表記し先の例だと嬰へ、変二などと表します)。

Img_4583  当地の合唱練習はドイツ人学校の音楽室を使用しているんですが、そこにこの音名についての英語とドイツ語の説明があって面白かったです。

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2025年1月22日 (水)

合唱団が再開しました

Img_4484  日本にいた頃から合唱が趣味の我々です。当地に来てからは縁あって、Cantare Audire Choirという地元の合唱団に交ぜてもらっています。ただ昨年11月末に教会でクリスマスキャロル礼拝でミニコンサートを行ってからはクリスマス休暇に入っていました(当地は12月になると本当に休暇シーズンに入り人がいなくなる)。1月に入って休暇が明け、この日から練習が再開したというわけです。

 ここからしばらくは3月に行われるイースター礼拝のコンサート、5月に予定されているコンサートに向けての練習となります。やっぱり合唱っていいなと思いながら参加しているのでした。

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