2017年4月23日 (日)

この週末は

 先日の九州の記事で温かくなり冷房が欲しいと書いたんですが,その舌の根も乾かぬうちに暖房が欲しい寒い日々に逆戻りした当地です(笑). そんな4月中旬の週末は,ウチのKが活躍するイベントが2つあったので応援がてら出かけていました.

Dsc_1467  その1は4月22日(土)午後に開催された「マーラマポノ フラショー&講演会」,これは市内で循環器科の開業医をされているドクターがやっているフラスタジオが主催して行われたショー&講演会,縁あってウチのKも参加しています.ちなみにマーラマポノ(malama pono)とはハワイの言葉で「お元気で」とか「お大事に」とかいう意味だそうです.

 前半はフラダンスのショー,ハワイ各島のイメージカラーを身に着けて様々な踊りと歌が披露されました(途中で花がばらけるというアクシデントも…).一転して後半はヒプノセラピー(催眠療法)に関する講演,講師はヒプノセラピストの中野日出美さんです.こっち方面の話題に自分は明るくないんですが,講演の中で出てきた前世療法という言葉を聞いて,昔の怪獣番組ダイアモンドアイの前世魔人を思い出してしまいました.

Img_2983  そして昨日4月23日(日)の午後はその2,「第55回木の実会&14th KONOMIKAI PartⅡ 声楽演奏会」です.こちらは合唱&声楽指導者の桑原妙子先生の門下生が日ごろの鍛錬の成果を発表する場としての演奏会です.昨年の今頃も記事にしたんですが,元々は学生の部である木の実会と大人の部であるKONOMIKAIという2つの発表会が別々にあったのが,数年前から合同で開催されるようになったという経緯があるそうです.

 私も所属している小田原医師会合唱団の指揮者の先生やウチのKを始め,団内にも師事している人がいるという縁から私も聴きに行っています.今回は学生・大人合わせて21人の方々(プラスプロの方)の発表でした.ウチのKも緊張しながらも頑張っていたと思います.

 で夜はお疲れさん会とばかりに食事に繰り出しました.この日は魚介系,岩手県産の生牡蠣や地物の活アジのお刺身が美味でした (^.^).

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2017年3月21日 (火)

ヨハネ受難曲演奏会に参加しました!

Img148  この週末盛岡に行って,当地で開催されたヨハネ受難曲演奏会に参加しました.この公演は盛岡バッハ・カンタータ・フェライン40周年記念演奏会として行われるものです.演奏本番は20日なんですが,オーケストラとの合わせは18日(土)からというわけでこの日に盛岡入りです.前日は静岡県内での出張当直だったので朝早めに帰宅,荷造りは事前に終わらせておいたため,そのまま出発となります.在来線と東北新幹線を乗り継いで15時ごろに盛岡駅に到着,待っていた母親と合流して盛岡市内お墓参りツアーへ繰り出します.そう,世間ではお彼岸なのでした.その後夕方からの練習に参加,終了後は久しぶりの実家入りでした.

 翌19日は本番会場となる盛岡市民文化ホールでの練習になりますが,この日の集合はお昼の12時半ということで久しぶりの朝寝坊,食事は朝昼兼用のブランチになりました(笑).

P3200720  集合時間ちょっと前に会場入り,いよいよステージでのリハーサルが始まります.自分にとってのヨハネ受難曲は2007年以来10年ぶり,オケの音が鳴り始めた瞬間から背筋がぞくぞくしてきます.この日はソロの楽曲も入るのでソリストの皆さんもフル参加となります.今回は40周年記念演奏会ということで,ソリストも合唱団ゆかりの方々(かつて合唱団に参加,あるいは現在も在籍している方々)です.みなさん各地で活躍されている人たちばかりなんですが,こんな人たちとド素人の自分が同じステージに立てるという合唱団の懐の深さに感謝です.

 スケジュール表だとリハーサルは夜の9時までだったんですが,順調に行ったのか5時過ぎに終了,指揮者の先生からは「明日に備えて英気を養ってください」とのお言葉が (^.^).英気を養うということは栄養を摂って気合を入れろということだろうと解釈し,市内のお肉の店に繰り出しました.

P3190713 P3190716  岩手といえば前沢牛が有名ですが,短角牛も魅力です.さしの多い前沢牛は時に胃もたれする恐れがあるので,演奏会前には赤身の短角牛の方が向いています.さらに英気を養うためにワインもいただいたことはいうまでもありません(笑).

P3200721_2  一夜明けて20日はいよいよ演奏会本番,この日は9時半に会場入りしました.ホワイエで発声練習後,ホールでのゲネプロに臨みます.本番直前ということもあり,先生からは無理をしないようにという指示を受けました.約2時間ほどでゲネは終了,昼食&休憩時間となります.朝にコンビニでサンドイッチを購入していたんですが,急に汁物が恋しくなったため駅の立ち食いそば屋に出て山菜そばをいただきました(同じパートの他の方もいた 笑).

 昼食後会場に戻って着替え,いよいよ開演時間となります.演奏の中身に関しては聴いてくださった方々にお聞きするしかないんですが,東京から駆けつけてくださった方々からもよかったと言ってもらえました(個人的には第1部の終曲,ペテロ懺悔のコラールの後,指揮者やソリストが退場する際に拍手無しというのが感動しました.音楽の中身的には拍手する雰囲気じゃないので,お客さんも雰囲気を感じたのでしょうか).

P3200724  終演後は近くのホテルでレセプション,お酒をいただきながらオケやソリストの方々のお話を伺いました.宴はまだまだ続きますが自分は翌日から通常業務のため,19時半過ぎに退出,新幹線に乗り込んだのでした(駅で偶然にも東京の合唱団の人達と再遭遇 笑).はやぶさ号に接続するこまち号の遅れで東京着が10分遅れ,さらに接続の東海道線が人身事故でストップするなど自分に責任のないアクシデントはあったものの,なんとか帰宅できました.こうして2017年自分にとっての10大ニュースの上位に来るだろう演奏会は終了したのでした.

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2017年2月23日 (木)

ヘンデルの誕生日

 立春が過ぎて,寒さと温かさが入れ代わり立ち代わりしている感じの当地です.

Img_0  今日2月23日はバロック時代を代表する作曲家,G. F. ヘンデルの誕生日です.1685年の2月23日にヘンデルは今のドイツの東部にあるハレという町で生まれました.彼の父はわが子に法律を学ばせようと大学に入れましたが,ヘンデル自身は法律よりも音楽に興味があったようで,父の反対を押し切って音楽の道に進むことになります(彼と同年生まれの大作曲家J. S. バッハが音楽一家だったのと対照的です).

 まずは1703年に北ドイツのハンブルグにあるオペラ劇場の奏者となりました.ここでオペラの作曲も始めています.1706年から1710年にかけて音楽修業のためにイタリアに行き,ローマ,ナポリなどを遊学しています.この時当時イタリアで著名だった,A.スカルラッティの薫陶を受けたそうです.

 1710年に帰国したヘンデルは北ドイツにあるハノーヴァー選帝侯の宮廷楽長に招聘されました.ちなみに選帝侯とは,神聖ローマ皇帝位の選挙権を持つ有力な諸侯のことです.25歳でこんな重要な宮廷の楽長になったのですから,大出世といえます.しかし彼は就任して間もなくロンドンに渡りました.そしてこの地で新作のオペラを発表したのですが,これがウケて大いに気を良くしたようです.

 1711年にいったんハノーヴァーに戻りましたが,ロンドンでの成功の記憶が忘れられなかったのか,なんと宮廷楽長に在職のまま再びロンドンに渡り,以後二度とドイツに戻ることはなかったのです.言ってみれば仕事を放り投げて外国に逃げてしまったようなものです.雇い主のハノーヴァー選帝侯はどんな気分だったのでしょう.

 しかし事実は小説よりも奇なりと申しますか,その後すごいことになるのです ( ゚Д゚).

 1714年イギリス国王アンが急死し,17世紀以来のスチュアート朝が断絶してしまいます.イギリス議会では各地にいる,スチュアート家の親戚筋から新国王を探すことになったのですが(18世紀当時のイギリスではすでに国の主権は議会に移っており,国王は君臨すれども統治せずの存在になっていた),そこで白羽の矢がたったのが,なんとかつてヘンデルが捨て去った(笑)ハノーヴァー選帝侯その人でした.実は選帝侯ゲオルグはスチュアート家の血を引く人物だったのです.こうして選帝侯ゲオルグが新イギリス国王ジョージ1世としてイギリスにやってくることになったのです(ドイツ語のゲオルグが英語ではジョージになります).この時に過去のいきさつから新国王と非常に気まずい雰囲気になったヘンデルが,国王と和解するために作ったのが有名な水上の音楽と言われていますが,これは事実ではないようです.

 いずれにせよヘンデルはその生涯の大部分をイギリスで過ごし,1727年には正式にイギリスに帰化しました(名前もドイツ式のゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルからイギリス式のジョージ・フレデリック・ハンデルになります).1759年4月14日に亡くなり,その遺体はウエストミンスター寺院に埋葬されています.

 生前のヘンデルはオペラ作曲家として知られていましたが,その後彼のオペラは忘れ去られてしまい,メサイアなどのオラトリオ作品や協奏曲などが代表作とされるようになりました.しかし近年になり再び彼のオペラにも光が当てられるようになり,実際に上演される機会も増えています(今年のNHKニューイヤーオペラコンサートでもBCJによるヘンデルのオペラの一部が演奏されたのが記憶に新しい).

 そんなヘンデルのオペラ作品でもっとも有名なものが,歌劇「クセルクセス」でしょう.クセルクセスとは古代のペルシャ戦争期のペルシャ王です.この作品の冒頭に登場するクセルクセスによるアリアが非常に有名な「Ombra mai fù(オンブラマイフ)」です.この曲は一般にソプラノによって歌われる作品ですが,実は役柄であるクセルクセスは男性です.男性のアリアをどうしてソプラノが?と思いますが,これは「アリアは華やかでなければならない」という当時の風潮に原因があります.より高音の方が華やかだということで,当時は少年期に去勢することによって,成人してからも変声期前の声質で歌える男性歌手がたくさんいたのです(こういった歌手をカストラートといい,男性並みのスタミナとパワーで女性の声で歌うという現代では再現できない歌手だったとされています).このアリアを歌うクセルクセスもカストラートの役柄だったわけです.

 日本でこの曲が有名になったのは,なんといっても1980年代に放送されたキャスリーン・バトルが歌うニッカウィスキーのCMでしょう.故・実相寺昭雄の映像とともに歴史に残るCMじゃないかと思います(この時代,酒のCMにクラシックというのがたくさんあったと思います).

 ちなみに2月23日は日本の皇太子殿下の誕生日でもあります.なので順当に行くと,いずれこの日は祝日になることが予想されます.2月下旬の祝日があってもいいなと単純に思ったのでした.

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2017年2月14日 (火)

歌劇「蝶々夫人」

Img135  今日2月14日はバレンタインデー,日本ではお菓子屋さんの陰謀デーとして知られています.職場では義理チョコが飛び交うわけですが,チョコレート自体にあまり興味のない自分は,「どうせ飛び交うなら義理チョコじゃなく義理ワインや義理ビールならいいのに」と思ってるんですが,残念ながらそういう世の中にはなりそうにありません(^.^).そんな2月14日からもう10日以上前の話なんですが,2月2日の夜,新国立劇場でプッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観劇しました.

 19世紀末から20世紀初頭に活躍したプッチーニは,ロッシーニからベルリーニ,ドニゼッティ,ヴェルディと連なるイタリアオペラの本流となる作曲家です.出世作となった「マノン・レスコー」から「トスカ」,「ボエーム」,絶筆となった「トゥーランドット」まで非常に人気の高い作品が多く,現在でも世界中の歌劇場で重要なレパートリーになっています.

 この「蝶々夫人」はそんなプッチーニの絶頂期とでもいえる1904年に初演された作品です(作曲順で言えばボエーム,トスカの次).日本の長崎を舞台にした蝶々さんの悲恋をテーマにした作品です.随所に日本の旋律が使われていることもあり,日本ではとりわけ有名な作品となっています.新国立劇場でも栗山民也さん演出の舞台は定番のレパートリーとしてこれまで何回上演されたかわからないほど取り上げられています.今回の蝶々さん役は安藤赴美子さん,素敵なステージに仕上がっていました.

 で,自分的にもこの「蝶々夫人」は非常に思い入れの深い作品です.それは学生時代に市民オペラに参加する機会があって,そこでこの作品に触れているからです.客席で聴くのももちろんですが,舞台に参加するのも夢のような瞬間で懐かしいのでした.

Img_1  写真は1995年,右端が当時の私です(蝶々さん宅の下男役でした.その隣の女性が蝶々さんの侍女のスズキです).

 ところで日本ではプッチーニはとりわけ人気の高いオペラ作曲家のように感じますが,それは彼の叙情的な音楽が日本人好みなところもあるのでしょうね(絵画の世界における印象派は日本人に人気があるのと共通してるかも).

C3qq3fyvcaa3p2zjpg_large  終演後はレストランでディナーをいただきました \(^o^)/.

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2017年2月13日 (月)

3・11祈りのコンサート

Img146  1週間前はラオス旅行だったわけですが,この週末は趣味中心の活動となりました.まず土曜日は東京の合唱団の強化練習,終了後は例によって宴会となりこの日はそのまま都内に宿泊です.そして明けて2月12日は仙台へ,数年前から3月11日に仙台で開催される「祈りのコンサート」のオケ合わせに参加するためです.

 このコンサートは2011年3月11日に起こった東日本大震災で犠牲になられた方々を悼み,再生への祈りを込めて行われるもので今年で4回目になります.演目はモーツァルトの最後の作品であるレクイエムニ短調K.626,震災の起こった14時46分に黙とうを捧げ,その後演奏になります.入場は無料,コンサートの趣旨に従い普通のコンサートでは行われる拍手は遠慮させていただいています.合唱とオケは東北地方を拠点としている団体や個人,私も東北の合唱団に籍がある関係で可能な限り参加しています.今年は土曜日なので,お近くのかたはいらしていただけると幸いです.

 

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2017年1月23日 (月)

演奏会と牡蠣

 正月から結構仕事漬けで,新年になってから遊びで出歩く機会がなかった自分ですが,昨日の日曜日はホント,久しぶりに遊びに出かけた一日でした.

 この日はまず,大学合唱団時代の先輩が参加している合唱団(モーツァルト記念合唱団)の演奏会を聴くために錦糸町に向かいました.

Dsc_1280  演目はバッハのロ短調ミサ曲,合唱曲,特に宗教曲を愛好する人間にとってはあこがれの存在みたいな曲ですが,もちろん自分もムチャクチャ好きな作品です.今回は古楽器を用いたバージョンでした(古楽器のピッチだとA=415Hzくらいになるので,一般のものより半音程度低く,ソプラノやテノールには歌いやすくなる).

 ちなみに,ここの合唱団の合唱アシスタントが知っている人で,世の中狭いなと感じたのでした.会場では大学時代の先輩や後輩の姿もあり懐かしかったです.

 で,終演後は横浜に移動,2017年初の贅沢をということで牡蠣をいただきました!(^^)!).

Dsc_1282  牡蠣というと,自分的には松島や三陸,北海道の厚岸がイメージされるんですが,この日の牡蠣は西日本のものでした.生はもちろんですが,焼きや蒸しなどいろんなパターンでいただいたのは言うまでもありません(もちろんワインも 笑).

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2016年12月23日 (金)

クリスマス・ソングの集い2016

 今年は12月23日が金曜日なので,土日が休みである場合クリスマスの3連休という人も多いと思います.自分の場合基本的に暦通りなので3連休になるハズだったんですが,24&25日は当直が入ってしまったため,フリーなのは23日のみです(まあクリスマスは休みたいという人が多いので,恩を売る絶好の機会ではある (^.^)).

 そんな23日は毎年恒例となっている医師会合唱団のクリスマス・ソングの集い(略してクリソン)に参加してきました.みんなで集まって出し物をしたり歌ったりという企画です.音楽ももちろん楽しいのですが,このイベントには料理の上手な団員製作のカレーやパスタ,他のドクターから差し入れられる美味い酒なども豊富にならび,そっちの方も楽しみなのでした.

Dsc_1255  13時に始まった会は各自が繰り出す出し物等(歌だけではなく楽器もあり)で盛り上がり,お開きとなったのは19時,実に6時間も続いたのでした.で,その間ひたすらに飲み続け,はしゃいでいた自分は予定通り夜は具合が悪くなっていたのでした ((+_+))(まあその辺までも含めてクリソンという).

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2016年12月12日 (月)

この週末は

 12月は演奏会シーズン,もちろん聴衆として聴きに行くことも多いんですが,自分がステージにのる方の演奏会もあります.この週末もそんな「自分がのる」演奏会が2つありました.

Sumikko  ひとつ目は12月9日に東京港区の霊南坂教会で開催された第44回すみっこの石クリスマスチャリティーコンサート.これは静岡県にある”牧の原やまばと学園”支援のためのコンサートで,私が所属している東京21合唱団が毎年参加しているものです.今年は讃美歌と朗読とのコラボ的なステージがメインでした(これに器楽も加わる).語りが感動的でうるうるっときました.

 終演後は近くの中華屋さんで打ち上げ,その後終電ちょい前の電車で帰宅します(翌日何もなければ現地泊でもよかったんですが).

Charikon  で,翌12月10日は夕方から再び都内に繰り出します.今度は駒込の日本医師会館,翌11日に開催される第3回医師たちによるクリスマスチャリティーコンサートのリハーサル&懇親会のためです.このコンサート(仲間内ではチャリコンと呼ばれている)は日本医師会の主催で,全国から参加する10組のユニットによるコンサートです(モダン系5組,クラシック系5組 一応事前審査あり).私も参加している小田原医師会合唱団は第1回から参加していて今回が3回目です.17時半ごろからリハーサルに臨み,その後懇親会に流れます.懇親会は外のお店ではなく,医師会館内の大会議室みたいなところでの立食パーティー,料理は神田駿河台の山の上ホテルのケータリング,さすがに美味でした\(^o^)/(さすが日本医師会,普段高い会費を取っているだけあって太っ腹だ(笑).

Rese1 Rese3  この日はこちらに宿泊して,翌11日コンサート本番のステージで演奏したのでした(司会が元NHKの濱中博久アナウンサーだったんですが,最後合唱に混ざってもらうという無茶振りもありました 笑).

 そんな感じで趣味の週末が完了したのでありました.

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2016年12月 5日 (月)

小田原医師会合唱団第8回定期演奏会

Img134  12月は演奏会シーズン,その先駆け(?)として昨日は表題の小田原医師会合唱団第8回定期演奏会に参加してきました.

 この合唱団は小田原医師会の会員を中心に当地の薬剤師,歯科医師,看護学校職員等,医療や福祉に携わる人たちで構成されています.その結成は2008年春で奇しくも自分が当地に越してきたタイミングでした(これはまったくの偶然で,自分が合唱団結成に関わっていたわけではありません (^。^)).たまたま自分のところの当時の院長が音楽好きで,「自分は行けないけど面白そうな企画があるから行ってみたら」と勧められて参加したのが始まりです.

 同年夏に結成コンサートが行われ,翌2009年から定期演奏会となり数えて今年8回目を迎えたというわけです.徐々にメンバーも増えて,演奏会の内容もバラエティ豊かになり年々充実している感じです.

Dsc_1203 (写真) 会場にはたくさんのお祝いのお花が

 趣味が合唱の自分は現在いくつかの合唱団に所属しているんですが,この医師会合唱団は唯一邦人作品を取り上げる団体なので(他は基本的に洋モノメイン)貴重な存在です(あとは打ち上げでカラオケに行くのも唯一の団体だ 笑).

 今回は邦人作品として新実徳英さんの作品を,企画ステージとして三沢治美さん編曲の混声合唱のためのヒットメドレー COLORS も取り上げました.自分の職場の職員や患者さんも聴きに来てくれました.患者さんの感想はこれから徐々に外来でなんですが,職員の方は今日さっそく「よかったよ」と言ってもらえたのでうれしかったです.

 演奏終了後は打ち上げへ.一次会の中華料理の後はカラオケに繰り出し痛飲したのでした(副団長の某女医先生が「明日の診療に影響しない程度に飲んでください」とおっしゃってたんですが,ちょっと影響あったかも… すみません m(__)m).

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2016年12月 2日 (金)

歌劇 セビリアの理髪師

Img142  久しぶりの更新です.

 最近音楽系の話題ばっかりになっている気がしますが,昨夜新国立劇場のセビリアの理髪師公演を鑑賞してきました.セビリアの理髪師はポーマルシェのいわゆるフィガロ3部作の最初の物語をロッシーニがオペラ化した作品で,その初演は1816年,奇しくも今年(2016年)は初演から200年の記念イヤーということになります(ちなみに日本で初演されたのは1917年のことで,こちらは来年で100年).現在ではロッシーニの代表作であるばかりか,イタリアの喜歌劇であるオペラ・ブッファの最高傑作と目されるほど有名な作品となっています.

 物語のあらすじは,美しい娘ロジーナに恋をした若きアルマヴィーヴァ伯爵が,理髪師兼何でも屋のフィガロの協力を得て,ロジーナの後見人の医師バルトロやずる賢い音楽教師バジーリオの妨害を乗り越えて結婚に至るというものです.今回の新国立劇場の舞台はケップリンガーによる演出で,2005年が初出であり,その後2006年,2007年,2012年のシーズンに続き,今回が4回目の再演ということになります.自分も2012年のシーズンに観劇していますから,演出そのものは知っている舞台ですが,今回の注目はなんといっても大抵の公演ではカットされることの多い,第2幕終盤の伯爵のアリアが演奏されるこということでした.

 この2幕の伯爵のアリアは,バルトロたちに自分がアルマヴィーヴァ伯爵であることを明かし,逆らうのをやめろと宣言する場面の歌です.長大なコロラトゥーラの超絶技巧を要求される難アリアで,初演の歌手だったマヌエル・ガルシアの力量を前提に作曲されたといわれています.ただ裏を返すと最高クラスの歌手でないと歌いこなせないということでもあり,このアリアは初演からほどなくカットされて歌われることが無くなってしまいました(もっとも,出演する歌手に合わせてアリアなどを改変するのはこの時代では至って普通のことでした).

 そうした状況は20世紀末のいわゆるロッシーニ・ルネサンスと呼ばれる時期まで続き,近年ようやく技術を持ったテノールによって歌われることも出てきました.今回の公演で伯爵役として起用されたマキシム・ミロノフはこのアリアを歌える技量を持つ歌手ということで,歌われることになったと思われました.

 今回実際に鑑賞してみて,改めてすごい曲だと実感,たしかにこれは下手な歌手じゃ歯が立たないだろうなと思いました.

Img_2786  で,このアリアが挿入されたセビリアの理髪師を見て,ようやく納得がいったこともあります.それは,1幕からあれだけロジーナとの結婚に執着していたバルトロがなぜ引き下がったのかということです.このアリアがなければ,単にフィガロの策略で伯爵とロジーナの結婚証書が作られてしまったために諦めたということになり,それまでの執着ぶりから考えてあっさりしすぎていると感じるからです.バルトロほどの地位と財産を持った人物なら,証書を破り捨てるとか,「こんな結婚は違法だ」と訴えるとか,まだまだ対抗策はありそうなものです.しかし,この伯爵のアリアを挟むことによって,領主である伯爵自身の叱責を受けてバルトロが引き下がるという構図が見えてきます.伯爵が自ら正体を現して,「逆らうのをやめろ」と歌い,バルトロたちが「恐れ入りました」と降参するこの場面は,時代劇でいえば水戸黄門が印籠を出す場面遠山の金さんが桜吹雪を見せる場面に相当する,(本来なら)2幕最大の山場です.この重要場面がこれまでほとんど上演されてこなかったことは,私たちはこうしたクライマックスのない水戸黄門や遠山の金さんを見て来たんだなと,妙な気分になったのでした.

 そんなミロノフの超絶アリアが聴けるセビリアの理髪師,12月4日,7日,10日とあと3回公演があります.この機会にぜひどうぞ (^.^).

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