2017年8月20日 (日)

小田原医師会合唱団第9回定期演奏会

Img159  気が付けば8月ももう3分の2が終わろうとしています.

 毎年8月はあまり活動しないのがパターンの自分ですが,たしかに今年は5日の中央寮歌祭くらいしか活動していません(笑).

 そんな活動しない8月の反動でもないんですが,来月9月にはイベントが待っています.それが表題の小田原医師会合唱団第9回定期演奏会です.

 現在いくつかの合唱団に所属している私ですが,この医師会合唱団は洋モノ以外を取り上げる貴重な存在です(それ以外は宗教音楽だったり英国マドリガルだったり).今年はメインステージに大田桜子さんの「私がいちばん大切にしたいもの」を取り上げ,その他には昭和歌謡を合唱に編曲した「歌謡デラックス」やロシア民謡のステージなんかもあります.

 で,先日の練習の際ロシア語の発音の勉強をしたんですが,日本語にはない母音や子音で苦労しました(笑).考えてみれば日本語って世界的に見ても母音や子音の数が少ない言語のような気がします.

 (おそらく)日本独特であろうシャレなどの言葉遊びの文化は,逆に母音や子音が少ない(すなわち同音異義語が多い)からこそ成立するんだと思います.

 この第9回小田原医師会合唱団定期演奏会,9月17日(日)小田原市民会館大ホールにて14時開演です(当日券はたくさんあります.たぶん 笑).

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2017年8月 7日 (月)

バッハ・セミナー in 明日館

Img168  中央寮歌祭'17の翌日8月6日は,豊島区で開催されたバッハ・セミナー in 明日館の修了演奏会を鑑賞しに行ってきました.

 このセミナーは声楽指導者&バッハ研究家である佐々木正利先生を講師にお招きして毎年夏に西池袋の自由学園明日館で開催されているものです.毎年バッハの宗教作品数曲を取り上げて4日間の集中した練習で仕上げ,最終日に修了演奏会の形で発表するという形になっています.

 自分自身もあちこちでお世話になっている先生ですが,毎年この時期は他のドクターの休みを優先させているため,必然的に留守番となること,先述の中央寮歌祭と日程的に被ることから参加はできず,最終日の演奏会のみ聴きに行くというのがパターンになっています.

 自由学園明日館はアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの設計によるもので,現在は国の重要文化財に指定されています.今回の演奏会の会場となる講堂は彼の弟子遠藤新の設計で1927年に造られた建物です.2年間の耐震補強工事が終わりこのたび再開館となったところです(演奏だけでなく建物を見るのも興味深いところです).

20597285_1593466947386414_269252317  今年のバッハ・セミナーで取り上げられた曲は,なんとマタイ受難曲の第1部! バッハの数ある作品の中でも最高傑作との呼び声も高い名曲です.そんな名曲の勉強ができるということもあって,今年は全国各地から100人を超える受講生が集まりました.

 この修了演奏会,合唱はもちろん受講生が歌うわけですが,加えて独唱部分も受講者自身が担当するのがミソです.例年だとオーディションでの選出なんですが,今年は受講生が多いこともあって,希望者全員が何らかの歌う機会を与えられたとのことです.マタイ受難曲はソロ部分が多い曲ですが,それでも希望者の絶対数が多いため,1曲を分割してリレー歌いするという趣向で行われました.

20637994_1593466900719752_639764914  午後2時から開演です.例年合唱団はステージ上に並ぶんですが,今年は人数が多いために並びきるのが困難だったのか,左右の席に合唱団が座り(第1コーラスが下手側,第2コーラスが上手側),ステージには独唱者が立つスタイルでした.全体で3時間という大曲マタイですが,第1部はその3分の1ほどの長さ,音楽の充実ぶりもあり,あっという間でした.

 終演後は参加者や他の観客とのふれあいタイム(?)なんですが,自分の学生時代の知り合いがたくさんいて,久しぶりの再会が嬉しかったです.

 こうして暑くて中身の濃い週末となりました.

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2017年7月27日 (木)

二期会のばらの騎士

Img152  昨夜は東京文化会館で行われた二期会のばらの騎士公演に行ってきました.

 ばらの騎士はドイツ後期ロマン派を代表する作曲家の1人,リヒャルト・シュトラウスの代表作です.当時のオペラ界はポスト・ワーグナーともいうべき様々な模索が行われていた時代です.R・シュトラウスも当初はサロメやエレクトラといった不協和音や無調性など前衛的な作品書いていましたが,1910年に公開されたこのばらの騎士は,一転して落ち着いた古典的な作風となっています.

 舞台は18世紀女帝マリア・テレジアの時代(フランス革命のひと世代前)のウィーン,大貴族で軍人でもあるヴェルデンベルク侯爵の奥方マリー・テレーズ(元帥夫人)と彼女の若き愛人オクタヴィアン,夫人の従兄弟のオックス男爵,そして成金商人ファーニナルの一人娘でオックスの婚約者であるゾフィーの4人を中心に物語は進んでいきます.

Dsc_1654  ストーリーは貴族たちの他愛のない恋愛劇なんですが,若い愛人を持つ中で自らに忍び寄る老いに不安を感じる元帥夫人や粗野で好色だけどどこか憎めないオックスなど人物の魅力も素晴らしい作品です.ただ自分が若い頃はこうした昼ドラのような設定(笑)やシュトラウスの音楽があまり子のみでなく,あまり好きなオペラとはいえない作品だったんですが,自分も老いを意識する(笑)なかでの心境と好みの変化からかどんどん好きになっていった作品でもあります(味覚でも若い頃と年を重ねた後で変わる好みってありますよね).ちなみにばらの騎士という名前は,当時婚約にあたり花婿側が花嫁側に銀の薔薇を贈るという習慣があり(本当は当時のウィーンにそんな習慣はなく,台本作家ホフマンスタールの創作),花婿に代わってその薔薇を届ける役目をする若い紳士のことです.

Dsc_1657  今回はグラインドボーン音楽祭との提携公演で,その演出での上演でしたが,二期会の公演らしく,キャストはほぼ邦人によるものでした.この作品,特に主要4人がかなり個性的で歌だけでなく演技でもかなり高い水準を求められるんですが,みななかなかの好演でした(演出は新国立のレパートリーとは違って抽象的で原色を意識したもの).

 ちなみにこの日はプルミエということで,先着70組のペアに銀の薔薇ならぬ銀色の薔薇がプレゼントされました.自分たちが会場入りした時まだそれが残っていて,終演後にいただきました.

 真夏のオペラ鑑賞,素敵なひと時でした.

Dsc_1661  写真は貰った銀の薔薇を嬉しそうに持っている自分です(ばらの騎士か 笑).

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2017年6月10日 (土)

東京21合唱団第14回コンサート

 今回は宣伝です.

Img160  自分が活動している合唱団のひとつである東京21合唱団の第14回コンサートが,来る6月23日(金)に開催されます.場所は赤坂の霊南坂教会,開演は19時です.

 日本語の讃美歌と西洋の教会音楽を柱として活動している合唱団で,今回のテーマは”主を待ち望む”として,第1部では讃美歌21とそれを基に編曲した合唱を,第2部はJ. S. バッハのオルゲル・ビュッヘライン(教会暦では待降節からクリスマスまで)をベースに,その元ネタとなったコラールも交えながら演奏します.

 そして第3部はJ. S. バッハのカンタータ131番「主よ,深き淵よりわれ汝を呼ぶ」を取り上げます.これはバッハの中では比較的初期に作られたといわれるカンタータです(有名な106番と同じころ).後期の特にライプチヒ時代のコラールカンタータとは違って,1・3・5曲目に合唱フーガが,2・4曲目がアリア付の合唱コラールという構成になっています.

 梅雨時で夏至の遅い夕暮れ,教会音楽などいかがでしょう (^.^).

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2017年6月 8日 (木)

楽劇「ジークフリート」

Img_3048  2週間ほど前の土曜日に休日出勤をして丸1日拘束されたんですが,その代休を取っても良いといわれていました.ただいつでも良いわけではなく,6月7日までの期間限定… さあどうしようと思っていたんですが,その最終日に新国立劇場で,楽劇「ジークフリート」公演があるじゃないか!というわけで,午後2時開演のマチネの公演に行ってきました.

 ワーグナーのジークフリートは彼が半生をかけて作り上げた舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」四部作の3番目(第2夜)にあたります.ニーベルングの指環は全演奏時間が15時間を越える超大作で,演奏難度も非常に高いため,その知名度の割には演奏される機会が非常に少ない作品です.日本でも(特に4作シリーズとして)演奏される機会はめったにありません.新国立劇場での上演としては2001年から2004年にかけてでキース・ウォーナー演出による全曲演奏(いわゆるトーキョーリング)と,2009年から2010年にかけての同再演があり,自分も再演で全曲観劇しました.その後5年の歳月を経て新演出の公演が始まり,2015年に序夜「ラインの黄金」が,2016年に第1夜「ワルキューレ」が上演され,今回ついに第2夜「ジークフリートの」登場と相成ったわけです.

Dsc_1588 (写真2) ワーグナーは幕間が長いのでホワイエはちょっとした縁日状態になります

 ニーベルングの指環のストーリーを概説すると,世界を支配する力を秘めた黄金の指環をめぐる神々と巨人族,小人族そして人間の争いを背景に,英雄ジークフリートの誕生と成長,彼の死と神々の没落,気高い女性の自己犠牲による救済ということになります.

 前作のワルキューレはジークフリートを宿したジークリンデが神々の長ヴォータンの娘にしてワルキューレの一人であるブリュンヒルデによって逃がされ,一方ヴォータンの怒りにふれたブリュンヒルデは神格を剥奪されて岩山で眠りに着くところまででした.そして今回のジークフリートで,いよいよ英雄ジークフリートが登場,天真爛漫な彼が成長し大蛇を退治して指環を手に入れ,ついには岩山のブリュンヒルデの眠りを覚ますというメルヘンチックな展開です.演奏時間は3幕全体で約4時間,第1幕だけで1時間20分かかります(ジャンニ・スキッキ道化師なら全編が終わっています 笑).音楽はいかにもワーグナー的な重厚で濃密(かつ大げさ)です.

Img_3046 (写真3) 休憩が長いのは歌手の疲労を回復させるためと思われます

 ワーグナーの作品ってストーリーだけを記せば2~3行で終わるところを1時間以上引っ張るので,やたらと問答や独白が多いのも特徴です.その音楽の濃厚さと長大さから,時には「わかった。君たちの気持ちはよ~くわかったから、早く先に進んでくれ ( ゚Д゚)」と叫びたくなることもあります.特に主役とも言えるジークフリートは全編ほぼ出ずっぱりで歌い続けます.ラストの3幕後半では,ここで初登場となる,スタミナ十分のブリュンヒルデと,1~2幕出ずっぱりでかなり疲労している(だろう)ジークフリートが長大な二重唱を歌うので頭が下がります.今回のステージでジークフリートを演じたのはステファン・グールド,世界各地で活躍しているワーグナー歌いです.今回の指環連続公演ではラインの黄金でローゲを,ワルキューレではジークムントを,そしてジークフリートと次回の神々の黄昏ではジークフリートを歌っています.一方でブリュンヒルデを歌ったのはトーキョーリングや昨年のワルキューレで同役を歌った定番のテオリンではなくリカルダ・メルベートでした.

Img_3052_2 Img_3055 (写真4&5) 夕食は牡蠣!

 2時開演のステージも終演はなんと8時過ぎ,さすがに疲れました.で,終演後は新宿で牡蠣三昧の夕食をいただいたのでした(笑).

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2017年6月 4日 (日)

医師会合唱団の合宿

 現在いくつかの合唱団に所属している私ですが,その一つ小田原医師会合唱団の合宿がこの週末に行われました.

20834  場所は箱根湯本ホテル.その名の通り箱根湯本にある古いホテルです.一般に〇△ホテルのように地名がストレートな名前のホテルは創業当時他にホテルがなかったからこそ名乗れるわけで,これが後発になると○△観光ホテル○△グランドホテル○△ロイヤルホテルという風に装飾語が必要になってきます.今回の会場はそうした老舗のホテルでした.合宿初日6月3日は快晴の陽気の中会場入りしました.

16641080_1229805243783505_181497841  現在合唱団では9月の定期演奏会に向けての練習に取り組んでいます.今回は太田桜子さんの混声合唱組曲「私が一番大切にしたいもの」をメインステージに,歌謡デラックス(歌謡曲を合唱にアレンジした作品),ロシア民謡,そして宗教曲の小品をいくつかというステージ構成になる予定です.

Dsc_1579  団員みな普段は忙しい人間が多いので,こうした機会に徹底的に練習するわけです.今回も非常に充実した練習になりました.

 で,大人の合唱団の場合練習と並んで重要なのが夜の懇親会です(学生合唱団の場合はひたすら練習の音楽漬けであるが).今年も各種料理に加えて様々なお酒を堪能した晩となりました(その後二次会にも参加してお勧めの日本酒を痛飲したのでした).

Dsc_1577_2  翌日(6月4日)も朝9時から練習,昨夜のお酒の影響が残っていてちょっと具合が悪かったです(プチ二日酔いという感じか 笑).

 この日も途中1時間の昼食をはさんで夕方までみっちりと練習が行われたのは言うまでもありません.この成果は9月の定期演奏会で発揮される(ハズ)です.

Dsc_1573  合宿中にお誕生日だったドクターもいてバースデーケーキでお祝いされていました !(^^)!

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2017年4月23日 (日)

この週末は

 先日の九州の記事で温かくなり冷房が欲しいと書いたんですが,その舌の根も乾かぬうちに暖房が欲しい寒い日々に逆戻りした当地です(笑). そんな4月中旬の週末は,ウチのKが活躍するイベントが2つあったので応援がてら出かけていました.

Dsc_1467  その1は4月22日(土)午後に開催された「マーラマポノ フラショー&講演会」,これは市内で循環器科の開業医をされているドクターがやっているフラスタジオが主催して行われたショー&講演会,縁あってウチのKも参加しています.ちなみにマーラマポノ(malama pono)とはハワイの言葉で「お元気で」とか「お大事に」とかいう意味だそうです.

 前半はフラダンスのショー,ハワイ各島のイメージカラーを身に着けて様々な踊りと歌が披露されました(途中で花がばらけるというアクシデントも…).一転して後半はヒプノセラピー(催眠療法)に関する講演,講師はヒプノセラピストの中野日出美さんです.こっち方面の話題に自分は明るくないんですが,講演の中で出てきた前世療法という言葉を聞いて,昔の怪獣番組ダイアモンドアイの前世魔人を思い出してしまいました.

Img_2983  そして昨日4月23日(日)の午後はその2,「第55回木の実会&14th KONOMIKAI PartⅡ 声楽演奏会」です.こちらは合唱&声楽指導者の桑原妙子先生の門下生が日ごろの鍛錬の成果を発表する場としての演奏会です.昨年の今頃も記事にしたんですが,元々は学生の部である木の実会と大人の部であるKONOMIKAIという2つの発表会が別々にあったのが,数年前から合同で開催されるようになったという経緯があるそうです.

 私も所属している小田原医師会合唱団の指揮者の先生やウチのKを始め,団内にも師事している人がいるという縁から私も聴きに行っています.今回は学生・大人合わせて21人の方々(プラスプロの方)の発表でした.ウチのKも緊張しながらも頑張っていたと思います.

 で夜はお疲れさん会とばかりに食事に繰り出しました.この日は魚介系,岩手県産の生牡蠣や地物の活アジのお刺身が美味でした (^.^).

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2017年3月21日 (火)

ヨハネ受難曲演奏会に参加しました!

Img148  この週末盛岡に行って,当地で開催されたヨハネ受難曲演奏会に参加しました.この公演は盛岡バッハ・カンタータ・フェライン40周年記念演奏会として行われるものです.演奏本番は20日なんですが,オーケストラとの合わせは18日(土)からというわけでこの日に盛岡入りです.前日は静岡県内での出張当直だったので朝早めに帰宅,荷造りは事前に終わらせておいたため,そのまま出発となります.在来線と東北新幹線を乗り継いで15時ごろに盛岡駅に到着,待っていた母親と合流して盛岡市内お墓参りツアーへ繰り出します.そう,世間ではお彼岸なのでした.その後夕方からの練習に参加,終了後は久しぶりの実家入りでした.

 翌19日は本番会場となる盛岡市民文化ホールでの練習になりますが,この日の集合はお昼の12時半ということで久しぶりの朝寝坊,食事は朝昼兼用のブランチになりました(笑).

P3200720  集合時間ちょっと前に会場入り,いよいよステージでのリハーサルが始まります.自分にとってのヨハネ受難曲は2007年以来10年ぶり,オケの音が鳴り始めた瞬間から背筋がぞくぞくしてきます.この日はソロの楽曲も入るのでソリストの皆さんもフル参加となります.今回は40周年記念演奏会ということで,ソリストも合唱団ゆかりの方々(かつて合唱団に参加,あるいは現在も在籍している方々)です.みなさん各地で活躍されている人たちばかりなんですが,こんな人たちとド素人の自分が同じステージに立てるという合唱団の懐の深さに感謝です.

 スケジュール表だとリハーサルは夜の9時までだったんですが,順調に行ったのか5時過ぎに終了,指揮者の先生からは「明日に備えて英気を養ってください」とのお言葉が (^.^).英気を養うということは栄養を摂って気合を入れろということだろうと解釈し,市内のお肉の店に繰り出しました.

P3190713 P3190716  岩手といえば前沢牛が有名ですが,短角牛も魅力です.さしの多い前沢牛は時に胃もたれする恐れがあるので,演奏会前には赤身の短角牛の方が向いています.さらに英気を養うためにワインもいただいたことはいうまでもありません(笑).

P3200721_2  一夜明けて20日はいよいよ演奏会本番,この日は9時半に会場入りしました.ホワイエで発声練習後,ホールでのゲネプロに臨みます.本番直前ということもあり,先生からは無理をしないようにという指示を受けました.約2時間ほどでゲネは終了,昼食&休憩時間となります.朝にコンビニでサンドイッチを購入していたんですが,急に汁物が恋しくなったため駅の立ち食いそば屋に出て山菜そばをいただきました(同じパートの他の方もいた 笑).

 昼食後会場に戻って着替え,いよいよ開演時間となります.演奏の中身に関しては聴いてくださった方々にお聞きするしかないんですが,東京から駆けつけてくださった方々からもよかったと言ってもらえました(個人的には第1部の終曲,ペテロ懺悔のコラールの後,指揮者やソリストが退場する際に拍手無しというのが感動しました.音楽の中身的には拍手する雰囲気じゃないので,お客さんも雰囲気を感じたのでしょうか).

P3200724  終演後は近くのホテルでレセプション,お酒をいただきながらオケやソリストの方々のお話を伺いました.宴はまだまだ続きますが自分は翌日から通常業務のため,19時半過ぎに退出,新幹線に乗り込んだのでした(駅で偶然にも東京の合唱団の人達と再遭遇 笑).はやぶさ号に接続するこまち号の遅れで東京着が10分遅れ,さらに接続の東海道線が人身事故でストップするなど自分に責任のないアクシデントはあったものの,なんとか帰宅できました.こうして2017年自分にとっての10大ニュースの上位に来るだろう演奏会は終了したのでした.

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2017年2月23日 (木)

ヘンデルの誕生日

 立春が過ぎて,寒さと温かさが入れ代わり立ち代わりしている感じの当地です.

Img_0  今日2月23日はバロック時代を代表する作曲家,G. F. ヘンデルの誕生日です.1685年の2月23日にヘンデルは今のドイツの東部にあるハレという町で生まれました.彼の父はわが子に法律を学ばせようと大学に入れましたが,ヘンデル自身は法律よりも音楽に興味があったようで,父の反対を押し切って音楽の道に進むことになります(彼と同年生まれの大作曲家J. S. バッハが音楽一家だったのと対照的です).

 まずは1703年に北ドイツのハンブルグにあるオペラ劇場の奏者となりました.ここでオペラの作曲も始めています.1706年から1710年にかけて音楽修業のためにイタリアに行き,ローマ,ナポリなどを遊学しています.この時当時イタリアで著名だった,A.スカルラッティの薫陶を受けたそうです.

 1710年に帰国したヘンデルは北ドイツにあるハノーヴァー選帝侯の宮廷楽長に招聘されました.ちなみに選帝侯とは,神聖ローマ皇帝位の選挙権を持つ有力な諸侯のことです.25歳でこんな重要な宮廷の楽長になったのですから,大出世といえます.しかし彼は就任して間もなくロンドンに渡りました.そしてこの地で新作のオペラを発表したのですが,これがウケて大いに気を良くしたようです.

 1711年にいったんハノーヴァーに戻りましたが,ロンドンでの成功の記憶が忘れられなかったのか,なんと宮廷楽長に在職のまま再びロンドンに渡り,以後二度とドイツに戻ることはなかったのです.言ってみれば仕事を放り投げて外国に逃げてしまったようなものです.雇い主のハノーヴァー選帝侯はどんな気分だったのでしょう.

 しかし事実は小説よりも奇なりと申しますか,その後すごいことになるのです ( ゚Д゚).

 1714年イギリス国王アンが急死し,17世紀以来のスチュアート朝が断絶してしまいます.イギリス議会では各地にいる,スチュアート家の親戚筋から新国王を探すことになったのですが(18世紀当時のイギリスではすでに国の主権は議会に移っており,国王は君臨すれども統治せずの存在になっていた),そこで白羽の矢がたったのが,なんとかつてヘンデルが捨て去った(笑)ハノーヴァー選帝侯その人でした.実は選帝侯ゲオルグはスチュアート家の血を引く人物だったのです.こうして選帝侯ゲオルグが新イギリス国王ジョージ1世としてイギリスにやってくることになったのです(ドイツ語のゲオルグが英語ではジョージになります).この時に過去のいきさつから新国王と非常に気まずい雰囲気になったヘンデルが,国王と和解するために作ったのが有名な水上の音楽と言われていますが,これは事実ではないようです.

 いずれにせよヘンデルはその生涯の大部分をイギリスで過ごし,1727年には正式にイギリスに帰化しました(名前もドイツ式のゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルからイギリス式のジョージ・フレデリック・ハンデルになります).1759年4月14日に亡くなり,その遺体はウエストミンスター寺院に埋葬されています.

 生前のヘンデルはオペラ作曲家として知られていましたが,その後彼のオペラは忘れ去られてしまい,メサイアなどのオラトリオ作品や協奏曲などが代表作とされるようになりました.しかし近年になり再び彼のオペラにも光が当てられるようになり,実際に上演される機会も増えています(今年のNHKニューイヤーオペラコンサートでもBCJによるヘンデルのオペラの一部が演奏されたのが記憶に新しい).

 そんなヘンデルのオペラ作品でもっとも有名なものが,歌劇「クセルクセス」でしょう.クセルクセスとは古代のペルシャ戦争期のペルシャ王です.この作品の冒頭に登場するクセルクセスによるアリアが非常に有名な「Ombra mai fù(オンブラマイフ)」です.この曲は一般にソプラノによって歌われる作品ですが,実は役柄であるクセルクセスは男性です.男性のアリアをどうしてソプラノが?と思いますが,これは「アリアは華やかでなければならない」という当時の風潮に原因があります.より高音の方が華やかだということで,当時は少年期に去勢することによって,成人してからも変声期前の声質で歌える男性歌手がたくさんいたのです(こういった歌手をカストラートといい,男性並みのスタミナとパワーで女性の声で歌うという現代では再現できない歌手だったとされています).このアリアを歌うクセルクセスもカストラートの役柄だったわけです.

 日本でこの曲が有名になったのは,なんといっても1980年代に放送されたキャスリーン・バトルが歌うニッカウィスキーのCMでしょう.故・実相寺昭雄の映像とともに歴史に残るCMじゃないかと思います(この時代,酒のCMにクラシックというのがたくさんあったと思います).

 ちなみに2月23日は日本の皇太子殿下の誕生日でもあります.なので順当に行くと,いずれこの日は祝日になることが予想されます.2月下旬の祝日があってもいいなと単純に思ったのでした.

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2017年2月14日 (火)

歌劇「蝶々夫人」

Img135  今日2月14日はバレンタインデー,日本ではお菓子屋さんの陰謀デーとして知られています.職場では義理チョコが飛び交うわけですが,チョコレート自体にあまり興味のない自分は,「どうせ飛び交うなら義理チョコじゃなく義理ワインや義理ビールならいいのに」と思ってるんですが,残念ながらそういう世の中にはなりそうにありません(^.^).そんな2月14日からもう10日以上前の話なんですが,2月2日の夜,新国立劇場でプッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観劇しました.

 19世紀末から20世紀初頭に活躍したプッチーニは,ロッシーニからベルリーニ,ドニゼッティ,ヴェルディと連なるイタリアオペラの本流となる作曲家です.出世作となった「マノン・レスコー」から「トスカ」,「ボエーム」,絶筆となった「トゥーランドット」まで非常に人気の高い作品が多く,現在でも世界中の歌劇場で重要なレパートリーになっています.

 この「蝶々夫人」はそんなプッチーニの絶頂期とでもいえる1904年に初演された作品です(作曲順で言えばボエーム,トスカの次).日本の長崎を舞台にした蝶々さんの悲恋をテーマにした作品です.随所に日本の旋律が使われていることもあり,日本ではとりわけ有名な作品となっています.新国立劇場でも栗山民也さん演出の舞台は定番のレパートリーとしてこれまで何回上演されたかわからないほど取り上げられています.今回の蝶々さん役は安藤赴美子さん,素敵なステージに仕上がっていました.

 で,自分的にもこの「蝶々夫人」は非常に思い入れの深い作品です.それは学生時代に市民オペラに参加する機会があって,そこでこの作品に触れているからです.客席で聴くのももちろんですが,舞台に参加するのも夢のような瞬間で懐かしいのでした.

Img_1  写真は1995年,右端が当時の私です(蝶々さん宅の下男役でした.その隣の女性が蝶々さんの侍女のスズキです).

 ところで日本ではプッチーニはとりわけ人気の高いオペラ作曲家のように感じますが,それは彼の叙情的な音楽が日本人好みなところもあるのでしょうね(絵画の世界における印象派は日本人に人気があるのと共通してるかも).

C3qq3fyvcaa3p2zjpg_large  終演後はレストランでディナーをいただきました \(^o^)/.

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