2026年2月16日 (月)

ブルックナーのモテット

Graduale  現在当地で2つの合唱団に参加して歌っています。このうち火曜日に練習がある合唱団が去年12月にクリスマスコンサートを開催したCantare Audire Choirという団体で、日本でもよく見られる一般合唱団という感じです。一方で月曜日に練習がある方の合唱団は当地のドイツ系の教会CristusKirche(19世紀末にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の支援で建立されたウィントフック最古の教会)を本拠とする、ドイツ語の讃美歌をメインとする聖歌隊的な団体です。なのでこちらはコンサートではなく、実際に教会で催し物が行われる際に歌うのをメインにした合唱団です。

 先述のように普段の練習はドイツ語の讃美歌なんですが、この日歌ったのはなんとA. ブルックナーのラテン語のモテットでした。Locus iste a Deo factus est という歌詞で意味は「この場所は神によって作られた」というカトリック教会の「聖堂献堂式」のミサで歌われるものです。写真のタイトルにある4. Gradualeとは、昇階唱というミサ固有文の部分であることを示しています。

 実はこの曲、大学合唱団時代の愛唱曲集に入っていて、入団以来それこそ何回歌ったか数えきれないほど歌った曲なんです。愛唱曲なのでコンサートで歌ったことはありませんが、それこそ昼の集まりや、宴会後の公園などでよく歌った記憶があります。三つ子の魂百までではありませんが、もう骨の髄までしみ込んでいる曲なので、何十年ぶりかの再会でしたが当時を思い出して歌うことができました。本当にいい曲です。

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2025年12月30日 (火)

オコンジマ旅行③

Img_7397(写真1)早朝のロビー

 センザンコウ観察から一夜明け、12月29日になりました。この日は早朝出発のツアーに参加するため、5時起きです。まだくらい中身支度をしてロビーへ、6時にドライバーと合流してそのまま出発しました。昨夜はその後も結構雨が降っていたので、朝になれば晴れるとはいえ、道路は結構水があります。そんな中を進んで行くと、シマウマの群れが横断して行く様子が見られました(これだけ水があると活動も活発になる模様)。その後もスプリングボックやオリックスなどの草食獣中心に観察していきます。そして徐々に奥地に入っていくと、なんとサイの姿がありました。ただ我々の気配を感じて反対側に行こうとするため、どうしても後ろ姿しかみえません。ドライバーが反対側に回り込んで正面が見える位置を取ろうとするのとのせめぎ合いになっていました(笑)。

Img_7405 Img_7411 P1010933 P1010942 P1010966 P1011001_20260124153501 P1011030 Img_7425_20260124153501  (左上写真2)シマウマの横断、(右上同3)日の出、(左中1同4)スプリングボックとイボイノシシ、(右中1同5)シマウマとバブーン、(左中2同6)サイ、(右中2同7)オオミミギツネ、(左下同8)アフリカオオノガン、(右下同9)キリンの横断

 サイを観察した後は付近にいたオオミミギツネ(昨日も見たやつ)やキリンの集団などを目撃しました(キリンの集団が目の前を横断する様は、ゾウほどではないものの迫力があります)。そんな感じで3時間ほどでツアーは終了、ロッジに戻って朝食となります。この日もハムエッグを焼いてもらいました。

P1010928 P1010920(左写真10)シマウマ、(右同11)ジャッカル

 朝のツアー中は晴れていた天気も、お昼頃から雲が広がり始め午後にはまた雨降りになりました。雨季だから仕方ないですが、さらには雷も鳴り始めたためこの日はプールは断念し、部屋でまったり過ごすことにしました。雨でレストランまで行くのもおっくなので、この日のランチは持参した日清カップヌードルにしました(アフリカで食べるとこれまた格別)。外を見るとスプリングボックが雨の中じっと立っていました。

 そうこうしているうちに夕方になりました。雨足は緩んでいます(晴れてはいない)。そろそろ活動をというわけでまずは夕食、この日は前菜が何かムースっぽいもの、メインはビーフステーキ、デザートはキャラメルっぽいものでした。食事を終えて少しして係員と合流、この日は朝だけではなく夜のツアーにも参加するからです。

Img_7431 Img_7432 Img_7433 Img_1399(左上写真12)前菜、(右上同13)メイン料理、(左下同14)デザート、(右下同15)フクロウ

 夜のドライブですが、動物を驚かせないために前照灯は点けず、赤ランプのみで周囲を探りながら進んでいきます(ドライバーさすがだな)。主に夜行性の動物を探します。早速現れたのはフクロウ(定番です)。スマホのカメラではどうしてもピントが合いませんでした。続いてはハイエナやオオミミギツネが出現、昼間に見るのとはまた趣が違います。その後はレイヨウやシマウマ、キリン、ウサギ、水たまりにカエルなどが活動していました(昼間と違い道路にバンバン出てくる感じ)。こうして約2時間夜のドライブを堪能しました。

Img_1407 Img_1429 Img_1469 Img_1457_20260124162201(左上写真16)ハイエナ、(右上同17)オオミミギツネ、(左下同18)ウサギ、(右下同19)キリン

 終了後は部屋に戻ってお休み、翌12月30日はゆっくりしてチェックアウト後家に戻ったのでした。久しぶりの動物三昧の旅行、ナミビアならではとも言えますが素晴らしいものです。

Img_7446 Img_7447(左写真20、右同21)帰路にもシマウマやキリンがいます

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2025年12月28日 (日)

オコンジマ旅行②

 一夜明け12月28日になりました。雨季の時期なので夜中には雨が降っている音が聞こえましたが、朝には止んで青空が広がっています。身支度をして朝食へ、会場は昨夜の夕食会場の外になります。パン、ハム、チーズ等のブッフェスタイルに加えて卵料理のコーナーもあり、この日はオムレツを焼いてもらいました。なかなか美味しかったです。

Img_7373(写真1)朝食のオムレツ

 朝食後にすることは、この後のアクティビティの予約です。ここのアクティビティはその日の午後以降、翌日午前までの予約を朝食から夕方まで受け付けるというスタイルです(なので明日の午後以降分は明日予約しなければならない)。この日はここの目玉とでも言うべき、センザンコウの予約にチャレンジしました。係員によると、席は空いているが、このツアーは何時に行われるか未定であること、開催はおそらく夜になるので、強は早めに夕食を摂って部屋で待機していること、開催時刻になったら電話で知らせるとのことでした。まずは予約を入れたのは言うまでも無い。思うにセンザンコウがどこにいるかが分かりずらいので、見つかり次第出発という流れだろうと推察したのでした。

 センザンコウが何時なのかが読めないため、この日は他のツアーは入れずにのんびりすることにします。そういえばロッジのサイトにも、センザンコウツアーに参加する場合は最低2泊はすることと書いてあったのは、開催時間が読めないため1泊2日では無理だからでしょう。

P1010881 P1010873(写真2、3)鳥

 ともかく夕方までは時間がたっぷりあるので、まずはロッジの敷地内を散策することに。部屋からイボイノシシの姿が見られることは昨日の通りですが、ジャッカルがその辺の道路を徘徊しているのが面白いです(なんか北海道の観光地を徘徊しているキタキツネ感があります)。その他レイヨウ類も見かけますし、様々な種類の鳥も見られました。

P1011001 Img_7378(左写真4)ジャッカル、(右同5)ランチのパスタ

 そんな感じの散策で午前中は終了、レストランでランチを摂った後、午後は気温が上がってきたことからプールでまったりすることに。乾季のナミビアのプールは水温が低くて遊泳には厳しいことが多いのですが、雨季のこの時期は比較的水温もぬるく入りやすい特徴があります。お風呂気分で入浴していると気持ちがいいのですが、外気が乾燥しているため、水面上に出ると皮膚の水分が一気に蒸発して気化熱を奪うため非常に寒く感じます。なのでなるべく長く水に浸かっていたくなります。そんなこんなで遊んでいるうちに空には雲が広がり、やがてポツポツと雨が降り出しました。雨季なので仕方ないですが、気温も下がってくるのでそろそろ上がることにして部屋に退散しました。

Img_7376(写真6)プール

 その後雨脚は徐々に強まり、さらには雷も鳴り始めます。この日午後からツアーに参加した人たちがどうなったか心配になります。雨は強くなったり弱まったりしますが止む気配はありません。こりゃ夕食まで部屋でまったりするしかないなと、読書をしたりして過ごします。5時近くになりそろそろ夕食に行こうかと思っていたら、突然部屋の電話が鳴りました。出てみるとフロントからで、これからセンザンコウツアーが始まるのでドライバーが部屋に向かうとのこと。夕食後の夜だとばかり思っていましたが、どうやら今ならセンザンコウがいると判断したようです。待つこと数分で1台のランクルが登場、乗り込みます。この日は他の参加者はおらず貸し切り状態でした。

Img_7382(写真7)雨が降る中出発

 出発したものの雨は降り続いています。普段は吹きさらしのランクルも幌を張り、さらには雨具も用意されました。どこをどう走ったか分からないコースを進み、やがて停車します。そこには別の係員が先行していて、その指示に従って歩いて行きます(幸いこのタイミングで雨が止むという運の良さマックスの自分 笑)。センザンコウは非常に臆病な生き物なので、なるべく足音を出さないよう、また無駄口をたたかないでそっと進みます。そして係員が藪の中を指さしました。どうやらここにいるようです。のぞいてみたら、おー、確かにウロコに覆われた生き物がいます。予備知識が無いとアルマジロか何かと間違われそうですが、これでもれっきとした哺乳類なんだそうです。

Img_7388 Senzan(左写真8)藪中にいます、(右同9)センザンコウ登場

 藪の中でよく見えないので係員の指示で一旦退却します。こうすると安心して開けた場所に出てくる可能性があるからとのこと。数分待っていたら係員が手招きしています。どうやらチャンスのよう。恐る恐る行ってみると、ついに開けたところを歩いているセンザンコウを観察できました。ロッジのサイトでは「必ずしも見られるとは限りません」と書かれていたので、これはラッキーだなと思ったのでした(センザンコウはアジアとアフリカに生息していますが、ウロコ目的の密漁が横行していて、今では絶滅危惧種になっています)。

Img_7392 Img_7393 Img_7394 Img_7396(左上写真10)前菜のアスパラ、(右上同11)メインのチキン、(左下同12)デザート、(右下同13)夜道のジャッカル

 今季の目玉であるセンザンコウを観察して大満足の我々はそのままロッジに戻ります。再び雨脚が強まってきたので、部屋ではなく直接レストランに送ってもらい、そのまま夕食に流れます。ここの夕食はメインが2種類からチョイスのコース料理、この日はチキンをメインに選択しました。

 食事後外に出ると雨は止んでいます。そのまま歩いて部屋に戻ったのでした。

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2025年12月27日 (土)

オコンジマ旅行①

 2025年も年の瀬が迫っていますが、この年末年始は一時帰国等、遠方への旅行の予定はありません。その代わりといってはなんですが、当地からさほど遠くないところにあるオコンジマ自然保護区で数日滞在することにしました。

 場所は首都ウィントフックから北へ250キロほどにあるオチワロンゴの少し手前の草原地帯です。この保護区には豹やハイエナはもちろん、センザンコウというウロコに覆われた貴重な哺乳類が生息していることで知られています。以前から大の動物好きであるウチのKが、ぜひ行きたいと言っていた場所です。ロッジタイプとキャンプサイトがありますが、今回はロッジタイプを予約しました。

 2025年12月27日の午前中いよいよ出発です。家から主要道路に入って北上します。ここはA1道路という片側2車線の日本でもおなじみの高速道路タイプの広い道です。ただ日本と違うのは時々歩行者が歩いているほか、牛や羊などの家畜の姿も見られると言うところです(言われてみればどこにも自動車専用とは表記されていない 笑)。そしてA1で70キロほど行った先のオカハンジャという町で給油をしてさらに北上です。Google mapのアナウンスでは「この先150キロ道なりです」という日本ではあり得ないセリフが聞こえてくる瞬間です。ここからはB1道路と呼ばれる片側1車線の道路で、先ほどのA1に比べると狭いですが、それでも大草原の中をひたすらまっすぐに走っているので快適なドライブが楽しめます(対向車もあまり来ない)。

Img_7329 Img_7377(左写真1)ゲートを過ぎるとすぐに登場、(右同2)ロッジの入り口

 そしてGoogleの言うように150キロ地点で左折です。ここまで家から200キロほどですが、基本的に速度制限120キロの信号のないまっすぐな道路なので約2時間の行程でした。メイン道路から左折するとまずは保護区のゲートがあります。ここで宿泊者である旨を伝えると名簿で照合、OKが出るとゲートが開いて中に入れます。ここから先は砂利道ですが、さすが整備された保護区らしく走りやすい道です。周囲は草原ですが、ふと見るとさっそくシマウマやスプリングボックの姿がチラホラと、早くもサファリ気分が盛り上がります。こうしてさっそく動物を観察しながらゆっくりとロッジに向かいます。おそらくゲートからまっすぐ行けば30分ほどかと思いますが、途中の動物を観察しながらだったので結局1時間くらいでロッジのレセプションに到着、ここでチェックインの手続きをします。併せてこれからのアクティビティの相談です。目玉のセンザンコウツアーについては本日は開催時間が無いとのことで明日以降に、この日は夕方4時から豹を観察するツアーに参加することにしました。

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(左同3)部屋、(右同4)部屋から見える景色

 その後部屋へ移動です。ロッジは空調も効いている他、冷蔵庫もあるなどかなり充実していました(あと部屋でもWifiが使える)。目の前には草原が広がり、遠くにはイボイノシシの姿が見えます(夜になれば色々出てきそうな感じ)。その後はしばしゆったりして、時間になったのでレセプションの集合場所で、この日のツアーに参加するのは我々の他に欧米系の観光客が3組でした。完全野生の豹を見つけるのは相当難易度が高いのですが、当地は保護区なので一部発信器が取り付けられた個体がいます。ツアーではアンテナでそうした電波を拾いながら豹を探していきます。途中他の動物も観察しながら徐々に近づいていき、ついに水場で1匹の豹を発見、一同懸命にシャッターを押したのはいうまでもありません。しかも同時にハイエナも現れるというサービスぶり、かくして豹とハイエナが1枚の写真に収まるという素敵な光景となったのです。

P1010622 P1010786 P1010771 P1010847 Img_7365 Img_7366   (左上写真5)ヒョウ、(右上同6)ヒョウとハイエナ、(左中同7)オオミミギツネ、(右中同8)レイヨウ、(左下同9)ドリンクタイム、(右下同10)夕日

 その後ドリンクとつまみをいただきながらサンセットを見るという定番コースでツアーは終了、ロッジに戻ります。そのまま夕食になだれ込み、この日のコース料理をいただいたのでした。

Img_7368 Img_7369 Img_7370 Img_7371(左上写真11)レストラン、(右上同12)前菜のパルミエ、(左下同13)メインのビーフ、(右下同14)デザートのチョコレートポット

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2025年12月18日 (木)

ハイドンのネルソン・ミサ

Img_1386  今日、年明けから合唱団Cantare Audire Choirで練習する曲の案内が流れてきました。それは、J. ハイドンのミサ曲第9番ニ短調、一般にネルソン・ミサと呼ばれる曲です(ホーボーケン番号だと11番ですが、断片のみの2番、消失した3番をを省いて9番とされることが多い)。教会音楽好きな私ですからもちろんその存在は知っていますが、過去に歌ったことはありません(というか、ハイドンの合唱作品自体歌ったことがない)。

 ハイドンの宗教曲、とりわけ傑作とされる作品の多くにはヘンデルとモーツァルトの影響があると言われます。2度にわたるロンドンでの活動期間にヘンデルのオラトリオに触れたこと、ハイドンはモーツァルトよりも年上ですが、長寿だったためモーツァルトの没後に多くのミサ曲を作曲しているからです。

 練習が始まるのは年明け1月下旬からですが、まずは音取りから始めて行こうと思います(本番は来年半ば頃とのこと)。久しぶりの宗教曲のまとまった作品とても楽しみです。

 

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2025年12月13日 (土)

ドラゴンクエストⅠ&Ⅱリメイク版

 今年の10月末に発売されたリメイク版ドラゴンクエストⅠ&Ⅱ、そのsteam版を現在チマチマとやっています。Ⅰの方はすでに終わらせ現在Ⅱをやっています。

 ドラクエ2は1987年に任天堂のファミリーコンピューター(いわゆるファミコン)のソフトとして発売されたRPGです。爆発的なヒット作品となり、後の様々なRPGに影響を与えたと言われています。当時私は学生だったので、かなりのめり込んでいたのを覚えています。ただこのドラクエ2、難易度が非常に高かったゲームとしても有名でした。スタートから船を入手するまではほぼ一本道なので迷うことは少ないのですが、船入手後は行ける範囲が一気に広がる割にはヒントが少なくて、何をすればいいのか分からずしばらく彷徨ったことを覚えています。またモンスターとの戦闘バランスが悪く、しょっちゅう全滅して戻されるなんてこともザラでしたし、一応説明書には攻撃は敵味方関係なく素早いものから行われると書かれていましたが、実際にはほとんどランダムで、素早さなんて関係ないのではと感じていました。ダンジョンも破格の難易度で、先述の戦闘バランスの悪さと併せて本作の難易度を高くしていたと思います。

006 Dq22  その後スーパーファミコン版やスマホ版などに移植される毎に上記の問題点は解消され、少なくともスマホ版でのゲームバランスはかなり遊びやすくなったと思います。

 で、今回のリメイク版、昨年発売のⅢは元の設定を重視し、主としてグラフィックの改良が主眼だったように思いましたが、今期は新設定やエピソードが大量に追加され、まったく新しいゲームに生まれ変わったように感じています。まだ中盤ですが、少しずつ遊んでいきます。

 

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2025年6月16日 (月)

プリンプリン物語

Purinpurin  今NHK地上波で毎週月曜日に再放送されている人形劇「プリンプリン物語」、昭和54年4月から3年間にわたって放送された当時人気の高かった作品です。しかし当時は放送用ビデオテープが高価で、放送が終わったら上書きしての再使用が普通だったためにNHKには当時の映像が遺っておらず、再放送が困難な作品でした(これは本作に限らず当時のNHK作品一般にいえます。一方で同時代の「ルパン三世」など民放アニメは地方局への貸し出しによる再放送など、当初から放送機会が多かったことから消されず遺っていました)。当時は家庭用ビデオデッキがあまり普及していなかったこともあり、長年人気はあったのに再放送不可能な作品の代表とされていました(3年間合計600回以上という長大さも影響していると思われます)。

 しかし関係者からの寄贈等によって、現在ではほぼ全ての放送回が発掘されています。これをうけて2017年にBSで第1回から第50回まで(アルトコ市編~オサラムームー編(前半))の再放送が行われました。そして今年の4月から当時人気の高かったアクタ共和国編の再放送が始まっています。私は現在国外在住のため、NHK本編は視聴できませんが、NHKプラスやオンデマンドで視聴しているというわけです。

 で、このプリンプリン物語の再放送を見始めた時、ひとつの疑問が沸きました。それは

 「プリンプリンが何処かの国のプリンセス」という設定を劇中の誰も疑っていないという点です。

 子供の頃は気になりませんでしたが、大人になって考えるとこれは妙です。というのは、プリンプリンがプリンセスだというのは、あくまでも彼女の自称であり、それを裏付ける証拠はないからです。劇中では15年前に海で発見された際に王冠が一緒に入っていたからということですが、これが証拠になるとは思えません。15年前にアルトコ市が「行方不明のプリンセスに心当たりのある国は至急連絡を!」と呼びかけたにもかかわらず、どこからも照会がなかったのですから。もちろん、友達であるボンボン、オサゲ、カセイジンがそれを信じているのはいいのですが、無関係な一般人には「ちょっと、この娘何を言ってるんだろう」と引いてしまう人がいてもおかしくないと思います。

 しかし劇中ではそんなことはありません。プリンプリンが訪問する先々で一般人はもちろん、政府首脳も「プリンプリンはプリンセス」という認識で一致しています。これはどういうことなのでしょうか? と、そこで思いついたのがランカーの存在です。

 ランカーは世界を股にかける武器商人で、世界お金持ちクラブの会長でもある世界的に有名な人物です。各国の首脳とも交流があります。プリンプリンは死の商人としての彼を嫌っていますが、慈善事業などもやっていることから世間的には良い人と認識されているようです。現代でいえばイーロン・マスク氏や孫正義氏、ビル・ゲイツ氏を合わせたような感じでしょうか。そんなランカーがことあるごとに「プリンプリンはプリンセス、丁重に扱え」というのですから、世界中の人がそれを信じるのは当然なわけです。すなわちプリンプリンがプリンセスであるということを皆が疑わないのは、ランカーがそれを保証しているから(「あのランカーさんがそう言うんだから、事実に違いない」)、と考えられるのです。

 紙幣は物質的にはただの紙切れですが、国家が保証することで価値が生まれます。同様にランカーが保証することでプリンプリンはプリンセスの地位を保証されているともいえるわけです。彼女が一番嫌っているランカーによって、自身の身分保障がされていると考えるのも面白いなと思ったのでした。

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2025年1月22日 (水)

合唱団が再開しました

Img_4484  日本にいた頃から合唱が趣味の我々です。当地に来てからは縁あって、Cantare Audire Choirという地元の合唱団に交ぜてもらっています。ただ昨年11月末に教会でクリスマスキャロル礼拝でミニコンサートを行ってからはクリスマス休暇に入っていました(当地は12月になると本当に休暇シーズンに入り人がいなくなる)。1月に入って休暇が明け、この日から練習が再開したというわけです。

 ここからしばらくは3月に行われるイースター礼拝のコンサート、5月に予定されているコンサートに向けての練習となります。やっぱり合唱っていいなと思いながら参加しているのでした。

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2024年9月11日 (水)

合唱活動を再開しました

 実は縁があって先月下旬から当地の合唱団に加えていただきました。Cantare Audire Choirという当地のドイツ系コミュニティーの人たちが中心に活動している合唱団です。

 日本では学生時代からずっと合唱活動に取り組んでいた私ですが、さすがにアフリカの首都でも人口が30万人くらいしかいないような土地で合唱活動なんてあるのかと思っていたんですが、当地は過去にドイツの植民地だった関係でドイツ系の住民が多いこと、ルター派の教会があることなどから他のアフリカ諸国に比べれば、合唱の下地はあるようです。この合唱団の存在を知ったのは昨年12月で、ちょうどクリスマスコンサートを開いていて、ナミビアにも合唱団があるんだなと思っていました。そして先日合唱団のfacebookにて新入団員募集のお知らせを見て申し込んだという流れです。

Img_0057_20240921151801 Img_0058_20240921151801  練習は週1回、日本の一般合唱団と同じです。現在は今年のクリスマスコンサートに向けて練習しています。曲目はヴェルディの聖歌四編からAve Maria、ブラームスの宗教的歌曲作品30など、特にヴェルディのAve Mariaは謎の音階と呼ばれる不思議なモティーフが特徴の曲です。昔から知っていて興味深い曲ですが、この年になるまでやったことがなかったという作品です。思いがけず取り組めることになりとても楽しみです。

 結論として、合唱っていいなと改めて感じています。

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2024年4月 7日 (日)

野球観戦と音威子府そば

 初島&医師会合唱団の4月6日から一夜明けた4月7日は日曜日、この日は朝から快晴のお天気でした。小田原のホテルをチェックアウトして新幹線で東京に向かいます。宿泊予定の品川のホテルに荷物を置いてちょっとした用事のあった板橋へ、ここでのミッションはすぐに終わりそのままJR板橋駅前にある新選組の供養塔に行きました。新選組愛好家としては外せない場所ですが、ここはいつ来ても感慨深いものがあります。

Img_1706 Img_1708(左写真1)板橋の新選組の碑、(右同2)近藤勇の像

 板橋を後にしてその後は電車で神宮球場に行きました。目的はこの日ここで開催されるヤクルト-阪神戦の観戦です。帰国したらナミビアでは味わえないものを堪能しようと考えていたんですが、野球観戦もその一つです(そもそもナミビアには野球が存在しない)。この日は近くの東京ドームでもプロ野球の試合があったんですが、元々ヤクルトが贔屓球団だったこともあり文句なしに神宮にしました。座席は当然ヤクルト側なんですが、スタンドをみるとレフト・三塁側はもちろん、バックネット裏ですら黄色い格好の人たちであふれています。ここはスワローズのホームなんだけどなと思いながらも、かつてヤクルトの監督だった故・野村克也さんが「ヤクルトのファンだっておるんや」と言っていたのを思い出しました。

 黄色い球団のファンは熱狂的な人が多いのですが、私を含めスワローズファンは目先の勝敗よりも「どうせスワローズは10年に1回は優勝するからまあいいや」と達観したところがあるのか、勝っても負けてもあまり騒がしくないイメージがあります(私が生まれた1966年以降でカウントしてみてもヤクルトの優勝回数9回は広島と並んでセリーグ2位である)。スワローズといえば優勝する年以外はほぼBクラスという極端さがあるんですが、今年は今のところどうなるか… とはいえ私が観戦したこの日は見事勝利を収めました。試合中に電光板に「相手チームや選手に対する汚いヤジや替え歌はやめましょう」みたいなアナウンスが出ていました。昭和の頃の球場は酔っ払いの汚いヤジが定番で(特にパリーグの試合は観客も少なかったためこうしたヤジが球場にこだまするのが風物詩だった)、特に不快感も感じなかったんですが、そういえばあれはあくまで個人が騒いでいるだけなので、近年のような応援団が組織的に相手を侮辱するような替え歌を歌うのとは全く次元が違う話だよなと時代の変化を感じました。

Img_0008 Img_0010(左写真3)神宮球場、(右同4)ビジターのファンの方が多いです(笑)

 スワローズ勝利の余韻に浸りながら神宮外苑を歩きます。いつの間にか東京の桜も盛りを過ぎて葉っぱが出始めているようでした。となりの国立競技場から大歓声が聞こえます。どうやらこの日はJリーグの試合も行われているようでした。

Img_1717 Img_1718(左写真5)神宮外苑、(右同6)徐々に葉桜に

 夕闇の神宮外苑から徒歩で四ツ谷方面へ、今回の帰国に当たり必ず行こうと考えていたお店がいくつかあるんですが、そのうちのひとつが音威子府TOKYOさんです。駅そば好きには有名な北海道音威子府の真っ黒な蕎麦です。かつては現地に行かないと食べられないある意味幻の蕎麦でしたが、2019年にこのお店ができたことでアクセスが格段に容易になりました。ただ蕎麦を提供していた音威子府の畠山製麺さんが閉店したため、その後どうするのかと心配していましたが、新・音威子府そばを開発提供するなど新しい道を模索しているところです。この日も日本最北の酒蔵国稀のお酒や北海道の食材をしつつ、最後はお蕎麦で締めました。とりあえず目的は果たしたという満足でいっぱいでした(日本にいた頃も結構通っていたのでお店に人にも顔を覚えられていた)。

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(左写真7)季節の天ぷら、(右同8)音威子府と新得の合い盛り

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