2020年3月15日 (日)

インパールへの道

 太平洋戦争後半の1944年(昭和19年)3月に,日本が当時占領していたビルマ(現ミャンマー)からインド東部にあるイギリス軍の拠点インパールを占領しようと開始したのがインパール作戦(ウ号作戦)です.作戦構想自体は壮大なものでしたが,補給を無視した杜撰な作戦は大失敗に終わり,参加した3個師団の参戦兵力の半分以上が戦死戦病死する惨憺たる敗北に終わりました.このことから史上最悪の作戦と呼ばれ,インパールという名前そのものが杜撰な作戦の代名詞にもなっています.

 そんな作戦の地であるインパール,戦史好きの自分にとっても行けるものなら行ってみたい地です.しかし,ミャンマーとインドの国境地帯は民族紛争なんかがあって治安が悪く,少なくとも陸路で国境を越える旅は不可能だろうと思っていました.

 し,しかし

 なんと!陸路インパールを目指すツアーがあるらしいのです.

 陸路で行く ミャンマーからインパール、コヒマへの道11日間

 SNS上で出ていたんですが,これは風の旅行社という主としてペルーやモンゴル,ネパールといった山岳国への旅行を得意とする会社です.以前ペルーに行く時にここも候補に入れたことがあるので覚えています.まさか,こんな企画を立てていたとは…

 こんなご時世ですが,参加できるものなら参加したいなと思って日程を見ると…

 2020年3月6日出発

 もう出発日を過ぎています.はたして催行されたのだろうか… そうでなくても来年また企画されるなら参加したいなと思ったのでした.

 奇しくも今日3月15日はインパール作戦において,側面から同地を攻撃するために第15師団(祭兵団)と第31師団(烈兵団)が作戦行動を起こし,国境であるチンドウィン河を渡り始めた日です.

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 図はインパール作戦時の各師団作戦行動図に今回のツアーの日程を重ね合わせてみました(高木俊朗著 インパールより引用改変).当時の兵団がどうしてもたどり着けなかったインパールまで矢印が伸びでいるのが感動的です.

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2020年2月10日 (月)

第39回しばれフェスティバル参加記録②

 さて一夜明け2月1日となりました.いよいよしばれフェスティバルの朝です.外を見ると快晴の良いお天気でした.この日の予定は買い物をして現地入りするだけなのでゆったりスケジュールです.朝9時ごろに朝食会場へ,この日の朝食は和定食・洋定食の選択で私は和食を選びました.

 食事後支度をしてチェックアウト,そのまま近くにあるトヨタレンタカーで車を借ります.旅行の際現地でレンタカーを借りるのは定番になっていますが,いつもなら安い軽自動車利用ですが,今回は荷物をたくさん積めるようにトヨタのアイシスになりました(ハードケース2個,ソフトケース2個が余裕で入る).手続きをしてさっそく出発,まずは郊外のホームセンターに向かいます.ここで購入するのは炭,着火剤そしてマッチです.炭などは元々機内や航空便で送れないため現地で買うしかないからです.あとマッチは4年前にチャッカマンを用意したものの,寒すぎて使えなかったことの反省からです.炭は4年前は夜中から使い始めて3キロ使ったことから,もっと早い時間から使い始めることを想定して倍の6キロを用意しました.ホームセンターの後は隣にあったスーパーへ.今度は食材の調達です.アルミ製のちゃんこ鍋や肉,ワイン,焼酎などを購入しました.

Img_6001 Img_5997(左写真1)足寄の道の駅,(右同2)昼食の塩ラーメン

 買い物が済むといよいよ陸別に向けて出発です.帯広市内の雪はさほどではありませんでしたが,郊外に行くとそれなりに増えてきます.凍った川の風景にに北海道を感じました.久しぶりの雪道運転ということで慎重にハンドルを握ったのは言うまでもありません.途中足寄町の道の駅でお昼休憩,松山千春のふるさとということで関連の展示もありました(この日の昼食はあっさりとラーメン 笑).

Img_5993(写真3)松山千春等身大パネル(笑)

 休憩後はいよいよ陸別町に入ります.まずは4年前と同様道の駅で防寒具を着込みます(帯広はそんなに寒くないのと,完全防寒装備になると機動性が低下するため,なるべくギリギリで着込む方針).そしてしばれフェスティバル会場となるイベント広場へ.まずは一時駐車場で必要な荷物を下ろします.その後参加者用駐車場に車を移動させ,徒歩で会場に戻ってきます(これが意外に遠い💦).続いてはテントの設営の番,ポールを組み立ててテントに通しと,こちらは順調だったんですが,フライシートを掛ける段になって,ペグを打ち付けるハンマーがないことに気づきました(泣).やむなく隣のテントの人にお願いして貸していただきました(感謝).設営後,中にマットを敷いて寝袋等の荷物を運びこみます.一連の作業が終わった後,本部に行って受付を行いました.ゼッケン(今回は56番)と参加者証(ぶるぶるカード)を受け取り,翌朝の朝食券をもらいます(時間別になっているのだが,やはり早い時間が人気らしく,朝一の時間帯は無くなっていた).その後翌朝渡される認定証用の写真撮影を行って終了,本部を出てテントサイトに戻ります.

Img_6004 Img_6007(左写真4)凍った川、(右同5)道の駅りくべつ

 この段階で16時30分,開会式まで1時間半もあります.というわけで,さっそく火をおこすことにしました(実はホテルでお湯を沸かしてくるのを忘れたため).周囲を見るとすでに宴会を始めている人達もいます.コンロをセットして木炭と着火剤にマッチで火をつけます.しばらく扇いで火を大きくします.さあそろそろやかんをくべようかと思ったら係員がやってきました.

 「すいません、テントサイトは火気禁止なので向こう側に行ってもらえませんか」

Img_6008(写真6)テントサイトの様子

 どうやらここは火気使用禁止エリアだった模様… 「すいません💦」と慌てて場所を変えたのでした(周囲の人たちもみな引越しを始めていた).引っ越し後改めて火をおこし,お湯が沸いたのでさっそく飲酒開始! まずは焼酎のお湯割りです.4年前もそうだったんですが,気温氷点下の環境でお湯割りを飲むと,最初のひと口はお湯割りですが,数分すると水割りになってしまうのでした.

Img_6042 Img_6044(左写真7)我々の陣地,(右同8)お湯割りをいただきます

 そんなこんなしているうちに夕方6時,開会式の時間となりました.ステージ上に実行委員長を始め来賓の方々が次々に登壇していきます(ステージ上に臼が用意され,来賓者が一人一人餅を搗く).実行委員長さんのお言葉に続き,来賓の挨拶.今回は久しぶりに国政復帰した鈴木宗男さん(の秘書)も来ていました.4年前は挨拶を待っている間が寒かった記憶があるんですが,この日はこの時間でもマイナス7度程度なので問題なしです.

Img_6014 Img_6018(左写真9)開会式の始まりです,(右同10)しばれ君登場

Img_6029(写真11) 燃え盛る命の火

 あいさつの後はいよいよ命の火の点火式,当地のゆるキャラしばれ君が登場し点火を行います.着火と同時に巨大な炎が噴き出します(もちろんガソリンか何かを仕込んでいるのでしょう).歓声が上がり,第39回しばれフェスティバルいよいよ開幕です.

Img_6035 Img_6112(左写真12)よさこい,(右同13)しばれ湯😖

 この後ステー上では様々なイベントが行われます.地元の小学校児童による太鼓やよさこい,恒例となった北海道のアイドルグループ「フルーティー」のライブと続いていきます.我々もそうしたイベントを眺めながら会場を散策しました.地元の婦人会による各種屋台の他,他地域の商品を売っているブースもありました(千葉県東金市のブースでは落花生を売っていた).特設浴場であるしばれ湯😖は今年も営業していました(誰か利用者いたんだろうか).近年すっかり有名になったこのお祭り,お客さんもたくさん来ています.東南アジア系と思われるグループの方も見かけました(陸別のしばれを堪能して下さったでしょうか 笑).

Img_6038Img_6090 (左写真14)豚汁をいただきます!,(右同15)しばれ花火

 そうこうしているうちにステージ上でのイベントも終了し,お祭り1日目のクライマックスであるしばれ花火の時間となります.世間では花火というと夏の風物詩なんですが,ムチャクチャ空気の澄んでいる冬の陸別の花火はあざやかで素晴らしいです.もう終わるかなと思わせといで次々に打ちあがっていく様が素晴らしいものです.会場内の人たちみんなが寒空に打ちあがる花火を見とれていました.

Img_6110 Img_6125(左写真16)人間耐寒テスト開始,(右同17)鍋を作る

 花火大会が終了すると第1部はお終い,一般の方はここから続々帰宅の途に就きます(だいたい9時半ごろ).しか~し,我々チャレンジャー(このお祭りではイベント後残って朝まで過ごす参加者をチャレンジャーと呼ぶ)にとってはここからが本番です.明朝7時のラジオ体操までの9時間半如何にして過ごすかが問われるわけです.この時間帯でまだ気温はマイナス8度,しばれ度は緩いです.ちょっとおなかも空いたので昼にスーパーで購入した鍋と肉をいただくことにしました.まずは鍋から鶏肉と野菜の組み合わせでした(出汁は薄い醤油味),いっしょにいただくのは先ほど手を付けた焼酎に加えて,地元のロゼワインも投入しました.

 食事をして温まっていたら場内放送が

「只今から11時開始のタオル早回し選手権の受付を行います.参加希望の方はステージまでお集まりください」

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(写真18)タオル早回し選手権の受付

 タオル早回し選手権はしばれフェスティバルの名物競技,同時間帯に行われるカラオケ大会とともに,チャレンジャー向けの深夜イベントです.4年前はカラオケ大会の方に行ったため今回はぜひともこちらに参加したいと思っていたので,さっそくステージに向かいました(先着100名まで).参加整理券と乾いたタオルを貰ってしばし待機,11時になっていよいよ競技開始となります.これは水にぬらして絞ったタオルを振り回し,一番最初に凍ってタオルが立った(上向きにして倒れない状態にする)人が勝ちという競技です.100人が10組に分かれて予選を行い,勝ち抜けた10人で決勝を戦うというルールになっています.予選は整理券の順番に振り分けられるのですが,私は1組目,Kは2組目になりました.

 さあいよいよ予選第1組の開始,10人が所定の位置(というか上がった順に適当なので,自分はセンターポジションになった 笑)につき,目の前のバケツ(?)にタオルを浸してよく絞ります.司会者の「はじめ!」の合図とともに一斉にタオルを振り回します.「こんなの数回回せば凍るんだろう」,と思ってたんですが,この時の気温はマイナス8℃,一生懸命回してもなかなか凍りません.悪戦苦闘しているうちに他の人が凍らせたらしくそこで勝負あり,あえなく予選敗退となってしまいました(第2組のKも予選敗退 泣).

Img_6122 Img_6105(左写真19)競技開始!,(右同20)こういう風に立てばOK

 選手権が終わり再び陣地に戻る我々です.ここからは朝まで耐える時間,さすがに12時過ぎる頃にはマイナス10℃の大台に乗りました.ワインや焼酎をちびちびやりながら時間を過ごします.時々周囲を散策しましたが,4年前と違い命の火周囲にあまり人がいません(そんなに寒くないからでしょう).それより今年は会場の一角にオールナイト営業しているラーメンコーナーがあったのが凄いなと思いました.おなかが空かなかったので利用することはなかったんですが,次があれば食べてみたいです(事前に知っていたら食べ物をセーブした 笑).

Img_6129 Img_6128(左写真21)真夜中の命の火,(右同22)オールナイトのラーメンコーナー

 その後2時頃になってそろそろ寝ようかとなりテントにもぐりこみました.4年前に購入した冬用シュラフの初陣です(4年前は結局貫徹したため使わなかった).どうかなと思いましたがさすが冬用,結構温かかったです(顔面のみ寒い感じ).

 眠ったのかどうかよくわからにうちに夜が明け,朝6時半過ぎに活動再開,ステージの表示を見るとマイナス15℃,どうやらこれがこの朝の最低気温だったようです.7時にチャレンジャーが集合してラジオ体操,認定証授与と進んでいきます.4年前は寒さのあまりラジオ体操の放送が途切れがちだったんですが、この日はそんなことはありませんでした.ある程度眠れたし,疲労感は4年前とは比較にならないほど少なかったと感じました.

Img_6134(写真23)朝のラジオ体操

 認定証を貰った後は送迎バスに乗って朝食会場の町役場へ,今年もビュッフェスタイルでした(メニューも大体4年前とおんなじと思う,カレーもあったし).その後はバスで会場に戻り,テントやコンロ等の片づけを済ませます.そうこうしているうちにお祭り2日目の始まりとなり,徐々に一般のお客さんが集まっていました.同じころ我々は会場を後にしたのでした.

Img_6131 Img_6132 (左写真24)燃え尽きた命の火,(右同25)朝食会場

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2020年2月 9日 (日)

第39回しばれフェスティバル参加記録①

 以前から予告していた通り,2月1日~2日にわたって行われた,第39回しばれフェスティバルに参加してきました.

 日本国内で一番冬の厳しい北海道の中でも,さらに寒さの厳しい道東の陸別町で毎年2月初旬に行われている,寒さを売りにした(笑)イベントです.4年前の2016年に一度参加したことがありました(参加記録).この時は朝の最低気温が会場内でマイナス26℃,外の川辺でマイナス29℃に達する極寒で,明け方以降は寒さのあまり意識がもうろうとする中で,会場中央の焚火(命の火)のそばで震えながら貫徹しました.終わった際には,「も,もういいかな…」という感じでしたが,のど元過ぎればなんとやら,4年歳月が過ぎた結果「また参加しようかな」と気持ちが変化してきました.とはいえこのイベント,全国から参加者が集まるなど結構人気があり,”参加したい≠参加できる”のもポイントです.参加者募集は12月の半ばに行われ,その後の抽選を経て幸いにも当選,年明けから少しずつ準備をしてきました.

 しかし,今年の北海道は例年にない暖冬ということで,しばれフェスティバル名物のバルーンマンションの製作が遅々として進まず,1月半ばに実行委員会から今年は定員分を確保するのが困難であり,大多数の参加者にはテント泊をお願いしたい旨の連絡がありました(ダメならキャンセルも可と).参加するからにはバルーンマンションに泊まりたいのは人情ですが,暖冬という自然現象には逆らえないので,テントでも可と返信したのはいうまでもありません(その後実行委員会準備テントではなく,持ち込みテントも可といことで,持ち込みにした).

 その後1月下旬に最終案内が到着,4年前と同様の注意事項が書かれてありました(酔って外で寝ると本当に死にます!のフレーズもあった).一方で同封された会場案内図を見ると,4年前とは結構配置が違っています(前回露店が並んでいた部分が宿泊地になっていた).準備の方も進み,新しいヒートテックの下着類を購入しました(アウター等やマット,寝袋類は4年前に購入してあるのをそのまま流用).前回は海外旅行用のスーツケース2個でキツキツだったという反省を生かして,今回はハードケース2個に加え,ソフトケース2個と併せて4個体制を採用,さらに子の量だと飛行機に持ち込む際に追加料金がかかるのが必須ということもあって,この4個のケースはすべて家から最初のホテルまで宅配で送ってしまうことにしました.

P2130003 P2140008(左写真1)参加の案内,(右同2)例年の注意事項が…

 そんな準備を経て,1月31日(金)いよいよ出発の日です.この日は午後半日休を取ったので午前中のみ仕事して午後から出発となります.大きな荷物はすべて送ってあるので貴重品類とバックパックのみで羽田空港に向かいます.横浜駅での乗り換えもスムーズにいき、予定より早く空港に到着,預け荷物もないためセキュリティを抜けてゲート前でビールを飲む余裕がありました(笑).この日搭乗するのは帯広空港行きの便,4年前と同じパターンです.定刻をやや遅れて17時10分頃に飛行機は動き始めそのまま離陸,北に向かって一直線に飛んでいきます.途中やや気流の悪いところはあったものの,無事に帯広空港に到着しました.

 飛行機から降りると,キンとした冷たさを感じます.「これ,これだよ.これが北国の冬だよ」と妙に嬉しい気分になるのが北国生まれの特性です(笑).今回は預け荷物もないのでそのまま到着ロビーに出て,市内行きのバスに乗り込みます.帯広空港から市内へのバスは駅にまっすぐ行く便と市内ホテルにちょこちょこ寄る便と2系統あるんですが,今回は宿泊ホテルが駅の目の前なので駅便を選択しました.

 乗客が揃ったところで出発,市内に向かいます.周辺の雪の量はまあまあでした(4年前と同じくらいか?).40分ほどで駅に到着,ホテルに入るとフロント付近に自分が送ったスーツケース4個が並んでいました.そのままチェックインして荷物を受け取りました(それにしてもフロント人はこんなに荷物を別送するなんて何者だろう?と思ったのではないか 笑).

 部屋に入って一休みして,さっそく夕食に出かけます.せっかく北海道に来たのと,明日のしばれフェスティバルに向けて英気を養う目的で,この日は十勝ジンギスカンのお店に入ました.注文するのはもちろんラム肉&ワイン🍷です.軟らかいし臭みもなくいいお肉でした(もやし類はあらかじめ敷かれて出てくるんですが,本格的な感じ).おなか一杯になりました.

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(左写真3)ジンギスカン,(右同4)この日いただいたのは代表的な十勝ワイントカップです

 食事後はホテルに戻り,明日に向けて荷物の詰め替えなどをした後,ホテル併設の大浴場に浸かったのでした(これも気持ちよかった).

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2019年12月17日 (火)

第39回しばれフェスティバルに参加します!

 12月も半ばを過ぎ,寒い日が多くなってきました.とはいえ関東の寒さですから氷点下まで下がっているわけではなく,せいぜいプラス一桁程度の寒さではあります.

Shibare30(写真)2016年のしばれフェスティバルの命の火

 一方でこちらとは比較にならないほど寒い北海道,その中でもとりわけ寒くて,逆に寒さで町おこしをしているのが内陸東部にある陸別町です.この町では毎年2月の第1週末にしばれフェスティバルというお祭りをやっており(今年で39回を数える伝統ある祭り),その中でも目玉プログラムとなっているのが人間耐寒テストです.これは最寒期にはマイナス30℃近くにまで達する当地の夜を屋外で体験してもらうという企画です.こうした極限系のイベントが好きな自分の琴線を大いにくすぐる企画で,2016年の第36回に参加しました(参加記録).この時は朝の最低気温が会場で-26℃になるまさにしばれる朝だったので,終わった時は「まあ、もういいかな…」と思いました.しかし,のど元過ぎて記憶がセピア色になってくると(笑),「また参加してみたいな」となってきたわけです.ただこの1月末から2月初めは近年海外に出かけることも多く(2018年南部アフリカ,2019年ザルツブルク)なかなか機会が巡ってきませんでした.しかし,2020年は特に外に出る予定がないことから,参加を申し込むことにしました.ただこの人間耐寒テスト,近年はかなり有名になってきており,参加希望者が多いということで,抽選に通らないと参加できません.公式ツイッターでは,申し込み2日目にはすでに定員を超える申し込みがあった的なツィートもあり,一体どうなることやらと思っていました.

 で,今日実行委員会からメールが来ました.結果は…

 当選 \(^o^)/

 これで晴れて参加できることになりました.3年前に参加した際はバッチリ防寒で臨んだつもりだったんですが,足先の冷えに悩まされるとう反省があったので(それ以外はほぼ大丈夫),今回はそちら対策もしっかり準備したいと思います(2020年最初のビッグイベントになりそう).

 

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2019年12月10日 (火)

東北大学混声合唱団第60回定期演奏会

 12月8日日曜日は,自分の人生に決定的な影響を与えた存在(大げさ 笑)である東北大学混声合唱団の第60回定期演奏会を聴きに行くため仙台に行ってきました.ちなみに自分が在籍していたのが第25回から第28回までなので,30年以上経過していることになります(そりゃ歳をとるわけだ).

Img_5867(写真1)大晴れの仙台駅

 朝家を出て東海道新幹線と東北新幹線を乗り継いで北に向かいます.仙台に着いたのはお昼ちょい過ぎの12時16分,この週末は寒いと言われていたのでどんな感じだろうと恐れていましたが(笑),この日の仙台は快晴の良いお天気で日向に出れば気持ちのいい気候でした.

 駅からは地下鉄東西線で演奏会場(萩ホール)最寄の国際センター駅に向かいます.定演は15時からですが,その前に自分の同期の仲間とお茶会をすることになっていたからです.駅の2階にあるカフェがその会場,フロアの一角を借り切って場所を設定します.13時前後からぼちぼちと仲間が集合してきます.メンバーの中には今もちょくちょく会っているメンツもいますが,大半は20年以上会っていませんでしたが,みな当時の面影(笑)があって,すぐに名前が一致したのは我ながら偉いです(女子は苗字が替わっている人が多いのでその辺は置いとく).いろいろ当時の話や近況などに花が咲きました(さすがにコンサート鑑賞前なのでアルコールはご遠慮).

79228408_1535555806612268_72950221471922 Kawakine(左写真2)会場に向かう一行,(右同3)萩ホール(10年前の夏に撮影したもの)

 14時30分頃にカフェを出て徒歩で演奏会場へ.ここはかつて川内記念講堂と呼ばれていたホールなんですが,大学100周年を機に改装され萩ホールという名前になりました(内装は変わったが外観は基本同じ).真面目に同窓会費を払っている自分には招待状が届いているので,それで入場します.一同2階席に向かいます(大体OBOGは2階席に集結する傾向がある 笑).行ってみると案の定,見知った顔がチラホラいました.

Img_5869 (写真4)ステージ上には団旗が掲げられます

 やがて15時に開演します.今年は3ステ構成,1ステは尾形敏幸さん作曲の混声合唱組曲「春のために」,2ステが全部笑いのコーラスと題したオムニバスステージ(団員がオレンジ,黄緑,青のTシャツでモザイク状に並んでいて,色覚検査のようだと思ったのはナイショ 笑),そしてメインの3ステが常任指揮者の佐々木正利先生指揮のラインベルガーのカントゥス・ミサでした.

 全体の感想,素晴らしかったです.学生合唱団らしい若さとパワーがある一方で,きちんと表現する技術もある.自分が現役だった頃は情熱だけは強烈にあったものの,イマイチ実力的には… という感じだったんですが,今は実力も伴っています.30年の積み重ねってこういうところにあるのかなと思いました(特に3ステのカントゥス・ミサなんてアカペラの二重合唱と難度最強なんですが).後輩たちの演奏に拍手です.

1575890063412 (写真5)酔っぱらいたちのワンショット

 終演後は引き続き同期との宴会です.お昼のお茶会には来られなかったメンバーも加わり総勢14名の参加でした(たしか).お酒が入ってさらに楽しいひと時となったことは言うまでもありません.最後はこの時期の仙台名物の光のページェントを散策して解散,いやぁ~本当に楽しかった.

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2019年9月16日 (月)

三国志展に行ってきました

Img_5696  音楽好き,旅行好きな私ですが,それに負けず劣らず歴史好きです.日本史ももちろん好きなんですが,メインにしているのは世界史です.本業(笑)である中世ヨーロッパ史に加え,イスラム史,中国史など興味が尽きないのですが,とりわけ中国史は漢民族が文書記録を残すのが大好きな人々で資料が豊富であることから小さい頃から興味深い分野でした.中国史といえば平和な時代と激動の時代が交互にやってくる歴史ですが,子供心にワクワクするのはやっぱり激動の時代です(まあ民衆にとっては不幸な時代かもしれませんが).とりわけ後漢末から西晋に至る2世紀末から3世紀前半いわゆる三国時代は好きな時代です.

Img_5462 (写真1)関羽像

 三国時代の正史である三国志は西晋時代に陳寿によって著されましたが,世間にこの時代を認知させたのはより後の時代,明代の羅貫中によって書かれた「三国志演義(三国演義)」によるところが大です.三国志演義はすでに江戸時代には我が国でも広く知られるようになっていたようで,いつしか日本では三国時代の歴史=三国志演義という構図が出来上がってしまい,そのまま現代に至っています.

 今回上野の国立博物館で「三国志展」が開催されているという話は聞いていたんですが,ふと調べたら会期が9月16日までとなっていたので,慌てて出かけてきました(最後の3連休は混むに違いないと確信したため,その前日12日(金)の夜に行った).

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(左写真2)東京国立博物館,(右同3)三国志展があるのは奥の平成館

 当地から新幹線と上野東京ラインを乗り継いで上野駅の公園口から出ます.公園内を通って博物館の入り口に来ましたがチケット売り場にはほとんど人がいません.「おっ!これは空いているな」とほくそ笑んで中に入ろうとしたんですが,そばに「三国志展は混雑中です」の張り紙が… 入り口はこんなに空いているのに… と思いながら構内に入りました.そのまま三国志展が開催されている平成館へ,ここでチケットを見せていよいよ入館します.展示室のある2回に向かうエスカレーターはまあまあの人でした.

Img_5454 Img_5542 (左写真4)横山光輝三国志第1巻,(右同5)部屋一面で再現された孔明の矢狩り

 2階に上がりいよいよ見学開始です.今回の展示は日中文化交流協定締結40周年を記念して行われるもので,三国志を虚像と実像から迫ろうという趣向です.虚像の三国志といえば日本では横山光輝の「三国志」とNHK人形劇「三国志」が双璧です.今回はマンガの一部や川本喜八郎氏制作の人形が展示されていました.また虚像の三国志のハイライトである赤壁の戦いの前哨戦における孔明の”矢狩り”のイメージが部屋いっぱいで表現されていたのが興味深かったです.

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Img_5492(写真6~7)川本喜八郎氏製作の人形(左から曹操,劉備,孫権)

 一方で実像の方はというと,当時使用されていた印や食器の展示および今世紀に入って発見された曹操の墓”曹操高陵”の埋葬品の展示がされていました(曹操は遺言で自分の葬儀は質素にせよと命じていたとのことでしたが,実際に当時の権力者にしては質素だったらしいです).平日の夕方とはいえ,それなりの人出,ボリュームたっぷりの展示だったので3時間の滞在ながら最後の方は駆け足になってしまいました.

Img_5527 Img_5525Img_5691  (左写真8)お墓を照らす多層灯,(中同9)鏡台,(右同10)揺銭樹

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(左写真11)獅子像,(右同12)再現された曹操高陵

 そんなわけで久しぶりに三国志の世界を堪能いたしました(この展覧会は東京では終了,来月1日から福岡で開催されるとのことです).

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2019年9月13日 (金)

小田原医師会合唱団第11回定期演奏会

70515357_2478427192254631_76309982874991  合唱が趣味の自分,現在いくつかの合唱団に所属しているんですが,そのうちのひとつである小田原医師会合唱団の第11回定期演奏会が来る9月22日(日)に行われます.

 この合唱団は自分がちょうど当地に転勤してきたタイミングで結成された合唱団で(もっともこれは偶然で,自分自身は合唱団結成には関わっていない),縁あって最初の練習から参加させていただいております.合唱未経験というメンバーが大半で,当初は4声のアンサンブルをすること自体が困難な状況からのスタートだったんですが,指導して下さる先生方の忍耐強いご指導と,メンバーのひたむきな努力によってこの10年の間に驚くほど進歩したと感じます(自分だけが取り残された感じか? 笑).特に昨年は10回記念ということで,大田桜子先生の委嘱作品(金子みすゞの詩による混声合唱組曲「私を好きに」)を取り上げることができました.

 そして今年は11回目ということで,新境地を開拓すべく,なんと!アカペラの本格的な混声合唱組曲である石井歓作曲の「風紋」に挑戦します.他にもスタジオ・ジブリの作品や昭和歌謡,祈りの歌といった医師会合唱団らしいステージも盛りだくさんです.

70154089_2478427825587901_41004544892264  練習もいよいよ追い込みに入っているんですが,やっぱり風紋は難敵です.特にアカペラなので合唱団の実力がもろに発揮されてしまいます(笑).これは大変だということで,昨夜はテノールを中心とした有志による特訓が行われました.弱点の克服をメインテーマに掲げて練習しましたが,少しは解消されたかなぁ.

 そんな医師会合唱団のコンサート,お近くの方はぜひいらしてください(当日券はたくさんあると思いますし,メールでもご連絡いただければチケットの取り置きも致します).

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2019年9月 1日 (日)

9月になりました

Img021_20190901135301  早いもので今日から9月です.例年だと雌伏の8月から活動の9月へと劇的な変化を示す時期なんですが、今年は8月が意外に活動的だったためかあまりそういう感慨がありません(笑).今年9月の活動のメインは22日(日)に行われる小田原医師会合唱団第11回定期演奏会です.昨年は大田桜子さんの委嘱作品を取り上げたんですが,今年は没後10周年を迎えた小田原ゆかりの作曲家,石井歓さんの「風紋」をメインステージで演奏します.その他のステージは昭和歌謡やジブリ作品等も含めて,洋物が1曲もないという稀有なステージ構成となっています(自分が出演する本式のコンサートでは初ではないか 笑).

Isiikan  そしてその1週間後には,その石井歓さんの没後10年記念コンサートが行われます.このコンサートでは様々な団体や演奏家が登場して石井歓さんの作品を演奏するんですが,我々医師会合唱団もその一員として参加する趣向です.ここでは他の演奏家の方々の発表を聴くのが楽しみです.

 一方で9月といえば例年しながわ宿場まつりなんですが,今年は前述の石井歓さんの記念コンサートと日程がぶつかってしまったため残念ながら不参加です(泣).そんな2019年の9月の始まりです.

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2019年8月11日 (日)

夏のマドリガルコンサートに参加しました

 以前から予告していたように,8月10日(土)長野県軽井沢のショー記念礼拝堂で開催された夏のマドリガルコンサート(東京マドリガル会主催)に参加してきました.東京マドリガル会は1929年に故・黒澤敬一氏によって結成された英国マドリガルを専門に歌う団体です.私がこの会に参加するようになったのは2008年に現在の職場に赴任してからで,一昨年の春に亡くなられた高校の先輩Sさんのご紹介によるものでした.英国マドリガルを専門に歌っている団体は例がなく,ここに参加しなければ知ることのなかった曲がたくさんあります.近年は定期的なコンサートはありませんが,不定期にいろいろな所でコンサートを開催するようになっています.今回は縁あって軽井沢のショー記念礼拝堂でのコンサートとなりました.

 ショー記念礼拝堂は明治時代に英国国教会の宣教師として来日したアレクサンダー・クロフト・ショーが建てた教会です.ショーは東京の夏の暑さを避けるためにたまたま訪れた軽井沢を大いに気に入り,この地に別荘を建てました.これが軽井沢の別荘第1号で,以降軽井沢の地は避暑地として知られるようになり様々な著名人の別荘が建てられて現在に至っています.行ってみれば避暑地軽井沢の生みの親と言ってもいい人物です.

 そんな歴史がある方の建てた教会ですから,ここは軽井沢最古の教会でもあります.そんな教会でのコンサートということで大いに楽しみにしていたのでした.

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 この日の集合は10時30分,自宅から向かうとすると早朝出発を余儀なくされるので前泊することに.ただし軽井沢宿泊は先日の浅間山噴火があったものの非常に高価なのであきらめ(笑),麓の高崎に泊まりました.朝8時40分台の新幹線で軽井沢へ移動します.信越本線の碓氷峠越えの時代は40分以上かかっていた高崎-軽井沢間も新幹線だと15分程度,それこそあっという間です.この日は8月の三連休初日朝の下りということで自由席は通勤電車並みの混雑だったようです(我々は1か月前に指定席を取っていた).軽井沢駅に降りたつと涼しげな空気を感じます.さすが標高1000メートル!と感動です.大半のメンバーが同じ新幹線に乗ってきたため,駅からはタクシーに相乗りして教会へ.さすがに歴史ある教会,しかも日本の教会だけあって木造でとても良い雰囲気でした.会場に着くと教会の担当の方が出迎えてくださいました.ここで教会や注意事項の説明を受けます.特にこの教会はトイレの容量が極めて少ないということで,基本的に100メートル先にある公衆トイレを使用することになっているとのことでした.

Img_5187  その後練習,リハーサルと進み11時過ぎには準備終了,この後は本番まで自由時間となります.会員の中には外に食事に出た方もいましたが,我々はコンビニで購入したおにぎりで済ませて,その後は隣接しているショーハウス記念館(ショーが当時住んでいた別荘を移築したもの)を見学したりして時間を過ごしました.ここは旧軽井沢銀座の一番外れにあるので,少し行くと自然いっぱいの雰囲気がたのしめます.

Img_5186 Img_2173  午後1時20分頃から徐々にお客さんが集まってきます(チラシ以外にあまり宣伝をしていた自覚がなかったので,果たしてお客さんが来るのかちょっと不安もあった 笑).最終的には礼拝堂の椅子があらかた埋まるほどの盛況となりました.そして2時に開演,第1部のマドリガルに続き会員の方によるチェンバロの演奏が始まります.

 がその時,突然雨が降り出しました! しかも結構激しい (゜o゜)

 雨の音が教会に響き渡り、せっかくのチェンバロが聴こえません.仕方なくマイクを用意して仕切り直ししたんですが,今度は雨による湿度の上昇によってチェンバロの音が狂ってしまいました(泣).元々乾燥したヨーロッパで発達した楽器ですから,こんな高湿度の環境に置かれることは想定されていないのです(コンサートホールと違って高原の古い教会ですから空調はない).それでも調律をし直しているうちに雨脚が弱まり無事に演奏となりました.その後は短い休憩時間,まだ雨が降っているのでこの時間はお客さんにチェンバロ(主催の黒澤さんのお宅にあった楽器)を紹介する時間となりました。

Img_2168  休憩後は再びマドリガル数曲と英国のフォークソング,最後に日本の歌(「夏の思い出」と「故郷」)で終演,みなさん最後までご鑑賞くださいました.ありがとうございます(ちょうど休憩時間に雨が降っていたので,途中で抜けようにも抜けられなくなったためではと話していた 笑).

Img_5192 Img_2184  会場の片づけをして徒歩で旧軽井沢銀座を散策しながら,主催の黒澤さんお薦めのハンバーグレストラン・ガンボーさんで打ち上げ.美味しいサラダとハンバーグ,そしてお酒をいただきました.その後7時近くの新幹線で戻ります.20時に東京駅に降り立ったら,夜だというのにひどい暑さ… やっぱり軽井沢は避暑地だと改めて実感したのでした.

Wafu 写真はガンボーさんの和風ソースハンバーグ(お店のHPからいただきました).美味しかったです.

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2019年8月 5日 (月)

マリリン・モンロー

41uviktylol  今日8月5日はマリリンモンローの命日です(正確にいうと亡くなったのが確認された日).

 マリリンモンローは1950年代に活躍したアメリカの女優です.ちょっとおバカさんな金髪・セクシー美女というイメージを見事に演じて当時の男性のハートを鷲摑みにしました.日本でもその人気はすさまじく,1954年にMLBのスター選手だったジョー・ディマジオを結婚直後に新婚旅行で来日した際には,夫のディマジオよりも,モンローの方に多くの記者が殺到したとか,宿泊していた帝国ホテルに多くの人がやってきて,モンローがベランダから挨拶するまで帰らなかったなどのエピソードが残ります.

 彼女のそんなイメージを代表する作品が1955年公開の「七年目の浮気」です.妻と息子を避暑に送り出したさえない中年男性と夏の間上の階に間借りしてきた美女(マリリンモンロー)とのコメディーです.この映画でもっとも有名なのが地下鉄の風で彼女のスカートが捲れ上がるシーンです.DVDの表紙にもなっているほど有名な写真ですが,実は映画本編にこのカットは出てきません(映画で出てくるのは風でスカートの裾がひらひらするシーンと,マリリンモンローの上半身のカットのみ).これは当時のアメリカ映画にはヘイズ・コードと呼ばれる自主規制があり,道徳的に問題とされうる場面は上演が憚られたからです.

 そんなマリリンモンローですが,1956年の「バス停留所」からはセクシー女優イメージの脱却が図られていきますが,1961年の「荒馬と女」が最後の作品となってしまいました.彼女の死については自殺説,謀殺説等があり現在でも謎が多い状態です.

 自分の学生時代(仙台時代),誕生日のプレゼントに後輩からマリリン・モンローのタペストリーを貰った.部屋に飾っていたのを思い出します.

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