2020年6月24日 (水)

合唱練習再開ガイドライン

 気が付けば6月も下旬,今年も間もなく半分が終わろうとしています.

 思えば趣味のひとつである合唱練習が無くなって4か月がたちました.全国に出されていた緊急事態宣言も解除されたのが1か月前,その後東京アラートなんてのが出ていた時期もありましたが,社会活動に課されていた自粛要請も縮小され,先週末からは原則都道府県をまたぐ移動も制限はなくなりました.カラオケ店や夜のお店も再開され街には人々の姿が戻ってきているようです(東京を中心に最近でも数十人単位で感染者が判明していますが,ワクチンが開発されたわけでもないこの時期,自粛を解除してこの程度の感染者が出るのは想定内だろうと思います).

 が,合唱練習が再開される雰囲気にはなっていません.理由は合唱がいわゆる3密の全てに該当する活動であり,一歩間違うとクラスターを発生させる場になりうることをみんなが感じているからだろうと思います.今日NHKのローカルニュースで千葉県内の中学校の合唱部が外で傘を差しながらの練習を始めたみたいな話題が出ていましたが,こうまでしないと練習ができない世の中なのかと悲しくなりました.

 合唱部が活動再開 傘で感染対策

 一方で,東京都合唱連盟が昨日付で,「新型コロナウイルス感染症影響下での合唱練習再開ガイドライン」というのを発表していました.全国で感染者が最も多い東京都の連盟が出したというところがミソです(まあ,感染者が極端に少ない鳥取県や徳島県,あるいはいまだに感染者が出ていない岩手県なら普通に練習再開もありだと思うので).

 新型コロナウイルス感染症影響下での合唱練習再開ガイドライン

 その内容はというと,事前の検温や消毒の徹底,こまめな休憩や換気といった合唱以外でも推奨されることが中心で正直あまり目新しいものはありません.ただ,身体的距離の確保という項目があり,そこには「できれば2m,最低1mの確保」と書かれており,仮に一人一人の間を2m開けるとすると,40人の合唱練習でも単純計算で160㎡の会場が必要ということになります(その他懇親会は自粛,連絡事項はwebなど練習後の懇親会もセットで合唱練習と思っている人間には辛いことも書かれています 笑).

 なかなか先は遠いようです.

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2020年5月20日 (水)

ヘルムート・ヴィンシャーマン

 世界的なオーボエ奏者・指揮者,バッハ研究の第一人者であるヘルムート・ヴィンシャーマン氏が100歳でご健在であるとの情報がTwitter上に流れていました.

P5270137  ヴィンシャーマン氏は1920年3月22日にドイツのルール地方にあるミュールハイムに生まれ,エッセンとパリでオーボエを学び,以来様々な楽団でオーボエ奏者として活躍しました.1960年代にドイツ・バッハ・ゾリスデンを主催して指揮者としても活動を始め現在に至っています.何度も来日されており,縁あって盛岡で私の所属する合唱団とも何度も共演させていただきました(とりあえずバッハの四大宗教曲はすべてやった).巨匠ですが,とても懐の深い素晴らしい人格者です(手がゴールキーパーみたいに大きい).自分が最後にお見かけしたのは2012年に仙台萩ホールで,仙台宗教音楽合唱団のコンサート”ヘンデルのメサイア(モーツァルト編曲版)”の際,会場でだったと思います(関連記事 この時すでに92歳ですが,シャキッとしてお元気でした).

 今回ツイッターでご健在であることを知り嬉しかったです.

Olivia_dehavilland22  で,100歳といえば,1939年公開の映画「風と共に去りぬ」でメラニー役を演じた女優オリビア・デ・ハヴィランドが103歳でまだご存命だったと思います.2013年に96歳で亡くなった妹の女優ジョン・フォンテインとともに大正時代の東京に生まれ,姉妹でアカデミー主演女優賞を受賞した唯一の例でも知られています.たしかフランスに在住していたはずですが,現在のコロナ禍の中どうしているのでしょうか.

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2020年5月18日 (月)

合唱界の置かれた状況

 私の趣味というと,旅行歴史,そして音楽になります.現在のウイルス騒動の影響で,このうち旅行に関しては今は自粛をしています.今後ですが,海外旅行は当分無理そうですが,国内については,県境をまたぐ移動が緩和されるようなら,ぼちぼち先行きが見えてくるように思います.歴史についてはゆかりの地に行けないという問題はありますが,本や映像等で楽しむことは可能ですから,まあ良い方でしょう.

 さて,残るのは音楽関係です.オペラなどの鑑賞系は,新国立劇場は6月予定の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の中止も発表されたことから,結局3月以降今シーズンの全ての公演が中止になってしまいました.また6月予定の藤原歌劇団のセビリアの理髪師が中止,7月予定の東京二期会のサムソンとデリラは来年1月に延期が決まっています.というわけで思い返すと最後のオペラ鑑賞は2月11日の新国立のセビリアの理髪師,それ以外のコンサートだと2月23日の東北大混声60周年記念演奏会ということになります(それにしても東北大60周年は絶妙な時期の開催だったように思う.もしもあと1週間遅かったら中止になっていただろう).

Img027_20200530102301(写真)医師会合唱団昨年の定演から

 一方で合唱関係ですが,ウイルス騒動が本格化した2月末から3月上旬に政府関係からいわゆる「3密」を避けるようにという要請が出されました.で,考えてみると合唱練習というのは,屋内でみんなが寄り添いながら声を出す行為ですから,見事に3密に該当してしまいます.ハーモニーを作るためには周りの声をよく聴いて合わせる必要がありますから,人と人との間隔を2メートル空けて… なんてのは無理な話です.屋外でというのも近所迷惑になるのでできません.もちろん声を出さない合唱練習はそれ自体が矛盾した表現です(笑).

 そんなわけですから世の中の大人の合唱団では早いところでは2月中旬から,遅いところでも3月下旬には練習休止に追い込まれています.学校関係の合唱団(合唱部)は微妙に状況が異なると思いますが,やはり3月以降全国的に休校に追い込まれた頃からは部活動自体が難しくなっているものと思われます.とりわけ4月7日の政府の緊急事態宣言を受けて4月10日付で全日本合唱連盟理事長名で「当面の間、合唱団の練習を取り止めていただくようお願いいたします」という声明が出てからは事実上練習は不可能になっていると思います(大人の合唱団と違って中学・高校の学校合唱団はほぼ全日本合唱連盟に加盟しているため).5月中旬に入り,県によっては緊急事態宣言が解除されたところもありますが,今後連盟がどのタイミングで新たな声明を出すのか注目されます.

 そんな中,学校合唱部の大きなイベントのひとつである,NHK全国学校音楽コンクールが今年は中止されることが発表されました.すでにインターハイなど運動部系の大会の中止も発表されているため驚きはありませんが,大人のグループなら「来年があるさ」と言えますが,学校とくに最終学年の児童生徒にとっては学校クラブ活動の総決算ともいえる大会を失ってしまうわけですから,心中察するに余りあります.

 自分の体そのものを楽器にする合唱は,人が集まればどこでもできる… ハズだったんですが,まさかそれができない世の中が来るとは,改めて感染症の恐ろしさを知った今日この頃です.

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2020年5月12日 (火)

しながわ宿場まつり中止

 昨夜フェイスブック上に,毎年9月下旬に開催されているしながわ宿場まつりが,今年は中止になるという発表がされていました.

 

 私にとっては毎年秋恒例の扮装イベントです.パレードはありますが,それよりも江戸時代の人々に扮して,界隈を散策し当時の宿場の雰囲気を醸し出すというコンセプトが私にぴったりで,可能な限り参加しているお祭りです.昨年は医師会合唱団のイベントと被ったため不参加となっていましたが,今年は出たいと思っていただけに残念です.屋外パレードではありますが,たしかに着替え会場はは密だなぁ💦.今年は春の行事はもちろん,各地の夏祭りも軒並み中止,ついに秋のイベントまで中止の余波が広がってきています.

P9300544(写真)一昨年の様子(旅人に扮しました)

 かくしてまたひとつ,今年のイベントが消えてしまいました.残すは夏の日本寮歌祭ですが,まだ事務局からなにも来ていませんが,おそらくは無理だろうなと感じています.なにせあのイベント3密に加え,参加者がハイリスク者ばっかりですから.

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2020年5月11日 (月)

エアひの新選組まつり

 昨日の日曜日(2020年5月10日)は本来,第23回ひの新選組まつりパレードの日でした.しかし新型コロナウイルスの感染拡大の影響で3月25日に早々に中止が決定しました.その後4月に入り政府から緊急事態宣言が出され,世間もコロナ一色の空気になっていきました.GWもいわゆる"Stay Home”で終始し,気が付いたら5月第2週末,すなわち本来ひのパレが行われる(ハズ)の時期となっていました.

 ですが,このまま何もなく終わってしまうのは寂しすぎるのではないかということで,一部よりツイッター上で”エアひの新選組まつり”が盛り上がりました.この辺は少し前に会った”エアコミケ”の影響もあるのかもしれません.”エアひのパレ”の開催日となった5月9日&10日はたくさんの人たちが関連のツイートを流しタイムライン上を賑わせてくれました.自分もいくつか呟きましたが,一方でしょれに触発され,一年間放置されていた昨年のレポを一気に仕上げました.当初はエアひのパレが開催されているうちに完成させようともくろんでたんですが,若干伸びてしまい,結局一部完成してHP上にアップしたのが5月11日未明,完成したのが11日夜になりました.1日遅れですが,5月11日といえば土方歳三の命日ですから,これはこれで許されるんじゃないかと思っています.相変わらず自分中心,しかも1年経って記憶が薄れている中で仕上げたレポですので,分量の割には内容が薄いです.よろしければ見てやってくださいまし.

 第22回ひの新選組まつりレポ

22hino97  ひのパレレポは毎年お祭り後に作成していますが,年によってはお幅に遅れたり,いまだ未完な回があったりします.第9回から第22回までで参加した13回のうちレポが完成しているのは10回分,未完なのは第13回,第15回,第19回の3回です.これだけ未完なのは,この3回に思い入れが少ないからかと感じるかもしれませんがさにあらず.第13回は自分にとって頂点ともいえる回で,史上唯一の3部構成になるはずだった回です.第15回は松本良順,第19回は清河八郎とどちらも自分でやりたくて役を選び参加した回と思い入れはむしろ他の回以上と思います.にもかかわらずここだけ放置されているのは,この思い入れが仇になっているからかもしれません.来年のひのパレまでにこの3つ,何とか完成させたいと決意を新たにしたのでした.

 追記:5月11日は実はコンスタンティノープルの開都の日でもあり,自分にとっては二重の意味で感慨深い日です.

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2020年3月15日 (日)

インパールへの道

 太平洋戦争後半の1944年(昭和19年)3月に,日本が当時占領していたビルマ(現ミャンマー)からインド東部にあるイギリス軍の拠点インパールを占領しようと開始したのがインパール作戦(ウ号作戦)です.作戦構想自体は壮大なものでしたが,補給を無視した杜撰な作戦は大失敗に終わり,参加した3個師団の参戦兵力の半分以上が戦死戦病死する惨憺たる敗北に終わりました.このことから史上最悪の作戦と呼ばれ,インパールという名前そのものが杜撰な作戦の代名詞にもなっています.

 そんな作戦の地であるインパール,戦史好きの自分にとっても行けるものなら行ってみたい地です.しかし,ミャンマーとインドの国境地帯は民族紛争なんかがあって治安が悪く,少なくとも陸路で国境を越える旅は不可能だろうと思っていました.

 し,しかし

 なんと!陸路インパールを目指すツアーがあるらしいのです.

 陸路で行く ミャンマーからインパール、コヒマへの道11日間

 SNS上で出ていたんですが,これは風の旅行社という主としてペルーやモンゴル,ネパールといった山岳国への旅行を得意とする会社です.以前ペルーに行く時にここも候補に入れたことがあるので覚えています.まさか,こんな企画を立てていたとは…

 こんなご時世ですが,参加できるものなら参加したいなと思って日程を見ると…

 2020年3月6日出発

 もう出発日を過ぎています.はたして催行されたのだろうか… そうでなくても来年また企画されるなら参加したいなと思ったのでした.

 奇しくも今日3月15日はインパール作戦において,側面から同地を攻撃するために第15師団(祭兵団)と第31師団(烈兵団)が作戦行動を起こし,国境であるチンドウィン河を渡り始めた日です.

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 図はインパール作戦時の各師団作戦行動図に今回のツアーの日程を重ね合わせてみました(高木俊朗著 インパールより引用改変).当時の兵団がどうしてもたどり着けなかったインパールまで矢印が伸びでいるのが感動的です.

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2020年2月10日 (月)

第39回しばれフェスティバル参加記録②

 さて一夜明け2月1日となりました.いよいよしばれフェスティバルの朝です.外を見ると快晴の良いお天気でした.この日の予定は買い物をして現地入りするだけなのでゆったりスケジュールです.朝9時ごろに朝食会場へ,この日の朝食は和定食・洋定食の選択で私は和食を選びました.

 食事後支度をしてチェックアウト,そのまま近くにあるトヨタレンタカーで車を借ります.旅行の際現地でレンタカーを借りるのは定番になっていますが,いつもなら安い軽自動車利用ですが,今回は荷物をたくさん積めるようにトヨタのアイシスになりました(ハードケース2個,ソフトケース2個が余裕で入る).手続きをしてさっそく出発,まずは郊外のホームセンターに向かいます.ここで購入するのは炭,着火剤そしてマッチです.炭などは元々機内や航空便で送れないため現地で買うしかないからです.あとマッチは4年前にチャッカマンを用意したものの,寒すぎて使えなかったことの反省からです.炭は4年前は夜中から使い始めて3キロ使ったことから,もっと早い時間から使い始めることを想定して倍の6キロを用意しました.ホームセンターの後は隣にあったスーパーへ.今度は食材の調達です.アルミ製のちゃんこ鍋や肉,ワイン,焼酎などを購入しました.

Img_6001 Img_5997(左写真1)足寄の道の駅,(右同2)昼食の塩ラーメン

 買い物が済むといよいよ陸別に向けて出発です.帯広市内の雪はさほどではありませんでしたが,郊外に行くとそれなりに増えてきます.凍った川の風景にに北海道を感じました.久しぶりの雪道運転ということで慎重にハンドルを握ったのは言うまでもありません.途中足寄町の道の駅でお昼休憩,松山千春のふるさとということで関連の展示もありました(この日の昼食はあっさりとラーメン 笑).

Img_5993(写真3)松山千春等身大パネル(笑)

 休憩後はいよいよ陸別町に入ります.まずは4年前と同様道の駅で防寒具を着込みます(帯広はそんなに寒くないのと,完全防寒装備になると機動性が低下するため,なるべくギリギリで着込む方針).そしてしばれフェスティバル会場となるイベント広場へ.まずは一時駐車場で必要な荷物を下ろします.その後参加者用駐車場に車を移動させ,徒歩で会場に戻ってきます(これが意外に遠い💦).続いてはテントの設営の番,ポールを組み立ててテントに通しと,こちらは順調だったんですが,フライシートを掛ける段になって,ペグを打ち付けるハンマーがないことに気づきました(泣).やむなく隣のテントの人にお願いして貸していただきました(感謝).設営後,中にマットを敷いて寝袋等の荷物を運びこみます.一連の作業が終わった後,本部に行って受付を行いました.ゼッケン(今回は56番)と参加者証(ぶるぶるカード)を受け取り,翌朝の朝食券をもらいます(時間別になっているのだが,やはり早い時間が人気らしく,朝一の時間帯は無くなっていた).その後翌朝渡される認定証用の写真撮影を行って終了,本部を出てテントサイトに戻ります.

Img_6004 Img_6007(左写真4)凍った川、(右同5)道の駅りくべつ

 この段階で16時30分,開会式まで1時間半もあります.というわけで,さっそく火をおこすことにしました(実はホテルでお湯を沸かしてくるのを忘れたため).周囲を見るとすでに宴会を始めている人達もいます.コンロをセットして木炭と着火剤にマッチで火をつけます.しばらく扇いで火を大きくします.さあそろそろやかんをくべようかと思ったら係員がやってきました.

 「すいません、テントサイトは火気禁止なので向こう側に行ってもらえませんか」

Img_6008(写真6)テントサイトの様子

 どうやらここは火気使用禁止エリアだった模様… 「すいません💦」と慌てて場所を変えたのでした(周囲の人たちもみな引越しを始めていた).引っ越し後改めて火をおこし,お湯が沸いたのでさっそく飲酒開始! まずは焼酎のお湯割りです.4年前もそうだったんですが,気温氷点下の環境でお湯割りを飲むと,最初のひと口はお湯割りですが,数分すると水割りになってしまうのでした.

Img_6042 Img_6044(左写真7)我々の陣地,(右同8)お湯割りをいただきます

 そんなこんなしているうちに夕方6時,開会式の時間となりました.ステージ上に実行委員長を始め来賓の方々が次々に登壇していきます(ステージ上に臼が用意され,来賓者が一人一人餅を搗く).実行委員長さんのお言葉に続き,来賓の挨拶.今回は久しぶりに国政復帰した鈴木宗男さん(の秘書)も来ていました.4年前は挨拶を待っている間が寒かった記憶があるんですが,この日はこの時間でもマイナス7度程度なので問題なしです.

Img_6014 Img_6018(左写真9)開会式の始まりです,(右同10)しばれ君登場

Img_6029(写真11) 燃え盛る命の火

 あいさつの後はいよいよ命の火の点火式,当地のゆるキャラしばれ君が登場し点火を行います.着火と同時に巨大な炎が噴き出します(もちろんガソリンか何かを仕込んでいるのでしょう).歓声が上がり,第39回しばれフェスティバルいよいよ開幕です.

Img_6035 Img_6112(左写真12)よさこい,(右同13)しばれ湯😖

 この後ステー上では様々なイベントが行われます.地元の小学校児童による太鼓やよさこい,恒例となった北海道のアイドルグループ「フルーティー」のライブと続いていきます.我々もそうしたイベントを眺めながら会場を散策しました.地元の婦人会による各種屋台の他,他地域の商品を売っているブースもありました(千葉県東金市のブースでは落花生を売っていた).特設浴場であるしばれ湯😖は今年も営業していました(誰か利用者いたんだろうか).近年すっかり有名になったこのお祭り,お客さんもたくさん来ています.東南アジア系と思われるグループの方も見かけました(陸別のしばれを堪能して下さったでしょうか 笑).

Img_6038Img_6090 (左写真14)豚汁をいただきます!,(右同15)しばれ花火

 そうこうしているうちにステージ上でのイベントも終了し,お祭り1日目のクライマックスであるしばれ花火の時間となります.世間では花火というと夏の風物詩なんですが,ムチャクチャ空気の澄んでいる冬の陸別の花火はあざやかで素晴らしいです.もう終わるかなと思わせといで次々に打ちあがっていく様が素晴らしいものです.会場内の人たちみんなが寒空に打ちあがる花火を見とれていました.

Img_6110 Img_6125(左写真16)人間耐寒テスト開始,(右同17)鍋を作る

 花火大会が終了すると第1部はお終い,一般の方はここから続々帰宅の途に就きます(だいたい9時半ごろ).しか~し,我々チャレンジャー(このお祭りではイベント後残って朝まで過ごす参加者をチャレンジャーと呼ぶ)にとってはここからが本番です.明朝7時のラジオ体操までの9時間半如何にして過ごすかが問われるわけです.この時間帯でまだ気温はマイナス8度,しばれ度は緩いです.ちょっとおなかも空いたので昼にスーパーで購入した鍋と肉をいただくことにしました.まずは鍋から鶏肉と野菜の組み合わせでした(出汁は薄い醤油味),いっしょにいただくのは先ほど手を付けた焼酎に加えて,地元のロゼワインも投入しました.

 食事をして温まっていたら場内放送が

「只今から11時開始のタオル早回し選手権の受付を行います.参加希望の方はステージまでお集まりください」

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(写真18)タオル早回し選手権の受付

 タオル早回し選手権はしばれフェスティバルの名物競技,同時間帯に行われるカラオケ大会とともに,チャレンジャー向けの深夜イベントです.4年前はカラオケ大会の方に行ったため今回はぜひともこちらに参加したいと思っていたので,さっそくステージに向かいました(先着100名まで).参加整理券と乾いたタオルを貰ってしばし待機,11時になっていよいよ競技開始となります.これは水にぬらして絞ったタオルを振り回し,一番最初に凍ってタオルが立った(上向きにして倒れない状態にする)人が勝ちという競技です.100人が10組に分かれて予選を行い,勝ち抜けた10人で決勝を戦うというルールになっています.予選は整理券の順番に振り分けられるのですが,私は1組目,Kは2組目になりました.

 さあいよいよ予選第1組の開始,10人が所定の位置(というか上がった順に適当なので,自分はセンターポジションになった 笑)につき,目の前のバケツ(?)にタオルを浸してよく絞ります.司会者の「はじめ!」の合図とともに一斉にタオルを振り回します.「こんなの数回回せば凍るんだろう」,と思ってたんですが,この時の気温はマイナス8℃,一生懸命回してもなかなか凍りません.悪戦苦闘しているうちに他の人が凍らせたらしくそこで勝負あり,あえなく予選敗退となってしまいました(第2組のKも予選敗退 泣).

Img_6122 Img_6105(左写真19)競技開始!,(右同20)こういう風に立てばOK

 選手権が終わり再び陣地に戻る我々です.ここからは朝まで耐える時間,さすがに12時過ぎる頃にはマイナス10℃の大台に乗りました.ワインや焼酎をちびちびやりながら時間を過ごします.時々周囲を散策しましたが,4年前と違い命の火周囲にあまり人がいません(そんなに寒くないからでしょう).それより今年は会場の一角にオールナイト営業しているラーメンコーナーがあったのが凄いなと思いました.おなかが空かなかったので利用することはなかったんですが,次があれば食べてみたいです(事前に知っていたら食べ物をセーブした 笑).

Img_6129 Img_6128(左写真21)真夜中の命の火,(右同22)オールナイトのラーメンコーナー

 その後2時頃になってそろそろ寝ようかとなりテントにもぐりこみました.4年前に購入した冬用シュラフの初陣です(4年前は結局貫徹したため使わなかった).どうかなと思いましたがさすが冬用,結構温かかったです(顔面のみ寒い感じ).

 眠ったのかどうかよくわからにうちに夜が明け,朝6時半過ぎに活動再開,ステージの表示を見るとマイナス15℃,どうやらこれがこの朝の最低気温だったようです.7時にチャレンジャーが集合してラジオ体操,認定証授与と進んでいきます.4年前は寒さのあまりラジオ体操の放送が途切れがちだったんですが、この日はそんなことはありませんでした.ある程度眠れたし,疲労感は4年前とは比較にならないほど少なかったと感じました.

Img_6134(写真23)朝のラジオ体操

 認定証を貰った後は送迎バスに乗って朝食会場の町役場へ,今年もビュッフェスタイルでした(メニューも大体4年前とおんなじと思う,カレーもあったし).その後はバスで会場に戻り,テントやコンロ等の片づけを済ませます.そうこうしているうちにお祭り2日目の始まりとなり,徐々に一般のお客さんが集まっていました.同じころ我々は会場を後にしたのでした.

Img_6131 Img_6132 (左写真24)燃え尽きた命の火,(右同25)朝食会場

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2020年2月 9日 (日)

第39回しばれフェスティバル参加記録①

 以前から予告していた通り,2月1日~2日にわたって行われた,第39回しばれフェスティバルに参加してきました.

 日本国内で一番冬の厳しい北海道の中でも,さらに寒さの厳しい道東の陸別町で毎年2月初旬に行われている,寒さを売りにした(笑)イベントです.4年前の2016年に一度参加したことがありました(参加記録).この時は朝の最低気温が会場内でマイナス26℃,外の川辺でマイナス29℃に達する極寒で,明け方以降は寒さのあまり意識がもうろうとする中で,会場中央の焚火(命の火)のそばで震えながら貫徹しました.終わった際には,「も,もういいかな…」という感じでしたが,のど元過ぎればなんとやら,4年歳月が過ぎた結果「また参加しようかな」と気持ちが変化してきました.とはいえこのイベント,全国から参加者が集まるなど結構人気があり,”参加したい≠参加できる”のもポイントです.参加者募集は12月の半ばに行われ,その後の抽選を経て幸いにも当選,年明けから少しずつ準備をしてきました.

 しかし,今年の北海道は例年にない暖冬ということで,しばれフェスティバル名物のバルーンマンションの製作が遅々として進まず,1月半ばに実行委員会から今年は定員分を確保するのが困難であり,大多数の参加者にはテント泊をお願いしたい旨の連絡がありました(ダメならキャンセルも可と).参加するからにはバルーンマンションに泊まりたいのは人情ですが,暖冬という自然現象には逆らえないので,テントでも可と返信したのはいうまでもありません(その後実行委員会準備テントではなく,持ち込みテントも可といことで,持ち込みにした).

 その後1月下旬に最終案内が到着,4年前と同様の注意事項が書かれてありました(酔って外で寝ると本当に死にます!のフレーズもあった).一方で同封された会場案内図を見ると,4年前とは結構配置が違っています(前回露店が並んでいた部分が宿泊地になっていた).準備の方も進み,新しいヒートテックの下着類を購入しました(アウター等やマット,寝袋類は4年前に購入してあるのをそのまま流用).前回は海外旅行用のスーツケース2個でキツキツだったという反省を生かして,今回はハードケース2個に加え,ソフトケース2個と併せて4個体制を採用,さらに子の量だと飛行機に持ち込む際に追加料金がかかるのが必須ということもあって,この4個のケースはすべて家から最初のホテルまで宅配で送ってしまうことにしました.

P2130003 P2140008(左写真1)参加の案内,(右同2)例年の注意事項が…

 そんな準備を経て,1月31日(金)いよいよ出発の日です.この日は午後半日休を取ったので午前中のみ仕事して午後から出発となります.大きな荷物はすべて送ってあるので貴重品類とバックパックのみで羽田空港に向かいます.横浜駅での乗り換えもスムーズにいき、予定より早く空港に到着,預け荷物もないためセキュリティを抜けてゲート前でビールを飲む余裕がありました(笑).この日搭乗するのは帯広空港行きの便,4年前と同じパターンです.定刻をやや遅れて17時10分頃に飛行機は動き始めそのまま離陸,北に向かって一直線に飛んでいきます.途中やや気流の悪いところはあったものの,無事に帯広空港に到着しました.

 飛行機から降りると,キンとした冷たさを感じます.「これ,これだよ.これが北国の冬だよ」と妙に嬉しい気分になるのが北国生まれの特性です(笑).今回は預け荷物もないのでそのまま到着ロビーに出て,市内行きのバスに乗り込みます.帯広空港から市内へのバスは駅にまっすぐ行く便と市内ホテルにちょこちょこ寄る便と2系統あるんですが,今回は宿泊ホテルが駅の目の前なので駅便を選択しました.

 乗客が揃ったところで出発,市内に向かいます.周辺の雪の量はまあまあでした(4年前と同じくらいか?).40分ほどで駅に到着,ホテルに入るとフロント付近に自分が送ったスーツケース4個が並んでいました.そのままチェックインして荷物を受け取りました(それにしてもフロント人はこんなに荷物を別送するなんて何者だろう?と思ったのではないか 笑).

 部屋に入って一休みして,さっそく夕食に出かけます.せっかく北海道に来たのと,明日のしばれフェスティバルに向けて英気を養う目的で,この日は十勝ジンギスカンのお店に入ました.注文するのはもちろんラム肉&ワイン🍷です.軟らかいし臭みもなくいいお肉でした(もやし類はあらかじめ敷かれて出てくるんですが,本格的な感じ).おなか一杯になりました.

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(左写真3)ジンギスカン,(右同4)この日いただいたのは代表的な十勝ワイントカップです

 食事後はホテルに戻り,明日に向けて荷物の詰め替えなどをした後,ホテル併設の大浴場に浸かったのでした(これも気持ちよかった).

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2019年12月17日 (火)

第39回しばれフェスティバルに参加します!

 12月も半ばを過ぎ,寒い日が多くなってきました.とはいえ関東の寒さですから氷点下まで下がっているわけではなく,せいぜいプラス一桁程度の寒さではあります.

Shibare30(写真)2016年のしばれフェスティバルの命の火

 一方でこちらとは比較にならないほど寒い北海道,その中でもとりわけ寒くて,逆に寒さで町おこしをしているのが内陸東部にある陸別町です.この町では毎年2月の第1週末にしばれフェスティバルというお祭りをやっており(今年で39回を数える伝統ある祭り),その中でも目玉プログラムとなっているのが人間耐寒テストです.これは最寒期にはマイナス30℃近くにまで達する当地の夜を屋外で体験してもらうという企画です.こうした極限系のイベントが好きな自分の琴線を大いにくすぐる企画で,2016年の第36回に参加しました(参加記録).この時は朝の最低気温が会場で-26℃になるまさにしばれる朝だったので,終わった時は「まあ、もういいかな…」と思いました.しかし,のど元過ぎて記憶がセピア色になってくると(笑),「また参加してみたいな」となってきたわけです.ただこの1月末から2月初めは近年海外に出かけることも多く(2018年南部アフリカ,2019年ザルツブルク)なかなか機会が巡ってきませんでした.しかし,2020年は特に外に出る予定がないことから,参加を申し込むことにしました.ただこの人間耐寒テスト,近年はかなり有名になってきており,参加希望者が多いということで,抽選に通らないと参加できません.公式ツイッターでは,申し込み2日目にはすでに定員を超える申し込みがあった的なツィートもあり,一体どうなることやらと思っていました.

 で,今日実行委員会からメールが来ました.結果は…

 当選 \(^o^)/

 これで晴れて参加できることになりました.3年前に参加した際はバッチリ防寒で臨んだつもりだったんですが,足先の冷えに悩まされるとう反省があったので(それ以外はほぼ大丈夫),今回はそちら対策もしっかり準備したいと思います(2020年最初のビッグイベントになりそう).

 

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2019年12月10日 (火)

東北大学混声合唱団第60回定期演奏会

 12月8日日曜日は,自分の人生に決定的な影響を与えた存在(大げさ 笑)である東北大学混声合唱団の第60回定期演奏会を聴きに行くため仙台に行ってきました.ちなみに自分が在籍していたのが第25回から第28回までなので,30年以上経過していることになります(そりゃ歳をとるわけだ).

Img_5867(写真1)大晴れの仙台駅

 朝家を出て東海道新幹線と東北新幹線を乗り継いで北に向かいます.仙台に着いたのはお昼ちょい過ぎの12時16分,この週末は寒いと言われていたのでどんな感じだろうと恐れていましたが(笑),この日の仙台は快晴の良いお天気で日向に出れば気持ちのいい気候でした.

 駅からは地下鉄東西線で演奏会場(萩ホール)最寄の国際センター駅に向かいます.定演は15時からですが,その前に自分の同期の仲間とお茶会をすることになっていたからです.駅の2階にあるカフェがその会場,フロアの一角を借り切って場所を設定します.13時前後からぼちぼちと仲間が集合してきます.メンバーの中には今もちょくちょく会っているメンツもいますが,大半は20年以上会っていませんでしたが,みな当時の面影(笑)があって,すぐに名前が一致したのは我ながら偉いです(女子は苗字が替わっている人が多いのでその辺は置いとく).いろいろ当時の話や近況などに花が咲きました(さすがにコンサート鑑賞前なのでアルコールはご遠慮).

79228408_1535555806612268_72950221471922 Kawakine(左写真2)会場に向かう一行,(右同3)萩ホール(10年前の夏に撮影したもの)

 14時30分頃にカフェを出て徒歩で演奏会場へ.ここはかつて川内記念講堂と呼ばれていたホールなんですが,大学100周年を機に改装され萩ホールという名前になりました(内装は変わったが外観は基本同じ).真面目に同窓会費を払っている自分には招待状が届いているので,それで入場します.一同2階席に向かいます(大体OBOGは2階席に集結する傾向がある 笑).行ってみると案の定,見知った顔がチラホラいました.

Img_5869 (写真4)ステージ上には団旗が掲げられます

 やがて15時に開演します.今年は3ステ構成,1ステは尾形敏幸さん作曲の混声合唱組曲「春のために」,2ステが全部笑いのコーラスと題したオムニバスステージ(団員がオレンジ,黄緑,青のTシャツでモザイク状に並んでいて,色覚検査のようだと思ったのはナイショ 笑),そしてメインの3ステが常任指揮者の佐々木正利先生指揮のラインベルガーのカントゥス・ミサでした.

 全体の感想,素晴らしかったです.学生合唱団らしい若さとパワーがある一方で,きちんと表現する技術もある.自分が現役だった頃は情熱だけは強烈にあったものの,イマイチ実力的には… という感じだったんですが,今は実力も伴っています.30年の積み重ねってこういうところにあるのかなと思いました(特に3ステのカントゥス・ミサなんてアカペラの二重合唱と難度最強なんですが).後輩たちの演奏に拍手です.

1575890063412 (写真5)酔っぱらいたちのワンショット

 終演後は引き続き同期との宴会です.お昼のお茶会には来られなかったメンバーも加わり総勢14名の参加でした(たしか).お酒が入ってさらに楽しいひと時となったことは言うまでもありません.最後はこの時期の仙台名物の光のページェントを散策して解散,いやぁ~本当に楽しかった.

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