2026年3月16日 (月)

 3月になって急に雨が降ってすぐに晴れたりといった天気が多い当地です。今日は仕事帰りにガソリンを入れに近くのスタンドに寄ったのですが、ふと東の方角を見ると見事な虹がかかっていました。

Img_7641  そういえばちょっと前ににわか雨が降っていてなと思い出しました。

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2026年3月13日 (金)

告別式

 今日は市内の教会で当地のドイツ系住民の方のお葬式があり、聖歌隊で歌うために参加してきました。会場の教会はウィントフックのランドマークとして知られた教会(当地ではChristusKircheと呼ばれ、日本のガイドブックではドイツ教会という表記が一般的)で、その歴史は19世紀に遡り、ドイツ帝国最後の皇帝となったヴィルヘルム2世の支援で建てられたともいわれます。

 ここのイベントに参加するのは通算3回目になりますが、今回初めて2回の聖歌隊席ではなく1回の祭壇脇で歌うスタイルでした。曲の音取り自体は易しいのですが、すべてドイツ語なのと最近は老眼が入ってきているため、なかなか大変なのでした。

F2 F3  式は牧師のお話や友人の方のスピーチ、故人が趣味だったトランペットの演奏など厳かな雰囲気の中進みました。興味深かったのは、会場で故人の一生の歩みをまとめたカラーのパンフレットが配られていたこと。日本では結婚式などでこういうものを作ることが多いですが、確かに人生の締めくくりである葬儀の際の配布というのも、友人等の思い出に残るものとして有意義ではないかと思いました(生前から準備しているのか、死後家族や友人が作るのかは不明)。

F1_20260315143801 (写真)楽譜とパンフレット

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2026年3月11日 (水)

3月11日

Img_7632  今日3月11日は15年前に東日本大震災が起こった日です。あの日から15年になります。

 15年前の2011年3月11日は金曜日でした.朝から良いお天気で,当時の勤務地ではあの日院長も副院長も出張で不在、自分も外来がない日だったので、午前中からお昼にかけては、なんとなくのんびりとした気だるい週末の雰囲気が漂っていた記憶があります.

 そんなのんびりムードの昼下がり,2時46分に突然大きな揺れを自覚しました。日本に住んでいれば地震は日常茶飯事です。ちょっと揺れが大きいなとは感じましたが、すぐに収まるだろうと思いじっとしていました。しかし揺れは収まらずむしろ強くなってきたために、これはただ事ではないと感じ、他のドクターと手分けをして病棟に異常がないか確認しに走りました。問題がないことを確認してから医局に戻りテレビを着けたところ、東北の太平洋側を中心とした大きな地震が発生したことを知りました(テロップで仙台市が震度6強と表示されていて青ざめたのを覚えている)。

 その後の展開は当時関東地方在住だった人なら理解できると思いますが、津波被害に加えて原子力発電所の事故も重なったことから、人々の不安感が高まり、スーパーから即席めんなどの保存食やミネラルウォーターが次々と消えました。ネット上ではデマ情報が拡散し振り回される人も大勢現れました(この震災は情報通信革命が起こってから初めての広域震災のため、ネット上では玉石混交のたくさんの情報が飛び交い、混乱に拍車をかけた)。不安感が社会を包んだためか、過度な自粛ムードが広がり、様々なイベントが自粛の名のもとに中止されました(ちょうど花見シーズンを向かえるところでしたが、そうしたイベントを行うことが許されない雰囲気があった)。

 今振り返ると、あそこまで自粛しなければならない理由はなかったのではないかと感じるのですが、やっぱり日本人は空気に支配されやすい国民性なんだなと痛感しました。それにしても,当時買い占められた即席めんや水はちゃんと消費されたのか心配になります。

 大震災はいつやってくるかわからない。それに備えるために普段から準備することは重要です。一方で15年前のように震災の直接的な被災者にならなかった者がどのような行動をとるべきなのかも浮き彫りになりました。そのあたりをしっかりと啓蒙していくことが、いつかやってくるだろう次の大震災での被害を最小限に食い止めることにつながる、そんなことを考えた2026年3月11日でした。

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2026年3月 7日 (土)

ホーリー祭り

 今日は市内の某所でインドのホーリー祭が行われ、縁あって参加する機会を得ました。

Img_7605 Img_7613  ホーリー祭はインドやネパールで行われているヒンズー教のお祭りで、豊作祈願のためあるいは悪魔払いのためとのいわれています。赤、黄色、緑の粉を誰彼構わず塗り付ける、かなりにぎやかな祭りです。インド歴のファルグナ月(グレゴリオ暦では2~3月)の満月に行われ、2026年は3月4日がその日にあたるようですが、当地では人々が集まりやすいようにその前後の週末に企画されたとのことです。

 インド本国では2日間にわたって行われ、その激しさ(乱痴気ぶり)から逮捕者も出るそうですが、当地では特にそうした事件はなく(笑)、にぎやかに楽しむことができました(大人は当然お酒が入るし)。

Img_7627 ちなみに私ですが、眉がすっかり赤くなり古代中国の「赤眉の乱」みたいになったのでした。

 

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2026年3月 1日 (日)

3月になりました

 気が付けば今日から3月です。日本ならば春の訪れといったところですが、南半球の当地はこれから秋に向かっていくことになります。例年1、2月はまとまった雨が降り、曇りの時間が多いウィントフックも、先週ごろからは朝から快晴というパターンが多くなっており、着実に雨季から乾季への切り替わりを感じます。

 今年の3月から4月は職場のメンバーの入れ替わりや各種イベントなどいろいろあるので忙しいことになりそうです。

Img_6213 注:写真はイメージです。

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2026年2月18日 (水)

当地の防蚊スプレー

 今日は当地のドラッグストアで防蚊スプレーを購入しに行ってきました。

 ナミビアは国土の大半が砂漠で、基本的には非常に乾燥している国です。ですから蚊や蠅などの有害昆虫が少なく、こうした虫に媒介される感染症(マラリアやデング熱など)も少ないというありがたい土地柄です。ただ、雨季にはある程度まとまった雨が降ることと、近年の異常気象の影響もあって降水量も増えており、北部を中心とした地域では蚊の発生もそれなりにみられるようになってきました。そうした地域に出かけることがあるのと、首都でも蚊が増えている現状から、防蚊スプレーを購入しようとなったものです。

Img_7503  日本ではKINCHOやアース製薬のものが有名ですが、残念ながら当地にはないため、南アフリカ製の同様成分のものを購入しました。人体にかけて虫よけに使うもの(主成分はDEET)、部屋にプッシュするものがあるのは日本と同じです。

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2026年2月 3日 (火)

2026年節分

 今日2月3日は節分です。二十四節気の一つである立春の前日という節目の日ということでその名があります。なので本当なら立春以外の立夏、立秋、立冬の前日も全て節分なんですが、世間で言う節分はもっぱら立春前日のものを指しています。

 節分といえば豆まきが有名ですが、これは季節の変わり目には邪気(鬼)が生じるため、これを退治する目的で行われるものとされています(「鬼は外、福は内」など)。今でも各地の神社やお寺などで節分には豆を撒く習慣があります。現実社会でも立春前の時期は1年で最も寒く、インフルエンザなどの感染症が流行する時期なので、この「邪気を払う」というのは理にかなっていると言えます。

 日本とは四季が逆になる南半球では、この日は立秋の節分となるわけですが、当地の保健省からマラリア流行のメディアリリースが出ました。ナミビアは基本乾燥した国なので、周辺諸国に比べるとマラリアは少ないと言われるのですが、雨季にあたるこの時期は特に北部地方で蚊(ハマダラカ)が発生するためそれなりに流行します。以前は年間1~2万人とされていましたが、昨年は雨季の雨が多かった影響からか、5万人以上の患者が発生しました。ただ今回の発表によると2026年第1週から第4週までの間の症例数が8760人と昨年同期(5229人)の1.7倍に増加しています。首都ウィントフックでの発生は稀なので身近に感じることは少ないのですが、注意が必要です(たしかに最近は蚊が多くなったと感じる)。

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2026年1月26日 (月)

新しいAEDが届きました

 先日職場に新しいAEDが届きました。ただバッテリーは入っていません。なぜかというと、バッテリー(リチウム電池)は発火の恐れがあるため飛行機に預けることができないからです。人間が手荷物として持っていくが当地で購入するしかありません。

Img_7478  と言うことで当地の代理店に注文していたものが届きました。

 さっそく装着します。装着すると「テストを行います」とのアナウンスが流れて確認開始、数分で一通り終了です。あとは所定の場所に設置しておきます。これが使われずに使用期限切れになるのが最もありがたい展開ですが、そう願ってやみません。

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2026年1月20日 (火)

はじけるキャンディ

 先日近所のスーパーで買い物をしていたら興味深い商品を見つけました。

Img_1384 挿絵の雰囲気からどんな商品か想像がつきます。口に含むとパチパチとはじけるタイプのキャンディーです。元は1970年頃にアメリカで登場したポップキャンディーで、70年代末に日本でもドンパッチ、テレパッチなどの商品名で発売され大人気となったものです。2000年代以降は人気が下火になりあまり見かける機会が減ってしまいましたが、駄菓子屋などでは今でも名前を変えて販売しているそうです。

 今回見かけた商品はSTRIKINGという商品名で南アフリカ製のようで、コーラ味とビタミンC味(?)がありました。面白そうなので買って食べてみましたが、はじけたキャンディーでむせそうになり、高齢者は誤嚥の恐れがあるんじゃないかと思いました。

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2026年1月14日 (水)

記念イヤー

 2026年になって10日以上が過ぎましたが、恒例の今年は何の年?です。

① 昭和100年(1926年) 日本の歴代元号の中で最長だったのが昭和です。前時代の大正デモクラシーの風潮で、最初の数年こそ平和な時代に見えたものの、不況と政党政治の腐敗によって軍を中心とした国家改造を目指す勢力が伸張しやがて全体主義体制となり第二次世界大戦に至ります。戦後は冷戦時代の中で経済復興、高度経済成長が進み国民生活は豊かになったものの、公害など新たな問題が生じます。そして戦後の国際関係の象徴だった冷戦が終結していく過程で時代は平成へと変わります。

② ガリバー旅行記初版300年(1726年) 誰でもその名を聞いたことがあるであろう小説、ガリヴァー旅行記が出版されたのが今から300年前の1726年です。著者はアイルランドのジョナサン・スウィフトで、発売以来大人気となりました。作中に江戸時代の日本が登場することでも知られています。

③ サン・ピエトロ寺院献納式400年(1626年) カトリックの総本山として知られるバチカンのサン・ピエトロ寺院、その建立は4世紀のローマ皇帝コンスタンティヌス1世に遡ります。当時は聖ペトロの墓所を守るための聖堂で、ローマ教皇座がある場所ではなかったそうです。14世紀のアビニョン捕囚後に教皇座となったものの、老朽化が激しかったことから15世紀末から新聖堂の建造が始まり、1626年に完成したのが今の聖堂になります。

④ ムガール帝国建国500年(1526年) 近世のインド史に残る重要な国家であるムガール帝国がバーブルによって建国されたのが今から500年前のことです。その後16世紀後半の皇帝アクバルの時代に政治体制が確立します。現代に至るまでインドというのは多様性の塊のような国ですが、アクバルはイスラム教やヒンズー教など様々な利害関係者を上手にまとめ上げて国の運営に当たりました。しかしその後皇帝アウラングゼーブの時代になるとイスラム教への偏重が強くなり国内が不安定化していくことになります。

⑤ 嘉暦の騒動700年(1326年) 鎌倉時代末期は北条得宗家の家督を巡る争いが頻発していましたが、そうした事件のひとつで得宗家の内管領の長崎氏と外戚である安達氏との争いです。

⑥ 西夏滅亡800年(1226年) 10~13世紀の東アジアは漢民族の宋を中心としながらも、周辺諸民族国家が強勢となって宋を圧迫する時代でした。特に女真族の金、契丹族の遼が有名ですが、北西部に位置していたタングート族の西夏も強力な国でした。11世紀に建国すると当初は遼と組み宋を圧迫、後に金が勃興するとこれと同盟して遼を滅ぼし、さらには金によって北宋が滅ぼされると自らの領土を広げるなど、動乱の時代をうまく泳ぎます。しかし13世紀にモンゴルが隆盛になり金が滅ぼされるともはや対抗するすべはなく、1226年に滅亡の憂き目に遭うのでした。

⑦ 北宋滅亡900年(1126年) 10世紀に趙匡胤によって建国された宋は、前時代が地方に藩鎮と呼ばれる軍閥が割拠する状態で国がまとまらなかった反省から、中央集権化、文官優遇の政策を取りました。これは国内統治にはうまくいきましたが、対外的には消極的にならざるを得なく、遼、西夏、金といった周辺国に圧迫されることになります。そして1126年に皇帝欽宗と太上皇徽宗が金に捕らわれると事件(靖康の変)が起こり北宋は滅亡します。

⑧ 渤海国滅亡1100年(926年) 東アジアネタが続きます。今の朝鮮半島北部から中国東北部、ロシア沿海州の一部に勢力を持っていた渤海という国がありました。中央の唐王朝から独立した動きをしていたそれなりに有力な国でしたが、10世紀に入ると弱体化し、当時建国間もない新興国だった遼の耶律阿保機によって攻め滅ぼされてしまいました。

⑨ 聖像破壊運動の始まり1300年(726年) キリスト教は元々ユダヤ教をベースにしていたこともあり、偶像崇拝は禁止されていました。しかし中世初期には布教の都合もあり、イコンと呼ばれる聖画が盛んに利用されました。しかし7世紀に東ローマ帝国がイスラム勢力の侵攻で大幅に領土を失うと、皇帝レオーン3世は偶像崇拝のために神の加護を失った結果であると考え、国中のイコンの破壊を命じました。これが聖像破壊運動で後に西のローマ教会をも巻き込んで、最終的に東西教会の分裂を引き起こすことになります。

⑩ 唐の太宗即位1400年(626年) 7~9世紀にかけて東アジアの中心として周辺諸国に影響を与えた国が唐です。その政治体制を固めたのが第2代皇帝の太宗で、その政治を貞観の治と呼んでいます。

⑪ パルティア滅亡1800年(226年) 紀元前後からローマ(当初共和政、後に帝政)が発展すると、それと西に国境を接するようになったのがパルティア王国です。ゾロアスター教を信仰するイラン系の強力な国で、紀元前1世紀から3世紀にかけてメソポタミアやシリア、アルメニアなどを巡ってローマと何度も戦っています。戦いそのものはパルティア優勢で推移するものの、相次ぐ戦争で国の土台が揺らぎ、ついには新興国ササーン朝ペルシャによって滅ぼされてしまうのでした。

 ざっとこんな出来事が出てきました。建国や国の滅亡など歴史の節目といえる事件が多い印象ですが、自分的な一番はやっぱり昭和100年でしょうか。

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