2017年6月 1日 (木)

6月になりました

 みなさんこんにちは,気が付いたら6月になっていました.

 5月はGW後のひのパレがあって,それ以降は日常業務に追い回される生活となっていました(このため5月後半の記事がほとんどない 泣).そうこうしているうちに6月に突入したわけです.

 6月はまず最初の週末に所属している医師会合唱団の合宿があり,中旬の14日には恒例の能代寮歌イベントが,後半の23日(金)には東京21合唱団のコンサートがあるなど趣味方面のイベントが目白押しです.これに学会や出張も加わるので,今月の移動距離は果たしてどれほどになるのやら… と想像しているのでした.

 そんな6月の直前,5月の末はウチのKの誕生日祝いということで横浜ベイシェラトンの28階のレストランでバースデーディナーと洒落こんできました(笑).

 この日のメニューは”港”というコース,アミューズ・前菜から始まってお魚,お肉と進んでいきます.ワインはブルゴーニュの赤ワインをいただきました.

Dsc_1557_2 (写真1) アミューズ,真ん中のがグ〇コカプリコみたいな感じでよかった

Dsc_1559_2 (写真2) 前菜「魚介と野菜のテリーヌキャビア添えサフラン風味のムースリーヌソース

Dsc_1561_2(写真3) 冷製スープ「雲丹のババロアとホワイトアスパラのクリーム」

Dsc_0278_2 (写真4) メインお魚「カマスのロールとスカンピのポワレ」

Dsc_1566_2 (写真5) メインの肉「黒毛和牛サーロインのコンフィ」

 途中にはもちろんパンも出てきます.これがまた美味しいんですが,調子に乗って食べているとメインの料理が入らなくなってしまう危険性があるのでセーブしながらいただきました.

Dsc_0275_2  せっかくなので記念撮影も (^.^).普段は寿司など和食メインが多いので,本格的なフレンチは久しぶりでした.

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2017年5月19日 (金)

日常に戻って

 さて,GW~ひのパレという毎年の流れが一段落し,普通の日常が戻ってきました.自分的には今月はもう大きなイベントはありません(来月になれば能代寮歌や合唱団のコンサート,さらには学会など立て続けに入ってくるが).

 というわけでこれから先は通常業務がメインになってくるわけですが,気が付いたら11月に行われる学会の演題登録の締め切りが来週に迫っていました💦.ネタは用意できているのであとはそれを抄録にまとめるだけなんですが,この週末に一気にやりたいと思います.

 そんな週末の金曜日は隣県の沼津市に泊まり込みの出張で来ています.夕食も出るんですが,いつも健康的な(笑)食事だけだと飽きるので,駅前のモスに入りました.

Dsc_1546  注文したのは定番のモスチーズバーガー(とクラムチャウダー).他にも興味のあるメニューはあるんですが,吉野家に入ると牛丼を注文するのと同じで,結局はこれに落ち着いてしまいます.久しぶりでしたが美味しかったです.

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2017年5月11日 (木)

記念の日

 今日は5月11日,実は当ブログにとっては非常に大切な日である.

 まずは,ブログ名にもなっているビザンチン帝国の都コンスタンティノープル(現イスタンブール)の開都記念日であることだ.古代ローマ帝国の都はもちろんローマ市だったわけだが,3世紀以降産業の衰退が激しく,街には無産市民や無能な元老院が跋扈しているありさまで,まともな政治が行える環境ではなくなっていた(それどころか下手にこの街にいると政争に巻き込まれて殺される恐れもあり,まともな皇帝はローマに寄り付こうとはしなくなった).一方でこの頃から東方に勃興してきた大国(パルチア王国,ササン朝ペルシャ帝国)に対応するためにも,ローマよりももっと東側に新しい都が望まれていた.

 この時に白羽の矢が立ったのが,ビザンチウム(ビザンチオン)と呼ばれるバルカン半島の南東部,ボスポラス海峡に面した港町である.この街は金角湾という良港を備えるほか,3方を海に囲まれた要害の地でもあり,東方ににらみを利かせる新首都として相応しいと考えられたのからある.折しもディオクレティアヌス帝亡き後の後継者争いに勝利したコンスタンティヌス1世が正式にこの街を新首都とし,その開都式を行ったのが330年5月11日なのである.

Isutanbul22_015 Istanbul1_233 (左写真1) 幼子と聖母マリアに捧げものをするコンスタンティヌス1世(右)とユスティニアヌス1世(左),(右同2) イスタンブールの象徴アヤ・ソフィア(聖ソフィア大聖堂) ともに2009年9月訪問

 続いては同じくビザンチン帝国の話題.ローマ帝国は395年のテオドシウス帝の死後完全に東西に分裂したが,西の帝国の衰退は激しく476年に滅亡する.その旧領はゲルマン人諸部族が群雄割拠する土地となったが,その失われた領土を回復したのが6世紀のビザンチン皇帝ユスティニアヌス1世である.彼の時代帝国は領土的な最盛期を現出した(ただし経済面を含めた全盛期は10世紀末~11世紀初頭のマケドニア朝といわれる).そんなユスティニアヌスが生まれたのが483年5月11日のことである.

 そして3つ目は新選組関係の話題,近藤勇や沖田総司とともに新選組でもっとも有名な人物の1人である土方歳三が函館で戦死した日である.慶応四年(1868年)正月の鳥羽伏見の戦いに始まる戊辰戦争は,その後の上野戦争や会津戦争等を経て,翌明治二年の箱館戦争に至る.この間新選組は佐幕派勢力として常に闘い続けてきたが,土方歳三もまた彼らとともに戦いこの箱館までやってきていた.しかしながら新政府軍の攻勢の前に形勢不利となり,5月11日一本木関門付近の戦いにて戦死したとされている(弁天台場に立てこもっていた新選組は5月14日に,五稜郭の本隊は5月18日に降伏した).

Hiji3 Hiji2 (左写真3) 現在の一本木関門,(右同4) 同地にある土方歳三の碑(ともに2007年4月訪問)

 このように5月11日はビザンチン帝国と新選組を愛好する当ブログにとって非常に重要な日なのである.

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2017年5月 1日 (月)

5月になりました

18157862_1304618019635560_1816317_2  いよいよ今日から5月です.数日前までは涼しいというよりも寒いくらいの日もあったんですが,昨日あたりから一気に気温が上がり,30℃超えの真夏日だったところもあったようです.世間的にはゴールデンウィークの開幕で,人によっては9連休などという人もいるようですが,自分は基本的に暦通り,しかも途中に当直が挟まっているために長期の連休とはなりません.

 そんな5月は例年だと公私ともにイベントの多い月です.本業関係だとメインの神経学会の学術大会があるのが5月なんですが,こちらは今年国際学会とのタイアップとなっているために5月ではなく,9月開催のため今月はありません.その他温泉気候物理医学会の学術大会も今年は6月になっており,本業関係は地方会や小規模な学術講演会のみということになります.

 一方で趣味関係だと月末に他団体のコンサートへの賛助出演もあるんですが,なんといってもメインは13~14日に行われる,ひの新選組まつりでしょう.今年で第20回の節目を迎えるお祭りです.初参加の第9回(2006年)以来毎年参加し続けている春のビッグイベントです.その新選組まつりの参加要項が先週届いていました.

Img_2985  今年は昨年に引き続き,新選組と出会った人々枠で参加します.役は以前ここでふれたように長州藩士高杉晋作です.佐幕派で会津&新選組びいきの自分がよりによって討幕派の急先鋒的な高杉晋作なんて!自分でも信じられないんですが(笑),別にこれは希望してなったわけではなく,何の希望も書かずに申し込んだらこうなったというのが正解です(笑).

 今年のパレードの募集にあたっては,出会った人々枠には希望を書く欄に加えて,その役柄に対する思いを作文にする趣向も盛り込まれていました.サンナンさんとか鉄之助といった例年人気の役柄などでは,その思いも選考対象になるんだろうなと思ったんですが,基本めんどくさがりの自分は作文を書くようなガッツはなく,特に希望無しで申し込んだというわけです.ただ裏を返すと,仮に高杉晋作に関して熱い作文を書いて応募した人がいれば,そちらが選ばれていただろうことから,そこまで熱い高杉希望者はいなかったと思われます.その点はさすが新選組まつりという気がします.

Img_2984  その他昨年もそうだったんですが,パレード終了後はすみやかに着替えてくださいという記載も見られます.これも昨年書いたんですが,想像するにパレードで盛り上がってしまい時間が経つのも忘れて写真を撮ったりして過ごす方がいたんだろうと思われます.それだけ盛り上がれるお祭りだということですが,今年も楽しみであります.

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2017年4月27日 (木)

追悼の例会

 昨夜(4月26日)は都内に出かけてきました.

 現在自分はいくつかの合唱団に所属しているんですが,そのひとつである東京マドリガル会の例会のためです.この会は16世紀の英国マドリガルをメインに歌っている珍しい団体です.会の歴史は非常に古く,最初のコンサートが開催されたのが1929年(昭和4年)のことです.以来1年も休むことなく続けられ,なんと第二次世界大戦中もその活動は途切れることはなかったのです(ドイツ音楽ならともかく,当時の敵国である英国の歌を歌い続けていたわけですからすごいことです.当時は大学の教室などで活動していたそうですが,戦時中とはいえ私立大学の内部にはまだ自由があったことが伺えます).

 こうした長い歴史を持つ会ですが,諸事情からコンサート活動は昨年をもって一区切りとなり,現在は月に1回程度集まって純粋にアンサンブルを楽しむ会となっています(ちなみにこの会では「練習」とは呼ばず「例会」と呼んでいます).

Img_3 (写真1) 数年前のコンサートの様子

 そんなマドリガル会に私が参加するようになったのは,岩手県から神奈川県に居を移した2008年のこと,私の高校の先輩で,当時持っていたもう一つのブログ(Yahooブログ)にコメントを下さっていた方(Sさん)からのお誘いでした.この先輩は音楽,特に合唱音楽に造詣が深く,また同郷岩手など東北出身の若い音楽家を常に応援している方でした(こうした若手音楽家のコンサートやコンクールなどにはいつも駆け付けていて,その辺の世界では有名な存在でした).私が参加している盛岡バッハ・カンタータ・フェラインや東京21合唱団のコンサートにもいつも来て下さいました.

 そんなSさんが亡くなったという知らせが来たのです.

 実は先月21日に盛岡で行われたヨハネ受難曲の演奏会にもSさんは来てくださいました.あの日はコンサート終了後自分は合唱団のレセプションに参加していたんですが,Sさんは東京から聴きに来てくださったほかの方々と会食をしていて,偶然自分が帰りの新幹線に乗るための盛岡駅でばったりとお会いしたのです.その時はいつもと変わりがなく,「自分はこれから夜行バスで帰るんだよ」とおっしゃっていたのを覚えています.まさかそれが最後のお話になるとは…

 聞くところによると,先輩はその晩夜行バスで東京に戻った後まもなく急逝されたとのことでした.

Img_2986  そして昨夜はSさんが亡くなったことが明らかになってから初めての例会だったのです.会ではみんなにとってのSさんの思い出などが語られ,追悼のためのマドリガルやルネサンスの宗教曲を歌いました.その席上他の会員がおっしゃってたんですが,「Sさんはいつも裏方のような仕事を嫌な顔一つせずやってくださっていて,そこにいるのが当たり前すぎる存在だった.こうして亡くなったことを知って,そこにぽっかり大きな穴があいたのが分かった」,「いつも普通にふらっと現れる方だったから,今日もひょっこり現れるんじゃないかと思ってしまう」など,生前の人柄がしのばれるお話が出ていました.本当に同感です.

 例会からの帰り道,駅に向かう途中で自分もS先輩の人懐っこい表情を思い出し,いろんなお話をしたけど,もうすることはできないんだと思うと急に涙があふれてきました(親戚の葬儀では涙をながすことなんかない自分なのに).

 S先輩のご冥福を心からお祈りいたします.

 

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2017年4月23日 (日)

この週末は

 先日の九州の記事で温かくなり冷房が欲しいと書いたんですが,その舌の根も乾かぬうちに暖房が欲しい寒い日々に逆戻りした当地です(笑). そんな4月中旬の週末は,ウチのKが活躍するイベントが2つあったので応援がてら出かけていました.

Dsc_1467  その1は4月22日(土)午後に開催された「マーラマポノ フラショー&講演会」,これは市内で循環器科の開業医をされているドクターがやっているフラスタジオが主催して行われたショー&講演会,縁あってウチのKも参加しています.ちなみにマーラマポノ(malama pono)とはハワイの言葉で「お元気で」とか「お大事に」とかいう意味だそうです.

 前半はフラダンスのショー,ハワイ各島のイメージカラーを身に着けて様々な踊りと歌が披露されました(途中で花がばらけるというアクシデントも…).一転して後半はヒプノセラピー(催眠療法)に関する講演,講師はヒプノセラピストの中野日出美さんです.こっち方面の話題に自分は明るくないんですが,講演の中で出てきた前世療法という言葉を聞いて,昔の怪獣番組ダイアモンドアイの前世魔人を思い出してしまいました.

Img_2983  そして昨日4月23日(日)の午後はその2,「第55回木の実会&14th KONOMIKAI PartⅡ 声楽演奏会」です.こちらは合唱&声楽指導者の桑原妙子先生の門下生が日ごろの鍛錬の成果を発表する場としての演奏会です.昨年の今頃も記事にしたんですが,元々は学生の部である木の実会と大人の部であるKONOMIKAIという2つの発表会が別々にあったのが,数年前から合同で開催されるようになったという経緯があるそうです.

 私も所属している小田原医師会合唱団の指揮者の先生やウチのKを始め,団内にも師事している人がいるという縁から私も聴きに行っています.今回は学生・大人合わせて21人の方々(プラスプロの方)の発表でした.ウチのKも緊張しながらも頑張っていたと思います.

 で夜はお疲れさん会とばかりに食事に繰り出しました.この日は魚介系,岩手県産の生牡蠣や地物の活アジのお刺身が美味でした (^.^).

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2017年4月12日 (水)

ミンナミンC再び

 ウチのKが見つけてきました.

Img_2969  ミンナミンC,世に数あるオロナミンCの類似品の中でも一部で最も有名な商品です.一般のスーパーで見かけることはまずないんですが,ドラッグストアなどでオロナミンCの隣りにひっそりと並んでいることがあります(自分もこのブログ開設当初に記事にしたことがあります ジェネリック医薬品).

 製造しているのはタムラ活性,HPによると資本金1千万円の大阪に本社のある会社のようです.製品としては前述のミンナミンCの他に栄養ドリンクのイソビタンAや医薬部外品のイソビタンAⅡなどがあります.

 とはいえもっとも有名なのがミンナミンCであることは間違いなく,キャッチフレーズは「みんみんみんなのミンナミン」だそうです.

Dsc_1436  自分が以前勤務していた職場近くのドラッグストアで売っていて愛飲していたんですが,今回久しぶりにお目にかかって感動した次第です(味の方はオロナミンCよりも若干酸味が強い印象,これはオロナミンCには入っていないリンゴ酢やガラナエキスのためだそうです).オロナミンCに酷似したデザインも昔のままなんですが,よく見るとミンナミンの左上にの文字が…

 昔からこんな文字あったかな?と思い,古い記事の写真を引っ張って来たんですが,2006年当時は新ではなくNの文字になっていました

P1010009  Nって,もしかしてNEWのこと? だとしたら今の新と同じニュアンス,微妙な違いと言えなんか気になるのでした.

 ちなみにタムラ活性の本社はオロナミンCで有名な大塚製薬の大阪本部からほど近い場所にあるのでした.

Tamura

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2017年4月 6日 (木)

4月になって

Dsc_1433  新年度になって1週間が経過しました.この間気温が下がったりして桜前線はやや停滞気味のようです(職場の桜もほとんど咲いていない).

 一方で自分はというと,3月末から当直やらなにやら用事が立て込んでおり,気が付いたら夜家でゆっくり過ごす日がまったくない状態に置かれていました.とはいえ仕事で連日長時間残業をしていたというわけでもなく,宴会や練習もだいぶ入っていましたからそれほどストレスはありません.

 昨夜は職場の幹部職員の歓迎会でした.立食形式でしたが,自分が好きなワインや日本酒がたくさん出たので満足の宴でありました.

Dsc_1430

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2017年4月 4日 (火)

原生花園

 寒い週末が明け,久しぶりに陽気が戻ってきました.

Dsc_1419  自分の職場は自然豊かな(笑)ところなんですが,この温かさでいろんな花が一斉に咲き始めました.もちろん花壇として整備されているわけではないので,いうなれば原生花園でしょうか.

 春といえばタンポポです.日本で見られるものとしては在来種である二ホンタンポポと外来種のセイヨウタンポポがありますが,職場付近で見られるのはもっぱら二ホンタンポポです.

Img_2958_2 Img_2960_2  両者を見分ける方法は,花を裏返したときに見える緑色の部分(総苞外片)を見ることです.ここが真っすぐなのが二ホンタンポポ,反りかえっているのがセイヨウタンポポとなります.ここに咲いているの総苞外片が真っすぐですから二ホンタンポポということになります.

 その他職場には桜の木もあります.数年前までは桜並木と称することができるほどたくさんあったんですが,数年前の工事の影響か樹勢が大きく後退してしまいました.それでも残った樹ももちろんあり,こちらはまだ大半がつぼみ状態でした.が,よく見たらわずかに花開いたのもあります.

Dsc_1423 Dsc_1428  そんな爽やかな春の日でした.

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2017年4月 2日 (日)

4月2日

 今日は4月2日,新年度は昨日から始まっているんですが,週末にぶつかっているために実質的に動き始めるのは明日の3日からとなります.

 そんな4月2日は,実は学年が切り替わる日でもあります.すなわち4月2日生まれの子から,次の学年に所属することになるからです(以前の記事でも書いたいわゆる早生まれの最後が4月1日生まれ).普通に考えたら4月1日生まれから次の学年にしてもよさそうなものですが,いったいどういうことでしょうか.

 実はこれには学校教育法と民法の付属法である年齢計算保護者ニ関スル法律という2つの法律が関わっています.すなわち,学校教育法第17条によると,

「保護者は、子の満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。」

とあります.一方で後者の年齢計算ニ関スル法律によると,

年齢は出生の日より之を起算す

となっています.この出生の日から起算というのがミソで,これに従うと満一歳になるのは生まれた日から数えて365日目(うるう年だと366日目)ということになり,それは誕生日の前日になります.例えば1966年3月28日生まれの人が満一歳になるのは,翌年の誕生日である1967年3月28日ではなく,その前日1967年3月27日ということになるわけです.同様の理屈で〇年4月1日生まれの子が満六歳になるのは〇+6年3月31日であり,これを学校教育法の規定に当てはめると,この子供が小学校に入学すべきなのは〇+6年3月31日の翌日以降の最初の学年,すなわち翌日から始まる学年(〇+6年度)ということになるわけです.一方で〇年4月2日生まれの子の場合は,満六歳になるのは〇+6年4月1日であり,小学校入学はその翌日以降に始まる学年ですから,ほぼ1年後の〇+7年度ということになる理屈です.

 いうなれば,歳をとる基準が世間の認識(誕生日)と法律の規定とがで違っているために起こる現象というわけです.ちなみに4月1日生まれの著名人に俳優の三船敏郎さん,元プロ野球選手の桑田真澄さんが,4月2日生まれにはミュージシャンの忌野清志郎さんがいます.

 そんなことを考えた4月2日でした.

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