2017年4月21日 (金)

平家の隠れ里

 一気に気温が上がり,湿度の高さも相まって冷房が欲しいんじゃないかと感じられる昨日今日です(先週までは暖房が欲しかったのに隔世の感 笑).

 さて先日所用で九州に出かけてきました.で,業務の後せっかくここまで来たのだからとレンタカーを駆使して山の中へ(笑).やってきたのは五家荘,平家の隠れ里として知られる場所です.

P4160116 P4160118 (写真1,2) そのものズバリの平家トンネル

 壇ノ浦の戦いで源氏に敗れた平家の残党は自らの血統を残すため追手を逃れて全国に散りました.そんな彼らが隠れ住んだとされる地が平家の隠れ里で,四国の祖谷渓や大分県の平家山などと並んで有名なのが熊本県の五家荘です.元々は泉村という自他体だったんですが,合併により今は八代市の一部になっています.

P4160120 (写真3) ひたすらこんな道

 この五家荘,隠れ里という言葉がぴったりくるような山奥の地です.東西南北どこからアプローチするにせよ,狭くて曲がりくねった道しかなく,訪問が大変だからです.車がすれ違ることができるポイントが少なく危険なため,この地域では昼間でも車のライトを点けることが奨励されています(山深くて昼でも薄暗いからというのもありますが,カーブミラーで対向車に自らの存在を知らせるためと思われます).

P4160025 P4160017 (左写真4) 食堂,(右同5) 山菜そば

 そんな五家荘の東部,樅木地区にあるのが「五家荘平家の里」です.ここには平安朝をイメージした史料館や能舞台,古い民家を利用した食堂などがあります.この日は食堂で地元の山菜そばをいただきました.そばはつなぎ無しのボソボソと切れるお蕎麦,いわゆる田舎そばです.同じ平家の里である祖谷渓にもこういうお蕎麦があったっけ,もしかして平家名物なのかと思ったのでした.

P4160035 P4160053 (左写真6) 資料館と能舞台,(右7) 桜が残っていました

 資料館と能舞台は食堂から少し登った高台にありました.岩手のえさし藤原の里にもありそうな白と朱色をベースにした平安チックな建物です.史料館は特に古文書が展示されているわけではなく,人形やレプリカを中心とした歴史の解説がメインでした.九州とはいえ,山奥のこの地はまだ桜が残っています.平安調と桜の組み合わせが素敵でした.それにしても,これらの建物の材料をどうやってここまで運んだんだろうと不思議に思いました(もしかしてヘリで運んだ?).

P4160073 (写真8) 樅木の吊り橋です

 山深い五家荘は地形が厳しく,高低差も激しいため,地域の人々の道として吊り橋がたくさんあります.特に樅木の吊り橋は生活用の吊り橋としては日本一らしいです.渡ってみると下は見えるは,揺れるはでスリル満点です.

P4160108 (写真9) 梅ノ木轟の滝

 あと山深い五家荘にはたくさんの滝があります.代表的なのが100選にも入っている栴檀轟の滝ですが轟とはこの地域で滝を指す言葉だそうです.この日は近くの梅ノ木轟の滝を訪問しました.

 とにかく山奥ということがぴったりしすぎる五家荘でした(紅葉が素晴らしいとのことなので,今度はその時期に来てみたい).

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月12日 (日)

第20回ひの新選組まつり参加通知

 この週末は仙台での祈りのコンサート等で走り回っていたんですが,その間に自宅のポストに1枚のハガキが届いていました.そう,5月に開催されるひの新選組まつりの参加通知です.

 2006年の第9回からほぼフル参加しているお祭りです(震災で中止になった2011年5月の代替で同年秋にひっそりと開催された第14回除く).当初はコンテストから参加がデフォだったんですが,震災を挟んだ心境の変化に加えて,世代交代が進んでいること,当初一緒に参加していた仲間たちの大半が卒業してしまったことなどからコンテストへの情熱も失われてしまい,近年はパレードのみの参加,特にここ数年は衣装持ち込みの本隊参加と新選組と出会った人々枠での参加が半々程度という感じになっています.

 今年に関して言えば,参加したいという思いは相変わらずなんですが,前日に同窓会が入ることが確定している都合もあり,自前衣裳を持って移動するのは面倒なので,準備の不要な出会った人々枠で申し込んでいました.例年だとこの枠は,当初募集されている役柄とお祭り当日に登場する役柄が違っているなど,そのファジーさも楽しかったりするんですが,今年に関して言えば,希望する役柄に対する思いをアピールする欄が用意するなど,単なるオマケとはいえない感じになっていました.

 ただ自分的には何が何でもこの役を!というほどのものはなかったこともあり,特に希望はなしで申し込んでいました.そんな私に与えられた役は…

Img_2949  高杉晋作 ( ゚Д゚)

Takasugisugata  長州藩,バリバリの倒幕派です.

 南部藩出身,会津・新選組びいきの自分が長州とは… (^^;).たしかに昨年は尊王攘夷派の清河八郎をやりましたが,彼は新選組の前身浪士組の創設者であり東北の庄内藩出身,一方の高杉晋作は生粋の長州藩士です.かつて「新選組 in 長州」なんていうイベントをやって遊んでいた自分が,長州藩の代表的人物になるとは想像もしていませんでしたが,これもなにかの縁,頑張ってみたいと思います(まあ政治色が強い桂小五郎や薩摩の大久保一蔵よりは抵抗が少ないか 笑).参加さらる皆様今年もよろしくお願いします.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 8日 (水)

ラオス旅行記③

 ラオス旅行記その3は2月4日の後半です.

 昼食後,午後の観光に出発です.まずはレストランから徒歩でルアンパバーン旧市街のメイン通りに向かいます.途中の路地には紙漉きをして売っている人がいました(日本の和紙と同様の製法).通りにはあちこちに露駐の車があったんですが,ガイドさんが一台の車を指して,「あれは中国の車ですね」と言いました.見ると青いナンバープレートで漢字が書かれています(ラオスのナンバープレートは一般に白い).実は中国の雲南省あたりとルアンパバーンは意外に近いので,こうして車で観光にやってくる中国人は多いのだそうです.それだけ国境地帯の治安も安定しているということでしょう(これが中国とミャンマーの国境付近なら… ( ゚Д゚)).ちなみに漢字の川は四川省を,云は雲南省を表すのかなと勝手に推測しました.

P2040205 P2040217 (左写真1) 紙漉をしています.(右同2) 漢字が入った中国のナンバー

P2040226 (写真3) サッカリン通り

 そのまま少し歩くとメイン通りに出ます.ここはサッカリン通りというなんだか甘そうなイメージの通りなんですが,このサッカリンは人工甘味料のことではなく,19世紀のルアンパバーン国王の名前に由来しています.この地は19世紀の末から20世紀の中盤までフランス領となっていたために,今でもフランス風の建物が立ちならんでいるのでした.このあたりには地元の小学校や幼稚園が並ぶほか,ラオス王国の元王族のお姫様(ガイドさんはそういっていたが,相当な高齢な方)が住む宮殿(?)もありました.

P2040221 P2040229 (左写真4) 地元の小学校,(右同5) お姫様の館

P2040237 (写真6) シーサワンウォン通り

 お姫様の宮殿の角からメイン通りはシーサワンウォン通りと名前が変わります.名前の由来は1904年に即位したルアンパバーン国王の名で第二次世界大戦やその後のインドシナ戦争といった激動の時代を生きた人物です.シーサワンウォン通りに入ると道の両側に商店やレストラン,カフェが立ち並ぶなど華やかさが増します.夕方以降毎日開催されるナイトマーケットの会場もこのエリアです.

P2040240 (写真7) 王宮の正面

 通りをしばらく歩いていくと,右手に大きな建物が見えてきました.これがかつてルアンパバーン国王の宮殿だったところで,現代は王宮博物館(国立博物館)となっているところです.さっそく見学に向かいます.門から入ってすぐ右手にあるのはパバーン像安置祠という仏像が納められた祠です.祠といっても立派な建物で,壁には金ぴかの装飾が施されているほか,午前中に訪問したワット・シェントーンと同様に反った屋根などラオス風味の建物です.その反対側を見ると,この宮殿の主だったシーサワンウォン王の銅像が立っています.これは旧ソ連から贈られたものだそうで,言われてみると重厚な感じがソ連っぽいです.

P2040241 P2040243 (左写真8) パバーン像安置祠,(右同9) シーサワンウォン王の像

 そしていよいよ宮殿の中に入っていきます.ここでは靴を脱ぎ,荷物はロッカーに預けてからの見学となります.内部は写真撮影も禁止なのでカメラも持ち込めません(スマホ程度はポケットにしまうなどしていればOK).中には国王が公式の謁見を行った部屋や各種儀式が行われる部屋を始め,国王や王妃の寝室や王族が食事を行った食堂,国王の書斎などのプライベート空間などがあります.また王族が使用していた装備品や,諸外国から贈られた宝物なども展示されていました.宮殿そのものが建設されたのは1909年でフランスの保護領だった時期になり,建設に当たってはフランスの援助もあったため,周辺にある寺院とは違いここは西洋風の造りになっています.

P2040246 (写真10) 巨大なニワトリ

 王宮内部の見学の後は,裏手にあるガレージにあるかつて国王が使用した自動車を見学,年代物のリンカーンなど見る人が見れば感動モノの車体が並んでいたんですが,自分が注目したのはそこではなく,向かい側の建物から顔を出していた巨大ニワトリ!,いったいこれは… ガイドさんに聞いてもよくわからないという謎の存在でした.

P2040264 (写真11) ワットマイの本堂内

 王宮博物館の見学の後はその西隣にあるワット・マイへ.ワットとはラオス語で寺,マイは新しいの意ですから,日本語でいえば新寺という意味になります.実際にこのお寺の建立は18世紀末ですから,午前中に見学したワット・シェントーンより200年以上新しいことになります.ここも屋根は基本的にルアンパバーン様式ですが,後代の王が改築を繰り返したためその他の様式も混在しているのだそうです.このお寺は外壁に見事な黄金の浮彫が描かれているのも特徴なんですが,これはラーマーヤナの物語なのだそう.ラーマーヤナは古代インドの叙事詩で,元々ヒンズー教のものですが,東南アジアの仏教圏に広く知られている物語となっています(カンボジアのアンコールワットにもある).本堂の中では,ちょうどこれから出家するらしい若者を囲んで一族(?)の人たちがイベントをやっていました.なお境内には本堂の他に卒塔婆などが並んでいました.

P2040260 P2040263 (左写真12) ワットマイの外観,(右同13) 外壁はラーマーヤナの物語

P2040344 (写真14) ホテルのプールサイド

ワットマイ見学の後は一旦ホテルに戻っての休憩時間です(次は夕方からプーシーの丘で夕日見学).2時間ほどの自由時間だったので,せっかくだからとホテルのプールに繰り出しました.実際旅行の際にプール付きのホテルに宿泊する機会は多いんですが,観光が忙しすぎて(笑)プールを利用する暇がないのが実情です.今回は貴重な機会となりました(気持ちよかったです).

P2040267 (写真15) ワットマイからプーシーの丘の仏塔が見えます

 夕方になり迎えがやってきて出発です.今度の目的は世界遺産ルアンパバーン市内を一望できるプーシーの丘,特にここから眺める夕日が素晴らしいということです.さっき見学した王宮博物館そばのシーサワンウォン通りから階段を上っていくんですが,市内との標高差は150メートルで,なんと会談が328段もあり息が上がります.それでも15分ほどで丘の上に到着,山頂は世界遺産の夕日を見ようという観光客でごった返していました.まさに立錐の余地もないという感じです.3年前に行ったミャンマー・バガンのシュエサンド・パゴダも大混雑だったがここまでではありませんでした(笑).ここからはほぼ360度のパノラマが堪能できます.市街地(自分が宿泊しているホテルも見えた)やメコン川,支流のナムカーン川が一望できました(すさまじい人混みの隙間からなんとか写真を撮った).

P2040272 P2040323 (左写真16) プーシーの丘への階段,(右同17) 山頂はすごい人!

P2040282 P2040317 (左写真18) ナムカーン川,(右同19) メコン川と夕日

P2040339

(写真20) ナイトマーケットの始まり

 日没後来た道を戻ります.登りと違って下りは楽で,10分もかからないで下界に到着します.降りてみると,さっきまではただの道路だったシーサワンウォン通りにたくさんの露店が出現しています.これがルアンパバーン名物のナイトマーケットです.もっぱら外国人観光客相手の露店なので,野菜などの食料品や日常雑貨はなく,売ってるのはもっぱらお土産物でした(あとはファストフード的な屋台はある).キーホルダーなどの小物に加えて,織物をよく見かけました(ラオスの名産らしい).道路に整然と露店が並ぶさまを見て,店同士でけんかになったり,場所取りで揉めたりしないのか心配になったんですが,ガイドさんによると,どのスペースに出店すのかあらかじめ決められているとのことだった(たしかにそうでもしないと大変なことになりそう.ナイトマーケット実行委員会とかがあるんだろうか 笑).

P2040348 P2040352 (左写真21) アジア的な熱気です,(右同22) これから開店準備です

 そんなナイトマーケットの散策の後は夕食の時間,この夜のレストランはシーサワンウォン通りよりも一本メコン川側に入った通りにあるソン・パオレストランという郷土料理のお店です.ここは日本人が経営しているらしく,日本語表記のメニューもありました.この日のコースは最初に菜の花スープ(塩味あっさり系で美味しい),その後に各種料理の盛り合わせが登場,昨夜のラープは豚肉でしたがこの日は鶏肉,やっぱりハーブ(というかパクチー)が効いています.その他ラオス風の春巻きや野菜炒めがあったんですが,ひときわ注目をひいたのがご飯です.実はラオスの主食はコメはコメでももち米なのです.昨夜のレストランは普通のうるち米だったんですが,この日はついにもち米が登場,赤米を使っているらしく,ぱっと見は赤飯かと思いました.食べてみると確かにもち米で,ごま塩をかけるとまさにお赤飯という感じでした.

Dsc_1293 Dsc_1295 (左写真23) ラオスの郷土料理,(右同24) ラオスの主食はもち米です

 食事をしていると踊り子さんと楽器の人が登場,ここからはラオスの民族舞踊ショーの時間となりました(この日はお客さんが少なくて貸し切り状態,お店のマスターは「いつもはこんなことはないんですが,今日に限って貸し切りなんですよ~」とおっしゃってました 笑).

P2040356 (写真25) 踊り子さんとの記念撮影

 食事後はホテルに戻ります.明日はルアンパバーン名物,早朝の僧侶の托鉢を見学するため,さっさと寝ることにしたのでした.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 2日 (木)

イスラエルのワイン

 今夜は久しぶりに家でゆっくりしています.

 で,夕食に昨年9月のイスラエル旅行で購入したワインを開けました.

Dsc_1404(写真1) Gamlaワイン

  銘柄はGamlaというゴラン高原にブドウ畑のあるワイナリーです.ゴラン高原はイスラエル北部,ガリラヤ湖の東に広がる高原です.元々はシリア領でしたがこの地に設置した砲台からイスラエル側にしきりに砲撃が繰り返されていたこともあって,第三次中東戦争の際イスラエルが占領しそのまま実効支配を続けている土地です(シリアはもちろん国連もこれをイスラエルによる不法占拠とみなしています).同地には1974年以来国連のPKO部隊が展開しており,1996年から2013年までは日本の自衛隊も参加していました.

P9150398 (写真2) ガリラヤ湖から望むゴラン高原

 そんなゴラン高原は標高が高く,昼夜の寒暖差があってブドウ栽培の適地でもあります(元々ワインの起源がこのあたりだから当然か).イスラエルによる占領後この地でブドウ栽培が本格化し多くのブドウ畑が作られ,そこでできたブドウがワインになっています.

 このGamlaはゴラン高原の有名な銘柄で,イスラエルのスーパーなどでも売られていて,現地ガイドさんのご推薦銘柄でもあり購入したという次第です.以来家のワインセラーに眠っていましたが,飲んでみようということで今日開栓した次第です.美味しかったです(酸味,甘味,渋味のバランスが取れていて素直な感じ).

 ただラベルの表示がほとんどヘブライ語のため,ブドウの品種と製造年以外は何が書かれているのか全く分からないのでした(笑).

Img_2902 (写真3) ヘブライ語表記のため全く読めません(^^;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月28日 (火)

ラオス旅行記②

 ラオス旅行記その2です.

 一夜明けて2月4日朝を迎えました.私の目を覚ましたのは目覚まし時計でもモーニングコールでもなく… 鶏の鳴き声(笑).いやホント,町中からけたたましく鶏の鳴き声が聞こえてくるんです.途上国の首都なんかだと,町行く車のクラクションで起こされたり,イスラム世界だとアザーン(朝の祈りの時間を告げる放送)で起こされた経験はあるんですが,鶏の集団に起こされたのは初めてです.

P2040107 (写真1) 霧が立ち込める早朝のルアンパバーン

 窓から外を見渡すと一面の曇り空,ただし朝方霧がかかっているものの次第に晴れてくるのが乾季のルアンパバーンの気候の特徴なんだそうです.身支度を整えてから朝食会場へ,卵料理付きのビュッフェスタイル(いわゆるイングリッシュブレックファスト)でしたが,麺料理のコーナーやご飯も蒸してあるなどラオス風の朝食もいただけます.フランスの影響が強かった国でもあるのでパンもバラエティが豊富です.朝からボリュームたっぷりな食事でした.

P2040110 P2050409 (左写真2) 朝食のパンも充実,(右同3) 卵料理のコーナー

 朝食後8時半にロビーへ,すでに待っていたガイドさんと車に乗りこみ観光に出発です.まずはルアンパバーン郊外にあるタート・クアンシーの滝に向かいます.実は当初の予定ではこの日は終日市内観光,翌日が郊外観光だったんですが,ガイドさんがこの日程だと2日目が非常にタイトになるからということで,初日の午前中に滝に行くことにしたのです(結果的に大正解).車はルアンパバーン市内から南東方向に向かいます.少しすると周辺はラオスの田舎といった風景に変わっていきます.ローカルな雰囲気の中を30分ほどで滝のある自然公園の駐車場に到着しました.周辺にはお土産物屋が立ち並んでいる他,規模の大きなトイレもあるんですが,用を足したのはいいけど手洗い場がなかなか見つからなくて焦りました(入り口の反対側にあった).

P2040003 (写真4) 公園の案内図

 ここからはよく整備された遊歩道を登ってきます.ここはルアンパバーン近郊でも有名な観光地らしく,多くの人で賑わっていました(ただし観光客のほとんどが外国人でラオス人の姿はまれ).少い歩いて最初に姿を現したのがクマ牧場(笑),実はラオスは日本でもおなじみのツキノワグマの生息地なのです.ただ密猟や環境破壊から絶滅の危機にあり,この公園で保護が図られているとのことでした.

(写真5) だるそうに寝てる熊

 P2040130フェンスに囲まれたエリアにはざっと見10頭くらいのツキノワグマがいましたが,基本的に彼らの活動時間は涼しい朝夕に限られるので,気温が上がり始める今時分はだるそうに寝ている個体ばかりでした.

P2040017写真6) なんかシュールな画像

 熊の柵の周囲には世界のクマを紹介するコーナーがあって,そこにはシロクマやヒグマ,ナマケグマやマレーグマ,さらにはジャイアントパンダの像が展示されていましたが(なかなかシュールな感じ),このゆる~い雰囲気はかつて秋田県鹿角市にあった八幡平クマ牧場を思い出しました.

P2040021 (写真7) ブルーの天然プール

 熊牧場の散策後さらに歩いていくと,一面ブルーの天然プールが現れます.ここは滝の下流にあたる場所で,水浴することも可能なところです.今回我々は水浴はしませんでしたが,欧米系の観光客は結構泳ぐそうです(我々のすぐ後にやってきた欧米人が泳ぐ準備をしていた).ちなみにここの水が青いのはこの辺の地質が石灰華(トラバーチン)と呼ばれる炭酸カルシウムを主成分とするものだからだそうです(中国の九塞溝と同じ).

P2040025 (写真8) ドクターフィッシュもいます

 プールを散策していたらガイドさんが,「ここには面白い魚がいるよ」と水に手を浸しました.すると茶色い小さな魚が集まってきて皮膚を盛んに突っついています.そう,これがガラ・ルファという名の鯉の仲間の淡水魚です.人間の角質を食べるとともに皮膚に適度な刺激を与えることで神経を活性化するとのことで,ドクターフィッシュの別名もある魚です(日本でも水族館などで飼育されている).彼らが角質を食べるのは,別にそれが好物だからではなく,生育環境が過酷なためヒトの角質でも食べないと生きていけないからです.そんなドクターフィッシュも生息している公園なのでした.

P2040047 (写真9) 棚田のような光景

 そこからさらに川を遡っていくと,棚田のような光景や,日本でもおなじみの水車があったりとなんとなく懐かしい景色が観られました.そうしてしばらく歩いて目の前に大きな滝が姿を現しました.これがここの目的地クアンシーの滝です.説明によると落差は50m,直瀑ではなく,数段に渡って落ちてくるタイプの滝です(日本で言えば茨城の袋田の滝か).ここでしばし休憩します.実はここからさらに滝の上部に登っていく遊歩道があるらしいんですが,こう配がきついのと今日は時間がないので断念しました(実際この公園は泳げるし,一日がかりで遊びに来てもいい感じ).この滝ではタイ,ラオスと個人旅行しているという高齢の日本人男性と遭遇,私たちのガイドが日本語が話せるとのことで,当地のゴルフ場事情を尋ねていました(笑).

P2040065 (写真10) クアンシーの滝

 しばし写真を撮ったりして寛いだ後,駐車場に戻ります.来た道を引き返すのかと思ったらそうではなく,今度は舗装された快適な道でした(一方通行ではないが,川沿いの遊歩道とちょっと離れた舗装道があるらしい).15分ほどで駐車場に戻り再びトイレを使って車に乗り込んだのでした.

 この後はルアンパバーン市内に戻っての観光です.対向車線にはこれからクアンシーの滝に向かう車がたくさんやってきます.ガイドさんによると昼頃からこの滝は非常に混雑するので,帰りは渋滞になることもあるとか,今回我々は比較的人の少ない午前中に観光することができたわけです.

 約40分ほどで市内へ,まず向かったのはプーシー市場,主に地元の人たちが利用する市場です.近年はラオスでも首都のビエンチェンなどでは現代風のショッピングモールもあるようですが,地方では昔ながらの市場が普通です.野菜や肉,米といった食料品から雑貨品までが,所狭しと並んでいました(スマートホンの店もあった).商店はほとんどが簡単なシートで覆われただけのところが多いんですが,一部2階建てになっている部分がありました.ガイドさんによるとこの2階部分は金製品売り場なので行く人は少ないそうなんですが,それよりも注目はここにエスカレーターがあったこと.なんでもルアンパバーン初のエスカレーターなんだとか.

P2040103 P2040114 (左写真11) カラフルな野菜が並びます,(右同12) アジア的な市場です

P2040097 (写真13) 壊れているエスカレーター しか~し,できてまもなく壊れてしまい,用をなしていないとのことでした.それ以前にこの街の高齢者にはエスカレーターは不評で(乗った直後と降りる直前がダメらしい),修理されなくても苦情はこないとのことだった.

P2040132 (写真14) もち米の煎餅

 市場を後にして次に向かうのは世界遺産ルアンパバーンを代表する寺院,ワット・シェントーンです.ラオスは共産主義国家でありながら,敬虔な仏教徒が多いところです.歴史的には今のラオスの原型といえる,14世紀半ばのラーンサーン王国建国後にスリランカから上座部仏教がもたらされたとされていますが,それ以前に唐朝時代の中国からの大乗仏教が進行された時代もあるとされています.古都ルアンパバーンには数多くの寺院がありますが,その中でも最も歴史が古いのがこのワット・シェントーンでその建立は16世紀半ばとされています.場所はメコン川とナムカーン川の合流部,ちょうど土地が半島のように突き出ている部分の先端です(この寺院からだと両方の川が見える).寺院の近くで車を降りて白い門から中に入ります.入り口付近にはなにやらお煎餅のようなものを売っている人がいましたが,白い普通の煎餅かと思って見たら,もち米の煎餅でした!

P2040159_2 (写真15) キングギドラみたいです(笑)

 ワット・シェントーンには本堂の他,たくさんの建築物があります.まず入り口入ってすぐ右手にあるのが霊柩車庫,ここには1960年に行われたラオス国王サワーン・ワッタナーの葬儀の際に使われた霊柩車が保存されています.たくさんの黄金の龍の背中に棺(というか巨大な壺)が乗った霊柩車は非常に壮麗な感じでした.またここにはたくさんの仏像や壁画も残されており,往時のラオス王朝の威光を忍ばせてくれました.

P2040192 (写真16) 本堂背面のモザイク画

 続いて向かうのが本堂,ここはお寺の中心部ともいうべき場所です.まずはその外観を観察,湾曲した屋根が三重にかさなった,いわゆるルアンパバーン様式といわれる特徴的な屋根です.その湾曲具合が見事で,ラオスでもっとも美しいといわれています.本堂背面の外壁にはマイトーン(黄金の木の意)と呼ばれる巨大な木と様々な動物などがモザイクで描かれています.これは仏教の物語を描いてあるのだそうです.

P2040143 (写真17) 三重の独特の屋根

 本堂の中には巨大な仏像が鎮座していました.体は金色ですが,ミャンマーの大仏のような白塗りの顔ではなく,斜め下から見上げたその姿は,なんとなく奈良の大仏を彷彿させました.大仏周囲には小さな仏像も並んでいるんですが,見ると一体の仏像の上に龍をイメージした樋が走っています.これはラオスのお正月に仏像に水をかけるための仕掛けとのことでした(毎年四月中旬に行われるラオスのお正月=ビーマイ・ラーオの水かけ祭りは有名).

P2040183 (写真18) 本堂の大仏

 一方で本堂の南西部には赤堂(レッドチャペル)と呼ばれる小さな堂があります.ここには16世紀の王セーターティラーによって搬入された寝仏があるのだそうです(我々が訪問した時は鍵がかかって中は見られなかった).その他ミャンマーでよく見かけたパゴダの小型版のようなものもたくさん見かけました.

P2040214 (写真19) ルアンパバーンを代表するフランス料理店エレファント

 ワット・シェントーンの見学を終えると大体12時20分,ちょうど昼食タイムである.この日はルアンパバーンでもっとも有名らしいフランス料理店「エレファント」に行きました.地元の人や観光客に人気の店らしく,ディナーだとなかなか予約が取れないらしいです.この日は前菜&メイン&デザートのチョイスメニュー,自分は前菜にかぼちゃのスープ,メインはポーク,デザートはアイスクリームを選択,飲み物はこの日もラオスビールをいただきました.

P2040212 P2040213 (左写真20) メインのポーク,(右同21) デザートのアイス

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月15日 (水)

ラオス旅行記①

 さて先日のラオス旅行,正式な旅行記はホームページの旅行記録にアップされるハズなんですが,いったいいつになるのか見当もつかないので(笑),忘れないうちにこちらに備忘録的に載せていきます(そういいながら昨年のイスラエル旅行も未完じゃないかというツッコミはなしで <(_ _)>).

P2030050 (写真1) 京成スカイライナー

 今回の旅行出発は2月3日朝ですが,前日は新国立劇場でプッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観劇したため,その後日暮里に移動して駅前のホテルに前泊しました.当日は京成スカイライナーに乗って成田空港へ,事前に送っておいた荷物を受け取ってJTBの団体カウンターに行きます(団体とはいいつつ今回は我々2人だけのツアーなんですが).ここでeチケットをもらい今度はベトナム航空のカウンターへ.行ってみると激混み!! まさに長蛇の列でした(ハノイ行きとホーチミン行きがほぼ同時に手続きされていたためらしい).それでも30分くらいでどうにか手続きは完了しました.今回の行程はベトナムのハノイ乗り換えでラオスのルアンパバーンに入るのですが,ハノイから先の航空会社が異なるとかで搭乗券はハノイまでのみ,現地のトランジットカウンターで続きの搭乗券をもらう流れとなります.

P2030064 (写真2) 今回はベトナム航空です

 チェックイン終了後,特にすることもないのとこの先も混むことが予想されたため,さっさとセキュリティを抜けることにします.が,意外にも空いていてあっさりと完了(笑),出国審査も終わって搭乗まで時間が余ってしまいました.こういう場合の強い味方(?)ラウンジで時間をつぶすことにしたんですが,今回は旅行会社の方からラウンジ利用サービスが付いていたのでそちらのラウンジへ入ります.アルコールの他軽食が無料サービスだったので,朝食を兼ねていただきました(Kは醤油ラーメン,私はチキンカレー,その他ワインを飲んだのは言うまでもない 笑).かくして朝っぱらからほろ酔い気分で搭乗ゲートに向かうことになりました.

P2030069 (写真3) 機内からは見事な富士山が

 9時15分に搭乗開始となり機内へ,この日の飛行機はボーイング787でした.定刻に出発し本州を関東から関西,中国地方へと横断して東シナ海に抜けるルートです.安定飛行に入るとさっそく飲み物と昼食のサービスが始まりました.食事は和食と洋食の選択で自分は和食でKは洋食,飲み物は2人ともワインでした(笑).昼行便なので無理に眠っていく必要はないんですが,昨夜の睡眠時間が少なかった(日暮里のホテルに入ったのが0時過ぎ)こともあってうつらうつらしていました.気が付いたら飛行機はいつの間にか中国の上海あたりから大陸に入り南西へ進みやがてベトナム領空に入っていきます.その後降下を開始して,現地時間の13時56分(日本時間の15時56分)にハノイのノイバイ国際空港に着陸しました.

 飛行機を降りた感想は,「う~ん,ちょっとぬるいかな」という感じ,ベトナムというと常夏の国のイメージがありますが,南北に細長く南のホーチミンはそれこそ常夏なんですが,北に1500キロ離れたハノイの冬は朝晩など結構冷えるのです.

 人の流れに沿ってイミグレーション方面へ.ただ今回はベトナムには入国しないため,入国審査場直前で横にそれてトランジットカウンターに向かいます.ここでルアンパバーン行きの搭乗券をもらうことになりますが,我々の前に4人の日本人観光客がいました.なんでも阪急交通社のツアーとのことでした(こちらもルアンパバーン行き).ここでは受付のお姉さんがのんびり作業のため手続きはゆったりでした.まあ乗り継ぎ時間はほぼ5時間あるので,まったく焦る必要はないのですが(笑).

P2030076 (写真4) タイガービールでほろ酔い(^.^)

 搭乗券を受け取ると近くのエスカレーターを登ってセキュリティになります.ここでは靴も脱がされるほか,成田では大丈夫だったベルトのバックルが引っかかってしまいました.それでもここを通過して出発の制限エリアに入ります.まずは今度の飛行機が出るゲート26の場所の確認,その後は4時間ちょっとの長~い待ち時間です(本当は5時間だったが,さっきのトランジットで結構時間がつぶれたので4時間になった 笑).ラウンジでゆったりしたいところなんですが,残念ながらハノイの空港は自分のクレジットカードもプライオリティパスも使えるラウンジがありません(ホーチミンにはあるのに 泣).仕方ないので少し空港を散策することにします.ハノイの空港は2013年2月にアンコールワットを訪問した際,帰路のトランジットでも利用したことがあるんですが,その際はもっと小さい空港でした.ここ数年で大きく拡大されたもののようです(調べたら国際線用の新ターミナルとして2014年末に完成した模様,作ったのは日本の大手ゼネコン大成建設).ただ広いとはいっても東西に長いだけなので迷う心配はなさそうです.

 散策程度ではまだまだ時間が余るので,ゲート付近にあるカフェに入って時間をつぶします(東南アジアでは有名なタイガービールと軽食にピザをいただく).ネットを使ったりして時間をつぶし,搭乗開始時間が近づいたところでゲートに向かいました.

Dsc_1288 (写真5) ルアンパバーンへはプロペラ機

 26番ゲートは階段を下りていくパターン,どうやらボーディングブリッジではなくバスで連れていかれるパターンのようです.ゲートで搭乗券とパスポートのチェックを行い,そのままバスに乗り込みます.車内を見渡すと欧米系の観光客が多い印象でした(先ほどの阪急の人たちもいた).全員が乗り込んだところでバスは発車,ハノイ-ルアンパバーンは国際線ですが,乗り込む飛行機はプロペラ機でした.

Dsc_1376 (写真6) 入国カードの裏面

 18時50分定刻にプロペラ機は離陸します.安定飛行に入ると飲み物と軽食が配られましたが,むこうに着いたらすぐに夕食なので軽食はパスして飲み物だけをいただきました.その後ラオス入国のための入国カードが渡されます.カードとはいいつつ,裏に広告が印刷されたペラペラの紙でした.この時欧米系の観光客にはなにやら白い紙も配ってたんですが我々にはなし,どういうことだろう?渡し忘れなのかとちょっと不安を感じます.そうこうしているうちに飛行機は降下体制へ,約1時間ほどのフライトでルアンパバーンの空港に到着しました.

P2030090 (写真7) ルアンパバーン空港のターミナル

 降りてみるとほどよい涼しさという感じ,タラップで降りてそのまま空港のターミナルまで歩いていきます(とても小さい).まずはイミグレーションに向かいますが,ここで先ほどの白い紙の謎が判明,あれはビザ申請用の用紙だったようです.ラオス入国に当たって日本人は14日間以内の滞在ならビザは不要ですが,国によってはビザが必要なため入国前にここで取得する段取りになっているらしかったです.

 欧米系を中心に大半の乗客がビザカウンターに行ってしまったため,イミグレーションはまだがら空き状態,ほぼ一番乗りで通過できました(この便には地元民らしきひとはほとんどいなかった).その後ターンテーブルで荷物のピックアップ,幸いロストバゲージになることもなく出てきました.その先の税関は申告無しゲートを進み,到着ロビーへ.ここで現地ガイドさんと合流になります.我々の名前を掲げたガイドさんは現地人の男性でチャンポンさんという方でした(名前のイメージから長崎で日本語を勉強したのかと思いましたが,後から聞いたらそうではないらしい 笑).

 そのまま車に乗り込んで出発です.ルアンパバーンは世界遺産に認定されたラオスの古都(日本でいえば京都や奈良みたいなイメージか)ですが人口は8万人ほどの小さな町です.空港から少し走るとすぐ市街地ですが,大都会のような煌々とした灯りはありません.約10分ほどで夕食のレストランに到着しました.

P2030091 (写真8) 今回の旅行でさんざんお世話になったラオスビール

 この日の料理はラオスの郷土料理が並びます.まずはラオス北部を代表する麺料理カオ・ソーイです.きしめん風の温麺に辛味噌が乗った担々麺風の一品,見た目ちょっと辛そうでしたが辛かったです(笑).

 続いては各種ラオス料理,定番の豚のラープ(挽肉を各種香草を混ぜて炒めたラオス風そぼろ)や瓜の炒め物,川魚の唐揚げなどが出てきました.ラオスは内陸国で海がないので魚と言えば淡水魚なんですね.これらは他の東南アジア諸国に比べると辛くはなく食べやすかったです.飲み物はラオスのメジャービールであるBeerLao,あっさりした感じのビールでした.

P2030097 P2030099 (左写真9) カオ・ソーイ,(右同10)ラープ

 夕食後はホテルへ,この日から2泊するのがルアンパバーン中心部からちょっと登った丘に建つル・レジデンス・プーヴァオというホテルです.到着するとまずはハイビスカスジュースが登場(自家製石鹸のサービスもあった),チェックイン後部屋に移動となります.リゾート風味満点の部屋でした.

P2030103 (写真11) 部屋はこんな感じ

 この日は移動の疲れと明日からの英気を養うためもあってさっさと寝ることにしたのでした.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月13日 (月)

3・11祈りのコンサート

Img146  1週間前はラオス旅行だったわけですが,この週末は趣味中心の活動となりました.まず土曜日は東京の合唱団の強化練習,終了後は例によって宴会となりこの日はそのまま都内に宿泊です.そして明けて2月12日は仙台へ,数年前から3月11日に仙台で開催される「祈りのコンサート」のオケ合わせに参加するためです.

 このコンサートは2011年3月11日に起こった東日本大震災で犠牲になられた方々を悼み,再生への祈りを込めて行われるもので今年で4回目になります.演目はモーツァルトの最後の作品であるレクイエムニ短調K.626,震災の起こった14時46分に黙とうを捧げ,その後演奏になります.入場は無料,コンサートの趣旨に従い普通のコンサートでは行われる拍手は遠慮させていただいています.合唱とオケは東北地方を拠点としている団体や個人,私も東北の合唱団に籍がある関係で可能な限り参加しています.今年は土曜日なので,お近くのかたはいらしていただけると幸いです.

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 7日 (火)

ラオスに行ってきました

C31lp7suyaatnuhjpg_large  2月になって初めての更新です.HPのトップ画面には書いていたんですが,先週金曜から今朝まで冬休みを取ってラオスに行ってきました.

 ラオスは東南アジア唯一の内陸国,東にベトナム,北に中国,西にミャンマーとタイ,そして南はカンボジアに囲まれています.今回は世界遺産に指定されている古都ルアンパバーンを中心に,その近郊や首都のビエンチェンを含めて観光してきました.機内1泊を含めて4泊5日と非常に短い旅行でしたが,景色に食にと充実した休暇を過ごすことができました.こちらの記事もボチボチ載せていきたいと思います(その前にイスラエル旅行記が未完なんだが 笑).写真はルアンパバーン市内のプーシーの丘からのメコン川と夕日です.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月30日 (金)

新玉川温泉に来ています

 いよいよ年の瀬,みなさんいかがお過ごしでしょうか.自分は28日に仕事納めでその夜そのまま盛岡に帰省しました.そして翌29日お昼からお隣秋田県の新玉川温泉に来ています.

Tama7 (写真1) 田沢湖駅にて

 温泉大国の日本,それこそ各地に無数の温泉がありますが,その中でも酸性度日本一を誇るのが玉川温泉です.主成分は塩化水素で源泉のpHはなんと1.05!早い話が0.1規定の塩酸です(笑).分析化学の実験に登場する試薬並みの液体ということになります(ちなみにアルカリ性日本一は埼玉県にある都幾川温泉でpH 11.3).

Tama5 Tama6 (左写真2) バスに乗り込みます,(右同3) なんと最終派12時半!

 ただ玉川温泉本館は積雪のために冬季休業となるため,この時期にこの源泉に入れるのは同系列の新玉川温泉になります.今回はこちらへの訪問でした.11時24分の秋田新幹線で西へ,最寄りの田沢湖駅で路線バスに乗り換えます.この時期玉川温泉へのアプローチとなる国道341号線は冬季閉鎖になります.ただ新玉川温泉までは路線バスのみ通行が許されているので,これが冬期間唯一の交通手段になります.ただその最終バスはなんと!12時30分,このバスに乗り遅れるとその日温泉にたどり着くのは不可能になります(今回宿泊予約した際もホテル側からそう念を押された 笑).

Tama13 Tama12 (左写真4) 宝仙湖のゲート,(右同5) 係員が開けます

 幸い新幹線の遅延もなく無事にバスに乗ることができました.田沢湖駅を出発したバスは北上,どんどん山の中に入っていきます.途中の玉川ダムによって形成された人造湖である宝仙湖にゲートがあり,ここから一般車は通行止め,路線バスを含む許可車のみが中に入ります(係員が手でゲートを開け閉めしている).その後雪深い道を進み(除雪された幅員は狭いが対向車が来ないことがわかっているのでその辺は安心か)約1時間で終点の新玉川温泉に到着しました.

Pc310036 (写真6) 新玉川温泉の正面

 バスを降りてフロントへ.チェックイン手続きをして部屋に入ります.本来チェックインは15時なんですが,冬季間は最終バスがこんな早い時間に設定されているため,到着後すぐに部屋に入れるようになっています.玉川温泉というと自炊の湯治場のイメージが強いですが,こちらの新玉川温泉はリゾートの雰囲気で和室の他,シングルやツインの洋室もあります.

Tama9 (写真7) 浴室(新玉川温泉さんのサイトから拝借)

 少し休んでさっそく温泉へ.前述のように玉川温泉は源泉pH 1.05という強酸性泉です.いきなり源泉に入るのは体への刺激が強すぎるので,まず掛け湯をして,その後源泉を同量の水で割った50%の浴槽に入って体を慣らしていきます(それでも計算するとpH 1.3くらいで草津温泉以上です).50%泉に入浴,休息を何度か繰り返した後,いよいよ源泉100%に挑戦です.ゆっくり体を沈めていきますが,当初は特に何も感じません.むしろ源泉100%は体への刺激を弱めるために温度が低めに設定されていることもあって,より高温の50%の方が強いんじゃないかと思えるほどでした.しかし数分入っているうちに体のあちこちがピリピリして来ます.特に首回りがそうで,これは普段着ているワイシャツのカラー部分が擦れて首に微妙な傷が付いているためと思われました(そう考えるとこの源泉100%は傷発見装置として有用かも).なんにせよ,全国からたくさんの湯治客がやってくる温泉なのでした.

Tama3 Tama2 (左写真8) 食事はビュッフェスタイル,(右同9) 各種地酒もそろったお酒カウンター

 入浴後,しばらく部屋でくつろいでから夕食へ.ここの食事は朝夕ともにビュッフェスタイル.健康志向なのか各種野菜が充実しているほか,きりたんぽ鍋や天ぷらのコーナーもありました(もちろんお酒コーナーも 笑).見渡して感じたのは,年末の一般の温泉ホテルと比較して,① 平均年齢が高い(車いすや歩行器の人も結構いる.リハビリを兼ねた当時客だろう),② 子供連れが極端に少ない(ここの源泉は子供には刺激が強すぎる),③ 最近はどこに行っても必ずいる中国人観光客の姿がない(笑) といった特徴があるかなと思いました.あとはかつて見た情報ではテレビはBSのみとなってたんですが,今回はなぜか青森県の地上波が見られました(なぜ青森なのかは不明,別に青森県境に近いわけでもない).

Tama4 (写真10) テレビの地上波はなぜか青森版,そして青森県はフジテレビ系列がないため代わりにBSフジが…(BSがあっても地上波の補完にはならないのではというツッコミは無しで 笑).

 今回はそんな新玉川温泉に2泊3日の滞在,強烈な温泉三昧に浸っているのでした.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月17日 (木)

沖縄に行ってきました

 久しぶりの更新になります.

 先週後半沖縄に行ってきました.とはいっても休暇とかではなく,学会出張のためです.

 会期は11月11日(金)~12日(土)の2日間,会場は沖縄県宜野湾市にある沖縄コンベンションセンターです.沖縄で学会があること自体が珍しいので,以前から絶対に行ってみたいと思っていた学会です.ただ,東京あたりで開催される学会と異なり,遠い沖縄の学会となれば,手ぶらで行くことはなんとなく憚られる(単なる旅行と誤解される? 笑)ため,発表演題を用意しての参加です.

 で,その自分の発表が11日の午後のセッションだったこともあり,準備のため前日の夕方の便で沖縄入りとなりました.夕方羽田を発った飛行機は途中強い向かい風(偏西風)に会いながらも順調に飛行し,夜那覇空港に到着しました.飛行機を降りた第一声が…

 「あ,暑い…」

 いや,本当に暑いです.温かいではなくて,まさに暑いという表現がぴったりくる感じです.北海道ではもう雪が降っているところもあるというのに… いやぁ,やっぱり日本は広いです (^.^).

Dsc_1161 (写真1) 夕食のステーキ(200グラムのヒレです)

 空港を出て近くのレンタカー屋さんで車を調達し市内に向かいます.途中ちょこちょこと寄り道をしてホテルにチェックイン,この日は近くのステーキ屋さんで夕食にしました(本格的なステーキではなく,かなりカジュアルな感じ).

 翌日は朝5時起きでまずは沖縄本島を散策,お昼近くに学会場に入りました.沖縄コンベンションセンターは会議棟、劇場棟、展示棟から構成されている総合イベント場ですが,それだけでは足りないため,隣の体育館も会場に加えられています(自分が発表するポスターセッションもこの体育館だった).行ってみると大勢の参加者でごった返しています.多くの人はスーツでしたが,あまりの暑さのためか半袖のラフな格好の人も目立ちました(会場スタッフはリゾートっぽい服装).

Dsc_1186 Dsc_1170 (写真2,3) 学会場の様子

 所定の場所に持参したポスターを張り,討論時間までは他のポスターを眺めながら会場を巡ります.いろんなテーマのものが取り上げられていて興味深かったです.時間になり討論開始,大きな混乱もなくスムーズに進んでいきました.

 夕方からは全体懇親会があったんですが,私は参加せず別行動(笑),翌日は特別講演等を聴いたりして,午後の便で戻って来たのでした(沖縄から帰ってくると,関東は非常に寒く感じました).

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧