2020年3月15日 (日)

インパールへの道

 太平洋戦争後半の1944年(昭和19年)3月に,日本が当時占領していたビルマ(現ミャンマー)からインド東部にあるイギリス軍の拠点インパールを占領しようと開始したのがインパール作戦(ウ号作戦)です.作戦構想自体は壮大なものでしたが,補給を無視した杜撰な作戦は大失敗に終わり,参加した3個師団の参戦兵力の半分以上が戦死戦病死する惨憺たる敗北に終わりました.このことから史上最悪の作戦と呼ばれ,インパールという名前そのものが杜撰な作戦の代名詞にもなっています.

 そんな作戦の地であるインパール,戦史好きの自分にとっても行けるものなら行ってみたい地です.しかし,ミャンマーとインドの国境地帯は民族紛争なんかがあって治安が悪く,少なくとも陸路で国境を越える旅は不可能だろうと思っていました.

 し,しかし

 なんと!陸路インパールを目指すツアーがあるらしいのです.

 陸路で行く ミャンマーからインパール、コヒマへの道11日間

 SNS上で出ていたんですが,これは風の旅行社という主としてペルーやモンゴル,ネパールといった山岳国への旅行を得意とする会社です.以前ペルーに行く時にここも候補に入れたことがあるので覚えています.まさか,こんな企画を立てていたとは…

 こんなご時世ですが,参加できるものなら参加したいなと思って日程を見ると…

 2020年3月6日出発

 もう出発日を過ぎています.はたして催行されたのだろうか… そうでなくても来年また企画されるなら参加したいなと思ったのでした.

 奇しくも今日3月15日はインパール作戦において,側面から同地を攻撃するために第15師団(祭兵団)と第31師団(烈兵団)が作戦行動を起こし,国境であるチンドウィン河を渡り始めた日です.

Img_6283

 図はインパール作戦時の各師団作戦行動図に今回のツアーの日程を重ね合わせてみました(高木俊朗著 インパールより引用改変).当時の兵団がどうしてもたどり着けなかったインパールまで矢印が伸びでいるのが感動的です.

| | コメント (0)

2020年2月25日 (火)

東北大学混声合唱団創立60周年記念特別演奏会

Img034  さて,世間では新型コロナウイルスの話題が飛び交い,マスクが品薄になっているなどという報道も見られます.2月22~24日は三連休で,中日の23日は令和最初の天皇誕生日だったんですが,恒例の一般参賀も中止になってしまいました(宮内庁発表では諸般の事情に鑑みとしか触れていませんが,コロナ関係であることは間違いないでしょう).

 そんな23日は仙台に出かけてきました.目的は表題の「東北大学混声合唱団創立60周年記念特別演奏会」(なんて長い名前 笑)を聴くためです.

 長い学生時代を過ごした私ですが,その前半を過ごしたのが仙台で,その時代に所属していたのがこの東北大学混声合唱団です.ここに所属していたインパクトはすさまじく,今に至る自分の趣味の多くの部分がここで形成されたと言っても過言でないほどです.それこそ熱心に活動していたわけですが,私に続く後輩たちも連綿と活動を続けてくれています.

 昨年12月には第60回の記念定期演奏会が行われ,聴きに行ってきたわけですが(その時同期の仲間との懇親もありました 参考記事),今回のステージは主に同窓会が主催して主にOB・OG(卒団性)が出演するステージです.1年半ほど前から準備が進められていました.私も誘われていたんですが,いろいろと忙しく練習に顔を出す余裕がないため諦めて聴く側に回った次第です.

Img_6245  今回の演目は第1ステージが前年度の学生指揮者による合唱ゆかりの曲,第2ステージと第3ステージが常任指揮者の佐々木正利先生の指揮で2ステがフォーレのレクイエム,3ステが佐藤真のカンタータ土の歌です.フォーレは合唱団の定演で何度も取り上げた曲で卒団性からのリクエストが多かった作品です.カンタータ土の歌は終曲に「大地讃頌」という中学校の超有名合唱曲が終曲に入っている作品です.2017年には現役が定演で取り上げ,さらにはニューヨークのカーネギーホールで抜粋演奏をしています.卒団性にとっては垂涎のイベントで,私も自分が現役だったらなぁ~と嘆きつつ,OBとしてしっかり賛助金をお支払いしました(OBというのは金だけ出して口は出さないというのが自分のポリシー).2,3ステはオケ版でオケは仙台フィルハーモニー管弦楽団です(自分が現役の頃は宮城フィルで毎年定演でお世話になっていた).

 今回ステージに乗ったのは100人以上,自分が現役の頃を彷彿させました.3つのステージはどれも素晴らしく,昔取った杵柄じゃないですが,そんなに多くなかっただろう練習回数でよくこれだけまとまったな,さすがは同窓生と感動したのでした(自分の同期にいつも辛口な女子がいて彼女も今回参加していたんですが,そんな彼女が「今回の演奏はイイ!」と言ってたのでいいに違いないとは確信していました).

 終演後は交流会もあったんですがそっちはパスして駅前のオイスターバーへ.この前厚岸で食べてきたばかりだろう!というツッコミがありそうですが,私本当に牡蠣が好きなんです♪

Img_6246 Img_6249

 そんな耳と舌が感動した天皇誕生日でした.

| | コメント (0)

2020年2月15日 (土)

コンキリエ

 根室の夜が明け,2月4日の朝を迎えました.冬の北海道旅行最終日です.窓の外を見ると昨夜以来の雪は上がり青空が広がっています.準備をした後レストランで朝食を食べ,チェックアウト時間まで部屋でまったりしていました(笑).

 10時にチェックアウト,レンタカーはすでに手放しているので,ここからは公共交通機関を利用しての移動になります.根室駅までは徒歩で向かいました.ホテルを出て周囲を見渡すと一面の銀世界,太陽が反射してまぶしいことこの上ありません.これが雪国の風景だよなぁと懐かしくなったのでした.10分ほどで根室駅に到着,過去根室には何度も来ているんですが,汽車(電車ではない)を利用するのは学生時代以来,ここ根室駅も30年ぶりくらい、平屋の駅舎は昔からこうだったかなぁと感慨深くなりました.

Img_2270_20200308215601 Img_2268(左写真1)根室駅,(右同2)根室本線終点の碑

 根室駅は道東地区では珍しい駅員の配置されている駅です.まずは窓口で切符を購入,根室-釧路片道で2860円でした.発車までまだ時間があるので,駅の隣にある観光案内所内にある土産物屋さんを覗きます.地元のお酒やアクセサリーに加え,終戦後の昭和20年8月18日占守島に侵攻してきたソ連軍を迎え撃ち善戦敢闘した戦車第11連隊(いわゆる士魂部隊)に関する書籍も購入しました.

 そうこうしているうちに11時近くになったため駅に戻ることに.改札が始まりホームに出ると,釧路行きの1両編成のディーゼルカーが停まっています.この日の乗客は10人程度でしたが見るからに観光客っぽい人ばかりでした.定刻に汽車は出発,数分で東根室駅に到着です.根室本線の終点は根室駅ですが,最も東に位置する駅はこの東根室駅なのです(ちょうど線路がぐるっと市街地を回り込んでくる感じなので).

Img_2278_20200308215601 Img_6207(左写真3)1両編成の汽車,(右同4)東根室駅の最東端駅の碑

Img_6208(写真5)花咲線の車窓

 東根室駅を過ぎるとあっという間に市街地は無くなり,周辺は原野と森だけになります.人工物は全くなく,どうしてこんなところに鉄道が走っているんだろうと不思議な気分になるほど最果て感があります.ちなみに根室本線の釧路-根室間は花咲線の愛称がついています.この辺で有名な花咲ガニにちなんだ名称で,実際漁港付近に花咲駅もあったんですが,残念ながら廃駅になっています.エゾジカの密集エリアとしても有名で,時々鹿と汽車の接触事故が起こっています.

Img_6211(写真6)浜中駅にて

 原野地帯を進んでいくと,途中数少ない市街地がある浜中駅に到着,ここはルパン三世の作者の故・モンキーパンチさんの故郷です.ホーム上にはルパンのパネルがありました.浜中駅を出るとすぐにまた原野と森地帯が始まります.この花咲線,ひたすら周辺が原野と森で変わらない風景が延々と続くという,他では味わえない風情があります(シベリア鉄道とかこれが日単位で続くんだろうな).

 浜中を過ぎてまた同じような景色が続きますが,やがて左手に湖が見えてきました.ここが厚岸湖で,まもなく厚岸駅に到着します.ここで途中下車するんですが,理由は近くにある味覚ターミナルコンキリエで牡蠣を食べるため.厚岸といえば牡蠣が有名です.せっかく道東に行くんだから食べたいなぁと思っていたわけです.しかもどうせ食べるならお酒も欲しい(笑).というわけで根室でレンタカーを手放して汽車で来たのはこのためだったのです.

Img_2282(写真7)味覚ターミナルコンキリエ

 ここには普通のレストランと炭焼きスタイル,オイスターバーの3か所の飲食店がありますが今回は行ったのはオイスターバーです.入ってさっそく生牡蠣を注文,お酒はというと最近とみに名が知られつつある厚岸ウイスキーの4種飲み比べです.それぞれ味わいが異なって良かったです(牡蠣とウイスキーは相性がいいと実感).その他いろいろといただきました.

Img_6214 Img_6215 Img_6216 Img_6219 (左上写真8)生牡蠣とウイスキー,(右上同9)アヒージョ,(左下同10)エゾシカのロースト,(右下同11)パスタ

 食事後は駅に戻り,次の汽車に乗って釧路へ,その後バスで空港に向かい,夕方の便で羽田に戻りました.こうして今年の自分の冬休み,しばれフェスティバル&道東の旅4泊5日はお終いです.

| | コメント (0)

2020年2月13日 (木)

野付半島と納沙布岬

 温泉ホテルでの夜が明け,2月3日の朝を迎えました.この日は節分です.

 特に急ぐ理由もないのでゆったりと朝食(朝食もブッフェでまたまた品数も豪華!)を摂り温泉に浸かって過ごしました.10時にチェックアウトして出発です.この日の目的地は北海道最東の根室,網走には出ずホテルからそのまま内陸を東進して斜里に出ます.そこから国道244号に入って知床半島の付け根を横断する形で太平洋側に抜けました(夏なら知床半島西岸を北上してウトロから知床横断道路というコースもあり).標津町で太平洋に出て海沿いに南下,そのまま海沿いに走って野付半島に入ります.

 野付半島は日本最大規模の砂嘴であり,全長30キロ近くある半島です.トドワラ,ナラワラといった最果て感漂う立木枯れの風景が人気のスポットでもあります.夏はもちろんですが冬でもそこそこ観光客の姿が見られるのでした(冬にはスノーシューを着用して半島先端を歩くツアーもあるみたいですが,今回はパス).もっともトドワラは近年倒木が進みかなり数が減ってしまったとのことですが…

Img_6167 Img_6181(左写真1)野付半島はるか向こうにトドワラがあります,(右同2)ナラワラとエゾジカの群れ

Img_6157(写真3)道端のエゾジカ

 周辺は野生動物も多く生息しており,特にエゾジカは普通に道端を歩いているのが目撃されました.あとここには幕末の万延元年(1860年)から慶応四年(1868年)まで幕府の命により北方警備のためにこの地に派遣されていた会津藩士の顕彰碑と藩士のお墓があります(半島を縦断する道路の真ん中付近にある).極寒のこの地での冬はかなり厳しかったと思われます(当時ロシアの南下に備えて幕府は東北地方の諸藩に命じて蝦夷地の警備を行わせていた).

Img_62112 Img_62152(左写真4)会津藩士の顕彰碑、(右同5)お墓

 野付半島の見学を終えて再び太平洋岸を南下,やがて別海町に入ります(ここは人間の数の7倍牛の数がいるところ).この辺りは周辺みな牧場で,「〇△牧場」という看板をたくさん見かけます.そのまま南下していくと左手に風連湖が見え,いよいよ根室市内です.厚床から国道44号線に左折して市内中心部に向かいます.

 市街地はとりあえず無視してそのままさらに東へ,目的地は本土最東端の納沙布岬,過去には学生時代を含めて何度か来たことがあります(最終訪問は2008年11月).同じ北海道東部でも網走やウトロなどオホーツク海側は流氷などもあって冬でも観光客が多いんですが,ここ根室は空港からも遠いので閑散としていました(土産物屋もすべて閉まっていた).来客も我々の他は仕事で来たっぽい男性グループのみでした.

Img_6194 Img_62192(左写真6)納沙布岬(記念写真),(右同7)荒涼としています

 寒いので早々に立ち去って市内に戻ります.次はヤマト運輸の配送センターへ.しばれフェスで使った荷物一式をスーツケースごとすべて家に発送するためです.この頃から雪が降り始めました.最東端の日没は早く,5時にはもう真っ暗です.ナビに従って進むのですが,市街地を抜けて何もない地帯に.こんなところに本当に配送センターがあるのかと不安になりましたが,ちゃんと存在しました.ここで荷物を発送,身軽になった後は市内のトヨタレンタカーで車を返し,この日宿泊のホテルに入りました.結局夕食はホテルそばにある回転ずし花まるへ,日本酒とお寿司を堪能しましたとさ.

Img_6205 Img_62262 (左写真8)花まる本店,(右同9)お寿司

 

| | コメント (0)

2020年2月11日 (火)

真冬のオホーツク

 さて,しばれフェスティバルの人間耐寒テストは終わりましたが,せっかく真冬の北海道に来たのだからこのまま帰るのは面白くない!というわけで,ここから道東地区を散策することにしました.

 しばれ会場を後にしてまずは町内唯一のコンビニであるセイコーマートへ.ここで飲み物などを購入します(後に全国的に品切れになるマスクもこの段階ではまだ売っていた).そこからは道道51号線を北東に進んでオホーツク海方面へ,この日の目的地は網走です.メイン国道とは違って完全雪道でした.津別町から国道240号に入ると雪の量がぐっと減ります.ここからは快適なドライブで,途中の道の駅で昨日以来着込んでいるダウンやフリースなどの防寒着を脱ぎ身軽になります(一気に機動性が増した感じ).

Img_5990(写真1)道東名物「牛横断注意」の看板

 結局網走に着いたのは12時ちょっと前でした.実はこの日はオホーツクの流氷観光船に乗ろうと予約をしていたのでした.港についてみると,「流氷なし,風が強く湾内の乗船体験のみになります」との案内が… 近年の温暖化で流氷自体の厚さが年々減少している(らしい)オホーツク海ですが,しばれフェルティバルの状況を見ても,今年の流氷はまだ接岸していないというのは想像ついたのであきらめは付いていました.

Img_6136 Img_6135(左写真2)夏は知床の観光船になるおーろら号,(右同3)流氷のりの字もありません(笑)

 30分ほどの体験乗船ののち,道の駅で昼食,昨夜の疲労と今夜の夕食を勘案してシンプルなパスタにしました.

Img_6137(写真4)オホーツク流氷館

 食後は郊外の天都山にあるオホーツク流氷館へ.ここには流氷を解説したムービーや,クリオネやフウセンウオなどの展示がありますが,やっぱり目玉は前年に採集された実物の流氷展示室です.内部はマイナス15℃に設定されており(奇しくも昨夜のしばれフェスの最低気温と一緒),中でタオルを振り回して凍らせる体験もできます(早回し選手権は行われていない模様 笑).

Img_6139 Img_61342(左写真5)流氷展示室,(右同6)フウセンウオ

 一通り見学した後は最上階の展望台に上ります.ここからは網走市内やオホーツク海などが一望できます.この日は天気が良かったこともあり,オホーツク海のさらに向こう,知床連山も見えました(気のせいかウトロの街が見えた気がした).係員の方によると昨年の同日は沖合に流氷が見えたとのことでしたが,今年はまったくその姿が見えませんでした.

Img_6145(写真7)展望台からは知床連山が

 流氷館見学が終わるとちょうど3時,そのままこの日のホテルに向かいました(北天の丘あばしり湖鶴雅リゾート).前夜がほぼ極寒のキャンプなので,この日は温泉でゆっくりしようという作戦です.チェックインしてさっそく温泉へ(チェックインの時荷物が多すぎて係の人驚いたろうな),単純泉で肌に優しいお風呂でした.その後の夕食はブッフェスタイル,ウチのKはしょぼいブッフェを想像していたらしいんですが,期待に反して(笑)豪華な品々がずらっと並んでいました.お酒は当然日本酒,追加でウニ盛りもいただきました.

Img_61472(写真8)ウニ盛り‼

 夕食後は飲み直しにバーに行こうとも噂していましたが,前日の疲れのせいか,あっという間に寝てしまいました.

 

| | コメント (0)

2020年2月10日 (月)

第39回しばれフェスティバル参加記録②

 さて一夜明け2月1日となりました.いよいよしばれフェスティバルの朝です.外を見ると快晴の良いお天気でした.この日の予定は買い物をして現地入りするだけなのでゆったりスケジュールです.朝9時ごろに朝食会場へ,この日の朝食は和定食・洋定食の選択で私は和食を選びました.

 食事後支度をしてチェックアウト,そのまま近くにあるトヨタレンタカーで車を借ります.旅行の際現地でレンタカーを借りるのは定番になっていますが,いつもなら安い軽自動車利用ですが,今回は荷物をたくさん積めるようにトヨタのアイシスになりました(ハードケース2個,ソフトケース2個が余裕で入る).手続きをしてさっそく出発,まずは郊外のホームセンターに向かいます.ここで購入するのは炭,着火剤そしてマッチです.炭などは元々機内や航空便で送れないため現地で買うしかないからです.あとマッチは4年前にチャッカマンを用意したものの,寒すぎて使えなかったことの反省からです.炭は4年前は夜中から使い始めて3キロ使ったことから,もっと早い時間から使い始めることを想定して倍の6キロを用意しました.ホームセンターの後は隣にあったスーパーへ.今度は食材の調達です.アルミ製のちゃんこ鍋や肉,ワイン,焼酎などを購入しました.

Img_6001 Img_5997(左写真1)足寄の道の駅,(右同2)昼食の塩ラーメン

 買い物が済むといよいよ陸別に向けて出発です.帯広市内の雪はさほどではありませんでしたが,郊外に行くとそれなりに増えてきます.凍った川の風景にに北海道を感じました.久しぶりの雪道運転ということで慎重にハンドルを握ったのは言うまでもありません.途中足寄町の道の駅でお昼休憩,松山千春のふるさとということで関連の展示もありました(この日の昼食はあっさりとラーメン 笑).

Img_5993(写真3)松山千春等身大パネル(笑)

 休憩後はいよいよ陸別町に入ります.まずは4年前と同様道の駅で防寒具を着込みます(帯広はそんなに寒くないのと,完全防寒装備になると機動性が低下するため,なるべくギリギリで着込む方針).そしてしばれフェスティバル会場となるイベント広場へ.まずは一時駐車場で必要な荷物を下ろします.その後参加者用駐車場に車を移動させ,徒歩で会場に戻ってきます(これが意外に遠い💦).続いてはテントの設営の番,ポールを組み立ててテントに通しと,こちらは順調だったんですが,フライシートを掛ける段になって,ペグを打ち付けるハンマーがないことに気づきました(泣).やむなく隣のテントの人にお願いして貸していただきました(感謝).設営後,中にマットを敷いて寝袋等の荷物を運びこみます.一連の作業が終わった後,本部に行って受付を行いました.ゼッケン(今回は56番)と参加者証(ぶるぶるカード)を受け取り,翌朝の朝食券をもらいます(時間別になっているのだが,やはり早い時間が人気らしく,朝一の時間帯は無くなっていた).その後翌朝渡される認定証用の写真撮影を行って終了,本部を出てテントサイトに戻ります.

Img_6004 Img_6007(左写真4)凍った川、(右同5)道の駅りくべつ

 この段階で16時30分,開会式まで1時間半もあります.というわけで,さっそく火をおこすことにしました(実はホテルでお湯を沸かしてくるのを忘れたため).周囲を見るとすでに宴会を始めている人達もいます.コンロをセットして木炭と着火剤にマッチで火をつけます.しばらく扇いで火を大きくします.さあそろそろやかんをくべようかと思ったら係員がやってきました.

 「すいません、テントサイトは火気禁止なので向こう側に行ってもらえませんか」

Img_6008(写真6)テントサイトの様子

 どうやらここは火気使用禁止エリアだった模様… 「すいません💦」と慌てて場所を変えたのでした(周囲の人たちもみな引越しを始めていた).引っ越し後改めて火をおこし,お湯が沸いたのでさっそく飲酒開始! まずは焼酎のお湯割りです.4年前もそうだったんですが,気温氷点下の環境でお湯割りを飲むと,最初のひと口はお湯割りですが,数分すると水割りになってしまうのでした.

Img_6042 Img_6044(左写真7)我々の陣地,(右同8)お湯割りをいただきます

 そんなこんなしているうちに夕方6時,開会式の時間となりました.ステージ上に実行委員長を始め来賓の方々が次々に登壇していきます(ステージ上に臼が用意され,来賓者が一人一人餅を搗く).実行委員長さんのお言葉に続き,来賓の挨拶.今回は久しぶりに国政復帰した鈴木宗男さん(の秘書)も来ていました.4年前は挨拶を待っている間が寒かった記憶があるんですが,この日はこの時間でもマイナス7度程度なので問題なしです.

Img_6014 Img_6018(左写真9)開会式の始まりです,(右同10)しばれ君登場

Img_6029(写真11) 燃え盛る命の火

 あいさつの後はいよいよ命の火の点火式,当地のゆるキャラしばれ君が登場し点火を行います.着火と同時に巨大な炎が噴き出します(もちろんガソリンか何かを仕込んでいるのでしょう).歓声が上がり,第39回しばれフェスティバルいよいよ開幕です.

Img_6035 Img_6112(左写真12)よさこい,(右同13)しばれ湯😖

 この後ステー上では様々なイベントが行われます.地元の小学校児童による太鼓やよさこい,恒例となった北海道のアイドルグループ「フルーティー」のライブと続いていきます.我々もそうしたイベントを眺めながら会場を散策しました.地元の婦人会による各種屋台の他,他地域の商品を売っているブースもありました(千葉県東金市のブースでは落花生を売っていた).特設浴場であるしばれ湯😖は今年も営業していました(誰か利用者いたんだろうか).近年すっかり有名になったこのお祭り,お客さんもたくさん来ています.東南アジア系と思われるグループの方も見かけました(陸別のしばれを堪能して下さったでしょうか 笑).

Img_6038Img_6090 (左写真14)豚汁をいただきます!,(右同15)しばれ花火

 そうこうしているうちにステージ上でのイベントも終了し,お祭り1日目のクライマックスであるしばれ花火の時間となります.世間では花火というと夏の風物詩なんですが,ムチャクチャ空気の澄んでいる冬の陸別の花火はあざやかで素晴らしいです.もう終わるかなと思わせといで次々に打ちあがっていく様が素晴らしいものです.会場内の人たちみんなが寒空に打ちあがる花火を見とれていました.

Img_6110 Img_6125(左写真16)人間耐寒テスト開始,(右同17)鍋を作る

 花火大会が終了すると第1部はお終い,一般の方はここから続々帰宅の途に就きます(だいたい9時半ごろ).しか~し,我々チャレンジャー(このお祭りではイベント後残って朝まで過ごす参加者をチャレンジャーと呼ぶ)にとってはここからが本番です.明朝7時のラジオ体操までの9時間半如何にして過ごすかが問われるわけです.この時間帯でまだ気温はマイナス8度,しばれ度は緩いです.ちょっとおなかも空いたので昼にスーパーで購入した鍋と肉をいただくことにしました.まずは鍋から鶏肉と野菜の組み合わせでした(出汁は薄い醤油味),いっしょにいただくのは先ほど手を付けた焼酎に加えて,地元のロゼワインも投入しました.

 食事をして温まっていたら場内放送が

「只今から11時開始のタオル早回し選手権の受付を行います.参加希望の方はステージまでお集まりください」

Img_6115

(写真18)タオル早回し選手権の受付

 タオル早回し選手権はしばれフェスティバルの名物競技,同時間帯に行われるカラオケ大会とともに,チャレンジャー向けの深夜イベントです.4年前はカラオケ大会の方に行ったため今回はぜひともこちらに参加したいと思っていたので,さっそくステージに向かいました(先着100名まで).参加整理券と乾いたタオルを貰ってしばし待機,11時になっていよいよ競技開始となります.これは水にぬらして絞ったタオルを振り回し,一番最初に凍ってタオルが立った(上向きにして倒れない状態にする)人が勝ちという競技です.100人が10組に分かれて予選を行い,勝ち抜けた10人で決勝を戦うというルールになっています.予選は整理券の順番に振り分けられるのですが,私は1組目,Kは2組目になりました.

 さあいよいよ予選第1組の開始,10人が所定の位置(というか上がった順に適当なので,自分はセンターポジションになった 笑)につき,目の前のバケツ(?)にタオルを浸してよく絞ります.司会者の「はじめ!」の合図とともに一斉にタオルを振り回します.「こんなの数回回せば凍るんだろう」,と思ってたんですが,この時の気温はマイナス8℃,一生懸命回してもなかなか凍りません.悪戦苦闘しているうちに他の人が凍らせたらしくそこで勝負あり,あえなく予選敗退となってしまいました(第2組のKも予選敗退 泣).

Img_6122 Img_6105(左写真19)競技開始!,(右同20)こういう風に立てばOK

 選手権が終わり再び陣地に戻る我々です.ここからは朝まで耐える時間,さすがに12時過ぎる頃にはマイナス10℃の大台に乗りました.ワインや焼酎をちびちびやりながら時間を過ごします.時々周囲を散策しましたが,4年前と違い命の火周囲にあまり人がいません(そんなに寒くないからでしょう).それより今年は会場の一角にオールナイト営業しているラーメンコーナーがあったのが凄いなと思いました.おなかが空かなかったので利用することはなかったんですが,次があれば食べてみたいです(事前に知っていたら食べ物をセーブした 笑).

Img_6129 Img_6128(左写真21)真夜中の命の火,(右同22)オールナイトのラーメンコーナー

 その後2時頃になってそろそろ寝ようかとなりテントにもぐりこみました.4年前に購入した冬用シュラフの初陣です(4年前は結局貫徹したため使わなかった).どうかなと思いましたがさすが冬用,結構温かかったです(顔面のみ寒い感じ).

 眠ったのかどうかよくわからにうちに夜が明け,朝6時半過ぎに活動再開,ステージの表示を見るとマイナス15℃,どうやらこれがこの朝の最低気温だったようです.7時にチャレンジャーが集合してラジオ体操,認定証授与と進んでいきます.4年前は寒さのあまりラジオ体操の放送が途切れがちだったんですが、この日はそんなことはありませんでした.ある程度眠れたし,疲労感は4年前とは比較にならないほど少なかったと感じました.

Img_6134(写真23)朝のラジオ体操

 認定証を貰った後は送迎バスに乗って朝食会場の町役場へ,今年もビュッフェスタイルでした(メニューも大体4年前とおんなじと思う,カレーもあったし).その後はバスで会場に戻り,テントやコンロ等の片づけを済ませます.そうこうしているうちにお祭り2日目の始まりとなり,徐々に一般のお客さんが集まっていました.同じころ我々は会場を後にしたのでした.

Img_6131 Img_6132 (左写真24)燃え尽きた命の火,(右同25)朝食会場

| | コメント (0)

2020年2月 9日 (日)

第39回しばれフェスティバル参加記録①

 以前から予告していた通り,2月1日~2日にわたって行われた,第39回しばれフェスティバルに参加してきました.

 日本国内で一番冬の厳しい北海道の中でも,さらに寒さの厳しい道東の陸別町で毎年2月初旬に行われている,寒さを売りにした(笑)イベントです.4年前の2016年に一度参加したことがありました(参加記録).この時は朝の最低気温が会場内でマイナス26℃,外の川辺でマイナス29℃に達する極寒で,明け方以降は寒さのあまり意識がもうろうとする中で,会場中央の焚火(命の火)のそばで震えながら貫徹しました.終わった際には,「も,もういいかな…」という感じでしたが,のど元過ぎればなんとやら,4年歳月が過ぎた結果「また参加しようかな」と気持ちが変化してきました.とはいえこのイベント,全国から参加者が集まるなど結構人気があり,”参加したい≠参加できる”のもポイントです.参加者募集は12月の半ばに行われ,その後の抽選を経て幸いにも当選,年明けから少しずつ準備をしてきました.

 しかし,今年の北海道は例年にない暖冬ということで,しばれフェスティバル名物のバルーンマンションの製作が遅々として進まず,1月半ばに実行委員会から今年は定員分を確保するのが困難であり,大多数の参加者にはテント泊をお願いしたい旨の連絡がありました(ダメならキャンセルも可と).参加するからにはバルーンマンションに泊まりたいのは人情ですが,暖冬という自然現象には逆らえないので,テントでも可と返信したのはいうまでもありません(その後実行委員会準備テントではなく,持ち込みテントも可といことで,持ち込みにした).

 その後1月下旬に最終案内が到着,4年前と同様の注意事項が書かれてありました(酔って外で寝ると本当に死にます!のフレーズもあった).一方で同封された会場案内図を見ると,4年前とは結構配置が違っています(前回露店が並んでいた部分が宿泊地になっていた).準備の方も進み,新しいヒートテックの下着類を購入しました(アウター等やマット,寝袋類は4年前に購入してあるのをそのまま流用).前回は海外旅行用のスーツケース2個でキツキツだったという反省を生かして,今回はハードケース2個に加え,ソフトケース2個と併せて4個体制を採用,さらに子の量だと飛行機に持ち込む際に追加料金がかかるのが必須ということもあって,この4個のケースはすべて家から最初のホテルまで宅配で送ってしまうことにしました.

P2130003 P2140008(左写真1)参加の案内,(右同2)例年の注意事項が…

 そんな準備を経て,1月31日(金)いよいよ出発の日です.この日は午後半日休を取ったので午前中のみ仕事して午後から出発となります.大きな荷物はすべて送ってあるので貴重品類とバックパックのみで羽田空港に向かいます.横浜駅での乗り換えもスムーズにいき、予定より早く空港に到着,預け荷物もないためセキュリティを抜けてゲート前でビールを飲む余裕がありました(笑).この日搭乗するのは帯広空港行きの便,4年前と同じパターンです.定刻をやや遅れて17時10分頃に飛行機は動き始めそのまま離陸,北に向かって一直線に飛んでいきます.途中やや気流の悪いところはあったものの,無事に帯広空港に到着しました.

 飛行機から降りると,キンとした冷たさを感じます.「これ,これだよ.これが北国の冬だよ」と妙に嬉しい気分になるのが北国生まれの特性です(笑).今回は預け荷物もないのでそのまま到着ロビーに出て,市内行きのバスに乗り込みます.帯広空港から市内へのバスは駅にまっすぐ行く便と市内ホテルにちょこちょこ寄る便と2系統あるんですが,今回は宿泊ホテルが駅の目の前なので駅便を選択しました.

 乗客が揃ったところで出発,市内に向かいます.周辺の雪の量はまあまあでした(4年前と同じくらいか?).40分ほどで駅に到着,ホテルに入るとフロント付近に自分が送ったスーツケース4個が並んでいました.そのままチェックインして荷物を受け取りました(それにしてもフロント人はこんなに荷物を別送するなんて何者だろう?と思ったのではないか 笑).

 部屋に入って一休みして,さっそく夕食に出かけます.せっかく北海道に来たのと,明日のしばれフェスティバルに向けて英気を養う目的で,この日は十勝ジンギスカンのお店に入ました.注文するのはもちろんラム肉&ワイン🍷です.軟らかいし臭みもなくいいお肉でした(もやし類はあらかじめ敷かれて出てくるんですが,本格的な感じ).おなか一杯になりました.

Img_5986 Img_5984

(左写真3)ジンギスカン,(右同4)この日いただいたのは代表的な十勝ワイントカップです

 食事後はホテルに戻り,明日に向けて荷物の詰め替えなどをした後,ホテル併設の大浴場に浸かったのでした(これも気持ちよかった).

| | コメント (0)

2020年2月 6日 (木)

モバイルSuica特急券サービス終了

 JR東日本のホームページ上に,本年3月31日をもってモバイルSuica特急券のサービスを終了する旨の案内が出ていました.

 「モバイルSuica特急券」のサービス終了について

 JR東日本の広報によると,3月14日のダイヤ改正にあわせ新しい新幹線チケットレスサービス,新幹線eチケットサービスの開始するため,モバイルSuica特急券(以下モバ特)を廃止するということのようです.

 これまでJR東日本のお得な新幹線チケットは、”えきねっとトクだ値”と”モバ特”の2本立てでした.トクだ値は紙,モバ特はチケットレスでの運用だったのですが,予約方法は全く別々で相互の移行(えきねっとの切符からモバ特に変更,あるいはその逆)もありませんでした.利用者の一部からは「わかりにくい」という声もあったようで,今回の改定により予約はえきねっと1本に集約し,紙とIC乗車券双方での運用が可能なシステムになるようです.

 で,この新サービスなんですがこれまでに出ている情報をまとめると,

① 新幹線利用区間の特急券+乗車券セットの発売である(これはモバ特と同じ)

② 基本料金は特急券が紙のチケットに比べて200円安いが乗車券は基本紙と同額

③ 割安切符としてはえきねっとトクだ値とお先にトクだ値が利用可能

 となっているようです.さて,そこで自分がメインで利用する機会の多い東京ー盛岡での利用の場合,従来のモバ特との差はどうなんでしょうか.

 従来東京ー盛岡間を東北新幹線はやぶさ号で利用する場合,最も安い切符はえきねっとのお先にトクだ値です.これは乗車券+特急券総額の25%引きなので,11,230円となります(この区間の定価は15,010円).ただこの切符,非常に人気が高いので,発売直後でも買えない時があります(特に週末など).通常のトクだ値の場合はより入手しやすいですが,はやぶさ号のトクだ値は割引率が5%と低いため,こちらの値段は14,270円,定価との差額は740円とかなり少なくなります(車内で食べる弁当には手が届かないくらい).またトクだ値は乗車当日の変更ができないという欠点があります.ただトクだ値の乗車券部分は東京都区内扱いになるため,例えば小田原から東海道線を利用して新幹線に乗り継ぐ場合の乗車券の差額は小田原ー東京間1,520円ではなく,小田原ー蒲田間1,340円となるため,ちょっとお得です.

 一方のモバ特ですが,基本割引率は7%程度ですが,通常料金が割高になる「はやぶさ号」も「やまびこ号」と同価格に設定されているため,はやぶさ号利用の場合,事実上10%程度の割引率になります.しかもこちらは発車の5分前まで自由に乗車変更できるのも魅力です(モバ特には,さらに割引率が高い一方で,払い戻しや乗車変更に制限のあるスーパーモバ特というのもあるが,東京ー盛岡には設定されていないためここでは触れません).

 まとめると従来は料金的には得な順に,お先にトクだ値 > モバ特 > トクだ値 でした.今回料金的に中間(直前変更可なので小回りは一番利く)のモバ特が無くなることで,3月14日以降の新幹線チケットレスはお先にトクだ値が取れない限り,従来よりも割高になってしまうことは確定なのでした.う~ん,なんか微妙な改訂だなと思ったのでした.

| | コメント (0)

2020年2月 4日 (火)

気がつけば立春

 今日2月4日は立春です.二十四節気のひとつで暦の上では春の始まりとなります.とはいえ現実にはこの立春の前後が1年で一番寒い時期というウワサもあります.

 そんな立春ですが,今年はしばれフェスティバルに参加した関係で北海道最東部の根室市で迎えました.前日の3日夕方から降り始めた雪がそれなりに積もり,春とは思えない(まさに「春は名のみの」)一日になりました.

Img_2270 Img_2278(写真左)雪の積もったJR根室駅前,(同右)釧路行きのディーゼルカー

| | コメント (0)

2020年1月14日 (火)

しばれフェスティバルその後

 1月も中旬となり,1年でもっとも寒い時期になってきました.ただ関東地方では寒いと言っても氷点下になるわけでもないので,「寒いなぁ」などと軽口を叩ける程度ではあります.一方で北国,特に北海道では一日中氷点下になるいわゆる真冬日が常態化する季節になります.そんな寒い季節を売りにしているのが陸別町のしばれフェスティバル,今年は2月1~2日に開催され,今年はその目玉イベントである人間耐寒テストに4年ぶりに参加することになっています.この企画は氷点下30℃近くにまで冷える現地の寒さを体験してもらおうというもので,実行委員会の方々が作ったバルーンマンション(かまくらのようなもの)で一晩過ごすのがポイントです.

Shibare17 Shibare18(写真)2016年参加時のバルーンマンション

 で,先日その実行委員会からメールが来ました.何だろうと思ってみてみたら…

 なんと!今年は例年にない暖冬と雪不足のため,予定数のバルーンマンションを作るのが絶望的な状況であり,参加者には巨大テントでの雑魚寝をお願いしたいというものでした(無理ならキャンセル可とのこと).

 まあ,自分的には雑魚寝でもなんでもいいのですが,地球温暖化の波がこんなところにも押し寄せているのかと感慨深く思ったのでした.

| | コメント (0)

より以前の記事一覧