2021年9月20日 (月)

帰省

 コロナ禍ということでなかなか帰省がしづらい状況にありますが,いわゆる感染第5波が収束傾向にあることと、お彼岸であるということを勘案して久しぶりに盛岡に行ってきました.ちなみにうちの家族は全員ワクチン2回接種して2週間以上経過しています.

 ちょうど九州から本州西部を縦断していた台風14号に追いかけられる形での帰省でしたが,うまく逃げることができたようで,9月18日の夕方に東京駅を出発したときは雨が降っていましたが,夕方盛岡に着いたときはちょうど雨上がりでした.

Dsc_2031_20210921134801(写真1)岩手山がきれいです

 翌9月19日の午前中にお墓参り,自分の家のお墓のほかに親戚のお墓も回るのでほぼ半日がかりでした(コロナ禍で帰省できないうちに新たにできたお墓もあった).

 午後からは母親を連れて温泉に繰り出します.おととしまでは毎年7月の父親の命日付近に家族旅行をするのが定番だったのですが,コロナ禍で難しくなっているためその代替でもあります.今回出かけたのは県中部北上市の西部の山の中にある湯川温泉の「四季彩の宿ふる里」です.こういうご時世なので基本的に食事は個室,温泉も大浴場のほかに客室にも温泉がついているタイプを選択しました.

Img_6515 Img_6512(左写真2)小鬼ヶ瀬川(和賀川の支流)のそばです,(右同3)客室の温泉

 チェックインと同時にまずは大浴場へ.早い時間,まだ他のお客さんが来ない段階で大浴場を利用するのがポイントです.その後はしばらく部屋で寛ぎ夕食の時間,この日は地産地消の会席料理でした(地元牛のしゃぶしゃぶ付き).日本酒をお供にしたのはいうまでもありません.その後は部屋の温泉に浸ったりお酒を飲みなおしたりしてまったり過ごしました.

Dsc_2034 Dsc_2045(左写真4)しゃぶしゃぶ付き夕食,(右同5)こちらは朝食

 翌日は朝食(けっこう豪華)を食べ,その後も温泉に浸かりつつチェックアウト時間(11時)までゆったりしていました.

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2021年7月20日 (火)

羽田空港の自販機

 梅雨が明け,夏本番という言葉がぴったりするような暑い日が続いています.

 先の週末,出張のため西の方へ行ってきました.行きに寄った羽田空港の出発ロビーで一風変わった自販機が目に入りました.

Dsc_1840 基本的にはマスクなどの衛生用品の自販機なんですが,その最上列に新型コロナ検査キットが並んでいます.送付不要その場でわかる、簡単,唾液検査,15分でわかるというフレーズからPCR検査ではなく抗原検査であることは確実です.最近では航空会社も検査付き航空券なんてのも発売しているので,こうした商品も一定の需要はあるんだと思います.

 ただ有症者はともかく,無症状者における抗原検査の感度は低いのでこれで陰性だから大丈夫とはいえず,あくまでも気休めの域を出ないのが悲しいところです.

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2021年7月15日 (木)

尾瀬旅行記録をアップしました

 先月行ってきた尾瀬旅行記録(尾瀬ヶ原・尾瀬沼縦走)をホームページの国内旅行記にアップしました.ブログ記事から本編へのアップの速さでは近年まれにみるスピードだと思います.

 尾瀬旅行記録

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2021年7月 6日 (火)

高松凌雲

 現在NHKで放送中の大河ドラマ青天を衝け,7月4日の第21回は渋沢が1867年(慶応三年)に開催されるパリ万国博覧会に参加する幕府の随員となる下りが描かれました.わずか4年前の1863年(文久三年)には攘夷を叫び,高崎城乗っ取りを企てていたことを思うと隔世の感がありますが,坂本龍馬もそうだったように幕末の日本はまるで早回しのように時代が大きく動いていたわけです.

 1867年のパリ万博において主催者であるフランス政府は元首級の訪仏を希望していましたが,さすがに当時の政情から将軍慶喜自身の渡仏は考えられず,弟の徳川明武を名代として派遣することになります.当時渋沢栄一は慶喜の将軍就任に伴い幕臣になっており,その事務能力の高さから御勘定格陸軍付調役の肩書で主に一行の庶務や会計業務を担当することになります.ドラマではこの幕府一行に加わる面々も登場しましたが,その中で医師である高松凌雲もいました.

Ryoun(写真)高松凌雲

 高松凌雲は1837年(天保七年)に九州筑後の国に農家の三男として生を受けました.長じて武家の養子になったものの脱藩します.やがて医師を志し江戸や大坂でオランダ医学を学び頭角を現しました.1865年(慶応元年)その才が認められ一橋家に召し抱えられ専属医師となります.そして慶喜の将軍就任に伴い,幕府の奥医師という当時の日本の医師の最高位になるなど,渋沢栄一同様あれよあれよという人生を歩んでいます.パリ万博に際して一行の専属医師として派遣され,一方で滞在中は現地の医療を学ぶ役割も期待されていました.

 そんな高松凌雲がパリで学んだ病院が Hotel Dieu です.Hotelと名がついていますが宿泊施設ではなく,フランス最古ともいわれる歴史のある病院です.ここで凌雲はフランス医学の先進性だけではなく,貧民も無料で医療が受けられる施設が整っていることに強い衝撃を受けたそうです.

 帰国後は榎本武揚らとともに蝦夷地にわたり,そこで病院を開き,五稜郭戦争勃発後は新政府軍,旧幕府軍問わず治療するなど,赤十字運動の先駆けのようなことをしています.

 そんな凌雲の医師としての精神に強い影響を与えた Hotel Dieu、私も2008年にフランスに行った際に見てきました.入口に掲げられた看板の下に,フランス革命の基本精神であるLiberté, Égalité, Fraternité(自由,平等,友愛)の言葉が記されています.本日ツイッターでこの話を出したところ,この看板は当時からあったのだろうかという声をいただきました.調べたところ,19世紀後半の写真家シャルル・マルヴィルの写真にも同じ看板がしっかり写っているのを発見し感慨深く思いました.

E5mmsabvgaisxi7 Hoteldieuold (左)2008年春,(右)19世紀後半の同じ場所

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2021年6月30日 (水)

南部アフリカ旅行記録

 最近空き時間を利用してホームページ本編の編集に努力しているのですが,このほど2018年1月に行ってきた南部アフリカ旅行記録が完成しました.11日間という私の就職後の海外旅行として一番の長編となりました.

 南部アフリカ旅行記録

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2021年6月25日 (金)

尾瀬旅行(3)

Dsc_1790(写真1)ヒュッテの朝食

 尾瀬旅行の最終日の朝を迎えました.昨夜も消灯後すぐ就寝したため朝5時過ぎには目を覚ましました.6月の夜明けは早くすでに明るくなっています.ただ昨日一昨日に比べるとやや雲が多いなという印象です.寝具を片付けて6時に昨夕と同じ食事会場に入ります.ここの食事は部屋ごとにあらかじめ座席が指定されており,そこに着席します.メニューはハムと野菜サラダ,魚(山小屋の特徴として極力ごみが出ないよう全てを食べられるよう処理している),納豆(ウチのKが食べられないもの 笑)そして温泉卵でした.ごみを出さないよう全て平らげたのは言うまでもありません.その後は部屋でコーヒーを飲んで寛ぎ,8時少し前にチェックアウトして外に出ました.空を見上げると早朝と同じく雲が多い天気です.

P6120156 P6120157(左写真2)新しいビジターセンター,(右同3)長蔵小屋

 ヒュッテを後にしてまずは近くにある尾瀬沼ビジターセンターに立ち寄ります.ここは尾瀬保護財団によって管理され,尾瀬地域の自然保護と情報発信を行っている施設です(姉妹施設として尾瀬ヶ原にも山の鼻ビジターセンターがある).中では尾瀬の動植物や遊歩道の状況からクマやオコジョの目撃情報などが展示されていました(さすがにオコジョはなかなか見つけるのが難しいもよう).自分的には鳥の鳴き声が聴ける装置が面白かったです.なおこのビジターセンターは建物が老朽化したこともあり,今年の夏近くの新しい建物に移転するとのことである.

P6120164 P6120167(左写真4)水芭蕉の群生,(右同5)一級河川尾瀬沼

 ビジターセンターを後にして尾瀬沼東岸を南下することにします.湖畔には尾瀬では老舗の山小屋である長蔵小屋があります.そのたたずまいからも伝統を感じさせます.東岸の木道沿いからは尾瀬沼の向こうに燧ケ岳が見えて,条件が良ければ逆さ燧を経験できます.植物でも水芭蕉の群生のほか,いろいろな花が見られました(沼のほとりに立つ標識には一級河川尾瀬沼と書いてあって,沼だけど河川なんだ!と感動した).

P6120195P6120158 P6120184P6120190 (左上写真6)尾瀬沼と燧ケ岳をバックに,(右上同7)シラネアオイ,(左下同8)ショウジョウバカマ,(右下同9)タテヤマリンドウ

 木道を30分ほど進むと三平下の休憩所に到着しました.ここは尾瀬沼のほぼ最南部に位置し,東岸ルートと南岸ルート,さらには峠を越えて大清水に至る3つの道が交差するところです.どのルートをたどるにせよ休憩場所として最適なところです.荷物を下ろして売店でコーヒーをいただきました.歩いた後のコーヒーもいいものです.その後トイレを済ませて三平峠の方へ歩き始めます.ここを過ぎるともう尾瀬沼は見納めということで,後ろを振り返りながら進みます.

P6120202 P6120207(左写真10)三平下休憩所,(右同11)三平峠への木道

 やがて周囲は森の中となり,峠に向かっての上り坂です.昨日の白砂峠に比べると距離的にはそれほどでないですが,キツイものはキツイと運動不足でなまった体を恨めしく思います(笑).それでも休憩所から30分ほどで三平峠に到着,設置されているベンチに座って休憩です.この時間になると我々とは逆方向,大清水方面から尾瀬沼に向かってくる人がそれなりにいて,すれ違う場面が多くなります.そう今日は土曜日,尾瀬が最も混む曜日でした.朝大清水を出た人たちがちょうどこの時間帯に峠までやってきたということのようです(逆に我々のようにこの時間に尾瀬を離れる人は少数派).

P6120208 Dsc_1793(左写真12)三平峠,(右同13)記念写真

 三平峠からはひたすらな下りとなります.とはいえ,壊れかかった木道,石がごろごろする道,沢水があふれた個所などお世辞にも歩きやすいとは言えないところばかり,油断するとケガをする恐れがあるため慎重に下っていきます.だいたい1時間ほど歩いて前方に建物が見えてきて,足元の路面が普通の砂利道になりました.尾瀬を去った寂しさよりも,なんか人里に戻ってきた安心感が上回る感じです.やがて砂利道が舗装道路になってまもなく,一ノ瀬の休憩所に到着しました.

P6120224(写真14)下界についた感じがします

 一ノ瀬休憩所は現在営業は休止中ですが,休憩スペースとしての利用は可能です.さっそく荷物を置いて休憩します(長い悪路の下りで結構へばっていた).ストレッチをして外に出ると,大清水行きと書かれたマイクロバスが停まっています.もしかしてこれは… と思い近くにいた運転手っぽい人に,「これ,大清水に行くんですか?」と聞いたところ,「そうです,今日から運行なんです」との答えが.一ノ瀬-大清水間は自動車が通れる道なんですが,基本的に許可車以外の通行禁止,夏季のみシャトルバス運行となっていました.事前に調べた限りでは2021年のバス運行のスケジュールは発表されておらず,今回は大清水までは徒歩で行かなくてはならないと覚悟していたのです.が、バスが運行されているとなれば話は別! 話を聞いたら5分後に出発するということで急いで乗ったのは言うまでもありません.

P6120226(写真15)山菜そば

 一ノ瀬-大清水間は徒歩だと1時間かかります(我々の体力だともう少しかかるかも).そこを十数分のバスで移動できるわけですからこの先の行程が楽になります.結局11時15分ごろに大清水の休憩所に到着できました(当初の予定では12時過ぎに到着予定).当初予定よりも早く着いたことから1本前のバスで下山できるんじゃないかということで,ここでお土産品購入&昼食タイム.この日は定番の山菜そばをいただきました.そして11時50分の関越交通バスで車を停めてある戸倉温泉の駐車場に戻ったのでした.

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2021年6月21日 (月)

気が付けば夏至

 今日6月21日は夏至,1年の中で最も昼の時間が長くなる日です.毎年この時期の記事に書いているんですが,昼が長いということは大軍を動かす軍事作戦を行うのに適した季節ということでもあり,歴史的にはこの時期に大きな戦いが起こることがよくあります.古くは古代ローマ末期にアジアから西進してきたフン族と西ローマ・ゲルマン連合軍が戦ったカタラウヌムの戦いが451年の6月20日に起こりました.また有名なナポレオンのロシア遠征が1812年6月23日,ワーテルローの戦いが1915年6月18日,第二次世界大戦の独ソ戦の開始であるバルバロッサ作戦が1941年6月22日,同大戦のソ連側の大規模な反撃であるバグラチオン作戦が1944年6月22日に開始されています.日本史方面を見ると本能寺の変が1582年6月21日(天正10年6月2日)のことですし,応仁の乱も本格的な戦いが始まったのは1467年(応仁元年)のこの時期です.

Dsc_1808  そんな夏至ですが日本では梅雨時に当たるため天気が悪く,太陽を拝めないことが多い日でもあります.当ブログの過去記事を参照しても夏至は曇りや雨の日が多かったようです.

 が,しか~し! 2021年の夏至は何年か振りの良いお天気,午後にちょっと職場の外に出ていつになく高いところにある太陽を堪能しました.

 ちなみに夏至といえば,2003年のこの季節に訪問した北極海北緯80度にあるノルウェー領のスバールバル諸島を思い出します.さすがに夏至とはいえ日が沈む日本と違い,彼の地では24時間日が沈まない白夜(英語ではmidnight sun)が体験できます.

4 8_20210621225701 8_20210621225702 10ji_20210621225701(左上)午前4時,(右上)午前8時,(左下)午後8時,(右下)午前0時 すべて同じ場所です

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2021年6月19日 (土)

尾瀬旅行(2)

 尾瀬旅行2日目です.前夜は消灯後すぐに就寝したこともあってこの日は5時ごろに目が覚めました.さすが6月のこの時期は日の出が早いので周囲はすっかり明るくなっています.起床後はまず寝具を自身で畳んで整理するのが山小屋流です(昔合宿で使った青年の家もそうだった).

Dsc_1740(写真1)温泉小屋の朝食

 6時になると「朝食の支度が出来ました」という館内放送が流れ、宿泊者は食堂へ.座席は来た順に係員に誘導される感じです.朝食はハムに切り身の鮭,漬物が中心で,温泉小屋らしく温泉卵もついていました(ご飯はお替り自由).

Img_0213(写真2)温泉小屋をバックに

 実は前夜,この日の予定について考えました.昨日は疲労で三条の滝をパスしたわけですが,はたしてそれを今日に持ってくるか… いろいろ検討したんですが結局断念しました😢.理由はそもそもここから今夜の宿泊地である尾瀬沼東岸まで,まっすぐ行っても11kmと昨日歩いたのとほぼ同じ距離があること,そして最初の下り以外はほぼ平坦地だった昨日に対し,今日は途中白砂峠というけっこうな峠道があるからです.普通に歩いても昨日より大変なのに,さらに往復2時間の登山道を追加するのは我々の体力の限界を超えているだろうと判断しました(滝は別の機会に必ずリベンジします).

Img_0214(写真3)見晴地区の手前

 そんなわけでこの日はゆっくりと思ってたんですが,朝食が早いこともあり山小屋にいてもすることがないため,結局7時半にはチェックアウトし歩き始めることになりました.滝には向かわないため,まずは昨日来た道を戻ります.赤田代と呼ばれる湿原地帯から南へ向かい,まもなくすると東電分岐にさしかかります.ここを右折すれば東電小屋方面ですが今日はこのまままっすぐ行きます.東電分岐から15分ほどで見晴に到着しました.

Dsc_1741 Dsc_1742(左写真4)朝の弥四郎小屋,(右同5)見晴集落

 昨日も小休止に利用した弥四郎小屋前のベンチでしばしの寛ぎタイム,この先しばらくトイレがないので,公衆トイレで出すものをしっかりと出して支度を整えます.そして8時30分ごろいよいよ尾瀬沼方面に向かって移動開始,見晴の集落から東に延びる木道を進みます.見晴は尾瀬ヶ原の東の端に位置するためここから先はしばらく森林地帯を歩くことになります.そして尾瀬ヶ原と尾瀬沼の間には約200mの標高差があることから,尾瀬沼に向かってほぼ片勾配の峠道となっています(ちょうど碓氷峠みたいな感じ).

Dsc_1744 Dsc_1749(左写真6)老朽化した木道,(右同7)普通の登山道

 見晴の集落が終わると早速登り始めます.基本的には木道が敷かれたルートですが,損壊が著しい個所もありました(尾瀬ヶ原とは違ってこちらは歩く人が少ないので,木道の補修もなかなか進まないのでしょう).

Dsc_1752 Dsc_1756(左写真8)岩場,(右同9)へばっています

 その後は普通の登山道と木道が交互に現れる形でひたすら登っていきます.途中には倒木で迂回を余儀なくされる個所もあり苦労します.とはいえ尾瀬は気温がそこまで高くないのと,森林地帯で直射日光にさらされないことから,全身汗でびしょびしょとまではいきませんでした(昨年9月の父島ハートロックの時ほどはきつくなかった).

Dsc_1761(写真10)白砂峠に到着

 見晴を出発して2時間いよいよ岩がごろごろする急こう配を登った先に,ついに「白砂峠」と書かれたプレートを発見,2時間登りっぱなしは堪えましたがそれなりに達成感に浸りました.峠を過ぎるとすぐ下りというわけではなくしばらくは木道を歩きます.さすが標高が高いせいかまだ残雪があり,それが解けでできた水たまりが目に入ります.そしてその水たまりには水芭蕉が生えていました.尾瀬ヶ原はもう見ごろの終盤ですが,標高が高く日差しの少ないこの辺はまだまだこれからのようでした.

Dsc_1764 Dsc_1769(左写真11)残雪が,(右同12)水芭蕉

 そんな水たまり地帯が終わると岩場の急な下りになります.こうした場所は足首のケガを起こしやすいのでポールを使いながら慎重に下ります.かなりの急こう配ですが距離は短く,あっという間に開けた土地に出ました.昨日歩いた尾瀬ヶ原を思わせる風景ですが,ここは白砂田代と呼ばれる森の中にぽっかりと開けた湿原です.ちょうどテラスがあったのでしばし小休止することにしました.

P6110099 P6110100(左写真13)白砂田代(沼尻方面),(右同14)白砂田代(見晴方面)

 今日歩いてきた白砂峠越えルート,反対方向からくる人がチラホラいたものの,基本的には人の数は少なく今世間で言われている密とは無縁な世界です.聞こえてくるのは流れる水の音とカエルの鳴き声だけ.声のする方を探してみるんですがカエルの姿は見つけられませんでした.

P6110102 Dsc_1774_20210619232701(左写真15)ここにも池塘が,(右同16)水芭蕉の群生

 小休止の後再び歩き始めます.田代が終わると再び森の中に,多少のアップダウンはありますがさほど苦労なく進んでいきます.やがて20分ほどで周囲が開け,目の前に大きな湖が現れました.尾瀬沼です! ついにたどり着いたと感慨深いものがあります.沼のほとりには沼尻休憩所の建物があり普段なら休憩に利用できるんですが,2021年は休業ということでトイレ含め使えない状態のようです.

P6110111 P6110109(左写真17)尾瀬沼です,(右同18)カップヌードルを作る

 とはいえ我々はここで大休止,昼食の時間としました.この日はお湯を沸かしてカップヌードルを作ります.こういう環境で食べると美味いんだよなと感慨に浸りました.昼食後は沼の方に近づいてみます.なにやら船着き場のようなところがあったので恐る恐る行ってみました(かつてはボートでも出ていたんでしょうか).

P6110113Dsc_1778 (左写真19)船着き場にて,(右同20)この先も木道が続きます

 大休止後再び荷物を担いで沼尻を後にします.尾瀬沼は1周の遊歩道が整備されていますが,西岸と南岸の遊歩道は悪路が多いため,一般に北岸ルートが推奨されています.今回は初尾瀬ということで我々も北岸ルートを歩きました(もっとも南岸ルートの方が沼に近いところを通るため風光は良いという噂です).

Dsc_1782 P6110116 P6110143 P6110145(左上写真21)木道も単線になります,(右上同22)北岸からの尾瀬沼,(左下同23)水芭蕉の群生,(右下同24)美しいです

 とはいえ北岸も沼がよく見える場所はありますし,その他水芭蕉の群生地も結構あって景色を堪能しながらの散策ができました.歩き始めから40分程度の森の中で左に分岐する小道を発見,こちらは長英新道という燧ケ岳山頂へのルートでもちろん上級者向けです.我々はもちろん直進します(笑).

P6110147 P6110150(左写真25)湿原内を流れる川,(右同26)まもなく三叉路

 分岐から間もなく周囲は急に開けて湿原が広がる地域に出ます.この付近が大江湿原と呼ばれる福島県側の沼山峠から下ってきて到達する湿原地帯の南端になります.そのまま歩いていくと,やがてその沼山峠方面と尾瀬沼東岸方面とに分岐する三叉路へに突き当たりました.ここを右折して尾瀬沼東岸へ,まもなく建物が複数姿を現します.このうちの一つ,一番奥まった場所に立つのがこの日の我々の宿泊先,尾瀬沼ヒュッテ,桧枝岐村営の山小屋です.時間的には2時ちょっと前でしたが早々にチェックインして休むことにしました.

P6110154(写真27)尾瀬沼ヒュッテ

 通された部屋は昨日の温泉小屋と同じ8畳間でしたが,こちらは個室利用を前提に建てられているためか鍵がついていました(その他支払いにクレカが使えるなどちょっと町っぽさもある).その後はさっさと入浴,ここは温泉ではありませんが,尾瀬の湧水を沸かしたお風呂はとても気持ちがよかったです(基本的に尾瀬の山小屋のお風呂はシャンプー・せっけん不可なんですが,コロナ禍ということで備え付けのもののみ使用可でした).

Dsc_1785(写真28)ヒュッテの夕食

 入浴後はビールを飲んだりして過ごし,5時から夕食,副菜が豊富でおいしかったです.この時間帯になると昨日からの運動による筋肉痛が出てきました.「痛い痛い」と言いながら立ち上がる私でした.消灯はここも9時,もちろんさっさと就寝です.

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2021年6月15日 (火)

尾瀬旅行(1)

 先週後半(6月10~12日)尾瀬に行ってきました.その旅行記録です.

 当初の予定では6月6日から1週間の予定で北海道の離島旅行(礼文島&利尻島 etc.)を計画していましたが,北海道の緊急事態宣言が延長になり,現地の自治体からも観光等での不要不急の来島を自粛するよう要請が出たことを受けてこの旅行は取りやめとなり,その代替の企画として計画したものです.地理的には比較的近場ということもあって日程は大幅に短縮し,週の後半のみとしました.尾瀬といえば歌曲「夏の思い出」の舞台として有名ですが,歌にも登場する水芭蕉が見られる時期が今だというのも訪問を決めた理由です.

 尾瀬は福島・群馬・新潟3県にまたがる高層湿原です.西側の尾瀬ヶ原と東側の尾瀬沼に大別され両方合わせた大きさは東西6km,南北3kmにもなります.標高の高い場所にある平地ということで信州の上高地に似ていますが,自動車で入れる上高地に対して尾瀬の内部には自動車道はなく徒歩以外に移動手段がないという決定的な違いがあります(なので足腰が弱る前に行っておきたい場所です 笑).今回は尾瀬ヶ原・尾瀬沼両方を見て回るのを計画しましたが,そうなると日帰りは不可能であり,どこかで宿泊する必要があります.幸い尾瀬には山小屋と呼ばれる簡易宿泊所が複数あるため,これらを利用しながらの観光となりました.尾瀬ヶ原・尾瀬沼の縦走は健脚なら1泊2日で可能な行程ですが,日ごろの運動不足で体がなまっている我々の体力と,途中で100選滝のひとつである三条の滝にも寄りたかった事情を踏まえて2泊3日とし,

 1日目(6月10日) 群馬県の鳩待峠から尾瀬ヶ原に入り北東に向かい日本の滝100選の一つである三条の滝を見学しその後最寄りの山小屋である温泉小屋に宿泊

 2日目(6月11日) 尾瀬ヶ原から東に向かい,白砂峠を越えて尾瀬沼に出て沼を北岸から半周して桧枝岐村営の山小屋である尾瀬沼ヒュッテに宿泊

 3日目(6月12日) 尾瀬沼東岸を南下し三平峠を越えて下山する.

という計画になりました.第1日目がちょっとハードですが,初日ということで気力体力とも充実しているだろう(?)と考えたからです.

 前述のように尾瀬は徒歩以外の移動手段がない場所です.それこそ日が暮れてしまったら遭難必至になるため,計画には時間的な余裕が求められます.なるべく早朝に現地入りし午後の早い段階で山小屋に着くのが理想となるため,6月9日に群馬県側の尾瀬の玄関口である戸倉温泉の旅館に前泊しました.

Img_0169(写真1)尾瀬第1駐車場

 そして6月10日6時に旅館で朝食を食べそのままチェックアウト,近くの尾瀬第1駐車場に移動します.ピークシーズンの尾瀬は特に土曜日は大混雑でこの駐車場も満車になるらしいんですが,この日は木曜日ということでかなり空いていました.駐車場から尾瀬の群馬県側の入り口である鳩待峠まではバスか乗り合いタクシーでの移動になります.バスは大体1時間に1本程度で,その間の時間を乗り合いタクシーが埋めている印象です.空いているとはいえ,それなりに尾瀬に向かう観光客はいるのでそれほど待たずに出発できました.

Img_0174 Img_0182(左写真2)鳩待峠休憩所,(右同3)ここから徒歩です

 駐車場から狭い道を揺られること20分ほどで鳩待峠に到着,ここからいよいよ徒歩移動となります.トイレを済ませて身支度を整え(靴ひもを締めなおし,スパッツを装着)まずは尾瀬沼の入り口,山の鼻を目指します(この時時計を見たら7時55分).鳩待峠の標高1590mに対して山の鼻は1410m,この180mの標高差を3.3kmで下っていくことになります(平均斜度5.4%).

Img_0202 Img_0208(左写真4)複線の木道,(右同5)きれいな沢

 遊歩道は基本的に木道と木の階段がメインで所々石の階段のところもあります.尾瀬の木道といえば雨上がり後などの濡れた状態では滑りやすいことで知られます.もっともここ数日は天気が良かったのでこの日は日陰を含め木道は乾いていたため問題ありませんでした.ただ下り道は足首を痛める可能性があるため慎重に,また後からくる健脚の方々を先にやり過ごしながらゆっくり進んでいきます.この区間は基本的に雑木林地帯なので展望はありませんが,それでも周辺に咲いている花々を見ながらの移動でした.約1時間で山の鼻に到着,最初の小休止です.売店で尾瀬の植物図鑑やクマ鈴を購入したりトイレを使いました(尾瀬のトイレは1回100円のチップ制となっている).

Img_0193 Img_0197(写真6,7)尾瀬の花々

P6100002(写真8)山の鼻の至仏山荘

 小休止後いよいよ尾瀬ヶ原に入っていきます.周囲の視界が一気に開け,ガイドブックでもおなじみの尾瀬ヶ原の絶景が広がっています.日ごろの良さもあるのかお天気は一面快晴の青空です.青々とした湿原のかなたに向かって二本の木道がひたすら伸びています.我々が目指す方角には東北地方最高峰である燧ケ岳(標高2,356m)の雄姿が遠くに見えていました.また後ろを振り返ると雪渓の残る至仏山(標高2,228m)が目の前に鎮座しています.早くも尾瀬の絶景に感動する我々でした.

P6100029 P6100031 (左写真9)はるか彼方に燧ケ岳が見えます,(右同10)至仏山

 ここからの尾瀬ヶ原横断は標高差がほとんどない平坦な湿原に敷かれた木道をひたすら歩いていきます(湿原保護のため木道から外れることは禁止されている).この辺りの木道は複線になっていて原則右側通行です.ピークシーズンの土曜日などは人で渋滞することもあり,おちおち写真も撮れないそうですが,木曜日の朝は人影もまばらで回りを気にせず自分のペースで歩くことができました.しばらく進んでいくと,たくさんの荷物を背負った歩荷の姿も見かけます.自動車の乗り入れができない尾瀬ではヘリコプターとともに歩荷が貴重な輸送手段となっているのです.

P6100015(写真11)たくさんの荷物を背負う歩荷

 「夏の思い出」にも登場する尾瀬を代表する植物が水芭蕉です.雪解け後の水辺や湿原に姿を現し,尾瀬では5月下旬から6月上旬がピークといわれています.ただ近年は温暖化の影響で見ごろが早まっているようで,今年は尾瀬ヶ原付近はすでにピークを過ぎていたようです.とはいえ,まだまだ群生している姿を見ることができました(木道の脇など日陰になっているところに多い).

P6100013 P6100018(左写真12)数は多くありませんが水芭蕉の群生です,(右同13)白いのは仏炎苞という葉が変形したもので花は真ん中のヤングコーンみたいな部分です

 尾瀬ヶ原を北東に進んでいくと次第に前方の燧ケ岳が大きく,後方の至仏山が小さくなり確実に歩いてきていることを実感します.尾瀬の湿原には池塘と呼ばれる小さな湖がたくさんあり,空の青さや湿原の緑との色彩の対比が素晴らしいです.池を覗くとイモリが泳いでいる姿も見えました.

P6100042 P6100052(左写真14)美しい池塘,(右同15)イモリ

 山の鼻から40分ちょっとで牛首分岐と呼ばれる木道の分岐点に到着します.ここをまっすぐに進むと竜宮小屋,左に折れるとヨッピ吊橋に向かうことになり人の流れもここで2つに分かれる地点です.分岐点にはベンチの設置されたテラスがあって休憩に便利,我々もここでしばし小休止しました.

P6100068 P6100081(左写真16)牛首分岐,(右同17)至仏山がかなり小さくなりました

 10分ほど休んで再び歩き始めます.この日は牛首分岐をまっすぐ竜宮小屋方面に向かいました(時間的に竜宮小屋で昼食にしたかったことが主な理由).この辺りは尾瀬湿原の中央部とでもいえる地域でたくさんの池塘や沢があります.それらの沢の一つを渡ろうとしたら,なにやら沢の対岸に柵がめぐらされています.今当地では鹿の食害が問題になっているそうで,尾瀬の代名詞の水芭蕉も食害で数を減らしているのだとか.この柵もそうした鹿対策の一環のようです(実際柵の内側には水芭蕉が結構あった).

P6100075 P6100078(左写真18)鹿対策の柵,(右同19)柵の内側には水芭蕉が

 その先には湿原を流れる川がいったん地下に潜ったあと池塘に湧き出る現象”竜宮現象”が見られるスポットがあります.伏流水が池に湧き出るといえば静岡県清水町の柿田川を思い出しますが,そことおんなじできれいな湧き水でした.

P6100083 P6100084(左写真20)水芭蕉の水中花,(右同21)竜宮現象

 そんな湿原を歩いていくとまもなく木道の分岐点とその先に林に囲まれた建物が見えてきます.この分岐点が竜宮十字路という分岐点,ここを左折すると先ほど牛首分岐で左折した先のヨッピ吊橋へ行くことができます.右折すると富士見田代という尾瀬外輪山南側の尾根線へ,まっすぐ進むと尾瀬で最もにぎやかな見晴になります(見晴は山小屋6軒が立ち並び,尾瀬銀座と呼ばれる).十字路にもベンチがあるんですが,この日は見晴方面に向かうためそのまま林と建物方面へ向かいます.この建物が竜宮小屋という山小屋,2021年は休業ということで小屋は閉まっていますが,小屋前のベンチとトイレは使用することができます.我々もベンチの一角に腰を下ろし昼食タイムとなりました(この段階で11時半).この日のお昼は持参したおにぎりと携帯ガスでお湯を沸かして味噌汁を作りました(長時間歩くと塩分の補給も大事).

P6100086P6100089 (左写真22)林の中に竜宮小屋が見えてきます、(右同23)林の中の沢

 ここでは約1時間の大休止,食後もしばらくゆっくりと休み先への英気を養いました.その後トイレを済ませ12時20分に出発します.林を抜けて再び湿原地帯になります.前方には朝方は遠くに見えていた燧ケ岳がいよいよ迫ってきた感じがします(だいぶ歩いてきたなと実感).この辺は山に向かってひたすら草原を歩く感じで,母を訪ねてのマルコの気分になりました(笑).燧ケ岳の麓には林が広がりその中に建物の姿が見えます.ここが尾瀬銀座と呼ばれる見晴地区です.姿は見えているがなかなかたどり着かないという遠近法のような感覚が不思議でした.

P6100092 P6100094(左写真24)見晴地区が見えてきました.ここまでくると燧ケ岳が目の前です.(右同25)弥四郎小屋

 それでも20分ほどでやっと見晴地区に到着,6軒ある山小屋の一番手前にある弥四郎小屋で小休止します.建物が複数あるだけで都会に見えてしまうのが印象的です.

 弥四郎小屋前は三叉路になっていて,来た道をまっすぐ進むと尾瀬沼方面に,左に折れると赤田代地区から三条の滝方面に向かうことになります.この日は三条の滝を訪問する予定なのでもちろん左折します.さっきまで正面に見ていた燧ケ岳を右に臨みながら歩いていきます.改めてこの辺は燧ケ岳の麓なんだと実感したのでした.

P6100096 P6100097(左写真26)見晴の分岐点,(右同27)赤田代に向かう木道

 この日の予定は赤田代にある温泉小屋に荷物を預けて身軽になった状態で三条の滝までを往復,その後温泉小屋に宿泊というものでした.ただここまでの行程で結構へばっていました.鳩待峠から赤田代まで距離にして約10km,普通の土地ならそれほどでも無いハズですが,2泊分の荷物を背負って慣れない山道や木道の移動は運動不足の我々にはダメージが大きかったようです.しかも温泉小屋から三条の滝までの片道2.2kmは距離こそ大したことはありませんが,標高差200メートルの岩場や鎖場もあるかなりきつい登山道とのこと,特に往路が下りで復路が登りというイやなパターンです.時間的にはまだ1時過ぎ,標準時間で往復できれば十分夕方4時には戻ってこられるんですが… いろいろ考えた末,この日の訪問は断念することにしました(疲労困憊,途中で立ち往生しても困るので).

 滝には行かないと決まったことから後は気楽になりゆっくりと温泉小屋を目指します.途中東電小屋へ向かう分岐路(東電分岐)で小休止し,そこからは少し登りになる部分もありましたが,結局1時30分過ぎに本日の宿泊地温泉小屋に到着しました.

Img_7426 Img_7425(左写真28)温泉小屋本館,(右同29)こちらが別館

 受付をするとすでに部屋は使えること,お風呂もすぐに入れるとのことだったのでそのまま中に入りました(今回は別館の個室を利用).通された部屋は8畳間,今回はコロナ禍の平日ということで個室利用ですが,ここは元々相部屋を想定して建てられている関係で部屋に鍵がありませんでした(もっとも何かあれば内部犯行説ほぼ100%です).温泉小屋のある赤田代地区は尾瀬で唯一温泉が湧くところです.泉質は鉄泉でやや赤茶けたお湯が特徴です.一日の汗を流したのは言うまでもありません.

 入浴後は小屋の前に設置されているテラスで生ビールをいただきます.時間的には1日で最も気温が上がる時間帯ですが,標高1400mの尾瀬の空気は爽快です.チェアに寝そべってしばしウトウトしていました.

Img_7424 Dsc_1739(左写真30)テラスで生ビール,(右同31)夕食

 山小屋の夕食は早く,夕方5時スタートです.温泉小屋の夕食は定番のカレーライス(と牛すき小鉢)でした.またまたビールを飲んだのは言うまでもありません(笑).

 しばらくしたら夕暮れ,周囲は真っ暗になっていきます.消灯時間は9時,明日に備えてさっさと寝たのでした.

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2021年5月29日 (土)

緊急事態宣言の延長を受けて

 昨夜政府は東京,大阪など9都道府県に発出されていた緊急事態宣言を6月20日まで延長することを正式に決定しました.沖縄を除く8都道府県の期限が5月31日だったものを,一番最後に発出された沖縄県の期限である6月20日に合わせた形です.それらの自治体の状況を見るとまあ仕方ないなという気がします(沖縄に6月20日期限で出された時に,これは他もそこまで合わせて延長させる布石だろうと思っていた).

 で,この決定を受けて6月上旬に計画していた北海道離島旅行を中止することにしました.

 毎年夏季休暇に旅行に出かけている私です.2019年までは19年連続で海外に繰り出していましたが,昨年はコロナで海外が封印されたため小笠原諸島に行きました.今年も海外は無理なので,普段ならなかなか行く決意をしないところにしようと思い,北海道の礼文島にレブンアツモリソウを見に行こうと計画しました.しかし5月16日に北海道に緊急事態宣言が出たことを受け,礼文町からは宣言期間中の観光目的などの不要不急の来島を自粛するよう要請がありました.また期間中レブンアツモリソウ群生地も閉鎖する旨が告知されました.6月1日以降は未定となっていましたが,宣言の延長を受けこの措置が継続されることは明確です.仮に訪問してもレブンアツモリソウは見られないわけで,これは今回は辞めろという天の声と思った次第です.

 *6月1日追記 5月31日礼文町から、レブンアツモリソウ群生地を6月1日から一般開放するというアナウンスが出ました(不要不急の自粛要請は続くようですが、不要不急でないレブンアツモリソウ鑑賞はできるもよう…)

 ただ,休むことを前提にして準備してきたこともあり(私が外来を休診することで休める職員もいる),今更休暇を全部取り消すのも申し訳ないため,当初よりも短縮して休暇はとることにしました.そして北海道の離島に代わって候補地になっているのが尾瀬です.

5d3_40551012x674  尾瀬は群馬・福島・新潟の3県にまたがっている湿原地帯,歌曲「夏の思い出」に描かれるなど有名な場所です.とはいえ交通アクセスに難があるため,これまで真面目に訪問したことがありませんでした.せっかくだから,今回行ってみたいなと思った次第です.実は当地は今,水芭蕉の季節です(夏の思い出とはいうものの,水芭蕉は春の植物です).今回はせっかく行くので,山小屋に宿泊して湿原の水芭蕉のほかに日本の滝100選になっている三条の滝も訪問したいと考えています(尾瀬は土地には結構混むらしいですが,今回は人の少ない平日に行ってきます).

 *写真はフリー素材から持ってきました.

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