2019年8月27日 (火)

令和元年度富士総合火力演習

Img021_20190829173001  例年だと1年を通してもっとも活動が低下するのが8月なんですが,今年に関して言えばそうでもなく,8月4日の日本寮歌祭,10日の軽井沢での東京マドリガル会コンサート,12日の水族園&野球観戦と結構活動しています.そんな活動的な令和元年8月22日に富士山麓で行われた富士総合火力演習(総火演)の学校予行に行ってきました.総火演は陸上自衛隊最大規模の実弾射撃演習で,今年は8月25日(日)が本番なんですが,その前に何回か予行が行われます(予行とはいえ本番のプログラムと同じように進行する).今回は縁あって22日の学校予行の券が手に入ったので知人らと行ってきました.

 チケットがあるので入場はできるんですが,良い席はお早めにということで,自宅を出たのは早朝3時半です( ̄▽ ̄).周囲がまだ暗い時間に知人の車で出発,途中のコンビニで朝食を買ってこの日の指定駐車場の海苔川に向かいます.到着したのは5時過ぎでしたがすでに何十台かの車列ができていました(一番乗りの車はいったい何時についてるのやら).並んでいる車列を見物したら他県ナンバーのオンパレード,関西方面から来ている人もいました.しばらくウダウダしていたら自衛隊の人がやってきて,「まもなく開門しますので,車輛に戻ってお待ちください!」.一般的には「お車に戻ってお待ちください」と言う場面だが,車を車輛と呼ぶところが自衛隊だなと感心しました.

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 そうこうしているうちに6時半になって駐車場が開門,順番に入っていきます.係員の誘導に従って駐車し車輛を降りてそのまま会場までのシャトルバス乗り場へ.ちょうどタイミングが良くバスに乗り込めました.海苔川の駐車場は一番広いんですが,演習場から一番遠くにあるので結構時間がかかります.この日も30分くらいバスに揺られました.

P8220015  会場についてみるとまだ人出はそれほどでもなく,指定されたDスタンドの上の方の場所を確保できました(一昨年来たときはもっと早い時間だったにもかかわらず,もっと混んでいた.これでもみんなノンビリになってきているのか).この時間には演習の練習が行われており,各種火砲や戦車が走り砲を撃っています.本番と違って警告なく発射するので気を付けていないとびっくりします.その後8時過ぎからは演習場の整備とともに,音楽隊の演奏が行われます.行進曲各種やグレンミラーの作品なども取り上げられていました.

P8220032 P8220036 (写真右が新装備の19式装輪自走155ミリりゅう弾砲)

 そして10時にいよいよ総火演学校予行の開始.予行とは言うものの,プログラムは本番と同じで行われます(ただ観覧する偉い人が本番は防衛大臣なのが,この日は防衛政務官になる).演習は陸上自衛隊の各種装備品を紹介する前段演習と,毎年何らかのテーマに基づいた作戦展開の様子を展示する後段演習とに分かれます.前段演習ではまず火砲の登場,通常の155ミリりゅう弾砲,99式自走りゅう弾砲に加えて,今年度制式化するらしい(?)19式装輪自走りゅう弾砲の姿も見られました(もっとも登場だけで射撃は無しでしたが…).

P8220048 P8220196  その後は迫撃砲や対人火器,対戦車火器,対空火器と続き,最後に戦車と16式機動戦闘車が締められました.装薬量の多い戦車砲の射撃はかなり衝撃が強く,一昨年見に来たときはその迫力に圧倒された記憶があったんですが,今年は予想に反して(?)それほどと感じなかったのは,慣れたせいなのか,はたまた装薬量が減らされていたのか不明なのでした.プログラムでは前段演習の最後に空挺降下があるはずだったんですが,この日は省略されました(時間のせいなのか,天候のせいなのかは不明).

Soukaen

(写真 10式戦車の射撃)

 15分の休憩を挟んで後段演習に入ります.今年は昨今の情勢を反映して,島嶼部へ侵入してくる敵を捕捉して海空戦力と共同でこれを撃滅するというストーリーで展開されました.前段演習でも登場した各種火器の運用が示されましたが,空海との共同作戦のため,艦艇や航空機が絡む場面はここでは再現できません.なのでそうした部分は会場脇に設置された「スクリーンをご覧ください」になってしまい,結果として全体に占める「スクリーンをご覧ください」の割合が上がってしまいやや間延び感が生じてしまったのは残念でした.演習終了後は各種装備品の展示の時間です.どの装備品も黒山の人だかりができていました.

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(写真左が水陸両用車AAV7、右は擬装した隊員と)

 結局14時過ぎに会場を後にし,家路へと着いたのでした.

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2019年8月20日 (火)

今年の旅行

 長期休暇になると海外旅行に出かけるのがパターンとなっている我が家です.かつてはビーチリゾートにハマっていた時期もありましたが,近年は歳を取ると行くのが難しいところを優先的に訪問しようという流れになっています(2007年のマダガスカルに始まり,2010年ギアナ高地,2011年オカバンゴから昨年6月のボリビア&チリや1月の南部アフリカなど).

 で今年なんですが,例年通り8月は他のドクターが休みを取り,そのバックアップ要員となるために除外,9月は医師会合唱団の行事が立て込んでいるので除外するため,自分の休暇は10月になりました.行先はこれまでまだ未訪だった中央アジア,メイン訪問先はトルクメニスタンです.

1024pxthe_door_to_hell  中央アジアといえば,世界史上有名なオアシス都市であるサマルカンドを有するウズベキスタンが圧倒的にメジャーです.そこを差し置いてトルクメニスタンを選んだのは,かの国が「明るい北朝鮮」の異名を持つ独裁国家であり,今後政治情勢に何らかの変化が発生した場合,一気に訪問困難国になってしまうリスクがあることと,同国の見どころとして有名なスポットである地獄の門が,ガスの枯渇から近い将来なくなってしまうのではないかとも言われているからです.旅行会社はかつてウユニ塩湖やイスラエル旅行で利用したクラブツーリズムのツアーに参加することにしました(ウズベキスタンなら個人タイプでも十分行けるんですが,トルクメニスタンの場合訪問には現地からの招聘状が必要など手続きが非常に煩雑なので).

68616012_2442541165843234_43077729042017  そして今回はテント泊や陸路での国境越えもあるため,あまり大きくなく重くないスーツケースをということで,ソフトタイプのキャリーバッグを新規に購入しました.近年は大分旅行慣れしてきたこともあり,旅行の長さのわりに荷物が少なくなっている感じなので,従来のハードケースでなくてもいいだろうと思った次第です.

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2019年8月11日 (日)

夏のマドリガルコンサートに参加しました

 以前から予告していたように,8月10日(土)長野県軽井沢のショー記念礼拝堂で開催された夏のマドリガルコンサート(東京マドリガル会主催)に参加してきました.東京マドリガル会は1929年に故・黒澤敬一氏によって結成された英国マドリガルを専門に歌う団体です.私がこの会に参加するようになったのは2008年に現在の職場に赴任してからで,一昨年の春に亡くなられた高校の先輩Sさんのご紹介によるものでした.英国マドリガルを専門に歌っている団体は例がなく,ここに参加しなければ知ることのなかった曲がたくさんあります.近年は定期的なコンサートはありませんが,不定期にいろいろな所でコンサートを開催するようになっています.今回は縁あって軽井沢のショー記念礼拝堂でのコンサートとなりました.

 ショー記念礼拝堂は明治時代に英国国教会の宣教師として来日したアレクサンダー・クロフト・ショーが建てた教会です.ショーは東京の夏の暑さを避けるためにたまたま訪れた軽井沢を大いに気に入り,この地に別荘を建てました.これが軽井沢の別荘第1号で,以降軽井沢の地は避暑地として知られるようになり様々な著名人の別荘が建てられて現在に至っています.行ってみれば避暑地軽井沢の生みの親と言ってもいい人物です.

 そんな歴史がある方の建てた教会ですから,ここは軽井沢最古の教会でもあります.そんな教会でのコンサートということで大いに楽しみにしていたのでした.

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 この日の集合は10時30分,自宅から向かうとすると早朝出発を余儀なくされるので前泊することに.ただし軽井沢宿泊は先日の浅間山噴火があったものの非常に高価なのであきらめ(笑),麓の高崎に泊まりました.朝8時40分台の新幹線で軽井沢へ移動します.信越本線の碓氷峠越えの時代は40分以上かかっていた高崎-軽井沢間も新幹線だと15分程度,それこそあっという間です.この日は8月の三連休初日朝の下りということで自由席は通勤電車並みの混雑だったようです(我々は1か月前に指定席を取っていた).軽井沢駅に降りたつと涼しげな空気を感じます.さすが標高1000メートル!と感動です.大半のメンバーが同じ新幹線に乗ってきたため,駅からはタクシーに相乗りして教会へ.さすがに歴史ある教会,しかも日本の教会だけあって木造でとても良い雰囲気でした.会場に着くと教会の担当の方が出迎えてくださいました.ここで教会や注意事項の説明を受けます.特にこの教会はトイレの容量が極めて少ないということで,基本的に100メートル先にある公衆トイレを使用することになっているとのことでした.

Img_5187  その後練習,リハーサルと進み11時過ぎには準備終了,この後は本番まで自由時間となります.会員の中には外に食事に出た方もいましたが,我々はコンビニで購入したおにぎりで済ませて,その後は隣接しているショーハウス記念館(ショーが当時住んでいた別荘を移築したもの)を見学したりして時間を過ごしました.ここは旧軽井沢銀座の一番外れにあるので,少し行くと自然いっぱいの雰囲気がたのしめます.

Img_5186 Img_2173  午後1時20分頃から徐々にお客さんが集まってきます(チラシ以外にあまり宣伝をしていた自覚がなかったので,果たしてお客さんが来るのかちょっと不安もあった 笑).最終的には礼拝堂の椅子があらかた埋まるほどの盛況となりました.そして2時に開演,第1部のマドリガルに続き会員の方によるチェンバロの演奏が始まります.

 がその時,突然雨が降り出しました! しかも結構激しい (゜o゜)

 雨の音が教会に響き渡り、せっかくのチェンバロが聴こえません.仕方なくマイクを用意して仕切り直ししたんですが,今度は雨による湿度の上昇によってチェンバロの音が狂ってしまいました(泣).元々乾燥したヨーロッパで発達した楽器ですから,こんな高湿度の環境に置かれることは想定されていないのです(コンサートホールと違って高原の古い教会ですから空調はない).それでも調律をし直しているうちに雨脚が弱まり無事に演奏となりました.その後は短い休憩時間,まだ雨が降っているのでこの時間はお客さんにチェンバロ(主催の黒澤さんのお宅にあった楽器)を紹介する時間となりました。

Img_2168  休憩後は再びマドリガル数曲と英国のフォークソング,最後に日本の歌(「夏の思い出」と「故郷」)で終演,みなさん最後までご鑑賞くださいました.ありがとうございます(ちょうど休憩時間に雨が降っていたので,途中で抜けようにも抜けられなくなったためではと話していた 笑).

Img_5192 Img_2184  会場の片づけをして徒歩で旧軽井沢銀座を散策しながら,主催の黒澤さんお薦めのハンバーグレストラン・ガンボーさんで打ち上げ.美味しいサラダとハンバーグ,そしてお酒をいただきました.その後7時近くの新幹線で戻ります.20時に東京駅に降り立ったら,夜だというのにひどい暑さ… やっぱり軽井沢は避暑地だと改めて実感したのでした.

Wafu 写真はガンボーさんの和風ソースハンバーグ(お店のHPからいただきました).美味しかったです.

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2019年8月 9日 (金)

風評被害とネームバリュー

 一昨日の夜,浅間山が噴火したという速報が流れました.

 浅間山が噴火

 これに伴い気象庁では,当地の噴火警戒レベルを従来の1から3に引き上げました.レベル3というのは入山規制に該当するもので,気象庁によると「火口から4キロ以内では弾道を描いて飛散する大きな噴石や火砕流に警戒してください」ということのようです.ちなみに2015年に箱根の大涌谷で噴火が起こった際のレベルも3でした.

 その後さらに噴火したというようなニュースも出ていない状態なんですが,こうした事案が発生した場合世間では不安感が発生し,なんとなくそちらへの旅行を取りやめるという動きが発生します.時にはそうした危険地域から相当離れた場所であるにもかかわらず,そうしたキャンセルが多発することがあり,これを風評被害と呼んでいます.

 実はこの週末,所属している東京マドリガル会のコンサートに参加するため,話題の浅間山火口から十数キロ離れた軽井沢に行くことになっています.離れているとはいえ浅間山の圏内ということで,風評被害が発生しているのではないかと心配されました.そこで現地のホテル状況がどうなっているのか,楽天トラベルで調べてみました.もしかしたらキャンセル続出で,ホテル代も安くなっているのではと思ったのですが…

 まったく変わっていません.

 各ホテル1~4室程度の空きは確認できるものの,ツイン1泊5万円以上というお盆シーズンの強気な料金設定は変わっていません.箱根の大涌谷で噴火が起こった際に小田原駅の箱根登山線ホームから観光客の姿が消えたのとは大違いです.思うに軽井沢という強烈過ぎるネームバリューの前には風評被害もひれ伏するということかもしれません.風評被害というのは地理的な環境(危険な場所からどれだけ離れているか)に対する世間の無知が要因になります.有名なのが雲仙普賢岳の噴火火砕流の時で,あの時火砕流とは無関係の方角にあった雲仙温泉から観光客が消えました.これはたまたま雲仙という同じ名前がついていることから,火砕流に関係がありそうだと誤解した世間が生んだ風評被害でした.軽井沢の場合はそのネームインパクトが強烈なため,逆に浅間山の圏内であることが世間一般に認識されておらず風評被害が発生していないのではと思いました.

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(写真)鹿児島の桜島

 ちなみに噴火警戒レベル3というのは鹿児島の桜島の通常状態のことです.もちろん鹿児島の人たちは当たり前のように生活しており,ビジネス客観光客も何事もないかのように当地を訪れています.日常なら気にも留めないが,非日常になると一気に不安になる.人間心理としては当たり前のことですが,こうした違いも風評被害の拡大に一役かっているようです.

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2019年6月28日 (金)

あじさい電車

 気が付けば6月もお終いの時期になりました.来週からはいよいよ7月です.

Img_5025  昨年は6月中に梅雨が明けてしまうという異様に夏の到来が早い年でしたが,今年は今のところ順調に(?)梅雨空の日々が続いています.梅雨時の花というとなんといってもあじさいですが,箱根の山を走る箱根登山鉄道の沿線にはたくさんのあじさいが植えられていて,毎年この時期になるとそれらの花々が旅行者を楽しませてくれます.特に夜間にはライトアップもされ,そうしたあじさいを楽しむことを目的とした特別電車も運行されます(夜のあじさい号).

 先日はそのあじさい電車にのるという職場のレクレーションが行われ参加してきました.

 登山電車のターミナルである箱根湯本駅に集合,参加者各自にビール,缶チューハイはもちろんソフトドリンクなど各種飲み物とお弁当がが配られました(自分は当然アルコールを選択 笑).

 時間になって電車が出発です.この夜のあじさい号は沿線のあじさいを楽しむために車内の照明を消したり,見どころスポットでは徐行・停車するなどの計らいがあります.途中の宮ノ下駅では10分間の停車時間があり,みんなで記念写真を撮ったりしました.

Img_5035 Img_5042(写真)車窓のあじさい

 トータル約50分で終点の強羅に到着,この日はそこで流れ解散となりました(本当に電車に乗るだけのレクレーション!).以前は近くで短い宴会を催していた年もあったんですが,帰宅時間を早めたいという声がありこのような形態になったのでした.

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2019年6月21日 (金)

夏至の頃

 気が付いたら6月も半ばを過ぎました.明日6月22日は北半球の一年でもっとも昼が長いとされている夏至です.夏に至るとはいうものの,暑さの夏としてはむしろこれからが本番となります.ただ日の長さという意味でいえば,明日の夏至がピークとなり,それ以降12月下旬の冬至に向かってどんどん日が短くなっていくことになります.

 ひと口に日が長いといいますが,緯度によってその様相は大きく異なります.東南アジアやインドなどの低緯度地方では夏と冬の昼の長さはそれほど変わらないのに対して,北欧やアラスカといった高緯度地方ではその差が極端になります.試みに東南アジアのクアラルンプール(北緯3度)の夏至と冬至の昼の長さを調べてみると,夏至が12時間20分,冬至が11時間58分とその差は22分しかありません.一方で北欧のストックホルム(北緯59度)の夏至の昼は18時間43分,冬至のそれは6時間9分とその差はなんと!12時間以上となります.

 昼が長く,しかも温かいこの季節は大勢の人間を混乱なく動かすには都合がいい時期でもあり,歴史的には大きな軍事作戦がこの時期に行われてきました.具体例を挙げると,古くは古代ローマ末期にアジアから西進してきたフン族と西ローマ・ゲルマン連合軍が戦ったカタラウヌムの戦いが451年の6月20日に起こりました.また有名なナポレオンのロシア遠征が1812年6月23日,ワーテルローの戦いが1915年6月18日,第二次世界大戦の独ソ戦の開始であるバルバロッサ作戦が1941年6月22日,同大戦のソ連側の大規模な反撃であるバグラチオン作戦が1944年6月22日に開始されています.日本史方面を見ると本能寺の変が1582年6月21日(天正10年6月2日)のことですし,応仁の乱も本格的な戦いが始まったのは1467年(応仁元年)のこの時期です.

 秋の夜長は読書がいいなどと言いますが,昼長のこの季節は外での活動が推奨されるということのようです.そんなことを考えた2019年夏至前夜でした.

10ji (写真)北緯80度スヴァールバル諸島のこの時期の真夜中の太陽(これで午前1時です)

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2019年6月18日 (火)

新選組まつりの同窓会

 5月のひの新選組まつりから約1か月が経過しました.10年以上にわたって出続けているお祭りで,過去は新選組隊士での参加が基本でした.ただ近年は新選組と同時代の人々の枠での参加も多くなっていて,今年は幕臣勝海舟役をいただきました.

Img020_1 (写真)今年の同時代の人々公式写真

 この新選組と同時代の人々というのは,全くの烏合の衆(笑)で,幕臣や倒幕派の志士に加えて,新選組幹部でありながらなぜか本隊からハブられた(笑)山南総長や伊東参謀もいるなど本当にごった煮状態です.そんな隊ですから参加者の好みも様々で,本隊に比べると全体的にゆる~い雰囲気になります.お祭りにおける扱いもかなり微妙で,具体的に上げると

① 新選組本隊は朝と夕方に出陣式,帰陣式というイベントがあり大いに気分が盛り上がるが,同時代の人々は呼ばれない💦.

② 昼食は本隊は普通の幕の内弁当だが,同時代はセブンイレブンのコンビニ弁当である(笑)

③ パレード中も本隊はパフォーマンスコンテストがあったり,新政府軍との銃撃戦があったりとイベント盛りだくさんだが,同時代は基本放置,スルーである.

④ 移動のバスもほぼ最後で,本隊が高幡不動尊に戻った後もしばらく小学校で放置される.

⑤ 参加費は最も高い(これは衣装代がかかっているから仕方ないのですが)

 そんな扱いを受けている隊ですからお祭りが終わったらそのまま解散,さようなら~ ( ^^) _U~~ となるのが普通なんですが,今年は違いました.こういう虐げられた(笑)思いを強く抱いたメンバー多かったせいか,お祭り後もSNSで活発な交流が行われるなど,例年とは違った流れになっていました.その延長線上で,せっかくだから集まって日野を散策しようということになり,この日曜日に同窓会が行われたのです.自分も参加させていただきました.

Img_2114 (写真)宝泉寺

 参加者は全部で8人(お祭りでは多摩の歳三,近藤勇の奥方のつねさん,伊庭八郎,坂本龍馬,高杉晋作,西郷隆盛,そして勝海舟,山本八重さんは後程合流),あの日は総勢12人でしたから,なんと!2/3の出席率です.お天気が心配されていたんですが,かつて降水確率100%を30%に下げた実績のある自分が参加するのに雨なんてありえない!と意気込んでいたせいか,見事に晴れ.午前10時にJR日野駅に集合でした.待っていたら世田谷の小学生社会科部のグループがフィールドワークで来ていました(やるな! それにしても年齢も様々な大人の集団,彼らの目にはどう映ったのだろう).してまずは宝泉寺へ.ここは井上源三郎さんの墓所です.私もここに来たのは数年ぶりでした.墓前に手を合わせるんですが,お線香を持参されていた方がいたのが感動的でした.

20190619144624 (写真)新選組のふるさと歴史館

 その次に向かったのは新選組のふるさと歴史館,ここは2004年の大河ドラマを受けてできたところです.徐々に気温が上がってきたのと,駅からだと坂を上ることになるのでこの日はバス利用でした(かつてはこの坂がパレードコースだったんだなと感慨に浸りながら).歴史館では常設展のほか,企画展も行われていて,現在は土方歳三没後150年ということで,「土方歳三-資料から見たその実像-」という企画をやっていました.ここも数年ぶりの訪問でした(パレード参加者は当日こうした観光スポットを訪れることができないので).思い思いに展示を見ていたんですが,前の方にいたグループに説明している声に聞き覚えがあるなぁと思っていたら,毎年パレードでお世話になっているガイドの会のS川さんでした.

Img_2118 (写真)資料館の撮影スポット

 続いては佐藤彦五郎新選組資料館へ.来た道を戻るわけですが,下りなのでそのまま歩くことになりました.途中から川沿いの細い道に曲がって,「ここパレードのコースだったよね」などと話しながら,ちょうど1か月前に集合していた第一小学校を横目で見ながら資料館にお邪魔しました.この日は館長様は不在でしたが,貴重なお話を伺いながら資料を見学する一同でした(この頃に八重さんが合流).

20190619144257 Img_2128 (写真左)手打ちそばのちばいさん,(同右)こうしてみると悪人顔だな自分(笑)

 この段階で午後1時,昼食の時間ということでこの日はすぐそばにある「ちばい」さんでお蕎麦をいただきました.私はとろろそばに加えて日本酒をいただいたのは言うまでもありません(飲ん兵衛だな 笑).食事をしながらいろんな歴史談議に花が咲くんですが,今回のメンバーはみんな歴史好きなのは当然として,いろんな視点を持った方がいらっしゃるので,「こんな見方もあるのか!」といった目からウロコ的な話が聞けて楽しかったです.

Img_2137 (写真)石田寺

 歴史談議に夢中になるあまり,気が付いたら3時ぐらいになっていたので(笑)次に行こうとしていた本陣はパスして,土方歳三資料館&石田寺へ向かいました(あまり時間がなかったのでタクシー利用).最初資料館に入ろうとしたらちょうど団体がいたのでまずは石田寺へ.ここも何年ぶりだろうという感じで,新選組愛好家にあるまじき自分でした(それにしてもここは本当に土方さんが多いと改めて感動).ほとぼりが冷めた頃を見計らって再び資料館へ,今度は大丈夫でした(ここも数年ぶりだ💦).ここには当時の鉢がねや鎖帷子などが展示されていますが,自分的な注目は石田散薬関連でした(笑).

20190617093156 (写真)土方歳三資料館の庭にて記念撮影

Img_2139 (写真)あじさい祭り開催中の高幡不動尊

 その後はモノレールで高幡不動へ.今の時期はちょうどあじさい祭りをやっています.せっかくだから少し観察しようということで歩くことにします.案内図を見ていたら「歳三錦」というあじさいがあるらしく,それを見てみようということに.境内にはたくさんおあじさいがあり,さらに細かい小道がたくさんあるのでちょっと迷ってしまいましたが,なんとかそれらしいあじさいを発見することができました(〇△錦ってなんだかサクランボ🍒みたいな名前だな 笑).

Img_2141 Img_2142 Img_2143(写真)いろんなあじさいが咲いています.一番右端が歳三錦のようです

Img_2145 (写真)この構図の歳三さんが一番カッコいいんだそうです (^^)v

 あじさいの観察後は駅前のファミレスで軽く打ち上げ,自分はと言うとここでもアルコールをいただいて周辺に呆れられたのでした.いやぁ本当に楽しかった.参加者の皆さんありがとうございました(写真は参加者の方からいただいたものがあります.それにしても祭り本編レポよりも先に同窓会レポが完成するとは… 汗).

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2019年6月10日 (月)

医師会合唱団の合宿

Dsc_1903_2 (写真)合宿会場の箱根湯本ホテル

 ARSのコンサートが終わってそのまま小田原に戻り,そこから登山電車で箱根湯本に向かいました.その目的はというと,この週末に同地のホテルで医師会合唱団の合宿が行われるからです.鎌倉を出たころは曇りでしたが,こちらに着いた頃は本降りの雨になっていました.湯本の駅からはバスに乗ってホテルへ.到着後はそのまま練習会場に入ります(ここのホテルロビー階が5階!なので練習会場の2階まで降りることになる).

Img_4983 (写真)練習風景

 行ってみるとすでに練習は始まっていました(本当は3時からだったんですが,前記事のようにARSのコンサートに寄ったため遅れた).医師会合唱団は2008年4月というちょうど自分がこっちにやってきたタイミングで結成された合唱団です.縁あって私とウチのKも結成当初から参加させていただいています.ほぼ合唱未経験者で始まったこともあり,当初は多声部でのアンサンブルを行うことすら困難な感じだったんですが,指揮者の先生やピアニストの先生の熱心な(そして我慢強い)指導と個々の団員の努力のおかげで,10年経った今ではけっこう本格的な合唱組曲を歌うこともできる水準になっています(昨年は10周年記念コンサートで大田桜子先生の委嘱作品を初演することができました).ほかの合唱団ではほぼ洋物専門なので,この医師会合唱団は邦人作品や歌謡曲などよそではできない曲が歌えるのが魅力です.

Dsc_1984 (写真)夕食会場には歓迎の文字が!

 今回の合宿では9月に予定されている第11回定期演奏会で取り上げる曲を中心に練習します.今年の定演ではメインに石井歓さんの「風紋」(合唱関係者の間では有名な作品)を据え,そのほかに歌謡曲やジブリ作品の合唱編曲版も取り上げることになっています.自分が付いた時はちょうど風紋の練習でした.1時間強の練習後,演奏会プログラム用の写真を撮ったりしてそのまま夕食会場へ,この日は一般的な温泉旅館の夕食でした(お造り,焼き魚,椀物から後半はステーキが出て最後は炊き込みご飯で締める感じ).飲み物はビールでしたが,ここはあまり多くは飲まないようにセーブします(笑).

Dsc_1985 (写真)昼食はカレーでした

 その後は有志の部屋で二次会,ここでは持ち込まれた日本酒やワイン,シャンパンなどをいただきます(このお酒の充実ぶりが医師会合唱団の合宿の妙味というウワサ 笑).翌朝は朝食を摂って9時から練習開始,途中昼食休憩をはさんで終わったのは夕方4時,非常に充実した合宿でした(惜しむらくは夜飲み過ぎて,せっかく温泉ホテルに泊まったのに温泉に入れなかったこと 笑).

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2019年6月 4日 (火)

八甲田ホテル

 新郷村を後にした我々はそのまま十和田湖方面へ.実は翌月曜日をお休みにしてこの日はこちらに宿泊するつもりだったのです(GWに休日出勤した分の代休).途中奥入瀬渓流に立ち寄り,有名な銚子大滝を見学,そのまま北上して八甲田方面に向かいました.この日の宿泊は八甲田ホテル,山岳リゾートホテルです(もちろん温泉あり).近くには千人風呂で有名な酸ヶ湯温泉もあるんですが,今回はウチのKの誕生日祝いを兼ねていたこともあって,より静かな環境であろうこちらを選択した次第です.

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(左写真1)銚子大滝,(右同2)奥入瀬渓流

 チェックインを済ませてゲストルームへ案内されます.やや広めの部屋でした.室内には八甲田の天然水(?)もポットに備え付けられています(洗面所の水がとても冷たかったのだが,もしかしてこれも天然水だったのでは!).

Img_4978 Img_2070 (左写真3)八甲田ホテルの客室,(右同4)ホテルの様子

 昨夜から練習・宴会・夜行バス・観光という流れで少し疲労がたまっていたこともあり,ゆっくりと温泉に浸かって疲れをいやしました(付近の酸ヶ湯温泉は白濁した硫黄泉で知られますが,ここのお湯は基本無色透明でした(源泉が異なるわけだ).久しぶりに大きな浴槽に体を浮かべるととても良い気分 (^^)v

Img_2091 (写真5)ホテルのレストラン

 夕方6時にレストランへ.この日のディナーはフレンチのコースと洒落込みます.まずはアミューズとして蛸のカルパッチョが登場,食前酒はシャンパンをいただきました(どうでもいいが洋食のアミューズって,居酒屋でいえばお通しなのか 笑).続いては前菜,最初は青森県産サザエブルギニオン,洋風のサザエのつぼ焼きといった感じでしょうか(笑).前菜二品目はフォアグラと穴子の山椒ソースです.個々のメニューは極力県産品にこだわっているところが魅力なんですが,さすがにフォアグラは県産にはできなかった模様です.このフォアグラはフランス産でした.前菜からは飲み物として赤ワインも追加したのは基本です(笑).

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(左写真6)蛸のカルパッチョ,(中同7)サザエブルギニオン,(右同8)フォアグラと穴子

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(左写真9)ノドグロポワレ,(中同10)牛フィレ肉,(右同11)デザートのショコラ

 メインのお魚は青森西海岸産ノドグロポワレ,大体フレンチのお魚は白身が基本のイメージですが,こちらももろみ味噌ソースが良かったです.メインのお肉は定番の牛フィレ肉のトリュフソース,前菜のフォアグラとで合わせ技ロッシーニ風になるのかと考えました.なかななどれも美味しかったです.ちなみに当初配られたメニュー表に間違いがあったのですが,お店の人がお詫びにとチーズとレーズンを下さったので,メイン後デザートの前にしばらくそれを摘みにワインを飲み干す時間が作れたのはラッキーでした.結局コース全体で2時間以上,大満足のディナーだったことは言うまでもありません.食事後は少し部屋で休んだのち,ホテルのバーに入ってリキュール類を堪能,こうして八甲田ホテルの夜は更けていきました.

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(左写真12)朝食,(右同13)ホテル前にて記念撮影

 翌朝はゆっくり起きて朝食を摂り(和食と洋食の選択,今回は和食にした),温泉に浸ったりしながら11時のチェックアウトギリギリまでリゾートを堪能したのでした.

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(写真14)山が素晴らしい

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2019年6月 3日 (月)

新郷村のキリスト祭

 さて,あっという間に6月に入りました.例年私が活動的になる季節です.昨年は6月にボリビア&チリ旅行という大型の海外旅行がありましたが,今年はそういう大型イベントがない代わりに小さいイベントがたくさん用意(?)されています.まず最初の日曜日である6月2日は表題にある,青森県新郷村で開催された第56回キリスト祭にウチのKともども行ってきました.

 新郷村というのは青森県東部,八戸市と十和田湖の中間に位置する小さな自治体です.なんでここでキリスト祭なのかというと,昭和初期にこの地を訪問した竹内巨磨という人物が,村の戸来地区の丘にあった土盛をさして「これこそキリストの墓である!」と言い出したことに由来します.竹内巨磨さんというのは,超古代に日本に高度な文明があったと主張していた人物で,彼の家に代々伝わっていた(とされている)竹内文書によると,ゴルゴダの丘で十字架にかけられたイエスは密かに脱出し,日本のこの地にやってきてここで亡くなったからなのです.にわかには(というか普通は)信じがたい話ですが,このネタを村おこしに利用したい当時の村長の思惑も絡み,徐々にこの話が広がり今に至っているわけです(この辺の話はホームページ本編に記事があります).

 竹内文書自身がすでに偽書であるとの評価が定まっているので,何をかいわんやなんですが,ともかくキリスト祭はこの地で亡くなった(とされる)キリストの霊を慰めるイベントとして,半世紀以上続いている伝統あるお祭りなのです.私の琴線を大いにくすぐるイベントで,いつか参加してみたいと思っていたのですが,今回ついに参加することになりました.

 前日の6月1日は夕方から合唱団の練習に参加,その後来年のコンサートで共演するオーケストラの方々との打ち合わせ&懇親会へと流れました.そして夜11時40分池袋発の夜行バスに乗ります.とはいえこの時間では青森方面まで行くバスはすでに出発しているため,この日のバスは毎度おなじみ盛岡行きのらくちん号でした(笑).

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(左写真1)八戸駅にて,(右同2)いよいよ新郷村に入りました

 翌朝6時30分過ぎにバスは無事に快晴の盛岡駅に到着,コンビニで朝食を調達して朝一の新幹線で八戸へ.ここでレンタカーを借りて一路新郷村に向かいます(新郷村への公共交通機関は非常に不便なので,事実上レンタカーかタクシーになる).村内に入ると,さっそくキリストの墓,ピラミッドなどと書かれた看板が出現しワクワクさせられます.

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(左写真3)キリストの里公園です,(右同4)キリストの里伝承館

 村の中心部を過ぎて5分ほどで戸来地区に到着,ここでは係員が駐車場に誘導してくれました(8時40分頃には到着したため,会場に近い場所に停められた).知る人ぞ知るスポットなので普段はほとんど人がいないところなんですが,今日は年1回のお祭りの日ということで,たくさんの人でにぎわっていました.会場に向かう緩やかな坂にはキリスト祭と書かれた幟が多数はためいていて,非常にシュールな光景でした.

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(左写真5)奥の土盛がキリストの墓,(右同6)慰霊祭は神式です

P6071266(写真7)式次第

 坂を上ったところから階段を上がると2つの土盛りがあり,向かって左側の十代塚がイエスの身代わりとなってゴルゴダの丘で死んだ弟イスキリの墓,右側の戸来塚がイエスの墓とされています.この2つの塚を見上げる広場には来賓用の椅子が並べられ,正面には慰霊祭用のしめ縄や飾り付けがなされていました.そう,キリスト祭(キリスト慰霊祭)はなんと!神式で行われるのです

 開会まで1時間ほどあったので,付近を散策します.お祭り会場からさらに上ったところには十字架が描かれた教会風の建物があります.これがキリストの里伝承館で,竹内文書に描かれたキリスト伝説や当地の風俗などが紹介されています.ここもいつもは貸し切り状態なんですが,この日はたくさんの人で賑わっていました(入場料が一般200円と非常にリーズナブルです).ここでは当地名産の南部せんべいや飲むヨーグルトも売られています.

Img_4935 Img_4956 (左写真8)いよいよ始まりました,(右同9)ナニャドヤラの奉納

 やがて開始時間が近づいたため会場広場に戻り,よさげなポイントで開始を待ちます.時間になりいよいよ第56回キリスト祭の開始です.観光協会の人の挨拶に始まり町長や県知事(代理),地元選出の衆参両院議員の祝辞を経て,いよいよ神主さんの祝詞が始まります.「畏み畏み~」から始まって,いろいろ喋っていくんですが,一番のツボは「イエスキリストの御霊~」という部分,真面目に唱えれば唱えるほどウケてしまうのでした.祝詞に続いて玉串の奉納,その後は地元の人たちによる墓前でのナニャドヤラへと進みます.これは当地に伝わる盆踊りの一種で,「ナニャドヤラ、ナニャドナサレノ」という不思議な歌詞が有名なんですが,キリスト伝説によるとこれはヘブライ語で「御前に聖名をほめ讃えん」という意味になるのだそうです.

 ところでキリスト祭りが神式で行われ,神主さんが登場するのに,キリスト教の神父さんや牧師さんが登場しないのはなぜなんだろうと不思議に思う向きもあるようなので解説します.先のお話でも分かるように新郷村のキリスト伝説ではイエスは十字架上で死なずに日本に逃れてきたという設定になっています.ここがミソで,そもそもキリスト教とはイエスが十字架上で人々の罪を背負って死に,3日目に復活したという教義から発生した宗教です.新郷村伝説ではそこが完全に否定されているので,これは完全にキリスト教とは無縁の存在となってしまうのです.このためこの伝説はキリスト教の異端どころか,風変わりなユダヤ教のラビが迫害されて国外に逃亡しただけという話であり,キリスト教の聖職者にとっては関わってはいけない存在となっているのです(だから当慰霊祭が神式であるのは必然です).キリスト教では救い主イエスだが,新郷村では逃亡者イエスとなるわけですね.

Img_2009 (写真10)乾杯用のヨーグルト

 踊りの後は全員乾杯でお開きとなります.乾杯といえば普通はお酒になりますが,なにせ新郷村は交通の便が悪く,やってきた観光客の大半は車なので,なんと!地元の飲むヨーグルトが振る舞われて乾杯でした(濃厚で美味しかったです (^^)v).かくして慰霊祭は滞りなく終了しました.

Img_4962 Img_2065 (左写真11)キリストっぷ,(右同12)ロゴが素敵です!

 お祭りの後を少し堪能した後は,公園そばにある売店に向かいます.ここが,その名もキリストっぷというお店,ロゴは某コンビニチェーンを彷彿させます.開店時間が「十字架ら3時まで」とぶっ飛んでいます.以前来たときは平日だったので閉まっていたんですが,この日は開店営業中のキリストっぷが見られました.いろんなキリストグッズが売られていましたが,この日はステッカーやキリストの遺言手ぬぐいなどを購入しました(併設されたカウンターでは軽食も出されていて,外国人観光客がカレーを食べていた).

Img_4970 Img_4966 (左写真13)ラーメン亭えびす屋さん,(右同14)おすすめはキリストラーメン

 キリストっぷを後にして我々が向かったのは地元では有名なラーメン屋さん,もちろん昼食のためですが,ここにはなんと!キリストラーメンがあるのです.出てきたラーメンは醤油味で山菜やキノコなど健康的なもの.どこがどうキリストなのかは謎でした(思うに2枚載った山芋スライスが2つの塚をイメージしているのだろう).こうして新郷村訪問は完了したのでした.

Img_4968(写真15)これがキリストラーメン!

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