2020年11月30日 (月)

小笠原旅行記⑤ ~大村散策編~

 旅行以来二か月以上かかってしまいましたが,小笠原旅行記最終編です.

Dsc_1163 (写真1)ちょっとお酒が欲しくなる朝食

 9月17日いよいよ父島を去る日がやってきました.この日はフェリーが出発する午後3時まで完全フリー,ツアー参加の予定もないので朝食はやや遅めに設定しました.内容は和食ですが一昨日とは趣が異なるメニューになっていました(お刺身があるなど,ちょっとお酒が欲しくなる感じ 笑).

 食事後はホテルの前の扇浦海岸を散策します.砂浜のあちこちにカニの穴がありました(昼間なのでカニの姿はなし).また偶然打ち上げられたっぽいイカの姿も・・.海岸の最北部には大戦中に造られたトーチカの遺構がありました(銃眼と思しき穴から覗くと壺のような人工物も).実際にこの地に上陸戦が行われることはありませんでしたが,やはり最前線の島という認識だったことがわかります.

Dsc_1170 Dsc_1168 Dsc_1166 Dsc_1165 (左上写真2)海岸北端にトーチカが見えます,(右上同3)銃眼が,(左下同4)内部の様子,(右下同5)打ち上げられたイカ

 海岸散策の後は再び部屋で寛ぎ,10時前にチェックアウトします.不要な荷物はフェリー出発時に埠頭に届けてくれるとのことなので,貴重品以外はすべて預けることにしました.その後ホテルの車に乗って市街地まで送ってもらいます.どこでもOKとのことだったので,大村地区南東部の小笠原海洋センターにお願いしました.

Dsc_1177 (写真同6)浜辺に咲いているヒルガオ

 海洋センターは小笠原諸島の海洋生物の研究・保護を行っているところで,特にウミガメが充実している施設です.時間があればぜひ行きたいと思っていました.予備知識がないと水族館みたいな大きな施設をイメージしますが,入り口から見るとかなりこじんまりした施設に感じます.ただ中に入るとウミガメの水槽がたくさんあってかなり広い施設でした(生まれた時期別に水槽で飼育されている).時間帯によってはウミガメ教室も開催され,ウミガメを抱いて記念写真なんているオプションもあるようです(他の観光客がやっていた).

Dsc_1180 Dsc_1207 Dsc_1202 Dsc_1192 (左上写真7)小笠原海洋センター,(右上同8)ウミガメの水槽がたくさんあります,(左下同9)アカウミガメ,(右下同10)こちらは幼体

 海洋センターを後にして大村の中心部に向かいます.目の前に停泊しているおがさわら丸が見えるんですが,ぐるっと港を回り込んでいかなければならないのが辛いところです.その二見港の最北部にある奥村運動場のそばには平和の鐘がありました(大戦で亡くなった方への慰霊の鐘でしょう).またその少し西にはとびうお日時計と呼ばれるモニュメントがあります.時間がわかるかなと思ってみたんですが,ちょうど空が曇っていてよくわかりませんでした(笑).

Dsc_1214 Dsc_1216 (左写真11)平和の鐘,(右同12)日時計

Dsc_1219 (写真13)小笠原村診療所

 その後は父島唯一の医療機関である診療所の外観を見学して,水産センターに向かいました.ここは小笠原の水産業の支援,研究等を行う施設ですが,小さな水族館が併設されていて無料で見学することができます.ここの見学を終えたところでちょうど12時すぎ,大村の中心部に入ります.ランチにしようと向かったのは初日の散策で気になっていた中華料理屋「海遊」さんです.同じことを考えている観光客が多いらしく,少し待ちましたが後は出航を待つばかりなので問題はありません.名物のタンメンをいただきました.結構あっさりした感じで美味しかったです(餃子とビールもセット).

Dsc_1230 Dsc_1228 (左写真14)大村の中華料理屋「海遊」,(右同15)名物タンメン

 ランチ後はフェリーターミナルに移動,さっさと乗船受付を済ませてホテルから荷物の到着を待ちます.外に出てみたら雨がけっこう勢いよく降ってきました.熱帯地域のスコールの趣です.思えば今回の旅行で初めて遭遇した雨でした(日頃の行いが良いので観光中は雨なんか降るはずないと確信している 笑).

Dsc_1231 (写真16)ターミナル受付

 降ったとはいえ,そこは熱帯のスコール,短時間で止み徐々に日差しが出てきました.雨が止むのを待っていたかのようにホテルの車が到着,荷物を受け取る我々です.その後は乗船の時間,最初に乗船できるのが特等室の特権,他の乗客をしり目に乗り込むのはちょっとセレブな気分です(笑).部屋は往路と同じ701号室でした.

Img_6671 Img_6687 (左写真17)桟橋でのお見送り、(右同18)クルーズ船の方々のお見送り

 出港の時間が近づいたのでデッキに出てみると桟橋で大勢の方々(島民の方や引き続き滞在する観光客ら)が手を振っています.我々が宿泊したホテルホライズンの従業員の方やオガツアーの小笠原さんの姿もありました.そして15時に出港,おがさわら丸は桟橋を離れていきます.すると周辺では島のクルーズ船観光の方々の船がたくさん並走しています.これが父島名物のお見送り,けっこう感動する瞬間です.思えば今年はコロナ禍で海外旅行が封印されたことから決まった小笠原旅行でした.休日の関係等で父島のみの滞在でしたが,次は母島も行ってみたいなと思ったのでした.そうこうしているうちに船は二見港を出て外海に出ていました.

 帰路は往路よりも少しは揺れがあったものの,気になる程度ではなく快適な航海となりました(ちなみにこの1週間後の復路が台風12号の影響で大荒れだったもよう).翌9月18日午後3時に東京竹芝桟橋に到着,そのまま帰宅の途についたのでした.

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2020年11月24日 (火)

越前がに

 海外旅行が封印されてしまった2020年ですが,9月に小笠原旅行に行き,その後は時々週末を利用した小旅行に出ています.この三連休もどこかに行きたいなと思っていました.

 が,世間はコロナの第三派ということで,特にこの三連休は「人との接触を避けるように」と言っていた医師会の先生もいます.そこでなるべく人とは接しないところに行こうということで向かった先は福井県の南越前町,同地域の冬の味覚”越前がに”を食べさせてくれる,水仙旅館さんです.

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(写真1)水仙旅館さん

 東京から越前地方に向かう場合は北陸新幹線金沢回りと東海道新幹線米原回りでほぼ一緒なんですが,小田原から行く場合は断然米原回りになります(東京を通らないのでさらに人と接しない).今回は敦賀からレンタカーを使いました.

 水仙旅館さんは宿泊は1日1組限定とのことで広々と利用させていただきました.夕食はもちろん越前がにのコースです.まずは茹でがにが登場です.

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(左写真2)茹でた越前がに,(右同3)黄色いタグが越前がにの証です

 この甲羅の黒いブツブツが輸入モノにはない趣です.身がぷりぷりして絶品でした.2人で1杯かなと思ってたんですが,一人1杯でした(喜).かにの解体→味わいの間はひたすら沈黙していたのは当然です(笑).

Dsc_1376 (写真4)茹でがには1人1杯です

 その後,焼きがにやかにグラタンが登場,焼いたズワイガニは茹でとは違う濃厚な甘みが出るのが特徴です.レモンも添えられていましたが,何もつけずに食べるのが一番だなと思いました.お食事のお供はもちろんお酒🍶です.この日は福井県の地酒をいただきました(料理としては他にお刺身ともずく酢).

Img_6840 Img_6842 (左写真5)濃厚な焼きガニ,(右同6)かにグラタン

 本当ならこの次にカニすきが登場するのですが,歳を重ね胃袋が縮小している我々にとって,すでにお腹が満たされてきている状態でカニすきが来ても幸せは感じられないと確信し,かにすきは明日の朝に回してもらうことに(宿の人によると,我々のような世代の客はほぼ全員そうすると・・ 笑).結局この日は炭水化物なしの夕食でした.

 そして一夜明けた朝食に,満を持してカニすきが登場,最後は雑炊で締めて,2日間に渡った越前ガニのコースを満喫したのでした(レンタカー利用のため,朝のカニすきのときにお酒を飲めなかったのが唯一残念 笑).

Img_6846 Dsc_1377 (左写真7)宿から見える日本海,(右同8)かにすき

 こうして越前ガニを満喫し,旅館を後にしたのでした.本当にごちそうさまでした.

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2020年11月18日 (水)

福井県

 先月の今頃「都道府県魅力度ランキング」の話題を出しました.この時下から4番目にランキングされたのが福井県です.福井県民の方には申し訳ないのですが,たしかに北海道生まれ・東北出身・関東在住の人間にとっては地味な印象の県です.理由としては北陸地方としては超メジャーな街金沢を抱える石川県の隣ということがあるんだと思います(反対隣の富山県はどうなんだという声が聞こえそうですが,学生時代に富山出身の友人が複数いたのと,当時金沢にドライブに行く際必然的に富山を通過するため結構印象には残る).ちなみに自分は47都道府県すべてに行ったことがありますが,その中でもっともご無沙汰な県の第2位が福井県です(最終訪問2009年4月,1位は愛媛県で2009年1月).

 そんな福井県,地味なイメージとは裏腹に観光地としては東尋坊や永平寺,食としては越前ガニなど魅力は十分あるので,県としての魅力がないわけではなく,魅力的な観光地や食が福井県だと知られていないのが正解だろうと思われます.今年は大河ドラマ「麒麟がくる」でも福井県も舞台のひとつとなっており,その魅力が再発見されることを願っています.

 で,福井県の冬の味覚越前ガニ漁が解禁されたこともあり,11年ぶりに福井県に行ってみようと考えています.どこを観光しようかと地図を眺めていたところ思ったことが…

 福井県ってビラ星人に似てないか?

Birafukui Bira

 ビラ星人はウルトラセブンに登場したウチワエビに似た宇宙人なんですが,その形状がなんか福井県に似ています.福井県を構成する越前地方(嶺北)がビラ星人の頭部分で,若狭地方(嶺南)が胴体と足部分に見えるのでした.

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2020年11月17日 (火)

小笠原旅行記④ ~ハートロック編~

 だいぶ空いてしまいましたが,小笠原旅行記第4回ハートロック編です.

Dsc_1029 (写真1)この日の朝食は洋食

 小笠原の海を堪能した翌日,9月16日は父島を陸から観光する一日です.旅行になると体内時計が早まるのか早起きになる我々です.身支度をして朝食会場へ,この日は洋食でした(ワンプレートにパン,サラダ,ヨーグルト,スープ等すべてがこじんまりと乗っている).昨日に引き続き昼食用のお弁当を受け取ります.この日はトレッキングということで,食べやすいようにおにぎり弁当になりました(ウチのKは納豆巻が出てきたらどうしようと恐れおののいていた 笑).

Dsc_1030 (写真2)小港海岸そばの公園

 8時40分に一昨日のナイトツアーでお世話になったオガツアーの小笠原さんがロビーに迎えに来てくれました(ナイトツアーのときに,「明後日はうちの社員がお迎えに上がります」と言ってたんですが,オガツアーには小笠原さん以外の社員はいない模様 笑).車に乗り込んで一昨日最後に寄った小港海岸の駐車場に向かいます.ここでこの日ともに参加するほかの参加者と合流します.比較的若いご夫婦でしたが,小港海岸傍に建つホテル「くつろぎの宿 てつや」に宿泊とのことでした.こじんまりとして秘境感満天のホテルのようで,今度はそっちに泊まってみたいねなどと話していました.

Dsc_1032neo (写真3)この日の行程

 全員集合し駐車場近くの東屋にてこの日のツアー概要の確認です.小港海岸からハートロック(のてっぺんの断崖)まで往復10キロ,かなり暑いので水分は多めに摂取すること等の説明がありました(アップダウンのあるトレッキングということで中世城郭の山歩きのイメージか).その後準備体操をして,さあ出発です.

 まずは川沿いの小道を進み,そこから遊歩道に曲がります.遊歩道の入り口には足回りを洗う設備があります.これは自然公園内に外部の種子などを持ち込ませないためのものです.またそれと一緒に登山者届ならぬ,登山届ストーンボックスがありました.こちらは目的地別に登山者の身分別(島民、ガイド、旅行者、行政関係等)に決められた色の石を入れるシステムです.我々は旅行者の色である白い石を「ちひろ岩」(ハートロックの正式名)のボックスに入れました.

Dsc_1034 Dsc_1037 (左写真4)足洗い場,(右同5)登山届石ボックス

 ここからは徐々に登り道となります.ガイドさんによると,この前半の行程が結構キツイとのこと.なのでゆっくりと周囲の植物などを観察しながら歩いていきます.小笠原は動植物両面で固有種が多いことで有名ですが,一方で外来種による脅威にさらされています.この日も固有種とともに外来種の姿も多く見られました.

Dsc_1069 Dsc_1046 (左写真6)マルハチ(ヘゴ科),(右同7)テリハハマボウ

 約1時間ほどでわらび谷に出ました.その名の通りわらびが一面に生い茂っているところです(もちろん成長しきっているので食べられない 笑).

Dsc_1071 Dsc_1075 (左写真8)わらび谷,(右同9)展望の良いスポット

 そこからさらに登っていきます.途中タコノキの根が露出しているところがあったので中に入ってみるのはお約束です.また付近の枯れ木には白いキノコの姿が… 実はこれ一昨日のナイトツアーで見た光るキノコ(グリーンペペ)です.この登山道は湿気があるためこの時期良く生えているのだとか.ただし夜間にこの登山道に来るのは非常に危険なので,ここで実際に光る姿を見ることは困難です.

Dsc_1085 Dsc_1092 (左写真10)タコノキの根,(右同11)昼間のグリーンペペ

 そうこうしているうちに衝立山に到着,ここが全行程の最高地点になります.とはいえ木々に囲まれているため展望は全くありません(💦).ここからはひたすら森の中を進んでいくことに.ちなみに父島は大戦中日本軍によって要塞化されていました.このため,特に山の上など高いところにはその遺構が残っています.退避壕と思われる洞穴や通信基地だった建物、トラックの残骸などがありました.

Dsc_1104 Dsc_1105 Dsc_1142 Dsc_1121 (左上写真12)衝立山,(右上同13)旧日本軍の通信施設内部,(左下同14)トラックの残骸,(右下同15)タイヤ

 で,この辺りからウチのKの疲労度がハンパないようでちょっと具合悪そう・・.果たしてゴールまで行けるのか不安になってきました.結局ガイドさんと相談した結果,この先のハートロックが見える展望所まで行き,そこで休んでいることになりました(置き去りにして自分だけ先に進むのは気が引けたので私も残留 笑).

Dsc_1110 Dsc_1112 (左写真16)展望所からの景色,(右同17)断崖に人がいます

 展望所はちょうど森の切れ目で,ハートロックの断崖(の上部)や海がきれいに見えるスポットです.本ルートはここから急な下りとなり,そのまま岩の上に至ります(話では片道15分くらいらしい).ここでガイドさんと同行のご夫婦と別れて我々は休憩・待機となります.これまでの炎天下の登山でシャツがびしょびしょ💦,脱いで絞ったら水が滴りました(そのまま日向に干して置いた).断崖の方を見たら別れた一行が歩いているのが見えます.手を振ったら向こうも気づいたようで振り返してくれました.

Dsc_1114 (写真18)おにぎり弁当

 少し休んでいるうちにKの体調も回復してきたのでそのままお弁当タイムとなりました(Kが怖れていた納豆巻ではなかった 笑).だいたい1時間ちょっとでハートロックに行っていた人たちが戻り,彼らの休息を経て下山します.帰路は一部往路とは違うコースを戻ります.途中ガジュマルの森と呼ばれるところ(かつて人が住んでいたらしい)では木に登るなどして遊びました(その他帰路はひたすら下山するだけなので,ガイドさんがいろんな話を振ってきて会話に花が咲きました).小港海岸の駐車場に戻ってきたのは15時過ぎ,そのままガイドさんに送られてホテルに戻ってきたのでした.

Dsc_1129 Dsc_1139 (左写真19)ガジュマルの森にて,(右同20)木に登ったK

 途中で脱落したとはいえ,この日のトレッキングは結構ハードだったので,部屋に入った後はシャワーを浴びて夕食時までまったりしていました.

Dsc_1154 (写真21)ワインをいただきます

 夕方になり父島で最後の夕食のためにレストランへ.この日は平成6年に今の上皇・上皇后陛下の小笠原行啓でこのホテルに滞在された際に提供されたコース(アニバーサリーメニュー)でした.ワインも一緒にいただいたのは言うまでもありません.    Dsc_11461 Dsc_1149 Dsc_1151 Dsc_1155 Dsc_1158 Dsc_1159

(左上写真22)ソデイカとブリのマリネ,(中上同23)パンプキンスープ,(右上同24)グリーンサラダ,(左下同25)メカジキのソテー,(中下同26)牛フィレ肉の照り焼き,(右下同27)パッションフルーツ 

 こうして父島最後の夜は更けていきました.

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2020年11月14日 (土)

足利義詮の墓

 時々出張で静岡県沼津市に行っています.以前は電車利用でしたが,今年の春以降は感染リスクの軽減のため自家用車を利用するようにしています.国道1号線(小田原から箱根峠までは箱根新道)経由で行くんですが,途中三島市内の東海道本線のこ線橋を越えたあたりでカーナビに気になるスポットがありました.

Img_6782  足利義詮の墓です.

 足利義詮は室町幕府を立てた足利尊氏の嫡男で,第2代将軍となった人物です.室町幕府の最盛期を築いた3代将軍足利義満の父でもあります.日本史的には超メジャーな人物とはいえませんが,それでも征夷大将軍であり,そんな人物の墓がどうしてここにあるのか不思議です.興味がありつつも,いつもここを通過するのは夕方か早朝だったため立ち寄る機会がなかったんですが,今日は帰りが土曜日の午前中だったため寄ってみることにしました.

Img_6777 Img_6780  国道1号線からわき道に入り少し行ったところにある宝鏡院にそれはあります.案内板によるとこの宝鏡院を建立したのが足利義詮なのだそうです.彼が亡くなった地は定説では京都だとされていますが,建立のいきさつからここにも墓所があるものと思われました.

Img_6778 Img_6779  墓所には堀越公方足利政知も眠っています.堀越公方というのは,室町幕府の体制で主に関東地方を将軍に変わって治める人物で,本来は鎌倉公方と呼ばれていたものの,関東の政争の中で政知は鎌倉に入ることができなかったため,伊豆の堀越を拠点としたためそう呼ばれたものです.

 久しぶりに歴史関連の散策となりました.

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2020年11月 3日 (火)

100に関連した週末旅行

 いよいよ11月に入りました.今年も残り2か月となったわけですが,この週末は珍しく土日とも何も用事なし,しかも天気予報は上々と格好の行楽日和になりそう,いうことで急遽出かけることにしました.行先は三重県北中部です.

 三重県といえば,南部の熊野や伊勢,志摩は観光地として有名で伊勢神宮や鳥羽水族館,志摩スペイン村等ガイドブックでも著名な観光地がたくさんあります.しかしながら北中部はというと,街としては桑名,四日市,津などがありますが,観光地的には南部に比べると地味な印象です(るるぶなどのガイドブックも「伊勢・志摩」括りになっていて,三重県全体とはなっていない).

 そんな三重県北中部,私もあまり行ったことのない場所なんですが,ライフワークにしている100名城や100選滝,100選道絡みでは実は対象地があったりします.この週末はこうした三重県北中部の100関連の場所に行ってきました.

 前日10月30日が泊りだったため,31日帰宅後手早く準備をして出発です.10時7分小田原駅発のひかり号で西へ向かいます(小田原駅の新幹線は基本30分に1本のこだまですが,2時間に1本小田原の次が名古屋というひかりがあり,それだと名古屋までほぼ1時間で行ける).名古屋駅で新幹線を降り,ホームにあるきしめん屋住よしさんで早めの昼食を摂ります(自分は出張の際の定番ですが,ウチのKは初めてだったもよう).食事後近鉄線に移動し,11時50分の特急に乗って津まで行きます.

 津駅近くでレンタカーを借りてまずは続日本100名城のひとつ津城へ.築城の名手と言われる藤堂高虎によって整備されその居城となった城郭です.しかし三重県内には同じ高虎による伊賀上野城や蒲生氏郷が建てた松阪城もあるせいか,津城は最初の100名城には入れず,続編の方での選出となりました.内堀と外堀が二重丸のようになった輪郭式城郭ですが,現存するのは内堀の一部と本丸,西の丸の一部のみです.当時の建物は残されていませんが(本丸東部に丑寅櫓が建っていますが,場所も形状もオリジナルとは異なるものです),石垣や堀は立派なものでした.

Pa310517 Elpumcvkaagz_b (左写真1)津城の内堀,(右同2)復興丑寅櫓

 続いては北の亀山市へ.東海道というと近年では東海道本線や東海道新幹線の影響もあり,名古屋から北上して岐阜周りのイメージもありますが,江戸時代の東海道は名古屋から桑名,鈴鹿峠を通って滋賀県の草津に抜けるのが本筋です(鉄道でいえば名古屋以西は関西本線,草津線がオリジナルに近い).亀山市にある関宿は旧東海道の宿場の街並みを今に残すスポットとなっており,日本の道100選にも選ばれているのでした.

51tokaido Pa310572 (左写真3)関宿の街並み,(右同4)百五銀行の実店舗

 大型車は絶対にすれ違えない狭い道を挟んで昔の趣の建物が軒を連ねる様子は江戸時代にタイムスリップしたかのよう(ここで宿場まつりやったら雰囲気抜群だろうな 笑).銀行や郵便局も江戸風でした.この日は同曜日でしたが観光客はまばらでした.しかし1年前にはインバウンド系の観光客で大賑わいだったんだろうなと想像してしまいました(中国人観光客とかこういう雰囲気好きそうなので).

 関宿観光の後はこの日宿泊する伊賀氏のホテルへ.亀山から伊賀への名阪国道は一応一般国道なんですが,みんなまるで高速道路並みに飛ばしていました(所々緑色の高速っぽい看板が出ているが,まぎれもなく一般道路である).ホテルにチェックインしたあと夕食のために近くのワインとお肉をいただけるお店へ.ラムや伊賀牛を始め,赤ワインが似合いそうな料理を堪能しました.

 食事後ホテルに戻り,風呂に入ってさっぱりした後,しばしNHKのラジオ深夜便を聴いてしまいました(それにしても,ラジオ深夜便の,あのしっとりしたテーマが流れると,学生時代の深夜ドライブが鮮明に思い出されます).

 一夜明けて11月1日,いよいよ11月に入りました.ブッフェスタイル朝食を食べて(コロナ関連でブッフェスタイルの朝食は久しぶり)一日の英気を養います.その後チェックアウトして外へ出ます.昨日に続きこの日も良いお天気です.この日の目的地は県中部で奈良との県境に近い赤目四十七滝です.ここは渓谷の中に多数の滝が存在するところで,山梨の西沢渓谷や木曽の田立の滝などと似ています.片道4キロのトレッキングはまずまず中級向けと思われます.スタート地点には当地名物のオオサンショウウオが展示されているセンターがありました.

 歩くこと数分で最初の見どころ不動の滝が登場、ここまではアップダウンがないので誰でも来られます.そこからは階段や勾配のきつい箇所も出てくるので足腰が弱い人は難しいでしょう.先述の不動の滝を含め,千手滝,布曳滝,荷担滝,琵琶滝の5つがメインの大きな滝で5つ目の琵琶滝から10分くらい奥に進んだ巌窟滝がコースの終点となります(この他大小たくさんの滝がある).この日の往路は2時間以上かけてゆっくり観察しながら歩きました.

Sente Nunobiki Ninai Biwa (左上写真5)千手滝,(右上同6)布曳滝,(左下同7)荷担滝,(右下同8)琵琶滝

 終点の巌窟滝で昼食(持参したコンビニおにぎり),帰路は下りなのでサクサク歩いたら1時間ちょっとでした.

 赤目四十八滝観光の後は,津市の南方美杉地区にある続日本100名城のひとつ多気北畠氏城館跡へ.途中すれ違いが厳しい狭い道を通りたどり着きました.ここは戦国時代に伊勢を支配していた北畠氏の居城だったところで,現在は神社になっています.防御施設としては背後の山上に霧山城がありました.今回は到着時点で夕方近かったため登山は断念し,神社と隣接する庭園を見学しました.

Pb010776 Pb010792 (左写真9)北畠神社,(右同10)隣接する庭園

 この後津へ戻りレンタカーを返却,駅前で夕食を摂って家路に着いたのでした.

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2020年10月23日 (金)

小笠原旅行記③ ~海編~

 また間隔が開いてしまいましたが小笠原旅行の続きです.

Dsc_0827 (写真1)朝食

 一夜明け9月15日となりました.この日は父島周辺の海を観光する予定です.身支度をして朝食のためにレストランへ.テーブルも昨夜と同じ場所でした.このホテルの朝食は基本的に和食と洋食が日替わりということで,この日は和食です(豆腐,納豆,塩サバという極めてオーソドックスなパターン).前夜に頼んでおいたランチのお弁当を受け取り部屋に戻りました(海外のツアーだと昼食付が多いが,小笠原では基本的に弁当持参).その後準備,泳ぐことも想定して水着を着こみ,タオルやシュノーケルセット類をバッグに詰め込みます.

 準備ができて8時15分頃にロビーへ.この日は集合場所の桟橋までホテルの車で送迎してもらうことになっています.我々の他に同じツアーに参加する3人の方が同乗でした.10分ちょっとで大村の桟橋(通称青灯台)に到着,おがさわら丸が停泊する場所の隣でした.父島で海の観光を催行している会社はたくさんあるんですが,今回はピンクドルフィンさんという会社です.ここにしたのは船の規模が比較的大きかったから.小型船の方が小回りが利くというメリットもありますが,何より小型船は参加者も気合が入った人が多そうで,我々のような素人が混じると完全に浮いてしまう恐れがあるからです.その点大きめの船だと参加者も多様なので大丈夫だろうという算段です.

Dsc_0829 Dsc_0840 (左写真2)ピンクドルフィン号,(右同3)乗り込みます

 ホテルの車を降りて海の方に向かうと目の前にピンクに塗装された船が見えました.これがピンクドルフィン号であることは明白です(笑).船の前で待っていた係員に受付をして乗り込みます.この日の乗客は20人ちょっとで,若い方から自分よりも年配と思しき人まで様々でした.全員の乗船が終わるといよいよ目の前の青い海に向かって出航.この日のコースは父島を一周しながら,絶景の南島訪問,ドルフィンスイム,シュノーケリングを堪能するコースです.島生まれでこの道云十年の南スタンリー船長の解説付きです.

Dsc_0857 (写真4)鮮やかなブルーの海

 二見港を出たクルーズ船は湾を出て島の西岸に沿って南下します.父島の海岸部は基本的に断崖の連続ですが,所々に白砂のビーチが見られます.昨夜のナイトツアーで散策した小港海岸や島南西部にあるジョンビーチやジニービーチなどで,ジョンビーチはトレッキングでようやくたどり着ける,ジニービーチは陸路のアプローチは困難でボートを使って上陸するしかないところです.この後島の南岸に回り込みイルカを探します.

Dsc_0852 Dsc_0859 (左写真5)ジョンビーチ,(右同6)ジニービーチ

 が,まったく姿が見えません.船長も「今日はなかなか見つからないな…」とつぶやいていました.30分ほど周辺を探しても見つからなかったため,そのまま父島の南西に浮かぶ南島へ.ここは冠水カルスト地形(氷河期のように現在よりも海面が下がっていた時期に形成されたカルスト地形が,その後の温暖化による海面上昇によって冠水した地形)として有名な島で,ウミガメの産卵地ともなっています.保護区に指定されているため,上陸できるのは1年のうちで3月から10月まで,東京都自然ガイドの同行が義務付けられ,1日100人,1グループ最大2時間までの滞在と厳しい制限が課せられています.

Dsc_0877 Dsc_0880 (左写真7)鮫池の入江,(右同8)南島に上陸

 船は島の南側の入江(通称鮫池)から進入,この入口は非常に狭く,岩が海面に顔を出すなど大きな船が抜けるのは難しそうです.ただ船長は過去一度も失敗したことがないそうで,この日もスーッとすり抜けていました.そのまま進入し舳先を岸壁に着け,そこから一同上陸です.岩場に設置された仮設階段を上がり島の内部へ.周囲は石灰岩質の地面に丈の短い草が生えており,その中を一条の小道が通っています(この小道から外れないようにと注意あり).

Dsc_0884 Dsc_0893 (左写真9)カツオドリの姿が,(右同10)扇池

 小道を進んでいくとやがてガイドブックに必ず出てくる扇池が見えてきました.奥のコバルトブルーの池とそれを取り囲むように広がる扇形の白い砂浜が絶景です.ここで希望者は遊泳を楽しみます.我々は水に足を付けたり(とても温い 笑),浜を歩いているカニの大群を観察していました.ちなみにここ南島はウミガメの産卵地としても有名で6~7月の産卵ピーク時にはここにもたくさんの母ガメが上陸してくるそうです(砂浜には海に入れず息絶えた子ガメの死骸がありました).

Dsc_0897 Dsc_0907 (左写真11)泳ぐ一同,(右同12)カニの軍団

 そうこうしているうちに次のグループがやってきたため場所を空けて先に進みます.扇池の砂浜をさらに奥に向かって歩いていると,周辺にはたくさんの巻貝の貝殻が散らばっていました.これはヒロベソカタマイマイという今から数百年から千年前に絶滅したカタマイマイの1種です(カタマイマイは貝殻が固いことからの名前).小笠原はカタツムリ王国と呼ばれるほど多くのカタツムリが生息している場所ですが,その中の絶滅種の姿をこうして見られるというのが感慨深いなと思いました.

Dsc_0919 Dsc_0926 (左写真13)ヒロベソカタマイマイの半化石,(右同14)陰陽池

 カタマイマイの砂浜を通った先にはまた大きな池が広がっています.ここは陰陽池と呼ばれる淡水と海水が混じったいわゆる汽水湖です.とは言っても宍道湖やサロマ湖のように海とつながっているわけではなく,雨水と台風などの際に流入してくる海水が混ざってできたものだそうです.池底には水草が生えているなど風情は扇池とはかなり異なります.観察していたら小さなウミガメの姿も.これは孵化後,道を間違えて(あるいは風に飛ばされて)陰陽池にたどり着いてしまった個体とのこと.陰陽池は海とは連絡していないのでこの個体は一生ここで過ごすしかないのだそうです.

Dsc_0945 (写真15)展望スポットからの扇池

 陰陽池を観察した後はこの島の展望ポイントを目指します.途中からキツイ上り坂になるということで,高齢の方数名が分岐点に残り,我々を含めた若者(?)がアタックします.たしかに途中きつい登りはあるものの,時間的にはさほどでないためそれほど苦にはなりませんでした.展望スポットからの眺めは絶景で,扇池や鮫池はもちろん,反対側には父島南岸の名スポット,ハートロックも見えました(海から見ると赤い岩肌がハート型に見えるところ,明日陸路チャレンジする予定).

Dsc_0948 Dsc_0934 (左写真16)鮫池(船が見えます),(右同17)右奥にハートロックが

 360度の展望を堪能した後は来た道を下山,居残り組と合流して鮫池方面に戻ります.途中○△の雛の姿も見えました.鮫池から再び船に乗り込んで出航します.鮫池入口の難所もなんなく抜けて,また外洋に出ました.

 ここから再びイルカを探す時間帯なのですが・・・

 やっぱり見つかりません💦.もしかして今日は定休日なのでは、などとウワサしていました(笑).

Dsc_1003 (写真18)猫の後ろ姿のように見える岩とその左隣のゴリラ岩

 いないものは仕方がないということで,この後はお昼タイム!付近の湾に入り錨を下ろして休憩です.各自持参したお弁当を食べながら寛ぎます.ガイドさんが「あそこの岩,ネコの後ろ姿に見えるんですよ」と指さす方を見ると,たしかにそれっぽい形状をしています(その左隣の岩はゴリラの横顔に見える).

 その後ガイドさんは海に潜って船底のガラス磨きを開始,この船はグラスボートになっていて水中が覗けるんですが,こうして定期的に掃除をしないと汚れて見えにくくなってしまうのです.参加者の一人が「ここでシュノーケリングができますか?」と聞いていましたが,船長は「ここはほとんど魚がいないからもう少し先に行ってからの方がいい」とのことで,そろそろ出航となります.錨を挙げろ!という場面ですが,何かに絡まったらしくスムーズにいかない・・ それでも何とか作業が完了して湾外に出ました.

Dsc_0967 (写真19)ハートロックをバックに

 午後もまずはイルカを探します.どうせ今日は定休日だろうと半ばあきらめていたら,ついに船長が群れを発見した模様,しかも10頭以上という大群! 「泳ぐ人は準備してくださ~い」というガイドさんの声で皆一斉に準備を始めます(シュノーケルセットの装着等).船長がイルカの進む方向に合わせて船を操作,ちょうどよいポイントに着いたタイミングで「入って!、右!」などと指示を出します.参加者は5人ずつ順番に海に入ってドルフィンスイムとなります.我々も順番に泳いだんですが,上手な人達はまさにイルカと泳ぎますが,私のような素人はイルカの周囲でバタバタするという表現が正解ではと思いました.

P9150045 P9150097 (左写真20)ついにイルカが!,(右同21)他の船の方々

 当たり前ですがイルカたちは自分の意志で場所を変えますから,船も適宜場所を移動しながらスイムを行っていきます.さんざん泳いで船長が「みんな、思い残すことはない?」といって全員うなずいたタイミングでドルフィンスイムは終了となりました.

 その後船は父島の東岸を北上し,北側の兄島との狭い水道にある兄島海中公園に到着,ここは美しい珊瑚とたくさんの魚がいる小笠原有数のシュノーケルスポットです.元々魚が多い場所なんですが,さらに船長がウミヘビの餌やりの仕掛けでたくさんの魚をおびき寄せてくれるため,水面下は素晴らしいことになっています.さきほどのドルフィンスイムと違い,ここでは船は動かないため安心してシュノーケリングに集中できるのが魅力です.南国の海独特の珊瑚とカラフルなお魚の組み合わせを堪能した時間でした.

P9150113 P9150111 (左写真22)シュノーケルの開始,(右同23)大きな魚が!

 シュノーケリングタイムが終わるとツアーもお終いです.船はそのまま父島の北岸を西に向かい,そのまま回り込んで二見港に入港します.下船後はホテルに電話をして迎えに来てもらいます.10分ほどで車が到着,そのままホテルに戻りました.

 部屋に入ったのは夕方4時,昼間にツアーでくたびれたためゆっくり過ごすことにしました.そして6時になり夕食の時間となったためレストランに向かいます.この日のメニューは郷土料理,島野菜の天ぷらやウミガメの刺身や煮込み,島寿司などが並びました.この日のお供は日本酒です(量が多くてご飯まで入りませんでした 💦).

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(写真24~26)夕食の郷土料理

 明日はいよいよハートロックへのトレッキングです.

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2020年10月21日 (水)

ウィーンフィルのニューイヤーコンサート

 旅行好きの我が家,21世紀になってから年最低1回は海外旅行に出かけていました.しかしながら新型コロナウイルス感染の世界的な流行に伴い,日本と海外との往来は急減し,春以降外務省は世界ほぼ全域に渡航中止勧告を出すなど,少なくとも観光目的での渡航は絶望的な状況になっています.もっとも日本国憲法には国民の権利として渡航の自由があるので,外務省の出す勧告も法的な拘束力はなく,有効なパスポートを所持する日本国民に対して出国することを妨げることは国といえども基本的にはできません(逮捕状が出ているとか,保釈中だとかの場合は制限を受ける).もっとも出国したとしても,渡航先の国が受け入れてくれるかどうかはまた別問題ではあります.

 日本は現在も多くの国からの観光目的での入国を拒否していますが,EU諸国では夏ごろから域外の人の入国を認める政策に切り替えています.このため日本国民がEU諸国に渡航することは原理的には可能です.ただし旅行会社は国の勧告に従って旅行商品を出すので,現在渡航中止勧告が出ている地域へ行く商品はありませんから,行くとすれば自分で航空券等すべてを準備する個人旅行とはなります.この国の勧告と旅行会社の対応には会社ごとに違いがあり,レベル1の「十分注意してください」ならばほとんどの旅行会社が商品を出しますが,レベル2の「不要不急の渡航は止めてください」になるとJTBや近ツリなど大手旅行会社では商品を出さない一方,地域に特化した専門的な会社では出すという風に対応が分かれます.そしてレベル3の「渡航中止勧告」になるとすべての旅行会社が商品を出さなくなるわけです.

 10月に入ってから政府では海外の安全情報の見直しに着手しており,EU諸国などは1段階レベルが下がるのではと言われています.そうした世相を反映したのか,2019年1月にザルツブルク・モーツァルト週間でお世話になった郵船トラベルさんがツアーを再開する模様です.

Img_6745 元旦恒例ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを鑑賞するツアーです.オーストリアといえば,今年の夏のザルツブルク音楽祭も中止にせず開催するなど音楽面では気合の入った国です.このニューイヤーコンサートも,もし開催しないなんてことになったら暴動が起こるレベルなのかもしれません.

 そんなニューイヤーコンサート,毎年テレビで鑑賞してますが,いつかは生で見たい.で,ツアーの日程を見たら・・・

 12月29日出発1月3日帰国

 おおっ!暦通りの休みに一致する,もしかしてこれは!

 と思ったのですが,値段を見てびっくり(マチュピチュや南アフリカに2回行ける金額です💦).おまけに仮に行った場合,国から帰国後2週間の自宅待機が要請される状況には変わりないため,やっぱり不可能だと悟ったのでした.ちなみにこのツアーもオーストリアへの渡航がレベル2に下がることが開催の条件なようです.

 今後海外旅行商品は徐々に出てくると思いますが,帰国後2週間待機のハードルは高く,これが解除されない限り勤め人の自分には手が出せないと思います.

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2020年10月15日 (木)

都道府県魅力度ランキング

 ブランド総合研究所が第15回地域ブランド調査2020を発表しました.その中で一番注目されているのが都道府県魅力度ランキングです.これは回答者に対して,それぞれの地域名(この場合は県名)が「どの程度魅力的に思うか」という質問に対し「とても魅力的」から「まったく魅力的でない」までの5段階で回答してもらい,そのうちの「とても魅力的」と「やや魅力的」という回答を点数化,順位付けしたものです.

 第15回「地域ブランド調査2020」発表

 結果1位は北海道,12年連続だそうです.以下2位京都府,3位沖縄県,4位東京都と続きます.この辺は常連ですが昨年は3位が東京,4位沖縄でした.東京の順位が下がったのは新型コロナの影響ではないかと考えられています.

 一方で下位の方では,直近7年間連続で最下位だった茨城県が今年は42位と5つ順位を上げました.代わって最下位となったのがお隣の栃木県です(その他下位には44位福井県,45位佐賀県,46位徳島県が入っている).宇都宮餃子などのグルメは別として,日光や那須などの有名な観光地を抱えている栃木県が最下位とは,ちょっと意外な気がしました.実は都道府県別の他に,市町村別のランキングもあるんですが,それでは日光市が堂々13位にランクインされています(他の下位県にはベスト25入りした市町村はない).これはもしかして,世間では日光が栃木県だと知らない人が多いのではと考えてしまいました(そのほか,最近那須塩原で話題のPCRの件もイメージに影響していたりして…).

 その他の下位県となったところでは徳島県は阿波踊りが有名ですが今年は中止になってしまいましたし,そもそも内部でのもめごとのウワサが聴こえていたのでその辺のイメージダウンはあったのでしょう.佐賀県はミュージシャンの”はなわ”がネタにするほど地味な県とされています(実際には佐賀牛や唐津など魅力的な素材は多いのでPR不足ではないかと思う).福井県は隣県石川県が100万石で有名な点で,佐賀と福岡の関係に類似していますが,ここも東尋坊や永平寺,越前ガニなど魅力いっぱいのところです(さらに今年は大河「麒麟がくる」の舞台にもなった一乗谷もある).なのでこの魅力度はPR具合や周辺との関係も考慮しなければならないでしょう.

 そんなことを想像した2020年の魅力度ランキングでした.

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2020年10月10日 (土)

GoToのゆくえ

 7月から国の肝いりで始まった観光業の需要喚起策 "GoTo トラベルキャンペーン",10月からはこれまで除外されていた東京発着の旅行も加わり,さらには旅行地での買い物にも使えるクーポン券の配布も始まり,いよいよこれからが本番という感じになってきました.

 が,そんな時に飛び込んできた話題です.

 Go Toで旅行者に激震。楽天トラベル・じゃらんなど配分枠不足で割引が大幅制限。

 記事によると,GoTo用の予算は,あらかじめ各旅行会社や予約サイトに配分されているらしいのですが,密や大規模での宴会を控えるなどの消費行動の変化,あるいは対面からオンラインへという世間の流れを受けて,対面である旅行会社の窓口を避け,オンラインですべてが完結する予約サイトを利用する流れが加速,結果こうしたオンラインサイトに配分されていた予算が底をつきそうになっているのだそうです.これを受けて楽天トラベルやじゃらん,一休comといった旅行サイトでは,10月9日以降GoTo適応回数や金額の制限を行うのだそうです(10月9日よりも前に予約が完了している分はノーカウント).状況が変わるまでは予約サイトの分散化あるいはホテルの公式サイト利用などで対応していくしかないのかと思っています.

 GoTo自体の全体予算はまだまだあるらしいので,今後こうした予約サイトに予算が再配分されればいいのですが,そうでないと,いったい何のためのキャンペーンなのかわからなくなってしまいます.国には是非とも善処していただきたいところです(とりあえず11月に出かけようと思っていた分はすでに予約済みなので一安心).

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