2019年3月21日 (木)

歌劇「ウェルテル」

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 オペラ鑑賞が大好きな我が家です.新国立劇場のシーズンチケットを購入していることもあって,秋から春のシーズン中は,ほぼ毎月鑑賞している計算になります.今週火曜日の3月19日は表題の歌劇「ウェルテル」を鑑賞してきました.

 このオペラはゲーテの有名な小説である「若きウェルテルの悩み」をマスネがオペラ化したものです.初演は1892年ですから,イタリアのプッチーニが最初の大成功を収めた作品である「マノン・レスコー」の前年にあたります.奇しくもマノン・レスコーの物語はマスネ自身も1884年に先行してオペラ化しています(「マノン」).

 19世紀のフランスのオペラというとグランドオペラと呼ばれるスタイルが一般的です.これは途中にバレエや大合唱が参加するエンターテイメント性の高い幕が挿入されるのが特徴で,非常に舞台が華やかになりますが,一方で物語の進行には全く関係ない部分なので,オペラを劇としてみた場合は,この部分の存在によって劇は停滞することになります.ビゼーの「カルメン」のように起承転結のはっきりしている題材ならそれでもあまり問題になりませんが,本作品のように登場人物の内面の葛藤がメインとなる題材だとグランドオペラのスタイルは全くそぐわないことになります(事実本作品にはそうした幕はない).

 今回の舞台は2016年に制作された二コラ・ジョエル演出の再演です.3年前にも鑑賞していますが,1幕の緑,2幕の青,3幕の灰色と色彩が印象的な舞台です.歌い手はウェルテルにサイミール・ビルグさん,シャルロットに藤村美穂子さん,とにかくこの2人が凄くて圧巻でした.主役級というのはこういう人たちを言うんだろうなと感じた舞台でした.
 

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2019年3月 3日 (日)

3月3日

 今日は3月3日,世間では桃の節句です.ひな祭りといった華やかなイメージの大きいこの日ですが,歴史的には結構重要な事件が起こっている日でもあります.

 日本史関係では特に幕末維新期に重要事件が発生していて,たとえば嘉永七年(1854年)の3月3日に日米和親条約の締結がありました.またその6年後安政七年(1860年)3月3日には有名な桜田門外の変が起こっています.この日大老井伊直弼はひな祭りの祝賀のために江戸城に向かう途中,襲撃を受けたのです.そしてそれから8年後の慶応四年(1868年)3月3日に起こったのが,赤報隊ニセ官軍事件にて首魁とされた相楽総三の処刑です.

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(写真) 左から日米和親条約締結時の老中首座阿部正弘,桜田門外の変で暗殺された井伊直弼,赤報隊の相楽総三とかかわりの深い西郷隆盛

 一方世界史ではロシアのアレクサンドル2世による農奴解放令が1861年,歌劇「カルメン」の初演が1875年,そして第1次世界大戦でロシアが戦争から離脱することが決定したブレスト・リトフスク条約の締結が1918年の3月3日となっています.

 で,そんないろんな記念日がある2019年3月3日は久しぶりに何の予定もない日曜日でした.最近は日曜日というといろんなイベントや出張などが入ってたんですが,この日は一日何もせずに家でゆっくりとしていました(こんな日曜日いつ以来だろうと思ったらなんと去年の11月以来でした 笑).

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2019年2月15日 (金)

カール・リヒターの命日

Img300  バレンタインデーの翌日,今日2月15日は20世紀を代表するバッハ研究家カール・リヒターの命日です.

 リヒターは1926年10月15日にドイツ東部のプラウエンで生まれ幼少時からドレスデンの聖十字架教会聖歌隊に属し,ここで変声期とともにバッハの主要カンタータの全パートを歌ったといわれています.第二次大戦後にはバッハの聖地であるライプチヒでオルガンを中心に活動していましたが,社会主義の束縛を嫌い西ドイツのミュンヘンに移りました.そこでミュンヘン音楽大学の教授に就任するとともに,自らのバッハ研究の成果を示すべくミュンヘン・バッハ合唱団,管弦楽団を結成して精力的な演奏活動を行いました.1969年には合唱団・管弦楽団を率いて来日公演を行っています.

 その後も世界各地への演奏旅行と同時に,多数の録音も残しています.その音楽はルター派の真髄である禁欲的な,非常に緊張感の溢れる演奏でしたが,1970年代には次第に緊張感を失いロマン主義的な演奏になってしまったと言われています(マタイ受難曲の1958年版と1979年版を聴き比べると違いがわかります).これは彼自身の体調の悪化が関係しているとする人もいます.

 そして1981年2月15日朝,宿泊先のミュンヘン市内のホテルのフロントに,「胸が苦しい,医者を呼んでくれ」と電話があり,駆けつけたときには亡くなっていたといわれています(状況から考えて急性心筋梗塞だったのではと思います).

Img_1  今ではITの進歩とメディアの多様化から数多くの音楽ソースが迅速かつ手軽に手に入るようになりました.しかし私が高校から大学に入ったのはようやくコンパクトディスク(CD)が普及し始めた時期であり,音楽の主要メディアはいまだにLPレコードでした.LPレコードは現在の音楽ファイルのダウンロードなどとは比較にならないほど生産コストがかかることから,マイナーな(売れそうにない)ジャンルの音楽のレコードは発売すらされず,手に入れるのが大変でした.

 俗にクラシック音楽と呼ばれるジャンルは日本でもそれなりに愛好家がいますが,一言でクラシックといっても多くのカテゴリーがあり人気も様々です.たとえばシンフォニー(交響曲)やコンチェルト(協奏曲)などは日本人に人気のカテゴリーで,昔から数多くのレコードがありました.一方で宗教曲と呼ばれるカテゴリーは日本人にはマイナーで(私が学生時代受講していた音楽史という講義で行ったアンケートでも最も人気薄だった),クラシック愛好家にもあまり知られていなかった分野です.

 17世紀から18世紀のバロック時代を代表する作曲家として,J. S. バッハがいます.音楽の父ともいわれ,日本でもその名を知らない人はいないくらい有名だと思います.しかし,じゃあバッハってどんな曲を作ったのと聞かれると,意外に知られていません.せいぜい嘉門達夫の「鼻から牛乳」で知られる,トッカータとフーガニ短調やG線上のアリアくらいでしょうか.

 実はバッハの主要作品の多くは,200曲にもおよぶ教会カンタータをはじめとする宗教音楽で,マタイ受難曲やロ短調ミサ曲がその代表とされています.ですから宗教音楽がマイナーな日本であまり知られていないのも仕方ないのかもしれません.

 こういうマイナージャンルゆえ,宗教音楽のLPレコードを手に入れるのは大変でした(モーツァルトのレクイエムのようにちょっとはメジャーな作品もありますが).今ではバッハの宗教音楽も数多くの演奏がリリースされており,私達も聴き比べなどができますが,当時はあまり選択肢がなかったのです.そんな時代に比較的入手可能だったのが,アルヒーフから出ていたリヒターの演奏だったのです.ですから私の世代の人間にとってバッハのカンタータを聴くにはリヒターのレコードを聴くのが一番ポピュラーだったのです.ヘルムート・リリング,ついでアーノンクールとレオンハルトのカンタータ全集が完成したのはその後のことでした.

 私が宗教音楽にのめり込んだ学生時代,数多くのリヒターのレコードを買い込んで聴いていたものですが,その中でも特に聞くに残るのが,1988年の2月15日に「カール・リヒター追悼24時間鑑賞会」という企画です.これは同日0時から翌16日0時までひたすらリヒターのレコード(一部CD)を聴きまくるという鬼のような企画です.モーツァルトのレクイエムから始まって,マタイ・ヨハネの両受難曲,ロ短調ミサ,クリスマス・オラトリオはもちろん,英独両版のメサイアや教会カンタータから器楽曲まで、魂をすり減らしながら聴いたのを覚えています.

 そんな暇も体力もない2019年のこの日は夜から彼のいくつかの演奏を鑑賞しているのでした.

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2019年2月13日 (水)

リヒャルト・ワーグナー

1359558947  今日は2月13日,バレンタインデーの前夜祭などと言ってはいけません(笑)。この日は19世紀後半,ヨーロッパの音楽界,とりわけオペラの世界に大きな影響を与えたリヒャルト・ワーグナーの命日なのです.

 西洋音楽の1ジャンルとしてのオペラは17世紀のモンテヴェルディの時代に誕生しました.当初は宮廷など王侯貴族の楽しみとして発展し,18世紀前半のバロック時代にひとつのピークを迎えます.この時代の代表的なオペラ作曲家がG. F. ヘンデルでした.ヘンデルは今でこそ,「メサイア」などのオラトリオや「水上の音楽」などの器楽曲で知られますが,彼がその生涯で心血注いで取り組んだのはオペラだったのです.この時代のオペラの聴き手は大陸諸国では依然として王侯貴族でしたが,すでに産業革命が始まっていたイギリスでは新興の市民たちでした(イギリスの市民たちに熱狂的に支持されたヘンデルですが,のちには彼らに飽きられオペラではやっていけなくなり,オラトリオに軸足を移すことになります).

Handel_1 (写真) バロックオペラの作曲家ヘンデル

 バロック時代以来のオペラは主として歌手の技巧を聞かせる歌の側面が強調され,劇としての面はなおざりにされる傾向がありました.もっともこれはオペラが内包している宿命的な問題で,歌手が技術的に難しいアリアを朗々と歌っている時間は,同時に劇が停滞する時間でもあるからです.ただ19世紀に入ると,オペラにもより劇性を求めるべきという考えが生まれ,歌と劇の停滞という矛盾を解決する方法が探られます.その中で生まれたのがいわゆる狂乱オペラと呼ばれるものでした.これはヒロインが悲劇のために発狂してしまい,超絶技巧のアリアを歌うというスタイルです.これなら聴衆は発狂してしまったヒロインに感情移入しつつ,その超絶技巧を駆使したアリアを楽しむこともできます.ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」やベッリーニの「清教徒」はこうした狂乱オペラの代表作です.

 とはいえ,こうした小手先のやり方では根本的な解決にならないことは明らかで,ここで登場したのがワーグナーでした.彼が生まれたのは1813年,奇しくもイタリアのヴェルディと同年です.ドイツとイタリアを代表するオペラ作曲家が同年に生まれたことに運命的なものを感じます.

 ワーグナーの人生は各地の劇場を転々としたり,ドイツの3月革命にのめり込んで亡命を余儀なくされたりまさに波乱万丈でした.しかし,そのような境遇の中で,彼は一環として(歌のみでなく)音楽と劇との融合を目指しました.その理想を作り上げるために作曲のみならず,台本も自らの手で書き上げています.

 そんなワーグナーの作風としてよく知られているのが,①無限旋律②示導動機です.このうち前者は従来のオペラが,序曲・レシタティーヴォ・アリアという風に個々の音楽が分断されていたのに対して,彼の音楽では(特に後期の作品は)幕が開くと同時に最後まで音楽が途切れることなく続いていく様子を表しています.このため従来のオペラのように,はっきりとしたアリアなど一部だけを切り取ることが不可能となっています(プッチーニ名アリア集というCDはあるが,ワーグナー名アリア集というCDは存在しない).このため特にイタリア系のオペラでは名アリアの後に会場から拍手や喝采が飛ぶのが定番ですが,ワーグナー作品ではそれらの行為は構造的に不可能です.後者の示導動機(ライトモティーフ)とは人物や感情,情景などを表現するモティーフのことです.とはいえ,その人物が出てきたからそのモティーフが鳴るなどという単純なものではなく,例えば人物の成長に合わせてモティーフ自身も変化し,場面によってはさらに他のモティーフと融合し発展していくなど,歌手の声以外の物語の語り手となるものです.すなわち従来のオペラでは伴奏に過ぎなかったオーケストラ自身も劇の進行に重要な役割を与えられているということになります.このことからワーグナーのオペラ作品を指して,従来の歌劇に対して楽劇と表現することもあります(この楽劇(Musikdrama)という用語はワーグナー自身の造語ではなく,彼はむしろ自らの作品を舞台祝祭劇と称している).

Img018  そんなワーグナー作品,重厚かつ壮大(悪く言えば大げさ)で,人により好き嫌いがはっきり分かれます.私自身は若い頃はあまり好きではなかったんですが,長じるにしたがって,「まあ,こういうのもありかな」と思うようになりました.最近では1月27日に新国立劇場で彼の比較的初期作品である「タンホイザー」を観劇してきました.一般にワーグナーを鑑賞すると,その後2週間くらい,その音楽が頭の中で渦巻いて仕事中など難儀することがあるんですが,今回に限ってはそういうことがありませんでした.思うに今回はワーグナー鑑賞の直後にモーツァルト週間に参加したため,ワーグナーがモーツァルトで中和されたためと思われます(笑).

 今日はそんなワーグナーの命日なのでした.

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2019年2月12日 (火)

東京21合唱団の合宿

 この前の週末,10日&11日は東京21合唱団の合宿に参加してきました.

 現在私が活動しているもう一つの合唱団である,小田原医師会合唱団では毎年合宿を開催しているんですが,こちらの21合唱団ではなぜかその機会がありませんでした.

 しかし,バッハのマタイ受難曲という大曲に取り組んでいく中で,やはりそういう機会は必要だろうということで今回の開催に至ったものです.会場は神奈川県横須賀市にある湘南国際村センター,海の見える高台に建つ広々とした研修所です.

 2月10日は13時50分ごろに横須賀線逗子駅に集合,ここからみんなで路線バスに乗って向かいます(我々のグループでほとんど満員になったので,運転手さんは驚いたに違いない 笑).約30分で会場に到着です.会場準備等を経て15時から練習開始,常任指揮者の佐々木正利先生,音楽監督の飯靖子先生をお迎えして,4時間みっちりと練習しました(合宿ということで時間がたっぷりと取れるため,普段はなかなかできない,ドイツ語についても解説していただきました).

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 学生合唱団時代の合宿というと,ひたすら練習漬けだったんですが,大人の合唱団の場合重要なのが夜の懇親会です.普段お話する機会の少ない方々との交流は楽しいものでした.

Img_1833  宴会は1次会,2次会,3次会と流れて気が付いたら午前様… それでも翌11日は朝から午後3時までみっちり練習したのでした.そんな非常に有意義な連休でした.

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2019年1月21日 (月)

オペラシーズン

 クラシック愛好家の私ですが,とりわけ好きなのがオペラです.年間に行くコンサートのほとんどがオペラと言っても過言ではないほどです.メインは新国立劇場で,東京二期会や藤原歌劇団,海外劇場の引っ越し公演がそれに続きます.特に新国立はシーズンチケットを購入しているので,シーズンの全演目を鑑賞していることになります.新国立のシーズンチケットの優れた点は割引があることはもちろんですが,エクスチェンジサービスといって,予定の公演日が都合が悪くなった場合に,同一演目の他の公演日に振り替えることができるサービスが利用できるのが大きいです.特に私が毎年購入しているウイークデープラン(全公演平日の夜開催のチケットがまとまったセット)では,公演ごとに1回変更が利くという優れものです.また変更に際しては平日のみではなく休日への振り替えも可能となっており,直前に予定が入りやすい自分は非常に重宝しています(全演目の半分以上変更した年もあった💦).

Img_4293  そんな新国立劇場の2019/2020シーズンチケットの案内が早くも届きました.大野和士芸術監督2年目のシーズンです.1年目の今年は魔笛,カルメン,ファルスタッフと比較的堅実な作品が中心となっているんですが,一体2年目はどんな演目なのか,さっそく目を通します.

 チャイコフスキーの「エウゲニ・オネーギン」,ドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」,ヘンデルの「ジュリアス・シーザー」

 と,これまであまり上演されてこなかった作品が並んでいます.特にヘンデルに代表されるバロックオペラは新国立劇場初上演とのことで,大野芸術監督がいよいよ本気を出してきた(笑)という感じがしました.その一方で目を惹いたのが

Img_4292 ワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガー(新制作)です.

 私が新国立に通うようになった2009年から,ワーグナーの主要作品の中でいまだ未見なのが,このマイスタージンガーでした(それ以前,2005年のシーズンには上演した記録あり).指環はすでに2回観たし,タンホイザーやオランダ人も2回観ています.難易度が高く上演が困難といわれるトリスタン,パルジファルも観劇する機会がありました.そんな中,マイスタージンガーだけが見れていなかったのは痛恨だったのです.しかし2020年6月オリンピックを直前として上演されることが決定,非常に楽しみな演目となりました.

Img_01_2 Img_02_2 Img_04_2 Img038_2 Img131_2 Img_3048_3 Img157_3 Img_0_4 Img_03_2 過去に鑑賞したワーグナー作品.マイスタージンガーだけがありません.

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2018年12月24日 (月)

クリスマスソングの集い 2018

Img004  昨日12月23日は平成最後の天皇誕生日でしたが,一方で毎年恒例になっているクリスマスソングの集いが市内のスタジオで行われました.

 このイベントは医師会合唱団関係者が企画運営しているイベントで,基本的に誰でも参加することが可能な会ということになっているんですが,特に広報しているわけでもないので,実際には医師会合唱団の団員とその関係者による忘年会という位置付けになっています.団員の中にはプロ顔負けの料理人がいたり,諸先生方からの美味しいお酒の差し入れなどもあったりするので,私にとっては毎年最高級の忘年会となっています(笑).

Img_1345  13時に開宴となり,その後はお酒を飲みながら各自の出しものを鑑賞します.本当にみんな芸達者で,ピアノを弾く人,バイオリンを弾く人,ハンドベルを披露する人など日頃の成果を存分に披露していました(自分はというと,モーツァルトのフリーメイスンソング2曲を歌いました 笑).

 会場にはビールもありましたが今年は1杯目からスパークリングワイン,そして日本酒と流れた充実のお酒でした.例年酔ったところに踊りが加わって後から大変なこと(笑)になるんですが,今年は比較的順調に翌朝を迎えることができたのでした.

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2018年12月17日 (月)

オペラ納め

Img003  オペラ好きな我が家,今年もおそらく10回以上の生観劇があったんですが,2018年その締めとなる公演は新国立劇場,ヴェルディのファルスタッフです.

 19世紀のイタリアを代表するオペラ作曲家であるジュゼッペ・ヴェルディは処女作の「オベルト」(1839年)から最後の作品となった「ファルスタッフ」(1893年)まで26のオペラを作曲しました.その作風は初期と晩年では大きく異なり,その変化はそのまま19世紀のオペラ潮流の変化ととらえることができます.初期から中期にかけては美しくもエネルギッシュなアリアが煙面に出ていましたが,後期とりわけ最後の「オテロ」と「ファルスタッフ」は美しいアリアは影を潜めたものの,ドラマと音楽の融合というドイツではワーグナーが目指したものと同様の成果を示しました.もっともこれには賛否があって,アリアやアンサンブルが素晴らしいリゴレット,トロヴァトーレ,椿姫に代表される中期の作品こそがヴェルディの醍醐味であり,晩年2作はむしろ才能の後退であるという人もいます.実は自分も若い頃はそう思っていた口で,それら中期の作品に酔いしれる一方晩年2作には愛着を感じませんでした.

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(写真) こんな顔ハメが… !(^^)!

 しかし年齢を重ねた影響なのか(笑),かつてはいいと思わなかったオテロ,ファルスタッフもむしろ音楽と台本が洗練され非常に魅力的に感じるようになっています.

 そんなファルスタッフ,基本的に悲劇的作品が多いヴェルディでは珍しい喜劇です(ヴェルディが喜劇を書かなかったのは唯一の喜劇だった第2作「偽のスタニスラオ」が悲惨な失敗に終わったことがトラウマになったという説があります).原作はシェークスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」でヴェルディによるシェークスピアのオペラ化はマクベス,オテロに続いて3作目です.

 今回の舞台は新国立劇場にて2004年初出となったジョナサン・ミラー演出のものです.ファルスタッフにロベルト・デ・カンディア,アリーチェにエヴァ・メイを配してたんですが,なんといっても特筆はピストーラ役の妻屋秀和さん,なんとこの演出初出以来毎回欠かさずこの役をされています (^^)v.

Img_1301 Img_1294  終演後は劇場のレストランへ.この日はパスタメインのシンプルなディナーにしました(もちろんワイン付き 笑).こうして2018年のオペラ鑑賞はお終いとなったのでした.

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2018年12月11日 (火)

2つのチャリティーコンサート

 師走になり慌ただしい日々を送っているビザンチン皇帝です.

 さて,この週末に私が関係する2つのチャリティーコンサートがありますのでご紹介いたします.ひとつは12月14日の夜にに東京の霊南坂教会で行われる,クリスマスチャリティーコンサートです.

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 日時 2018年12月14日(金)
 18時30分開演(18時開場)
 場所 霊南坂教会(東京都港区)
 入場料 大人2500円,子供1500円

 これは静岡県にある牧ノ原やまばと学園支援のためのコンサートで今年で46回目を数える伝統あるイベントです.私がメインで活動している東京21合唱団は毎年何らかの形でこのコンサートにかかわっているのですが,今年もちょっとではありますが讃美歌の演奏で参加させていただくことになりました.子供たちの演奏やクリスマスの詩の朗読など,クリスマスの雰囲気抜群のコンサートです.

 そしてもう一つは12月16日に駒込の日本医師会館で開催される,第5回医師たちによるクリスマスチャリティーコンサートです.

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 日時 2018年12月16日(日)
 12時30分開演(12時開場)
 場所 日本医師会館(東京都文京区)
 入場料 無料(事前申し込みが必要)

 こちらは日本医師会の主催で4年前から行われているコンサートです.全国の医師会関係者による音楽団体が集まって開催されるもので,入場は無料ですが会場に募金箱が置かれ,いただいた善意は国境なき医師団や難病の子供・家族を支援する団体に寄付されます.私も参加している小田原医師会合唱団は2年ぶり4度目の出場になります.

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2018年12月10日 (月)

盛岡に行ってきました

 地元医師会の忘年会の翌日は盛岡に向かいました.目的は岩手大学合唱団さんの定期演奏会にお邪魔するためです.盛岡訪問は10月上旬の大学講義以来なので約2か月ぶりになります.

 東京駅からはやぶさ号に乗り換えて一路北へ,この日の朝は関東も結構寒かったので東北の方はどうだろうと思ってたんですが,途中の福島県あたりでは曇って雪が積もっていました ( ゚Д゚).

 ただその後仙台あたりからは晴れ始め,盛岡に着いた時にはは快晴の青空が広がる良いお天気でした.電車を降りて駅のホームに降り立った瞬間ひんやりとした空気を感じます.小田原では久しく体験していないこの空気,「これ,これだよ.これが盛岡の冬だ!」と妙に嬉しくなりました.

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Original  せっかく来たのだからと駅の白龍に入って久しぶりのじゃじゃ麺を満喫します (^^)v.その後いろいろやることを片付けて,15時開演のコンサートへ.会場ではいろいろ見知った方々にお会いしました.仙台時代,盛岡時代の知り合いが多かったんですが,弘前時代に一緒に歌っていた仲間ご夫婦とも再会,そういえば彼らの娘さんが岩大合唱団で活動されていたんでした(もうそんな時代になったのね 笑).

Img001  今回のコンサートは4ステ構成,最初の2つが学指揮のステージ,後半の2つが常任指揮者の佐々木正利先生のステージでした.学指揮のものは「こころのうた」と題する邦人作品のオムニバスと岩大合唱団では定番のオリジナルミュージカル,佐々木先生のステージはスロベニアの現代作曲家アンブロージュ・チョビによるモテット4曲とつい先日亡くなられた大中恩さんの合唱曲でした.チョビについては自分もよく知らなかったんですが,思いのほかconservativeな印象を受けました.

 久しぶりに聴いた学生合唱団のコンサート,みんな輝いていて自分にもこんな時代があったんだろうなと感慨にふけったのでした.

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