2024年4月11日 (木)

宇和島城と内子座

 空けて4月11日です。一週間後はもうウィントフックに戻っているんだなぁと感慨深く感じます。この日の朝もホテルをチェックアウトするんですが寝坊して朝食を食べそこなった(笑)ためまずは食事ができるところを探します。港近くの道の駅があったので行ってみましたが残念ながらまだ営業時間外、仕方ないのでその向かいにあたマックに入りました。マックなんて日本的ではないイメージですが、実はナミビアにはないのでこれはこれでいいのかもしれません(大手ファストフードチェーンではナミビアには唯一ケンタッキーのみがある)。

 朝食後は宇和島城へ、ここも一昨日訪問した高知城と並び現存12天守のひとつで日本100名城でもあります。過去に何度か訪問していますが非常に味わいのある城郭です。宇和島城を建てたのは築城の名手と呼ばれる藤堂高虎ですが、実際に城主として江戸時代を過ごしたのは伊達政宗の庶長子の伊達秀宗を祖とする宇和島藩でした。宇和島伊達家としては幕末の藩主宗城が有名です。年度初めの平日ということでこの日の宇和島城は観光客も少なくのんびりと観光できました。この城郭は入り口から天守まで結構な登り坂が続くので大変ですが、本丸には葉っぱがかなり出てきたとはいえ桜の花が残っていたのは感動でした。

Img_2085_20240511171401 Img_2083 Img_2062 Img_2066 (左上写真1)宇和島城の上り立ち門、(右上同2)登城します、(左上同3)天守と石垣、(右下同4)現存天守

 宇和島城観光の後は一路北上し次の目的地内子町を目指します。内子は古くから大洲街道の要衝だったのですが、江戸時代から明治にかけて高品質な木蝋生産によって経済的に大いに栄えた町です。今でも当時の街並みが保存維持されていて、その通りは八日市道路として日本の道100選になっています。この日は街並みの散策に加えて、ここでの木蝋生産の様子がわかる上芳我邸や大正年間に建設され今に至るまで活用されている内子座も見学しました(内子座はまもなく耐震工事のため長期休館になるらしく、このタイミングで訪問しなければしばらく見られなかったもよう💦)。

Img_2105 Img_2103 Img_2106 Img_2116(左上写真5)内子町の八日町道路、(右上同6)日本の道100選の碑、(左下同7)内子座、(右下同8)同内部

 その後は再び北上して松山市内へ、この日は道後温泉の大和屋本店さんに宿泊です。日本酒が飲めるコーナーやミカンジュースがでる蛇口などもあっていろいろと楽しめる施設でした。特に大浴場はおそらく今回の帰国では最後の大浴場になることが予想されるため何度も入浴し堪能したのでした。

Img_2132 Img_2133(左写真9)地酒の飲み比べ、(右同10)鯛そうめん

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2024年3月31日 (日)

再び東京へ

 休暇第2クール(第2クォーター)は実家で過ごしていたのですが、週末の3月30日は再び東京に出ました。目的は合唱団のはしごです(笑)。お昼に東京駅に到着、この日は八重洲口近くのホテルだったので、まずは荷物を預けそのまま昼食のために歩いて銀座に向かいます。最初行きたかったイタリアンレストラン”スケベニンゲン”が残念ながら臨時休業だったので、予定を変更して東銀座の”俺のフレンチ・イタリアン”に行きました。メニューを見ると牡蠣がお勧めとあります。ナミビアでいつも生牡蠣を食べているので、日本では牡蠣は食べないだろうと思っていたんですが、お勧めとあれば食べるしかないと注文します。メインはこちらもお勧めの渡り蟹のトマトクリームパスタ、スパークリングワインも注文したのは言うまでもありません(笑)。どちらも美味しかったです。

Img_1555 Img_1557  食事後は地下鉄で蔵前へ、14時からここで東京マドリガル会の例会に参加します。同会は2008年に私が関東に越してきたタイミングで誘われて参加した団体です。専ら英国マドリガルを歌い研究する目的の団体で1929年創立の老舗団体です。ただ会員の高齢化と長年会を引っ張ってくれた黒沢宏さんが亡くなったこともあり、近年はコンサートは行わず、例会(同会では練習とは言わず例会という)でアンサンブルを楽しむことをメインにするようになっています。大体月一位で活動しているのですが、今月は私の帰国に合わせていただきこの日の開催となったものです。英国から出張で来日していて参加した会員もいたりと久しぶりに充実した例会となりました(そういえば写真がない💦)。

 その後夕方からは赤坂に移動、今度は東京21合唱団の練習にお邪魔します。この合唱団は毎年テーマを決めて活動しているんですが、今年のテーマはマニフィカト、日本語に訳せば「わが心、主をあがめ」という聖句です。8か月ぶりの参加でしたが温かく迎えていただきました。練習後は恒例の中華屋さんでの懇親会、この日は団員に関するサプライズなお祝い事もあったりと大いに盛り上がりました(そういえばこちらも写真がない💦)。それにしても合唱っていいなと再認識したのでした。

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2024年2月29日 (木)

ロッシーニの誕生日

 今年はうるう年、すなわち約4年に一度2月29日が存在する年です。で、この2月29日生まれの著名人に19世の作曲家G. ロッシーニがいます。彼は1792年のこの日にイタリアのペーザロ市(当時は教皇領)で生まれました。彼の生家は本業ではないものの音楽一家で、彼自身も小さいころから音楽の才能があったようです。18歳で最初のオペラを作曲し、20代で「アルジェのイタリア女」、「セビリアの理髪師」、「チェネレントラ」といった今でも名高い傑作を次々に発表し当時のウィーンで大人気となりました。彼の人気があまりに凄いので、同じ時期ウィーンにいたベートーベンも嫉妬していたとされています。

Rossini1 Rossini2(写真左)晩年のロッシーニ、(同右)若い頃のロッシーニ

 ロッシーニは76年の生涯の中で,作曲として活躍していたのは前半生のみで,37才のときに「ウイリアム・テル」を作曲すると,以後はオペラ作曲の筆を折り,残りの40年は食っちゃ寝の生活をしていたという羨ましい人生を送った人でもあります.尤もまったく作曲をしなかったわけではなく,私的にはいくつかの作品は遺しています(私も好きな小ミサ・ソレムニス)は彼の晩年の作品である).

 ロッシーニの名前は音楽だけではなく、料理の世界にも残っていますが、残念ながらナミビアにはフランス料理店と呼べる店がなく、今は〇△のロッシーニ風という料理には縁がないのが寂しいところです。

Img_6 Mukaka(写真左)牛フィレ肉のロッシーニ風、(同右)無花果のロッシーニ風

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2023年12月 4日 (月)

クリスマスコンサート

Img_0776  前回の記事でナミビアでは師走の空気を感じないと書いたのですが、日本と同じように存在するものにクリスマスがあります。

 日本だと教会云々が無関係な印象のクリスマスですが、当地はキリスト教徒が多いお国柄もあり、むしろヨーロッパと同じような正統的な(?)クリスマスです。スーパーにもクリスマス飾りも並んで華やかな商戦が行われているののも同様ですが、やっぱりクリスマスをイメージするもみの木や雪といったものが無縁な南半球ですから、そこはちょっと微妙な感じがします。

 そんな当地ですが、この週末クリスマスコンサートがあったので行ってみました。主催はCantare Audire Choirというドイツ系の合唱団、ドイツ大使館の後援やナミビア国立オーケストラメンバーの賛助出演もあります。楽器のコンサートは先日スワコプムントで体験しましたが、声の入ったコンサートは当地では初めてです。

Img_0744 Img_0777  プログラムは第1部がアカペラのクリスマスキャロル、第2部がサン=サーンスのクリスマス・オラトリオというまさに正統的なクリスマスコンサートです。合唱団は規模的に日本で自分が所属していた東京21合唱団を思い出しました。サン=サーンスもよかったですが、特にアカペラの演奏はこれが合唱だよなぁと改めて感無量となりました。12月に入ったばかりなので、クリスマス本番にはまだ早いのですが、基本的に当地ではクリスマスの時期は旅行に行く人なども多いため、こうしたアマチュア団体のクリスマスコンサートは微妙にクリスマスとはずれるのだと思われます。

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2023年11月20日 (月)

スワコプムントのコンサート

 さて、パリ出張から戻った翌週はスワコプムントの教会で開催されたコンサートに行ってきました。

 スワコプムントは首都のウィントフックからほぼ真西に350キロ、大西洋に面した町、15年前にナミビアに観光に来た際にも立ち寄っています。350キロといえば東京から仙台、あるいは名古屋に相当する距離となります。新幹線の速達タイプを利用し時速300キロで走れば1時間半の距離ですが、当地にはそんな便利なものはないため基本的に自動車での移動になります(スワコプムントの隣町ウォルビスベイには空港があり、数少ないながらも空の便はある)。ナミビアには日本のような高規格自動車専用道路はありませんが、平地が多くて基本道がまっすぐなのと、人口が少なく交通量が圧倒的に少ないため、一般道とはいえ時速100~120キロで走れます。このため途中休憩をはさみながら走ってもだいたい4時間あればつく距離です。

 こちらに来てから、観光でウィントフック以外を訪れたのは9月末のエトーシャ国立公園でしたが、この時はガイド兼運転手を雇ってのものでした。今回は初の自力での観光となったわけです。スワコプムントのコンサートは、当地のドイツ大使館の後援によるもので、ナミビア国立オーケストラのメンバーによる弦楽四重奏曲のコンサートでした。こちらに来てから生の演奏会に飢えていた(笑)ため、うわさを聞いて以来ぜひ行こうと思っていたのでした。

 そして11月18日朝9時ごろに自宅を出発しました。Google Mapを見るとウィントフックースワコプムント間はまっすぐ西に向かう道路と、いったん北上してオカハンジャという街から回り込むような形になている道路があるのですが、真西のルートは途中の多くの区間が砂利道(当地風に言えばグラベルロード)となっているため、後者のルートの方が若干距離は遠いですが早く着きより安全なのでした。

 舗装された道路を特に渋滞することもなく走ります。日本ではこういう長距離路線にはパーキングエリアとか道の駅とかがあり、そこで休憩できますが、当地の道にはそうしたものはなく、代わりに木陰にベンチがあるだけの休憩スポットが定期的にあります。ただトイレがないため、トイレ休憩しようと思えば、町のガソリンスタンドを利用するか、青空トイレ(笑)ということになってしまいます。オカハンジャースワコプムント間は町らしい町が少ないため、町があればそこでガソリンスタンドによるというのが基本です。今回はウィントフックとスワコプムントの中間地点にあるカリビブ(ナミビアのバラン星と呼んでいる 笑)という町のスタンドで給油&トイレ休憩としました。

 予定通り4時間でスワコプムントに到着、町中にあったケンタッキーで昼食を取ります。ただコンサートまでまだまだ時間があったことから、隣町のウォルビスベイにフラミンゴを見に行くことにしました。実は15年前もフラミンゴ目的で行ったのですが、運が悪かったのかフラミンゴが一羽もいないという状況だったため、そのリベンジがしたかったのです。

 車で南下すること40分、フラミンゴがいそうな海辺に到着です。車を停めて行ってみると… おおっ!フラミンゴがたくさんいます。全盛期の何割なのかはわかりませんが、15年前は0でしたから、その時とは比較にならない数でした(よく見るとフラミンゴは一種類ではなく二種類います)。

Img_0580 Img_0583  フラミンゴ鑑賞の後はスワコプムントに戻り、まずはホテルにチェックインです。今回宿泊するのはドイチェスハウスという15年前にも泊まったホテルです。懐かしいからここにしたというのもありますが、実はコンサート会場がこのホテルの真裏にあるという近さからでもありました。15年前の記憶がだいぶ薄れていましたが、そんなに変わっていなかったように感じました(部屋のキーがカード式になっていたのは明らかな違いですが)。

Img_0595 Img_0596  しばし休んだのち、コンサートに向かいます。会場は教会なんですが、正確にいうと聖堂ではなく付属の青少年ホールです。入場無料なのでそのまま中に入るとすでに多くのお客さんが来ていました。ほとんどが白人でドイツ語を話していました。ナミビアはかつてドイツの植民地だった歴史があり、今でもドイツ系住民が多く暮らしています。スワコプムントは国内でもドイツ系コミュニティが大きい町らしく、今日来ている人たちはまさにそうなんだなぁと思いました。

Img_0597  時間になりコンサートの開演です。曲目はハイドン、モーツァルト、ベートーベンという古典派3巨匠の弦楽四重奏曲です。特にハイドンの通称「皇帝」と呼ばれる弦楽四重奏曲はその第2楽章が現在のドイツ国歌(当時はオーストリア国歌)の元ネタの変奏曲であることも、ドイツっぽさがより強く出ていたなと感じました。そのほかのモーツァルトやベートーベンも聞きごたえがありました(一方で楽章ごとに拍手が入ってしまうことなどからは地方のコンサートの限界を感じます)。

 終演後はホテルに戻りレストランへ、スワコプムントの海鮮に舌鼓を打ちました(海鮮スープが旨かった)。

Img_0598 Img_0599(写真)海鮮料理

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2023年11月12日 (日)

パリに行ってきました

 11月第1週は仕事の用事でフランスのパリに行ってきました。メジャーな都市ですが私の訪問は2008年以来15年ぶり通算4回目です。今回は仕事での訪問というわけで遊ぶ時間はほとんどなかったのですが、それでも前後の空き時間などを利用して市内を散策しました。

398570537_6802292869868020_3478205201896(写真1)パッシー駅を出てまもなくのエッフェル塔の光景)

 観光としては過去にじっくり回った経験があるため、今回は地下鉄を利用しての外観観光が中心です。凱旋門、エッフェル塔、シテ島のノートルダム寺院、アンヴァリッド等の外観を見学しました。エッフェル塔といえば凱旋門から地下鉄6号線に乗って南下していくと、ちょうどパッシー駅から線路が地上に出て、その瞬間セーヌ川の対岸に塔がババーンと現れるのは毎度感動する光景です(この光景は基本的に昔から変わらない)。

398572826_6802292996534674_5552926764825 398594921_6802292863201354_3088845367046(左写真2)凱旋門、(右同3)パリの地下鉄

 一方でシテ島のノートルダム大聖堂は2019年に大規模火災で一部が焼失しまっています。岸辺から見ると復元工事が行われていましたが、かつてを知るものとしては、その痛々しい姿を目の当たりにすると胸が痛むのでした。寺院のはす向かいには幕末の医師高松凌雲が学んだ病院"Hotel Dieu"があります。ここは2008年に来たことがありますが、当時とは外観が微妙に変化した印象がありました(エッフェル塔やノートルダム寺院のようなシンボルマークではないから当然か 笑)。

398549365_6802292986534675_2199248245423 Paris65(左写真4)修復中のノートルダム寺院、(右同5)15年前同じ場所でこんなことをしてました(笑).

 最後に立ち寄ったのがセーヌ左岸にあるアンヴァリッド、廃兵院です。ここにはナポレオンの棺や歴代国王の心臓などが保管されていますが、私が地味に注目しているのが入り口付近に並んでいる大砲です。これは主として19世紀にフランスが戦った対外戦争で戦利品として持ち帰ったものです。オスマントルコのものや清国のものに交じって、1864年(元治元年)の下関戦争時に捕獲された長州藩の大砲もあるからです(参考記事)。15年ぶりの再訪ということで楽しみにしてきたんですが… いくら探してもそれらしいものが見当たりません(清国の大砲はちゃんとあったのに…)。どこかにしまわれたのか、あるいは密かに返還されたのか、謎です(その後ネットで調べてみても2008年以降に返還されたという記事は見つけられませんでした。

Img_0541 Img_0539(左写真6)アンヴァリッド、(右同7)たくさんの大砲が並びます

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2023年10月17日 (火)

谷村新司さん死去

 インターネットの発達でこちらにいても日本のニュースは自由に入手できます(ナミビアが報道や通信の自由がある国というのも多いいですが)。今日シンガーソングライターの谷村新司さんが亡くなったというニュースが飛び込んできました。

 谷村新司さん死去 74歳 「冬の稲妻」「昴」など数々のヒット曲

 昭和50年代半ばに多感な中高生時代を過ごした私にとってアリスや谷村新司というキーワードは強烈なものがあります。ジョニーの子守唄がヒットしたのが中一の夏、チャンピオンがその年の冬のことでした(チャンピオンを最初に聴いたのがたしか深夜放送だった 笑)。

 その後自分の趣味がクラシックメインになった後も、彼やアリスの曲はカラオケなんかではよく歌わせていただいただけに、今回の訃報はショックが大きいです。74歳だったとか、今の時代だとまだ若いのにという印象です。谷村新司さんのご冥福をお祈りいたします。

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2023年5月 7日 (日)

春のマチネコンサート

Img20230515_08025045  このGWはこれまで比較的おとなしめの行動をしているビザンチン皇帝ですが,連休終盤の5月6日は東京日暮里のサニーホールで開催された春のマチネコンサートを鑑賞してきました.

 これは若手音楽家(声楽5名,器楽1名)のユニットによるコンサートです.私にとっては構成員の半数が知り合いというなじみ深すぎる演奏会ということになります.コロナ禍の2020年秋に続き2回目のコンサートでした.

 曲目は合唱2曲,日本やドイツ歌曲,そしてオペラのアリアや重唱です.特にオペラは自分の大好きなジャンルなのでワクワクしながら鑑賞しました.合唱2曲は谷川俊太郎作詞・木下牧子作曲の「春に」と岩間芳樹作詞・新実徳英作曲の「聞こえる」で,これらはいずれも医師会合唱団で取り上げたことのある曲だったので感慨深いものがありました.会場では見知った方々も多く,コロナ禍で途絶えていた交流もできました.

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2023年5月 4日 (木)

二期会バッハ・バロック研究会

Img20230505_08222137  GWも深まってまいりました(笑).5月3日の日中は上野の東京文化会館小ホールで行われた二期会バッハ・バロック研究会20周年記念コンサートに行ってきました.二期会というとオペラのイメージがありますが,こうしたバロック音楽の活動も行われています.声楽一般に言えることですが,ここんもコロナ禍で演奏会が開催できず,今回は4年ぶりの公演となりました.

Img_08042 Img_08062  演奏されたのはシュッツやブクステフーデといった初期・中期バロックからテレマン,バッハの後期バロックのアリアや二重唱です.普段こうした分野の研鑽を積んでいる方々の演奏は染み渡るものがありました.あと、東京文化会館は大ホールはちょくちょく来ていましたが,小ホールは初めてでいいホールだなぁと思いました.

Img_08082 Img_08142  終演後は時々行く音威子府TOKYOさんへ.定番の国稀や各種料理に加え,この日は限定メニューの「しん・おといねっぷそば」をいただきました.このメニュー,公式Twitterの初出が4月1日で,エイプリルフールのネタかと思っていたんですが、本当にあったことに感動しました.

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2023年4月30日 (日)

ヨハネ受難曲演奏会

Img20230505_08234974  今日から大型連休,人によっては9連休という人もいるようですが,自分の場合は間にちょこちょこ当直が入ったりするのでこの期間中はそれほど休みではありません.とはいえ初日の29日は仕事がないため昼から出かけていました.向かった先は千葉県白井市,ここの文化会館で開催されたK.M.C.(柏メサイア・クワイア)によるバッハのヨハネ受難曲公演を鑑賞するためです.ここの合唱団には知人が何人か参加しているという縁もあります.

 同じ南関東でも千葉県はあまり来る機会がないところです.その位置関係もよくわからないので白井市と聞いてもピンとこないのですが,全国で最も運賃が高いと揶揄される北総線の沿線と聞いて何となく場所がわかりました.北総線の白井駅から徒歩で会場に向かいます.周囲は完全に住宅地の面影でした(途中で昼めしをと思っていたんですが,飲食店などまったくなさそうな感じ).

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(左)白井文化会館,のどかな風景が広がります.(右)会場の様子

 ヨハネ受難曲はマタイ受難曲やロ短調ミサ曲とならぶバッハの代表作ですが,マタイと違って演奏時間が2時間と短いこともあり,あまり疲労することなく鑑賞できるのが魅力です.ソリストにはよく知った方もいたのですが,特にアルトの谷地畝さんは素晴らしかったです.

 終演後は電車で都心に引き返し合唱団の練習に参加,その後懇親会にも顔を出して最終の新幹線で帰宅したのでした.

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