2017年11月 7日 (火)

ハンガリー国立歌劇場のルチア

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 気が付いたら11月になりました.10月はいろんなことがあって余裕がない1か月だったことあり,仕事以外での遠出もありませんでした(自分的には珍しいかも 笑).そんな10月の下旬にハンガリー国立歌劇場が来日していることに気づきました.今回の演目はJ. シュトラウスの「こうもり」とドニゼッティの「ランメルモールのルチア」です.オペラ好きの自分,しかも最近娯楽がなかったこともあり,こりゃ行くしかないと決意した次第です.で,鑑賞する演目ですが,「こうもり」も魅力的ですが,自分的にはやっぱり「ルチア」だろうということで,近郊で開催される「ルチア」の日程を調べてみました(こうもりは今後二期会と新国立で鑑賞予定あり).

 しか~し,ほとんどの日程が出張と被っています.唯一観に行けそうなのが,11月6日武蔵野市民文化会館での公演ということで,チケットを入手し行ってきました.

23172574_1518479641582729_791107611  ルチアの概要に関しては今年の3月に新国立劇場での公演の際に記事(新国立劇場のルチア )にしているので多くは語りませんが,19世紀イタリアで流行した狂乱オペラの傑作です.今回タイトルロールを歌うのはハンガリーのエリカ様(笑)こと,エリカ・ミクローシャさん,当たり役は魔笛の夜の女王とのことで,コロラトゥーラの名手です.この日のルチアでも後半の20分もの長大アリアを朗々と聴かせてくれました.

 ランメルモールのルチアといえば,タイトルロールのルチアの悲劇というイメージが強いんですが,自分的にはルチアの政略結婚の相手であるアルトゥーロ・バックロー卿の方がよっぽど悲劇じゃないかと感じます.なぜなら,アルトゥーロは単に金持ちだということでルチアの兄,エンリーコ・アシュトン卿によってルチアの政略結婚の相手にされ,彼女との結婚式に呼び出されました.まあ政略結婚のことは彼も認識はしていて,やってきた際には「自分が来たからにはこの家も大丈夫だ」的なことを言って歓迎されるんですが,肝心の花嫁(ルチア)には邪険にされ,さらに式にはルチアの彼氏だと名乗る男(エドガルド)が乱入してきます.極め付けには式の晩に発狂したルチアに無残にも殺されてしまうというのですから全く悲劇の一言です.しかも犯人のルチアは犯行時心神喪失状態にあり,今の裁判なら罪に問われない可能性が高いなどまったくもって浮かばれません.現代のワイドショーなんかだと,

「結婚式暗転!富豪のアルトゥーロ氏,花嫁に惨殺される.二人の間に一体何が?」

などと格好のネタにされることは間違いないでしょう.そんなことも感じたルチア公演でした.

Dsc_1772  ちなみに会場となった武蔵野市民文化会館でのコンサートを主管する武蔵野文化事業団は独特のチラシで一部の間で人気が高いんですが(笑),この日の会場入り口にもこうしたチラシ(武蔵野チラシ)がたくさん張られていましたが,その中にあって稲垣潤一のコンサートのみ普通のチラシでした.きっとこれは,武蔵のチラシにしてはまかりならぬという稲垣潤一の事務所の圧力があったのではと想像しています.

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2017年10月31日 (火)

宗教改革500周年

 今日は10月31日,近年日本ではハロウィーンのイメージが定着しているが,世界史的にはマルティン・ルターの宗教改革記念日として知られている.

 帝政ローマ初期に誕生したキリスト教は,時の皇帝によるたびたびの迫害に会いながらも徐々に地中海世界に広まり,3世紀には社会的に無視できない勢力となっていった.そして4世紀前半のローマ皇帝コンスタンティヌス大帝による公認を経て,5世紀のテオドシウス帝の時代に至り帝国の国教とされるまでになった.

 中世に入ると特に西ヨーロッパで世俗権力が弱体化し,小国分立の様相を呈してきたこともあって,超国家的な組織である教会の権威・権力は大いに高まった.この間イスラム勢力の勃興や聖像礼拝を巡る問題もあって,西のローマ教会と東のコンスタンティノポリス教会の対立が深刻化し,11世紀に決定的な分裂にいたる.以後西ヨーロッパはローマカトリック教会の独壇場となり,その権力は11世紀末から13世紀の十字軍時代に絶頂を迎えた.

 十字軍の失敗後には,さすがにその権勢にも陰りが見え始めたが,世俗領主の側面も持つ高位聖職者の実力はまだまだ強いものがあった.一方でこうした聖職者の堕落も著しく,中世末期から近世にかけてはしばしば教会改革の動きも見られた(この時代の教会の歴史は高位聖職者が堕落してくると,修道院出身の気合の入った聖職者が登場して引き締めに走るといったパターンが多い).一方で学者など外部からの教会批判に対しては厳しい押さえつけが行われた(15世紀ボヘミアのフスの処刑など).

 ルネサンス期になるとフランスやイギリス,スペインなどでは国王による中央集権が進んだ結果,これらの地域からの教会収入は大きく減ってしまった.このためローマ教会は,中小諸侯が乱立し,教会領も多い神聖ローマ帝国(ほぼ現在のドイツ語圏)に目をつけ,この地を主な収入源とするようになった.こうした中16世紀初めのローマ教皇レオ10世はサン=ピエトロ寺院修復などを目的として,ドイツ国内で大量の免罪符の販売を開始した.

Lucas_cranach_i_workshop__martin_lu  これに異議を唱えたのがヴィッテンベルク大学で教鞭をとり,自らも下位聖職者だったマルティン・ルターである.彼は免罪符販売を批判し,当地の教会にいわゆる「95か条の論題」を打ち付けた.時に1517年10月31日,これが宗教改革の始まりとされている.このルターの宗教改革以後も多くの動きがあり,その後西ヨーロッパのキリスト教世界はローマカトリック教会とプロテスタント諸教会に分かれていくことになる.

 今日はそんな宗教改革500周年というものすごい節目の年である.ただルター派の多いドイツではそれなりに盛り上がっていそうだが,キリスト教世界の中では多数派であろうカトリック教徒や正教徒にとっては,宗教的な意味はない普通の日なんだろうと想像した.

 ちなみにルター派の教会である聖トーマス教会のカントールだったJ. S. バッハはこの宗教改革記念日のためのカンタータも作曲しており,カンタータ80番「神はわが堅き砦」はルターが作曲したコラール旋律を使用した作品として名高い.

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2017年10月19日 (木)

第51回小田原市民合唱祭

Img171  趣味のひとつが合唱という自分,現在いくつかの合唱団に所属しているんですが,そのなかのひとつ,小田原医師会合唱団はなにかとステージの多い合唱団です.現在の活動のメインは年1回の定期演奏会にあるんですが,その他にも医師会関係の市民向けイベントや大規模な学会のウエルカムパーティの余興などに出演するケースが多いからです(そもそもの始まりがそっち系だったというウワサも).

 特に今月は1日に市の認知症関連イベントの演奏,15日昼には健康フェスティバルでの演奏,さらに同日夜には今年の春に叙勲を受けた先生の祝賀イベントでの演奏と小ステージが目白押しでした.そんなイベント三昧の10月で一番大きなものが表題の市民合唱祭です.

 これは市の合唱連盟に所属している合唱団が一堂に会して日頃の活動成果を披露するイベントです.規模や歴史は本当に様々で,広く活動しているところもある一方で,この合唱祭が唯一の発表の場みたいな小規模なところもあってバラエティに富んでいます.我々医師会合唱団は比較的新参の部類に入るんですが,団員が徐々に増えていることもあって,市の合唱連盟所属団体の中では一二を争うほど(笑)規模が大きくなりました.

22279880_1484317861665574_449881950  で,8月に記事を書いたんですが,今年は自分も合唱祭の役員で駆り出されたため,当日は朝早くから会場入りしました.自分に与えられた役は舞台係,参加団体によって指揮台や譜面台の要不要,ピアノの位置や蓋の明け具合が異なるため,演奏の合間にそれらの調整をする役割です.午前中はリハーサルを行う団体を利用してその段取りの習得をして,いよいよ本番を迎えます(ウチの合唱団は午前中に別なスタジオでリハーサルでしたが自分はこちらで拘束されているため不参加,ほぼぶっつけ本番でした 笑).

 舞台係は基本的に下手の袖に待機しています.開会ちょっと前に講師の先生方が袖にやってきました.今年の講師は作曲家の木下牧子さんと声楽家の多田羅迪夫さんです.自分と縁が全くない方々というわけでもないんですが,さすがに声をかけるのは憚られました(笑).ちなみに木下牧子さんはこの前日にNHKホールで開催されたNHK学校音楽コンクール高校の部の審査員をされていて,2日連続でたくさんの合唱を聴くことになるわけですが,昨日はムチャクチャ上手い団体ばかりで,一方今日は… とにかくお疲れ様という感じでした.

 そんなこんなで合唱祭は開演,私を始め数人の舞台係はサクサクと仕事をこなしていきました.ちなみに,先ほどの講師の先生以外にも袖には各合唱団の指揮者の先生やピアニストの方々が入れ代わり立ち代わりやってきます.普段人間観察が大好きな私は,そうした指揮者とピアニストなどの織りなす人間模様を眺めていました(けっこう面白いです 笑).

 普段合唱祭は歌うだけでしたが,こういう形で参加するのも面白いなと思ったのでした.

Dsc_0352  空き時間にちゃっかりこんな写真を撮って遊びます(笑).

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2017年9月19日 (火)

医師会合唱団の定演が行われました!

Img170  おとといの9月17日,私も所属している小田原医師会合唱団の第9回定期演奏会が開催されました.

 趣味のひとつが合唱の自分,今いくつかの合唱団に所属しているんですが,他はすべて宗教曲 or 洋モノばかりなので,邦人の合唱作品や歌謡曲などの少しくだけた作品を取り上げる団体としては唯一の存在で貴重です.合唱団の結成が自分が当地に越してきたのとほぼ一緒というタイミングだったため,第1回から欠かさず参加しています.当初は4声でのハーモニーを構築することすら難儀するレベルだったんですが(笑),指揮者やピアニストの先生の熱心なご指導や,団員の努力によって少しずつ歌える曲の幅が広がってきているところです.

Fb_img_1505701796315 (写真) 第2ステージ(医師会の先生提供)

 今年は4ステ構成で,1ステが宗教曲(今年はアルカデルトのAve Mariaとバッハのコラール2曲),2ステがロシア民謡,3ステが歌謡デラックス,そしてメインの4ステが大田桜子さん作曲の「私がいちばん大切にしたいもの」でした.これだけ広いジャンルの作品を一気に定演でやるのは学生合唱団並みのバイタリティかもしれません(実際に日々の練習に加えて箱根での合宿までやりましたから(笑)).

Fb_img_1505701811354 (写真) 3ステのダンス(同)

 当日は台風接近のウワサもあって天気が心配されていたんですが,幸い開演時にはちょっと雨が降る程度でした.今年もたくさんの方々に来ていただけて団員一同感謝しています.来年は記念すべき10回目を迎え,より趣向を凝らしたステージになる(たぶん 笑)と思います.

 

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2017年8月20日 (日)

小田原医師会合唱団第9回定期演奏会

Img159  気が付けば8月ももう3分の2が終わろうとしています.

 毎年8月はあまり活動しないのがパターンの自分ですが,たしかに今年は5日の中央寮歌祭くらいしか活動していません(笑).

 そんな活動しない8月の反動でもないんですが,来月9月にはイベントが待っています.それが表題の小田原医師会合唱団第9回定期演奏会です.

 現在いくつかの合唱団に所属している私ですが,この医師会合唱団は洋モノ以外を取り上げる貴重な存在です(それ以外は宗教音楽だったり英国マドリガルだったり).今年はメインステージに大田桜子さんの「私がいちばん大切にしたいもの」を取り上げ,その他には昭和歌謡を合唱に編曲した「歌謡デラックス」やロシア民謡のステージなんかもあります.

 で,先日の練習の際ロシア語の発音の勉強をしたんですが,日本語にはない母音や子音で苦労しました(笑).考えてみれば日本語って世界的に見ても母音や子音の数が少ない言語のような気がします.

 (おそらく)日本独特であろうシャレなどの言葉遊びの文化は,逆に母音や子音が少ない(すなわち同音異義語が多い)からこそ成立するんだと思います.

 この第9回小田原医師会合唱団定期演奏会,9月17日(日)小田原市民会館大ホールにて14時開演です(当日券はたくさんあります.たぶん 笑).

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2017年8月 9日 (水)

合唱連盟の会合

Img_3166 ちょっと前の話題になるんですが,小田原市合唱連盟の理事会に参加してきました.小田原市およびその近隣にある30ちょっと(だったかな?)の合唱団が参加していて,私が所属している医師会合唱団も加盟団体です.合唱団としてこうした連盟に所属するかどうかは任意なんですが,所属するともれなく合唱祭に参加できるという特典があります(笑).

 今回の理事会は10月に行われるその市の合唱祭の打ち合わせがメインテーマでした.ネタは3つ

1.合唱祭の歌う順番

2.当日の役割分担

3.当日の公式練習会場の分担  です.

 まずは1番目の議題,これは話し合いで決めるのはほぼ不可能なので,くじ引きとなります.とはいっても発表順番のくじではなく,好きな場所をとる順番を決めるくじです.すなわち1番のくじを引いた団体が1番目に発表するわけではなく,最初に好きな場所をとれるという寸法,つまり番号が若いほど有利になるわけです.ちなみに発表順1番と16番になると,そこの合唱団の指揮者の先生が全体合唱の指導も任されることになっています.

Img_3170_2 特に発表順にこだわりがあるわけではないウチの団,適当に残ったところから決めようと話し合ってたんですが,引いたくじはなんとブービー(ラストから2つ目)でした! どんどん埋まっていくんですが,1番と16番は埋まる気配がありません.まあ今ここに指揮者の先生がいるならともかく,不在の状況で勝手に全体合唱が課されている枠を選ぶ団体があるはずはないからです.おそらくは1番と16番が最後残るはずで,我々がブービーですからじゃあ16番にしようと相談していました(指揮者の先生が驚きそうですが,そういう全体指導みたいなのは得意な方なので 笑).

 その後は予想通りの展開で我々は16番目,全体合唱直後の順番に決まったのでした.

 続いては2番目の話題,当日の役割分担です.会場係やら舞台係やら,タイムキーパー,アナウンス等合計三十数人の係りが必要です.司会役の方が,最低1団体1名お願いしますみたいなことを言っていました.で,うちの合唱団の場合,こうした仕事を苦にしないメンバーが多いこともあり,「タイムキーパーって面白そうだね」とか話していて,せっかくだからウチからは2人だそうということになりました.複数名出してくれる団体は優先するとのことで会場係1名,タイムキーパー1名としてすんなり決まりました.

Img_3173 あとはその他の団体で係りを割り振るだけなんですが,ここからが難関(笑),曰く「うちは高齢者が多いから無理」とか,「そういうのできる人がいない」とか,難色を示すところも.それに対して「みんなでやっていく合唱祭なんですから,そんなこと言わずにお願いしますよ」と説得する主催者側とのやり取りが人間臭くて面白いなと感じてしまいました(PTAの役員決めとかもこんな感じなんだろうか).

 第3の当日の公式練習場に関しては例年医師会合唱団は独自の会場を使うので関係なしということですんなり終了,約2時間ちょっとの会合となりました.なにより人間社会の縮図のようなせめぎ合いを傍から観察するのが面白かったです.

 そんなことを考えた合唱連盟の理事会でした.

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2017年8月 7日 (月)

バッハ・セミナー in 明日館

Img168  中央寮歌祭'17の翌日8月6日は,豊島区で開催されたバッハ・セミナー in 明日館の修了演奏会を鑑賞しに行ってきました.

 このセミナーは声楽指導者&バッハ研究家である佐々木正利先生を講師にお招きして毎年夏に西池袋の自由学園明日館で開催されているものです.毎年バッハの宗教作品数曲を取り上げて4日間の集中した練習で仕上げ,最終日に修了演奏会の形で発表するという形になっています.

 自分自身もあちこちでお世話になっている先生ですが,毎年この時期は他のドクターの休みを優先させているため,必然的に留守番となること,先述の中央寮歌祭と日程的に被ることから参加はできず,最終日の演奏会のみ聴きに行くというのがパターンになっています.

 自由学園明日館はアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの設計によるもので,現在は国の重要文化財に指定されています.今回の演奏会の会場となる講堂は彼の弟子遠藤新の設計で1927年に造られた建物です.2年間の耐震補強工事が終わりこのたび再開館となったところです(演奏だけでなく建物を見るのも興味深いところです).

20597285_1593466947386414_269252317  今年のバッハ・セミナーで取り上げられた曲は,なんとマタイ受難曲の第1部! バッハの数ある作品の中でも最高傑作との呼び声も高い名曲です.そんな名曲の勉強ができるということもあって,今年は全国各地から100人を超える受講生が集まりました.

 この修了演奏会,合唱はもちろん受講生が歌うわけですが,加えて独唱部分も受講者自身が担当するのがミソです.例年だとオーディションでの選出なんですが,今年は受講生が多いこともあって,希望者全員が何らかの歌う機会を与えられたとのことです.マタイ受難曲はソロ部分が多い曲ですが,それでも希望者の絶対数が多いため,1曲を分割してリレー歌いするという趣向で行われました.

20637994_1593466900719752_639764914  午後2時から開演です.例年合唱団はステージ上に並ぶんですが,今年は人数が多いために並びきるのが困難だったのか,左右の席に合唱団が座り(第1コーラスが下手側,第2コーラスが上手側),ステージには独唱者が立つスタイルでした.全体で3時間という大曲マタイですが,第1部はその3分の1ほどの長さ,音楽の充実ぶりもあり,あっという間でした.

 終演後は参加者や他の観客とのふれあいタイム(?)なんですが,自分の学生時代の知り合いがたくさんいて,久しぶりの再会が嬉しかったです.

 こうして暑くて中身の濃い週末となりました.

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2017年7月27日 (木)

二期会のばらの騎士

Img152  昨夜は東京文化会館で行われた二期会のばらの騎士公演に行ってきました.

 ばらの騎士はドイツ後期ロマン派を代表する作曲家の1人,リヒャルト・シュトラウスの代表作です.当時のオペラ界はポスト・ワーグナーともいうべき様々な模索が行われていた時代です.R・シュトラウスも当初はサロメやエレクトラといった不協和音や無調性など前衛的な作品書いていましたが,1910年に公開されたこのばらの騎士は,一転して落ち着いた古典的な作風となっています.

 舞台は18世紀女帝マリア・テレジアの時代(フランス革命のひと世代前)のウィーン,大貴族で軍人でもあるヴェルデンベルク侯爵の奥方マリー・テレーズ(元帥夫人)と彼女の若き愛人オクタヴィアン,夫人の従兄弟のオックス男爵,そして成金商人ファーニナルの一人娘でオックスの婚約者であるゾフィーの4人を中心に物語は進んでいきます.

Dsc_1654  ストーリーは貴族たちの他愛のない恋愛劇なんですが,若い愛人を持つ中で自らに忍び寄る老いに不安を感じる元帥夫人や粗野で好色だけどどこか憎めないオックスなど人物の魅力も素晴らしい作品です.ただ自分が若い頃はこうした昼ドラのような設定(笑)やシュトラウスの音楽があまり子のみでなく,あまり好きなオペラとはいえない作品だったんですが,自分も老いを意識する(笑)なかでの心境と好みの変化からかどんどん好きになっていった作品でもあります(味覚でも若い頃と年を重ねた後で変わる好みってありますよね).ちなみにばらの騎士という名前は,当時婚約にあたり花婿側が花嫁側に銀の薔薇を贈るという習慣があり(本当は当時のウィーンにそんな習慣はなく,台本作家ホフマンスタールの創作),花婿に代わってその薔薇を届ける役目をする若い紳士のことです.

Dsc_1657  今回はグラインドボーン音楽祭との提携公演で,その演出での上演でしたが,二期会の公演らしく,キャストはほぼ邦人によるものでした.この作品,特に主要4人がかなり個性的で歌だけでなく演技でもかなり高い水準を求められるんですが,みななかなかの好演でした(演出は新国立のレパートリーとは違って抽象的で原色を意識したもの).

 ちなみにこの日はプルミエということで,先着70組のペアに銀の薔薇ならぬ銀色の薔薇がプレゼントされました.自分たちが会場入りした時まだそれが残っていて,終演後にいただきました.

 真夏のオペラ鑑賞,素敵なひと時でした.

Dsc_1661  写真は貰った銀の薔薇を嬉しそうに持っている自分です(ばらの騎士か 笑).

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2017年7月14日 (金)

巴里祭

 久しぶりの更新となりました.7月に入ってから先週は恒例の家族旅行に出かけていたりいろいろ活動していました(旅行の話題は後日こちらにアップします).

 さて,暑い日が続いています.九州北部では豪雨で大きな被害がでているところもあるわけですが,当地はまだ梅雨が明けていないというのが信じられないような夏本番の日が続いています.

Degpesuqaabiljpg_large  (写真1) 職場のアサガオもお疲れモードです(笑)

 さて今日は7月14日はフランスの革命記念日です.1789年のこの日,折からの不景気等による生活苦から不満を募らせた民衆がパリのバスチーユ牢獄を襲撃,この暴動が全国に波及することでフランス革命が始まったとされています.このため同国ではこの日は祝日とされ,市内では様々な行事が行われています.

Paris59 (写真2) パリの目抜き通りシャンゼリゼ通り(2008年3月訪問時)

 フランスという国は独特の文化や風土のある国です.日本から見ると欧米諸国,西ヨーロッパ諸国と一緒くたにされたイメージがありますが,政治的には現代のグローバリゼーションの中心にある米英とは常に一線を画した行動をとっています.文化的にも禁欲的なプロテスタントのイメージがある(特にアメリカ)とちがい,たとえば以前話題になった風刺画文化など,時にはちょっと??なことも平気で行ったりします.食事関しても,お世辞にも質素&ジャンクなイメージでお世辞にも美味といいにくい(笑)米英とはきわめて対照的にフランスの食は洗練されています.

 このような現代に続くフランス人のアイデンティティの原点となったのがフランス革命なのです.

Img_0  この革命記念日をテーマにしたフランス映画がQuatorze Juillet で意味はそのまま7月14日です.これはルネ・クレール監督によって1933年に作られた作品で,特に革命をテーマにしているわけではなく,1930年代のこの日に繰り広げられた庶民の恋愛劇です.,日本では巴里祭という題で公開され人気を博しました.



 自分も学生時代ある年の7月14日にレンタルビデオ店でこの作品を借りてきて,観たのを覚えています.

 そんなことを思い出した2017年7月14日でした.

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2017年6月21日 (水)

角館にも行ってきました

P6150969 (写真1) 角館の武家屋敷通り

 一週間以上たってしまいましたが,能代の寮歌イベントの翌日は,帰りの飛行機が夕方ということもあって,前日の男鹿半島に続き,少し観光して歩くことにしました.行先は角館,春は桜の名所としても名高い趣のある街です.

 角館は秋田を本拠とする久保田藩の支城(角館城)があった場所です.城郭自体は後の一国一城令によって破却されたものの,当初は蘆名氏,その後は佐竹氏の分家筋の佐竹北家が支配していました.元々城のあった古城山の南麓,檜木内川の左岸に市街地が形成された.街は北側の武士の居住区である内町と南側の町人居住区の外町に分けられ,両者の間には火除け地が置かれています.

P6150925 (写真2) 人力車にて

 明治以降大きな災害がなかったことや,地域の政治経済の中心が隣の大曲に移ったことから市街地の大規模な再開発が行われず,このことが結果として昔ながらの町並みを保存する結果となります.昭和51年(1976年)に「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されて以降観光客が増加,さらに平成9年(1997年)の秋田新幹線の開業によってその数は一気に増え現在では外国人観光客の姿も見られるようになっています.学生時代には桜の季節に訪問したこともありましたが,今回は6月の新緑時期の訪問となりました.

P6150914 (写真3) 青柳家の薬医門,当時馬を繋いだとされる石もあります

 まずは人力車にて武家屋敷地帯の散策,有名な青柳家や石黒家の外観や庭の木々を見学,樹齢300年の樅ノ木やしだれ桜が見事でした.角館のしだれ桜は藩政時代,佐竹家二代目義明の妻が京都から輿入れしてきた際に持ってきた苗木が枝分けされて増えて今に至っているといわれているそうです.

 人力車の後は武家屋敷内部の見学です.青柳家は現在人は住んでおらず市が管理する施設となっています.内部は武家屋敷の他,各種の博物館的な要素も兼ね備えています.自分的に注目したのは昔のレコードがたくさん展示されていたコーナー,トスカニーニのベートーベンの英雄のレコードには感動しました(笑).

P6150952 P6150954 (写真4,5) 昔のレコード(SP版)

 青柳家の見学の後は隣の石黒家へ.ここは現在も同家の方が住んでおり,屋敷の一部が一般公開されています.現在角館では座敷に上がれる唯一の武家屋敷となっており,係員の案内で見ることができます.建築から200年は経っているだろう重厚な屋敷は素晴らしいの一言ですが,面白いのは正面の玄関は殿様など偉い人が来た時しか開かず,当主でも横の入り口から出入りしていたらしいことです.当時の身分制度が伺える話です.身分といえば屋敷周囲の塀の高さも身分に寄るらしく,青柳家と石黒家の土塀の境も高さの違いがあり,両家の身分さを反映しているのだそうです.

P6150976_2 P6150966 (左写真6) 石黒家,(右同7) 両家の塀の境

P6150984 P6150986 (写真8,9) 小野田家

P6150979(写真10) 日本の道100選ほかの顕彰碑が埋め込まれた岩

 その後もいくつかの武家屋敷を見学しました.ちなみにこの角館武家屋敷通りは日本の道100選に認定されているところでもあり,100選マニアの自分はもちろん顕彰碑を探したのでした.

 夕方になったので秋田空港へ.フライトまで少し時間があったので,レストランに入って秋田の地酒やおつまみを堪能したのはいうまでもありません.

Img_3092 (写真11) 地酒の利き酒

 こうして今年の能代遠征も無事に終了したのでした.

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