2023年12月 4日 (月)

クリスマスコンサート

Img_0776  前回の記事でナミビアでは師走の空気を感じないと書いたのですが、日本と同じように存在するものにクリスマスがあります。

 日本だと教会云々が無関係な印象のクリスマスですが、当地はキリスト教徒が多いお国柄もあり、むしろヨーロッパと同じような正統的な(?)クリスマスです。スーパーにもクリスマス飾りも並んで華やかな商戦が行われているののも同様ですが、やっぱりクリスマスをイメージするもみの木や雪といったものが無縁な南半球ですから、そこはちょっと微妙な感じがします。

 そんな当地ですが、この週末クリスマスコンサートがあったので行ってみました。主催はCantare Audire Choirというドイツ系の合唱団、ドイツ大使館の後援やナミビア国立オーケストラメンバーの賛助出演もあります。楽器のコンサートは先日スワコプムントで体験しましたが、声の入ったコンサートは当地では初めてです。

Img_0744 Img_0777  プログラムは第1部がアカペラのクリスマスキャロル、第2部がサン=サーンスのクリスマス・オラトリオというまさに正統的なクリスマスコンサートです。合唱団は規模的に日本で自分が所属していた東京21合唱団を思い出しました。サン=サーンスもよかったですが、特にアカペラの演奏はこれが合唱だよなぁと改めて感無量となりました。12月に入ったばかりなので、クリスマス本番にはまだ早いのですが、基本的に当地ではクリスマスの時期は旅行に行く人なども多いため、こうしたアマチュア団体のクリスマスコンサートは微妙にクリスマスとはずれるのだと思われます。

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2023年10月31日 (火)

宗教改革記念日

 今日は10月31日,近年日本ではハロウィンのイメージが定着している日ですが,世界史的にはマルティン・ルターの宗教改革記念日として知られています.

 帝政ローマ初期に誕生したキリスト教は,時の皇帝によるたびたびの迫害に会いながらも徐々に地中海世界に広まり,3世紀には社会的に無視できない勢力となっていきました.そして4世紀前半の皇帝コンスタンティヌス大帝による公認を経て,5世紀のテオドシウス帝の時代に至り帝国の国教とされるまでになったのです.

 中世に入ると特に西ヨーロッパで世俗権力が弱体化し,小国分立の様相を呈してきたこともあって,超国家的な組織である教会の権威・権力は大いに高まりました.この間イスラム勢力の勃興や聖像礼拝を巡る問題もあって,西のローマ教会と東のコンスタンティノポリス教会の対立が深刻化し,11世紀に決定的な分裂にいたります.以後西ヨーロッパはローマカトリック教会の独壇場となり,その権力は11世紀末から13世紀の十字軍時代に絶頂期を迎えました.

 十字軍の失敗後は,さすがにその権勢に陰りが見え始めましたが,世俗領主の側面も持つ高位聖職者の実力はまだまだ強いものがありました.一方でこうした聖職者の堕落も著しく,中世末期から近世にかけてはしばしば教会改革の動きも見られました(この時代の教会の歴史は高位聖職者が堕落してくると,修道院出身の気合の入った聖職者が登場して引き締めに走るといったパターンが多い).一方で学者など外部からの教会批判に対しては厳しい押さえつけが行われていました(15世紀ボヘミアのフスの処刑など).

 ルネサンス期になるとフランスやイギリス,スペインなどヨーロッパ西部では国王による中央集権化が進んだ結果,これらの地域からの教会収入は大きく減ってしまいます.このためローマ教会側は,中央集権が進まず中小諸侯が乱立し,教会領も多かった神聖ローマ帝国(ほぼ現在のドイツ語圏)に目をつけ,この地を主な収入源とするようになりました.こうした中16世紀初めのローマ教皇レオ10世はサン=ピエトロ寺院修復などを目的として,ドイツ国内で大量の免罪符の販売を開始したのです.

Lucas_cranach_i_workshop__martin_lu  これに異議を唱えたのがヴィッテンベルク大学で教鞭をとり,自らも下位聖職者だったマルティン・ルターでした.彼は免罪符販売を批判し,当地の教会にいわゆる「95か条の論題」を打ち付けたのです.時に1517年10月31日,これが宗教改革の始まりとされています.このルターの宗教改革以後も多くの動きがあり,その後西ヨーロッパのキリスト教世界はローマカトリック教会とプロテスタント諸教会に分かれていくことになります.

 今日はそんな宗教改革記念日なのでした.もっともルター派の多いドイツではそれなりに盛り上がりそうですが,キリスト教世界の中では多数派であろうカトリック教徒や正教徒にとっては,宗教的な意味は全くない普通の日となっています.一方でハロウィンはそもそもヨーロッパ原住民であるケルト人のお祭りなので、カトリック、プロテスタント問わず教会関係者には煙たがれるイベントです(子供が絡むイベントだけに無下にもできないようですが…).案外世界で一番ハロウィンが盛り上がるのは日本なのかもしれません.ちなみに私が住んでいるナミビアのウィントフックは10月に入るとハロウィンを飛び越えて一気にクリスマス飾りが売り出されています。

 そんなことを考えた2023年10月31日でした。

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2023年4月 9日 (日)

復活祭のコンサート

Img20230410_12165742  今日4月9日は西方教会における2023年の復活祭です.キリスト教では最も重要なイベントですが,移動祝日なので日にちが固定されているクリスマスに比べると日本ではいまいちマイナーな印象です(あまり商業主義に毒されていない).

 そんな復活祭の日は鎌倉芸術館で開催されたCollegium Armonia Superiore Japan(ARSと略称)のコンサートに行ってきました.ここは私がメインに活動している合唱団である東京21合唱団のマタイ公演で共演する予定になっている団体です.こちらもコロナ禍に翻弄されていたようですが,2021年頃から演奏活動を再開しています.今回はベートーベンの交響曲第4番とドボルジャークのチェロ協奏曲というカップリングでした.

 普段コンサートというとオペラや宗教音楽など専ら声が入った作品ばかり鑑賞している我が家です.純粋に器楽のみのコンサートは久しぶりでした(多分前回のARSのコンサート以来).指揮は当楽団恒例の川崎嘉昭さん,チェロのソロは椿周さんでした.椿さんは幼少時からチェロをやっていて,私がARSと出会った頃からソロをやっていましたが,近年どんどんレベルが上がっていて将来が嘱望される演奏家です(まだ高校3年生!).

 終演後は近くの居酒屋で一杯ひっかけて帰宅したのでした.

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2023年1月16日 (月)

紀元

 今日は1月16日、Wikipediaによると紀元前27年のこの日に古代ローマが共和政から帝政に移行したとあります.紀元前27年1月16日に約100年に渡る共和政末期の混乱を終結させたオクタヴィアヌスに対してローマの元老院がアウグストゥスの称号を贈りました.当時すでにコンスル,プロコンスルとして政治軍事両面での権力を握っていた彼に対して元老院が特別な名称を与えて権威付けしたことから,この時からローマは帝政に移行したとみなされています.ただ当時はまだ共和政を望む人々の影響力も無視できず,事実上皇帝ではあってもあくまでも市民の第一人者(プリンケプス)という体裁を取ったところに特徴があります(元首政).これが一般にイメージされるような帝政の姿になったのは3世紀のディオクレティアヌスの時代以降です(専制君主政).

Caesar_augustus(写真)執政官(コンスル)のアウグストゥス 

 このローマが共和政から帝政に移行した時期に登場したのがキリスト教です.後にヨーロッパがキリスト教世界に入ると,イエス・キリストが生まれた年を紀元1年とする暦が作られました.これがいま私たちが使っている西暦です(ただしイエスの生年に関しては今の紀元1年ではなく,それよりも数年前の紀元前4年ごろとされる).

 一方紀元1年よりも前の時代については紀元前という言葉が付され,一般にはBC(Before Christの略)の語句が用いられます(紀元後はAnno Dominiの略ADとなるがこちらは省略されることが多い).紀元と紀元前の関係というと数学における自然数と負の数との関係が連想されますが,暦には0年という概念がないため,紀元1年の前年は紀元0年ではなく紀元前1年になります.このため紀元10年の20年前は紀元前10年ではなく紀元前11年になるなど計算に注意する必要があります.

 紀元の概念は後付けなので,この前後で何かが大きく変わったというようなことは無いはずですが,キリスト教のお膝元である地中海世界ではローマが共和政から帝政に変わりました.一方で東アジアに目をやると前漢(紀元前202年~8年)から後漢(25年~220年)に変わっていく時期と符合します.偶然とはいえ非常に感慨深いものがあります.ちなみに紀元前後に活躍した世界史上の著名人としては前漢を簒奪して滅ぼした王莽がいます.彼は一時中央を追われていたものの,紀元前1年に哀帝の崩御によって復権し,翌1年に平帝の太傅となって権力を握っています.

Wang_mang(写真)紀元前後に活躍した前漢の外戚王莽

 そんなことを考えた1月16日でした.

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2023年1月 6日 (金)

2022年ユリウス暦のクリスマスイブ

 今夜はクリスマスイブです.

 といっても,多くの方々は????となると思います.クリスマスは12月25日,ただしユダヤ教の暦は日没から始まるため,12月24日の日没からクリスマスが始まり,翌25日の日没で終わります(24日の日没から25日の夜明けまでがクリスマスイブ).

「それはわかってる.でも今日は1月6日じゃないか!」という声が聞こえてきそうです.その通り,今日は1月6日です.グレゴリオ暦では…

 そう,今日が1月6日というのはグレゴリオ暦での話で,暦が違えば日にちも変わってくるのです(江戸時代の日本は和暦を使用していたため,例えば池田屋事件は和暦だと元治元年6月5日ですが,グレゴリオ暦では1864年7月8日となります).近代以前に西洋で使われていた暦であるユリウス暦では今日は2022年12月24日なのです.

「とはいえ,グローバリズムが浸透した21世紀,世界中の地域で使用されている暦はグレゴリオ暦,イスラム暦とかもあるけど,キリスト教のイベントで違う暦を持ち出してもしょうがないんじゃ」という声も聞こえてきそうです.

 しか~し! キリスト教だからこそ異なる暦が問題になってくるのです.イエスやその使徒たちの時代に使われていた暦はユリウス暦です.これは共和政ローマ末期の政治家,ユリウス・カエサル(英語だとジュリアス・シーザー)が制定した暦,それによると1年を平年365日とし,4年に1度うるう年を設けて366日となります.この暦を使うと1年は365.25日の計算ですが,実際の地球の公転周期(太陽の周りを1周する時間)は365.2422日なので,1年に0.0078日の誤差が生じます.ただ制定当時としては実用上問題ないものでした.

 しかし,塵も積もれば…の例えもあるように,その後ローマ帝国が衰退し中世を経てルネサンス期になると,その誤差が無視できないようになってきました.具体的には復活祭の基準になる春分の日が明らかに遅くなってきたからです.すなわちユリウス暦制定から1600年を経て,当初の誤差0.0078日が10日ほどの誤差になってきたのです.そこで16世紀のローマ教皇グレゴリウス13世の肝いりで新しい暦が制定されました.これがグレゴリオ暦で,この暦では3年の平年と1年のうるう年という基本概念はユリウス暦と一緒ですが,例外規定として西暦で100で割り切れる年は基本うるう年とはせず,さらに400で割り切れる年はうるう年とするというものです.この暦を使うと1年は365.2425日となり公転周期との誤差は0.0003日となり,さらに精度の高い暦となりました.

 このグレゴリオ暦が現在基本の暦なわけですが,ここで問題が発生しました.それは暦を制定したのがローマ教皇だったこと.すなわち当時ローマカトリックと対立していたプロテスタントや東方正教はこの暦を認めなかったからです.特に東方正教諸教会は自分たちこそが正統という意識が強かったため,「ローマ教皇なんていう異端の頭目が作った暦なんか使えるか!」という感じで拒否反応があったようです.しかしながら国際交流が盛んになる近代以降になると,さすがに日常生活でも独自にユリウス暦を使い続けるのは困難となり,現在ではこれらの地域でも世俗生活ではグレゴリオ暦を使っています.ただ教会暦だけはかたくなにユリウス暦の使用にこだわっているのです.

 なので,東方正教会の多くでは教会暦はユリウス暦であり,クリスマスもユリウス暦の12月25日,グレゴリオ暦では1月7日となっているのです(このグレゴリオ暦で1月7日というのも絶対ではなく,22世紀にはさらに誤差が広がり,今より1日遅れの1月8日になる予定).現在戦闘状態にあるウクライナとロシアですが,ウクライナ正教、ロシア正教とも今夜がクリスマスイブになっています.

 ちなみに我が家では例年クリスマスをグレゴリオ暦・ユリウス暦と2回祝う習慣があるのですが,ユリウス暦の今夜はかに🦀とふぐ🐡を食べに行ってきました.かには2021年12月の間人蟹以来,ふぐは2022年1月の浜松以来です.美味しくいただきました(最後はてっちりと雑炊で締める).

Img_9544 Img_9545 Img_9547 Img_9549(左上)蟹味噌,お酒のお供にたまりません,(右上)てっさ,(左下)蟹の炭火焼き,(右下)ズワイガニの蒸籠蒸し

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2022年1月25日 (火)

カノッサの屈辱

 今日は1月25日、暦的には1月20日大寒から2月4日の立春の間ということで年間で最も寒いシーズンに当たります.

 そんな1月25日は過去にどんな事件が起こっているのか、調べてみると興味深いものが出てきました.

① 1902年1月25日 旭川で-41℃を記録(現在日本での公式最寒記録)

 まさにこの時期にふさわしい出来事です.ただし気象庁の公式記録の対象からは外れているものの、1978年に幌加内町母子里で-41.2℃が記録されています.

② 1573年1月25日(元亀三年12月22日) 三方ヶ原の戦い

 武田信玄の西上作戦に対応して迎撃に出た徳川・織田連合軍でしたが、三方ヶ原で完敗を喫し、一時は家康自身も危機に陥ったとされています.

③ 1077年1月25日 カノッサの屈辱

 そしてもっともインパクトが大きいのがこのカノッサの屈辱でしょう.キリスト教が社会に深く根を下ろした中世ヨーロッパでは教会の権威は絶大なものがありました.さらに中世期を通じて教会は多くの土地の寄進を受けたことにより領主としての権力をも手にしました.その結果中世が本格化する9~10世紀以降世俗の権力者であった神聖ローマ皇帝と対立する場面が増えてきました.具体的には各地に建てられた教会や修道院の人事をめぐる,いわゆる叙任権問題です.ローマ教皇を頂点としたカトリック教会という大きな組織なんだから,その人事権は教皇に属するように思うのはあくまでも現代の感覚です.当時は王や諸侯,騎士たちがそれぞれ所領を持ち独自の基準で政治を行っていた時代でした(封建社会).各地の教会もローマ教会が計画的に立てていたわけではなく,それぞれの領主が自らの領地の都合により造っていたのです.ですからそこに着任する司教や司祭などの聖職者人事もそこの領主が握っていました.

Hugovcluny_heinrichiv_mathildevtuszien_c  しかし世俗の君主が教会の人事権を持つことで聖職者の地位の売買や腐敗などが起こるようになります.こうした事態に危機感を抱いたローマ教皇側は聖職者の叙任権を教会に取り戻そうと画策し始めます.特に1073年に教皇となったグレゴリウス7世はこの方針に積極的で皇帝や諸侯による聖職者の任命を禁止する勅書を発しました.当時の神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世はこれに強く反発し,教皇を廃位させようと動きます.これに対してグレゴリウス7世は1076年2月にハインリヒ4世を破門するという行動に出ます.当時ハインリヒ4世を取り巻く政治状況は微妙であり,教皇に破門され教会の保護を失うみた反皇帝派の諸侯は新しい皇帝を立てようと画策し始めます.苦境に陥ったハインリヒ4世はやむなく翌1077年1月25日に当時北イタリアのカノッサ城に滞在していたグレゴリウス7世のもとを訪れ,降りしきる雪の中裸足で三日間立ち続けて許しを請いました.これが有名なカノッサの屈辱と呼ばれる事件で,皇帝権に対する教皇権の優位を印象付ける出来事とされています.温暖化が叫ばれている現代でさえ寒いこの季節に3日間裸足で立っているというのは想像しただけでも震えがきそうです.

 結局この事件は教皇が皇帝の謝罪を受け入れ破門は解除されました.しかし体制を立て直した皇帝が反撃に転じます.1080年に教皇は再び皇帝を破門しますが今度は反皇帝派の動きは鈍く,逆に対立教皇(クレメンス3世)を立てられローマは包囲されました.結局グレゴリウス7世は救出されシチリア島のサレルノに逃れたものの,1085年同地で失意の中亡くなりました.

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2022年1月 6日 (木)

ユリウス暦のクリスマスイブ

 今夜はクリスマスイブです.

 といっても,多くの方々は????となると思います.クリスマスは12月25日,ただしユダヤ教の暦は日没から始まるため,12月24日の日没からクリスマスが始まり,翌25日の日没で終わります(24日の日没から25日の夜明けまでがクリスマスイブ).

 「それはわかってる.でも今日は1月6日じゃないか!」という声が聞こえてきそうです.その通り,今日は1月6日です.グレゴリオ暦では…

 そう,今日が1月6日というのはグレゴリオ暦での話で,暦が違えば日にちも変わってくるのです(江戸時代の日本は和暦を使用していたため,例えば池田屋事件は和暦だと元治元年6月5日ですが,グレゴリオ暦では1864年7月8日となります).

 「とはいえ,グローバリズムが浸透した21世紀,世界中の地域で使用されている暦はグレゴリオ暦,イスラム暦とかもあるけど,キリスト教のイベントで違う暦を持ち出してもしょうがないんじゃ」という声も聞こえてきます.

 しか~し! キリスト教だからこそ異なる暦が問題になってくるのです.イエスやその使徒たちの時代に使われていた暦はユリウス暦です.これは共和政ローマ末期の政治家,ユリウス・カエサル(英語だとジュリアス・シーザー)が制定した暦です.それによると1年を平年365日とし,4年に1度うるう年を設けて366日とします.この暦を使うと計算上1年は365.25日になりますが,実際の地球の公転周期(太陽の周りを1周する時間)は365.2422日なので,1年に0.0078日の誤差が生じます.ただ制定当時としては実用上問題ないものでした.

Jurius(写真1)ユリウス暦を制定したユリウス・カエサル

 しかし,塵も積もれば…の例えもあるように,その後ローマ帝国が衰退し中世を経てルネサンス期になると,その誤差が無視できないようになってきました.具体的には復活祭の基準になる春分の日が明らかに遅くなってきたからです.すなわちユリウス暦制定から1600年を経て,当初の誤差0.0078日が10日ほどの誤差になってきたのです.そこで16世紀のローマ教皇グレゴリウス13世の肝いりで新しい暦が制定されました.これがグレゴリオ暦で,この暦では3年の平年と1年のうるう年という基本概念はユリウス暦と一緒ですが,例外規定として西暦で100で割り切れる年は基本うるう年とはせず,さらに400で割り切れる年はうるう年とするというものです.この暦を使うと1年は365.2425日となり公転周期との誤差は0.0003日となり,さらに精度の高い暦となりました.

14390800_1079424832154881_3075860_2(写真2)ギリシャ正教の聖堂

 このグレゴリオ暦が現在世界で使われている暦なわけですが,ここで問題が発生しました.それは暦を制定したのがローマ教皇だったこと.すなわち当時ローマカトリックと対立していたプロテスタントや東方正教はこの暦を認めなかったからです.特に東方正教諸教会は自分たちこそが正統という意識があるため,「ローマ教皇なんていう異端の頭目が作った暦なんか使えるか!」という感じで拒否反応が強かったようです.しかしながら国際交流が盛んになる近代以降になると,さすがに日常生活でも独自にユリウス暦を使い続けるのは困難となり,現在ではこれらの地域でも世俗生活ではグレゴリオ暦を使っています.ただ教会暦だけは頑なにユリウス暦の使用にこだわっているということです.なので,東方正教会の多くでは教会暦はユリウス暦であり,クリスマスイブもユリウス暦の12月24日の夜,グレゴリオ暦では1月6日夜となっているのでした(このグレゴリオ暦で1月6日というのも絶対ではなく,22世紀にはさらに誤差が広がり,今より1日遅れの1月8日になる予定です).

Dsc_2255  そんな2022年のユリウス暦のクリスマスイブに当たる今日,関東南部は久方ぶりの雪になりました.

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2021年12月24日 (金)

クリスマスイブ

_res_blogd445_constantinus21_folder_1734  今夜はクリスマスイブです.キリスト教においてイエスの誕生を祝うのがクリスマスで,それが12月25日です.ただ聖書にはイエスの誕生日については記載はなく,12月25日は誕生日ではなくあくまでもイエスの誕生を記念する祝日という位置づけです.そしてイエスが生まれたのは夜なので,その聖なる夜(聖夜)をクリスマスイブと呼んでいます.現在では真夜中の12時から日付が変わりますが,キリスト教のベースとなったユダヤ教の暦では日没から日付が変わりました.このため今の暦でいうと12月24日の日没から25日が始まるため,24日の夜がクリスマスイブということになります.時々世間では「クリスマスイブの夜」という表現を見かけますが,これは「アメリカに渡米する」,「馬から落馬する」と同様の重言になります.クリスマスイブは12月24日を指す言葉ではないのですが,日本でその種の誤解があるのは,本祭の前夜に行われる宵宮の概念があるからかと思ってたりします.

 イエスの誕生を祝うのがどうして12月25日になったのかについては諸説ありますが,古代末期から中世にキリスト教を受け入れたゲルマン人に冬至を祝う習慣(冬至以降日が長くなるので太陽の復活の日と考えられていた)があったため,それに初期の教会がイエスの誕生が結びつけたものと考えられています.クリスマスの定番モミの木飾りも,キリスト教が誕生した中東ではなく,ヨーロッパの森を連想させるのもその辺に理由がありそうです.

 聖書の記述(ルカ福音書)によると,イエスが誕生した晩,野宿をしていた羊飼いのところに天使が現れ,そのことを告げることになっています.聖書の舞台となったイスラエルは決して暑い国ではなく,特にイエスが生まれたとされるベツレヘム周辺は乾燥していて標高も高く,冬は寒くてとても野宿などできる環境にないので,イエスの誕生は少なくとも12月など真冬ではなさそうです.

Img_6934  そんな2021年のクリスマスイブ,私は恒例の泊りがけ出張です(笑).

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2021年1月 7日 (木)

ユリウス暦のクリスマス

135853840_3650172111746794_2441801240544  我が家では毎年冬に2回クリスマスを祝います.

 ??? という世間の空気感じますが,実際いつクリスマスを祝うのかはキリスト教の教派によって違いがあります.一般にクリスマスはイエスの誕生を記念するイベント(誕生日というわけではない)で,それは12月25日に行われることになっています.そのこと自体を否定する教会は基本的にありません.

 ただ暦というものは相対的なもので,現在世界で主流となっているグレゴリオ暦は16世紀のローマ教皇グレゴリウス13世が制定したものです.1年を365日とし,4年に1回の閏年,ただし100で割り切れる年は閏年としないが,400で割り切れる年は閏年とするとするこの暦は1年の誤差が30秒弱と極めて正確な暦です(それ以前の暦は紀元前1世紀にユリウス・カエサルが制定したユリウス暦).

 しかし,制定したのがローマ教皇ということで,フランスやスペインなどのカトリック諸国ではすぐに採用されましたが,宗教的に対立関係にあったプロテスタントが優勢な地域では採用が遅れ,さらに歴史的な対立が深い東方正教諸国では20世紀になっても採用されない国がありました.代表的なのがロシアで,実はここがグレゴリオ暦を採用したのはロシア革命で帝政が倒れた後のことです.

 現在では実生活ではほぼすべての地域でグレゴリオ暦が使用されています(これだけグローバル化が進んだ時代に暦が違っては商売もできません).しかし,宗教上の暦に関しては話は別で,東方正教の一部教会では教会暦としてはいまだにユリウス暦を使用しているのです.ロシア正教や歴史的にその影響を受けている日本の正教会もそうです.

 ですから教会暦としてグレゴリオ暦を使用する地域では現実の(グレゴリオ暦での)12月25日にクリスマスを祝う一方で,ユリウス暦を使用する教会ではユリウス暦での12月25日,すなわちグレゴリオ暦での1月7日にクリスマスが祝われるとうからくりです.イベント好きの我が家ではこうした教会の時間差を利用して,毎冬2回クリスマスを祝っているのでした.

 例年年末年始の我が家

12月24日夜 グレゴリオ暦のクリスマスイブ 🍷+🍖

12月31日からお正月 🍶+🐡+年越しそば

1月6日夜 ユリウス暦のクリスマスイブ 🍷+🍖

1月7日 七草がゆ🍚

Ergxpphvcai91eg  2度のクリスマスとお正月で疲れた胃袋をユリウス暦のクリスマスに七草粥で癒すのでした.

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2020年4月19日 (日)

東方正教の復活大祭

Istanbulk35  復活祭はキリスト教最大のイベントです.先週の日曜日はカトリックやプロテスタントなど西方教会の復活祭だったわけですが,今日はギリシャ正教などのいわゆる東方正教の復活祭(復活大祭)でした.東西で日付が異なるのは採用している暦の違いによるもので,西方教会が16世紀のローマ教皇グレゴリウス13世が制定したグレゴリオ暦を使用しているのに対し,東方正教はそれを教会暦として必ずしも採用していないことに由来します.このため双方の復活祭の日付は基本的に一致せず1週間から1か月程度ずれるのが一般的です(たまに同日になることもある).今年は1週間違いの4月19日となりました.

 日本の東方正教は明治以降入って来たロシア正教の流れをくむところが多いため,その影響を強く受けています.復活大祭当日には,「ハリストス復活!実に復活」とあいさつをするのですが,ハリストスとは”キリスト”のロシア語風の呼び方です.

 そんな東方正教の復活大祭シーズンには”パスハの讃詞”と呼ばれる聖歌が歌われます.自分が学生時代には取り寄せの外盤LPレコードでしか聴けませんでしたが,現在はyoutubeで気軽に聴くことができます.

 

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