2019年5月19日 (日)

歌劇「ドン・ジョヴァンニ」

Img013  毎年余韻を長く引きずるのが特徴のひの新選組まつり,今年も一週間近くが経過したもののいまだ抜けきれておりません(笑).とはいっても現実は確実に自分に迫ってくるので,その辺の折り合いをどうつけていくかというのが問題になります.

 で,現実とはちょっと違うのですが,この金曜日に新国立劇場にオペラ観劇に繰り出していました.演目はW. A. モーツァルトのドン・ジョヴァンニです.俗にダ・ポンテ三部作と呼ばれるモーツァルト後期のイタリア語オペラ3作品の2作目になります.知名度は抜群な作品なんですが,フィガロやコジ・ファン・トゥッテ,あるいは最晩年の魔笛に比べると意外に上演頻度は多くないような気がします.これはどうしてだろうと思ってたんですが,フィガロやコジは基本的にアンサンブルオが多いオペラなので,歌手一人ひとりの技能が飛びぬけていなくてもよいステージとなりうるのに対して,このドン・ジョヴァンニは何と言っても主役であるドン・ジョヴァンニの出来で舞台の質が大きく左右されてしまうからなのかなと思います.

 騎士にして稀代の好色家,ドン・ジョヴァンニが放蕩の限りを尽くして最後は地獄に落ちる話ですが,単純な勧善懲悪モノではないのは,タイトルロールのドン・ジョヴァンが悪人でありながら,非常に魅力的な人物だからです.彼は極めて多面性を持った人物で,悪魔と天使がその中に同居しています.役柄としてはバリトンですが,時には強く,時には甘くというように様々な歌い方が望まれる役です.

Img_1957  今回の公演でそんなドン・ジョヴァンニを歌ったのがイタリア出身の二コラ・ウリヴィエーリさん.プログラムによると得意役がフィガロの結婚のフィガロや,セビリアの理髪師のドン・バジーリオとのことなので,様々な表現ができる歌手のようです.この日も色気のある素晴らしいい声を聞かせてくださいました.オペラの場合,その人物の存在で舞台が決まってしまうような役って,一般には女性役が多いんですが,ドン・ジョヴァンニは数少ないこの手の男性役だなと思いました(ドン・ジョヴァンニと対峙する騎士長役の妻屋さんも身長は欧米人に負けないし,声量もあるので二人の対決は迫力がありました.演出は新国立のレパートリーになっているグリシャ・アサガロフによるもの.チェスの駒が印象深い舞台ですが,今回もあの巨大人形の意味がよくわかりませんでした(ちょくちょく観てる印象なんですが,前回は2014年らしいのでもう5年経ってるのね).そういえば2幕の途中で人の出入りがあってちょっと気になったのですが,どうやら体調を崩したお客さんがいたらしくその対応だったようです.

 終演後は劇場のレストランへ.この日は都内に宿泊予定だったので,久しぶりにがっつりしたコースをいただきました.

Img_1958 Img_1959 (写真左)生パスタ「フェットチーネ」,(同右)ノルウェーサーモンのポワレ
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 (左写真)熟成牛のグリエ,(右同)デザート(ダージリンティーのセミフレッド)

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2019年4月12日 (金)

歌劇「フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ」

Img009  この前の日曜日4月7日に,新国立劇場で初日を迎えた歌劇「フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ」(新演出)公演を鑑賞してきました.

 異なる作品の2本立て公演というと,昔の地方の映画館を思い出しますが,オペラの世界でも1幕物の短い作品の場合,他の作品と組み合わせて上演されることはよくあります.レオンカヴァッロの「道化師」とマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」はその代表で,この2作品の組み合わせはしばしば目にします.一方で,プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」も1幕物で非常に人気の高い演目ですが,こちらはプッチーニが三部作(「外套」,「修道女アンジェリカ」,「ジャンニ・スキッキ」)として作曲したものの3作目にあたります.ですから本来はこの3作セットで上演されるべきものです(少なくともプッチーニはそう考えていた).しかしながら前2者はジャンニ・スキッキほどの人気を得られず,現在ではこの3部作をまとめて上演する機会はめったにありません.その代わりに,このジャンニ・スキッキと他の作品(特に先に挙げた「道化師」「カヴァレリア・ルスティカーナ」どちら)かとのセットという上演パターンが見られるようになっています.

Img_4690  そんな世間一般の空気の中で,今回の公演はツェムリンスキーの「フィレンツェの悲劇」との組み合わせでした.これまであまり例のない組み合わせのように感じましたが,実はちゃんとした理由があるようです.それはこの2作品がどちらも16世紀のフィレンツェを舞台にしていることです(あとは作曲年代もほぼ一緒).16世紀といえばイタリアルネサンスが黄昏を迎える時代です.そんな背景の中で,勧善懲悪といった単純なものではない,また王侯貴族の華やかな世界でもない,きわめて人間臭いドラマが描かれれています.「フィレンツェの悲劇」は悲劇と銘打たれていますが,果たして悲劇と言えるのか疑問ですし,一見喜劇作品に見える「ジャンニ・スキッキ」も,最後主人公が「私は地獄に落ちるでしょう」というように純粋な喜劇とはいいがたい部分もあります.

 そんな独特の雰囲気を持った2作品の演出を担当したのが栗國淳氏,定型的ではないがそれでも奇をてらったわけでもない面白い演出でした(公演はまだ続くのでネタバレはしません).公演内容はもちろん素晴らしかったです.

Img_4693  どうでもいいのですが,幕間にロビーでシャンパンを飲んでいたら,近くにアフロヘアのおじさんがいて,「なんかすごい人だなぁ」と思っていたら実は栗國淳さん本人でした(笑).この日はマチネの公演だったので,終演後は小田原に戻って駅前の銀座ライオンで夕食,久しぶりにローストビーフをいただいたのでした (^^)v

 

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2019年3月21日 (木)

歌劇「ウェルテル」

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 オペラ鑑賞が大好きな我が家です.新国立劇場のシーズンチケットを購入していることもあって,秋から春のシーズン中は,ほぼ毎月鑑賞している計算になります.今週火曜日の3月19日は表題の歌劇「ウェルテル」を鑑賞してきました.

 このオペラはゲーテの有名な小説である「若きウェルテルの悩み」をマスネがオペラ化したものです.初演は1892年ですから,イタリアのプッチーニが最初の大成功を収めた作品である「マノン・レスコー」の前年にあたります.奇しくもマノン・レスコーの物語はマスネ自身も1884年に先行してオペラ化しています(「マノン」).

 19世紀のフランスのオペラというとグランドオペラと呼ばれるスタイルが一般的です.これは途中にバレエや大合唱が参加するエンターテイメント性の高い幕が挿入されるのが特徴で,非常に舞台が華やかになりますが,一方で物語の進行には全く関係ない部分なので,オペラを劇としてみた場合は,この部分の存在によって劇は停滞することになります.ビゼーの「カルメン」のように起承転結のはっきりしている題材ならそれでもあまり問題になりませんが,本作品のように登場人物の内面の葛藤がメインとなる題材だとグランドオペラのスタイルは全くそぐわないことになります(事実本作品にはそうした幕はない).

 今回の舞台は2016年に制作された二コラ・ジョエル演出の再演です.3年前にも鑑賞していますが,1幕の緑,2幕の青,3幕の灰色と色彩が印象的な舞台です.歌い手はウェルテルにサイミール・ビルグさん,シャルロットに藤村美穂子さん,とにかくこの2人が凄くて圧巻でした.主役級というのはこういう人たちを言うんだろうなと感じた舞台でした.
 

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2019年2月13日 (水)

リヒャルト・ワーグナー

1359558947  今日は2月13日,バレンタインデーの前夜祭などと言ってはいけません(笑)。この日は19世紀後半,ヨーロッパの音楽界,とりわけオペラの世界に大きな影響を与えたリヒャルト・ワーグナーの命日なのです.

 西洋音楽の1ジャンルとしてのオペラは17世紀のモンテヴェルディの時代に誕生しました.当初は宮廷など王侯貴族の楽しみとして発展し,18世紀前半のバロック時代にひとつのピークを迎えます.この時代の代表的なオペラ作曲家がG. F. ヘンデルでした.ヘンデルは今でこそ,「メサイア」などのオラトリオや「水上の音楽」などの器楽曲で知られますが,彼がその生涯で心血注いで取り組んだのはオペラだったのです.この時代のオペラの聴き手は大陸諸国では依然として王侯貴族でしたが,すでに産業革命が始まっていたイギリスでは新興の市民たちでした(イギリスの市民たちに熱狂的に支持されたヘンデルですが,のちには彼らに飽きられオペラではやっていけなくなり,オラトリオに軸足を移すことになります).

Handel_1 (写真) バロックオペラの作曲家ヘンデル

 バロック時代以来のオペラは主として歌手の技巧を聞かせる歌の側面が強調され,劇としての面はなおざりにされる傾向がありました.もっともこれはオペラが内包している宿命的な問題で,歌手が技術的に難しいアリアを朗々と歌っている時間は,同時に劇が停滞する時間でもあるからです.ただ19世紀に入ると,オペラにもより劇性を求めるべきという考えが生まれ,歌と劇の停滞という矛盾を解決する方法が探られます.その中で生まれたのがいわゆる狂乱オペラと呼ばれるものでした.これはヒロインが悲劇のために発狂してしまい,超絶技巧のアリアを歌うというスタイルです.これなら聴衆は発狂してしまったヒロインに感情移入しつつ,その超絶技巧を駆使したアリアを楽しむこともできます.ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」やベッリーニの「清教徒」はこうした狂乱オペラの代表作です.

 とはいえ,こうした小手先のやり方では根本的な解決にならないことは明らかで,ここで登場したのがワーグナーでした.彼が生まれたのは1813年,奇しくもイタリアのヴェルディと同年です.ドイツとイタリアを代表するオペラ作曲家が同年に生まれたことに運命的なものを感じます.

 ワーグナーの人生は各地の劇場を転々としたり,ドイツの3月革命にのめり込んで亡命を余儀なくされたりまさに波乱万丈でした.しかし,そのような境遇の中で,彼は一環として(歌のみでなく)音楽と劇との融合を目指しました.その理想を作り上げるために作曲のみならず,台本も自らの手で書き上げています.

 そんなワーグナーの作風としてよく知られているのが,①無限旋律②示導動機です.このうち前者は従来のオペラが,序曲・レシタティーヴォ・アリアという風に個々の音楽が分断されていたのに対して,彼の音楽では(特に後期の作品は)幕が開くと同時に最後まで音楽が途切れることなく続いていく様子を表しています.このため従来のオペラのように,はっきりとしたアリアなど一部だけを切り取ることが不可能となっています(プッチーニ名アリア集というCDはあるが,ワーグナー名アリア集というCDは存在しない).このため特にイタリア系のオペラでは名アリアの後に会場から拍手や喝采が飛ぶのが定番ですが,ワーグナー作品ではそれらの行為は構造的に不可能です.後者の示導動機(ライトモティーフ)とは人物や感情,情景などを表現するモティーフのことです.とはいえ,その人物が出てきたからそのモティーフが鳴るなどという単純なものではなく,例えば人物の成長に合わせてモティーフ自身も変化し,場面によってはさらに他のモティーフと融合し発展していくなど,歌手の声以外の物語の語り手となるものです.すなわち従来のオペラでは伴奏に過ぎなかったオーケストラ自身も劇の進行に重要な役割を与えられているということになります.このことからワーグナーのオペラ作品を指して,従来の歌劇に対して楽劇と表現することもあります(この楽劇(Musikdrama)という用語はワーグナー自身の造語ではなく,彼はむしろ自らの作品を舞台祝祭劇と称している).

Img018  そんなワーグナー作品,重厚かつ壮大(悪く言えば大げさ)で,人により好き嫌いがはっきり分かれます.私自身は若い頃はあまり好きではなかったんですが,長じるにしたがって,「まあ,こういうのもありかな」と思うようになりました.最近では1月27日に新国立劇場で彼の比較的初期作品である「タンホイザー」を観劇してきました.一般にワーグナーを鑑賞すると,その後2週間くらい,その音楽が頭の中で渦巻いて仕事中など難儀することがあるんですが,今回に限ってはそういうことがありませんでした.思うに今回はワーグナー鑑賞の直後にモーツァルト週間に参加したため,ワーグナーがモーツァルトで中和されたためと思われます(笑).

 今日はそんなワーグナーの命日なのでした.

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2019年1月21日 (月)

オペラシーズン

 クラシック愛好家の私ですが,とりわけ好きなのがオペラです.年間に行くコンサートのほとんどがオペラと言っても過言ではないほどです.メインは新国立劇場で,東京二期会や藤原歌劇団,海外劇場の引っ越し公演がそれに続きます.特に新国立はシーズンチケットを購入しているので,シーズンの全演目を鑑賞していることになります.新国立のシーズンチケットの優れた点は割引があることはもちろんですが,エクスチェンジサービスといって,予定の公演日が都合が悪くなった場合に,同一演目の他の公演日に振り替えることができるサービスが利用できるのが大きいです.特に私が毎年購入しているウイークデープラン(全公演平日の夜開催のチケットがまとまったセット)では,公演ごとに1回変更が利くという優れものです.また変更に際しては平日のみではなく休日への振り替えも可能となっており,直前に予定が入りやすい自分は非常に重宝しています(全演目の半分以上変更した年もあった💦).

Img_4293  そんな新国立劇場の2019/2020シーズンチケットの案内が早くも届きました.大野和士芸術監督2年目のシーズンです.1年目の今年は魔笛,カルメン,ファルスタッフと比較的堅実な作品が中心となっているんですが,一体2年目はどんな演目なのか,さっそく目を通します.

 チャイコフスキーの「エウゲニ・オネーギン」,ドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」,ヘンデルの「ジュリアス・シーザー」

 と,これまであまり上演されてこなかった作品が並んでいます.特にヘンデルに代表されるバロックオペラは新国立劇場初上演とのことで,大野芸術監督がいよいよ本気を出してきた(笑)という感じがしました.その一方で目を惹いたのが

Img_4292 ワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガー(新制作)です.

 私が新国立に通うようになった2009年から,ワーグナーの主要作品の中でいまだ未見なのが,このマイスタージンガーでした(それ以前,2005年のシーズンには上演した記録あり).指環はすでに2回観たし,タンホイザーやオランダ人も2回観ています.難易度が高く上演が困難といわれるトリスタン,パルジファルも観劇する機会がありました.そんな中,マイスタージンガーだけが見れていなかったのは痛恨だったのです.しかし2020年6月オリンピックを直前として上演されることが決定,非常に楽しみな演目となりました.

Img_01_2 Img_02_2 Img_04_2 Img038_2 Img131_2 Img_3048_3 Img157_3 Img_0_4 Img_03_2 過去に鑑賞したワーグナー作品.マイスタージンガーだけがありません.

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2018年12月17日 (月)

オペラ納め

Img003  オペラ好きな我が家,今年もおそらく10回以上の生観劇があったんですが,2018年その締めとなる公演は新国立劇場,ヴェルディのファルスタッフです.

 19世紀のイタリアを代表するオペラ作曲家であるジュゼッペ・ヴェルディは処女作の「オベルト」(1839年)から最後の作品となった「ファルスタッフ」(1893年)まで26のオペラを作曲しました.その作風は初期と晩年では大きく異なり,その変化はそのまま19世紀のオペラ潮流の変化ととらえることができます.初期から中期にかけては美しくもエネルギッシュなアリアが煙面に出ていましたが,後期とりわけ最後の「オテロ」と「ファルスタッフ」は美しいアリアは影を潜めたものの,ドラマと音楽の融合というドイツではワーグナーが目指したものと同様の成果を示しました.もっともこれには賛否があって,アリアやアンサンブルが素晴らしいリゴレット,トロヴァトーレ,椿姫に代表される中期の作品こそがヴェルディの醍醐味であり,晩年2作はむしろ才能の後退であるという人もいます.実は自分も若い頃はそう思っていた口で,それら中期の作品に酔いしれる一方晩年2作には愛着を感じませんでした.

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(写真) こんな顔ハメが… !(^^)!

 しかし年齢を重ねた影響なのか(笑),かつてはいいと思わなかったオテロ,ファルスタッフもむしろ音楽と台本が洗練され非常に魅力的に感じるようになっています.

 そんなファルスタッフ,基本的に悲劇的作品が多いヴェルディでは珍しい喜劇です(ヴェルディが喜劇を書かなかったのは唯一の喜劇だった第2作「偽のスタニスラオ」が悲惨な失敗に終わったことがトラウマになったという説があります).原作はシェークスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」でヴェルディによるシェークスピアのオペラ化はマクベス,オテロに続いて3作目です.

 今回の舞台は新国立劇場にて2004年初出となったジョナサン・ミラー演出のものです.ファルスタッフにロベルト・デ・カンディア,アリーチェにエヴァ・メイを配してたんですが,なんといっても特筆はピストーラ役の妻屋秀和さん,なんとこの演出初出以来毎回欠かさずこの役をされています (^^)v.

Img_1301 Img_1294  終演後は劇場のレストランへ.この日はパスタメインのシンプルなディナーにしました(もちろんワイン付き 笑).こうして2018年のオペラ鑑賞はお終いとなったのでした.

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2018年11月16日 (金)

歌劇「魔笛」

Img015  久しぶりの更新になります.さすがに11月に入ってかなり涼しくなってきた当地ですが,今日はもう1か月以上前の話です.

 10月3日に盛岡に出張してきた帰り,初台の新国立劇場でこの日初日を迎えたモーツァルトの魔笛公演を観劇してきました.今シーズンから新国立劇場の新しい芸術監督に就任した大野和士さんの最初の演目ということになります.

 モーツァルト最晩年のあまりに有名な作品です.ウチのKが大のモーツァルト好きということもあってこれまで一体どれだけの魔笛を鑑賞したか覚えていないほどです.新国立の魔笛といえばミヒャエル・ハンぺによる定番レパートリーがあるのですが,今回上演するのはウイリアム・ケントリッジによる新演出でした.ただまったくのピカ新ではなく,これまでヨーロッパのいくつかの劇場で上演されたプロダクションです.

(写真) 新宿駅にて

Img_1010  南アフリカ生まれのケントリッジはドローイングで知られる芸術家です.光によるドローイングを巧みに使用した舞台は極めて21世紀的で,オーソドックスだったハンぺの舞台とは対照的な印象を受けました.このプロダクションがこれからの劇場のレパートリーとなっていくのかは権利関係もあってわかりませんが,最後のカーテンコールでの演出家への拍手は十分それを予感させるものでした(春のカタリーナ・ワーグナーのフィデリオとはある意味対照的 笑).

 終演後は劇場のレストランへ.この日は比較的軽めのコースにしました.

Img_1014Img_1015Img_4062  劇場内には今シーズンの演目が張り出されていたんですが,モーツァルト2作品に加えてプッチーニが3作品と,意外に偏っているな(笑)と思ったのでした.

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2018年9月 7日 (金)

プッチーニ「三部作」

Img204  9月になりました.自分にとって8月はひたすら耐える月(笑)というイメージだったんですが,9月は一転して活動的になる季節です.

 そんな9月最初のイベントとして,昨夜東京二期会オペラ プッチーニ「三部作」を観劇してきました.会場は初台の新国立劇場です.二期会オペラというと,いつもは上野の東京文化会館のイメージが強いんですが,実は現在ローマ歌劇場が来日中で,上野はそっちで使っているため,こちらに回ってきたもののようでした.

 プッチーニの三部作は,「外套」,「修道女アンジェリカ」,「ジャンニ・スキッキ」のそれぞれ1幕物のオペラ3作から構成されるもので,イメージの異なる3作品の組み合わせはダンテの神曲(「地獄編」,「煉獄編」,「天国編」)に影響されたともいわれています.社会の底辺を生きる人々の愛や欲望を赤裸々に描くというヴェリズモ的作品(レオンカヴァッロの「道化師」やマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」などの系統)の「外套」,登場人物がすべて女声で修道女の贖罪と奇蹟の物語である「修道女アンジェリカ」,皮肉な喜劇である「ジャンニ・スキッキ」という具合に性格の全く異なる3作品を一晩で上演するのが肝であり,プッチーニ自身が望んだものです.

 メトロポリタン歌劇場での1918年の初演は,そうした作曲家の意図に従って上演されたものの,ほどなく3作同時上演のスタイルは崩れ,現在では「外套」と「修道女アンジェリカ」(特に後者)の上演頻度は低く,もっぱら最後の「ジャンニ・スキッキ」のみが,他の1幕物のオペラ(「道化師」や「カヴァレリア~」など)と組み合わせで上演されることがもっぱらになっています.

 今回はそんな3部作が本来の形で上演される珍しい機会ということで楽しみにしていたのでした.まだ公演は続いているのでネタバレ的なことはしませんが,ダミアーノ・ミキエレットによる3つの異なる作品を1本の線で繋げる演出はなかなか見ごたえがありました.

 終演後は劇場のレストランへ.ワインとパスタを堪能したのでした.

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2018年7月 7日 (土)

歌劇「トスカ」

Img008  気が付いたらもう7月,関東は異様に早い梅雨明けの一方で,西日本では大雨が続くなど異常気象に見舞われている昨日今日です.旅行から戻って間もなく3週間,すっかり日常生活に戻ってしまったビザンチン皇帝であります.

 さて,そんな自分の日常といえばオペラ鑑賞(笑),というわけで先週の水曜日に新国立劇場で表題の「トスカ」公演に行ってきました.

 17世紀のモンテヴェルディから21世紀の今日まで,世の中で作曲されたオペラ作品はそれこそ星の数ほどあるでしょうが,その中でも屈指の名曲としてどこからも異論が出ないだろう(たとえアンチ・プッチーニの人であっても)傑作です.よく,オペラになじみがない人にどの作品を勧めるかという話題が出た時に真っ先に上がるのもこのトスカです(自分も絶対にこれを勧める).理由としては全体で2時間(休憩除く)とほぼ映画並みの長さであること,ストーリー展開が早く,オペラ一般にありがちな劇の停滞がないこと.登場人物のキャラが立っていて感情移入しやすいこと,名アリアがあるのはもちろん,大迫力の合唱も登場すること等々,オペラの魅力がこれでもかと凝縮されていて飽きさせないからです.2000年に初出となったアントネッロ・マダウ=ディアツ演出によるプロダクションは新国立の定番レパートリーとなり,近年はほぼ3年に1回上演されています(自分も何度も見ている).

Img_3858  19世紀初頭,ナポレオンがヨーロッパに大きな影響を及ぼし始めた時代のローマが舞台.共和主義者の政治家アンジェロッティとその友人の画家カヴァラドッシ,彼の恋人トスカと,王党派で共和派を厳しく取り締まる警視総監のスカルピアが織りなす劇です.1幕冒頭のカヴァラドッシによるアリア「妙なる調和」,1幕最後の大合唱「テ・デウム」とスカルピアの独白,2幕のスカルピアがトスカを追い詰めていく場面とそれに続くトスカのアリア「歌に生き恋に生き」,3幕のカヴァラドッシの名アリア「星は光りぬ」など聴きどころ満載です.

 今回は指揮者に弱冠28歳のロレンツォ・ヴィオッティを迎え,トスカにはこれを当たり役にしているというキャサリン・ネーグルスタッド,カヴァラドッシは3年前の同公演でも歌ったホルヘ・デ・レオン,スカルピアはクラウディオ・スグーラという面々,特にネーグルスタッドは歌う部分は高音なんですが,地のレシタチーボではかなり低音のどすの利いた声で,特に2幕のスカルピアとのやり取りは迫力ありました.個人的に一番好きな1幕の最後,テ・デウムのシーンは本当に華やかで,これを見るためだけに来る価値があるなと思う場面でした.贅沢を言えば,スカルピア役がかっこよすぎて,絶対悪なはずなのに,なんか憎めない(ドン・ジョバンニみたいな感じ)のがちょっと残念でした(笑).

Img_3857  この日は夜の公演で,終演が22時を過ぎそうだったために,久しぶりに劇場レストランの幕間メニューに挑戦,メニューはズワイガニとレタスの冷製パスタでした.ただ幕間が25分しかないのでウチのKは全部食べられなかったようです(笑).先月カタリーナ・ワーグナーによるフィデリオの後だけに,きわめて正統的な演出のオペラを堪能した夜でした.

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2018年6月 4日 (月)

2つのコンサート

 学会シーズンが一段落し,いよいよ今週末から夏季休暇の旅行に繰り出すんですが,その狭間にあたる先週,2つのコンサートに行ってきました.

Img_3772  ひとつは5月29日に武蔵野市民文化会館で行われたザ・キングス・シンガーズのコンサートです.ザ・キングス・シンガーズはイギリスの男性6人組アカペラ・アンサンブルユニットです.結成されたのが1968年ということで,今年でなんと!50年になります.これだけ長い期間活動しているわけですから,当然メンバーも固定されてはおらず,時代とともに入れ替わりはあります.しかし,それでも同じ名称・同じコンセプトで歌い続けているユニットです(メンバーが入れ替わるという意味ではモーニング娘。やAKBと一緒です 笑).

 彼らのレパートリーは非常にバラエティに富んでいて,イングランドやスコットランド,アイルランドの民謡やルネッサンス期のイギリス・マドリガル,フランスのシャンソンといった古典曲をはじめとして,ジャズ系の歌,ビートルズから現代作品にいたるまで,それこそ歌ならなんでも歌う(たまに歌じゃないのも歌う)くらいの勢いで活動しています.

 今回は結成50周年記念ツアーということで,新たなアルバム”Gold”に収録された曲を中心に,ルネッサンスから現代曲,はたまた日本の歌までたくさんの曲を披露してくださいました.いつ聴いても「人間の声ってなんて素晴らしいんだろう!」と思わせてくれるコンサートでした.

Img_3778  そして2つ目が6月2日,新国立劇場での歌劇「フィデリオ」公演です.

 ベートーベン唯一のオペラとして知られ,当時の自由主義的な世相を反映する作品です.今回はバイロイト音楽祭の総監督であるカタリーナ・ワーグナー(リヒャルト・ワーグナーのひ孫)による演出ということで注目を集めていました.とにかく斬新な演出(笑)をする方だと聞いていたので,5月20日の初日の公演後,ネット上に様々な反応が上がっていたのは予想通りでした(賛否半々よりも否が6割くらいか).

 が,これだけ話題になると逆に怖いもの見たさで楽しみになってくるから人間の心理は面白いです(もしかして作戦かも).

 公演はすべて終了したのでネタバレOKと思いますが,たしかに衝撃的な舞台でした.第1幕はまあ,こんなものかなと思っていたんですが,第2幕の後半はあっけにとられます.このオペラは投獄されていた夫を妻が解放する!自由万歳!というストーリーなんですが,カタリーナの演出では… 初日のカーテンコールで演出家にブーイングが飛び交ったのがわかる気がしました.音楽としての演奏は,フロレスタン役のステファン・グールド,レオノーレ役のリカルダ・メルベート,マルツェリーネ役の石橋栄実らキャストや合唱は素晴らしかったので口が悪い人は,「だまって目を瞑って聴けば最高だった」と言っているようです(笑).

 とはいえ,今回のプロダクションは今年で退任となる飯守泰次郎芸術監督が,「”フィデリオ”の革新性を表現するような、問題提起する舞台をつくりたい」と考えてカタリーナ・ワーグナーに依頼したと述べていることから,こうした世間の反応は織り込み済みだったんだろうなと思ったのでした.

 なんにしても,音楽は素晴らしいです.

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