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2026年1月30日 (金)

在外投票

 日本では1月23日に衆議院が解散され、27日に総選挙が公示されました。2月8日の投票日に向けて論戦が行われています。国内の有権者は当日に投票所に行って投票するか、それ以前に期日前投票をすることになります。ただ私のように在外に生活している場合は、投票のためだけに帰国するというのは現実的ではありません(というかそもそも住民票を抜いているため投票券が届かない)。

 そんな在外居住者(税制関係では非居住者というらしい)のための制度が在外投票制度です。これは所定の手続きを行うことによって、居住する地域の在外公館で投票ができるという制度です。ただし全ての選挙に投票できるわけではなく、国政選挙(衆議院、参議院)と最高裁判所判事の国民審査は投票できますが、地方議会選挙や首長選挙には投票できないという決まりがあります。ちなみに投票する選挙区は直前に住民票のあった選挙区となります。

Img_3932  で、本日在外投票をしてきました。会場には係員や立会人などがいて、投票用紙を受け取り別室で記入、指定された封筒に入れて投票を行います。イメージとしては国内の期日前投票に近いのですが、ひとつ決定的な違いがあります。

 それは締め切り

 国内の期日前投票は投票日前日まで行うことができますが、在外投票の場合はまったく違います。これは記入された投票用紙を選挙当日(すなわち2月8日)までに当該の地域の選挙管理委員会に確実に届ける必要があるため、その移動日が必要だからです。当地で実施された投票用紙は係員の手によって一旦南アフリカに運ばれ、そこに集まったアフリカ南部地域他の国の投票用紙と一緒に、また係員によって日本に運ばれることになります(投票用紙は非常に重要なものであり、紛失などのリスクを極力減らすため人間の手によって運ばれる)。

 そんなわけで当地での投票締め切りは早く、実際の選挙よりも8日も早い1月31日となっていましす。国民の貴重な権利である一票を大切に行使したいものです。

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2026年1月26日 (月)

新しいAEDが届きました

 先日職場に新しいAEDが届きました。ただバッテリーは入っていません。なぜかというと、バッテリー(リチウム電池)は発火の恐れがあるため飛行機に預けることができないからです。人間が手荷物として持っていくが当地で購入するしかありません。

Img_7478  と言うことで当地の代理店に注文していたものが届きました。

 さっそく装着します。装着すると「テストを行います」とのアナウンスが流れて確認開始、数分で一通り終了です。あとは所定の場所に設置しておきます。これが使われずに使用期限切れになるのが最もありがたい展開ですが、そう願ってやみません。

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2026年1月20日 (火)

はじけるキャンディ

 先日近所のスーパーで買い物をしていたら興味深い商品を見つけました。

Img_1384 挿絵の雰囲気からどんな商品か想像がつきます。口に含むとパチパチとはじけるタイプのキャンディーです。元は1970年頃にアメリカで登場したポップキャンディーで、70年代末に日本でもドンパッチ、テレパッチなどの商品名で発売され大人気となったものです。2000年代以降は人気が下火になりあまり見かける機会が減ってしまいましたが、駄菓子屋などでは今でも名前を変えて販売しているそうです。

 今回見かけた商品はSTRIKINGという商品名で南アフリカ製のようで、コーラ味とビタミンC味(?)がありました。面白そうなので買って食べてみましたが、はじけたキャンディーでむせそうになり、高齢者は誤嚥の恐れがあるんじゃないかと思いました。

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2026年1月17日 (土)

週末の外食

 またまた週末になりました。恒例の外食ということで、この日は市内の海鮮料理屋さんの Cape Town Fish Market に繰り出しました。その名の通り南アフリカにある同名の都市にもある関連のお店です。ここに来ると大体生牡蠣とスパークリングワインのセットに走りがちなんですが、この日は若干趣向を変えて、マグロのカルパッチョ、海鮮パスタを選択しました。

Img_7245 Img_7246_20260127220601  マグロはやや甘い醤油(九州で出てくる刺身醤油みたいなの?)と天かす(のようなもの)が塗してあってなかなか美味しいです。パスタも日本の感覚だとソフト面っぽさは否めないものの味わいがありました。肉もいいですが、こうした海鮮も素敵です。

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2026年1月14日 (水)

記念イヤー

 2026年になって10日以上が過ぎましたが、恒例の今年は何の年?です。

① 昭和100年(1926年) 日本の歴代元号の中で最長だったのが昭和です。前時代の大正デモクラシーの風潮で、最初の数年こそ平和な時代に見えたものの、不況と政党政治の腐敗によって軍を中心とした国家改造を目指す勢力が伸張しやがて全体主義体制となり第二次世界大戦に至ります。戦後は冷戦時代の中で経済復興、高度経済成長が進み国民生活は豊かになったものの、公害など新たな問題が生じます。そして戦後の国際関係の象徴だった冷戦が終結していく過程で時代は平成へと変わります。

② ガリバー旅行記初版300年(1726年) 誰でもその名を聞いたことがあるであろう小説、ガリヴァー旅行記が出版されたのが今から300年前の1726年です。著者はアイルランドのジョナサン・スウィフトで、発売以来大人気となりました。作中に江戸時代の日本が登場することでも知られています。

③ サン・ピエトロ寺院献納式400年(1626年) カトリックの総本山として知られるバチカンのサン・ピエトロ寺院、その建立は4世紀のローマ皇帝コンスタンティヌス1世に遡ります。当時は聖ペトロの墓所を守るための聖堂で、ローマ教皇座がある場所ではなかったそうです。14世紀のアビニョン捕囚後に教皇座となったものの、老朽化が激しかったことから15世紀末から新聖堂の建造が始まり、1626年に完成したのが今の聖堂になります。

④ ムガール帝国建国500年(1526年) 近世のインド史に残る重要な国家であるムガール帝国がバーブルによって建国されたのが今から500年前のことです。その後16世紀後半の皇帝アクバルの時代に政治体制が確立します。現代に至るまでインドというのは多様性の塊のような国ですが、アクバルはイスラム教やヒンズー教など様々な利害関係者を上手にまとめ上げて国の運営に当たりました。しかしその後皇帝アウラングゼーブの時代になるとイスラム教への偏重が強くなり国内が不安定化していくことになります。

⑤ 嘉暦の騒動700年(1326年) 鎌倉時代末期は北条得宗家の家督を巡る争いが頻発していましたが、そうした事件のひとつで得宗家の内管領の長崎氏と外戚である安達氏との争いです。

⑥ 西夏滅亡800年(1226年) 10~13世紀の東アジアは漢民族の宋を中心としながらも、周辺諸民族国家が強勢となって宋を圧迫する時代でした。特に女真族の金、契丹族の遼が有名ですが、北西部に位置していたタングート族の西夏も強力な国でした。11世紀に建国すると当初は遼と組み宋を圧迫、後に金が勃興するとこれと同盟して遼を滅ぼし、さらには金によって北宋が滅ぼされると自らの領土を広げるなど、動乱の時代をうまく泳ぎます。しかし13世紀にモンゴルが隆盛になり金が滅ぼされるともはや対抗するすべはなく、1226年に滅亡の憂き目に遭うのでした。

⑦ 北宋滅亡900年(1126年) 10世紀に趙匡胤によって建国された宋は、前時代が地方に藩鎮と呼ばれる軍閥が割拠する状態で国がまとまらなかった反省から、中央集権化、文官優遇の政策を取りました。これは国内統治にはうまくいきましたが、対外的には消極的にならざるを得なく、遼、西夏、金といった周辺国に圧迫されることになります。そして1126年に皇帝欽宗と太上皇徽宗が金に捕らわれると事件(靖康の変)が起こり北宋は滅亡します。

⑧ 渤海国滅亡1100年(926年) 東アジアネタが続きます。今の朝鮮半島北部から中国東北部、ロシア沿海州の一部に勢力を持っていた渤海という国がありました。中央の唐王朝から独立した動きをしていたそれなりに有力な国でしたが、10世紀に入ると弱体化し、当時建国間もない新興国だった遼の耶律阿保機によって攻め滅ぼされてしまいました。

⑨ 聖像破壊運動の始まり1300年(726年) キリスト教は元々ユダヤ教をベースにしていたこともあり、偶像崇拝は禁止されていました。しかし中世初期には布教の都合もあり、イコンと呼ばれる聖画が盛んに利用されました。しかし7世紀に東ローマ帝国がイスラム勢力の侵攻で大幅に領土を失うと、皇帝レオーン3世は偶像崇拝のために神の加護を失った結果であると考え、国中のイコンの破壊を命じました。これが聖像破壊運動で後に西のローマ教会をも巻き込んで、最終的に東西教会の分裂を引き起こすことになります。

⑩ 唐の太宗即位1400年(626年) 7~9世紀にかけて東アジアの中心として周辺諸国に影響を与えた国が唐です。その政治体制を固めたのが第2代皇帝の太宗で、その政治を貞観の治と呼んでいます。

⑪ パルティア滅亡1800年(226年) 紀元前後からローマ(当初共和政、後に帝政)が発展すると、それと西に国境を接するようになったのがパルティア王国です。ゾロアスター教を信仰するイラン系の強力な国で、紀元前1世紀から3世紀にかけてメソポタミアやシリア、アルメニアなどを巡ってローマと何度も戦っています。戦いそのものはパルティア優勢で推移するものの、相次ぐ戦争で国の土台が揺らぎ、ついには新興国ササーン朝ペルシャによって滅ぼされてしまうのでした。

 ざっとこんな出来事が出てきました。建国や国の滅亡など歴史の節目といえる事件が多い印象ですが、自分的な一番はやっぱり昭和100年でしょうか。

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2026年1月10日 (土)

新年最初の週末の外食

 今日1月10日は2026年最初の外食に繰り出しました(先週はお正月休みだったので家でマッタリしていた)。

Img_7466_20260127215801  この日出かけたのは Stellenbosch Restaurant ステーキとワインのお店です。正月におせちを食べていた反動ではないんですが、やっぱりステーキを食べると安心します。かつては4~500gくらい軽くいけたと思うんですが、最近は200gで十分です(笑)。

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2026年1月 5日 (月)

ラハイナ・ヌーン

 南北の緯度23度26分から赤道にかけての地域では原則として年に2回、お昼に太陽が真上に来る日があります。いわゆるラハイナ・ヌーンというやつで、この時理論的には影がなくなります。年に2回の間隔は緯度に依存しており、赤道直下では春分と秋分という半年おきになり、それよりも南北にずれる(すなわち緯度が上がる)と、夏至を挟んでほぼ対象の日に来ます。ちなみに緯度23度26分の南北回帰線上では夏至の日1回のみとなります。

 ナミビアの首都ウィントフックも南緯22度33分と南回帰線よりも北に位置しているので、年に2回この日がやっています。ただ今シーズン1回目の昨年12月6日は残念ながら曇り空で影のない瞬間をみることはできませんでした。

 そして今日1月5日は今シーズン2回目のラハイナヌーンの日です。幸いお昼に晴れていたため、当地の太陽高度が最高となる時間(すなわち北中時刻)に外に出てみました。

Img_7463_20260127215701 01bdbcd68c514300a03cfbc0f771cde9  付近にあった電灯を見ると、たしかに傘の部分の影はあるものの、柱部分の影はありません(原理的には影がなくなると言いますが、物体には厚みがあるため本当の意味で影がなくなることはありません)。自分の写真も撮ってもらいましたが、頭と肩部分は影が残っています。

 ちなみにこのラハイナ・ヌーン、日本の領土ではは沖ノ鳥島以外では見ることができません。

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2026年1月 2日 (金)

おせち料理

 真夏のお正月を迎えているナミビアです。

Img_1471  今日1月2日は日本から送られてきたおせち料理とお酒をチビチビと堪能しています(おせちは本当は重箱に盛り付ければより風情が増しますが、さすがに持ってこられなかった 笑)。

 相変わらずお正月感の全くないお正月です。

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2026年1月 1日 (木)

謹賀新年

Kinga 

 当ブログにお越しの皆様(そんな奇特な人がどれだけいるのかは不明ですが 笑)、新年明けましておめでとうございます。今年2026年は60年に1回の丙午の年に当たります。昔は「丙午の年に生まれる女性は夫を食い殺す」的な迷信があり、前回の丙午だった1966年(昭和41年)には実際に出生者数が前後に比べて大きく減ったことが知られています(具体的には私が在学していた中学校では当時1学年9クラスが通常でしたが、昭和41年度生まれの代が8クラスと1クラス少なかったのに対して、その1学年下昭和42年度生は反動で10クラスと多くなりました。

 少子化が叫ばれている現代ですから、今年度の反動が来年来るとは思えないのですが、丙午生まれの自分にとっては非常に感慨深い1年の始まりなのでした(ついに自分が還暦かぁ~ 笑)。

 ちなみに当地では一般的な馬よりもシマウマの方がずっと身近な印象です。

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