2025年6月27日 (金)
2025年6月23日 (月)
エトーシャ旅行③
明けて2泊3日のエトーシャ旅行最終日になりました。まずは朝食、せっかく温かい卵料理を作ってくれるのですから、この日もオムレツメインの朝食になりました。この日の日程は基本的に家に帰るというものですが、来た道を引き返すのは芸がありません。引き続き公園内を散策しながら、帰路は往路とは違ったゲートからでることにしました。
チェックアウトを済ませて公園内を東に進みます。周囲を見渡しながら走っていくと、途中シマウマの群れに遭遇しました。そこからさらに東に進むと2023年の秋に宿泊したHalali Resortに至ります。せっかくなので、ここでトイレ休憩を済ませさらに東に進みます。しばらく走ると前方に大型バスや複数の車が止まっているのが見えます。注意してみるとみんな一転の方向を凝視している様子、何かがいるようです。自分もそこに停車し人々の視線の方に目をやりました。そちらの方向には2羽のダチョウの姿がありましたが、ダチョウごとき(笑)にみんなこれだけ関心を寄せるはずがありません。その方向をさらに凝視すると…
なんか、獣がいます! どうやらチーターのようでした。茂みに潜んでいる様子ですが、おそらくはダチョウの手前にいるレイヨウを狙っているのかと思いました。その後さらに東へ進み途中キリンを目撃しながら、国立公園の東の出入り口であるNamutoni Gateから退出したのでした。
(左上写真2)シマウマ、(右上同3)レイヨウの仲間、(左下同4)キリン、(右下同5)ダチョウの右下の茂みにチーターがいます
ここから先は舗装された快適な道です。近くの町で給油を行い、一路B1号線を南下、1時間ちょっとでツメブの町に到着します。ちょうどお昼時ということで、2年前のエトーシャ旅行の際に寄ったホテルのレストランで昼食にしました(前回はドライバー付きだったためアルコールありでしたが、今回は自ら運転なのでアルコールなしです(笑)。メニューも2年前とさほど変わりがなかった印象でした。
その後はひたすら家路を目指します。日没前に家に着くを目標にしていましたが、なんとかギリギリ達成できました。こちらに来てから2度目のエトーシャ旅行でした。
2025年6月22日 (日)
エトーシャ旅行②
一夜明け5月25日になりました。朝起きて身支度を整えるとまずは朝食です。Okakuejo Resortの朝食はパン、ハム、チーズといった定番ものに加えて、温かい卵料理も作ってくれるのが魅力です。この日はオムレツを頂きました(自分の年齢だとオムレツがあれば、あとはほぼ飲み物だけで十分)。
朝食後はこのロッジのランドマーク的な建造物である塔に登ってみることにします。ヨーロッパなどによくあるタイプの内部の螺旋階段で登っていくタイプの塔です。それほど高さがあるわけでもないのですが、日頃の運動不足のせいか、結構堪えました(笑)。屋上からは周囲360度がよく見渡せます。どの方向を見ても地平線が広がっています。日本では地平線なんて北海道の根釧原野でかろうじて観られる存在ですが、ここでは至る所が地平線なのが素敵です。
その後午前中は自力で国立公園内を回ってみることにします。昨夜ツアーで走ったコースをメインに回ってみました。プロの目がないので小さい生き物やはるか遠方の動物など発見できるはずもありませんが、それでもスプリングボックやシマウマの姿が見られました。
その後は昼食タイム、この日は午後からガイド付きドライブに参加するためもう運転の予定はなく、さっそくビールを頂きます。食事の内容は前菜がスープ、メインがお肉、デザートにアイスクリームというパターンになりました。食事後はしばし周囲を散策したりプールに寄ったりして過ごします。そして午後3時にゲームドライブが始まります。
日中のドライブということで、いろんな動物が見られるのではないかと期待して出発します。出発早々、ジリスがたくさんいるエリアがありました。ジリスといえば以前ナミブ砂漠のあるソッサスフレイに向かう途中のソリテアという集落でジリスの群れに遭遇しましたが、あそこのジリスはかなり人慣れしている印象でしたが、こちらはより野生感のある感じでした。その後もスプリングボックの群れやオリックス、ヌーといった定番の草食獣に加えてシマウマ、キリン、さらにはサイやゾウの姿も拝むことができました。また肉食獣では遠方ではあったものの、ライオンとジャッカルを見つけられたのは良かったです。そのほかいろんな鳥も見られました。
(1段目左)ジリス、(同右)スプリングボック、(2段目左)ヌー、(同右)オリックス、(3段目左)サイ、(同右)キリン、(4段目左)ゾウ、(同右)シマウマ、(5段目左)ライオン、(同右)ジャッカル
充実のドライブから戻るともう夕食の時間です。昨日はナイトツアーに参加するため駆け足だったのですが、この日はゆったりとワインを飲みながら過ごしたのでした(メインはこの日も肉 笑)。夕食後昨夜とは違ったルートで部屋に戻ろうとしたら道に迷い、キャンプ場の方に入ってしまいました。仕方ないのでもと来た道を戻ろうとしていたら偶然係員が通りかかったのでそのまま連れて行ってもらえました。
部屋に戻った後、せっかく近くにあるのだからと水場に寄ってみたら、なんと!ゾウが来ていました。やっぱり夜になると水が欲しくなるようです。
2025年6月20日 (金)
エトーシャ旅行①
日本では4月末から5月上旬にかけて大型連休があり、GWと呼ばれます。実はナミビアも5月は連休の季節で、月初と月末の2回連休があります。月初は5月1日のメーデーと5月4日のCassinga Day(1978年に当時アンゴラのCassinga村にあった南西アフリカ人民機構の難民キャンプが南アフリカ軍の攻撃を受け多数の難民が殺害された事件を偲ぶ日)を中心に土日の休みを併せた連休です。この連休を使って我が家では昨年はリューデリッツへ、今年はエプパの滝に旅行に出かけました。一方の月末の連休ですが、こちらは5月25日のアフリカの日、5月28日のジェノサイド追悼の日と土日を含む連休となります。こちらは今年から制定されたジェノサイド追悼の日が加わったことではっきりした連休となり、さらに今年は5月29日が昇天祭の祝日だったためにより大型の連休となったものです。せっかくだから出かけようと言うことで、今回はエトーシャ国立公園に繰り出すことにしました。ここに行くのは2023年秋以来2回目です。前回はドライバー付きのツアー参加だったんですが、今回は自力で行くことにしました。
5月24日朝に自宅を出発、一路北を目指します。この道は5月初旬にエプパの滝に行った際も通っているコースです。オカハンジャを過ぎてしばらく行くと2つの円錐形の山が並ぶ光景が見られます。その先のオチワロンゴにて休憩&給油をします(ここまでで約250キロ)。この町はガソリンスタンドがたくさんあって迷うのですが、大抵は何も考えずに適当に入ります(笑)。オチワロンゴは交通の要衝で、北西のオウチョ方面、北東のツメブ方面、南西のオマルル方面に分岐していますが、この日は北西のオウチョ方面へ進路を取りました。2時間弱でエトーシャ国立公園に入るゲートのひとつであるアンダーソンゲートに到着となりますが、その直前にあるガソリンスタンドで燃料を満タンにします(この先の公園内でガソリンが入れられるか不明なため)。その後ゲートへ、ここでは滞在時間(日帰りか宿泊か)を申告して登録票をもらいます(日帰りの場合はここで入場料を払うが、宿泊の場合は宿泊先で払う)。ゲートを抜けるともう国立公園内ということで、ここから先は何が出てきても不思議ではありません(笑)。とはいえ世の中そんなにうまくいくはずもなく、これといった動物もいないまま本日の宿泊先であるオカクエジョロッジに到着しました。
レセプション前に車を止め、まずは受付です。先ほどの登録票を提出して公園の入場料を支払い、領収印をもらいました(これは最後に退出するまで大事に取っておく)。その後部屋のキーを受け取り車を部屋の近くに回します。今回の部屋はなんと!水場のすぐそばです。昨年9月に来た際はゾウがたくさんいたんですが、この日はまだ姿は見かけませんでした。
(左写真2)Okakuejoの象徴的な塔、(右同3)夕食のポルトガル風ステーキ
さて、今回2泊3日の滞在となるわけですが、どのように過ごすのかが重要です。エトーシャ国立公園は未舗装とはいえ、それなりに道路が整備されているため自力での観光も可能ですが、動物を見つけるにはやはりプロのドライバーがいた方がいいだろうと考え、初日の夜のナイトツアー、2日目のお昼のゲームドライブに参加することにしました(本当は初日の夕方のゲームドライブを狙っていたんですがすでに満員でした 涙)。というわけでしばらく周囲を散策、その後早めに夕食にします(ツアーの出発時間があるため)。この日のメインはポルトガル風ステーキにしました。ワインも注文したのは言うまでもありませんが、この後があるためボトルではなくグラスにしました。
そしてナイトツアーの始まりです。主に夜動き回る動物を探すツアーです。夜間に動物を刺激しないため赤いライトを照らしながら進みます。この日はフクロウやゾウなどの姿を見ることができました(去年はあれだけたくさんいたゾウが貴重な印象で、これも季節性のためかと感じました)。
2025年6月16日 (月)
プリンプリン物語
今NHK地上波で毎週月曜日に再放送されている人形劇「プリンプリン物語」、昭和54年4月から3年間にわたって放送された当時人気の高かった作品です。しかし当時は放送用ビデオテープが高価で、放送が終わったら上書きしての再使用が普通だったためにNHKには当時の映像が遺っておらず、再放送が困難な作品でした(これは本作に限らず当時のNHK作品一般にいえます。一方で同時代の「ルパン三世」など民放アニメは地方局への貸し出しによる再放送など、当初から放送機会が多かったことから消されず遺っていました)。当時は家庭用ビデオデッキがあまり普及していなかったこともあり、長年人気はあったのに再放送不可能な作品の代表とされていました(3年間合計600回以上という長大さも影響していると思われます)。
しかし関係者からの寄贈等によって、現在ではほぼ全ての放送回が発掘されています。これをうけて2017年にBSで第1回から第50回まで(アルトコ市編~オサラムームー編(前半))の再放送が行われました。そして今年の4月から当時人気の高かったアクタ共和国編の再放送が始まっています。私は現在国外在住のため、NHK本編は視聴できませんが、NHKプラスやオンデマンドで視聴しているというわけです。
で、このプリンプリン物語の再放送を見始めた時、ひとつの疑問が沸きました。それは
「プリンプリンが何処かの国のプリンセス」という設定を劇中の誰も疑っていないという点です。
子供の頃は気になりませんでしたが、大人になって考えるとこれは妙です。というのは、プリンプリンがプリンセスだというのは、あくまでも彼女の自称であり、それを裏付ける証拠はないからです。劇中では15年前に海で発見された際に王冠が一緒に入っていたからということですが、これが証拠になるとは思えません。15年前にアルトコ市が「行方不明のプリンセスに心当たりのある国は至急連絡を!」と呼びかけたにもかかわらず、どこからも照会がなかったのですから。もちろん、友達であるボンボン、オサゲ、カセイジンがそれを信じているのはいいのですが、無関係な一般人には「ちょっと、この娘何を言ってるんだろう」と引いてしまう人がいてもおかしくないと思います。
しかし劇中ではそんなことはありません。プリンプリンが訪問する先々で一般人はもちろん、政府首脳も「プリンプリンはプリンセス」という認識で一致しています。これはどういうことなのでしょうか? と、そこで思いついたのがランカーの存在です。
ランカーは世界を股にかける武器商人で、世界お金持ちクラブの会長でもある世界的に有名な人物です。各国の首脳とも交流があります。プリンプリンは死の商人としての彼を嫌っていますが、慈善事業などもやっていることから世間的には良い人と認識されているようです。現代でいえばイーロン・マスク氏や孫正義氏、ビル・ゲイツ氏を合わせたような感じでしょうか。そんなランカーがことあるごとに「プリンプリンはプリンセス、丁重に扱え」というのですから、世界中の人がそれを信じるのは当然なわけです。すなわちプリンプリンがプリンセスであるということを皆が疑わないのは、ランカーがそれを保証しているから(「あのランカーさんがそう言うんだから、事実に違いない」)、と考えられるのです。
紙幣は物質的にはただの紙切れですが、国家が保証することで価値が生まれます。同様にランカーが保証することでプリンプリンはプリンセスの地位を保証されているともいえるわけです。彼女が一番嫌っているランカーによって、自身の身分保障がされていると考えるのも面白いなと思ったのでした。
2025年6月14日 (土)
2025年6月13日 (金)
教会の告別式
今日、ナミビアの中心にあるChristusKirche(英語だとChrist Church)にて最近亡くなった教会員の告別式が行われました。縁あってその場で教会の聖歌隊に助っ人(?)として参加する機会を得ました。
歌う曲はIrische Segenswunche(アイルランドの祝福)というドイツ語の曲と、ハイドンのAus dem Danklied zu Gott(神への感謝の歌)の2つの小作品です(そのほか会衆とともに歌う賛美歌が2曲)。さすがに初見だと厳しいので、事前に3回練習がありました。
そして当日、会場のChristuskircheへ。この教会は19世紀末のドイツ植民地時代に建てられたルター派プロテスタントの教会です。ステンドグラスは当時の皇帝ヴィルヘルム2世から贈られたものと伝わっています。ウィントフックのランドマーク的な建物で、各種ガイドブックには必ず登場するほど知られた教会ですが、案外中を見学できた人は少数といわれています(空いている時間帯が短いから)。実は私も中に入るのは初めてでした。
周辺に高い建物が少ないウィントフックではかなり大きく見える教会ですが、中に入ると意外にこじんまりしています。装飾も地味目でこの辺はプロテスタント教会なんだなと実感します。一方でルター派の教会らしく、聖歌隊席が後方2階に設けられているのはさすがです。ルターは礼拝において音楽を積極的に活用した人物として知られます。聖歌隊席を2階に置くことで、音楽が天上から聞こえてくるような演出効果を狙ったのでしょう。
開始45分前に会場入りし、軽めのリハーサルを経て告別式開始です。牧師さんの言葉はすべてドイツ語なので、内容はよくわかりませんでしたが、故人を偲んでいるんだなということは解ります。プログラムが進んで聖歌隊が歌う番に、練習の成果がそれなりに出せたのではないかと思います。昨年の今頃、ちょうどバッハ音楽祭でドイツに行って、日本の合唱団の仲間が教会で歌うのを聴いて感激したのですが、規模は違えどルター派の教会の聖歌隊に交じって、こうした行事で合唱するという経験ができたことは本当にうれしいです。
終了後周囲の方々から、聖歌隊の通常練習にも来てとお誘いを受けました。日本にいたときは日本語の賛美歌を歌う合唱団にいたのですが、今度はドイツ語の賛美歌かと感慨深く思ったのでした。
2025年6月11日 (水)
2025年6月10日 (火)
寒い朝
当地は今朝、この冬一番の寒さを迎えました。
夜明け前の最低気温が氷点下1℃です。一応部屋にはエアコンの暖房が付いているのですが、こちらのアパートは窓が大きいうえに、天井が高く、お世辞にも防寒に優れているとはいえない造りです。エアコンだけだと寒いのでいろいろ着込んで過ごしています。
ナミビアの緯度は南緯23度ほどと、南回帰線よりも北にあり、本来なら亜熱帯地域になるはずです。例えば日本近郊でいえば、北緯23度といえば台湾やベトナム、ミャンマー、バングラディシュが該当します。どこも暑い国ばかりですが、そんな国々と比較してナミビアが寒いのは、寒流のためです。ナミビアは大西洋に面していますが、この大西洋にはベンゲラ海流という南極方面からやってくる強力な寒流が流れていて、これによって国土が冷やされているのです。そしてウィントフックが標高1400メートルの高地にあるというのも、ここが冷える要因と思われます。
週の後半からはやや温かくなるようですが、これから8月上旬までまだまだ寒い日がありそうです。
2025年6月 7日 (土)
週末の外食
6月最初の週末になりました。もちろん外食に繰り出します。この日は久しぶりのイタリアンになりました。行ったのはここも何度か利用しているFrancescoというお店です(マダムが独特のいい味をだしている)。市内やや北部のレストランが多数集まった場所にあります(なので最悪臨時休業していた場合でもどこか違う店を利用できる)。
(左写真1)トマトとモッツァレラチーズ、(右同2)ビーフカルパッチョ
この日は前菜にトマトとモッツァレラチーズ、ビーフカルパッチョ、メインは海鮮パスタとビーフステーキという組み合わせにしました。お供のお酒は白ワインです。やっぱりイタリアンは素材メインの調理なので、日本人の舌には合いやすいなぁと思いました。白ワインのボトルがあっという間に空いてしまい、赤のグラスを追加したのはナイショです(笑)。
2025年6月 4日 (水)
飛鳥Ⅱ
ちょっと前の話題になります。
日本郵船が所有しているクルーズ船飛鳥Ⅱが今年の4月にナミビアのウォルビスベイ港に初入港したのですが、その際に縁あって船内見学をさせていただく機会を得ました。
飛鳥Ⅱといえば日本を代表する豪華客船です。様々なクルーズが行われていますが、この世界一周クルーズは最も安価な客室でも5~600万円はするというからたいしたものです。個人的には船そのものよりも、どんな人たちが乗船しているのかに興味があったのですが、残念ながら(?)ほとんどの乗客は観光のために上陸しており、船内はガランとしていました。
(左上写真2)甲板のプール、(右上同3)和室、(左下同4)講演会場、(右下同5)フロント
係員に案内されて各施設を見学、映画館やステージ、カジノ(のようなもの。イメージは景品交換所のないパチンコ店? 飛鳥Ⅱは日本船籍のため日本の法律が適応され、いわゆるカジノは営業できない)、ジムのほか、将棋や囲碁ができる和室や大浴場まであるのが日本の船という感じでした(大浴場は利用者がいたため見学できず 笑)。
最後は船内食堂で昼食をいただきます。日替わりの定食形式になっているのか、この日は氷見うどんをメインとした食事でした(みんな上陸しているせいか、人は少なかった)。
ともあれ、貴重な経験をさせていただきました。ちなみに今年新型船飛鳥Ⅲが就航するため、飛鳥Ⅱによる世界一周はこれが最後になるのだそうです(飛鳥Ⅱも退役はせず、近郊クルーズ専門になる模様)。
2025年6月 1日 (日)
6月になりました
きょうから6月です。
6月といえば、ドラえもんの中で(何巻かは忘れた)のび太君が真剣にカレンダーを眺めながら、「ついに今年も来たか」とつぶやくシーンがありました。のび太君によると6月は1年で最悪の月なんだそうです。なぜなら祝日が1日もなく、夏休みや冬休み、春休みとも関係がないため、日曜日以外毎日登校しなければならないからです(当時は週休2日ではなく、土曜日も半ドンといって午前中は登校していた)。あとは6月は梅雨時で天気が悪くて気分が萎えるというのもあるかもしれません。
もっとも日本では7月になれば夏休みシーズンとなって一気にウキウキしてくるわけですが、こちらナミビアは6月になると年末のクリスマスシーズンまでほとんど祝日のないそれこそ暗黒の季節になります(笑)。
ここで挙げた写真を見ると解るように、当地では4月から5月にかけてたくさんの祝日があります。復活祭や昇天祭など曜日は決まっていても年によって時期のずれる祝日のありますが、運がいいと今年のように1月に2回ゴールデンウィークみたいなのが来ることになります。一方で6月以降になると祝日は8月26日のHero's Dayを除くと祝日はなく、12月10日の女性の日まで半年以上祝日なしの日々になるのです。というわけで、ちょっぴりのび太君気分になっているビザンチン皇帝です。




















最近のコメント