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2025年5月31日 (土)

週末の外食

 5月は国際旅行医学会への参加もあり、普段の週末の外食は控えめだったのですが、こうしたイベントが一段落したのを受けて再開します。というわけで5月最後のこの日は度々繰り出している海鮮料理店Cape Town Fish Marketに行ってきました。

Img_6261(写真1)我が家の好物スパークリングワイン

 ここに来ると必ず注文するのが生牡蠣とスパークリングワインのセット、スパークリングワインのボトルと生牡蠣1ダースのセットです。2人の前菜としては申し分ない感じですが、この日はさらに巻き寿司も注文、サーモンと蒸しエビしかないのが寂しいところですが、やむを得ないところです(個人的には納豆巻きや梅しそ巻きもほしい)。

Img_6263 Img_6262(左写真2)1ダースの牡蠣、(右同3)お寿司

 そしてこの日のメインですが、私はフィッシュカレー、うちのKはフィッシュ&チップスを選択しました。ここのカレーとろみの感じが日本のカレーに近い印象で気に入っています。味はmildとhotがありますが、この日はHotを選択しました(まあまあ辛いです)。

Img_6265Img_4039_20250610212102(左写真4)フィッシュカレー、(右同5)フィッシュ&チップス

 一方のフィッシュ&チップスですが、魚はフライなのが一般的かと思いますが、ここではフライのほかにグリルも選択できるので、この日はグリルをいただきました。久しぶりの魚オンリーの夕食でした(エプパとかアメリカとか肉ばっかりだったもんなぁ 笑)。

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2025年5月29日 (木)

コンスタンティノープルの陥落

 今日5月29日は当ブログにとっては非常に重要な日です。私はハンドルネームでビザンチン皇帝コンスタンティヌス21世を名乗っていることからわかるように、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)を愛好しています。そんな帝国の都がコンスタンティノープルで君府とも呼ばれます。11世紀の最盛期には人口50万を擁し、中世に入って都市が衰退していた当時のヨーロッパでは群を抜いて巨大な都市だったのです。

 コンスタンティノープルはその成立の日と滅亡の日がはっきりわかっている都市でもあります。すなわちローマ皇帝コンスタンテゥヌス1世(大帝)によって開都式が行われ正式に遷都したのが330年5月11日です。そして、その約1100年後にメフメト2世率いるオスマントルコ軍の攻撃を受けて陥落し帝国が滅亡に至ったのが1453年5月29日なのです。

 ビザンチン帝国というのは,別名を東ローマ帝国、中世ローマ帝国といわれるように、古代ローマ帝国の後継国家です。ビザンチンという名前はコンスタンティノープル(現イスタンブール)の古名であるビザンティウム(ビザンチオン)から来ており、国家が存在した時期はちょうど西洋史における中世と呼ばれる時代区分に一致します。

 中世という用語は、西洋史の歴史用語で古代と近代の間の時代という意味です。私が中学生頃の西洋史観では中世というのは迷信と疫病のはびこる暗黒時代とされていました。すなわち古代ギリシャ・ローマの文明が衰退ししてから、ルネッサンスによって文明が復興するまでのつなぎの時代とみなされていたわけです。もちろんこれは西欧の立場から見た歴史観であって、同じ時代イスラム圏は文明の中心として栄えていたわけですし、キリスト教世界においても西ヨーロッパは混乱していましたが、ビザンチン帝国を中心とする今の東欧圏は逆に繁栄していた時代です。これらの世界においては暗黒時代どころか黄金期だったわけです.

 現在においては西欧においても中世は何もない時代ではなく,様々な社会や文化の発展がみられた時代であるという認識に変わっています。そんな発展途上の西欧社会の人々にとって、キリスト教世界の中心地だったコンスタンティノープルが異教徒の手に落ちたことは衝撃的な事件でした。この歴史的大事件当時に作曲家として活躍していたギョーム・デュファイはコンスタンティノープル聖母マリア教会の嘆きという曲を作っています。

 そんな感慨にふけった2025年5月29日でした。

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2025年5月23日 (金)

ニューオリンズ

 というわけで今回国際旅行医学会の会場となったニューオリンズの紹介です。目的が学会ではありますが、せっかく来たのですから街も見て歩きたいと思うのは人情です。

Img_6093_20250603212201 Img_6101(左写真1)ミシシッピ川のクルーズ船、(右同2)フランス風の建物

 ニューオリンズはアメリカ南部ルイジアナ州最大の都市です。地名の由来が新しいオルレアン(ルイ15世の摂政)であり、ここはフランスによって建設された街です。ナポレオン時代の19世紀初めにアメリカ合衆国に売却され、以後はアメリカの一都市として現在に至っています。その中心部がフレンチクォーター地区と呼ばれ、フランス風の建物が建ち並び、多くの観光客で賑わっています。ジャズの町としても知られ、有名なトランペット奏者であるルイ・アームストロングもこの町の出身です。ミシシッピー川の河岸桟橋にはトムソーヤーの冒険などでおなじみの外輪船が停泊しています。これは日中と夕方の1日2回クルーズ船として川を航行し、船内ではジャズ演奏もされる有名な船です。最終前夜に乗ってみたいなとチケット売り場に行きましたが、残念ながら完売でした(ガイドブックには当日での大丈夫みたいなことが書いてありましたが、乗るなら早めのチケット入手が望ましいようです)。

Img_5359_20250603212601 Img_5357(左写真3)ジャクソン・スクエアの大聖堂、(右同4)ジャクソン第7代大統領の像

Img_5332(写真5)大聖堂の内部

 そんな船着き場の近くにあるのがジャクソン・スクエアと呼ばれる広場です。ここの中心にはアメリカ第7代大統領アンドリュー・ジャクソンの銅像が建っており(1815年の米英戦争のニューオリンズの戦いで勝利に導いた将軍として)、その西側にはセントルイス大聖堂や司祭館といった街のランドマークが建っています。このジャクソン・スクエア周辺には馬車がたくさん停まっておりフレンチクォーターを散策できます(日本で言えば浅草の人力車みたいなイメージ)。フレンチクォーター地区は一般的なアメリカの都市と同様に碁盤の目に整備されていますが、道幅が狭く車道は基本的に一方通行です。さらにメインストリートであるバーボン通り、ロイヤル通りは夜は自動車通行止め(いわゆるホコ天)になります。

Pxl_20250515_013741589mp Pxl_20250515_014437154mp(左写真6)夜のバーボン通り、(右同7)カナル通り

 そんなニューオリンズの町でしばしば目にするのが、妖怪というか、おどろおどろしい造形の人形です。実はこれはカリブ海地方で盛んになったブードゥー教という土着宗教のものです。元々のブードゥーは西アフリカからカリブ海地方に奴隷として連れてこられた黒人の間で、彼らの土着宗教にキリスト教など他宗教の要素を取り込まれて発展した信仰でした。カリブ海のハイチなどではは呪術的な色彩が強いものでしたが、アメリカに流入するとエンタメ化し、特にこのニューオリンズはエンタメ化したブードゥーが盛んになっています。市内にはブードゥー博物館もあるほか、それにちなんだお土産も多数売られています。

Img_5886 Img_5315(写真8,9)ブードゥー関連のアイテム

 そんなニューオリンズが一番盛り上がるのが夜です。前述のようにメインストリートであるバーボン通り、ロイヤル通りはホコ天化し、道にはストリートミュージシャンが登場するほか、ジャズ演奏が催される店が建ち並んでいます。一般にアメリカは飲酒に対する制限が厳しいのですが、ニューオリンズはビールを飲みながらの町歩きが許されている全米でも希有な土地です。警察官も巡回していて、この地域だけは夜でも安心して歩けるのでした。

Img_6110_20250603214201 Pxl_20250513_222225135mp(左写真10)観光場所のお馬さん、(右同11)懇親会の会場

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2025年5月22日 (木)

第19回国際旅行医学会②

Img_5276(写真1)学会の受付

 前の晩は早く寝たんですが、時差ぼけもあるため夜中に目が覚めてしまいました。ただ頑張って寝直して結局起きたのは朝6時です。身支度をして会場である向かいのヒルトンホテルに入ります。受付で登録時のメールのコピーを出すと係員がネームプレートを印刷してくれました。このプレートを首にかけると、会場内どこでも自由に歩き回れます。会場を見渡すと国際色豊かなのですが、旅行医学という特性上、自国民を海外旅行に送り出している国の人が多い印象です。地元アメリカやカナダ、オーストラリア、英国といった英語圏、フランス、ドイツ、そしてアジアでは日本のほかタイの方が多い印象を受けました。

Img_6018_20250602200601 Img_6125_20250602203301(写真2,3)会場の様子

 会場は巨大なメイン会場と4つの中会議室で開催されます。こうした学会では良くあることですが、同時進行で複数のシンポジウムやワークショップが開催されます。興味があるテーマが同時間帯に重なると悩むんですが、なるべく日本では聴けないようなシンポジウムを中心に選択しました。狂犬病や黄熱といった感染症はもちろんとても重要なのですが、こうした話題は日本の学会でも取り上げられます。今回国際学会だなぁと感じたのは以下のテーマでした。

① Wander Woman(彷徨う女性): 女性旅行者特有の問題について、尿路感染症や性感染症、妊娠など。

② Human Trafficking(人身売買): 特に途上国における子供や女性の誘拐、人身売買の話題。

③ Dark Tourism(ダークツーリズム): 歴史的に負の事件が起こった場所等を巡る観光について。

④ Street Food(ストリートフード): 観光地における屋台などでの飲食のリスクについて。

 もちろんこれらのシンポジウムには優先的に参加したことはいうまでもありません。そのほか会場であるニューオリンズの過去の感染症との戦いや旅行者下痢症、住血吸虫などの寄生虫症の話題も印象深かったです。

Img_5574 Img_5628(左写真4)おやつセミナーのカウンター、(右同5)とある朝のモーニング

 そして学会と言えば、ランチョンセミナーも欠かせません。協賛企業が軽食を提供して行われるセミナーです。日本だと幕の内弁当とお茶が定番ですが、こちらではサンドイッチ(のようなもの)とコーヒー、紅茶でした(どの日もメニューに大差がないので全日は食べませんでした 笑)。

 そのほかポスターセッションは時々意外なものが見つかるので個人的には注目しているところです。ただ数が多いのと、英文であることから写真を撮ってこれから解析するところです。

Img_6092 Img_5279(左写真6)ポスターセッション、(右同7)協賛企業のフロアー

 そして最終日、最後のセッションは旅行をテーマにした物語について、今回は2つの作品を取り上げ、著者によるプレゼンが行われました。会場では著書の販売もあり、流れで自分も購入しました。その後の閉会式では、次回2年後の2027年に会場となるタイの紹介が行われました。うーん、また参加できるといいなと思ったのでした。

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2025年5月21日 (水)

第19回国際旅行医学会①

 専門は神経内科ですが、旅行医学にも関心が深い私です。旅行医学とは主として海外旅行者を対象とした健康問題の予防や治療を扱う医学で、病院や大学などで分類されるいわゆる臓器別医学とは異なる横断的な医学になります。元来旅行好きな私にとっては、まさに自分のためにあるような分野です。こうした学問を扱う学会として日本には日本旅行医学会日本渡航医学会があり、私は両方とも参加しています。ちなみにこの両学会の違いですが、後者は医師や薬剤師、看護師といった医療職中心に、感染症やワクチンなどの話題を主として扱う傾向が高いのに対して、前者は医療職のみならず旅行会社の添乗員やジャーナリストなど医療関係者以外にも門戸を開いており、扱う話題も「渋滞学」や「化粧水」などより幅広い感じです。

Img_5252(写真1)夕陽のウィントフック空港

 そんな旅行医学の国際版といえるのが、国際旅行医学会(the International Society of Travel Medicine: ISTM)で2年に1回学術大会が開催されます。いつか参加できたらいいなと漠然と思っていたんですが、今回ひょんなことから参加する機会を得ました。会場はアメリカ南部、ミシシッピー川下流にあるニューオリンズです。日本から行っても十分遠い場所(直行便がなく、最低1回の乗り継ぎが必要)ですが、アフリカ南部地域からだとさらに遠く感じるところです。経路はいくつかありますが、今回は一旦ドイツのフランクフルトに出て、そこからアメリカのヒューストンに入り、そこで乗り換えてニューオリンズに至る経路になりました。約28時間の行程です。ウィントフックーフランクフルトは日本に戻る際にもよく使う路線なので勝手はわかります。フランクフルトでの乗り継ぎ時間は4時間です。立ち寄ったラウンジにはヨーロッパ版(?)の日清カップヌードルがあり美味しくいただきました(味噌ベジタブルという名前、おそらくベジタリアン向けでしょう)。ここからは人生初の大西洋を横断するルートです。座席のモニターにモントリオール、ボストン、ニューヨークといった地名が登場するとテンションが上がりました。約11時間のフライトでヒューストンに到着です。

Img_5258 Img_5264(左写真2)ヨーロッパのカップヌードル、(右同3)北米北東部

 チケットを見るとここでの乗り継ぎ時間は1時間半、アメリカの入国空港としてはかなりタイトな時間です。アメリカに入る場合は最初の空港で入国審査を受け、荷物を引き取って税関を抜ける必要があるからです(出発地の空港で最終目的地までのタグが付いていても一旦引き出さなければならない)。で、最大の律速段階が入国審査です。コロナ前にトランジットでアメリカを経由していた頃は、導線が”アメリカ市民”、”ESTA”、”その他外国人”の3種で、ESTA対応国民は専用の機械で指紋認証、顔写真撮影を行いそこでクリアできれば極めてシンプルな窓口を通過できたんですが、今回のヒューストンにはそのような機械はなく、結局”外国人”の列に向かいます。一般に厳しいとされるアメリカの入国審査ですが、善良な日本人はそれほど時間はかかりません。一方で南米系や一部中東系に対しては厳しく時間がかかります。したがって自分の前にそうした人たちがいると、ものすごい待ち時間がかかってしまうので、その辺の見極めが重要です(なんならESTA国民10人の方が非ESTA国民2人よりも早いなんてことも)。とはいえ係員に強制的に「そこの列に行け」と言われてしまうこともあって難しいところです。幸い私の列には難しい人物はおらず、サクサクと手続きは完了、目の前のエスカレーターを降りてターンテーブルに向かいます。

 入国審査に時間がかかったときなどは、すでに自分の荷物が出ていて脇に寄せられていた… なんてこともありますが、今回はスムーズに抜けられたせいか、まだ出てきていませんでした。約10分ほどで荷物が出てきました。取り出して税関へ、幸い何も言われず通過できました(運が悪いと中を開けてチェックされる)。税関の先は到着ロビー方面と乗り換え口方面の二股に分かれています。ここは乗り継ぎ方面に進んで、荷物の再預けを行います(ここで間違って到着ロビーに行ってしまうと振り出しに戻る悲劇となる…)。その後はセキュリティチェックを経て出発ロビーに出ました。到着からここまで40分程度、今回はかなりうまくいったと思います。

 乗り継ぎ便は10分ほど遅れて出発、ヒューストンとニューオリンズの距離は550キロほどなので飛行機だと1時間半くらい、それこそ飲み物が出たなぁと思う頃には到着でした。ここはもう国内線扱いなので面倒な手続きもなく到着ロビーに出ます。ニューオリンズのルイ・アームストロング空港はこじんまりとした空港です(日本で言えば仙台空港クラスか?)。ここからはタクシーで市内のホテルに向かいます(ニューオリンズ空港-ダウンタウンは35ドルの定額制)。今回の学会場はミシシッピー川岸のヒルトンホテル、宿泊もそこにできたら楽だったんですが、さすがにお高いため、その向かいのホテルに宿泊しました。

Img_5273 Img_5272(左写真4)ニューオリンズ、(右同5)今回宿泊のホテル

 着いたのは夕方、移動の疲れと時差ぼけもあってけだるい気分です。この日は外には出ずホテル内のレストランで夕食にしました。

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2025年5月20日 (火)

南半球のインフルエンザワクチン

 職場でインフルエンザワクチン接種が始まりました。

 「ん?なぜ今頃」、という声が聞こえてきそうです。

 日本ではインフルワクチンの接種は大体10月から11月にかけて行われるのが一般的です。これは流行が12月から年明けにかけて起こるため、その1~2ヶ月前に接種するようになっているからです(ワクチンは接種してから効果が出るまで3~4週間かかる)。一方当地は南半球にあり日本とは季節が逆になるため、これから流行シーズンを迎えるのです。

Img_6164  そんな当地で使用されるワクチンがこちら、Abbott社という米国の世界的な製薬会社によるINFLUVAC TETRAという製品です。インフルエンザの流行株は毎年変化するため、ワクチンはその季節に流行しそうな株を予測して作られています。このため流行時期が半年ずれる北半球と南半球では予想株が微妙に異なるため、世界規模の会社のワクチンの場合北半球と南半球では異なるバージョンが用意されるのです。写真のワクチンは2025年南半球バージョンということになります(ちなみに現在日本で主流のインフルワクチンはA型2種、B型2種の計4種を含む4価ワクチンですが、こちらはA型2種、B型が1種の計3種の3価ワクチンなのでTETRAと付いています)。

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2025年5月19日 (月)

コーヒーメーカーが壊れました

Img_6165  現在職場には、自分で購入した私用のコーヒーメーカーがあります。会社等によってはオフィスにコーヒーサーバーを設置してあるなんていうところもあると聞きますが、残念ながら私の職場にはそんな洒落たものはありません。なのでこちらに赴任した直後に自分で購入しました。自分が飲むためと言うほかに、来客に出したりと日々活用していました(水やコーヒー豆も自分で購入)。

 が、しかし…

 今日出勤して煎れようとしたら、ランプは着くものの、水がお湯になりません。どうやら内部が壊れた模様です。

 先日の車といい、何かが壊れるフェーズに入っているようです。

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2025年5月17日 (土)

エプパ旅行記⑤

 どうにかたどり着いたロッジ、予約した際はカマンジャブに近い平凡なロッジを想定していたのですが、思いがけない奥地の雰囲気抜群の場所でした。携帯電話はもちろん圏外、WiFiもメイン棟のロビーとレストランのみ、電気は自家発電なので冷蔵庫やエアコンはなくわずかな照明のみという感じでした。意外にワイルドなので何かアクティビティがあるか聞いてみたら、ゲームドライブがあるとのこと。さっそく申し込んだのは言うまでもありません。

Img_5228 Img_5231(左写真1)プールもあります、(右同2)部屋はこんな感じ

 指示された時間にロビーに行くとさっそくゲームドライブ開始です。この日は我々のほかにドイツ語を話す4人組が参加していました。出発するとさっそく木の陰で休んでいるチーターを発見、いきなり肉食獣が見られるとは幸先がいいです。付近にはオリックスやインパラの姿もあり、もしかして狩りをしないかと期待しました(しませんでしたが 笑)。その後もシマウマ、オリックスの群れやハイラックス、ジャッカルの姿もありました。そしてここでもやっぱり夕陽がきれいです。ナミビアは空気が澄んでいるようで、意外に砂塵が舞っており、その加減でより魅力的になるのかなと思いました。

Img_5201 Img_5207 Img_5219 Img_5241(左上写真3)木陰にチーター、(右上同4)オリックスの群れ、(左下同5)ジャッカル、(右下同6)鳥もいます

 ドライブ後ロッジに戻り夕食です。さすがにこれだけ辺境になるとメニューは固定の選択無しです。この日は前菜がスープ、メインはステーキ、デザートはプディングという組み合わせでした。食事後は部屋に戻って就寝、通信手段が何もないため、さっさと休むことにしました。

Img_5224 Img_5225(左写真7)メインのステーキ、(右同8)プディング

 そして5月5日旅行最終日です。後は家に帰るだけですが、エンジンをかけたらさらに異変が… なんかギアが切り替わる際にクラッチが変な音がするように(この車はAMTといい、AT車と同じ感覚で運転できるがクラッチが存在する)。目指すウィントフックまで、まだ550キロもあります。果たしてたどり着けるのかと不安になりますが、これは天下のTOYOTA車、そう簡単には壊れないだろうとメーカーを信じてひた走ります。なるべくエンジンを切る回数が少ない方がいいだろうと給油時とトイレ時以外は停車も最低限とし、結局午後3時頃に無事に自宅にたどり着きました。

 車はその後ディーラーに修理に出したのは言うまでもありません。こうして後半波乱があったエプパ旅行はどうにか終了したのでした。

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2025年5月15日 (木)

エプパ旅行記④

 朝になり5月4日です。今日はいよいよ帰路につく日です。とはいえウィントフックは遙か1000キロ先、1日で帰るのは厳しいのでこの日は途中カマンジャブという町の郊外にあるロッジまでという日程です。朝食を摂って少し休んだ後、チェックアウトして来た道を引き返します。来るときはこの先どうなっているのか不安だった訳ですが、帰りはなんとなく雰囲気が解っているので安心感があります。途中の渡河点も無事に通過し順調に進みます。

 が… オプヴォまでの中間よりもやや手前、Okongwatiという集落の手前付近で道を塞ぐ子供2人を発見しました。「危ないなぁ」と速度を落として彼らを避けようとしたら、なんと!車の方に向かってくるではないですか。止まって進路を変えようとしたら、向こうもまた立ち塞がるように進路を変えます。これは明らかにわざとやっています。どうやら勝手に関所を作って通行税をせしめようとしているようです。こういう手合いに成功体験を与えると後続の観光客にも累が及ぶので、なんとか無視して先に行きたかったのですが、一度止まってしまったため、武器でも振り回して追い払う以外に手段がありません(車を動かせばぶつかりそうな距離にいる)。泣く泣くセント玉数枚(日本円にして5~6円相当)を窓からだして追い払うのに成功しました(おそらくはクラクション鳴らして通過が正解でしょう)。

Img_5190 Img_5194(左写真1)オプヴォへの道、(右同2)勝手に関所を作ってる現地の子供

 その後は順調に進み、いよいよオプヴォ近くの往路に苦慮した水たまりに到着です。最悪の場合は2日前のおじさんに連絡して助けてもらうこともできたのですが、あれから2日経っており、見たところ水位も下がっている様子です。これはいけるだろうと判断し、2日前におじさんが通過した場所を自力で進んでいきます。順調と思ったのですが、ふと車体が沈む感覚があり一瞬アクセルから足が離れます。エンジンの回転数が下がり、「これはまずい」と思いアクセルをふかし、そのまま前進なんとか水たまりを通過しました(危なかった 汗)。

Img_5196 Img_5226(左写真3)シマウマ発見、(右同4)山奥のロッジ

 その後オプヴォの町に行って給油をするのですが、なんかエンジンがゴボゴボ言っています。アクセルを踏んだときに鳴るので、マフラーかあるいはさっきの水たまりで水を吸い込んだかです。とはいえ自宅に帰るまでが旅行なので、なんとか頑張るしかありません。給油後は3日前に宿泊したロッジで昼食を摂り、その後はひたすら南下します。Googleマップに従ってロッジに向かうのですが、メイン道路を離れてかなりひどい砂利道を進むことになります。先ほどのエピソードでダメージを受けた車が心配ですが、ここは進むしかありません。が、進めど進めどロッジにたどり着きません(泣)。周囲はシマウマの姿を目撃するような環境で、観光には抜群ですが、心配です。ここでも途中何度か車の底をぶつけながらようやくロッジにたどり着きました(出迎えた係員が、「こんな小さい車でよく来たな」と感心(呆れて)していました。

 その5に続く…

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2025年5月13日 (火)

エプパ旅行記③

 明けて5月3日、この日は1日エプパに滞在する日です。朝起きてみましたが幸い蚊に刺された様子はありません。レストランに行き朝食(一般的な卵料理付きブッフェ)を摂った後は、昨日と同じガイドさんとともに徒歩でクネネ川に生息するワニを観察することにしました。

Img_5157 Img_5124_20250523223001(左写真1)エプパの集落、(右同2)集落のパブ

 ロッジを出てまずはエプパの集落の中を進みます。粗末な家屋が並ぶ集落ですが、パブや商店といった施設もあり、人々がそうしたものを楽しんでいることが解ります。ちなみにこのあたりの住民には有名なヒンバ族がいます。この日は滝とは逆方向、川の上流に向かって歩いて行くのですが、ナミビア中南部とは違い、鬱蒼とした森が広がり異国情緒が漂います。ところによってはかつて訪問したギアナ高地のカナイマ湖を彷彿させる景色も見られたほか、白いベルベットモンキーも見られました。ただ、かんじんのワニが見つかりません(汗)。ガイド曰く、川の増水がすごいのでどこかに行ってしまったのだろうとのことでした。自然現象なので仕方ないですが、ちょっと残念です。

Img_5125 Img_5148 Img_5145_20250523223101 Img_5163_20250523223101(左上写真3)朝のクネネ川、(右上同4)カナイマ湖を思い出します、(左下同5)ベルベットモンキー、(右下同6) カラフルなトカゲ

 ロッジに戻った後はゆっくりと寛ぐ時間、ここのロッジにもプールがあるので、そこに浸ったり、プールサイドで本を読んだりとリゾート気分を満喫しました。

Img_5178 Img_5170(左写真7)プール、(右同8)夜空

 そうこうしているうちに夕食の時間、この日は前菜がバターナッツのスープとアスパラ、メインがビーフテー木とチキンでした。食事後真っ暗な敷地内を散策、空を見上げると満天の星空です。南半球なので定番の南十字座や天の川、さらにはオリオン座もでていました。

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2025年5月12日 (月)

エプパ旅行記②

 一夜明けて5月2日、いよいよエプパに向かう日です。朝食を摂り、チェックアウトを済ませてまずはガソリンを満タンにします。実はオプヴォから先、国境まで給油所がないからです。オプヴォーエプパ間は往復360キロあります。私の車は小型で燃費がよいので満タンにしておけば問題ありませんが、燃費の悪い車の場合予備タンクが必要になるようです。

Img_5027 Img_5026_20250523214001(左写真1)オプヴォの街、(右同2)還元ウォーター?

 給油後北に向かって走り出します。少し行くと道路はは砂利道にかわります。そして約10キロほど行くと…

 眼に前には巨大な水たまりが(T_T)

Img_5032(写真3)水たまり

 自分の車で果たして渡れるのかと不安になります。そこでしばしほかの車を観察することに。他の車は平気で水たまりを渡っていく車や、泥部分をかき分けて進む車など様々です(水たまりを進む車が多い)。ただほかの車は例外なく、ランドクルーザーなどの車高の高い四駆です。あまり参考になりません。「いやぁー、困ったな」と途方に暮れていたら、対向車のランクルのおじさん(服装からガイドっぽい)が「向こうに渡りたいのか?」と声をかけてきます。「渡りたいんだけど、この車は小さいし四駆でもないから無理かな」というと、「自分が運転してやろう」と乗り込んできました。大丈夫かな、とちょっと心配しましたが、このおじさん巧みに進路をとって無事に渡ることに成功、さすがプロ!と感心することしきりの私でした(もちろんチップをはずんだ)。おじさんはもしも帰りに困ったら連絡してくれと電話番号まで教えてくれました。これで帰りはここまでたどり着けば大丈夫ということです。

Img_5031 Img_0256_20250523214001(左写真4)基本的には良い道です、(右同5)バオバブの木

 無事に難所をクリアした後は順調に進んでいきます。ナミビアの国道は企画の良さの順にA~Dにランク分けされていますがこの道路はC道路、砂利道とはいえそれなりに道幅はあって、多くの部分は(砂利道の割には)快適に走行ができます。ただ、所々川を渡る箇所があり、水が流れている時期なら通行が難しいのではと思われました。

 そんな道を進んでいくと、やがて前方に1本のバオバブの木が見えてきます。バオバブが生えるほど植生が変化していることに感動したのでした。そうこうしているうちについにエプパの集落に到着、オプヴォを出発してほぼ4時間でした。そのままこの日から2泊するロッジに入り、チェックインの手続きをします。外はじめっとした熱気です。ナミビアは一般に湿度が低い地域ばかりなのですが、ここエプパはアンゴラとの国境沿いなのでそれなりに湿度があります(東京都は比較になりませんが 笑)。蚊もそれなりにいるということで、客室内には蚊帳のほか、防虫剤や殺虫剤も完備していました。

Img_5182 Img_5043(左写真6)ロッジの様子、(右同7)国境を流れるクネネ川

 部屋に荷物を置いた後は散策です。ロッジの脇にはクネネ川という大きな川が流れています。今年の雨季は雨が多かったこともあり、川の水量はかなり多いようでした。ナミビアではまず見ることのできない大きな川と、この川向こうはもうアンゴラなんだという感慨に浸ったのでした。

Img_5049(写真8)ビールが美味い

 しばし休んだあとはエプパの滝の観察に向かいます。ロッジからすぐということでしたが、せっかくなのでガイド付きにすることに。ガイドの案内で川沿いに歩いていくと… 見事な滝が目の前に広がります。これがエプパの滝、イメージとしてはビクトリアフォールズの小型版といった感じです。ちょうど背中に太陽が来る時間帯だったため、滝にきれいな虹が架かっています。どうやらこの時間帯がベストなタイミングのようでした。その後は滝の下流岸を散策、少し歩いた先の砂浜(ガイドはビーチと呼んでいた)で休止、川向こうのアンゴラは緑で青々としています。「思えば遠くにきたもんだ」という歌が頭の中に響きました。

Img_5061(写真9)ついにエプパの滝に来ました!

 ロッジに戻った後は夕食の時間、ここは前菜とメインが2種類、デザートは固定メニューです。この日は前菜はスープとピザ、メインがポークとゲームミートがあり、どちらもブッフェ形式なので好きなだけ取ることができます(まあそんなに食べられないのですが)。

Img_5066 Img_5069 Img_5105_20250523215501 Img_5113(左上写真10)虹がかかったエプパの滝、(右上同11)かなり大きな滝です、(左下同12)クネネ川下流、(右下同13)岸辺の砂浜

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2025年5月11日 (日)

エプパ旅行記①

 日本では4月末から5月初めにかけて連休があり、俗にゴールデンウィークと呼ばれます。4月29日「昭和の日」、5月3日「憲法記念日」、5月4日「みどりの日」をメインに前後の土日を含めての連休で、曜日の並びや各人のシフト等によって連休の様相は異なりますが、間に入る平日に休暇を入れるなどして1週間以上の連休にする人もいます(5月4日は以前は「国民の休日」という日曜日に重なっても振替休日が発生しない特殊な祝日でしたが、2007年から「みどりの日」になったことを受けて、5月4日が日曜日の場合は翌々日の6日が振替休日になりました)。

 実は当地ナミビアも5月はじめに祝日が複数あり、土日と組み合わせることで連休になります。こちらは5月1日「労働者の日(メーデー)」、5月4日「カッシンガの日」の日という2つの祝日が絡んでいます。今年は2日に休暇を取得することで5連休になるため、それを利用して北部アンゴラとの国境にあるエプパの滝を訪問しようという計画を立てたのです。エプパの滝は乾燥して水が極端に少ないナミビアでは極めてまれな本格的な滝のひとつです。ただ、ウィントフックからエプパまでは約1000km、日本だと東京ー下関くらいの距離があります。ナミビアの道路は空いていて、舗装道路であれば時速120キロ巡航も可能なんですが、さすがに遠いのと、北部の大きな町オプヴォからの最後180kmが砂利道なため、1日目はオプヴォまで行って宿泊、翌2日にエプパを目指す行程としました。

 1日は朝7時に自宅を出発、一路北を目指します。約250キロ先のオチワロンゴからは北西方面へ進み、オウチョ、カマンジャブを経由、この日の目的地オプヴォのカントリーロッジに到着したのは3時過ぎでした。フロントでチェックインの手続きをするのですが、なんか周囲の雰囲気に見覚えがあります。そう、実は2008年に観光でここを訪問した際に昼食で立ち寄ったのが、このロッジだったのです。当時の写真と見比べても、大まかな雰囲気は変わっていません。非常に懐かしい気分になったのでした。

Img_5008 Namibia42 Img_5006 Namibia41(左上)オプヴォ・カントリーロッジ、(右上)同2008年、(左下)レストランの外側、(右下)同2008年

 チェックイン後はプールサイドでしばしのくつろぎタイムです。プールはやや白濁していて、源泉掛け流しの露天風呂の趣がありました。その後の夕食は選択式、この日は前菜にガーリックスネイル、メインはステーキにしました(もちろんワインも 笑)。食後はレストラン脇のバーで飲み直し、明日に備えて英気を養ったのでした。

Img_5005 Img_4998 Img_5014 Img_5016 Img_5015 Img_5017左上)露天風呂のよう、(右上)プールサイド、(左中)ガーリックスネイル、(右中)ステーキ、(左下)ワイン、(右下)夕陽

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2025年5月10日 (土)

おひさしぶりです

 しばらく更新できていませんでしたが、元気にやっております。

 今年のナミビアの雨季は例年以上に雨が多く、市内の道路に陥没ができたり、北部のマラリア症例が例年以上だったりとなかなか大変な状況になっています。4月に入ってからも雨の日が多かったのですが、さすがに最近は連日の晴天となり、ようやく雨季が終わったと感じます。

 この間のことは、ぼちぼちアップしていこうと思います。

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