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2021年1月30日 (土)

ワクチンの接種法

 新型コロナウイルス感染対策としてワクチンの接種が海外で始まっています.発症した場合に使用される治療薬と異なりワクチンは発症そのものの抑制を目指す方法であるため,特に社会に広範な流行をもたらす感染症対策の切り札とされています.

 そんなワクチンの投与法ですが,一部に経口投与(ポリオ)や経皮投与(BCG)される例はありますが,その大部分はいわゆる注射による投与です.そして注射の仕方に関して従来日本と海外では大きく異なっていました.インフルエンザやB型肝炎,DPT(三種混合ワクチン)などは海外では筋注(筋肉内に注射)が一般的ですが,日本ではもっぱら皮下注(皮膚と筋肉の間の皮下組織内に注射)で行われるという点です.

 なぜに日本だけが皮下注なのかというと,実は過去に「大腿四頭筋短縮症」と呼ばれる筋注の合併症が多発したという背景があるからです.

 自分の幼少期(1960年代後半から1970年代前半)がまさにそうだったんですが,当時は注射をありがたがる風潮が(親たちに)あって,子供が熱を出すとすぐに近所のクリニックに連れていかれ,そこで解熱剤や抗生物質の筋注をされるケースがありました.特に解熱剤の筋注はその効果がすぐに現れるため,親たちに歓迎されていました.医師が内服で対応しようとしても,「先生,お願いだから注射してください」とせがむケースも多々あったようです.そうして頻回に多量の筋注を受けた結果,筋組織の破壊,壊死などにより運動機能に障害が出てしまった症例が多発したのです.特に太ももの大腿四頭筋の障害によるものが有名で,これが大腿四頭筋短縮症と呼ばれるものです(もっとも筋肉自体が短くなるわけではないので,現在では大腿四頭筋拘縮症が正式病名です).当時社会的に大きな注目を集める事件となったため,これ以降日本では国や医療機関,製薬会社を含め筋注を避ける風潮となりました.

 もっとも問題となった大腿四頭筋拘縮症の原因薬剤はワクチンとは関係がありません(もっぱら解熱剤や抗菌剤あるいはその混合).注射剤が組織へ与えるダメージに関しては薬剤の量や浸透圧など複数の要因があり,事件後は製薬会社もより組織侵害性の低い薬剤の開発に努力しています.また海外で筋注が一般的なのは,局所の腫れや痛みなどの副反応について,実は皮下注よりも筋注の方が軽いからというのもあります.このため過去のしがらみを脱却して,日本も筋注メインにするべきだという専門家もいます.もっとも日本で流通しているインフルエンザやA型肝炎,B型肝炎のワクチンはほとんどが国産で治験も皮下注で行われてきたため,それらの投与が皮下注で行われるのは理には適ってはいます.

 翻って今回の新型コロナのワクチンは海外と同様筋注で行う模様です.現段階では国産品はまだ商品化されておらず,今後接種が予定されているものはすべて海外製です.治験も当然筋注で行われており,その有効性も筋注で証明されているわけですから,エビデンスのない皮下注という選択はできないのだろうと思われます(実はこうした例として狂犬病ワクチンがあります.従来日本ではkMバイオロジクス社による国産ワクチンを使用していたのですが,2020年初めに供給が終了となり,グラクソ・スミスクライン社の海外製ワクチンに切り替わったのですが,投与法も併せて従来の皮下注から筋注に替わりました).

 ワクチンというと自分自身を守るものというイメージを持っている人もいるかと思います.そのため「若者は重症化しにくいらしいから,自分は打たなくてもいいかな」と考える若者もいるようです.実はワクチンの効能は個人が罹患しにくくなることだけではありません.社会の多くの人が接種し抗体を持つことにより,ウイルスが感染できる宿主を失ってその勢力を弱める効果が期待できます.種痘による天然痘の撲滅や麻疹ウイルスワクチンの普及による多くの先進国での患者数激減もこうした大勢の人が接種したことで得られた成果です(日本では残念ながら過去に麻疹ウイルス接種が不十分だったため,今でも散発的に流行が見られます).人々の中にはアレルギー等でワクチンを接種できない人が一定数います.そうした人たちを守るためにもなるべく多くの人が接種することが望まれます.

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