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2019年11月11日 (月)

中央アジア旅行記3 ~アラル海編~

 10月5日の朝を迎えた.いよいよこの日から本格的な観光が始まる.この日の予定はウズベキスタン西部,カラクルパクスタンの中心都市ヌクスに飛び,そこからアラル海のかつての港町ムイナクを観光である.起床時間は4時だったが,最初に目が覚めたのは3時過ぎ,まだ大丈夫だと2度寝した.その後4時にアラームがなったため起きる(その4分後にホテルのモーニングコールがなった).眠い目をこすりながら荷物をまとめて4時45分に部屋の外に大きな荷物を出す.窓から外を見たら路面が濡れている.どうやら夜中のうちに雨が降ったらしい(砂漠のイメージがある中央アジアも秋から冬にかけては雨が降る).

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(写真1)この日の朝食(紅茶が出がらしっぽい)

 荷物を出した後ロビーに降りる.当初この日は朝が早いため,弁当という噂だったが一応朝食が提供された.パンとバナナ,ヨーグルトというシンプルなものだったが,温かいのみものもあり,コーヒーのほかブラックティーとグリーンティーと書かれているのもあった.お代わりして両方のお茶を飲んで見たのだが,どちらも出がらしの紅茶っぽかった.昨夜の夕食の際も感じたのだが,こちらの紅茶は基本的に出がらしか?と思うほど薄い.疲れが残っていたせいかあんまり食欲はなかったが食べた.食後他の参加者と雑談する.みんないろんなとこに行っている人ばかりだと感心した.

 5時30分出発という触れ込みだったが,バスが10分遅れてやってきた.昨日とは違うバスだ.早朝の道をスイスイと走り15分ほどで空港に到着した.バスを降りてターミナルに向かうのだが,まずは入り口で荷物チェックがあった.続いて航空会社のチェックインカウンターに向かう途中で2回目のチェックを受ける(この辺は南米の国際線を彷彿させる).ただ搭乗手続きは国内線なので,添乗員さんとガイドさんがやってくれるので楽だ.彼らが戻ってきて搭乗券を配られた(この段階では家族等バラバラなので後で整理するらしい).その後搭乗前の通常のセキュリティチェックに進む.グループの一人の手荷物内にハサミのようなものが映ったらしく,中をチェックされていた。

 出発ロビーはゲートが4つしかなく日本の地方空港レベルの大きさだった(売店やカフェもなし).6時55分の搭乗開始ちょっと前に添乗員さんが作ったくじによって我々の最終座席が決まった.この空港にはボーディングブリッジはないらしく,昨日と同様にバスで飛行機まで運ばれるパターンである.外に出たら小雨が降っていた.タラップを上がって飛行機に乗り込む.この日の機体はエアバスA320,3ー3のシートである.座席に着いたらすぐにミネラルウォーターが配られた.

Pa050058(写真2)ひたすらな荒野です

 定刻よりも10分ほど遅れて飛行機は離陸,一路西に向かう.安定飛行になり飲み物のサービスがあったが国内線なので残念ながら(?)ソフトドリンクのみだった(Kはスプライト自分は水).窓から周囲を見渡すと荒涼とした砂漠地帯が広がっていた.よく見ると向こう側に湖っぽいものが点在しているのがわかる.飛行機はこうした何にもないところを飛んでいく.やがて8時25分頃から降下が始まった.徐々に街が見えてきて8時47分定刻より早くヌクスの空港に着陸した.

Pa050060 Pa050061(左写真3)飛行機を降ります,(右同4)ヌクス空港のターミナル

 例によって飛行機からはタラップで降りる.外に出た瞬間空気がひんやりしているのを感じた.意外に涼しい.そのまま歩いてターミナルに入りまずはトイレに行く(荷物が出てくるのに時間がかかるからというのと,中央アジアはトイレ事情が極めて悪いので,トイレがあるときに済ませるのが鉄則なため).その後ターンテーブルから荷物をピックアップするのだが,幸いロストバゲージになることもなく全員分出てきた.

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Pa050342_20191110235901 (左写真5)バスに向かう一同,(右同6)この日宿泊のホテル・ジョリイ

 全員分が揃ったところで外に出てバスに乗り込む.ここのも大型のバスだった.出発してヌクスのダウンタウンへ向かう.まずはこの日宿泊予定のホテルに行って昼食用弁当を積み込むとのこと.黒いビニール袋入りで見た目は風情がまったくない(笑 中身は後述,ちなみにバス内で食べるのは禁止とのこと).ところでヌクスのあるこの地域はカラカルパクスタン共和国といってウズベキスタンの中でも民族的に他地域とは異なる土地である.ガイドさんによると顔つきも他のウズベキスタン人とは異なると言っていた.

Pa050360 Pa050358(左写真7)ムイナクに向かう道,(右同8)青いモスクが

 それはともかく,続いてはこの日のメイン,ムイナクに向かう.町はあっという間になくなり,周囲は徐々に砂漠に変わっていく.ラクダのすがたもちらほら見られた.周囲には綿花畑もあり収穫している様子も見られる.ガイドさんがいろいろと現地の民俗事情を説明しているのだが,そろそろみんなおやすみモードだった(いろんな話が出てきて興味深かったのだが,一番印象に残ったのが結婚式の話で,この国では結婚式にはたくさんの人を招くこと,都市部ではホテルやレストランで,田舎では自宅の中庭で行われること.だいたい夕方7時ごろに始まり,10時から11時ごろまで続くこと,最後の方になると酔っぱらった男たちが喧嘩を始めるが,まあそんなものだということだった).途中うちのKがいつの間にかバス内に侵入していた蜂に刺されたのだが,「アナフィラキシーになったらどうしよう」などと言っていたが数分経って特に症状が出ていなかったので大丈夫だろうということになった.

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(写真9)アムダリヤ川(減ったと言ってもそれなりに大きいです)

 そうこうしているうちにバスは一旦停車,青空トイレの時間である.中央アジアはホテルとレストラン以外には公衆トイレがないので,2時間を超える移動の際にはこうした青空トイレ(男性ならいわゆる”立〇しょ〇”)となる.みんな用を足して出発,ここからあと1時間とのことだったが1時間では到着せず,結局1時間半かかって13時15分頃ムイナクの街に着いた.

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(写真10)アラル海のモニュメント

 ムイナクはアラル海の畔にあり,帝政ロシア・ソ連時代初期には水産業で大いに栄えていた港湾都市であった.しかし周辺での綿花栽培の促進や政策による河川の流路変更などにより,流入する河川であるアムダリヤ川・シルダリヤ川の流量が減少し,結果20世紀の後半以降アラル海の面積はどんどん縮小していった.かつては68000平方キロと湖として世界第4位の大きさを誇っていたものが,現在では小さな湖に分裂してしまい,全部合わせても14000平方キロと往時の5分の1ほどしかない.ムイナクの町もアラル海の湖畔が80キロも後退してしまったために港湾としての機能を完全に失っている.このアラル海の縮小は20世紀最大の環境破壊と言われており,この地にはそうした歴史を紹介する博物館やモニュメントがある.我々はまずアラル海消失のモニュメントと呼ばれるスポットに到着した.ここのカフェを借りてお弁当を食べる予定になっているからだ.

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(左写真11)世界各都市への距離が記されたモニュメント,(右同12)お昼のお弁当

 が…なんと閉店していた! 仕方ないので各自好きなところで食べろということになり,我々は近くの東屋みたいなところで食べた.弁当の内容はパンのほか,チキン,ゆで卵(黄身が妙に白い),りんご,トマト,きゅうり,ヨーグルトとジュース.困ったことに食器が各自スプーンかフォークのどちらかしか入っておらず,フォークだったじぶんはチキンを食べるには良かったものの,ヨーグルトはどうにもならず飲み込む羽目になった.

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(写真13)アラル海が縮小する様子を経時的に示しています

 食事後はモニュメントを見学,形状は傾いた三角錐でそれぞれの面に時代ごとのアラル海の海面が描かれている.付近にはこうしたスポット定番の世界の主要都市まで〇△kmの看板があり,ベルリン・モスクワ・ニューデリーなどに交じって東京もあったが,さらには南極点まであったのは驚いた.モニュメント周辺は荒涼たる砂漠が広がっている.よく見ると付近に船の残骸が並んでいた.ここが船の墓場と呼ばれるスポットで,かつてここが海だった証である.合わせて10艘ほどの船の残骸があった.各自思い思いに船に乗ったり写真を撮ったりして過ごす.墓場といえば,ボリビアのウユニ近郊に列車の墓場というのがあったが,それに続く乗り物の墓場である(そういえば飛行機の墓場ってあるんだろうか?バミューダ海域あるいはソロモン諸島か?).

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(左上写真14)船の墓場,(右上同15)丘の上に先ほどのモニュメントが,(左下同16)朽ち果てた船,(右下同17)記念写真

 30分ほど船の墓場を観光し,その後はムイナク博物館に行く.ここはまだ新しい博物館らしく建物も新しく,庭はまだ整備中だった.外観の大きさの割に内部はこじんまりとしていて,思うにまだ使っていない空間がたくさんあると思われた.中の展示はアラル海縮小の歴史や,港湾都市だった時代に使われていた漁具などの展示,さらには当地を題材にした絵画などもあった.特に絵画に描かれた風景は今の姿とはあまりに異なり,いかにこの地の環境変化が激烈だったかが伺えた.ちなみにこの博物館は新しいせいか,当地にしては珍しくトイレがあり出発前にみんな使っていた.ちなみに博物館の近くには最近できたという空港があった(他の参加者がこの空港にダイレクトに来ればもっと楽だったのにねと言っていた).

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(左上写真18)ムイナク博物館,(右上同19)ラクダのモニュメントが,(左下同20)社会主義っぽい像,(右下同21)アラル海に生息していた鳥

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(左写真22)港湾都市時代にここで作られた魚缶,(右同23)港湾時代の絵,今では面影がありません

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(写真24)牛横断注意

 その後はヌクスの町に戻ることに.来た道をひたすら引き返すという行程である.見渡すと参加者ほぼ全員寝てました(笑).17時10分頃牛の大群が道路を塞いでいて進路を阻まれるという事態に遭遇した(日本でも北海道に行くと「牛横断注意」の標識があるが,こうしてリアルにふさがれる体験はできそうにない).さらに途中綿を積んだトラクターも結構見かけた.当初は帰路に綿花畑で写真を撮ろうと言っていたのだが,その辺に着たころには日没になっていたため企画自体が没となった.そんなこんなで19時30分にようやくホテル(ジョリ・イン)に到着、昨日の高級ホテルとは違って地方の普通のホテルといった趣,ただWiFiは使えた(というか今回の旅行中一番通信状態が良かった気がする).

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(左写真25)ホテルのフロント,(右同26)シンプルな部屋

 チェックイン後部屋に入る.このホテルはフロアの数え方がヨーロッパ式で地上階、1階、2階となり我々の泊まった106号室はイメージ通り1階にあるのだが,添乗員さんが宿泊した116号室がなぜか2階にあるという不思議なことがあった(理由は不明).またトイレの鍵を内側からかけたら出られなくなる事案が発生したとのことで注意するよう言われた(この事案は2人部屋だったので事なきを得たが,一人利用だと誰にも気づかれないという可能性がある)。

 20時から夕食,この日はホテルのレストランだった.メニューは麺のサラダ,赤カブのサラダ,ヌードルスープ,そしてメインが肉じゃがみたいなのだった.デザートはスイカとメロン,これは中央アジアの基本形らしく,この後何度も出てくるパターンである.スイカもメロンも寒暖差のある方が甘く出来上がるのでこの地域にぴったりと言える(たしかに甘くて美味だった).

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(写真27~31)この日の夕食,デザートのスイカとメロンが美味

 食事後は明日のトルクメニスタン入国書類作成の説明会をやった(これがけっこう面倒).終了後部屋に戻り,日本から持ち込んだワインを飲んで寝たのだった.さあ,明日はいよいよトルクメニスタンである.

 

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