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2019年11月21日 (木)

中央アジア旅行記4 ~地獄の門編~

 明けて10月6日,この日目が覚めた6時20分だった.そろそろ現地時間に順応してきたなと感じる.荷物の整理をして7時半に朝食会場へ(昨日の夕食と同じところ).簡単なビュッフェスタイルだが,目玉焼きだけは強制的に全員分出てくるらしい.昨日のゆで卵同様やっぱり黄身が白かった(黄身の色はカロチノイド色素に由来するので,おそらく餌の違いだろう).朝食後は荷物出しのために部屋に戻り,その後ロビーへ,そのまま朝9時にホテルを出発した.

Pa060070 Pa060071 (左写真1)朝の目玉焼き(黄身が薄い),(右同2)ホテル階段の踊り場

 バスは国境に向かって進む.途中ガイドさんが現地の学校の話をしていた.約45分で国境事務所?に到着,ガイドさんとはここでお別れである(後日ウズベキスタンに戻ってきたらまた一緒になるらしい).事務所の入り口で係員にパスポートを見せ中に入る.税関はあるんだかないんだかわからない状態で,そのまま出国審査場へ.我々が並んでいたら現地人が割り込んでくる(我々が日本人だからとか関係なく,割り込みはよくないという概念すらない感じ.まあ文化の違いといえばそれまでだが…).割り込まれないよう添乗員さんが必死に防御してくれたが,結局何人か割り込んできた(その手口は傍から自分のパスポートを窓口に投げ込むパターン.係員もしょうがないと思うのか,数人やり過ごした後でスタンプを押して返してよこす).

Pa060494 Pa060082 (左写真3)国境に向かって走る,(右同4)国境事務所が見えてきました

 割り込みにイラっとしつつも,そんな感じで出国手続きは完了,ウズベキスタン側の建物を出る.出口でもパスポートチェックがあった(ちゃんと出国スタンプが押してあるか確認している感じ).その先は緩衝地帯,どちらの国でもない地帯なので,各自荷物を引きずって歩いていく.200メートルほど行くとトルクメニスタン側の建物に到着した.ここでも入り口でパスポートチェックを受ける.やはりウズベキスタン側の出国記録があるか確認しているようだ.チェック後建物に入る.

 ここで行われるのは,まずは体温測定,日本の空港の検疫だとサーモグラフィーで監視なのだが,ここは係員が一人一人の額に赤外線を当てて測定するパターンだった(36.3℃だった人が高いなと言われたらしい 笑).この日は参加者全員元気だったので,ここはサクッと終了,次が入国審査の順番となる.窓口は2つくらいあるのだが,やっているのかやっていないのかわからない状態でごった返している.どうなっているのかと不安になっていたら,ここでトルクメニスタン側の現地ガイドが登場,ガイドがここまで入って来られることに驚く一方で,やや安心できた.ガイドさんは一同にタバコのもちこみはないか,強い薬(と日本語で言っていたが,要は麻薬のことである)を持っていないかと確認していた(タバコはともかく,麻薬持ち込んだら大変なことになるだろう).

 一同並んで審査を待つのだが,なかなか列が進まない.先頭は何やってるんだろうと思って見たら,入国税(?)みたいなのを払う手続きをしてるっぽかった.それが終わってようやく手続きが始まる.ここはアメリカの入国審査と同様で,両手親指の指紋押しと顔写真撮影が行われる.ただ特に質問はされないので,順番に流れていく感じだった.その次が荷物のX線チェックと人間の金属探知機の番である.荷物チェックと人間チェックが並行して行われるのだが,その先に税関の手荷物検査台があって,そこが律速段階になるのでなかなか進まない.かなり待ち時間があったが,それでもようやく自分の順番が来た.靴まで脱いでゲートを通るがブザーが鳴ってしまう.やり直しかと思ったが,係員は全く気にする風でもなく,そのまま先に行くよう促された.その次が税関,ここでは全員荷物を開けられる(昨年のボリビアからチリへの入国を思い出す).自分は特に問題なく通過できた(他のメンバーには結構念入りに調べられた人もいたらし).税関を抜けた先で一同とりあえずそのまま待機し,全員通過するのを待つことになった.

 長い待ち時間でトイレに行きたくなったのだが,行ってみたら男子トイレにはなぜか鍵がかかっている.周囲に係員もいないため,仕方なく見張りを立てて女子トイレを使った(笑).そうこうしているうちに全員揃い,トルクメニスタン側の国境事務所を出る.ここで最後のパスポートチェックがあった.時計を見たらこの段階で11時,すごく時間がかかった印象だったが,実は1時間15分しか経っていなかった.

Pa060500(写真5)クフナ・ウルゲンチの市場

 事務所の門を出たら,6台の四駆が停まっている.ここからしばらくはこれに分乗して移動することになるらしい.添乗員さん作成のくじを引いて席を決める.自分たちは3号車だった.日程表によれば,まずレストランで昼食の予定だったが,今非常に混雑しているとのことで最初にクフナ・ウルゲンチの観光をすることになった.ここは中世12~13世紀にこの地に栄えたホラズム王国(ホラズム・シャー朝)の都だったところである.当時はアムダリヤ川がこの地を流れていたこともあり,シルクロードでも最大規模の都市のひとつとして栄えたが,13世紀前半(1220年代)にチンギス・ハンの遠征軍によって破壊される.その後再建されたものの,14世紀後半にチムールの侵攻によってふたたび破壊され,さらにアムダリヤ川の流れが変わってしまったことから,結局街自体が放棄されるに至ったのである.ちなみにクフナ・ウルゲンチというのは旧ウルゲンチという意味であり,アムダリヤ川の流れが変わった後,河畔に新しく作られたのが,ウズベキスタン側にあるウルゲンチ市である.チンギス・ハーン&チムールという中世中央アジアの2大征服者によって破壊されたクフナ・ウルゲンチには往時の姿はなく,現在はミナレットや廟などの一部遺跡を残すのみである(それでも2005年にユネスコの世界遺産に登録された).

Pa060505 Pa060523 Pa060515 Pa060518 (左上写真6)14世紀建造のトレベクハニム廟,(右上同7)内部の装飾,(左下同8)ドームの装飾がイスラム的です,(右下同9)現地の方が次々に写真を撮りたがります(笑)

Pa060550(写真10)11世紀に造られた中央アジア最大規模のミナレット

 そんなクフナウルゲンチであるが数は少ないものの残された遺跡はあり,代表的なのが11世紀に造られたという高さ60メートルのクトゥルグ・ティムール・ミナレットや14世紀に建造されたトレベクハニム廟(ここはクフナ・ウルゲンチの遺跡では最大規模),青鉛筆を彷彿させるスルタン・テケシュ廟などがかつての栄華を偲ぶことはできる.比較的こじんまりとまとまっているので徒歩で観光したのだが,この日は日曜日ということもあるのか大勢の観光客で混雑していた.とはいえ外国人は少数派で現地人が圧倒的に多い(まだまだ観光はこれからのお国柄).特に現地人女性はみなカラフルな民族衣装に身を包んでいる(美人が多いという印象).彼らはとても人懐っこくて,外国人を見ると一様にスマホを出してきて一緒に写真を撮ろうと声をかけてくる.とりあえず多くの国民にスマホが普及している模様である.

Pa060570 Pa060576 Pa060594 Pa060563 (左上写真11)青鉛筆みたいあ趣のスルタン・テケシュ廟,(右上同12)イル・アルスラン廟,(左下同13)キャラバンサライの門,(右下同14)ミナレットを背景に記念撮影

Pa060607(写真15)昼食のレストラン

 約1時間ほど観光したのち昼食のレストランへ向かう. トルクメニスタンに入国して最初の食事ということで期待が高まる.着いた先は外観は地味な感んじのレストランだった.この日のメニューは麺(軟らかくてコシのない病 院のラーメンっぽい)入りスープ,チキンライス,デザートにスイカとメロンだった.どうやらデザートのスイカ&メロンはウズベキスタンとトルクメニスタン両国共通らしい.パンとサラダがついてくるのも一緒だった(それにしてもこの日はパン,ライス,麺と炭水化物祭り 笑).ちなみに飲み物ではビールもあったらしいが,我々がトイレに行っているうちに注文しそこなったのであきらめた(この国はワインは高いらしい).食後に薄い紅茶が出るのもウズベキスタンと一緒である(ちなみにこの辺では紅茶はサービスで付いてくるがコーヒーは別料金).

Pa060603 Pa060604 Pa060606 (左写真16)麺入りスープ(味はやや韓国系),(中同17)サラダ,(右同18)チキンとライス

 食後ははやくも今回の旅行のハイライト,地獄の門のあるタルヴァサに向かう.全行程は280キロらしい.クフナ・ウルゲンチを出発してしばらくは路面状態が非常に悪く道のあちこちに穴が開いている.ソ連時代以来修復されていないんじゃないか状態だ.2007年に訪問したマダガスカルを思いだして先が思いやられたが,徐々に状態が良くなり,途中の集落(クフナ・ウルゲンチから地獄の門までに存在した唯一の集落,名前は不明)を過ぎた頃からはほぼ100〜120キロで快走できるようになった.ふと見たらアシガバードへ440キロという案内標識が見えた.

Pa060608(写真19)出発当初はひどい道

 この頃から周辺は徐々に砂漠の様相を呈し始め,あちこちにラクダの姿も見られ始める.これがトルクメニスタン国土の大半を占めるというカラクム砂漠である.日本人一般がイメージする砂漠の姿というと,一面見渡す限りの砂という砂丘のような光景だと思うが,実はそんな砂漠は世界的にはナミブ砂漠など少数派で,普通の砂漠は砂と言うよりも乾いた土と石が転がり,背丈の様々な草が適当に生えているイメージのところが大半である.このカラクム砂漠もそんな感じだった.

Pa060631 Pa060615 (左写真20)砂漠をひた走る,(右同21)青空トイレの時間

 町を出発して約2時間,青空トイレ休憩となる.昨日はヌクスの町近くで場所探しに苦労したがこの日はどこでもトイレし放題である(笑).その後も砂漠をひた走っていく.景色の変化も少なく眠たくなってくる時間帯である.途中ガスリンスタンドみたいなところに停車,これはドライバーさんたちの休憩スポットらしい.便乗して我々も降りる.ここには売店もあって参加者の一人はアイスクリームを買って食べていた.10分ほど休んだ後で出発,さらに砂漠をひた走った.

Pa060635 Pa060638 (左写真22)いよいよ迫ってきました,(右同23)夕暮れのカラクム砂漠

 陽が徐々に西に傾き,夕方の様相を呈し始めた頃,車はメイン道路から脇に逸れ,砂漠の中に入っていく.ここは四駆でないと無理そうな道だ(というかここがあるためにこの日は四駆に分乗しているというウワサ).そんな砂道を15分ほど走ると開けたところに出て,何やら柵に囲まれた場所が見えてきた.よく見ると柵の中が赤く光っている.「おおっ!あれが地獄の門か!」と感動する瞬間である.四駆はその脇をかすめ,やがてテントがたくさん立ち並ぶ場所についた.

Pa060643(写真24)地獄の門そばのテントサイト

 ここが本日我々の宿泊施設である.ここはテントサイトを中心にシャワールーム(ただし水のみでお湯は出ない),トイレ(結構まとも)が設置されていた.自家発電による照明設備もあって深夜12時ごろまで付いてるらしい.事前情報ではここには電気がないということだったが,どうやら3か月ほど前にベルディムハメドフ大統領がここを訪問したらしく,その際に設置されたものらしい(同じように地獄の門にも柵が設置された).どのテントを使うかはくじ引きで決定,1人用テントとはいえ,なんとか2人入れるサイズだったので,我々は1つを物置用にして,もう1つのテントを寝室用にすることにした.テントには各自寝袋の他にマットも用意されているのが有難い(マットがないと夜の底冷えがキツイので).簡単に荷物の整理をしてその後夕食タイムになる.

Pa060645 Pa070648 (左写真25)夕食会場,(右同26)犬がいます

 この日の夕食は近くの大型テント内にイスとテーブルが設定されていた。旅行会社によってはここの夕食はバーベキューとなっているケースもあるが,今回は係員が別なところで焼いた肉を提供するスタイルだった.メニューはトルクメニスタンでは定番のパン,きゅうり,温かいスープ,焼きたてナンと係員が焼いてくれる肉(ラムとチキン,ラムは意臭みもなく美味しい),そしてフルーツ(スイカとメロン)である.飲み物としてミネラルウォーターが付いていたが,この日はビールも注文する.係員に「とても冷たいビール」と「まあまあ冷たいビール」どちらがいいと言われ,まあまあの方を選択したらぬるいのが出てきた ( ̄▽ ̄).それはあんまりなので結局非常に冷たいビールに変更した.食事が始まると我々の周囲には2頭の子犬がやってきた.ここで飼われている犬らしいが,どうやら我々の残飯を狙っているようだった(笑).

Pa060084 Pa060088 Pa060091 (左写真27)スープ,(中同28)焼き立てナン,(右同29)肉です

Pa070749(写真30)炎と煙が見えてきました

 夕食後はさっそく地獄の門に向かう.大統領のおかげて照明が付いたので足元は楽だ(付近にラクダも生息していて,彼らの落し物があちこちにあるので,照明がないとそれを踏んでしまう恐れがある 💦).テントサイトから既に赤い炎がうっすらと見えているのだが,近づくにつれてどんどん大きくなってくる.約5分ほど歩いてとうとう地獄の門に到着した.目の前に巨大な穴が開いており,その中に赤々と炎が上がっている.おおっ!写真で見た光景と一緒だ(←当たり前).

Pa070653 (写真31)ついに着ました!地獄の門

 ついにここまっで来たんだ!と感動の瞬間である.自分的には密かにしばれフェスティバルの命の火的な光景を想像していたのだが,来てみたらやっぱりそうだったので嬉しい.砂漠の真ん中で炎が上がっている光景はやっぱり凄い.その一方で,この炎はすべて天然ガスだから,ここで燃えている分で一般家庭何世帯分のガスになるんだろうなどと庶民的なことも考えてしまった.

Pa070687 Pa070662 (左写真32)最近柵ができました,(右同33)記念撮影

 ちなみに地獄の門には柵が設置されている.ガイドブックには柵がない写真が載っているが,最近大統領が訪問した際に照明と一緒に取り付けられたらしい(自己責任で柵の内側に入り込んでいる人は多かったが,ここで自撮り棒なんか出して夢中になると本当に転落して地獄の業火に焼かれる危険性は高い).

Pa070683 Pa070702(左写真34)赤富士です(ウソです 笑),(右同35)魔笛の火の試練

 周囲を一周した後は現地ガイドと付近の小山に向かう.丘レベルの小山なのだが,山頂付近が地獄の門の炎の反射で赤く光り,赤富士っぽい雰囲気を醸し出していた(暗闇の中にうっすらと赤い山が映る光景から,かなり遠くにあるのかと錯覚したが実はすぐそばにある).山頂に上ると,地獄の門の全景が見下ろせてこれも素晴らしい景色だった.その後も,記念写真の他,魔笛の火の試練の写真やドン・ジョバンニの地獄落ちのシーンを撮ったりして遊んでいるうちに時間は過ぎ,気が付いたら23時近く,付近には誰もおらず貸切になっていた.

 心置きなく地獄の門を堪能した後はテントに戻る.この頃から気温が下がってきたのか寒く感じる(さすが砂漠だ).水シャワーは厳しいのこの日は清拭で代用,その後日本から持ってきた日本酒で乾杯した.しばらくしたら12時を過ぎたのか,発電機の音が消え周囲が真っ暗になった(テントから外をみたら星が綺麗).ほろ酔い気分のまま寝袋にもぐりこんだ(夜中に犬の鳴き声がして結構うるさかった).

 

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