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2019年8月20日 (火)

今年の旅行

 長期休暇になると海外旅行に出かけるのがパターンとなっている我が家です.かつてはビーチリゾートにハマっていた時期もありましたが,近年は歳を取ると行くのが難しいところを優先的に訪問しようという流れになっています(2007年のマダガスカルに始まり,2010年ギアナ高地,2011年オカバンゴから昨年6月のボリビア&チリや1月の南部アフリカなど).

 で今年なんですが,例年通り8月は他のドクターが休みを取り,そのバックアップ要員となるために除外,9月は医師会合唱団の行事が立て込んでいるので除外するため,自分の休暇は10月になりました.行先はこれまでまだ未訪だった中央アジア,メイン訪問先はトルクメニスタンです.

1024pxthe_door_to_hell  中央アジアといえば,世界史上有名なオアシス都市であるサマルカンドを有するウズベキスタンが圧倒的にメジャーです.そこを差し置いてトルクメニスタンを選んだのは,かの国が「明るい北朝鮮」の異名を持つ独裁国家であり,今後政治情勢に何らかの変化が発生した場合,一気に訪問困難国になってしまうリスクがあることと,同国の見どころとして有名なスポットである地獄の門が,ガスの枯渇から近い将来なくなってしまうのではないかとも言われているからです.旅行会社はかつてウユニ塩湖やイスラエル旅行で利用したクラブツーリズムのツアーに参加することにしました(ウズベキスタンなら個人タイプでも十分行けるんですが,トルクメニスタンの場合訪問には現地からの招聘状が必要など手続きが非常に煩雑なので).

68616012_2442541165843234_43077729042017  そして今回はテント泊や陸路での国境越えもあるため,あまり大きくなく重くないスーツケースをということで,ソフトタイプのキャリーバッグを新規に購入しました.近年は大分旅行慣れしてきたこともあり,旅行の長さのわりに荷物が少なくなっている感じなので,従来のハードケースでなくてもいいだろうと思った次第です.

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2019年8月13日 (火)

水族館と野球

 世間は夏休みシーズンです.特に先の週末は三連休だったこともあって多くの方々が行楽に出かけたのではないかと思います.

 さて,自分ですがこの3日間のうち初日の10日は軽井沢でのコンサートに参加,翌11日は仕事だったので,最終日の12日のみがフリーな1日でした.この日をどう過ごすかが問題です.暑いので家でうだうだするという選択肢もあったんですが,せっかくだから出かけることにしました.

 で,どこに行くか? 生き物好きのウチのKは水族館に行きたいといいます.自分的には久しぶりに野球観に行きたいなという気分です.この2つをアウフヘーベン(Aufheben)した結果,東京江戸川区の葛西臨海水族園からZOZOマリンスタジアムに流れるというパターンが完成しました😃.

 12日の朝小田原駅でウチのKと合流して東京に向かいます.使用する切符は青春18きっぷ,小田原からZOZOマリンのある海浜幕張までまっすぐ行っても片道2000円かかるからです.東京駅で京葉線に乗り換え,構内を延々と歩かされます(京葉線ホームまで480メートルの案内を見てゲンナリする).ようやくホームに着いたらちょうど出発するところだった電車があったので乗り込み無事出発,

 が,その電車は快速で最初の目的地である葛西臨海公園駅には停車しない模様… ( ̄▽ ̄).結局新木場駅で後続電車に乗り換えるハメになりました💦.

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 葛西臨海公園駅は一般の人にとってほぼ公園以外に用がない駅です.降りた乗客はみんな公園方面へ,我々もその波に乗って歩いていきます.いやぁ~それにしても暑い.持参したペットボトルのお茶がどんどん無くなります(笑).

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 受付でチケットを購入して水族園の中へ.屋内は一転して空調が利いているので快適です.巨大なマグロの回遊水槽や世界の海の展示コーナーが興味深かったです.ただ夏休み連休ということでとにかく人が多い… どこの水槽も間近で見るまで結構時間がかかりました(やっぱりお子様連れがほとんど).世界の海コーナーにはその海域の水温も表記されているんですが,カリフォルニアの海の水温が14℃でかなり低いのが興味深いと思いました.一般に温暖なイメージのあるカリフォルニアですが,実はその海域には北から流れてくる寒流のカリフォルニア海流が流れてくるため,案外冷涼なのです(寒流+偏西風で陸地が乾燥するのはナミビアやアタカマと同じ理屈).

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 館内の見学を終えて今度は外へ.一転して真夏の暑さが強烈です.外にはペンギン🐧のプールがあって,たくさんの個体が泳いでいましたが,この日外に出ていたのはフンボルトペンギンなどの比較的低緯度に生息している種のみで,キングペンギンのように極地に住むペンギンは屋内に避難していました(まあ暑いから,極地のペンギンには耐えられないだろう💦).ほかには生き物に触れるコーナーがあったので並んでみましたが,触れるのはウニやヒトデなど少数のみであとは見るだけなのがちょっと残念 😞.そんな感じで結局半日近く滞在していました.

Img_5373  15時半頃次の目的地ZOZOマリンスタジアムに向かいます.再び京葉線に乗って海浜幕張駅へ.まずは駅前のサイゼリアによって食事を済ませます(球場で買うと高いから 笑).そのままバスでスタジアムに着いたらちょうど試合が始まったところでした(この日は17時試合開始).まだ陽が出ている時間帯ですが,海のそばだからか風が気持ちいいです.この日のカードはロッテ vs. 西武,席はバックネット裏のやや1塁側ということで,周辺は基本的にロッテびいきの方々でした(とはいえ外野席に陣取る応援団とは違って,純粋に野球を楽しみたい人が多い感じ).試合はというと,初回ホームランでロッテが先制したものの中盤以降西武が逆転し一方的な展開に… この日に限らず,自分が座ったサイドは負けるというのがよくあるパターンなので驚きはないのですが…).この日は7回に花火が打ち上げられていて夏休み気分を盛り上げていました(この辺が屋外球場のいいところ).野球といえば自分が学生だった昭和時代のパリーグの試合は観客が少なくて,酔っぱらいのヤジが球場にこだまする風景が楽しかったんですが,近年は観客がむちゃくちゃ増えているのと,鳴り物の応援が凄いのとで,その手のヤジは聞こえなくなってしまいました(ちょっと寂しい 😞).

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 結局試合は西武の大勝,帰りは東京駅での長~い乗り換えを避けるために,バスで稲毛駅まで行って総武線のグリーン車で帰りました.かくして三連休唯一のフリーの1日は充実したものになりましたとさ.

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2019年8月11日 (日)

夏のマドリガルコンサートに参加しました

 以前から予告していたように,8月10日(土)長野県軽井沢のショー記念礼拝堂で開催された夏のマドリガルコンサート(東京マドリガル会主催)に参加してきました.東京マドリガル会は1929年に故・黒澤敬一氏によって結成された英国マドリガルを専門に歌う団体です.私がこの会に参加するようになったのは2008年に現在の職場に赴任してからで,一昨年の春に亡くなられた高校の先輩Sさんのご紹介によるものでした.英国マドリガルを専門に歌っている団体は例がなく,ここに参加しなければ知ることのなかった曲がたくさんあります.近年は定期的なコンサートはありませんが,不定期にいろいろな所でコンサートを開催するようになっています.今回は縁あって軽井沢のショー記念礼拝堂でのコンサートとなりました.

 ショー記念礼拝堂は明治時代に英国国教会の宣教師として来日したアレクサンダー・クロフト・ショーが建てた教会です.ショーは東京の夏の暑さを避けるためにたまたま訪れた軽井沢を大いに気に入り,この地に別荘を建てました.これが軽井沢の別荘第1号で,以降軽井沢の地は避暑地として知られるようになり様々な著名人の別荘が建てられて現在に至っています.行ってみれば避暑地軽井沢の生みの親と言ってもいい人物です.

 そんな歴史がある方の建てた教会ですから,ここは軽井沢最古の教会でもあります.そんな教会でのコンサートということで大いに楽しみにしていたのでした.

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 この日の集合は10時30分,自宅から向かうとすると早朝出発を余儀なくされるので前泊することに.ただし軽井沢宿泊は先日の浅間山噴火があったものの非常に高価なのであきらめ(笑),麓の高崎に泊まりました.朝8時40分台の新幹線で軽井沢へ移動します.信越本線の碓氷峠越えの時代は40分以上かかっていた高崎-軽井沢間も新幹線だと15分程度,それこそあっという間です.この日は8月の三連休初日朝の下りということで自由席は通勤電車並みの混雑だったようです(我々は1か月前に指定席を取っていた).軽井沢駅に降りたつと涼しげな空気を感じます.さすが標高1000メートル!と感動です.大半のメンバーが同じ新幹線に乗ってきたため,駅からはタクシーに相乗りして教会へ.さすがに歴史ある教会,しかも日本の教会だけあって木造でとても良い雰囲気でした.会場に着くと教会の担当の方が出迎えてくださいました.ここで教会や注意事項の説明を受けます.特にこの教会はトイレの容量が極めて少ないということで,基本的に100メートル先にある公衆トイレを使用することになっているとのことでした.

Img_5187  その後練習,リハーサルと進み11時過ぎには準備終了,この後は本番まで自由時間となります.会員の中には外に食事に出た方もいましたが,我々はコンビニで購入したおにぎりで済ませて,その後は隣接しているショーハウス記念館(ショーが当時住んでいた別荘を移築したもの)を見学したりして時間を過ごしました.ここは旧軽井沢銀座の一番外れにあるので,少し行くと自然いっぱいの雰囲気がたのしめます.

Img_5186 Img_2173  午後1時20分頃から徐々にお客さんが集まってきます(チラシ以外にあまり宣伝をしていた自覚がなかったので,果たしてお客さんが来るのかちょっと不安もあった 笑).最終的には礼拝堂の椅子があらかた埋まるほどの盛況となりました.そして2時に開演,第1部のマドリガルに続き会員の方によるチェンバロの演奏が始まります.

 がその時,突然雨が降り出しました! しかも結構激しい (゜o゜)

 雨の音が教会に響き渡り、せっかくのチェンバロが聴こえません.仕方なくマイクを用意して仕切り直ししたんですが,今度は雨による湿度の上昇によってチェンバロの音が狂ってしまいました(泣).元々乾燥したヨーロッパで発達した楽器ですから,こんな高湿度の環境に置かれることは想定されていないのです(コンサートホールと違って高原の古い教会ですから空調はない).それでも調律をし直しているうちに雨脚が弱まり無事に演奏となりました.その後は短い休憩時間,まだ雨が降っているのでこの時間はお客さんにチェンバロ(主催の黒澤さんのお宅にあった楽器)を紹介する時間となりました。

Img_2168  休憩後は再びマドリガル数曲と英国のフォークソング,最後に日本の歌(「夏の思い出」と「故郷」)で終演,みなさん最後までご鑑賞くださいました.ありがとうございます(ちょうど休憩時間に雨が降っていたので,途中で抜けようにも抜けられなくなったためではと話していた 笑).

Img_5192 Img_2184  会場の片づけをして徒歩で旧軽井沢銀座を散策しながら,主催の黒澤さんお薦めのハンバーグレストラン・ガンボーさんで打ち上げ.美味しいサラダとハンバーグ,そしてお酒をいただきました.その後7時近くの新幹線で戻ります.20時に東京駅に降り立ったら,夜だというのにひどい暑さ… やっぱり軽井沢は避暑地だと改めて実感したのでした.

Wafu 写真はガンボーさんの和風ソースハンバーグ(お店のHPからいただきました).美味しかったです.

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2019年8月 9日 (金)

風評被害とネームバリュー

 一昨日の夜,浅間山が噴火したという速報が流れました.

 浅間山が噴火

 これに伴い気象庁では,当地の噴火警戒レベルを従来の1から3に引き上げました.レベル3というのは入山規制に該当するもので,気象庁によると「火口から4キロ以内では弾道を描いて飛散する大きな噴石や火砕流に警戒してください」ということのようです.ちなみに2015年に箱根の大涌谷で噴火が起こった際のレベルも3でした.

 その後さらに噴火したというようなニュースも出ていない状態なんですが,こうした事案が発生した場合世間では不安感が発生し,なんとなくそちらへの旅行を取りやめるという動きが発生します.時にはそうした危険地域から相当離れた場所であるにもかかわらず,そうしたキャンセルが多発することがあり,これを風評被害と呼んでいます.

 実はこの週末,所属している東京マドリガル会のコンサートに参加するため,話題の浅間山火口から十数キロ離れた軽井沢に行くことになっています.離れているとはいえ浅間山の圏内ということで,風評被害が発生しているのではないかと心配されました.そこで現地のホテル状況がどうなっているのか,楽天トラベルで調べてみました.もしかしたらキャンセル続出で,ホテル代も安くなっているのではと思ったのですが…

 まったく変わっていません.

 各ホテル1~4室程度の空きは確認できるものの,ツイン1泊5万円以上というお盆シーズンの強気な料金設定は変わっていません.箱根の大涌谷で噴火が起こった際に小田原駅の箱根登山線ホームから観光客の姿が消えたのとは大違いです.思うに軽井沢という強烈過ぎるネームバリューの前には風評被害もひれ伏するということかもしれません.風評被害というのは地理的な環境(危険な場所からどれだけ離れているか)に対する世間の無知が要因になります.有名なのが雲仙普賢岳の噴火火砕流の時で,あの時火砕流とは無関係の方角にあった雲仙温泉から観光客が消えました.これはたまたま雲仙という同じ名前がついていることから,火砕流に関係がありそうだと誤解した世間が生んだ風評被害でした.軽井沢の場合はそのネームインパクトが強烈なため,逆に浅間山の圏内であることが世間一般に認識されておらず風評被害が発生していないのではと思いました.

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(写真)鹿児島の桜島

 ちなみに噴火警戒レベル3というのは鹿児島の桜島の通常状態のことです.もちろん鹿児島の人たちは当たり前のように生活しており,ビジネス客観光客も何事もないかのように当地を訪れています.日常なら気にも留めないが,非日常になると一気に不安になる.人間心理としては当たり前のことですが,こうした違いも風評被害の拡大に一役かっているようです.

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2019年8月 8日 (木)

靴を買いました

 旅行と食事以外にはあまりお金をかけない私です.特に服飾系には興味がないこともあって,ワイシャツは一度購入すると10年以上使うことがありますし,下着などは何年も使って最後は秘境系海外旅行に持って行って捨ててくるというのがパターンです.

 一方で靴は,同時に複数購入し順繰りに履いて行ってボロくなったら一気に捨てて買い替えるというパターンをたどります.ちょうど今使っているのが古くなってきたので,珍しく夜フリーだった昨日買いに出かけました.

P2020047  仕事で普段使いする靴は黒と茶色の2足が定番です.今回もそれ系のを購入しました(これで数年は持つな 笑).

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2019年8月 5日 (月)

マリリン・モンロー

41uviktylol  今日8月5日はマリリンモンローの命日です(正確にいうと亡くなったのが確認された日).

 マリリンモンローは1950年代に活躍したアメリカの女優です.ちょっとおバカさんな金髪・セクシー美女というイメージを見事に演じて当時の男性のハートを鷲摑みにしました.日本でもその人気はすさまじく,1954年にMLBのスター選手だったジョー・ディマジオを結婚直後に新婚旅行で来日した際には,夫のディマジオよりも,モンローの方に多くの記者が殺到したとか,宿泊していた帝国ホテルに多くの人がやってきて,モンローがベランダから挨拶するまで帰らなかったなどのエピソードが残ります.

 彼女のそんなイメージを代表する作品が1955年公開の「七年目の浮気」です.妻と息子を避暑に送り出したさえない中年男性と夏の間上の階に間借りしてきた美女(マリリンモンロー)とのコメディーです.この映画でもっとも有名なのが地下鉄の風で彼女のスカートが捲れ上がるシーンです.DVDの表紙にもなっているほど有名な写真ですが,実は映画本編にこのカットは出てきません(映画で出てくるのは風でスカートの裾がひらひらするシーンと,マリリンモンローの上半身のカットのみ).これは当時のアメリカ映画にはヘイズ・コードと呼ばれる自主規制があり,道徳的に問題とされうる場面は上演が憚られたからです.

 そんなマリリンモンローですが,1956年の「バス停留所」からはセクシー女優イメージの脱却が図られていきますが,1961年の「荒馬と女」が最後の作品となってしまいました.彼女の死については自殺説,謀殺説等があり現在でも謎が多い状態です.

 自分の学生時代(仙台時代),誕生日のプレゼントに後輩からマリリン・モンローのタペストリーを貰った.部屋に飾っていたのを思い出します.

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2019年8月 4日 (日)

第59回日本寮歌祭に参加しました

 暑い日が続いていますがみなさんお元気でしょうか.

 例年あまり活動しない自分の8月の中で,ほぼ毎年参加しているのが寮歌祭です.寮歌というのは,旧制高校の寄宿舎の歌のことで,かつて全国に2000曲以上あったと言われます.旧制高校の教育は中等教育を終えた者に,専門的な高等教育を施す前に,一般教養をメインとして主として人格形成を図ることに主眼が置かれたものでした.それは戦後の大学教養部(あるいは教養学部,教養課程など名称は様々)に引き継がれましたが,大学教育のマスプロ化に伴う専任教員の不足や,専門教育の高度化による時間の不足等の現場の事情もあって,次第にその意義を失い,平成に入るころには大学のそほぼ消滅し現在に至っています.

 私の場合専門は医学ですが,一方で歴史や芸術など多くの方面に興味関心を抱いています.これは若い頃に様々な分野の学問に触れて,専門的ではない分野も広く学んだことの賜物です.こうした様々な異なる分野の学問を広くそれなりに深く学ぶというのは,まさに旧制高校の教育であり,私が旧制高校に惹かれる理由の一端はそこにあります.そんな旧制高校を代表する文化である寮歌は私の趣味の一定部分を占めるものとなっています.

 今回参加した第59回日本寮歌祭は,昨年まで中央寮歌祭と称していました.オリジナルの日本寮歌祭は元々日本寮歌振興会の主催で1961年に第1回が東京の文京公会堂で開催され,以後日比谷公会堂や日本武道館を主会場に毎年開催されていました.当時は参加は同窓会単位,当日も各校同窓会が順番にステージで代表的な寮歌高唱を行う発表会形式(コンクール形式とも)で行われていました.しかし時代の流れとともに参加者の高齢化が進んだこともあり,2001年の第41回からは個人単位での参加,パーティ会場での宴会形式に変更されました.ただその後も着実に高齢化が進み,旧制高校を現役で知る人々が減っていったことから2010年の第50回をもって終了となった経緯があります.

 一方でこうした全国規模での寮歌祭の継続を望む人は多く,その中から生まれたのが中央寮歌祭でした.この会の特徴は従来官立の旧制高校主体だった寮歌祭に戦後の新制大学の人々も広く加えた点です.旧制高校を現役で知る方々は今後増えることはなく減る一方なので,このままでは全国各地の寮歌祭はいずれ消滅することになります.他方,現役で寮歌を知らない世代であっても,その理念に共感する人は(私を含めて)多く,そうした人々を積極的に取り入れて,文化としての寮歌を後世に残していこうというのが中央寮歌祭のねらいでした.

 ただ寮歌はあくまでもそれを肌で知っているもののためにあり,そうした人々の消滅と共に寮歌の消滅もやむを得ないと考えている方々も一定数います.この辺の議論は難しいのですが,ともあれ第50回で終了する日本寮歌祭の理念を継承しようという趣旨で,翌2011年から中央寮歌祭が始まり,昨年8回目を迎えました(中央寮歌祭は第1回,第2回という数え方はせず,たとえば昨年ならば中央寮歌祭2018と表記していた).その間日本寮歌祭を主催していた日本寮歌振興会では,寮歌伝承の集いという会を行って活動していたのですが,やはり参加者の高齢化と減少という事実に直面し,今後は中央寮歌祭と合体して新たな日本寮歌祭として復活させることになったのです.50回で終わった日本寮歌祭が今年59回から始まるのは,その間の2011年から2018年までの8回の中央寮歌祭を51回から58回とみなすということのようです.

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(左写真1)受付の様子,(右同2)海軍兵学校

 当日は朝からカンカン照りの猛暑でした.今年の会場は日暮里駅前のホテルラングウッドです(昨年までは新宿の京王プラザ).電車を降りて駅の外に出ると,”日本寮歌祭”のプラカードを持ったお爺さんが立っています(参加者を誘導していましたが,こんなお爺さんを炎天下に立たせなければならないほど寮歌の世界が高齢化しているといえます).

 会場に入るとすでにたくさんの人でごった返していました.名簿を確認すると,私の学校の参加者は3人,自分とKの他に旧制の大先輩が来ることになっています.例年その大先輩に音頭を取ってもらうので,今年もそうしようと思っていたんですが…

 現れません…

 参加費は振り込まれており,申し込みはされているようなのですが,もしかしてこの暑さですから,家族に反対されたのかもしれません (>_<).結局今年は自分が音頭を取って歌うことになりました.

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(左写真3)寮歌伝承の会による楽譜,(右同4)この会を引っ張ってくださる副実行委員長さんの所属校第四高等学校は大所帯です.

 寮歌祭は定刻に開始,開会のあいさつから,この1年間で故人となったかたへの黙とう,檄文朗読と続いていきます.そしてお待ちかねの寮歌高唱の時間,一般に寮歌祭は北から南というのがパターンなんですが,この会は最北と最南をつなぐ数珠上にして毎年始まるところを微妙にずらす形式をとっています.今年は大阪高等学校から始まり,第三高等学校で終わる流れでした.さらに今年は新趣向として,寮歌伝承の会によるプロの歌手による寮歌指導の時間も設けられました.

 学校ごとの歌は各校4分以内と決められているんですが,歌の前の挨拶や巻頭言などで時間がかかり,オーバーしてしまう学校があったため少し押してしまいました(超過すると鐘が鳴る.いつもお世話になっている能代の先生なら「早くしてください!」,「挨拶は手短にお願いします!」とダメ出しされるケースだ).

 とはいえ,ほぼ予定時刻に宴は終了,私はこの会の医務係として具合が悪くなった人への対応を頼まれているんですが,幸い大きな事件はなくホッとしたのでした.

 来年の第60回日本寮歌祭は2020年8月2日今年と同じ会場で行われる予定です.

 ちなにみこの日の模様が夜のNHKニュースで紹介されていた模様です ( ゚Д゚)

 旧制高校の寮歌を歌い継ぐ催し

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2019年8月 3日 (土)

8月といえば

 8月といえば日本では先の大戦を考える月でもあります.自分自身が戦記に興味を持ったのは中学生時代でした.それ以前から(当時の)子供向けに書かれた戦車や軍艦などの解説本を読む機会はあったんですが,この手の本は「世界一の戦闘機零戦!」,「世界最大の戦艦大和!」など景気のいいことばかりが書かれていて,子供の頃は無邪気に読んでいました.ただ長ずるに従い「そんな無敵な兵器を持っていた日本がどうして戦争に負けたんだろう」という素朴な疑問がわいてきて,少し勉強してみようと思ったわけです.当時はインターネットなどという便利なものはなかったので,調べるとすれば当然書籍ということになります.本屋さんに行ってあちこちのコーナーをめぐり,しかも中学生の乏しい小遣いも考慮しつつ購入したのが,伊藤正徳著の「連合艦隊の最後」,「帝国陸軍の最後」(全5巻)でした(当時の価格で1冊約350円なので6冊合計で2000円強と中学生でもなんとかなる額だった).

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(写真)帝国陸軍の最後全5巻(第3巻死闘編のみ表紙がないのは,一番読み込んでボロボロになっている巻だからです)

 このうち連合艦隊~は海軍の,帝国陸軍の~は陸軍の戦記です.両方購入したんですが,当時はすでに真珠湾攻撃やミッドウェー海戦など海軍関係は少し知識があったので,まずは陸軍の方から読み始めました(このシリーズ,今は光文社文庫から出ていますが,当時は角川文庫からだった).

 所々難しい箇所はありましたが,著者の文章は非常に明快で読みやすく,あっという間に読んでしまった記憶があります.太平洋戦争の陸戦史を5巻に分け,それぞれ

「侵攻編(マレー上陸戦からシンガポール,フィリピン,ジャワ,ビルマ攻略,そして昭和17年夏から秋のモレスビー攻略戦まで)」

「決戦編(ガダルカナル戦,ニューギニア戦,ビルマの第一次アキャプ会戦,大陸打通作戦等昭和17年後半から18年の戦闘)」

「死闘編(サイパン,グァム等マリアナ諸島の戦い,インパール作戦,レイテ戦など主に昭和19年の戦闘)」

「特攻編(ルソン戦,硫黄島戦,沖縄戦など昭和20年6月まで)」

「終末編(ビルマ・中国での戦闘,対ソ戦,B29との空戦,終戦への流れ)」となっています.

 著者は元々海軍記者で,軍関係の知識が豊富な方です.いろいろな方面に取材して本書をまとめたわけですが,そのスタイルはとにかく闇雲に戦争は悪だと批判するわけでも,日本は正しかったと美化することもなく,硬直した人事指揮系統やずさんな作戦に対しては厳しい目を向ける一方で,命令に従い理不尽な状況下で戦い亡くなった人たちへの敬意は忘れないというものでした(軍記者だったことから全体としてはやや軍に好意的な印象はありますが).ともかくガダルカナル戦とかレイテ戦などはこの本で初めてその実相を知りました.昭和30年代に書かれたものなので,現代の定説とはやや異なる点はありますが,戦史の入門書としては簡潔にまとまって非常に優れた本だと思います(分量も多いと感じる向きもありそうですが,むしろ膨大な太平洋戦争陸戦史をこれだけコンパクトにまとめたのは凄いかと).後に出た高木俊朗氏のインパールや,大岡正平氏のレイテ戦記などの名著でもこの伊藤氏の戦記が引用されている箇所があることからも,後世に与えた影響が非常に大きい著書だったことがわかります.

 そんな伊藤正徳氏の著書,この夏は原点に返って読んでみようかと思っているのでした.

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2019年8月 1日 (木)

8月になりました

 昨年よりもだいぶ,例年よりも少し遅い梅雨明けを経て,いよいよ8月になりました.まさに夏本番!といったところですが,実は8月というのは私自身もっとも活動しない月です.暑いから動きたくないというのもあるんですが,世間の夏休みと被っているからというのが大きな理由です.学校の夏休みということで,子供のいるドクターが夏休みをとるので,必然的にその留守番要員になるからでした.昨年を振り返っても合唱団の練習を除いては活動らしい活動としては,8月4日の中央寮歌祭に参加した程度でした.

 ただ今年の8月は昨年よりは活動予定があります.まずは8月4日(日)に日暮里のホテルラングウッドで開催される第59回日本寮歌祭.昨年までは中央寮歌祭という名称でしたが,このたび正式に日本寮歌祭の後継行事になりました.続く8月10日(土)には軽井沢のショー記念礼拝堂にて東京マドリガル会のコンサートに出演します.そして8月22日(木)は陸上自衛隊最大のイベント富士総合火力演習の予行に行ってきます(総火演の本番は25日の日曜日なんですが,チケットが当たらないので,学校予行の方へ).

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 3つもイベントがあるなんて,ここ数年の中ではもっとも活動的な8月になりそうです.

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