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2019年2月15日 (金)

カール・リヒターの命日

Img300  バレンタインデーの翌日,今日2月15日は20世紀を代表するバッハ研究家カール・リヒターの命日です.

 リヒターは1926年10月15日にドイツ東部のプラウエンで生まれ幼少時からドレスデンの聖十字架教会聖歌隊に属し,ここで変声期とともにバッハの主要カンタータの全パートを歌ったといわれています.第二次大戦後にはバッハの聖地であるライプチヒでオルガンを中心に活動していましたが,社会主義の束縛を嫌い西ドイツのミュンヘンに移りました.そこでミュンヘン音楽大学の教授に就任するとともに,自らのバッハ研究の成果を示すべくミュンヘン・バッハ合唱団,管弦楽団を結成して精力的な演奏活動を行いました.1969年には合唱団・管弦楽団を率いて来日公演を行っています.

 その後も世界各地への演奏旅行と同時に,多数の録音も残しています.その音楽はルター派の真髄である禁欲的な,非常に緊張感の溢れる演奏でしたが,1970年代には次第に緊張感を失いロマン主義的な演奏になってしまったと言われています(マタイ受難曲の1958年版と1979年版を聴き比べると違いがわかります).これは彼自身の体調の悪化が関係しているとする人もいます.

 そして1981年2月15日朝,宿泊先のミュンヘン市内のホテルのフロントに,「胸が苦しい,医者を呼んでくれ」と電話があり,駆けつけたときには亡くなっていたといわれています(状況から考えて急性心筋梗塞だったのではと思います).

Img_1  今ではITの進歩とメディアの多様化から数多くの音楽ソースが迅速かつ手軽に手に入るようになりました.しかし私が高校から大学に入ったのはようやくコンパクトディスク(CD)が普及し始めた時期であり,音楽の主要メディアはいまだにLPレコードでした.LPレコードは現在の音楽ファイルのダウンロードなどとは比較にならないほど生産コストがかかることから,マイナーな(売れそうにない)ジャンルの音楽のレコードは発売すらされず,手に入れるのが大変でした.

 俗にクラシック音楽と呼ばれるジャンルは日本でもそれなりに愛好家がいますが,一言でクラシックといっても多くのカテゴリーがあり人気も様々です.たとえばシンフォニー(交響曲)やコンチェルト(協奏曲)などは日本人に人気のカテゴリーで,昔から数多くのレコードがありました.一方で宗教曲と呼ばれるカテゴリーは日本人にはマイナーで(私が学生時代受講していた音楽史という講義で行ったアンケートでも最も人気薄だった),クラシック愛好家にもあまり知られていなかった分野です.

 17世紀から18世紀のバロック時代を代表する作曲家として,J. S. バッハがいます.音楽の父ともいわれ,日本でもその名を知らない人はいないくらい有名だと思います.しかし,じゃあバッハってどんな曲を作ったのと聞かれると,意外に知られていません.せいぜい嘉門達夫の「鼻から牛乳」で知られる,トッカータとフーガニ短調やG線上のアリアくらいでしょうか.

 実はバッハの主要作品の多くは,200曲にもおよぶ教会カンタータをはじめとする宗教音楽で,マタイ受難曲やロ短調ミサ曲がその代表とされています.ですから宗教音楽がマイナーな日本であまり知られていないのも仕方ないのかもしれません.

 こういうマイナージャンルゆえ,宗教音楽のLPレコードを手に入れるのは大変でした(モーツァルトのレクイエムのようにちょっとはメジャーな作品もありますが).今ではバッハの宗教音楽も数多くの演奏がリリースされており,私達も聴き比べなどができますが,当時はあまり選択肢がなかったのです.そんな時代に比較的入手可能だったのが,アルヒーフから出ていたリヒターの演奏だったのです.ですから私の世代の人間にとってバッハのカンタータを聴くにはリヒターのレコードを聴くのが一番ポピュラーだったのです.ヘルムート・リリング,ついでアーノンクールとレオンハルトのカンタータ全集が完成したのはその後のことでした.

 私が宗教音楽にのめり込んだ学生時代,数多くのリヒターのレコードを買い込んで聴いていたものですが,その中でも特に聞くに残るのが,1988年の2月15日に「カール・リヒター追悼24時間鑑賞会」という企画です.これは同日0時から翌16日0時までひたすらリヒターのレコード(一部CD)を聴きまくるという鬼のような企画です.モーツァルトのレクイエムから始まって,マタイ・ヨハネの両受難曲,ロ短調ミサ,クリスマス・オラトリオはもちろん,英独両版のメサイアや教会カンタータから器楽曲まで、魂をすり減らしながら聴いたのを覚えています.

 そんな暇も体力もない2019年のこの日は夜から彼のいくつかの演奏を鑑賞しているのでした.

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2019年2月14日 (木)

バレンタインデー

San_valentino  今日2月14日はバレンタインデーです.教会史によると3世紀のローマ皇帝クラウディス2世が、士気が下がるという理由で兵士の結婚を禁止した際に,悲嘆する兵士たちのために皇帝の命に背きひそかに結婚の儀式を行っていた司祭ヴァレンティヌスの命日に由来するとされています.

 日本で女性が意中の男性にチョコレートを贈る日とされたのは1970年代のことで,これは当時の小中高生たちの間で広まった風習です.以来製菓業界の思惑なども絡み,バブル期には贈答品も高額化していきましたが,21世紀に入ったころはなんとなく落ち着いた感があります.とはいえ,基本的に構図に変化はなく,さらには本命ではない男性に贈る義理チョコなども登場し,この時期のお菓子業界の売り上げは相当なものになるようです(このためバレンタインデーそのものが製菓業界の陰謀とされることも).

 私の勤務地である病院というところは,職員に占める女性の割合が高い職場なので,なんとなく自然の流れとして義理チョコをもらう機会が多くなります(旅行に行ってきた際に律義にお土産を配っているのも効いていると思われる).

 ただ,自分自身はチョコレートをはじめとした甘いもの(いわゆるスイーツ)には関心がないので,毎年チョコレートを貰っても消費しきれず,結局別なところに配るという結末になり,いただいた方に申し訳ない気持ちになっていました.なので,なにかの折に

「義理チョコよりも,義理ワインの方が1万倍嬉しいな (^^;)」

 などとつぶやいていました.

 で,2019年のバレンタインデーのこの日,なんと!チョコではなくてワインをくださった方が複数もいらっしゃいました!!

Img_4384  いやぁ~,本当に感激でございます.来月のお返しは真面目に考えなくてはと思ったのでした.

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2019年2月13日 (水)

リヒャルト・ワーグナー

1359558947  今日は2月13日,バレンタインデーの前夜祭などと言ってはいけません(笑)。この日は19世紀後半,ヨーロッパの音楽界,とりわけオペラの世界に大きな影響を与えたリヒャルト・ワーグナーの命日なのです.

 西洋音楽の1ジャンルとしてのオペラは17世紀のモンテヴェルディの時代に誕生しました.当初は宮廷など王侯貴族の楽しみとして発展し,18世紀前半のバロック時代にひとつのピークを迎えます.この時代の代表的なオペラ作曲家がG. F. ヘンデルでした.ヘンデルは今でこそ,「メサイア」などのオラトリオや「水上の音楽」などの器楽曲で知られますが,彼がその生涯で心血注いで取り組んだのはオペラだったのです.この時代のオペラの聴き手は大陸諸国では依然として王侯貴族でしたが,すでに産業革命が始まっていたイギリスでは新興の市民たちでした(イギリスの市民たちに熱狂的に支持されたヘンデルですが,のちには彼らに飽きられオペラではやっていけなくなり,オラトリオに軸足を移すことになります).

Handel_1 (写真) バロックオペラの作曲家ヘンデル

 バロック時代以来のオペラは主として歌手の技巧を聞かせる歌の側面が強調され,劇としての面はなおざりにされる傾向がありました.もっともこれはオペラが内包している宿命的な問題で,歌手が技術的に難しいアリアを朗々と歌っている時間は,同時に劇が停滞する時間でもあるからです.ただ19世紀に入ると,オペラにもより劇性を求めるべきという考えが生まれ,歌と劇の停滞という矛盾を解決する方法が探られます.その中で生まれたのがいわゆる狂乱オペラと呼ばれるものでした.これはヒロインが悲劇のために発狂してしまい,超絶技巧のアリアを歌うというスタイルです.これなら聴衆は発狂してしまったヒロインに感情移入しつつ,その超絶技巧を駆使したアリアを楽しむこともできます.ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」やベッリーニの「清教徒」はこうした狂乱オペラの代表作です.

 とはいえ,こうした小手先のやり方では根本的な解決にならないことは明らかで,ここで登場したのがワーグナーでした.彼が生まれたのは1813年,奇しくもイタリアのヴェルディと同年です.ドイツとイタリアを代表するオペラ作曲家が同年に生まれたことに運命的なものを感じます.

 ワーグナーの人生は各地の劇場を転々としたり,ドイツの3月革命にのめり込んで亡命を余儀なくされたりまさに波乱万丈でした.しかし,そのような境遇の中で,彼は一環として(歌のみでなく)音楽と劇との融合を目指しました.その理想を作り上げるために作曲のみならず,台本も自らの手で書き上げています.

 そんなワーグナーの作風としてよく知られているのが,①無限旋律②示導動機です.このうち前者は従来のオペラが,序曲・レシタティーヴォ・アリアという風に個々の音楽が分断されていたのに対して,彼の音楽では(特に後期の作品は)幕が開くと同時に最後まで音楽が途切れることなく続いていく様子を表しています.このため従来のオペラのように,はっきりとしたアリアなど一部だけを切り取ることが不可能となっています(プッチーニ名アリア集というCDはあるが,ワーグナー名アリア集というCDは存在しない).このため特にイタリア系のオペラでは名アリアの後に会場から拍手や喝采が飛ぶのが定番ですが,ワーグナー作品ではそれらの行為は構造的に不可能です.後者の示導動機(ライトモティーフ)とは人物や感情,情景などを表現するモティーフのことです.とはいえ,その人物が出てきたからそのモティーフが鳴るなどという単純なものではなく,例えば人物の成長に合わせてモティーフ自身も変化し,場面によってはさらに他のモティーフと融合し発展していくなど,歌手の声以外の物語の語り手となるものです.すなわち従来のオペラでは伴奏に過ぎなかったオーケストラ自身も劇の進行に重要な役割を与えられているということになります.このことからワーグナーのオペラ作品を指して,従来の歌劇に対して楽劇と表現することもあります(この楽劇(Musikdrama)という用語はワーグナー自身の造語ではなく,彼はむしろ自らの作品を舞台祝祭劇と称している).

Img018  そんなワーグナー作品,重厚かつ壮大(悪く言えば大げさ)で,人により好き嫌いがはっきり分かれます.私自身は若い頃はあまり好きではなかったんですが,長じるにしたがって,「まあ,こういうのもありかな」と思うようになりました.最近では1月27日に新国立劇場で彼の比較的初期作品である「タンホイザー」を観劇してきました.一般にワーグナーを鑑賞すると,その後2週間くらい,その音楽が頭の中で渦巻いて仕事中など難儀することがあるんですが,今回に限ってはそういうことがありませんでした.思うに今回はワーグナー鑑賞の直後にモーツァルト週間に参加したため,ワーグナーがモーツァルトで中和されたためと思われます(笑).

 今日はそんなワーグナーの命日なのでした.

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2019年2月12日 (火)

東京21合唱団の合宿

 この前の週末,10日&11日は東京21合唱団の合宿に参加してきました.

 現在私が活動しているもう一つの合唱団である,小田原医師会合唱団では毎年合宿を開催しているんですが,こちらの21合唱団ではなぜかその機会がありませんでした.

 しかし,バッハのマタイ受難曲という大曲に取り組んでいく中で,やはりそういう機会は必要だろうということで今回の開催に至ったものです.会場は神奈川県横須賀市にある湘南国際村センター,海の見える高台に建つ広々とした研修所です.

 2月10日は13時50分ごろに横須賀線逗子駅に集合,ここからみんなで路線バスに乗って向かいます(我々のグループでほとんど満員になったので,運転手さんは驚いたに違いない 笑).約30分で会場に到着です.会場準備等を経て15時から練習開始,常任指揮者の佐々木正利先生,音楽監督の飯靖子先生をお迎えして,4時間みっちりと練習しました(合宿ということで時間がたっぷりと取れるため,普段はなかなかできない,ドイツ語についても解説していただきました).

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 学生合唱団時代の合宿というと,ひたすら練習漬けだったんですが,大人の合唱団の場合重要なのが夜の懇親会です.普段お話する機会の少ない方々との交流は楽しいものでした.

Img_1833  宴会は1次会,2次会,3次会と流れて気が付いたら午前様… それでも翌11日は朝から午後3時までみっちり練習したのでした.そんな非常に有意義な連休でした.

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2019年2月 8日 (金)

2月になっています

Img_4308  ひさしぶりの更新となります.気が付けば2月になっていました.最後の更新が1月23日でしたから,約2週間放置していたことになります(笑).実はこの間,冬休みを取って旅行に行っていました.行先はオーストリアのザルツブルクです.

 目的は毎年モーツァルトの誕生日である1月27日を中心に約10日間の日程で開催されている音楽フェスティバル,モーツァルト週間(ドイツ語では"MozartWoche")に参加しコンサートを鑑賞するためでした.我が家ではウチのKが大のモーツァルト好きということもあり,いつの日か行ってみたいイベントだったんですが,昨年11月の段階で急激に話が盛り上がり,行くことになったものです(行くぞ!と決めてからの自分のフットワークは羽根のように軽いです 笑).

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(写真) モーツァルト劇場隣のカール・ベーム・ザールにて

 1月28日出発で2月5日帰国,現地には7日間滞在し,教会のミサを含めて10の公演を鑑賞しました.いやぁ~,本当に素晴らしかったです.詳細はこちらのブログにも近日中にアップしていく予定です(そして途中で放置されるのか 爆).

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