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2017年8月11日 (金)

2つの寮歌

 先日の中央寮歌祭'17で隣の席の先輩と話題にしたお話である.

 一般に2500~3000曲はあるとされる寮歌だが,その中でもよく知られた有名な寮歌となるとそれなりに数が絞られる.俗に3大寮歌などと呼ばれる,第一高等学校の「嗚呼玉杯」,第三高等学校の「紅もゆる」,北大予科の「都ぞ弥生」の知名度は抜群だが,これらに負けず劣らず有名なのが鹿児島の第七高等学校造士館の「北辰斜め」だ.映画にもなった素晴らしい寮歌である.

 で,この「北辰斜め」と三重の神宮皇學館大学予科の寮歌「若草萌ゆる」が非常に似ているのである.

 第七高等学校造士館「北辰斜め」

 神宮皇學館予科「若草萌ゆる」

 このため,先の先輩がとある会合の席で,皇學館の関係者の方に,「皇學館の「若草萌ゆる」は七高の「北辰斜め」からメロディーを拝借したものですか?」と聞いたのだそう.それに対する皇學館関係者のご返答が,「それは違う.そもそもその2曲は同じ作曲家による別な作品なので拝借には当たらないし,当地で「若草萌ゆる」を作ったのちに鹿児島に転勤されてそこで「北辰斜めを」を作ったのだ(だからこちらの方が先なのだ).」というものだったらしい.

 中央寮歌祭ではこの2曲とも披露されるのだが,資料を見ると確かに両曲とも作曲は須川政太郎となっており,件の皇學館関係者の話が正しそうである.なるほどなぁ,そういうこともあるんだ,とこの日は妙に感心した.

 ただその後,この件について少し調べたところ,いくつかの疑問がわいてきた.まずは2つの寮歌の成立年代である.

 北辰斜め   大正四年(1915年)

 若草萌ゆる  大正十三年(1924年)

 あれっ,北辰斜めの方が古いんですけど.さらに作曲家である須川政太郎の軌跡である.こちらについては文書の資料が手元にないのでネットの情報であるが,明治17年に和歌山県に生まれ東京音楽学校(現東京藝術大学)を卒業し,大正2年(1913年)鹿児島師範学校の音楽教師として赴任した.その後京都師範学校,彦根高等女学校,半田高等女学校等を歴任した… とあります.先の寮歌の成立年代と同様,作曲者に関しても鹿児島勤務が先であり,その後関西・東海地方に勤務という順番のようである.

 以上を結論付ければ,曲の成立順は「北辰斜め」→「若草萌ゆる」である.同一作曲者による作品であるため,曲が似ているからといってどちらかが借用という性格のものではない(もちろん意識していたかしていないかは別にして,「若草萌ゆる」を作曲した段階で,過去の「北辰斜め」のイメージが頭にあった可能性はある).ということになるのだろう.

 では件の皇學館関係者がどうしてそんなことを言ったのかであるが,単に間違って覚えていたという可能性もあるが,作曲家の件を知っている方であるため,もしかしたら「借用ですか?」と聞かれたことに対して内心穏やかではなく,あえて事実と異なることを言った可能性があるのかなと思ったのだった.

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