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2017年5月11日 (木)

記念の日

 今日は5月11日,実は当ブログにとっては非常に大切な日である.

 まずは,ブログ名にもなっているビザンチン帝国の都コンスタンティノープル(現イスタンブール)の開都記念日であることだ.古代ローマ帝国の都はもちろんローマ市だったわけだが,3世紀以降産業の衰退が激しく,街には無産市民や無能な元老院が跋扈しているありさまで,まともな政治が行える環境ではなくなっていた(それどころか下手にこの街にいると政争に巻き込まれて殺される恐れもあり,まともな皇帝はローマに寄り付こうとはしなくなった).一方でこの頃から東方に勃興してきた大国(パルチア王国,ササン朝ペルシャ帝国)に対応するためにも,ローマよりももっと東側に新しい都が望まれていた.

 この時に白羽の矢が立ったのが,ビザンチウム(ビザンチオン)と呼ばれるバルカン半島の南東部,ボスポラス海峡に面した港町である.この街は金角湾という良港を備えるほか,3方を海に囲まれた要害の地でもあり,東方ににらみを利かせる新首都として相応しいと考えられたのからある.折しもディオクレティアヌス帝亡き後の後継者争いに勝利したコンスタンティヌス1世が正式にこの街を新首都とし,その開都式を行ったのが330年5月11日なのである.

Isutanbul22_015 Istanbul1_233 (左写真1) 幼子と聖母マリアに捧げものをするコンスタンティヌス1世(右)とユスティニアヌス1世(左),(右同2) イスタンブールの象徴アヤ・ソフィア(聖ソフィア大聖堂) ともに2009年9月訪問

 続いては同じくビザンチン帝国の話題.ローマ帝国は395年のテオドシウス帝の死後完全に東西に分裂したが,西の帝国の衰退は激しく476年に滅亡する.その旧領はゲルマン人諸部族が群雄割拠する土地となったが,その失われた領土を回復したのが6世紀のビザンチン皇帝ユスティニアヌス1世である.彼の時代帝国は領土的な最盛期を現出した(ただし経済面を含めた全盛期は10世紀末~11世紀初頭のマケドニア朝といわれる).そんなユスティニアヌスが生まれたのが483年5月11日のことである.

 そして3つ目は新選組関係の話題,近藤勇や沖田総司とともに新選組でもっとも有名な人物の1人である土方歳三が函館で戦死した日である.慶応四年(1868年)正月の鳥羽伏見の戦いに始まる戊辰戦争は,その後の上野戦争や会津戦争等を経て,翌明治二年の箱館戦争に至る.この間新選組は佐幕派勢力として常に闘い続けてきたが,土方歳三もまた彼らとともに戦いこの箱館までやってきていた.しかしながら新政府軍の攻勢の前に形勢不利となり,5月11日一本木関門付近の戦いにて戦死したとされている(弁天台場に立てこもっていた新選組は5月14日に,五稜郭の本隊は5月18日に降伏した).

Hiji3 Hiji2 (左写真3) 現在の一本木関門,(右同4) 同地にある土方歳三の碑(ともに2007年4月訪問)

 このように5月11日はビザンチン帝国と新選組を愛好する当ブログにとって非常に重要な日なのである.

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