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2017年2月23日 (木)

ヘンデルの誕生日

 立春が過ぎて,寒さと温かさが入れ代わり立ち代わりしている感じの当地です.

Img_0  今日2月23日はバロック時代を代表する作曲家,G. F. ヘンデルの誕生日です.1685年の2月23日にヘンデルは今のドイツの東部にあるハレという町で生まれました.彼の父はわが子に法律を学ばせようと大学に入れましたが,ヘンデル自身は法律よりも音楽に興味があったようで,父の反対を押し切って音楽の道に進むことになります(彼と同年生まれの大作曲家J. S. バッハが音楽一家だったのと対照的です).

 まずは1703年に北ドイツのハンブルグにあるオペラ劇場の奏者となりました.ここでオペラの作曲も始めています.1706年から1710年にかけて音楽修業のためにイタリアに行き,ローマ,ナポリなどを遊学しています.この時当時イタリアで著名だった,A.スカルラッティの薫陶を受けたそうです.

 1710年に帰国したヘンデルは北ドイツにあるハノーヴァー選帝侯の宮廷楽長に招聘されました.ちなみに選帝侯とは,神聖ローマ皇帝位の選挙権を持つ有力な諸侯のことです.25歳でこんな重要な宮廷の楽長になったのですから,大出世といえます.しかし彼は就任して間もなくロンドンに渡りました.そしてこの地で新作のオペラを発表したのですが,これがウケて大いに気を良くしたようです.

 1711年にいったんハノーヴァーに戻りましたが,ロンドンでの成功の記憶が忘れられなかったのか,なんと宮廷楽長に在職のまま再びロンドンに渡り,以後二度とドイツに戻ることはなかったのです.言ってみれば仕事を放り投げて外国に逃げてしまったようなものです.雇い主のハノーヴァー選帝侯はどんな気分だったのでしょう.

 しかし事実は小説よりも奇なりと申しますか,その後すごいことになるのです ( ゚Д゚).

 1714年イギリス国王アンが急死し,17世紀以来のスチュアート朝が断絶してしまいます.イギリス議会では各地にいる,スチュアート家の親戚筋から新国王を探すことになったのですが(18世紀当時のイギリスではすでに国の主権は議会に移っており,国王は君臨すれども統治せずの存在になっていた),そこで白羽の矢がたったのが,なんとかつてヘンデルが捨て去った(笑)ハノーヴァー選帝侯その人でした.実は選帝侯ゲオルグはスチュアート家の血を引く人物だったのです.こうして選帝侯ゲオルグが新イギリス国王ジョージ1世としてイギリスにやってくることになったのです(ドイツ語のゲオルグが英語ではジョージになります).この時に過去のいきさつから新国王と非常に気まずい雰囲気になったヘンデルが,国王と和解するために作ったのが有名な水上の音楽と言われていますが,これは事実ではないようです.

 いずれにせよヘンデルはその生涯の大部分をイギリスで過ごし,1727年には正式にイギリスに帰化しました(名前もドイツ式のゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルからイギリス式のジョージ・フレデリック・ハンデルになります).1759年4月14日に亡くなり,その遺体はウエストミンスター寺院に埋葬されています.

 生前のヘンデルはオペラ作曲家として知られていましたが,その後彼のオペラは忘れ去られてしまい,メサイアなどのオラトリオ作品や協奏曲などが代表作とされるようになりました.しかし近年になり再び彼のオペラにも光が当てられるようになり,実際に上演される機会も増えています(今年のNHKニューイヤーオペラコンサートでもBCJによるヘンデルのオペラの一部が演奏されたのが記憶に新しい).

 そんなヘンデルのオペラ作品でもっとも有名なものが,歌劇「クセルクセス」でしょう.クセルクセスとは古代のペルシャ戦争期のペルシャ王です.この作品の冒頭に登場するクセルクセスによるアリアが非常に有名な「Ombra mai fù(オンブラマイフ)」です.この曲は一般にソプラノによって歌われる作品ですが,実は役柄であるクセルクセスは男性です.男性のアリアをどうしてソプラノが?と思いますが,これは「アリアは華やかでなければならない」という当時の風潮に原因があります.より高音の方が華やかだということで,当時は少年期に去勢することによって,成人してからも変声期前の声質で歌える男性歌手がたくさんいたのです(こういった歌手をカストラートといい,男性並みのスタミナとパワーで女性の声で歌うという現代では再現できない歌手だったとされています).このアリアを歌うクセルクセスもカストラートの役柄だったわけです.

 日本でこの曲が有名になったのは,なんといっても1980年代に放送されたキャスリーン・バトルが歌うニッカウィスキーのCMでしょう.故・実相寺昭雄の映像とともに歴史に残るCMじゃないかと思います(この時代,酒のCMにクラシックというのがたくさんあったと思います).

 ちなみに2月23日は日本の皇太子殿下の誕生日でもあります.なので順当に行くと,いずれこの日は祝日になることが予想されます.2月下旬の祝日があってもいいなと単純に思ったのでした.

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