歌劇 セビリアの理髪師
最近音楽系の話題ばっかりになっている気がしますが,昨夜新国立劇場のセビリアの理髪師公演を鑑賞してきました.セビリアの理髪師はポーマルシェのいわゆるフィガロ3部作の最初の物語をロッシーニがオペラ化した作品で,その初演は1816年,奇しくも今年(2016年)は初演から200年の記念イヤーということになります(ちなみに日本で初演されたのは1917年のことで,こちらは来年で100年).現在ではロッシーニの代表作であるばかりか,イタリアの喜歌劇であるオペラ・ブッファの最高傑作と目されるほど有名な作品となっています.
物語のあらすじは,美しい娘ロジーナに恋をした若きアルマヴィーヴァ伯爵が,理髪師兼何でも屋のフィガロの協力を得て,ロジーナの後見人の医師バルトロやずる賢い音楽教師バジーリオの妨害を乗り越えて結婚に至るというものです.今回の新国立劇場の舞台はケップリンガーによる演出で,2005年が初出であり,その後2006年,2007年,2012年のシーズンに続き,今回が4回目の再演ということになります.自分も2012年のシーズンに観劇していますから,演出そのものは知っている舞台ですが,今回の注目はなんといっても大抵の公演ではカットされることの多い,第2幕終盤の伯爵のアリアが演奏されるこということでした.
この2幕の伯爵のアリアは,バルトロたちに自分がアルマヴィーヴァ伯爵であることを明かし,逆らうのをやめろと宣言する場面の歌です.長大なコロラトゥーラの超絶技巧を要求される難アリアで,初演の歌手だったマヌエル・ガルシアの力量を前提に作曲されたといわれています.ただ裏を返すと最高クラスの歌手でないと歌いこなせないということでもあり,このアリアは初演からほどなくカットされて歌われることが無くなってしまいました(もっとも,出演する歌手に合わせてアリアなどを改変するのはこの時代では至って普通のことでした).
そうした状況は20世紀末のいわゆるロッシーニ・ルネサンスと呼ばれる時期まで続き,近年ようやく技術を持ったテノールによって歌われることも出てきました.今回の公演で伯爵役として起用されたマキシム・ミロノフはこのアリアを歌える技量を持つ歌手ということで,歌われることになったと思われました.
今回実際に鑑賞してみて,改めてすごい曲だと実感,たしかにこれは下手な歌手じゃ歯が立たないだろうなと思いました.
で,このアリアが挿入されたセビリアの理髪師を見て,ようやく納得がいったこともあります.それは,1幕からあれだけロジーナとの結婚に執着していたバルトロがなぜ引き下がったのかということです.このアリアがなければ,単にフィガロの策略で伯爵とロジーナの結婚証書が作られてしまったために諦めたということになり,それまでの執着ぶりから考えてあっさりしすぎていると感じるからです.バルトロほどの地位と財産を持った人物なら,証書を破り捨てるとか,「こんな結婚は違法だ」と訴えるとか,まだまだ対抗策はありそうなものです.しかし,この伯爵のアリアを挟むことによって,領主である伯爵自身の叱責を受けてバルトロが引き下がるという構図が見えてきます.伯爵が自ら正体を現して,「逆らうのをやめろ」と歌い,バルトロたちが「恐れ入りました」と降参するこの場面は,時代劇でいえば水戸黄門が印籠を出す場面,遠山の金さんが桜吹雪を見せる場面に相当する,(本来なら)2幕最大の山場です.この重要場面がこれまでほとんど上演されてこなかったことは,私たちはこうしたクライマックスのない水戸黄門や遠山の金さんを見て来たんだなと,妙な気分になったのでした.
そんなミロノフの超絶アリアが聴けるセビリアの理髪師,12月4日,7日,10日とあと3回公演があります.この機会にぜひどうぞ (^.^).
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