ボリビア旅行記7
旅行から帰って1か月経ってしまいましたが,この記事を完成させないと本当の日常に戻れないというわけで,残りの日数頑張っていきたいと思います.
さて,2月12日はウユニを離れる日です.朝の飛行機に乗るということで,この日の起床は3時50分でした.身支度と荷物出しをしてロビーへ.さすがにこの時間にレストランは開いていないので,ロビーお茶とクッキーが用意されていました.しばし寛いだ後,3日間お世話になった高坂先生とお別れして,これまた3日間お世話になった専用車に乗り込みます.
5時にホテルを出発,一路空港に向かいます.ウユニにはもともと空港はなく,かつてはラパスからバスで10時間かけてようやくたどり着くという真の秘境状態だったそうです.観光需要が増して,空路が設定されたのはわずか4年前(2011年),以来訪問が容易になったこともあって,日本でも大手旅行会社で扱う機会が増え,今に至っています.
順調に走っていたんですが,忘れ物をした参加者がいたらしく,その往復のためしばし停車となりました.無事に取ってこられたようで再び発車,コルチャニ村に入ると,なんと目の前の線路を貨物列車が走っています.たしかこの路線週に2便とかいってたような… なんにせよすごく貴重な光景だと喜んだのでした(これも日頃の行いか?).
6時15分ごろに空港に到着,ここも国内線なので添乗員さんとガイドのみずえさんがチェックインの手続きをしてくれます.しばし待ち時間ですが,ふと見ると上の方で火が燃えているストーブを発見,なんて効率が悪いんだろうと思いました(暖かい空気は上に上るので,暖房はなるべく低いところで燃やすのが一般的.逆に冷気は下に向かうので冷房は天井に付ける).
手続きも終わったのでそのままセキュリティへ.ゲートをくぐると,「ブ~」となってしまいました.すると女性の係員が,「オハヨウゴザイマ~ス」と言って棒のような機械で胸やお腹をチェック,そして「ウシロムイテクダサ~イ」と促して今度は背中をチェックして,無事終了となりました(この係員,東洋系の乗客には判で押したように同じセリフをしゃべっていたのが笑えた).
その後7時過ぎから搭乗開始となり,もう全員乗り込んだのか,定刻よりも早く出発します.離陸して窓からウユニ塩湖が見えます.「ああ~,この光景も見納めか」と感慨にふける私,旅行の時はいつもこの瞬間が切ないです.飛行機は雲の上を順調に飛行しましたが,途中で虹のリングの中に機影が映る,ブロッケン現象が見えました.
(左写真4) 空から見たウユニ塩湖,(右同5) ブロッケン現象が!
1時間もかからないでラパスの空港に着陸,一同飛行機を降ります.ラパスはボリビアの事実上の首都です(憲法上の首都はスクレ).ウユニのような高地の秘境から首都に戻ると,「ああ,平地に降りてきたのか」と錯覚しますが,実はラパスとウユニは標高差がほとんどありません(というか,ラパスの空港は標高4000メートルでウユニよりも高地).なので首都についたからといって,安心できないのがボリビアという国,深呼吸をしながらゆっくりとターミナルに歩きます.ターンテーブルから荷物を受け取りターミナルの外へ,待っていたマイクロバスに乗り込みました.
(写真7) ボリビアはいまだムラ社会で,通りには「おきてを守らないとこうだ」という人形が吊るされています
ここからはまず,ラパス郊外にあるティワナク遺跡に向かいます.南米というとインカ帝国のイメージが強烈で,このためなんとなくインカ時代が長く続いていたように錯覚しますが,実はインカ帝国の歴史は15~16世紀の100年程度に過ぎず,それ以前には南米各地にさまざまな文明が栄えていました.ここティワナク文化は,それらプレインカ文明の中でもとりわけ古いもので,その始まりは紀元前にさかのぼるといわれています.
(左写真8) ティワナク遺跡,(右同9) 天上の世界とされるアカバナ
まずは遺跡そばの博物館で歴史や構造を学習,その後遺跡に入ります.ティワナク遺跡は天上の世界,地上の世界,地下の世界からなるようで,天上部分にはかつて巨大ピラミッドがあったそうです.ただ現在は廃墟と化しており,足場等も悪いため眺めるだけになりました.そのまま地上の世界を構成するカラササヤと呼ばれるところへ.ここは台状に石組みがされた空間です.ここにはかつてさまざまな建築物があったとされてますが,今残っているのは太陽の門と呼ばれる門などごく一部です(この門も本来の場所ではないらしい).
(左写真10) 地上の世界とされるカラササヤ,(右同11) 太陽の門
その後は地下神殿へ.ここはたくさんの人の顔が彫られている壁で有名です.いろんな顔があって,中にはソクラテスのような風貌の顔もありました(この地下空間は立ち入り禁止らしいんですが,特にロープが張ってあるわけでもないため,知らずに入った欧米系の観光客が怒られていました).
(左写真12) 地下神殿,(右同13) 壁からはたくさんの顔が
遺跡の観光を終えたあとはラパス市内へ.途中市内を一望できる展望台へ立ち寄ります.ラパスは盆地状の空間に200万人が暮らしています.日本だと山の手・下町なんていうように偉い人&お金持ちは高いところに,庶民は低いところに暮らすの が定番ですが,ラパスのような高地は逆です.高いところは空気が薄く,水源がない,雷も落ちるということで嫌われ,お金持ちほど低いところに住み,貧しい 人たちは高いところや斜面に暮らしているのでした.
展望台を後にして市内の低いところへ入ります.この日の昼食は久しぶりの日本食,しかもカレーでした(市内のヨシコというお店).ほっとする味でうれしかったです(盛りが多いように感じたんですが,お店の人によるとこれでも少な目にしているとのこと.現地の人はどれだけ食うんだと驚きです).ランチ後はホテルへ.リッツという名のホテルでしたが,あのリッツ・カールトンとは別経営らしいです(笑).しゃれた感じのよいホテルでした(キッチンもあって自炊できる).
少し休んだあと市内観光(というか買い物タイム)へ.ラパスは坂の多い街ですが,特に繁華街として知られるサガルナガ通りは函館の大三坂通りをにぎやかにした感じでした.みんなこの周辺で買い物です.私とKはというと,相変わらずネタモノを見つけては喜んでいました(笑).
(左写真17) ラパスは坂が多いです,(右同18) なぜか楽器屋さんが多い
(左写真19) リャマの胎児のミイラ,(右同20) リャマハTシャツ(笑)
(左写真21) 愛の妙薬?(笑),(右写真22) なんちゃって和食のお店のメニュー,「NEGURI」とは「にぎり」のことなんでしょうか?
買い物からホテルに戻り休んだ後夕食に向かいます.この日は夕食も和食,今度は市内の高級住宅地っぽいところにある「ふるさと」というお店でした.ここでは一人予算80ボリのフリーオーダー制ということで,お昼のカレーの影響が残っていた我々は日本酒とおつまみにしたのでした.
夕食後は市内の夜景がきれいな公園へ.写真ツアーなのでみんな三脚持参でバシャバシャ撮っていました.ちなみに日本だとこの手の公園はカップルがたくさんいますが,ここはそうではなくお国柄の違いなのかと思いました(去年の同じ時期に行ったミャンマーでは公園というと,昼間から大勢のカップルがイチャついていたのを思い出します).
しばしの写真撮影後はホテルに帰還,我々は飲み足りないのか(笑),ミニバーのビールを開けて飲んでいたのでした.
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