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2011年12月17日 (土)

日本100名城スタンプラリー99

日本100名城 鬼ノ城(69番)

 日本10名城スタンプラリーもいよいよ99城目,ラス前は古代城として知られる鬼ノ城です.古代城というのは主に古墳時代から平安時代にかけて築かれた城郭です.日本100名城としては東北地方の多賀城,九州にある大野城,そして本日のテーマである鬼ノ城があります.

Okayamaensei1_530(写真1) 鬼ノ城のジオラマ

 このうち多賀城は大和政権の律令国家が東北地方に勢力を伸ばす過程で築かれた出先の城ですが,大野城とこの鬼ノ城は古墳時代の7世紀,663年に白村江の戦いで敗北した天智天皇が大陸からの侵攻に備えて造らせたといわれています.ただ,九州の大野城は日本書紀にそのような記述があるので確実ですが,この鬼ノ城については文献的に裏付ける資料がないとされています.

Okayamaensei1_534(写真2) 復元された西門付近

 鬼ノ城は現在の岡山県総社市にある鬼城山の山頂の周辺を一周3キロ近くにわたって石垣や土塁で取り囲んだ構造となっています.城壁の所々には人や物資が出入りする門や城内の水を管理するための排水口である水門が造られていました.また城壁の内部には居住空間や倉庫などの建物の跡も残されています.

Okayamaensei2_026(写真3) 屏風折れの高石垣

 鬼ノ城という名称ですが,当時朝鮮半島において新羅に滅ぼされた百済国の王子(その名を温羅という)がこの地にすみつき,往来の物資を略奪するなどの狼藉を働いたため,恐れおののいた地元民がここを「鬼が住む城」という意味でそう呼んだという伝説があるそうです(これが桃太郎伝説の原型といわれます).

Okayamaensei1_555Okayamaensei2_057(左写真4) 北門跡,(右同5) 南門跡

 7世紀当時国内では大陸からの侵攻が真剣に心配されていましたが,唐や新羅は当時朝鮮半島北部にあった高句麗への攻撃を優先させたこと,さらには肝心の唐王朝の宮廷内部に,いわゆる武韋の禍と呼ばれる政変が起こったために現実となることはなく,この鬼ノ城も実戦で使われることはありませんでした.

 その後大陸の脅威が薄れるにつれて忘れ去られた城となり,歴史の中に埋もれていきました.

 しかし,1970年代から調査が始まり1986年には国の史跡に指定され,西門を中心とした復元も行われています.

Okayamaensei1_554鬼ノ城へのアクセス: JR総社駅から車で20分.公共交通機関がないのでタクシーまたはレンタカー利用となります.最寄駅はJR吉備線の服部駅ですが,歩くとどれだけかかるかは不明です.

スタンプの設置場所 鬼ノ城入口にある鬼城山ビジターセンターにあります.

登城のハード指数(★★☆ ややハードです) 城内は広く,各史跡が点在しているため結構歩くことになります.

69kinojo登城日 2011年1月25日

 

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コメント

おおっ鬼ノ城!
ここも百名城の一つだったとはΣ( ̄□ ̄;)この城の尾根を伝っていく古い道があり、その先に浮田(ういた)温泉があります。ここは、鬼のうらが来て、傷を癒したとの話が伝わってますよ〜これも実家からすぐ(笑)車があればうらが鬼ノ城より投げた弓が、吉備彦の投げた石と当たって落ちた矢食いの宮や、秀吉の見ず攻め跡など歴史好きには楽しいところです。

投稿: おねえさま | 2011年12月17日 (土) 15:48

おねえさま

こんにちは,コメントありがとうございます.
そうなんですよ,岡山には100名城が4つもあって,この鬼ノ城のその一つです.

さすが!お詳しいですね.浮田温泉は知りませんでした.今回は車で乗り付けて城の外周を回って,あとは内部の散策を行ったところで時間切れとなり残念ながら古道は歩きませんでした.

そうそう,あの備中高松城もここの近くですね(なぜか100名城には入ってないんですが).

投稿: ビザ皇帝 | 2011年12月18日 (日) 11:28

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