この三連休を利用して信州の上高地に行ってきました.
上高地は北アルプス南部の山あい標高1500メートルにある平地の名です.本来こんな標高の高い,しかも山脈の真ん中に平野なんてあるはずがないんですが,ここは大昔に火山の噴火で川がせき止められて湖になったところに土砂がたまってできた平野なんだそうです.
明治時代にここを訪れたイギリス人ウォルター・ウェストンの著書によって,その存在が広く知られるようになりました.とはいえ,当初は交通も不便なこの地を訪れる人も少なかったんですが,昭和8年(1933年)に釜トンネルが開通し,自動車で上高地に入れるようになってから徐々に観光客も増加していきました(今に続く上高地帝国ホテルが開業したのもこの年です).
第二次大戦後レジャーが大衆化され,またマイカーの普及とともに上高地を訪れる観光客は飛躍的に増加しましたが,アクセスが昭和8年完成の釜トンネルのみだったことから,慢性的な渋滞と違法駐車の続出という事態になり,またこれらマイカーの排出する排気ガスによる環境汚染も心配されたため,昭和50年から休日を中心にマイカー規制が始まりました.平成8年からはマイカーは通年規制となり,現在はさらに休日を中心に観光バスも規制されるようになっています(路線バスとタクシーのみ入山可).その一方,長らく狭い上に急勾配だった釜トンネルも新道が掘られ,以前よりはるかに通過しやすくなっています.
私が始めて上高地に入ったのは学生時代の昭和61年のことです.この頃は夏休みシーズン以外の平日はマイカーOKだったので友人の車で行ってきました.大正池から見える穂高の山々に感動した記憶があります(この時は日帰り).その後も訪問歴があったんですが,今回ウチの母親がぜひ行きたいというので行ってきた次第です.
(写真1) 今から20年以上前の上高地訪問時のもの(向かって左が私)
臨時に休みを取った10月8日金曜日の朝,新宿からバスで上高地に向かいます.天気はまずまず,バスは中央道から長野道,国道158号線を快調に走ります.どんどん標高が高くなり急カーブが多くなります.マイカーで来た人たちが車を置く沢渡の駐車場地帯を過ぎてしばらくするとトンネルが見えました.これが新釜トンネルです.以前の訪問時にあった旧釜トンネルは昭和8年に掘られたもので,幅も3メートルくらいしかないうえに急カーブが連続して(トンネル内で),しかも勾配が急峻なため,大型車のすれ違いは不可能でした(あまりに急なので,壁面にはローギアで走行せよとの注意書きが書かれていました).そのためトンネル全区間で片側交互通行が行われていて,このトンネルを通過するだけで30分以上かかることもザラでした(トンネル入り口には青3分,赤15分と書かれていました).新釜トンネルは全線2車線で勾配・カーブともかなり緩和され,大型バスもスムーズに走っていました(その分距離は伸びましたが,セカンドギアで十分な感じ).
(写真2) マイカーOKだった時代の上高地駐車場のチケット
新釜トンネルを抜けると,もうそこは上高地です.しばらく走ると大正池が姿を現します.ここは大正年間に火山噴火でできた池なのでこの名前があります.その後赤い屋根の帝国ホテルを過ぎ終点の上高地バスターミナルに到着しました.
まずは荷物を置こうとホテルに向かいます.今回の宿泊は梓川にかかる上高地で一番賑やかな場所,河童橋前にあるホテル白樺荘です.上高地のホテルには洋室系(帝国ホテル,五千尺ホテル,清水屋ホテル)と和室系(白樺荘,温泉ホテル,西糸屋旅館)があるんですが,今回は還暦を過ぎた母親が一緒だったので和室系,しかもターミナルから近い場所ということで,ここにした次第です.
(写真3) 五千尺ホテルのチーズケーキ
荷物を置いたらさっそく散策開始,まずは河童橋を渡って対岸にある五千尺ホテルの喫茶室へ.ここでケーキを食べるのが通です(笑).チョット休んだ後,梓川左岸に沿って上流に向かいます.爽やかな高原の空気を吸いながら約1時間で明神館に到着です.途中の林にはいろんなキノコが生えていました.明神館近くの明神橋で梓川を渡って今度は右岸に沿って河童橋に戻ります.途中には明神橋の由来にもなっている明神池があります.静かな湖面に映る山や木々が神秘的でした.
(左写真4) 明神橋からの山の威容,(右同5) 明神池
(左写真6) あちこちにキノコが,(右同7) 梓川上流の風景です
1時間ほどの散策で無事に河童橋に到着,ちょうどホテルのチェックイン時間だったのでそのまま部屋に入りました.お風呂に入ってゆったりしているうちに夕食の時間,ここの夕食は山の懐石料理と呼ばれるコース料理です.松茸や岩魚の塩焼き,信州サーモンのお刺身などに舌鼓を打ったのでした.
(写真8) 旬の松茸をいただきます
一夜明けた10月9日は… なんと雨(泣).晴れ男の自分にはないパターンです.仕方ないので近くにあるビジターセンターでの上映を見たりして過ごしました.
(写真9) 雨の上高地です
最終日の10月10日は晴れです.この日は河童橋から初日は逆方向,大正池方面に向かっての散策です.まずは河童橋を渡って左岸を下流に向かいます.途中で梓川の河原に出て景色を堪能しました.しばらく歩くと対岸にホテルが2軒見え,やがて橋が出現します.ここが田代橋です.橋の名前は同名の池に由来しますが,実は結構遠かったりします(笑).橋を渡らずにそのまま左岸を進むと道が二つに分かれました.実はどっちを行っても田代池に着くんですが,まずは川沿いのルートを行きます.このあたりに来ると,団体客が大勢いて賑やかになっていました.橋から20分ほど歩いて田代池に到着です.ここも初日の明神池同様湖面に映る景色が神秘的でした(人が多すぎて,そういう意味での神秘さはありません 笑).
(左写真10) 美しい北アルプスの山々,(右同11) 朝もやの河童橋とホテル白樺荘
池を見た後,さらに川沿いを下流に向かいます.しばらく行くと大きな池が見えてきました.ここが大正池です.大正4年に焼岳の噴火で発生した土石流で梓川がせき止められてできた池です.その雄大な眺めと土石流でやられてしまった木々が立ち枯れた風景の妙が素晴らしく,上高地を代表する風景です.ただ大正池は年々上流からの土砂で埋まってきているとのことで,たしかに私が始めて訪問した昭和61年時分と比べると,こじんまりとしてきたなぁと感じました.
(左写真12) 今の大正池,(右同13) 20年前の大正池
大正池の景色を眺めたあと,来た道を引き返します.そして田代池からは往路通らなかった川沿いでないルートに入ります.やっぱりみんな川沿いのルートを行くらしく,こちらのコースは人がおらず貸しきり状態でした(笑).
(左写真14) 田代池から梓川下流を見ます,(右同15) 林の中の道は木道になっています
田代橋付近で川沿いルートと合流,ここから一気に人口が増えます.今度は橋を渡って川の右岸に沿って戻ります.数分歩くと大きなホテルが2軒,ここが上高地で温泉がある二つのホテルです(上高地温泉ホテルと清水屋ホテル).見たら足湯無料の文字が… ムチャクチャ惹かれましたが帰りの時間があるので断念しました(この辺に前日の雨が悔やまれる).
(写真16) 梓川と北アルプスの山々
ホテルを過ぎてしばらく行くと,ちょっとした休憩所があります.ここがウェストン園地で,上高地を世界に紹介したウェストン氏の碑もあります.川沿いの道を歩きながら対岸を見ると大勢の観光客が歩いていました.走行しているうちに見慣れた河童橋が出現,散策は終了となったのです.
(写真17) ウェストンの碑
ここでちょうどお昼時間になったので,白樺荘のレストランに入りました.一度試してみたかったビーフカレーに挑戦です.美味でした(ついでに地ビールにも 笑).
(写真18) 最終日のお昼にいただいたビーフカレーです
昼食後荷物を引き取りバスターミナルへ,14時出発のバスで帰路と相成ったのでした(帰りが中央道の渋滞が心配されましたがたいした事はなく,予定の20分遅れで無事に到着しました).
最近のコメント