« 帰国しました | トップページ | エスカレーター »

2009年9月 6日 (日)

イスタンブール滞在記3 ~9月2日~

 イスタンブール滞在3日目です.昨日の午前中はなぜか雨だったんですが(笑),午後からは晴れとなり,その続きで3日目も朝から快晴でした.この日はビザンチン帝国とは直接関係ないんですが,イスタンブール観光では欠かせないオスマントルコ時代の宮殿であるトプカプ宮殿を見学することにしました.トプカプ宮殿はちょうど旧市街の先端近くの高台に建っていて,旧市街はもちろん,新市街やアジア側も一望できるロケーションにあります.

Isutanbul3_013 (写真1) トプカプ宮殿入口の皇帝の門

 チケットを買って中に入ろうとするとセキュリティチェックがありました.オスマン帝国時代の財宝が山ほどありますから,悪いことをしようとする人を排除するためかもしれません. 謁見の間や様々な門,後宮(ハレム)はもちろんですが,何といっても財宝の数々に目を見張ります.宝石が惜しげもなくちりばめられた,とても実戦には使えそうにない(笑)短剣や箱,壺や食器などが並べられていました.これらをすべて売却すればトルコ政府の債務はすべてチャラになってお釣りがくるという噂は本当だと感じました.

Isutanbul3_054 (写真2) ハレム内にあるスルタン専用ハマム

 結局朝から昼過ぎまで見学し,宮殿内のレストランで昼食を摂りました.その後は旧市街の少し離れた史跡を見に行こうと路面電車(とはいっても松山や函館にあるような小型のものではなく,数両編成の立派な奴)で繰り出しました.

Isutanbul3_142 (写真3) ヴァレンス帝の水道橋,4世紀の建造物です.

 イスタンブールは海に突き出た岬に作られた街で,実は川などの水源に乏しいという弱点があります.このためビザンチン皇帝たちははるか西の水源から水をひくために立派な水道橋を作ったのです(ヴァレンス帝の水道橋).さすがに今では現役で使用されてはいませんが,4世紀に造られたその一部が現存しています(4世紀,日本でいえば邪馬台国のちょっと後くらいです).

Isutanbul3_153 (写真4) 工事中の旧パントクラトール修道院

 今では水道橋のアーチの下を自動車やバスがビュンビュン走っています. その後,水道橋の近くに建つビザンチン時代の修道院で今はモスクになっているパントクラトール修道院(現ゼイレクジャミィ)を見に行きました.場所がいまいちわからず苦労してたどり着いたんですが,残念ながら工事中で外観の一部しか見られませんでした. その後はイスタンブールの地元民しか行かないようなバザールを通ってホテルに戻りました.

Isutanbul3_161_2 (写真5) 地元の人しかいない商店街

 

|

« 帰国しました | トップページ | エスカレーター »

コメント

小泉文夫コレクションを観ながらビザンチウムを想ってます
もう30分するとバッハカンタータクラブの演奏です
M元さんがBWV43でソロをします
音校にて(藝祭2009)

投稿: Gustus | 2009年9月 6日 (日) 15:05

おかえりなさいまし。
楽しいお里帰りのご様子 なによりです。

4世紀に水道ですかっ! 発想が違いますね。
でも、その下を車が走っているというのもスゴイです。
耐震構造などは大丈夫なのか? と、思ってしまいました。

そういえば 日本で水道がひかれたのはいつごろなんでしょう?
時代劇でもいつも 井戸か水がめですよね。

投稿: 琴 | 2009年9月 6日 (日) 17:07

江戸っ子の自慢は水道の水で産湯を使ったことでした

長屋風景に登場する井戸は水道水の汲み出し口です
井戸の底は水がめでなく水桶がはめられてました
江戸の水道の始めは戦国時代の小田原で小田原攻めの際全国に広まったそうです
家康がやってきて江戸に上水道をつくり木樋石樋で供給しました
それまで東京でも何箇所かのハケがあり清水として大事に扱われその周辺か谷戸に住んでいたようです
http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/01/index.html

投稿: Gustus | 2009年9月 6日 (日) 20:01

ビザ皇帝様 こんばんは!
おかえりなさいませ!!

ブログ更新はやっぱ難しかったですかー!
接続不安定は仕方ないですもんね…。

ルーツを辿る旅、お疲れ様でした!

>宝石が惜しげもなくちりばめられた,とても実戦には使えそうにない(笑)短剣や箱,壺や食器などが並べられていました。

ぎゃはははは!!「世界ふしぎ発見」見てていつもそんな事思ってましたよ!
私だけじゃなかったんだ!やったー!!
こんなの重くて被れないぜ!とか眩しくて天気の良い日は使えないとか、暗闇に潜んでて月明かりに反射してバレるとか、食器で筋肉が鍛えられるとか…。

地元民が利用するバザールってその地を一番知る事ができますよね?

いろいろ楽しんで来られたようで何よりです!

投稿: まーうさ | 2009年9月 6日 (日) 22:44

<Gustusさん>
 小泉文夫氏のコレクションにはビザンチン時代の楽器なんかもあったんでしょうか(楽譜が残っているとは思えないので).

 江戸もコンスタンチノープルと同様,水源が少ない割に水の消費量が多い街(どちらの市民もお風呂が大好きですね)ですから水道が発達したんでしょうね.方や石造り,もう一方は木造りという点に文化の違いが見えます.

投稿: ビザ皇帝 | 2009年9月 7日 (月) 20:09

<琴さん>
 ビザンチン帝国はローマ帝国の続きですから,土木工事に関しては相当の技術力があったようです.

 トルコは日本と同様地震が多い国です.この水道橋も過去に何度も地震を経験しているはずですが,いまだ残っているというのはそれだけ造りがしっかりしているということなのでしょう(尤も,耐震基準なんかも日本よりずっと甘そうですが).

 日本の上水道は,上のGastusさんのコメントにあるように,江戸時代の江戸からあります(玉川上水が有名ですね).

投稿: ビザ皇帝 | 2009年9月 7日 (月) 20:17

<まーうささん>
 コメントありがとうございます.
 ケーブルを使ったLANなら普通問題ないんですが,無線だと時にこういう事態になりますね.到着した当初からイマイチだったんですが,後半戦は認識すらしてくれないこともあって困りました(じっくり取り組めばなんとかなったかもしれませんが,それでは観光に支障をきたして本末転倒ですので 笑).
 ああいう宝石がちりばめられたグッズって,価値はともかく実用性はゼロですよね(笑).

投稿: ビザ皇帝 | 2009年9月 7日 (月) 20:46

皇帝様、 Gustusさま
大変丁寧に教えていただき、ありがとうございました。

イスタンブールの話から江戸時代の勉強に発展していくとは思いもしませんでした。

命の水を得る為に いつでもどこでも多くの知恵や技術が発展してきたのですね。
感謝して節水に心がけましょう。

投稿: 琴 | 2009年9月 7日 (月) 22:25

<琴さん>
 江戸とイスタンブールはどちらも巨大都市で,水源に乏しい割には水の消費量が多かった(どちらの市民も風呂好きなので)街という共通点があります.
 水道の発達はある意味必然だったんでしょう.

 生命は水なしでは生きられません.命の水は大切にしていきたいですね.

投稿: ビザ皇帝 | 2009年9月 8日 (火) 14:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: イスタンブール滞在記3 ~9月2日~:

« 帰国しました | トップページ | エスカレーター »