日本100名城スタンプラリー59
日本100名城 湯築城(80番)
愛媛県松山市の城といえば,なんといっても現存天守のある松山城が圧倒的に有名です.しかしこの街には,実はもう一つの100名城が存在します.
それが湯築城(ゆずきじょう)です.松山市内の有名な温泉地道後温泉そばにある道後公園がそこにあたります.ここは松山城が造られる前,南北朝時代から戦国時代末期にかけての伊予国の中心地でした.城を築いたのは鎌倉幕府の御家人だった河野通盛で建武三年(1336年)といわれています.彼 は南北朝の争乱で足利将軍家に味方して最終的に伊予の守護となりました.その後近隣の諸勢力や身内との争いもありましたが,戦国時代末期まで伊予の支配を続けました.
しかし,天正十三年(1585年)に全国統一に乗り出した豊臣秀吉にはかなわず,遠征軍の将小早川隆景に降伏,河野氏による伊予支配は終焉を迎えました.開城後,湯築城には小早川隆景が入りましたが,間もなく移封されました.代わって天正十五年(1587年)に福島正則が入りましたが,彼はまもなく今の今治にあった国分山城に居城を移し,湯築城は廃城となったのです.
(左 写真3) 丘に登る道,(右 同4) 丘の上からは松山城が見えます
かつて湯築城があったところは現在道後公園となっています.湯築城は小高い丘に三段の曲輪を置いた丘城でしたが,戦国時代になって丘の周囲に二重の堀と土塁が造営され平山城となりました.当時の建物は一切残っていませんが,堀や土塁から往時の姿をしのぶことができます.
松山城の方は圧倒的に観光客が集まる城でしたが,こちらの湯築城(道後公園)は逆に地元の人たちの憩いの場になっているようでした.
湯築城へのアクセス: JR松山駅から伊予鉄道道後温泉行きで18分,道後公園下車すぐ
スタンプの設置場所 公園内の湯築城資料館にあります
登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 普通の公園です.丘に登るのもさほどの労力を要しません.
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