« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月30日 (月)

こりゃ凄い

 ここ数年春の定番イベントになりつつある能代の寮歌祭の案内が届いた.

 昨年まで会場として利用していた料亭の「金勇」さんが昨年の夏に廃業となってしまったため,今年は市内のホテルに会場を移しての開催である.ちなみに「金勇」さんは,明治23年創業で,現在の建物は昭和12年に完成した天然秋田杉を使った登録有形文化財である.今後この建物は市の所有となり,保存・活用を図っていくことが決まったらしい.

 それはともかく,同封されてきた案内を何気なく見ていたのだが…

Norrysin

 「参加費,男性が8000万円!!!(女性は7000円)」って,これは… はたして参加できる人がいるのだろうか,一体どんな料理が出るのかそれも気になる(笑).

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年3月29日 (日)

長興山紹太寺のしだれ桜

 ここ数日気温の低い日が続いていましたが,今日は久しぶりに天気が良く少し暖かかったので,近所にある長興山紹太寺のしだれ桜を見に行ってきました.

Shidare2 (写真1) この石段を登っていきます

 箱根登山鉄道の入生田駅からほど近くにある長興山紹太寺は,江戸時代初期に小田原藩主だった稲葉氏の菩提寺だったお寺です.稲葉氏は3代将軍徳川家光の乳母だった春日局(おふく)の嫁ぎ先の家で,実子の稲葉正勝は家光の小姓から出世して寛永九年(1632年)に小田原藩主となったものです.

Shidare3 (写真2) これが長興山の桜です

 初代の正勝が亡くなった後,その子正則によって,長興山紹太寺に植えられたとされるのがこのしだれ桜です.種類はエドヒガンでその樹齢は320年以上といわれます.

Shidare4 (写真3) 満開まではもう少しです

 入生田駅から徒歩で階段や坂道を上ること20分,見事なしだれ桜が現れました.満開にはもう少しという感じ(7分咲き?)でしたが,日曜ということもあり周囲には団子やおでんなどを売る露店が立ち,大勢の花見客がお弁当を食べたりしていました(さすがに酔って騒いでいる人はいなかった).

Shidare5(写真4) 晴天でしたがちょっと肌寒かったです

 今年は各地で桜の開花が例年より早いようですが,皆さんのところはいかがですか?

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年3月28日 (土)

火星シリーズ

 我が家のメインPCがクラッシュして1週間,データを救出すべく業者に依頼した.一昨日連絡があり,どうやらHDDそのものは無事だったらしく,データは救出できそうとのことであった(ちょっと安心).

 とはいえメインが不在となったことから,PCに向かう時間が減ったことも事実,そのためか本を読む時間が増えた.

 私は子供のころSF大好き少年であった.小学校高学年ごろから当時NHKで放送していた少年ドラマシリーズの影響で,眉村卓(謎の転校生,ねらわれた学園 etc.)や光瀬龍(夕映え作戦,その花を見るな etc.)作品などから読み始めたのだが,次第に海外作品にも目を向けるようになった.

Kasepuri (写真) 創元推理文庫から出ていた小西宏氏訳の火星のプリンセスです.ちなみに現在は厚木淳氏の新訳によって全11作品が4冊にまとめられて出版されています.

 当時特に熱中した作品が,本日のテーマ「火星シリーズ」である.作者はアメリカの作家エドガー・ライス・バロウズ(以下ERB),19世紀後半の南北戦争後,南軍の将校だったジョン・カーターがアリゾナの洞窟で襲撃を受け幽体離脱(?),一気に火星に飛ばされる.そこで数々の冒険を繰り広げて,火星の王女と結ばれるという典型的な冒険活劇だ.今で言うスペースオペラの走りのような作品である.

 実はこの火星シリーズの第1作「火星のプリンセス」が執筆されたのは,なんと1911年(明治44年)なのである.アポロ11号の月面着陸はおろか,ガガーリンによる人類初の宇宙飛行から見ても50年も前のことであり,ライト兄弟による飛行機の発明から8年しか経っていない.前年の1910年にはハレー彗星が地球に接近し,人類滅亡かと当時のヨーロッパ人が恐れおののいていた頃だ.しかしこんな時代に書かれた作品でありながら,それなりの科学的考証がなされており(火星が乾いた大地であり,1日が24時間40分弱であること.火星の重力は地球の半分弱であり地球人であるカーターは驚くべき跳躍力を発揮できるなど),決して古臭さを感じさせない作品なのであった.

 今回改めて読み直してみて,すばらしい作品であることを実感したのであった.

 追記: このERBの火星シリーズのパロディ(?)と思われるが,函館戦争で戦死した土方歳三が火星に飛ぶという「火星の土方歳三」(吉岡平 著)なる作品があるらしい.ぜひ一度読んでみたい.

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月26日 (木)

関係したかも(BlogPet)

きのうアロイジアが、アクセスするつもりだった。
それできょう、関係したかもー。

*このエントリは、ブログペットの「アロイジア」が書きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月25日 (水)

クレジットカード

 今や生活の必需品となった感じのするクレジットカード,現金を持ち歩かなくても買い物ができるという便利さや安全性から重宝されている.さらに海外旅行では身元保証的な役割も担っており,レンタカーを借りる際や宿泊する際にクレジットカードがないと,保証金を取られる場合もあったりする.

 そんなクレジットカードだが,以前はカード決済する場合には,あの複写式の伝票(宅急便の伝票みたいなやつ)にガチャガチャと印字して,さらにあちこち書き込んだりと店員さんに余計な仕事を強いてしまう感じがしたため,ある程度以上の金額でないと申し訳なくて使う気がしなかった.

 しかし,最近ではオンライン端末が普及し,

 カード提示→シャッと端末に通す→伝票が出てくる→サイン(金額が少ない場合はサインレスも)

 と圧倒的に行程が簡略化,カード払いの抵抗感がなくなった.

 人によっては今でもクレジットカードに抵抗感を持つ人も多いようだが,1回払いなら金利は不要だし(だからカード会社はさかんにリボ払いにさせたがる),最近ではカード利用ポイントを航空会社のマイルに移行できるサービスもあったりするため私の場合カードが使える場面では極力カードを使うという感じでやっている(先月のサイパン旅行も実質このカードポイントから移行したマイルで行ってきた).

 さて,そんなクレジットカードの最小利用額はいくらだろうか.私の場合は126円である.

 私の前の職場の売店にローソンが入っていたのだが,たまたまジュースを買おうと立ち寄り,財布を出したはいいがお金が入っていなかった(泣)のである.職場の売店ということで店員さんもなじみだったので,「カードでもいい?」と聞いたら「良い」という返事だったので使った次第である.これがいまだに自己最低金額となっている.うーん,いつかチロルチョコ1個買うのにカード払いをしてみたいものだ(笑).

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年3月23日 (月)

模様替え

 もう一週間以上過ぎてしまいましたが,3月14日はJR各社のダイヤ改正でした.

 今回の改正で特筆すべきは東京駅発着のブルートレイン(以下ブルトレ)がついに廃止になったことです.東京駅から東海道線経由で関西・九州方面に向かうブルトレは最盛期には鹿児島行きのはやぶさ,長崎行きのさくら,大分行きの富士をはじめ,下関行きのあさかぜ,出雲市行きの出雲,特急ではないが大阪行きの銀河など多数の列車が走っていました.しかし新幹線の延伸と速度上昇,格安航空券の登場,夜行バスの発達によって乗客の多くを奪われた上,列車自体の近代化が行われなかったことと相まって,近年は利用客が低迷し,列車も漸次廃止の方向にきていました.

 実際に博多から東京までの料金を比較すると

 新幹線   21210円 (約5時間 のぞみ指定席)

 飛行機   36800円 (約1時間40分 普通運賃 早割を使うと13000円程度から)

 夜行バス 15000円程度 (約14時間半 料金は各社色々)

 ブルトレ  23040円 (約16時間 B寝台使用時)

 となっており,設備面を考慮すればブルトレの劣勢は明らかでした.私自身も今年1月4日の記事で今年の目標の2番目として廃止前のはやぶさに乗車するというのがあったんですが,早くもくじけてしまったのでした(泣).

 ところで,3月14日のダイヤ改正はJRだけではなく,私鉄にも及んでいたようで,地元の箱根登山鉄道も改正が行われたようでした.そこではダイヤのみならず電車の塗装も改正されたらしく,3月13日まではただの小田急仕様だった箱根登山電車も14日からは赤系の箱根登山色に塗り替えられていたのでした.

Yakyu2009_042 (写真) 赤系に塗り替えられた箱根登山鉄道の電車

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009年3月22日 (日)

うっそ~!

 春の三連休である.金曜日は雨のち晴れ,土曜日は晴れだったが,今日日曜日は雨模様である.普段三連休とくればほぼ100%遠出する私だが,今回は当直があったりで遠出はしていない.

 本来なら溜まりまくっているホームページの更新などに精力を注ごうかな,などと考えていたのだが…

 昨夜家のPCの電源を入れたものの,「き,起動しない…」.

 NECのロゴが出て,Windowsのマークが出て,壁紙が登場したところでうんともすんとも言わなくなってしまったのである.しばらく待ってもダメなので仕方なく強制終了,しばらくして再び電源を入れてみてもやっぱり駄目.セーフモードで立ち上げようとしても駄目,前回正常~で試しても駄目ということになってしまいました.

 「うっそ~!

 システムの問題だけならともかく,もしかしてHDもいってるかもと青ざめた私であった.

 さあ,困った.なんとかデータだけは救出したい.昨年夏までの旅行データ(パリやナミビアあたりまで)はバックアップがあるが,秋以降は不覚にも取っていないのである(泣).特に秋以降100名城関係をかなり回っているので,その多くを失うのは痛すぎる(特に根室のチャシはムチャクチャ痛い 泣).復旧業者に頼めば確実なんだろうが,料金がメチャ高そう.とはいえ自分で変なことをして傷口を広げるのも問題というわけで,思案にくれている(とりあえずKNOPPIXでの起動にチャレンジしてダメなら業者かな…).しばらくは職場においているノートPCを使うしかないだろうな(1年半前に買ったVAIO).

 そういうわけで,データが救出できないと100名城シリーズはしばらくお休みになってしまうのだった(直近がNo.47 大阪城だったが,実はNo.48が問題のチャシだったのである).

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月18日 (水)

オープン戦

 わけあって3月15日,16日は連続で当直でした.さすがに疲れたので昨日17日はお昼で切り上げて午後はお休みをとり,この日非番だった病棟の男性スタッフ数人と連れだって野球観戦に行ってきました.

Yakyu2009_012 (写真1) どうして野球というとビールなんでしょう?

 行った先は地元の小田原球場,カードは横浜VS.楽天のオープン戦です.小田原にプロ野球はめったになく,年に何回か二軍の試合がある程度だそうです.この日はオープン戦とはいえ,一軍選手も登場する画期的な試合でした.この日は天気も良く絶好の野球日和,上着を着ていると汗ばむほどでした.

 ウチのスタッフは地元の人間が多いため,当然ベイスターズファン,1塁側に陣取って盛んに声援を送っていました.私はというと,数日ぶりのビールを堪能しておりました(笑).その後泥のように眠ったのでした.

Yakyu2009_007 (写真2) 楽天,中村紀洋選手のバッティングの瞬間を激写.ホームランなら言うことなしでしたが,二塁打でした(我ながら良く撮れたと思う).

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月15日 (日)

確定申告

 明日3月16日は平成20年度の確定申告の期限である.

 私のような勤め人の場合,税金は給料からキッチリと源泉徴収され,さらに年末調整もあるので,基本的に確定申告は不要である.しかし昨年は職場が変わったのと,審査会関係の報酬があったりしたため確定申告しなければならなくなった.

 最近は国税庁のホームページから入って税金を計算できるようになったので便利である.手元の源泉徴収票を見ながら入力してあっという間に終了である.

 それにしても普段は天引きなのであまり意識していないが,がっつり税金を取られているなぁという思いを新たにした.今後は税金の無駄使いにますます目を光らせねばと思ったのである.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月14日 (土)

日本100名城スタンプラリー47

 日本100名城 大阪城(54番)

 大阪城というと豊臣秀吉,という強いイメージがあります.

 天正十年(1582年)6月に織田信長が本能寺の変で倒れた後,当時備中高松城攻略に当たっていた秀吉は,直ちに軍を返して(中国大返し)明智光秀を討ち(山崎の戦い),その後の清洲会議,柴田勝家との賤ヶ岳の戦いを経て信長の後継者の地位に着きます.

Osaka2 (写真1) 現在の大阪城天守

 その秀吉の天下統一の城となったのが大阪城でした.ここは戦国時代には石山本願寺があったところです.寺とは言いながら石垣をめぐらすなど要塞のような趣だった石山本願寺でしたが,信長との10年に及ぶ戦に敗れて天正八年(1580年)に炎上・焼失しました.そして信長死後の天正十一年(1583年),秀吉が跡地に城を築いたのです.

Osaka1 (写真2) 大阪城の外堀

 秀吉の大阪城は本丸の増築だけでも1年半を要し,全体が完成したのがが秀吉自身の死の頃だったというほど巨大な城でした.三重の堀や運河,外観五層の天守閣には金箔が使われるなど,まさに天下人の城と呼べるものだったようです.

Aoyamon (写真3) 青屋門

 しかし,慶長十九年(1614年)の大阪冬の陣の講和の結果,三の丸,二の丸は破壊され,大阪城は本丸のみの裸城になってしまいました.そして翌慶長二十年(1615年)の大阪夏の陣で豊臣氏の滅亡と共に完全に焼失してしまったのです.

6banyagura (写真4) 六番櫓

 その後,江戸幕府2代将軍の徳川秀忠によって再建されたのが今に残る大阪城です.秀吉時代の大阪城は完全に破壊されてしまったため,今の大阪城の全く新しい城ということができます.縄張りは秀吉時代の4分の1に縮小されてしまいましたが,石垣や天守閣はより高く,堀はより深いものとなったそうです.

Tamonyagura (写真5) 多聞櫓

 江戸時代を通じて大阪城は幕府直轄とされてきましたが,3代将軍家光が滞在した後歴代将軍が訪れることはありませんでした.そんな大阪城が再び脚光を浴びたのは幕末の慶応三年のことです.大政奉還・王政復古のクーデターの後,15代将軍徳川慶喜はこの城に入り新政府軍と対峙したのです(新選組の近藤勇,土方歳三らもこの時大阪城に入っています).

 しかしその後の戊辰戦争の混乱の中,大阪城は再び炎上してしまいました.

Senganyagura (写真6) 千貫櫓

 明治維新後は陸軍省の管理下に置かれましたが,第二次大戦後に大阪城公園として整備され現在に至っています.それ以前,昭和6年(1931年)には当時の大阪市長の呼びかけで今に残る天守閣が造られ大阪のシンボルとして親しまれています.

 2008年の晩秋に訪問しましたが,紅葉の中に聳える天守の壮大さに圧倒されました.まさに天下のお城にふさわしいと思います(ただ,私の世代の人間にとっての大阪城はウルトラマンとゴモラの戦いの舞台というイメージが強いのですが 笑).

Osaka3

 大阪城へのアクセス: JR大阪環状線大阪城公園駅・森ノ宮駅から徒歩15分程度です.

 スタンプの設置場所 天守閣内の売店にあります.

 登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) ちょっと広いですが気軽に散策できます.

54osakajo 登城日 2008年11月24日

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

福岡で桜が開花

 ニュースによると,今日九州の福岡で桜(ソメイヨシノ)の開花が発表されたらしい.

 福岡市でサクラ開花宣言

 平年に比べて13日早く,全国でも史上2番目に早い開花だそうである.今年は暖冬で2月~3月上旬の気温が高かったことから一気に開花したものらしい.この分では今年は全国的に桜の開花が早まることが予想される.

 そうなってくると心配なのが弘前のサクラである.弘前城のサクラは非常に有名で,観桜会シーズンともなると,全国から大勢の観光客がやってきて賑わう(200万人以上とも).

 この弘前城のサクラが有名なのは,お城ときれいなサクラの妙が素晴らしいのはもちろんであるが,開花の時期がちょうどゴールデンウィークに重なるのも大きい.これが年度初めの忙しい時期ならこれほどの人出は得られないだろう.

Kanoukai (写真) 学生時代の観桜会での扮装(ドラクエⅢ 右端の賢者が私)

 観光シーズンの弘前城公園のメイン部分は有料になっており,その入場料は弘前市にとって貴重な収入源である.しかし近年は暖冬のシーズンが多く,年々開花が早まる傾向にあるらしい.このため肝心の桜まつり期間にはサクラが散った後… なんていうことも起こりうるのである.これを避けるべく,開花が早まりそうな年には市の職員が岩木山から持ってきた雪を桜の根元にかけて木を冷やし,開花を遅らせようとするなどの涙ぐましい努力が払われているのである.

 今後本当に桜の開花が早まるとゴールデンウィークのサクラの名所は札幌の円山公園になるのかもしれない.

 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年3月12日 (木)

アクセスカウンター

 2006年の夏に開設した当ブログ,たしか開設して1週間後くらいにアクセスカウンターを設置した記憶があります.で,ふと見たら,な,なんと,アクセス数10万まであと少しではないですか.

 このペースだとおそらくは明日中に10万アクセス達成になりそうです.見事100000のキリ番を踏んだ方,コメントでもいただければ幸いです(自分だったらショックだな).

P3120001 (写真) 本日17時40分現在,99896です.

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2009年3月11日 (水)

金ちゃん焼きそば

 昨日は仕事で沼津へ行きそのまま泊りだった.当地のローソンを覗いたら,こんなものを発見!

Kinchan  金ちゃん焼きそばである.

 これは徳島製粉から出ているカップ麺シリーズの一環である.主力商品として金ちゃんヌードルがあるが,この金ちゃん焼きそばもカップ焼きそばとしてはかなり歴史の古い部類に入る.

 ただ徳島製粉という名前の通り(本社は四国の徳島にある),西日本を中心に展開しているメーカーであり,東日本ではなかなかお目にかかれない.ただ全くないわけではなく,岩手県でも私が小学生時代に一時店に並び,TVコマーシャルもやっていたし,1999年に市内三本柳の某病院勤務だった時に,院内の売店でも売っていた.

 その後とんと見かけなくなっていたが,こんなところで売っているとはと感激した次第である.

 パッケージに復刻版と書いてあるとおり,昔のを再現したものらしい.さっそく食してみた.麺は金ちゃんヌードルと同様にやや太くてボソボソである.さらにソースがなんとであった(スパゲッティイタリアンみたい).お湯を捨てて粉のソースをかけてかきまぜるのだが,液体ソースと違ってあちこちにソースのダマができてしまうのがB級グルメの雰囲気抜群で嬉しかった.

Peyoung (写真1) 関東でメジャーなぺヤング(本社は群馬県)

 実はカップ焼きそばは結構地域性の強い商品が多い.全国的に有名なのは日清のカップ焼きそばUFOだと思うが,西日本ではこの金ちゃんがメジャーらしい.一方関東ではまるか食品のぺヤングソース焼きそばをよく見るし,東北地方ではマルちゃんの焼きそばバゴーンが,北海道では同じく焼きそば弁当がかなりメジャーである.ちなみに焼きそばバゴーンには三陸わかめスープ,焼きそば弁当には中華スープが付いてくるが,昔バゴォーンが出たばかりの頃は中華スープ付きだった.

Bagoon Yakisobaben

(写真左) 東北地方で有名なバゴーン (同右) 北海道の焼きそば弁当(いずれもマルちゃん)

 このカップ焼きそば,厳密にいえば焼いていないから焼きそばとは言えず,カップふやかしそばじゃないのかと個人的には呼んでいる(笑).昔の商品としては,カップ焼きそばバンバン(たしかエースコック,「自分でバンバンしなさい」というフレーズが当時流行った)が懐かしい.いずれにせよ奥が深いカップ焼きそばの世界だった

| | コメント (8) | トラックバック (0)

コンスタンチヌス(BlogPet)

きょうは、コンスタンチヌス21世は価値とか移動しなかったー。
それでコンスタンチヌス21世と生産へ上下♪
だけど、コンスタンチヌス21世と休憩しないです。
だけど、コンスタンチヌス21世のシリーズものも復活♪
だけど、コンスタンチヌス21世はコンスタンチヌス21世は夫人に通行したかったの♪
だけど、コンスタンチヌス21世は研究した。

*このエントリは、ブログペットの「アロイジア」が書きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月10日 (火)

遊歩計その後

 昨年の12月に発売され,メタボ対策で購入した遊歩計.懐かしの母をたずねて三千里がテーマで,規定の歩数を歩くごとにイベントが発生していく仕組みになっている.

 実は先月末にとりあえず全イベントクリア,マルコはお母さんに巡り合えて,めでたしめでたしになった.

Uhoho_007 (写真) 遊歩計のホームページの画面,?マークのカードが未入手です.

 しか~し,実はこの遊歩計にはホームページがあって,イベントクリアごとに手に入るパスワードを入力することでカードが入手できることになっている.ただし,必ずカードが手に入るわけではなく,たとえば1日の目標数を歩けなかった日があったりすると,イベントクリアの評価が下がりカードが貰えないこともあるのだった.私の場合も歩数が足りなくて貰えなかったカードがいくつか発生してしまったのである.

 というわけで現在は第2クール目に入り,前回入手し損ねたカードを手に入れるべく一生懸命歩いているのでした(マルコの旅はまだまだ続きます 笑).

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 9日 (月)

ポリアンナと片頭痛

 ここ数日立て込んでいてブログの更新が滞っていた.

 さて,平日お昼にBS2で放送しているBS世界アニメ劇場,以前やっていた母をたずねて三千里が終了して現在は愛少女ポリアンナ物語を放送している.これは1920年代のアメリカを舞台にした作品で,主人公のポリアンナが苦境や困難に出会っても常にいいことを見つけて(よかった探し)前向きに生きていくという話である.それなりにいい話ではあるのだが,このポリアンナ,「自分が善意で人に良かれと思ってする行為は,必ずその人の幸せに役立つだろう」というきわめてアメリカ的な思考(笑)で行動するため,時として相手を戸惑わせることになる.

 先日の放送で,ポリアンナが世話になっているカリウ夫人が暗い部屋の中で頭を抱えていた.どうしたのか尋ねるポリアンナに頭が痛いのだと答える夫人.それならお医者さんに診てもらったらとポポリアンナが言うが,夫人は鎮痛剤を貰って飲んではいるのだがさっぱり効かないこと、こうして暗い部屋でじっとしているのが一番なのだと答えるのだった.それを聞いたポリアンナは「まあ,なんてかわいそうなおばさま,私心配だわ」てなことを言うのだが,それを聞いた夫人はますます頭を抱えていた.

 実は医学的にいうと,このカリウ夫人の頭痛はおそらく片頭痛だろうと思われる.

 片頭痛の特徴として光過敏・音過敏というのがある.つまり眩しさや騒々しさによって頭痛が悪化するのである.だから発作の際は部屋を暗くしてじっとしているのが楽だという話は良く聞く.こんな時周囲でポリアンナに騒がれると頭に響くのである.つまり彼女は知らず知らずの間にカリウ夫人の頭痛を悪化させていたのである(この場合ポリアンナの善意は完璧に裏目にでているわけだ).実際夫人はポリアンナが去った後「あの子の前では体の不調を訴えることもできないわ」と言っていた.

 このポリアンナ物語,1986年放送ということでちょうど私の大学時代と重なるためあまり見ていた記憶がない作品である.今回ちょっと本放送気分で見ているのだった.

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月 5日 (木)

床暖房

 先週はもう春かという陽気だったが,今週に入ってからはかなり冷え込み,3月3日には雪まで降った当地である.

 私の勤務先の一角に猫が集まる場所がある.近くに喫煙所があって患者さんやら出入り業者の人なんかが利用しているのだが,一向に気にする様子もなく居座っている.

Neko_018 (写真1) 3匹の猫が固まっています

 当初は日が当たって気持ちいいのかなと思っていたのだが,夕方すっかり日陰になっても変わらず居座っている.どうしてだろうと思い,寄って見たら猫たちはびっくりしたのか四散してしまった… と思ったらそのうちの一匹が恐る恐るやって来るではないか.

Neko_022 (写真2) 逃げた猫の1匹がすぐに戻ってきた

 良く見たら彼らのいた場所から湯気が立っている.そう,ここはどこかから流れ込んでいるらしいお湯の排水溝に当たっていたのである.いわば猫たちの床暖房というわけだ.道理で丸くなっているわけだと妙に納得したのだった.

Neko_025 (写真3) よく見ると猫の左側に湯気が立っています

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年3月 3日 (火)

日本100名城スタンプラリー46

 日本100名城 二条城(53番)

 平安遷都から1200年あまり,長い間京都は日本の中心地でした.平安京は唐の長安をモデルとしたとされています.当時の大陸では都市=城であり,都市の周囲を城壁で囲って外敵からの侵入に備えていましたが,日本では外敵に攻められるという事態が想定されにくいためか平安京には城壁がありません.

Nijo4 (写真1) 二条城を代表する国宝の二ノ丸御殿

 鎌倉時代や江戸時代にはそれぞれ鎌倉江戸に行政府が置かれましたが,京都が重要な街であったことには変わりがなく,鎌倉時代には六波羅探題,江戸時代には京都所司代といった出先機関が置かれていました.

Nijo2 (写真2) 東南隅櫓

 そんな京都の街で重要な役割を果たしたのが二条城です.その名の通り二条大路付近にある城です.歴史的には室町将軍家時代から城はあったようですが,現在の城が造られたのは江戸時代のことです.

Nijo5 (写真3) こちらは本丸御殿です

 慶長六年(1601年),関ヶ原の戦いの翌年に工事が始まり,慶長八年(1603年)に一応の完成をみました(その後五層五階の壮麗な天守閣も築かれました).天皇のいる御所の警護の他,将軍が上洛した際の宿舎として利用されました.ただ3代将軍家光以後将軍の上洛は途絶え,それが復活したのは幕末の文久三年(1863年)に14代将軍家茂の時です.ちなみにこの将軍上洛に先立って派遣されたのが近藤勇,芹澤鴨といった後の新選組の面々も参加した浪士組です.

Nijo6 (写真4) 天守台から本丸御殿をのぞみます

 慶長十六年(1611年)にはここで家康と豊臣秀頼の会見が行われています.寛永三年(1626年)には後水尾天皇の行幸を迎えていますが,この城で特筆すべき事件はなんといっても慶応三年(1867年)10月の大政奉還でしょう.これは今も残る二ノ丸御殿の大広間でのことです.

Nijo7 (写真5) 内堀に架かる西橋

 現在の二条城は国宝の二ノ丸御殿をはじめ,数多くの重要文化財などを持ち,城郭全体が世界遺産にも指定されています.

二条城へのアクセス: 地下鉄東西線二条城前駅下車すぐ

 スタンプの設置場所 二ノ丸御殿の東側,休憩所の隣にある管理事務所に置いてあります.

 登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 気軽に散策できます.

53nijojo 登城日 2008年11月22日

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月 2日 (月)

水戸の偕楽園

 先日盛岡から自動車を陸送してきた私,ただ運転だけしてくるはずがありません.というわけで,ちょうど梅が見ごろを迎えた水戸の偕楽園に寄ってみました.

Kairaku5 (写真1) 偕楽園の表門

 水戸の偕楽園は金沢の兼六園,岡山の後楽園とともに俗に日本三名園などとも呼ばれる庭園です.江戸時代天保年間に有名な水戸藩主徳川斉昭(徳川幕府最後の将軍徳川慶喜の実父)が造営した庭園です.名前の由来は「みんな(偕)でたのしむ(楽)」からきているんだそうです.梅の名所として知られていますが,私は残念ながら梅の季節に訪問したことはありませんでした.

Kairaku1 (写真2) 満開の梅林です

 この日3月1日は曇り時々晴れといった天気でしたが,日曜ということで大勢の観光客が繰り出し,露店もたくさん並んでいました.

 園内には約3000本の梅があるとのことでしたが,ちょうど満開であちこちに赤白様々な色彩の花が咲いていました.中でも水戸の六名木と呼ばれる木があるとのことで,園内を探し回りました(こういうシリーズものにハマりやすい性格です 笑).

Kairaku4 Kairaku3

(写真左) 水戸六名木のひとつ裂公梅,(同右) 偕楽園というと梅林が有名ですが,竹林もあります.

 先日訪問した曽我の梅林もきれいでしたが,満開時期にあたったこちらも見事でした.

 ついでに弘道館にも寄ってみたんですが,な,なんと!普段は閉まっている正門が開いているではないですか.係員の話では弘道館の正門は江戸時代には殿様が来たときのみ,明治以後は皇族の来館時のみに使用されているそうですが,近年梅まつり期間中の土日に限り一般人の通行も認めているとのことでした(普段は正門脇にひっそりとたたずむ通用門から出入りする).ビザンチン皇帝の私が来たから開けてくれたわけではないようですが(笑),嬉しくなって何回も出入りしました.

Koudou1 Koudou2 (写真左) 今回開いた正門,(同右) 2007年夏に訪問した際の正門

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 1日 (日)

自動車の移送

 去る2月26日に車検が切れ,私の車がついに廃車になった.

 新車を購入する予定はなく,代わりに実家に眠っていたKの軽自動車(韻を踏んでるなぁ)を持ってくることになった.そして善は急げとばかりにこの週末行ってきました盛岡へ…

 あ~疲れた.

Mtiwate 北上川と岩手山,盛岡はやっぱり寒かった.

 1年前に自分の車(1800cc)で来た時もちょっと疲れたのだが,今回は軽(660cc)ということで余計に疲れた気がする(高速道路代が安かったのは嬉しかったが).今後しばらくはこの車(2006年春に購入したばかりなのでまだ3年しかたっていない)が我々の足となる予定である.これを機会にETCやカーナビも付けようかと思っている(もともとKがちょっと乗る用の車だったため,カーナビ・ETC共付いていない).

Tantan1 盛岡市高松にある一風亭

 ところで盛岡に行くと私がいつも寄るのは内丸にある白龍というじゃじゃ麺屋である.当然今回も行ったのだが,そのほかに出かけたのが高松にある一風亭というラーメン屋である.

 ここのお奨めはなんといっても担々麺である.実はこのお店,ウチのKのご推薦で,曰く「ハマる」,「魔性の麺」なのだそうだ.確かに私も好みの味であることは間違いない.

Tantan2  これが一風亭の担々麺です

 そんなわけで久しぶりに盛岡入りした私でした.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »