« 水戸の偕楽園 | トップページ | 床暖房 »

2009年3月 3日 (火)

日本100名城スタンプラリー46

 日本100名城 二条城(53番)

 平安遷都から1200年あまり,長い間京都は日本の中心地でした.平安京は唐の長安をモデルとしたとされています.当時の大陸では都市=城であり,都市の周囲を城壁で囲って外敵からの侵入に備えていましたが,日本では外敵に攻められるという事態が想定されにくいためか平安京には城壁がありません.

Nijo4 (写真1) 二条城を代表する国宝の二ノ丸御殿

 鎌倉時代や江戸時代にはそれぞれ鎌倉江戸に行政府が置かれましたが,京都が重要な街であったことには変わりがなく,鎌倉時代には六波羅探題,江戸時代には京都所司代といった出先機関が置かれていました.

Nijo2 (写真2) 東南隅櫓

 そんな京都の街で重要な役割を果たしたのが二条城です.その名の通り二条大路付近にある城です.歴史的には室町将軍家時代から城はあったようですが,現在の城が造られたのは江戸時代のことです.

Nijo5 (写真3) こちらは本丸御殿です

 慶長六年(1601年),関ヶ原の戦いの翌年に工事が始まり,慶長八年(1603年)に一応の完成をみました(その後五層五階の壮麗な天守閣も築かれました).天皇のいる御所の警護の他,将軍が上洛した際の宿舎として利用されました.ただ3代将軍家光以後将軍の上洛は途絶え,それが復活したのは幕末の文久三年(1863年)に14代将軍家茂の時です.ちなみにこの将軍上洛に先立って派遣されたのが近藤勇,芹澤鴨といった後の新選組の面々も参加した浪士組です.

Nijo6 (写真4) 天守台から本丸御殿をのぞみます

 慶長十六年(1611年)にはここで家康と豊臣秀頼の会見が行われています.寛永三年(1626年)には後水尾天皇の行幸を迎えていますが,この城で特筆すべき事件はなんといっても慶応三年(1867年)10月の大政奉還でしょう.これは今も残る二ノ丸御殿の大広間でのことです.

Nijo7 (写真5) 内堀に架かる西橋

 現在の二条城は国宝の二ノ丸御殿をはじめ,数多くの重要文化財などを持ち,城郭全体が世界遺産にも指定されています.

二条城へのアクセス: 地下鉄東西線二条城前駅下車すぐ

 スタンプの設置場所 二ノ丸御殿の東側,休憩所の隣にある管理事務所に置いてあります.

 登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 気軽に散策できます.

53nijojo 登城日 2008年11月22日

|

« 水戸の偕楽園 | トップページ | 床暖房 »

コメント

ビザ皇帝様 こんばんは!

秋深まる時期に行かれたんですね?
紅葉がお城をより映えさせてるという感じです。何だか歴史もあるし重厚な感じですねー!

投稿: まーうさ | 2009年3月 4日 (水) 23:04

<まーうささん>
 コメントありがとうございます.
 ウチの母親が京都の紅葉が見たいと言い出したため,昨年11月に行ってきました.山の方がちょうど見ごろでしたが,下界の二条城もよかったです.徳川家康,徳川慶喜も見たであろう風景を堪能してワクワクしていました.

投稿: ビザ皇帝 | 2009年3月 5日 (木) 19:52

 ビザ皇帝さま、おはようございます。
 修学旅行の定番スポット、二条城。百名城スタンプラリーで登城すると、また違った味わいですね。
 
 残念なのは御殿内が撮影禁止なことですか。大政奉還の現場なんて撮影したいのですけどね。

投稿: Seiryu | 2009年3月 7日 (土) 09:50

<Seiryuさん>
 こちらにもありがとうございます。
 あまりにも有名な二条城、いつ行っても凄い人出ですね。
 御殿内撮影禁止は残念です。フラッシュを使わなければ可にしてもいいような気がするんですが、そうすると守らない人が必ず出てきて混乱するでしょうから、いっそ禁止もやむえないのかも知れませんね(個人的には残念です)。

投稿: ビザ皇帝 | 2009年3月 7日 (土) 11:02

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本100名城スタンプラリー46:

« 水戸の偕楽園 | トップページ | 床暖房 »