« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月28日 (金)

階段とか到着♪(BlogPet)

アロイジアが研修しなかった。
それでコンスタンチヌス21世の全国各地は縦断したいです。
だけど、きのうコンスタンチヌス21世の、階段とか到着♪

*このエントリは、ブログペットの「アロイジア」が書きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月26日 (水)

肉絲(ろうすう)麺

 盛岡市中心部の県庁にほど近い場所に,「白龍」(パイロン)という店がある.私が高校時代以来約25年通っている店だ(要するに人生の半分以上).この店の主力商品は”じゃじゃ麺”,平たいうどんのような麺に肉味噌,ネギ,きゅうりが盛り付けられており,お好みで酢,ラー油,にんにくなどをかけて食べるものだ.25年前は県庁職員や地元の男子高校生など常連ばかりの店だったが,最近は老舗のじゃじゃ麺屋としてガイドブックなどで有名になり,観光客や修学旅行生の姿も多い(特に最近は女性客の姿が目に付く.昔は女性が入れる雰囲気ではなかった).この店で注文する場合は商品名をいう必要はない.大盛り(大),普通盛り(中),小盛り(小)のどれかを言うだけで話は通じる.何しろこの店の客の99.8%は”じゃじゃ麺”を注文するのだから.

Pairon2 じゃじゃ麺の老舗「白龍」

 では”じゃじゃ麺”以外のメニューがないのかといえばそうではない.肉絲(ろうすう)麺というのがあり,メニューにもしっかりと載っている(その他水餃子やビールなどのサイドメニューも当然ある).しかし私自身も25年間で2回くらいしか食べた記憶がないメニューである.昨日仕事で盛岡に出向いた折,数年ぶりに”ろうすう麺”を注文した.

P9180009 白龍にはこのように”ろうすう麺”のメニューもあります.

 ”ろうすう麺”は魚出汁のラーメンスープに”じゃじゃ麺”と同じ麺が入り,具材にきゅうり,ネギ,ゆで卵,メンマ,のり,そして肉絲(豚肉を醤油で味付けたもの)が入る.ちなみに肉は以前は本当に細切りだった記憶があるのだが,今回食した際は細切りではなかった.

P9250006 これが幻(?)のろうすう(肉絲)麺です.

 ラーメンスープとうどんのような麺というと違和感があるが,この店の麺はいわゆるうどんとは微妙に異なるので,以外に相性が悪くはないのであった.ちなみに私が25年で3回しか食べていないのは,けっして”ろうすう麺”が不味いからではなく,それ以上に”じゃじゃ麺”が美味いからなのである.

P9180006 P9180010 (左)こちらは定番メニューのじゃじゃ麺です.(右)そしてこれが,じゃじゃ麺の後に飲む「ちいたんたん」です.

 ちなみに白龍のじゃじゃ麺には持ち帰り用やギフト用もありますが,ろうすう麺にはありません.

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年9月24日 (月)

今はもう秋

 この三連休,私はオンコール(病院からの呼び出しに対応する係)のため,遠出はできず,この辺をぶらぶらしたり,日頃の睡眠不足を解消とばかりに寝だめをして過ごしました.先週の三連休は大雨が降ったりして天気はイマイチでしたが,この三連休は土曜日こそ雨が降ったものの,日曜,月曜と晴天に恵まれ,秋らしい爽やかな気候でした.

 そんな連休も今日でおしまいというわけで,近場の海に出かけてまいりました.行った先は白浜海岸,んっ,なんかリゾートの響きが,でもそれは和歌山県の南紀白浜の方で,私が行ったのは八戸市の白浜,通称陸奥白浜です.名勝種差海岸から北西に2~3km行ったところにあるビーチで夏には海水浴客で賑わう所です(私も小学生の時来たことがあります).真夏はともかく,こんな涼しい日に海水浴する人はいないだろうと思っていたのですが…,いました.サーフボードに乗った人が!!(さすがに寒いのか,ボディースーツは着てましたが).実は岩手県最北部の洋野町から八戸の種差海岸付近の海は地味にサーフィンのメッカとして知られているらしいのでした.

P9230003 秋の白浜海岸です.良く見ると海の中に人がいます.

 白浜海岸は真夏のような賑わいはありませんでしたが,家族連れなどが散歩に来ていて,決して「♪ 今は~もう秋,誰も~いない海 ♪」ではありませんでした(冬に来れば本当に誰もいなそうだが).

Sirahamanatu ちなみに夏になると,こんな大賑わいになります.

 一方となりの種差海岸は芝生が広がる緑の海岸です.こちらでも散歩をしたり,岩場で海洋生物を観察したりしている人たちがいました(キャンプがしたくなるような場所ですが,キャンプは禁止されているようです).

P9230013 種差海岸は岩場が主体なので海水浴にはあまり向きません.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月23日 (日)

モスラ VS ウルトラ兄弟

 さっき家に帰ってきたら,階段のところででっかいを見つけた.

P9230029 10cm位ある大型の蛾です.

 あまりの大きさに感動して,つい遊んでしまいました.

P9230017 モスラ対ウルトラマンの死闘!

P9230021 ウルトラセブンも駆けつけました.

P9230027 モスラとウルトラ兄弟の息詰まる戦いが続きます.

 と,ここまで遊んでいたら,当の蛾(モスラ)が怒ってしまったのか,飛んでいってしまいました.

 かくしてモスラとウルトラ兄弟の対決は引き分けに終わったのでした.

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

混浴禁止の条例

 ネットニュースに面白い記事が出ていた.

 夫婦なら混浴OK、兵庫県が条例改正へ…カップルは?

 記事によると兵庫県には,家族の入浴介護や水着を着用する場合など特別な例を除き,6歳以上の混浴を禁止する条例があるらしい.そのため兵庫県内の温泉施設にある家族風呂が,この条例に違反するとのことで,県がその施設を指導したところ,施設側が反発して議論になっていたとのことである.議論の結果,夫婦や家族内の小さな子供との入浴は認めるよう条例を改正する方向になったとのことである.

 たしかに最近は貸切風呂,家族風呂を備えた温泉施設も多いから,せっかく仲良く出かけたのに,一緒に入れないと言われては,楽しみも半減してしまうのだろう.混浴禁止が条例になっているというのも初めて聞いたが,他の都道府県はどうなっているんだろう.少なくとも我が岩手県や隣の青森県には絶対なさそうだ.

 青森の有名な酸ヶ湯温泉の千人風呂は混浴(ただし脱衣所は男女別,中は混浴だが浴槽の中央で男女分けられており,しかも湯煙がすごいので,女性入浴客の様子は良く見えません 笑)だし,恐山境内の湯小屋にも混浴がある.岩手でもひっそりとした温泉場では混浴が当たり前のところも多い(花巻の大沢温泉の渓流露天風呂は混浴で,ガイドブックにも良く取り上げられており,結構若い女性も多い.ただし彼女らは大人数で入ってきて,「キャーキャー」と楽しそうに入浴しているので,かえって私ら男性客の方が隅っこで小さくなっていたりします 笑).岩手や青森でこんな条例を作ったら,指導が入らない施設の方が少ないんじゃないだろうか.

Img267 青森県八甲田山にある有名温泉地,「酸ヶ湯温泉」の千人風呂も混浴です.

 温泉といえば,特に近年は,源泉かけ流しなどの自然なタイプのお風呂がもてはやされるようになっている.とはいっても源泉量には限界があり,大浴場を源泉のみで維持するのは不可能なケースがほとんどで,ために大浴場は循環式にして,家族風呂などの小さなお風呂を源泉かけ流しにしているところもあるようだ(下呂温泉など).こんなところにも家族風呂が増えてきた理由があるのかもしれない.

 兵庫県といえば有馬温泉や城崎温泉といった有名な温泉地も多いはずだが,逆に言えば今回の条例のために,これらの温泉地には貸切風呂はほとんどなかったということであろうか(そういえば私も気にしたことがなかったが).それはそれで意外な事実である.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小夏日和

 先週末からの大雨が終わったかと思ったら,今日は一転して暑い1日だった.昼過ぎには気温も30℃を越えたらしい.9月に入ると一雨毎に寒くなるのが北国の秋であるが,今日の天気は夏が戻ってきたかのようだった(秋のカラッとした空気ではなく,ムッとする夏の空気).地球温暖化といわれるが,これもそれに伴う現象なのだろうか(どうでもいいけど,私が子供の頃は”地球氷河期説”がまことしやかに語られていたのだが).

 とはいっても,本当に夏が戻ってくるはずもなく,夕方には気温もぐんと下がって肌寒くはなったのだが….

 一般に秋や冬に,急に暖かくなる日のことを”小春日和”などと呼ぶが,今日みたいに急に夏っぽくなる日のことを小夏日和とは言わないんだろうか.

P9200014 週末とは一転して良い天気の岩手県北部です.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月19日 (水)

シール集め

 昔から凝り性の私は,いろいろなものを集めるのが好きだった.古くはカルビーの仮面ライダースナックに付いてきたカード(当時カードだけ抜いて,スナックは捨ててしまう子供が続出して社会問題化した.確かにお世辞にも美味とはいえないスナックではあった)に始まり,記念切手,国鉄時代の鉄道のスタンプ(ビザンチン美術館に展示),更には国道標識の写真(ホームページの記事参照)などである.

 これらはみな集めるのが楽しくて集めているのだから問題はないが,時に集めるのがあまり楽しくないものもあったりする.下に掲げるシールなどはその代表格である.

Img266 これが受講を証明するシールです.数字は認定単位数を表します.

 職業柄,私も各種認定医や専門医を持っているのだが,その中のひとつに産業医というやつがある.産業医とは,各種事業所において労働者が健康で快適に仕事が行えるよう,事業主に指導・助言する医師のことで,労働安全衛生法で常時50人以上の人が働いている事業所には必ず置くよう義務付けられている.

 産業医になるには厚生労働大臣が定める研修会を修了して,認定を受ける必要があるのだが,一度認定されたからそれでOKというわけではない.認定後5年ごとに更新があり(車の免許のようなものか),更新するためには各種研修会に参加して単位を獲得する必要があるのだ.先日もその研修会に行ってきた.

 研修会は受付を済ませて会場に入り,全ての研修を終えて帰る時に,認定シールが配られる仕組みになっている.もらったシールは研修手帳の所定の場所に貼るのであった.こうして更新に向けて,シールのコレクションをするのでした.ちなみに,産業医研修会は全国各地で行われており,別にどこで受講しても構わない.そのため,転んでもただでは起きない私は,遠隔地の研修会に申し込んで,ついでに観光もしてきたりするのであった.

 追伸: 産業医研修会の内容は昔は粉塵や有毒ガス,作業現場での外傷などについてが多かったが,最近はメンタルヘルスケアが多くなっている.ちなみに事業所などの産業医は地域の開業医がやっているケースが多く,私のような勤務医にはあまり縁がありません.

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年9月17日 (月)

大雨

 この連休所用で留守にしていた(詳細は後日報告).今日の夕方岩手に帰ってきたら,なんと 大雨!JR盛岡駅では東北新幹線を除く全路線(秋田新幹線,東北本線,山田線,田沢湖線,花輪線,いわて銀河鉄道線)が運休になっていた.駅は運行再開を待つ人々でごった返していたが,構内には「本日は大雨のため,列車の運転を見合わせており,ご迷惑をおかけしていることをお詫びいたします」とのアナウンスが流れていた.雨は別にJRの不手際じゃないのだから,謝る必要はないと思うのだが,一応客商売だから仕方がないのだろうか.愛知県在住の私の友人Nは台風で列車が運休になった現場に居合わせたそうだが,その時乗客の一人が,「なんで運休になるんだ」と駅員につかみかかっているのを目撃したそうだ(別にその駅員が台風を呼び寄せたわけじゃないから,怒られるいわれはないのだが).翻って,今日の盛岡駅にはそういう乗客が見当たらなかったのは幸いである.

P9170159本日唯一動いている列車,東北新幹線を待つ人々

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月13日 (木)

ぶり早起きしたかも(BlogPet)

きのう、ぶり早起きしたかもー。
でも、コンスタンチヌス21世の洞内ところどころみたいな記念ー!

*このエントリは、ブログペットの「アロイジア」が書きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月12日 (水)

上有住と八つ墓村

 先週末の一関の学会(あまり気合が入っていない)の際,行きには宮古市のとどヶ埼に寄ったのだが,帰りに寄ったのがここ,住田町上有住(かみありす)である.住田町は岩手県の沿岸南部,大船渡市の隣町である.これといった特徴も見当たらない町だが,この住田町唯一のJRの駅が,ここ上有住にある.とはいっても,ここが住田町の中心部というわけではない.中心部は世田米(せたまい)といって車で20~30分離れたところになる.しかもこの上有住駅,上有住という集落の中心にあるわけでもない.上有住の集落へは駅から車で10分位ある.ではなぜにこんな所に駅があるのか.

Kamiarisu 上有住駅周辺の釜石線.急勾配を登るため,北に向かって強く屈曲しています.

 上有住駅のあるJR釜石線は内陸の花巻市(宮沢賢治の出身地)から民話の故郷遠野市を通って沿岸の釜石市に行く路線である.大昔は岩手軽便鉄道といって宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルになった路線でもある.この釜石線最大の難所が遠野-釜石間の仙人峠で,あまりの勾配のキツさに線路をループ状にして距離を稼ぐことで,やっと汽車が走れるのだった.上有住駅は遠野市の足ヶ瀬駅と釜石市の陸中大橋駅の中間の山の中にある.

P9090040 上有住駅前です.

 実際に上有住駅に降り立って見ると,駅周囲には人家もなく,完全に秘境駅の面影である.しかしここが秘境駅とされていないのは,駅前に滝観洞(ろうかんどう)という観光スポットがあり,路線バスも走っているからなのであった(つまりここに駅が存在する必然性があるということ).

P9090043 気仙川に架かる太鼓橋を渡って行きます.

 岩手県内陸部の北上山地は西側の奥羽山脈と違って火山性の山地ではなく,安定した古い地層からできている.このため地震に強く(実際,三陸沖で地震が起きても盛岡に比べて,震源に近いはずの北上山地の方が震度が小さいことが良くある),山中には大型の鍾乳洞が良く発達している.日本三大鍾乳洞に数えられる龍泉洞や規模では日本一といわれる安家洞がとりわけ有名だが,ここ滝観洞も洞内落差日本一の滝を持つ鍾乳洞として知られている.ただ,龍泉洞など全国区の鍾乳洞と違って,全ての観光客が安全かつ簡単に探索できるわけではなく,内部は水が滴り,低い天井からは尖った岩があっちこっちに飛び出しているため,入洞に際してはレンタルのゴム長を履き,ヤッケを着て,ヘルメットを被らなければならない(特にヘルメットは必須,被らないで入ると確実に頭部外傷で病院送りになります).

P9090049 滝観洞の内部です.

 そんな曲がりくねった鍾乳洞をある時は這い,ある時はバシャバシャと水溜りを歩いて進んでいくと,最深部のちょっと開けたドームに到着する.ここの天井の大理石の裂け目から落差29mと,鍾乳洞内としては日本一の滝(天岩戸の滝)が流れ落ちている.

P9090053 そしてここが幻想的な,最深部の天の岩戸の滝です.

 実はこの滝観洞,昭和52年公開の映画「八つ墓村」のロケ地になったところである(渥美清が金田一耕助を演じ,「たたりじゃ~」というCMが一世を風靡した作品である).横溝正史の原作にも鍾乳洞が登場し,ここでの冒険が物語の重要な要素になるのだが,そのロケ地に選ばれたのが,この滝観洞なのだった.あまり俗化されず,狭い曲がりくねった感じが原作の雰囲気を出すのにピッタリだったのかもしれない.洞内ところどころに,ロケについて記されたプレートがあった.

P9090059 八つ墓村について記されたプレート.字体が昭和50年代っぽくていいです.

 こんな滝観洞も岩手の隠れた名スポットなのだった.

P9090033 私が参加した学会の様子.あくまでも学会参加がメインです(笑).

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月11日 (火)

しながわ宿場まつり参戦

 ブログ仲間のフミヲさんに誘われて,私も参加することになりました.第17回しながわ宿場まつり.時代扮装をしてパレードを行い,その後参加者は扮装スタイルのまま街を徘徊して宿場の雰囲気を盛り上げようという企画です.

 私が扮するのは幕末の有名人,この人物の活躍がなければ,明治維新は数年遅れたか,下手をすると明治維新なんて来なかったかもしれないというほどの著名人です(笑).

 参加の皆々様,当日はお手柔らかに願います.

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007年9月10日 (月)

本州最東端

 先週末一関であまり気合の入らない学会があって出かけてきた.ちょうど台風9号が抜けて,台風一過の晴天の日であった.当地から一関までは,車で行く場合,高速を使うのが手っ取り早くて,これだと3時間ちょっとで行ける.しかし,せっかくの晴天にそんなコースでは面白くないので,沿岸沿いを南下して行くことにした(このコースだと6時間はかかる).ただ行くのは面白くないので,どこかを観光しようと思ったのだが,地元ゆえめぼしい所は大方行きつくしている.どうしようと思ったら,まだ行っていない魅力的な場所を発見,それはとどヶ埼,ここは2つの意味で重要な場所である.1つは本州最東端の地として,2つめは映画「喜びも悲しみも幾歳月」のモデルの地として.地図を見るとわかるが本州の最も東に位置するのが,岩手県宮古市の海岸に突き出た重茂半島の先端にあたるとどヶ埼なのである(東経142度4分34秒).

P9080013 とどヶ埼の入り口,姉吉に向かう林道です.

 物好きな私が,どうして今までここに行ったことがなかったかというと,ここにたどり着くのがかなりハードだからである.とどヶ埼に行くには,宮古市内から車で林道のような道を30分くらい走り,半島の先端付近の姉吉キャンプ場に行く.そして更にここから登山道を4キロ近く歩かなければならないのだ.最近すっかりものぐさになってしまって歩くことが少なくなったが,元来歩くのは苦手じゃないので,気合を入れて歩くことにした.

P9080015 P9080017 (左)とどヶ埼灯台への入り口です.ここからはひたすら歩きます.(右)遊歩道の途中です.これはほぼ中間地点です.

 キャンプ場付近に車を停め,いよいよ歩き始める.いきなりの上り坂で早くも息が上がる.しばらく登ると,今度は平坦な道になった.快晴の天気だが木が生い茂っているため,直射日光は当たらず快適だ.所々から真っ青な海が見えて気分を盛り上げる.時折水分補給をしながら歩いていると,あちこちでアブラゼミが鳴いている.エッチラオッチラ歩いて,結局45分位で岬にたどり着いた.

P9080031 とどヶ崎灯台をバックに

 岬には巨大な灯台が建っていた.これがとどヶ埼灯台で,今は無人だが,昭和40年ごろまでは燈台守の人たちが住み込んで働いていたらしい.平成の今ですら,たどり着くのに苦労するのに,当時ここに暮らすというのは,俗世間と隔離された生活だったに違いない.

P9080021 本州最東端の碑と共に

 灯台から離れて海岸に行くと,本州最東端の地と書かれたプレートが填められた石があった.記念写真を撮ってしばし休憩する.同じ端っこでも,本州最北端の大間崎はいつも大勢の観光客で賑わっているが,こことどヶ崎はアプローチの困難さからか,貸切状態だった.

 帰路は下りが多いので,少し楽である.夕方近くなってきたためか,先ほどのアブラゼミに代わって今度はヒグラシがあちこちで鳴いていた.

Img263 そしてこれが,本州最東端訪問証明書です.とはいってもとどヶ崎は無人で売店もないので,ここでは手に入りません.浄土ヶ浜などの宮古市内の観光地で購入します(最東端に行かなくても買える!)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月 8日 (土)

台風一過

 昨日は台風9号の東北地方縦断で荒れ模様だったが,今日は台風一過の良い天気である.実は昨夜は,近隣の地域病院に応援当直に出向いていた.昨夜は二十六夜待(私少年時代の憧れ,逆三日月の夜)で,しかも当直ということで月の出を待とうと気合を入れていたのだが,あいにくの天気のため,諦めて寝てしまった.

 明日はあまり気合の入っていない学会(なんちゅう表現)があるため,県南の一関市に行ってきます.ただ岩手県は面積が広いため,当地から一関までは同じ県内でありながら200キロはあります.このため当日出発はきついので,今晩は一関泊まりです(せっかくだから,世界遺産目前の平泉でも見物してきますか).

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年9月 7日 (金)

パヴァロッティ逝く

 世界的なテノール歌手のルチアーノ・パヴァロッティさんが亡くなったそうです.ドミンゴ,カレーラスと共にイタリアオペラ系3大テノールに数えられていた人です(実際には他の2人はスペイン系なので,純イタリア産はパヴァロッティだけです).

 クラシック大好き人間の私ですが,当初はドイツ系の作品から入ったため最初にパヴァロッティを聞いたときは,「なんか節操のない歌だなぁ」と思っていましたが,気がつくとあの,悪く言えば田舎臭い,野暮ったい,それでいて純粋なほどに輝かしい歌声の虜になっていました.

 残念ながら生で見る機会はありませんでしたが,我が家にもたくさんのLPレコード,CD,ビデオ等があります.私にとって印象深いパヴァロッティの演奏は,ロンドンから出ていた「ラ・ボエーム」(カラヤン指揮)と,ロッシーニの小ミサソレムニス(ガンドルフィ指揮)です.特に後者は私が彼の魅力を知るきっかけになった演奏でした(Domine Deusのテノール独唱なのですが,宗教曲というより,オペラのアリアにしか聴こえない演奏がたまりませんでした).

 昨年すい臓がんの手術を受けて故郷のイタリアで療養していたとのことでしたが,現地時間の6日に亡くなったとのことです.心からご冥福をお祈りします.

Img258 若き頃のパヴァロッティ氏(左端).ちなみにその右隣の女性は著名なソプラノ歌手のミレッラ・フレーニさんですが,彼女とパヴァロッティ氏は幼馴染で同じ保育園に通っていたそうです.件のカラヤンのボエームやガンドルフィの小ミサソレでも共演しています.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月 4日 (火)

下弦の月

 さっきふと外を見たら月が出ていた.向かって右半分が欠けた半月,いわゆる下弦の月である.

 柴咲コウさんの歌う「月のしずく」という曲がある.しっとりとした雰囲気を醸し出す,私も好きな名曲であるが,そのサビの部分に”下弦の月が浮かぶ~”という部分がある.実はこれ,非常に意味深い歌詞である.

 その昔天体少年だった私は,天気がいい夜などは天体望遠鏡を引っ張り出して,月や惑星を観察していた.そんな少年時代の私にとって,下弦の月は逆三日月とならんで憧れの月なのであった.俗に言う半月には上弦の月と下弦の月という2種類がある.このうち上弦の月は夕方南の空にぽっかりと浮かんでいて,夜半には西の空に沈んでいく,おなじみの半月である(向かって左側が欠けた半月).それに対して下弦の月は夜半に東の空に姿を現し,明け方に南中するため,夜8時か9時には寝なければならなかった当時の健全な小学生には絶対に見ることのできない月なのであった.つまり月のしずくでいう,下弦の月が浮かんでいる時間帯とは夜半過ぎ,つまり午前様状態なのであり,思いっきり大人の雰囲気を醸し出した歌詞なのであった.

P9030016 下弦の月が浮かんでいます.

 天体少年もいつか大人になり,下弦の月が当たり前に見られるようになったのでした(もっとも現代社会は夜が明るく,また忙しくなってしまったため,逆に上弦の月が見難くなったかもしれない).

 追伸: 逆三日月とは新月の3日位前の月(月齢26)で,明け方近くなってようやく東の空に姿を現す,逆型の三日月のことです.見られる時間が限られているため,難易度の非常に高い月です(冬などは健全な生活をしている人なら早起きして見られるかも).江戸時代には二十六夜待といって,夜通し酒を飲んで騒ぎながら,夜明けのこの逆三日月の出を待つという企画があったようです.ちなみに今年の二十六夜待は9月7日なのだそうです.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 2日 (日)

お知らせ

 お知らせです.

 以前記事にした,「国鉄監修 わたしの旅スタンプノート 北海道編」をビザンチン美術館の方に展示しています.おヒマな方はどうぞ.

 わたしの旅 スタンプノート 北海道編

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 1日 (土)

今日から9月

 今日から9月である.私の住む岩手県北部はひと頃の暑さがウソのように,涼しくなってきた.今日も天気は良かったのだが,空気は爽やかで,散歩するにはとても良い気候である(半そでで歩いて一番快適な感じ).

 私は毎年長期の休みを6月頃にとってしまうため,世間が夏休みの7,8月はあまり出歩かない.まあ,この時期はどこに行っても込んでいるし,暑いからあまり出歩きたくない季節である.その反動でもないだろうが,実は9月~11月は,1年で最も出歩くことの多い季節である.この時期は学会やら研究会やらが目白押しになり,また3連休が結構あることから,これら学会に便乗して遠出するのである.昨年は9月に高知,10月に山陰,11月に京都に出かけた(その他,仙台や東京も).秋は気候がいいので旅行には最適の季節である.今年もあちこち出歩きたい衝動に駆られている私でした.

Bento 昨年10月山陰に行く途中,間者として長州に潜入,この時偶然見つけた薩長同盟弁当の幟です(JR山口駅にて).

Bentomihon 敵を知るため,買って食べようと思いましたが残念ながら品切れでした.そのため見本を隠し撮りしました(新撰組とバレないかヒヤヒヤものでした 笑).

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »