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2007年8月18日 (土)

スタンプノート

 私の実家の昔妹が使っていた部屋,今は書庫になっているのだが,ここには私が昔読み漁った本などが積んである.本のほかにもいろんなガラクタ(?)があるのだが,時として掘り出し物が発見されることがある.

 先日お盆で帰省した際,こんなものを見つけた.

Img177  皆さんご存知だろうか,スタンプノートである.よく,駅などに記念スタンプが設置されており,そのスタンプを集めようという企画である.良く見ると”国鉄監修”と書いてある.そう,なんとこのノート,旧国鉄時代のシロモノなのである.

 昔から旅行大好き人間だった私は,高校生時分から一人で旅行に出かけていた.当時は北海道に憧れていたため,夏休みや春休みなどに北海道を目指すことが多かった(若くて体力が有り余っていたため,宿泊は100%夜行列車 or 駅寝であった).当然,北海道のあちこちを回って,行った先のスタンプを押していたのだが,あらためて見てみると,今はもう存在しない駅のスタンプが目に付いた.

 明治以降の開拓によって,北海道には数多くの炭鉱や鉱山などが栄え,鉱物を運搬するための鉄道があちこちに引かれていた.しかし,戦後のエネルギー構造の変化等から,閉山が相次ぎ,人口が減少,多くの鉄道が赤字化していった.

 昭和62年に国鉄からJRに以降後,こうした多くの赤字ローカル線は次々と廃止の対象になり,かくして北海道から多くの路線が消えていったのである.その中には,いまでも人々の記憶に残る路線があるのだった.

Hamatonnbetsu  まずはこのスタンプ,これは天北線浜頓別駅のスタンプである.

 天北線とは,宗谷本線の音威子府駅(おといねっぷ 旭川と稚内のほぼ中間にある)から,オホーツク海沿岸を回って稚内に至る路線のことである.当時1日に数本の鈍行列車と1本の急行列車(札幌-稚内を結ぶ急行天北)が走っていた.幌延まわりの宗谷本線に比べると距離が長く,しかも大して大きな町を通らないため利用客が少なく,ついに廃止されてしまった.

 この天北線最大の駅が浜頓別駅であった.浜頓別町は白鳥がやってくるクッチャロ湖(道東の屈斜路(クッシャロ)湖と似てますが,全くの別物)とベニヤ原生花園でしられる人口4500人の町なのでした.

Hiroo  次はこちら,広尾線広尾駅です.広尾線とは,帯広から南に延びて広尾町まで行く路線です.途中に「愛国」,「幸福」という名の駅があり,昭和40年代には「愛の国から幸福へ」とテレビドラマにもなって,この「愛国」発「幸福」行きの切符は縁起物として大人気でした.この路線も昭和59年に私が旅行した際は存続していましたが,その後廃止されてしまいました(幸福駅は駅舎のみ残っているようです).

Kitamiaioi  さあ、続いてはこれだ.相生線北見相生駅である.相生といえば,鉄道マニアなら岡山を連想するでしょうが,相生線は北海道にあった路線です.

 石北線(旭川-網走の路線)の美幌駅から南に伸びて北見相生駅で終わる,どん詰まりの盲腸線である.さして重要そうに見えない路線ですが,しか~し,この駅は阿寒湖に最も近い駅という重要な役割があったのでした.貧乏学生にとって,国鉄の周遊券はとても貴重な切符で,なるべく近くまで鉄道で行って,バスを使わないのが旅行の鉄則でした(タクシーなんで問題外).普通なら阿寒湖観光は釧路からバスが一般的で接続も良いのですが,貧乏学生はバス代をケチるために,この北見相生駅からバスに乗るのでした(昭和59年当時,駅から阿寒湖まで800円位で行けた.その代わり列車との接続が異常に悪く,駅で2~3時間待たされた).

Nukabira  最後はこの士幌線糠平(ぬかびら)駅です.これは帯広から北に向かって延びる路線で,その終点が糠平駅です.糠平湖という人造湖や糠平温泉があるところでした.

 こうして久々に掘り出し物を見つけて喜んでいる私でした.

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コメント

ビザ皇帝、おはようございます。

おおおおお。 
私は学生時代「テツ」だったので、懐かしい! 流石にオトメだったので(笑)駅寝はしませんでしたが、夜行列車は使いましたね。 
当時、国鉄で「いい旅チャレンジ20,000km」というキャンペーン(?)をやっていたことに触発され、北海道一筆書き旅行したのを思い出しました。 今となっては一筆書きで稚内へは行けないんですもんね・・・

投稿: 風雅 | 2007年8月18日 (土) 11:21

 風雅さんこんばんは.おおお,風雅さんも「テツ」でしたか.たしかに天北線で稚内に行って,幌延から留萌まわりで帰れば,一筆書きできますね.その他にも今はどん詰まりになっている駅も,当時は他とつながっている路線がたくさんあったように記憶しています.それにしても北海道の路線はかなり少なくなってしまい寂しい限りです.そういえば,宗谷本線の美深と仁宇布を結ぶ美幸線という全国赤字No.1の路線がありました(たしか100円の利益を上げるのに2,000円以上かかる路線でした).乗ってみようと思っているうちに廃止されてしまいましたが,もしや風雅さんは乗ったことがあるのでは….

投稿: ビザ皇帝 | 2007年8月19日 (日) 22:36

皇帝様、こんばんは! ・・・また来ちゃいました(笑)

そうです、天北線-稚内-幌延-留萌。 父への土産に「増毛」の入場券買いに行きました♪
美幸線、乗りたかったんですけどねー。 美深-仁宇布を往復すると(待合せ時間とか入れて)3時間ぐらいかかったんですよ。 旭川を午後に出て、その日のうちに稚内まで行く予定だったので、諦めました。 その時は、やっぱり「そのうちいけるサ」と思っていたんですけどね。 駅寝ができれば行けたかも(笑)
湧網線、名寄本線、興浜南線は制覇したんですが、道央の盲腸線は、ほとんど乗らずに終わってしまいました・・・。
あー、この辺の話を話し出すと、止まらなくなりますわ。 

投稿: 風雅 再び。 | 2007年8月20日 (月) 20:59

 風雅さんおはようございます.オオオ!感動的な単語のオンパレード,湧網線と名寄本線は乗ったことがありますが,興浜南線は未乗車でした(興浜北線はあります).増毛駅は半家駅とセットにされる珍名駅ですね.
 道央の盲腸線は私もほとんど乗る機会のないまま廃止されてしまいました.当時は万字線やら岩内線やらあったはずですが,今も残っているのは札沼線ぐらいですね.
 この手の話を始めると止まらないのは私も同じです.天北線に飛行場がないのに「飛行場前駅」があったとか,石北線に白滝駅シリーズがあるとか(たしか,旧白滝・白滝・新白滝・奥白滝だったような…),もうたまりません.

投稿: ビザ皇帝 | 2007年8月21日 (火) 09:06

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