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2007年6月30日 (土)

日本トンデモ本大賞

 現在出張で小田原に来ている私が今週末江戸に出向いた最大の目的は,今日イイノホールで行われた”日本トンデモ本大賞2007”に参加することであった.

P6300001 これがチケットです

 トンデモ本とは「著者の意図とは異なる視点から読んで楽しめる本」のことで,1999年に人類が滅亡するとか,相対性理論は間違っていたという著者の無知や勘違いから内容がとんでもなくなってしまった本のことである.したがって,はじめからギャグとして書かれた本や読んで不快になるような本は該当しないことになる.一般には予言ネタ,UFOネタなどのオカルト・疑似科学ものに多いが,時には参考書や広告などにもあるという.

P6300005 会場入口にて

 こうした”トンデモ本”を研究しているのがと学会であり,と学会が毎年企画しているのが”日本トンデモ本大賞”である.言ってみればトンデモ本のレコード大賞というわけで,前年に発売されたトンデモ本のなかから最も”とんでもない”本を投票で決めようというコンセプトである.元々こういったオカルトもの大好き少年だった私(信じるかどうかは別にして)にとっても,たまらない企画である.

 12時半頃に会場に着くと,すでに多くの人たちでごった返していた(入場券は前売りで全て完売という盛況ぶりだった).若い男性が多かったが,中には中年の人や女性,更にはカップルで来ている人もいた.元々こううネタはいわゆるオタク文化に属し,昔はカップルとは無縁のものだったが,最近はオタク文化も市民権を得るようになり,こういう人たちの参加も珍しくなくなったようである.場内では関連書籍(もちろんトンデモ本やオタクものなど)の販売も行われており,学会の雰囲気をかもし出していた(笑).

P6300008_1 会場は大勢の参加者で盛況です.

 定刻になり会が始まる.まずはスタッフによるトンデモ物件の紹介である.これは本のみでなく,トンデモお祭りやトンデモ施設なども紹介されていた.特に今回は長野県の自作花火大会の様子(これが本当に凄い.狭い境内でまるで爆発事故が起こったかのような激しい花火が炸裂していた)や大正時代の高等女学校の卒業写真などが興味を引いた.その後は今年のトンデモ本大賞ノミネート作品の紹介やトンデモ・クラシックコンサート(いわゆる冗談音楽)と続き,最後に投票で選ばれた2007年トンデモ本大賞の発表となった.本年度の大賞には,人々の圧倒的な支持で(有効投票数の6割以上,ちなみに私もこれに投票した),枡谷猛 著 「人類の黙示録」 文芸社が選ばれた.

P6300018 壇上に並ぶスタッフの人たち

 「人類の黙示録」は日本列島が世界の縮図である(北海道が北米大陸,本州がユーラシア大陸,九州がアフリカ大陸など)という前提で,日本の武家社会(鎌倉時代から江戸時代まで)は約666年で,これは黙示録の獣の数字であるということから,将来日本の武家社会で起こったことが,世界規模で起こると予言した凄い本である.その内容はとても簡単にまとめることはできず,私も是非購入して読んでみたいと思った次第である(残念ながら会場では売っていなかったが,出版社の人が会場に来ていたらしく,持ってくれば売れたのにと悔やんでいたらしい).

 久しぶりに大笑いして魂の洗濯をした皇帝でした.

P6300010 私もと学会特製バッグを購入してしまいました(笑).

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2007年6月29日 (金)

出張です

 いやー,久しぶりの更新です.前回の記事が「インドリネタ」だったから,もう1週間以上ほったらかしになっていたわけだ(その間にウチの”アロイジア”が変な記事を書いていたようだが 笑).この間別に仕事がメチャクチャ忙しかったわけでも,インフルエンザになって寝込んでいたわけでもありません.実は仕事の関係で小田原に出張に来ているのであります.ビザンチン皇帝を名乗っていろんなことをしている私ですが,実際には365日のうち300日は日常生活をしているわけで,今回は仕事の関係で,小田原に修行にやってきたのでした(もちろん勝手にやってきたわけではなく,職場からそのような指示がでて).いってみれば,ルーク・スカイウォーカーがヨーダの下を訪ねてフォースの極意を学ぶようなもので,当然私がスカイウォーカーです(指導してくださっている先生がヨーダというわけか…,たしかに貫禄は十分だ).

 小田原市は神奈川県の西の端にあり,北条早雲をはじめとする戦国大名北条氏で有名であす.目の前には相模湾,後方には箱根の山を抱える自然豊かな土地柄でもあります.出張先も山間の静かな場所にあって,修行をする環境としては抜群なのですが,ネット環境はというと,LANはあるものの,電話回線並みに遅く,とても大量の画像を扱うことは不可能なのでした.そんなわけでブログの更新もままならなかったのですが,週末でもあり,明日は東京でイベントがあるため,今夜は都会に出てきた私なのでした.今滞在先のホテルでこの記事をアップしています. 

マダガスカル写真シリーズ5 夜行性のキツネザル編

Itachikitsune イタチキツネザルです(イタチなのか狐なのか猿なのか煮え切らない名前だ).ベレンティー保護区で地元ガイドが見つけました.夜の森で素人が自力で発見するのは困難なサルです.

Nezumikitsune こちらはネズミキツネザルです.ネズミのようなくりっとした目をしています.

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2007年6月25日 (月)

コンテスト編(BlogPet)

こないだ、コンスタンチヌス21世が
5月12,13日に行われた第10回ひのインド組まつりのレポ第1部「コンテスト編」がホームページの方に完成しました.興味のある方はどうぞ
とか思ってるよ。

*このエントリは、ブログペットの「アロイジア」が書きました。

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2007年6月23日 (土)

インドリ

 マダガスカルには30種以上のキツネザルが生息しているが,その中で最大の大きさを誇るのが”インドリ”である(別に鳥ではありません).主としてマダガスカル東部の森林地帯に生息しており,普段は小集団を形成して木の上で生活している.

 インドリの特徴はその大きさ(70cmにもなる)もさることながら,一般のキツネザルと違って尻尾が短いことが挙げられる(5cm位しかない.アイアイやワオキツネザルなどは自分の体長以上の尻尾を持つ).また,大きな鳴き声を出すことも特徴で,ガイドブックには「歌を歌うような」などと形容されるが,実際にはサイレンのようなけたたましい鳴き声で,遠くで聴く分には風情があるが,近くではかなりうるさいものがある.今回私は,マダガスカル東部にあるペリネ保護区で観察の機会を得た.

マダガスカル写真シリーズ4 インドリ編

   

 インドリの鳴き声です(遠くから聞こえます.風情があります 笑)

   

 こちらは至近距離での鳴き声です(ボリュームを絞ることをお勧めします)

Indri1 木につかまった状態のインドリです.普段は木の高いところにいて,なかなか姿を見せてくれないそうです.

Indri2 至近距離でインドリの撮影に成功しました.白黒模様がなかなか貫禄があります.

  

 こちらはインドリの動画です.

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2007年6月21日 (木)

横っ飛びベローシファカ

 マダガスカルにはさまざまな原猿類が生息しており,その多くが固有種(そこでしか見られない種)である.昼行性のものとして”ワオキツネザル”,”ブラウンキツネザル”,”インドリ”,”シロクロエリマキキツネザル”などが,夜行性のものとして”イタチキツネザル”,”ネズミキツネザル”(どうでもいいけど,ネズミなのかキツネなのかサルなのかはっきりしない凄いな名前だ 笑),”アイアイ”などがいる.その中でワオキツネザルとならんで有名なのが,今日紹介する”ベローシファカ”である.このサルは横っ飛びすることで特に有名である.今回私はマダガスカル南部のベレンティー保護区で目撃した.

マダガスカル写真シリーズ3 ベローシファカ編

Shifa1

森の木陰に佇むシファカです(こうして見るとなんだか宇宙猿人ゴリを彷彿させます).

Shifa2 早朝はこうして木の上で休んでいます.

Shifa3 きたぁ! 横っ飛びの瞬間です.

ベローシファカ横っ飛びの動画(短い編)

ベローシファカ横っ飛びの動画です(長い編)

 このシファカの横っ飛び,決して中に人間が入っているわけではありません(笑).

注) 当初うまく動画が開かなかったため少し手を加えました(2007年6月22日0時38分)

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2007年6月19日 (火)

びっくりドンキー発祥の地

 今日は所用で盛岡へ.それにしても暑かった.30℃くらいあったんじゃないかと感じる暑さだった.

 さて,本日の話題はハンバーグレストランとして全国展開している「びっくりドンキー」という外食チェーンです.実はその発祥の地は盛岡なのでした.市内の繁華街から少し横道に入ったところにある店,「ハンバーグの店ベル」がそうです.「びっくりドンキー」は,当初「ハンバーガーとサラダの店ベル」としてこの地に誕生し(昭和43年),その後主力商品をハンバーグに変更し,盛岡市内に数店舗展開,その後本社を札幌に移して現在の「びっくりドンキー」の名前で全国展開し,現在に至っているのでした.

 同系列でパスタなどを扱う「ペペサーレ」などのレストランもありますが,ハンバーグレストランは1つの例外を除き「びっくりドンキー」で統一されています.唯一の例外がこの,発祥の地に残る「ハンバーグの店ベル」なのでした.やはり発祥の地だからこそ,昔の名前「ベル」を遺そうということなのでしょうか.

P6190003

 写真で見るとおり,このお店外観はこじんまりとしていますが,中は意外に広く,普通のテーブル席のほかにお座敷もあります.しかも,よくあるレストランの小上がりなどではなく,縁側や庭(夜間はライトアップもされます)を有し,部屋には掛け軸もかかっているなど,それなりに本格的なお座敷でした(ハンバーグより,うなぎや懐石料理が出てきそうな感じ.ここで女子高生がパフェを食べている光景はなかなか笑えます).一般の「びっくりドンキー」はテーブルまで商品を台車で運びますが,このお座敷では,店員さんが岡持ちに商品を入れて持ってきます.

 ちなみにメニューは「びっくりドンキー」と全く同じで,値段も全く変わりません(以前はこの店特有のメニューがあったというウワサですが…).

 マダガスカル写真シリーズその2 ネタ写編パートⅠ

Neta2 ダチョウに襲われる~!

Neta3 保護区で観光客相手に疲れ,ヤンキー座りするワオキツネザル.

 まだまだ続きます(笑).

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2007年6月18日 (月)

日常の再開

 夢のような旅行もあっという間に終わってしまい,今日からいつもの日常が帰ってきました.1週間以上放置されていたこのブログも本日から再開です.

 朝しょっぱなから会議,その後外来へ.先週不在にしたため,予約状況はどうかと行ってみると,「今日は70人です」とナースの明るい声,「ひぇー」とひっくり返りそうになった.9時に始まって休みなしで2時に終わらせるとして,単純計算で1時間14人(1人4分計算),これに予約外や新患も加わるから,いったいどうなるのかと不安いっぱいでした.しかし,天が味方したのか予約外は少なく,難しい新患もいなかったため,何とか3時前には終了したのでした.その後病棟と書類の山と格闘して一段落した次第です.

 土曜日に帰国した直後は,このまま日常に戻れるのかと不安でしたが,今日一日の状況では何とかなりそうです.

 追伸: 今回からマダガスカルで撮った写真を少しずつ公開します.

 マダガスカル写真シリーズその1 ワオキツネザル編

Wao1 マダガスカルといえば,縞々尻尾のワオキツネザルです.これはひなたぼっこしている親子です(ベレンティー保護区にて).

Wao2 こちらは木の上から何かを探しているようです.彼らは木の上で生活し,時々下に降りてきます.

Wao3 じっと何かを見ています.時々人間と目が合うことがあってちょっとドキドキします.

Wao4 かれらはこのように尻尾を立てて歩きます.

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2007年6月 6日 (水)

陸奥横浜

 先月のひのパレの五番隊でご一緒させていただいたまーうささんのブログに青森県横浜町の記事が出ていた.

 のほほん組 ~MA いっか !!~

 同じ地名が複数あるというのはよくある話で,たとえばリゾートで知られる和歌山県の白浜に対して,青森県八戸市にも海水浴ができる白浜がある(駅名は陸奥白浜).また滋賀県の草津市に対して群馬県にも温泉で有名な草津町がある.

 しかしこの横浜ほど,規模の違いが圧倒的な同名市町村はないのではないか.横浜という名前を聞いて日本人の99%は神奈川県の横浜市を連想するであろう.神奈川県の県庁所在地で政令指定都市でもあり,その人口は350万を越えるなど日本の市では最大規模を誇る.一方青森県の横浜町はまさかりの形をした下北半島の柄の部分,陸奥湾に面した港町である.人口は5500人ほど,主要産業は漁業でホタテと横浜ナマコが有名だ.その他春には一面に広がる菜の花畑も知られている.

 しかしそんな横浜町,中に入ると私の琴線をくすぐるものがたくさんあるのでした.

① 町には「野辺地高校横浜分校」という高校があるのだが,学校前のバス停がこれ,

Yokokou1_1 横浜高校前です.現レッドソックスの松坂投手も高校時代,ここからバスに乗ったのでしょうか.

② 町の中心部に銀行があるのだが,その店の名前がこれ,

Michigin_1 みちのく銀行というローカルっぽい銀行名と,横浜支店という大都会っぽい支店名の妙がいいです(横浜市には残念ながら支店がないようです.がんばれみちのく銀行!)

③ 町の中心にある小学校です.

Yokoshou そのものズバリ,横浜小学校です.

④ JRの駅名は陸奥横浜なのですが,道路にある標識では…

Ekikan Mutsuyoko

(左)ズバリ横浜駅だそうです.(右)横浜駅にたたずむ私(嬉しそうです).

⑤ この横浜町,もちろん警察もあります.

Keisatsu 横浜警察官駐在所だそうです(残念ながら横浜警察署ではないようです).

⑥ その他町で見かけた楽しいものです.

Hankagai Bungu

左)ちなみに横浜町の中心部はこんな感じです.(右)文房具屋さんのようです.

Daikou Gas(左)横浜運転代行のようです.(右)横浜プロパン,ガス会社です.

Gyokou Tokoya

(左)やっぱりここは「ハマ」です.(右)「BARBERヨコハマ」床屋さんのようです.

 こんな感じに楽しい物件がたくさんある横浜町でした(下北半島観光の際には,是非横浜にも寄って見てください).

 そんな横浜町のHPはこちら

     

 横浜町ホームページ

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ちょっと早い夏季休暇

 6月に入って間もないのだが,実は今週末から夏季休暇に入る.「ずいぶん早いなあ」と思われる向きもあるだろうが,私の夏季休暇はいつも,早いか遅いか極端なのである.

 私の場合,休暇の時期を決めるポイントは「値段が安い」,「現地の気候がよい」の2点で決まる.したがって必然的に7,8月の世間の夏休み期間(特にお盆)はボツである.勢い6月 or 9月になる場合が多いが,あとは現地の気候次第ということになる.今年の行き先はインド洋,アフリカ東岸沖に浮かぶ巨大な島「マダガスカル」であるため,6月と相成った(マダガスカルの6月は乾季で1年で最も降水量が少ない).

 マダガスカルには,この島でしか見られない生き物(固有種)が数多くいる.ワオキツネザルやベローシファカ,インドリ,アイアイなどの原猿類やホシガメ,カメレオンなどの動物の他,サンテグジュペリの「星の王子様」にも出てくる植物「バオバブの木」や「アアソウカイ」という変な名前の植物も有名だ.

 今回はこれらの動植物を観察に行ってきます.このため今週末から約1週間,ブログのコメントへのお返事ができない可能性が高いと思いますのでご了承下さい(一応PCは持って行きますが,ネット環境の整備は期待できません).

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2007年6月 4日 (月)

それは…(BlogPet)

今日、コンスタンチヌス21世が
コンスタンティノープル第の1453年5月29日はまだグレゴリオ暦が作られていないから当然ユリウス暦である.じゃあこの日を,仮に当時グレゴリオ暦が存在したとして換算するといつになるのか,計算してみた(暇だなぁ~).それは…
とか思ってるよ。

*このエントリは、ブログペットの「アロイジア」が書きました。

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第2回境港妖怪検定

 今日何気なく境港市の観光ガイドのページをのぞいたら,なんと”第2回境港妖怪検定”開催のお知らせが出ていた.

 第2回境港妖怪検定

 去年は第1回ということで初級のみであったが,今年は中級もできるらしい.昨年1500円だった受験料が,今年は初級2000円,中級3000円に値上がりしていた.やっぱり1500円では安すぎたと思われる(通信費や,合格証やピンバッジも結構気合が入っていたから,赤字になったのかもしれない).申し込み受付は9月1日かららしい.

 昨年初級を受けたものとして,是非とも今年は中級に挑戦したいところだ.

 しか~し!試験日は11月18日日曜日,去年は10月の3連休の中日だったが今年は普通の週末である.しかも中級の試験は午後3時から5時とのこと.そこから帰って翌朝の仕事に間に合うのだろうか?しかも会場は大阪や京都ではない,境港だ.この問題がクリアーできないと受験は難しい私です(キメラの翼どこでもドアがないと無理かもなぁー).

Shousho 初級の合格証を持ってとても嬉しそうな私.是非とも今年は中級が欲しい!

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2007年6月 2日 (土)

ビザンチン帝国の滅亡とユリウス暦

 気がつけばもう6月である.5月はひのパレがあったり,学会があったり本当にあっという間に過ぎてしまった感じだ.

 実は私のHP&blogにとってきわめて重要な日がこの5月にあるのだがすっかり忘れていた.それは5月29日,これはビザンチン帝国の首都コンスタンティノープルが陥落し,帝国が滅亡した日なのである(1453年のこと).普段ビザンチン皇帝を名乗っているものとしては,厳粛な気分でこの日を迎えなければならないはずだったのに……(ますます名が体を表さないサイトになってしまう 泣).

 しかし,ふと思ったのだが,現在私たちが用いている暦はグレゴリオ暦といって16世紀のローマ教皇グレゴリオ13世が制定した暦法である.これ以前の西洋の暦はユリウス暦といい,紀元前1世紀にローマのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が制定したものである.

 ユリウス暦は1年を,平年は365日とする.そして4年に一度閏年を設けてこの年のみ,1年を366日とする暦である.これに従うと1年の平均は365.25日になる.ところが実際の1年は365.2422日なので(これを計算したのは有名なコペルニクスだそうです.頭が下がります),1年に0.0078日(11.232分)の誤差が出る.1年間に11分なんて大したことないと思うが,塵も積もればで,ユリウス暦制定から1600年経過した16世紀半ばにはその誤差は10日以上となってしまった.このため,教会暦で春分の日は3月21日と固定されているにもかかわらず,実際の春分は3月10日ごろという困った事態になったのである.

 そこで,1582年(日本では本能寺の変で織田信長が死んだ年)の10月4日木曜日の翌日を10月15日金曜日にすると同時に,新しい暦(グレゴリオ暦)の採用と相成ったのである.グレゴリオ暦では4年に1度の閏年は基本的に変わらないが,西暦で100で割り切れる年は閏年なし,ただし400で割り切れる年は閏年ありとする暦法である.この暦による1年は365.2425日となり,1年の誤差は26秒と非常に少なくなった(3000年で1日の誤差になる).

 さて,コンスタンティノープル陥落の1453年5月29日はまだグレゴリオ暦が作られていないから当然ユリウス暦である.じゃあこの日を,仮に当時グレゴリオ暦が存在したとして換算するといつになるのか,計算してみた(暇だなぁ~).それは…

 1453年6月7日である(1582年当時でユリウス暦とグレゴリオ暦の差は10日,このまま逆算していくと1453年当時の誤差は9日となる).

 かくして今年はこの日に一人で追悼行事を行うことにしようと決意したのでした.

 注) もちろん当時存在しない暦を使って議論するのはナンセンスです(泣).

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