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2007年1月31日 (水)

大河ドラマと幕末物

 今月22日から大河ドラマ「新選組!」の再放送がBSで行われている.大河ドラマの再放送自体が異例のことであり,いかにこの作品の人気が根強いかがうかがい知れる.

 大河ドラマには「幕末物は当たらない」というジンクスがある.ここで言う「当たらない」とは視聴率が取れないということである.幕末という時代は,攘夷天誅など時代を覆う空気が暗く,また,攘夷派開国派倒幕派佐幕派等々,様々な思惑を持った人々が複雑に入り乱れて動いていく(当初攘夷派だったのが途中から開国派になったり,佐幕派のグループから倒幕派が出てきたりする)ため,歴史になじみのない人には,ストーリーを把握するのが難しいというのが理由かと思われる.

 このジンクスに漏れず,「新選組!」も,視聴率的には決して高かったわけではない.ビデオリサーチによると,「新選組!」の年間平均視聴率は17.4%だったそうだ.渡辺謙主演の「独眼竜政宗」(39.7%),中井貴一主演の「武田信玄」(39.2%)は別格としても,「八代将軍吉宗」(26.4%),「利家とまつ」(22.1%),去年の「功名が辻」(20.9%)あたりと比較しても見劣りする数字である.そんな視聴率的には苦戦した作品でありながら,2006年1月には続編が放送され,今年再放送が行われている.このことは,作品の人気というものは決して視聴率だけではわからないことを良く示しているといえよう.

 思うに作品の人気には視聴率の他に,視聴者の熱中度(熱狂度?)という要素も加味する必要があるのだろう.たとえ視聴率が30%でも,みんながBGM代わりに流している番組と,たとえ17%の視聴率でも,視聴者がビデオに録画しながら食い入るように観ている番組ではおのずから社会的インパクトは異なるだろう(勿論「新選組!」は後者.その他「宇宙戦艦ヤマト」もこの部類か?).

 NHKが幕末物は当たらないといわれながらも,幕末物大河を作り続けているのは,たとえ視聴率が取れなくとも,その作品を心待ちにしているコアな視聴者の存在を知っているからなのであろう.ちなみに私にとって最も印象に残っている大河ドラマは,昭和55年に放送された「獅子の時代」である.これは菅原文太演じる会津藩士と加藤剛演じる薩摩藩士を中心とした庶民の視点からの幕末維新の物語である.この作品の影響で私は維新史では会津藩や新選組に肩入れするようになった(もっとも「獅子の時代」には新選組は出てこないが‥‥).

Shinsen 私の新選組コスプレの歴史は2003年からでした.

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2007年1月29日 (月)

ヨハネ受難曲演奏会当日!

 ついに1月28日を迎えた.我が盛岡バッハ・カンタータ・フェラインの30周年記念「ヨハネ受難曲」演奏会の当日である.昨年1月にドイツ演奏旅行から帰国して以来約1年間の練習の成果が問われる重要な日である(2007年我が家の10大ニュースの上位に来ることは間違いない).昨日はまるで演奏会への嫌がらせかのように降っていた雪もやみ,天気は上々である.

 オケ合せの初日である1月26日にはいろいろと問題点を指摘されたそうだが(私は都合で欠席させていただきました 泣),前日のゲネプロ(General Probeの略,日本語で言えば舞台総稽古)は予想以上にスムーズに進み,午後8時過ぎには終了となった.その後指揮者から演奏会当日はリハーサルなしの13時半集合と発表された.日本人的な感性から言うと,当日リハーサルがないというのは,何となく不安な気がするが,特に問題がない場合,無用なことをして声に負担をかけることはしないというのが,ドイツ人の合理性なのかと思った.

 家で演奏会衣装に着替えて13時過ぎに会場入りした.13時半の集合時刻になり,全員で発声練習をした後,合唱指揮の佐々木正利先生,ヴィンシャーマン先生から最後の指示を受ける.この後は本番直前の14時50分まで,控え室で演奏会のパンフレットを読んだりして過ごした.控え室からは中津川が見える.遠隔地から参加している方に,盛岡と川の関係についてお話した(盛岡は北上川・中津川・雫石川という3つの川の合流点に形成された城下町で,川が天然の堀の役割を担った要害の地であるが,現代ではその点が仇になって,橋のところで慢性的な渋滞が起こっている).

 時間になったため舞台袖に集合する.さすがに皆,緊張した趣である.本鈴が鳴りいよいよ入場する.チラッと客席を見渡すとかなりお客さんが入っている印象.気分が高まってくる.合唱団入場後,続いてオケが入場,その後チューニングとなる(私は子供のころから,このオケのチューニングを聴くだけで妙にわくわくするのだった).そして,ひときわ大きな拍手とともにソリストとヴィンシャーマン氏が入場してきた.

 しばしの静寂の後,指揮者の手が動き,ヨハネ受難曲第1曲が始まった.テンポは意外とゆっくりである.弦楽器が重厚にリズムを刻み,その上にオーボエ,フルートが悲壮的な旋律を奏でる.緊張が徐々に高まり,それが頂点に達した時,”Herr(主よ)”という呼びかけとともに合唱が登場する.この冒頭の合唱は,これから始まる物語を期待しつつ進んでいく.

 第2曲からは福音史家テノールによる聖句と,登場人物の語りを中心として展開し,節目節目に自由詩によるアリアやコラールが挿入される.コラールは物語の様々な場面で会衆がどのように感じるか,どうするべきなのかを歌い上げる賛美歌であり,ヨハネ受難曲では特に重要な役割を担っている(新バッハ全集ではヨハネ受難曲は40のナンバーから成っており,そのうち11曲をコラールが占める).一方自由詩によるアリアも感動的な曲が多くある.

 短い1部と2部の間には休憩を入れずに演奏は行われた.物語はどんどん展開し,イエスと総督ピラトとの問答,磔を求める群集とそれを煽る律法学者たち,イエスに罪がないことに気付きながら,群集の要求に流されてイエスを引き渡してしまう,人間の弱さの象徴ともいえるピラト.そして十字架に架けられたイエスの死へと続いていく.第39曲の合唱,そして最後のコラールに入ると,元々弱い私の涙腺は決壊を起こしてしまった.そしてコラールの最後”ich will dich preisen ewiglich(わたしはとこしえにあなたをほめ称えます)”とともに2時間の演奏会はあっという間に終了した.しばしの静寂の後,会場は大きな拍手に包まれた(ひそかに,演奏が終わらないうちにフライングで拍手を始める人はいるんじゃないかと恐れていたが,この日は大丈夫だった).

 演奏終了後,ロビーで聴きに来てくれた知人にあったが,みな素晴らしい演奏だったと喜んでくれていた.少なくとも我々が伝えたかった音楽は聴衆の方々の心にも届いたと思われた.

Johannes3 イエス役の多田羅迪夫先生とともに.

 その後出演者一同,盛岡駅前のホテルに移動しレセプションとなった.ここでは共演いただいたソリストの先生方やオーケストラの方々,そして今回の演奏会のためにわざわざドイツからきて頂いたヴィンシャーマン先生のお話を伺いつつ,楽しいひと時を過ごしたのであった.二次会もあったのだが,1月29日から当たり前のように日常業務が待っている私は,朝早起きするために泣く泣く会場を後にした(最近休み明けの朝に酒気帯び運転の検問をやっていることが多いため,遅くまで飲んでいるのは極めて危険である).

Johannes1 ヴィンシャーマン先生は1920年生まれとは,とても思えないほどお若いです.

 明日からまた日常の世界(って,このブログのタイトルが”日常の世界”じゃないか!! 笑)

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2007年1月27日 (土)

浅田次郎とヴィンシャーマン

 1月23日(火)にヘルムート・ヴィンシャーマン氏が盛岡入りし,いよいよ演奏会モード全開となってきた.さる1月25日にはいよいよヴィンシャーマン氏自身による練習も始まり,講義で丁度盛岡に出向いていた私も参加した.そして1月26日にはオーケストラ(東京バッハ・カンタータ・アンサンブル)の面々も交えて,本番の会場である岩手県民会館大ホールでオケ合わせが始まる.仕事の都合で残念ながらこの日の練習には参加できないが,練習後ヴィンシャーマン氏やオケの方々との懇親会があるとのことで,そっちの方には参加しようかと考えていた.

 しか~し! 実はこの1月26日には,縁あってうちの病院に作家の浅田次郎氏がやって来て講演会を開催することになっていたのだった.先日副院長のM先生を通じて,「1月26日に浅田次郎さんが来るから,夜に一席設けるんだけど,先生は新選組に詳しいから是非同席してくれと院長が言ってる」と誘われたのだった(浅田次郎氏は岩手では壬生義士伝の作者として有名である).かくしてヴィンシャーマン氏の歓迎会と浅田次郎氏の歓迎会が重なってしまうという困った事態になったのである(結局M副院長に「はい,喜んで参加させていただきます」と即答した私であったが 笑).

 浅田次郎氏の講演会は病院のホールで18時30分に始まった.浅田氏は翌27日にも,当市の文化ホールで講演をするらしく,2日続けて同じ土地で講演をするのは初めての経験だとおっしゃっていた(内容は現代日本の風潮と儒教教育について等だった).

Asadajirou1 病院のホールで行われた浅田次郎氏の講演会です.

 そして講演後,市内の寿司屋で懇親会が行われたのだった.私も参加したのだが,件の副院長に「新選組の格好で来ないのか」と言われてしまいました(さすがに平日は仕事が忙しくて,いくら私でも着替えて出向く時間はないなぁー.でもこの日はネクタイを新選組にしていました 笑).

Asadajirou2 浅田次郎氏とビザンチン皇帝です(実はネクタイは新選組です).

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2007年1月26日 (金)

講義と法事とヴィンシャーマン

 2007年1月25日は大学医学部で講義をするため,盛岡市に出向いた.授業は10時30分からのため,朝8時に家を出た.例年だとこの季節は積雪で車の運転に難儀するのだが,今年は暖冬のため積雪も少なく快適である.

 10時20分に大学に到着した.医局でパソコンを借りて講義室に向かう.付属病院の方は時々出入りしているのでなんとなく勝手もわかるのだが,講義室の方はさっぱりわからない.教室を覗き込んでその辺にいた学生に「ここ3年生?」と確認して中に入った.私が入っていくと,「教官が来た」と思ったのか学生たちが席に着く.見渡したところ講義室はびっしりと人がいる.かなり出席率はよさそうだ.パソコンをプロジェクターに繋げようとしたのだがうまくいかず,困って医局に電話をすると,医局秘書のM嬢がやってきた.あーでもない,こーでもないとやっているうちに何とかスライドが映し出された.

 今日は180分の講義用に約140枚のスライドを準備した(過去の講演会の経験からスライドのの枚数は1分1枚換算で丁度いい感じである).それらを使いながら講義は無事に終わった(のどが少しかれてしまったが.ちなみに昼休み時間にはおなじみの白龍にいってじゃじゃ麺を食べた).講義が終わると,早速試験対策委員の学生がやってくる.昔から医学部の試験は範囲や分量が膨大で,ある程度的を絞ってもらわないとものすごく厳しい状況に追い込まれるのである.私が担当する分野からは4問が出題されることになっており,学生には「別に皆さんを困らせるような問題は出しませんから」と言っておいた(自分自身が真面目に講義に出席する学生でなかったこともあり,重箱の隅をつつくような難問を出せる立場にもないし).

 講義の後,今度は親戚の家に行く(親戚で不幸があったため).2時間ほど滞在した後,いよいよ週末のヨハネ受難曲に向けての練習に出向いた.コンサート本番は1月28日(日)であるが,指揮者のヘルムート・ヴィンシャーマン先生は既に1月23日から盛岡入りしており,今日初めての練習が組まれていたのである.練習は合唱団のいつもの練習会場である市内の教会で午後6時から始まった.

 発声練習の後おもむろにヴィンシャーマン氏が登場する.1920年生まれだから今年で87歳になるはずだが(恐ろしいことにカール・リヒターよりも年長である),背筋もしゃきっとしており,とてもそうとは思えないほど若々しい.この日はオルガンとチェロの伴奏で合唱部分を一通りさらったのだった.ヴィンシャーマン氏を目の当たりにしたことでいよいよ私も演奏会モードに入ったのである.

Gakufu 今回私が使っている楽譜.1985年に購入したミニチュアスコアです.

Kuriora こちらは2000年11月のクリスマス・オラトリオ全曲演奏会の際の記念撮影です.

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2007年1月24日 (水)

医学生のころ

 実は今年から大学医学部の講義も受け持つことになった.私の担当は神経疾患の系統講義の中の”筋疾患”である.

 医学部の教育は,初めに基礎医学(解剖学,生理学,生化学など)を学び,次いで臨床医学に進む.臨床医学では内科診断学と呼ばれる内科総論(身体所見の取り方,症候から考えうる疾患を列挙する鑑別診断等)を学んだ後,各分野(消化器系,循環器系,神経系など)の各論に入っていく.この各分野の様々な疾患を学ぶ一連の講義が系統講義で,これを無事に終えるといよいよ臨床実習に入るわけである.私が医学生だった十数年前には系統講義は4年生から5年生の夏くらいまでに行われていたのだが,学ぶべき内容が格段に増えた昨今では,3年生から4年生で系統講義を終えるらしい.私が担当する講義も3年生である.

Junbi 講義の準備をする私(なぜか今日は蝶ネクタイです).

 講義のスケジュールは1年前に発表されており,準備期間は無限にあったはずだが,直前にならないと火が付かない性格から,先週くらいからようやく準備を始めている(ちなみに講義は1月25日の2講目と3講目である).2コマ180分で筋疾患(筋ジストロフィーやミトコンドリア病,炎症性筋疾患から重症筋無力症など)を全てやれというのだから,もの凄い詰め込み教育だ.自分が医学生だった頃の記憶からいっても,こんな短時間に理解せよというのが土台無理な話である(何がなにやらわからないうちに講義は終わり,結局卒試(卒業試験),国試(国家試験)の時にあらためて勉強した記憶がある).

 講義といえば,昔は黒板に板書するスタイルが一般的であったが,字を書くのがもの凄いストレスになる私にとっては,パワーポイントを使った講義スタイルは大変ありがたいものであった(私の乱筆は昔から有名で,日本語の筆記体などと言われたものだった).

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2007年1月20日 (土)

納豆ダイエット騒動

 最近某テレビ番組で「納豆にダイエット効果がある!」という説を取り上げたことから,放送直後から全国の店頭で納豆が品薄になるという現象が起こっていた.

 しかし本日のネットニュースによると,番組内で紹介されていた臨床データ等にねつ造があったことが明らかになり,放送局の社長が陳謝したそうだ(納豆ダイエットで誇張).この話題がでた直後から眉唾っぽいなーと感じていたが,まさかデータ捏造までやっていたとは思わなかった.

 冷静に考えればわかるはずだが,特定の食品を食べるだけで痩せるという話は自然科学の法則に反している.食品には普通カロリーが含まれており,摂取したカロリーはエネルギー保存則にしたがって,必ずどこかに残るからである.痩せるためには,摂取したカロリー以上のエネルギーを消費する必要があり,たとえ納豆でも摂取すればカロリーになる事実には変わりがない(納豆はたんぱく質が主体だから,1グラムあたり4キロカロリーになる).よく”こんにゃく”がダイエットに重宝されるのも,こんにゃくにはほとんどカロリーが含まれていないから,こんにゃくを食べて満腹感が得られれば,食事量を減らすことが期待できるからである.

 納豆中心の食事がダイエットに適しているというのは事実であろう.納豆(特に醤油で味付けした納豆)は少量でたくさんのご飯を食べられるため,結果的に少しのおかずで食事を完了できる(=摂取カロリーを減らすことができる)からである(脂質を大量に含んだハンバーグをおかずにするのと,脂質をほとんど含まない納豆をおかずにするのとどちらがダイエット向きかは自明の理である).ダイエットするには摂取カロリーを減らすか,消費カロリーを増やすしかない.良く運動してダイエットとも言われるが,運動でカロリーを消費するのもなかなか大変である(ショートケーキ1個分のカロリーを運動で消費するには30分はジョギングしなくてはならない).

 今回の納豆の話の中では,基礎代謝を高めることでカロリーを消費するという話があったようだ.たしかに基礎代謝を高めれば,運動しなくても消費カロリーは増える.ただ,基礎代謝が亢進すれば体温,心拍,血圧なども上昇するから今度は別な問題が発生するだろう(納豆に基礎代謝亢進効果があるのか,私は知らないが仮にあってもわずかなものであろう).もし純粋に基礎代謝を高めたければ甲状腺ホルモンを摂取するという方法があり,一定のダイエット効果は得られるかもしれない.しかし一方で様々な合併症が起こるため,健康面を考えると絶対にお勧めできない(甲状腺機能亢進症の状態).

 結局ダイエットの方法は,適度に運動しつつ,消費カロリーをセーブするという至極当たり前の結論に落ち着いてしまうのである(私も人のことはいえないが‥‥).

 ところで,このねつ造騒動で納豆の消費が沈静化し,当初増産に踏み切ったはずの納豆メーカーが大量の在庫を抱えて途方にくれるという事態が起こるかもしれない.その場合,メーカーが被った損害を件の放送局が賠償するのだろうか.いずれにせよマスコミ各位には自らの社会的影響力を鑑みて,良識ある報道をしていただきたいものだ.

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幕末未来人と山南敬助

 先日ひの新選組まつりの話題を取り上げたついでに,今日は新選組総長山南敬助について考えてみた.

 山南敬助は近藤勇にとって試衛館以来の同志であり,新選組では総長というナンバー2の地位にあった人物である.しかも彼は永倉新八や原田左之助のような食客ではなく,天然理心流に入門しており,沖田総司や土方歳三と同門ということにもなる.しかし,総長の地位にあった割りには彼の存在感は薄い.新選組で活躍した期間が短いのだから仕方ないともいえるが,それにしても近藤や土方は別格としても,斎藤一や藤堂平助,更には伊東甲子太郎あたりと比べても存在感の薄さは否めない.

 山南敬助は仙台藩を脱藩し,千葉周作の下で北辰一刀流を学んだと言われ,免許皆伝の腕前であった.学問にも秀で,その一方で性格は温厚であったという.今で言えば非の打ち所のない人物であるが,幕末のような個性派が幅を利かせる時代ではどうしても地味な存在になってしまうのかもしれない.そんなわけで新選組を扱った映画やドラマでもやっぱり地味な存在なのであった.そんな中,2004年の大河ドラマ「新選組!」で山南敬助を演じた堺雅人さんのインパクトは大きいのかもしれない(私の周りでも,アレで山南敬助の存在を知ったという人は多いのである).

 しか~し!私にとっての山南敬助は,なんといっても少年ドラマシリーズ「幕末未来人」に出てきた山南敬助である.幕末未来人は昭和50年代の高校生二人組みが幕末にタイムスリップしてしまうお話であるが,二人組みの片割れがなんと!新選組に入隊する.そして,ちょっとした事件で沖田総司を死に至らしめてしまうのだが(悪い奴の陰謀で歴史が徐々に変わってしまい,文久3年に沖田が死んでしまう),屯所で沖田の死を知った山南が烈火のごとく怒って件の高校生に,「腹を切れ!自分でできないのなら,俺が冥途に送ってやる」,更には助命に駆けつけた少女(古手川祐子が演じている)にも「沖田の供養に,その可愛い首を刎ねてやる」などと過激なことを言い,近藤勇にたしなめられていた.

Yamanami 幕末未来人のひとコマ,高校生に切腹を迫る山南敬助.

 考えてみれば昭和50年代の新選組といえば,殺伐とした暗殺集団というイメージが強く(何といっても正義の味方”鞍馬天狗”の敵は新選組だったのである),そんな集団の総長と言えば,さぞ恐ろしい人物だったに違いないというイメージがあったのである(幕末未来人には新選組幹部として近藤,土方,沖田,山南の4人が登場するが,圧倒的に山南敬助が過激である.一番温厚なのは沖田総司).

Bakumira1 少女を演じる,今から30年前の古手川祐子さんです(なんて若いんだ).

 

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2007年1月17日 (水)

第10回ひの新選組まつり

 日野市観光協会のHPによると,第10回ひの新選組まつり「隊士パレード」の隊士募集が始まったようです(第10回ひの新選組まつり「隊士パレード」隊士募集).今年のまつりは5月12日(土),13日(日)です.

 例年5月は学会シーズンで,日程が重なったりしてなかなか参加できなかったのだが,今年は神経学会総会が5月16日~18日(名古屋),温泉気候物理医学会総会が5月18日~19日(箱根)と見事に重なっておらず,昨年に引き続き参加できそうな気配である.衣装を虫干しして準備しておこうと決意したのであった.

Shutsujin 2006年5月14日に行われた第9回ひの新選組まつりの集合写真です(私も写っています 笑).

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2007年1月16日 (火)

ヨハネ受難曲演奏会

 今日の記事は宣伝です.

 1月28日(日)に盛岡で私も所属している合唱団,”盛岡バッハカンタータフェライン”の演奏会が行われます.今回の演目はJ. S. バッハのヨハネ受難曲BWV245です.ヨハネ受難曲は,マタイ受難曲BWV244,ロ短調ミサ曲BWV232,クリスマスオラトリオBWV248とともにバッハの四大宗教曲とも呼ばれる傑作です.その一方演奏時間は約2時間とお手ごろです(マタイ受難曲やクリスマスオラトリオは約3時間).

 今回は指揮者にオーボエ奏者でドイツ・バッハゾリステンを主催しているヘルムート・ヴィンシャーマン氏をお迎えします.ヴィンシャーマン氏とはこれまでにも何度か共演させていただいており,今回のヨハネ受難曲でバッハの四大宗教曲は完結ということになります.

 1月14日(日)にも強化練習があり,団員一同いい演奏ができるよう頑張っております.バッハの作品に興味があり,盛岡に来られる方は是非ご来場下さい.

Johannes 演奏会のチラシです.

2007年1月28日(日) 開演15:00(開場14:30)

場所: 岩手県民会館大ホール

指揮: ヘルムート・ヴィンシャーマン

独唱: 五郎部俊朗(福音史家),多田羅迪夫(イエス),小原浄ニ(ピラト,ペテロ),井上しほみヘラー(ソプラノ),佐々木まり子(アルト),鏡貴之(テノール),佐々木直樹(バス)

合唱: 盛岡バッハ・カンタータ・フェライン(合唱指揮 佐々木正利)

管弦楽: 東京バッハ・カンタータ・アンサンブル

チケット:S席 6000円(指定),A席 4500円(指定),B席 3000円(自由)

チケットは盛岡市内プレイガイドにありますが,本ブログの管理人も取り扱っております(当日券もあるはずです).

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2007年1月13日 (土)

坂本龍馬は新選組だった!

 すごいタイトルの本を見つけた.「坂本龍馬は新撰組だった!」思わずタイトルに惹かれて買ってしまった(帯の文句も”尊皇攘夷は坂本龍馬の陰謀である!!」とある).

 出版は”ぶんか社文庫”,ここのシリーズには他にも「家康の父親は武田信玄だった!」,「信長殺しの犯人は秀吉だった!」,「豊臣家を滅ぼしたのは北政所だった!」という東スポ的見出しの本がならんでいる(豊臣家を滅ぼしたのは北政所だった,というのは全くの虚構ではなく,関が原の戦いで加藤清正や福島正則といった秀吉子飼いの武将たちが家康に味方した一因が北政所であるのは事実である).

 内容はネタバレになるので詳述しないが,全編”と”の香りがする本であった.

Shinsho

 この本によると,幕末維新の流れは”北辰一刀流一派”のシナリオに沿って動いており,坂本龍馬は清河八郎と並ぶ,北辰一刀流の両巨魁であったとされている.新撰組もこの両者によってプロデュースされたもので,藤堂平助や山南敬助は北辰一刀流から送り込まれたスパイなのだそうだ.池田屋事件で近藤隊に藤堂が入っているのも,20名以上の志士がいる池田屋に少人数の近藤,沖田らを誘いこんで,隙あらば抹殺する計画だったのだそうだ(土方歳三が予想外の早さで池田屋に応援に来たため,計画は失敗したらしい).また,最終的に龍馬が暗殺されてしまったのは,伊東甲子太郎ら北辰一刀流が新撰組を離脱したため,新撰組内部にスパイがいなくなったことが原因らしい.

 内容もすごいが,この”北辰一刀流一派”(彼らは文武を兼ね備えたエリート集団なのだそうだ)が歴史を動かすという構図は,世の中に氾濫している”世界の歴史を影から動かすフリーメイスン”という構図にそっくりだと思ってしまったのだった(笑).

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2007年1月10日 (水)

風評被害

 今年の冬は全国的にノロウイルスによる感染性胃腸炎が流行してることから,しばしばノロウイルスによる食中毒の材料になるカキが敬遠されているらしい.広島や宮城県松島の水産業者は頭を抱えているし,ついには長崎ちゃんぽんの店「リンガーハット」が赤字に転落するらしいという記事まで出ていた(ノロウイルス風評被害で販売不振).

 冷静に考えればわかるのだが,今年のノロウイルスの流行はカキとは何の関係もない.巷に溢れているノロウイルスによる胃腸炎の患者さんのほとんどはカキを食べて感染したわけではなく,人から人への感染によるものである.それゆえカキを食べないからといって感染しないという保障はまったくない.勿論カキを生食すれば感染する可能性はあるが,それとて今年特別にカキの汚染率が高いわけでもない(調理人の手からノロウイルスがカキに付着する可能性はあるかも知れないが,それはカキの責任ではない).ましてやたとえウイルスが付着していても,加熱すれば問題はない(85℃1分以上の加熱で死滅する).したがって十分に火を通した牡蛎鍋を食べてノロウイルスにやられる可能性はないのである(十分に中まで火を通すことが大事).

 しかしこういう情報はなかなか一般の人には理解してもらえないのか,わが国では風評被害が後を絶たない.大腸菌O-157騒動時のカイワレは有名だし,鳥インフルエンザが出てくると,鶏肉が敬遠される.甚だしいのだと下北半島の六ヶ所村で核燃施設が話題になった際には,同じ六ヶ所村で作られている牛乳(レイクファーム牛乳というブランド品である)の売り上げが落ちたという.

Kakinabe おいしそうな牡蛎鍋です(広島牡蠣のクニヒロさんのHPから引用しました).

 風評被害は罪もない人々(今年の場合はカキの養殖業者)を苦しめるばかりでなく,無用な社会不安から景気にも悪影響を与える.我々市民は正しい知識を持って行動したいものだ.ちなみに我が家では,風評被害からカキを守るべく,今年は例年以上にカキを食べている(もちろん牡蛎鍋にして).

 オマケ(ノロウイルスに感染しないために)

Norovirus_1 これが話題のノロウイルスです(International Committee on Taxonomy of Virusesのデータベースより引用).

 手洗いの徹底.アルコールや逆性石鹸は効果が期待できない.普通(塩基性の)石鹸と流水でよく洗い流すことが大事.食器などは塩素系漂白剤(次亜塩素酸,キッチンハイター?)で消毒する.加熱消毒でもよい.

 感染性胃腸炎が疑われる人の吐物,排泄物を素手で扱わない.汚染物はしっかり密封して捨てる(特に汚染物が乾燥すると,ウイルスが飛沫になって空気中に飛び散るため,早めの処理が重要).

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2007年1月 8日 (月)

盛岡商業サッカー部優勝!

 第85回全国高校サッカー選手権,盛岡商業が優勝しました.いやぁー,凄い試合でした.本当は今日の午後は外来に溜まっている書類を片付ける時間にしようかと思っていたのですが,結局テレビ観戦になりました.

 前半は両チームとも決定機をつかめず重苦しい展開でしたが,後半作陽に先制を許してからは明らかに動きが良くなったように思いました.PKをはずした時は「これは厳しいかな」とも思いましたが,その後も攻めの展開は変わらず,同点になってからは,いつ逆転してもおかしくないような雰囲気になっていました.結局終了5分前に2点目が入って,それが決勝点になったわけですが,決勝にふさわしい素晴らしい試合だったと思います.

 盛岡商業の斎藤監督は,何度も大病を患われた中で選手を指導し続け,ついに念願の優勝を勝ち取りました.心からおめでとうございますと言いたいです.

 私はスポーツは見るのが専門で,やるほうはからっきしですから.なにせ大学に入った直後,何かの調査書に得意スポーツを書く欄があって,困った私は”フォークダンス”と書いたのを思い出します(フォークダンスなら人並みにできる自信がある 笑).

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モーツァルトイヤーが去って

 モーツァルトイヤーに沸いた2006年が終わり,2007年になって1週間がたった.振り返ってみても本当にモーツァルト三昧の一年であった.1週間たってみて去年と違うことは,朝早起きしても”毎日モーツァルト”がやっていないことである.当然あの山本耕史さんの声も聞けない.考えてみれば,昨年我が家で山本耕史の話題が出なかった日はなかったと思う(うちのKも毎日モーツァルトで山本氏のファンになった).モーツァルトイヤーの終幕で我が家と山本氏を結ぶ線がなくなってしまったのは寂しい限りである(…と思っている矢先に,BSで大河ドラマ「新選組!」の再放送をやることを知った.まだ縁は切れそうにない 笑).

Bach_2 バロックの巨匠J. S. バッハ 

 それにしても「毎日モーツァルト」なんて番組が存在しえたのも,モーツァルトだからである.「毎日~」は10分間番組とはいえ,1年で240回合計2400分(40時間)の大作である.大河ドラマ全編よりも長いくらいだ.これだけ長期にわたって番組が成り立つのも,”作品数が多くバラエティに富んでいる”,”人生に起伏がある”という点が備わっているからである.作品数だけならJ. S. バッハシューベルト(今年はシューベルト生誕210年である)もかなり多いが,バッハは人生にあまり起伏がないし,シューベルトは作品が歌曲に偏ってしまい,とても1年は持ちそうにない.

Schubert 歌曲の王シューベルト.貧しく代用教員をしながら,友人の援助で生活するなど石川啄木的な人です.

 その一方,劇的という点でいえばワーグナーが良さそうだ.ただ作品数が少なく(主要作品は最初の歌劇「リエンチ」から最後の「パルジファル」まで全部で11本しかない),1ヶ月1作品で引っ張らないと1年持たないことになる.またワーグナーの場合,その人生は放浪あり,裏切りありでとても青少年向けではない.ワーグナーはかなりわがままな性格で,同時代の他の作曲家をけなす一方(特にドニゼッティなどイタリア系の作曲家をけなしている),自分に対しては自信過剰なくらいの意識を持った人物であった.さらに彼は親友のハンス・フォン・ビューローの妻コジマ(リストの娘)を寝取っている(妻を寝取られたビューローはドイツを去った.後に彼は「ワーグナーは作曲家としては天才だが,人間としては最悪の男だ」と言ったという).更にワーグナーは自分に心酔するバイエルン国王ルートヴィヒ2世にタカって,自分の作品を上演するための専用劇場(バイロイト祝祭劇場)まで作らせ,バイエルン王国を破産に追い込んでいる(結局バイエルンの重臣に呆れられて,ルートヴィヒ2世は謎の死をとげ,王国はプロイセンの傘下に墜ちてしまった).

Wagner 親友の妻を寝取り国をひとつ潰したR. ワーグナー

 いずれにせよ「毎日ワーグナー」はドロドロしすぎて(その音楽も含め),朝の番組としてはふさわしくないと思われるのだった(夜11時の番組ならいいかも.番組のタイトルも「裏切り」,「略奪婚」,「国王の変死」,「バイエルン王国の破産」などさわやかさのカケラもないものになりそうだ).

 そんなわけであらためてモーツァルトの偉大さ(健全さ,さわやかさ)を感じる私であった(モーツァルトは他人に裏切られることはあっても,他人を裏切ることはなさそうだ).

 注: 私もワーグナーの音楽は官能的で,素晴らしい側面もあると思いますが…

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2007年1月 6日 (土)

祝!盛岡商業決勝進出

 第85回全国高校サッカー選手権は本日国立競技場で準決勝2試合が行われ,第2試合で岩手の盛岡商業が千葉の八千代を1-0で破って決勝進出を決めました.今までテレビで試合を見ていたんですが,いやぁー凄い試合でした.雨でグランドコンディションは最悪,選手も大変だったと思います(決勝点がオウンゴールだったのも,悪天候の影響もあるのでしょう).

 岩手県の高校スポーツといえば,野球は初戦突破できれば御の字といったレベルであり,ラグビーもそこそこ勝ち進むこともある位である(今年の代表盛岡工業は大会直前にノロウイルスによると思われる胃腸炎を発症した選手が続出して,残念ながら初戦敗退してしまった).そんな中サッカーは昨年の遠野高校のベスト4に続く快挙に「やるなー」と思って見ていたのだが,なんと今日も勝って決勝にいくことになったのでありました.岩手県勢の決勝進出は46年ぶり(第39回大会で遠野高校が準優勝)だそうで,ぜひ頑張ってもらいたいと思った次第です(それにしても昨日今日とサッカーの試合を連戦なんて,過酷だなぁー).

 サッカーついでに,実は私はJリーグ発足当時から浦和レッズを応援しておりました.最近でこそレッズも強くなって(今なら間違いなくJの強豪ベスト3に入るだろう),天皇杯でも優勝したりしていますが,Jリーグ発足当時は目を覆うばかりに負け続けたチームでした(サポーターの熱狂ぶりは今と変わらないため,よく暴動が起きそうでした).私の記憶が確かなら1993年のJリーグ元年の第1ステージの成績は3勝15敗(ホームで3勝6敗,アウェーで全敗)の最下位でした.当時のJリーグ中継では,監督だった森孝慈さんが,レッズが失点するたびに,腕組みしながら口を真一文字にして,あの大きな目をギョロッとさせていたのを覚えています(あの人の顔は本当に濃いからなぁー).本当に当時のレッズは勝つとニュースになりそうな感じでした(たまに勝つと仲間内で祝杯を揚げていたのを覚えています 笑).そんな時代を知るものにとって,今のレッズは別チームのような感じがします(当時の主力は福田,柱谷幸一,水内といったところでした).

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2007年1月 3日 (水)

初日直

 世間では正月休みが続いている.今年は1月4日,5日を休みにすると10連休くらいになるらしく,年末年始を海外で過ごす人たちの帰国ラッシュは今週末だそうである.

 しかし世間はそうでも,地域の中核病院の勤務医をやっている身分ではそんなに休んでいるわけにはいかない.病棟には入院患者さんがいるし,救急センターからの呼び出しもあるからだ.幸い私の部署は私と相方の二人でやっているため,交代でフリーになって休むことにしている.今回の年末年始は12月29日~31日の年末は私が休んで温泉に行ったりしたため,1月1日~3日は私が働く番である.とはいっても病院自体が休日体制になっているため,外来や検査等があるわけではなく,病棟の回診を済ませると,あとは救急外来から呼び出せれない限りは基本的に自宅待機である.

 しかし本日1月3日は少し趣が違った.今日は今年最初の日直なのである.日直とは日勤帯(8時半から5時15分まで)の救急外来の当番医のことで,私の病院では基本的に内科系と外科系の2名が詰めて仕事をする形になっている.冬季間の日直は結構きつい.何と言っても寒くて風邪をひく人も多いのだから当然だ.しかも今年は例のノロウイルスも猛威を振るっている.

 本来ならば8時半に張り切って出勤し日直に突入するのであるが,今朝は違った.朝6時半に別件で救急外来に呼び出されたからである.入院が必要な症例であったため,指示を出したりムンテラをしたりしているうちに,そのまま日直に突入する羽目になったのである.

 結局夕方5時まで,この日に救急外来にやって来た患者さんはなんと,80人以上であった.私と外科系のドクターは結局昼飯を食う暇もなかったのである(泣).昨年暮れに当直をやった時はまだ,ノロウイルスの患者さんはいなかったが,今日はそれっぽい人が大勢やってきたのだった.

Img_0022 院内の端末で写真を見る私

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2007年1月 1日 (月)

新春のお祝い

 明けて2007年1月1日になりました.皆さん明けましておめでとうございます.今年の岩手の元旦は快晴で,気温も低くはなくとても過ごしやすい正月です(昨年はメチャクチャ寒かったらしい.我々は昨年の元旦をドイツのデットモルトで迎えたため知らない).

 正月くらいは着物で過ごそうと,今日は昨年の忘年会の際にそろえた坂本龍馬風の衣装にしてみました(神楽教授ごめんなさい.今年もひのパレで会いましょう 笑).

Shinshun2 自宅にて.懐にはS&Wが忍ばせてあります.

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