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2006年11月22日 (水)

晩秋の京都Ⅱ ~アーノンクール編~

 木屋町通りで幕末の史跡を見て回った我々は,遅い昼食をとった後にホテルに戻った.いよいよアーノンクールである.26年ぶりに日本で演奏するアーノンクールに敬意を表して,パリッとした服装に着替えて出かけた(さすがに今年のザルツブルグ音楽祭で,同じアーノンクール指揮のフィガロを観劇した山本耕史氏みたいな,格好いい服は着られなかったが… 笑).

 会場である”京都コンサートホール”は地下鉄「北山駅」下車後,徒歩数分の距離であった.駅で降りると,我々と同じ目的と思しき人々が三々五々歩いている.これら人の波について行くと,なにやら巨大な建物が.あれが目指すホールと思われた.

Kyoto1 京都コンサートホールの外観.丁度小雨がぱらついてきました.

 会場の前では,”チケット譲ってください”と書かれた紙を持った若い人が数名立っていた.「すまぬ.我々も聴きたいのだ」とそのまま通過した.

 中に入るとすでに大勢の人でごった返していた.年配の人も多かったが,意外に若い人も多い.決して安くないチケットだが,この日のために頑張って貯めたのだろう.我々の席は3階席である.音的には問題ないが,アーノンクールを見るにはちょっと遠いのが難点であった.

 午後5時本鈴が鳴って,まずはオケ,次いで合唱団が入場してきた(合唱団,オケの順番のほうが一般的だが).チューニングの後ソリスト,指揮者の入場となる.4人のソリストに続いていよいよアーノンクールが入場してきた.場内の拍手も一段と大きくなる.

Kyoto2 京都コンサートホール内部の様子.

 演奏は比較的静かに始まった(最初のシンフォニアはゆっくりしたテンポであった).アーノンクールの演奏といえば,あの独特のアクセントが有名である.特に1981年のモーツァルトのレクイエム(バイヤー版)の録音は,あまりに衝撃的で当時物議を醸し出したものだった.しかし,演奏スタイルは時期によって変化するのが当然であり,アーノンクール自身も年とともに新しいことを考えたり,発見したりするわけで,「アーノンクールの音楽はこうだ!」式の議論が不毛であるのは言うまでもない.この日の演奏も,昔のアーノンクールのような,「ザクッ,ザクッ」という突き刺さるような造りは少なかった.10月に放送された例の”毎日モーツァルト”の特番で出てきた,今年のザルツブルグ音楽祭のフィガロの序曲のテンポが意外に遅いのに驚いた私だったが,この日のメサイアも冒頭のシンフォニアからゆったりとしたテンポで進んでいった.アーノンクールらしさといえば,第2部の終曲(ハレルヤコーラス)がピアノから始まって,クレッシェンドしてフォルテシモに至ること(一般には最初からフォルテで始まるパターンが多い)や,曲の途中でテンポがどんどん変わっていくことであろうか(ハレルヤコーラスでいえば,後半の"King of Kings, The Lord of Lords"はゆっくり,それと掛け合いになる"Hallelujah"はアップテンポなど).

 合唱はアーノルド・シェーンベルク合唱団.技術的にはかなり高い合唱団である(アーノンクールのあのテンポやアクセントについていけるのだから並の合唱団ではない).アーノンクールは1970年代まではウィーン少年合唱団とウィーン合唱隊という男ばかりのコーラス(この方がオリジナルに近い)を用いていたが,1980年代から現代風の女声を使うようになっている.この理由として当時我々の間では,アーノンクールがウィーン少年合唱団の子供たちが言うことを聞かないため嫌になったからとウワサされていた(真相は不明).

Panfu_1 演奏会パンフです

 ところでヘンデルのメサイアは,バージョンの多彩なことでも有名である.この日の演奏がどの版になるのか,無学な私には判りかねたが(誰か教えてください),気づいた点は以下の通りであった.

 ・第1部,第6曲のアリアがアルトだった(この曲にはバス版,ソプラノ版もある).

 ・第1部後半のPifaが短縮バージョンだった.

 ・第2部前半のAccompagnato ~ Ariosoがソプラノだった(普通はテノールが歌うことが多い).

 ・第2部後半のアリア(Thou art gone up on high.)がアルトだった(バス版の場合もある.リヒターの演奏など).

 ・第3部の有名なバスのアリア(通称ラッパのアリア)の歌詞割りが一般のものと異なっていた("the dead shall be raised incorruptible"の部分.私の記憶が確かなら,ホグウッドの捨子養育院版の演奏と同じ歌詞割りだったように思う).

 演奏そのものは,(合唱が時に不安定だったり,急遽代役となったバスの若いソリスト(なんと1980年生まれ!)が,慣れない異国での極度の緊張のためか,曲が落ちてしまった箇所があったのを除けば)素晴らしいものであった.残念だったのは,最後のアーメンコーラスのカデンツが完全に終わらないうちに拍手を始めた人がいたことであった.さすがにその瞬間,会場内が気まずい雰囲気になったためか,すぐに止めてくれたが,「せっかくの演奏を,せめて余韻ぐらい楽しもうよ」と思ったのは私だけではないだろう.

 演奏終了後カーテンコールがあったが(宗教曲でありアンコールは無い),全てが終わって,オケや合唱団が皆退場した後も拍手が鳴り止まなかった.すると,なんとアーノンクールが独りステージに登場したではないか.客席で帰り支度をしていた我々も驚いたが,会場内さらに大きな拍手に包まれた.アーノンクールのサービス精神に感動した私であった.

Kyoto3 ニコラウス・アーノンクール(左端).今年で77歳になるはずですが,2時間半の演奏会中立ちっぱなしでエネルギッシュに指揮をするなど,年齢を全く感じさせませんでした.

 演奏会後,私とKは先斗町に繰り出してアーノンクールの余韻に浸りつつ夕食にしたのだった.

Ponto1 夜の先斗町です.

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