2015年12月 7日 (月)

日本の道100選

 旅行好きの私ですが,近年ライフワーク的に歩いているのが日本の滝100選と日本の道100選です.前者は2013年4月,後者は2014年3月から取り組んでおり,今日現在滝は37か所,道は25か所の訪問が完了しています.このうち滝の方は既にホームページ上に記事を展開していたんですが(日本の滝100選 ),道はブログにいくつかアップしたほかは手つかずのままになっていました.これじゃいかんということで一念発起し(笑),ホームページ上に記事を書き始めました.その最初の道,東京都千代田区の内堀通りが完成しました.

 日本の道100選28 内堀通り

 かつて取り組んでいた100名城や100選滝の場合,そこに行けば確実に目的の城や滝があり訪問完了となるわけですが,道100選の場合には道を歩く(場合によっては車で走る)だけでは完了とならず,その道が100選に選ばれたことを顕彰する碑(顕彰碑)を見つけなければなりません.しかもこの顕彰碑の場所は特に公式に公開されているわけではないので,そこへ行って自分で探すというオリエンテーリング的な要素が加わります.これが時として大変で,ある意味山奥の滝を歩くよりも辛かったりするんですが(笑),そこも含めての散策と割り切っています.

Uchibori10  これが顕彰碑です(形は各道路で異なるので見つけるのが大変になります.

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2015年11月 4日 (水)

晴れの特異日

 11月3日は晴れの特異日といわれます.前後の日に比べて統計学的に有意に晴れの日が多いからというわけですが,今年の11月3日は一日フリーの休日ということで,信州南部地方に繰り出すことにしました.朝一番で出かける手もあったんですが,せっかくだからと11月2日の夕方に自宅を出発,岐阜県中津川市のホテルに前泊です.

 11月2日は一日雨模様でしたが,一夜明けた3日は予想通り晴れの良いお天気です(さすが晴れの特異日).朝食後ホテルを出発,まずは県境を越えて長野県南木曽町に入ります.目的は日本の滝100選に入っている田立の滝です.国道19号線から北に入っていきます.狭い道を15分ほど走って駐車場に到着です(休日ということもあるのか,10台近く停まっていた).

Pb030067 (写真1) 田立の滝入口の粒栗平駐車場

 田立の滝とはいっても,そういう名前の滝があるわけではなく,木曽川水系坪川流域に点在する複数の滝の総称のことです.駐車場から遊歩道をひたすら歩いていきます(入り口に協力金として一人200円入れるためのボックスがある).道は比較的整備されてはいますが,古くなった木道や吊り橋などもあり,気を付けて歩かないと危険な箇所も多いです.

Pb030436 (写真2) 螺旋滝

 約40分ほどで最初の滝,螺旋滝の入り口に到着,ここから川まで急な下りとなります(ここは遊歩道というより登山道といった感じ).螺旋滝はその名の通り,らせん状に水が落ちる滝でした.

 来た道を引き返して本道に戻り先へ進みます.数分で洗心滝に到着,ただこの滝は遊歩道からは木の陰になってよく見えません.パンフレットの写真だと,正面からバッチリ見えているんですが,近くを見渡しても滝への入り口はなく,仕方なくそのまま通過しました.

Pb030091_2 Pb030445 (左写真3) 不動岩(最終的にあそこまで登りました),(右同4) 霧ヶ滝

 そこからさらに上流に向かうと,霧が滝,天河滝と規模の大きな滝が続きます.特に天河滝は落差40メートルとこの田立の滝群の主瀑的立場にある滝です.昨日は雨だったとはいえ,最近は晴れが続いたせいか水量は少な目でした(少なくともパンフレットの写真の滝よりは少ない).

Pb030457 (写真5) 田立の滝の主瀑,天河滝

 ここでしばし休んだのち,再び遊歩道を登っていきます.登り切ったところに天河橋という吊り橋がかけられていて,ここから見上げるのが不動滝です.実はこの直上に不動岩という巨大な岩があって,その直下の滝ということです.この不動滝が見える場所から古い木道がつづら折れになって一気に登っていくポイントがあり,ちどり橋と呼ばれているようです.手すりも付いているんですが,結構古く,崩れたら大変だなと思いながら登っていきました.

Pb030474 (写真6) 龍ヶ瀬

 ちどり橋を登りきると,川が浅瀬になったところに出ます.ここが龍ヶ瀬と呼ばれる場所で,ほかの観光客が昼食を摂っていました.

 そこから少し行ったところに再び川を渡る橋があり,ここから鶴翼の滝が見えました.本来ならこの更に上流にそうめん滝という変わった名前の滝があるんですが,残念ながらこの先通行止めということで断念し,そのまま不動岩の山頂の展望所へ,結局駐車場からここまで2時間半の行程でした.ここで休憩,昼食をいただきます.晴れて眺めが最高でした(帰路は元の道を引き返します.ひたすら下りなので1時間半で戻れました).

Pb030480 Pb030498 (左写真7) 不動岩からの木曽の里と山々,(右同8) 紅葉がきれいです

 駐車場でしばし休んだのち,ちょっと離れた場所にあるうるう滝へ(ここも田立の滝のひとつ).天河滝ほどではないですが,落差のある滝でした.

 この段階ですでに午後3時,この後は隣の飯田市に向かいます.今度の目的は日本の道100選に入っている並木通り,ここは道の中央にリンゴの木が植えられていることで知られています.4時過ぎに到着したんですが,この日は市内でイベントが開催されていた模様で,その後片付けやら何やらで関係者が走り回っていました.

Pb030192 (写真9) 日本の道100選,飯田市の並木通りです

 日本の道100選散策はただ道を歩くだけではなく,それを顕彰した碑(顕彰碑)を探すというオリエンテーリング的な要素があります(結構これで苦戦することが多い).この日の並木通りは全長が短い(400メートルほど)のですぐに見つかりましたが,なんと顕彰碑の目の前にイベント用のパイプ椅子やテーブルを積んだ台が置いてあるじゃないですか! 写真を撮りたいのになぁと思っていたら,係員のおじさんが気づいたのか,「あっ,写真ですね.今どけますから」といって椅子やテーブルを移動してくれました.感謝して写真を撮ったのは言うまでもありません.飯田の商店街は結構活気がありそうで,今度また時間をかけて散策してみたいなと思いました.

Pb030209 Pb030206 (左写真10) リンゴがたわわになっていました,(右同11) 顕彰碑

 そのまま5時過ぎに帰路につき,家に着いたのは10時近く,非常に充実した晴れの特異日でした.今回は訪問できませんでしたが,付近にある妻籠宿や柿其渓谷も行ってみたいです.

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2015年10月23日 (金)

津軽に行ってきました!

 小田原でときめき国際学校25周年記念パーティーに参加した翌日,10月21日は秋田県能代市に行ってきました.毎年恒例となっている寮歌イベント,能代寮歌を愛する会に参加するためです.今回は翌日早めに帰って来る必要があるので,羽田空港-大館能代空港の飛行機を利用しました.

 ただこの大館能代空港便,会場へのアプローチは短いんですが,朝夕の1日2便しかないのが欠点です.会は夜とはいえ,夕方の便では開始に間に合いません.必然的に朝の便になるわけですが,今度は夕方まで時間が余ってしまう…,というわけで,時間調整のために空港から能代まで奥羽本線と五能線ルートを大回りすることにしました(東京の山手線だと渋谷から新宿に行くのに内回り線に乗るイメージ).あっ,鉄道利用ではなくレンタカーです.

 当初は白神山地にある日本の滝100選,くろくまの滝に行こうと考えていたんですが,滝への林道が土砂崩れのため通行止めになっているという情報があり泣く泣く断念したのでした(こういう滝系の通行止めって年単位で続くことが多いので,いったいいつ再開通するのか不安).

Pa210023 (写真1) こみせ通りのアーケード

 代わって訪れたのは,黒石市の中心部にあるこみせ通り,ここは日本の道100選にも選ばれている道で,江戸時代の商家の街並みとアーケード(?)が藩政時代のまま現存する貴重な道です.周囲の落ち着いた佇まいと相まって,穏やかな気分に浸れました.

Pa210019 Pa210031 (左写真2) 日本の道100選はこの顕彰碑を探すのが難関です,(右同3) 岩木山の雄姿が

 ここから国道102号線で弘前方面へ,ちょうど昼食時間だったので,かねてから行きたかったラーメン峰に向かいます.このお店,自分の学生時代には国道7号線沿いに本当に小さい店舗で営業していたんですが,この20年の間に移転したようでした.ここの主力メニューは味噌ラーメン,ノーマルと手打ちの2種類があります.この日は手打ち味噌ラーメンをいただきました.一口食べて懐かしい味が口の中に広がります.学生時代に好きで時々通っていた店でしたが,味が当時と変わっていなくてうれしかったです.

Dsc_0613 Dsc_0611 (左写真4) ラーメン峰,(右同5) 手打ち味噌ラーメン

 その後は岩木山を左手に見ながら北西に走ります.約40分で海に到達,学生時代によく訪れた鯵ヶ沢です.ここは,浜辺にイカ焼きの屋台が立ち並ぶんですが,さすがに昼食を食べたばっかりだったのでパスして進みます.しばらく海沿いに走ると深浦町に入り,広い岩場に出ます.ここが千畳敷と呼ばれる海岸で,ちょうど五能線のリゾート列車が目の前の千畳敷駅に止まっていました.

Pa210044 (写真6) 千畳敷(東映のオープニングではない 笑)

 しばらく海辺を散策したのち,再び海岸沿いを進みます.五能線の艫作駅のあたりから旧岩崎村の領域に入ります.岩崎村というとマタギの旋毛虫症を連想するのは弘前大学医学部出身者だけで,一般には十二湖がある場所として有名です.到着した段階ですでに3時近かったため,この日は日本キャニオンといくつかの池の見学にしました.

Pa210053 (写真7) 日本キャニオン

 日本キャニオンは,浸食によってむき出しになった白い岩肌がアメリカのグランドキャニオンを彷彿させるからという理由で命名されたようです.学生時代にも何度か来ているんですが,当時に比べて露出した岩肌が小さくなったような気がしました.

 一方十二湖の方は,ちょうど紅葉真っ盛りということもあってたくさんの観光客が歩いて散策していました.自分が行った時間帯はだいぶ日が陰ってしまいましたが,日中日が高い時間帯に歩いたらもっと素晴らしいだろうなと感じました.

Dsc_0623 Dsc_0619 (左写真8) 鶏頭場の池,(右同9) 青池

 観光後101号線を南へ,結局5時半ごろに会場となるキャッスルホテル能代に到着しました.

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2014年7月10日 (木)

日本の道100選8

日本の道100選 京都市哲学の道(57番)

 ~哲学の道~

 久しぶりの道の話題です.

P5120254 (写真1) 哲学の道の入り口

 表題の哲学の道は,京都市左京区の東山の山麓を南の若王子神社から北の銀閣寺付近まで,ちょうど琵琶湖疏水に沿って続いている全長1.5キロメートルの道です.

P5120262 (写真2) 琵琶湖疏水に沿った道です

 京都は794年の開都以来1200年以上の歴史を誇る街ですが,この哲学の道の歴史は新しく,明治23年に琵琶湖疏水の管理道路として作られたのが始まりとされています.当時は簡素な道だったようですが,徐々に歩く人が多くなり,特に京都帝国大学の教授となった哲学者,西田幾多郎がこの道を歩いて思索にふけったことから,いつしか哲学の道と呼ばれるようになりました.

P5120263_2 P5120287 (左写真3) 西田幾多郎の碑,(右同4) 思わず思索したくなる風情です

 私が訪問したのは2014年5月12日,ちょうど京都での学会のついででした.北の慈照寺(銀閣)を拝観したあと,この道を南に向かって散策してみました.近年は沿道の喫茶店が廃業した後に住み着いた猫も話題になっているという話だったんですが,たしかに猫の姿が見えました.

P5120300 (写真5) 猫です

 この日は朝から曇り空だったんですが,散策中に小雨模様に.まあ,思索にふけるにはカンカン照りよりこっちの方がいいんだろうと思ったのでした.

P5120309 P5120313 (左写真6) 山源というお蕎麦屋さん,(右同7) これが哲学そばです

 若王子神社付近まで来たら雨が本降りに.ちょうど小腹がすいたので近くのお蕎麦屋さんに入りました.哲学の道そばということなのか,メニューに哲学そばの文字が… これを注文したのはいうまでもありません.

P5120276 P5120278 顕彰碑

顕彰碑の場所 道の途中,茶房小径という喫茶店の前にあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 絶好の散歩コースです.

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2014年6月13日 (金)

日本の道100選7

日本の道100選 新ひだか町二十間道路(4番)

 ~二十間道路桜並木~

 今日は日本の道100選の話題です.今回のテーマは北海道新ひだか町静内にある二十間道路,この名前は道幅が二十間(36メートル)であることに由来しています.

P5100162 (写真1) ここから入っていきます

 新ひだか町の中心である静内の中心部から約6キロ北東に離れた田原~御園地区にあります.周辺には広大な牧場が広がり,背後には日高山脈がそびえ,その中をまっすぐな道路が伸びていく様は,本州以南には見られない,北海道的な異国情緒に満ちた風情となっています.

P5090086 (写真2) まっすぐな道が伸びています

 北海道の多くの部分は明治以降(19世紀後半)に開発が行われたわけですが,この二十間道路はそうした北海道のインフラの中では歴史が古く,その始まりは明治5年(1872年)にさかのぼります.当時の北海道開拓使の長だった黒田清隆(まだ次官だったが長官不在のため事実上のトップ)が,日高地区が馬の品種改良や飼育に適していると判断して,当地の野生馬の飼育・改良や皇族が使用する優良馬の育成を目的として,この地に種畜牧場を創設したことに始まりました.牧場は順調に発展していましたが,この地を皇族が視察する際の行啓道路として明治36年(1903年)に造られたのがこの二十間道路となります.全長二里(8キロ),幅二十間(36メートル)の当時としては立派な道路でした.そして大正年間に入ってから,牧場職員によって近隣の山野からエゾヤマザクラの植樹が行われ,今に残る桜並木が完成しました.

P5090049 P5090062 (左写真3) エゾヤマザクラ,(右同4) 半分ほどになっています

 北海道の桜の開花時期は本州以南よりもずっと遅く,例年ゴールデンウィーク明けになります.この地でも毎年5月上旬に桜まつりが開催されています.せっかくこの道路を見に行くのであれば,当然桜の時期に見てみたいということで,GW明けの最初の金曜日に年休をとってこの地を訪問しました.

P5090093 (写真5) 桜まつりの主会場付近にはたくさんの車が

 新千歳空港からレンタカーで向かいます.途中の苫小牧を過ぎて国道235号線に入ったあたりから周囲には牧場が見え始めます.しばらくは右手に海を見ながらの快適なドライブです.静内から内陸に入って10分ほどで二十間道路の入り口に到着しました.これまでに訪問した日本の道100選はすべて徒歩で廻ったわけですが,今回は公共交通機関のまったくない片道8キロです.これをすべて歩くのはさすがに厳しいので,車で往復を基本としてメイン部分のみを歩くことにしました.

 さて肝心の桜ですが,今年は例年よりも開花が早めだったとのことで,残念ながらこの日はピークを2日ほど過ぎたところでした(本州以南のソメイヨシノと違って北海道の桜は花が咲いている期間が短い).とはいえ,まだ残っている花も結構あったのでそれらを鑑賞しながら散策しました(駐車スペースは各地にある).

P5100195 P5100193 (左写真6) 龍雲閣,(右同7) 内部

 二十間道路の終点には明治42年に建てられた龍雲閣と呼ばれる建築物があります.これは皇族がこの地を訪れた際に宿舎として使われた建物で,実際に大正天皇や昭和天皇がそれぞれ皇太子時代に訪れた記録が残っています.さすがに現役では使われてはいませんが,桜まつりに合わせて内部が一般公開されていました.

P5100165 P5100167 顕彰碑

顕彰碑の場所 道路の入り口,エントランス広場の近くにあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平地でよく整備された散歩コースです(ただし距離は長いです).

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2014年5月24日 (土)

日本の道100選6

日本の道100選 鎌倉市若宮大路(33番)

 ~鎌倉幕府の遺跡~

 久しぶりに日本の道100選の話題です.今回のテーマは神奈川県鎌倉市の若宮大路です.

P4260253 (写真1) 若宮大路,南の起点滑川交差点

 日本史上最初に武家として政権を握ったのは平清盛の平家ですが,それを打ち破り京都以外の場所を拠点として本格的な政権を打ち立てたのは源頼朝の鎌倉幕府ということになります.

P4260258 (写真2) 若宮大路南側,一の鳥居が見えます

 頼朝が鎌倉に幕府を置いた大きな理由はそこが父義朝の基盤だったこともありますが,なんといってもそこが要害の地だったからです.鎌倉は南は海に面しているほか,東西北には山が連なり,街に入るためには山を切り開いた切通しと呼ばれる狭い通路を通るほかはなく防御に適した地形だったからです.

P4260266 (写真3) 歩道橋の上から鶴岡八幡方面を見ます

 そんな鎌倉のメインストリートだったのが若宮大路です.由比ヶ浜の海岸から北上し,北の鶴岡八幡宮に至る1800メートルの参道で,頼朝が都市としての鎌倉建設の第一歩として自ら陣頭指揮にあたって造営したといわれています.途中に3か所の鳥居があり,由比ヶ浜方向からそれぞれ一の鳥居,二の鳥居,三の鳥居と呼ばれます.

P4260285 (写真4) 二の鳥居

 そんな若宮大路の道路としての特徴が段葛(だんかずら)と呼ばれる構造で,これは道路の中心を一段高くしてその両側に堤を築いて石を置いた道のことです.元々は一の鳥居から三の鳥居までずっと,この段葛になっていたようですが,後世の地震や津波等で破壊され,現在残るのは二の鳥居から三の鳥居までの部分です.

P4260288 P4260290 (左写真5) 段葛の中央部分,(右同6) 段葛はこのように石段で区切られています

 現在の若宮大路は鎌倉の目抜き通りとして鶴岡八幡宮参拝の観光客でにぎわっています.特に二の鳥居から三の鳥居間は沿道に土産物屋や飲食店などが立ち並ぶ一方,道路の中央部段葛部分は花が飾られた遊歩道となり,人々を楽しませています.

P4260293 (写真7) 三の鳥居,この北は鶴岡八幡宮です

 一方で二の鳥居から一の鳥居の部分は古くは琵琶小路と呼ばれた部分で,街路樹が植えられ比較的落ち着いた通りとなっています.ちなみに琵琶小路の名前は,道筋に弁財天を祀る祠があり,それを避けるように通っていた道の曲りが琵琶の曲線に似ていたからとも言われており,途中には琵琶橋という名の橋が架かっています(かつては川に架かっていましたが現在は欄干のみ).

P4260277 P4260275 顕彰碑

顕彰碑の場所 JR鎌倉駅にほど近い場所にあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平地でよく整備された散歩コースです.

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2014年4月29日 (火)

日本の道100選5

日本の道100選 盛岡市寺町通り(8番)

 ~現代と調和する歴史的道~

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(写真1) 盛岡寺町通り

 江戸時代,今の北東北の半分以上の地域に広がっていた南部藩20万石の城下町が盛岡です.北上川,中津川,雫石川と3つの川の合流点に城が築かれ,その周辺に城下町が広がっているため,今でも市街地にたくさんの橋があることで知られます(ほとんど戦災を受けなかったこともあり,今でも狭い道路が多く,橋のところで慢性的な渋滞が発生することが問題になっています).

P4200201 (写真2) 清養院周辺

 そんな城下町盛岡には寺院も多いんですが,藩政時代大きな寺院が市街地の北部に集められてできたのが北山地区です.そしてそこを貫くように通っているのが寺町通りになります.現在は20を超える寺院が集中する寺町で,県庁や市役所の北側,住所でいうと名須川町というところになります.

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(写真3) 赤喜商店というお蕎麦屋さんです

 片側一車線の道路で両側に歩道も整備され,周囲にはお寺の土塀や老舗のお店が並ぶ落ち着いたずまいとなっています.通りとしては400メートルほどと短い区間ですが,周辺には国の天然記念物に指定されている龍谷寺のしだれ桜や,岩手という名前の由来となった鬼の手形がある三ツ石神社などの名所があります.

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Sidare2 (左写真4) 岩手の名の由来となった岩,(右同5) モリオカシダレ

 三ツ石神社にある大岩に関しては,”昔羅刹というなの鬼がこの地にいて悪行を重ねていた.人々が三ツ石の神に祈ったところ,鬼は捕えられ大きな岩に縛り付けられた.たまりかねた鬼がもう悪さはしない,ここには来ないと約束して逃がされた.この時に約束の証として鬼の手形が押された岩がこの神社にあり,それが岩手という名前の由来とされる” という伝承があります.

 この寺町通り,現在は国道455号線の一部となっていますが,この道は盛岡を北西に進んで早坂峠を越えて,岩泉町から太平洋に至る道で.江戸時代には沿岸部から塩を運ぶ大事なルート(野田街道)として活用されていました.

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顕彰碑


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顕彰碑の場所 東顕寺の前にあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平地でよく整備された散歩コースです.

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2014年4月23日 (水)

日本の道100選4

日本の道100選 中央区中央通り(29番)

 ~明治近代化のシンボル・銀座の道~

 江戸幕府の土台を築いた徳川家康は江戸を中心とする街道の整備に力を注ぎましたが,その起点とされたのが日本橋でした.その伝統は今に続き,現在でも本州の主要国道(1号,4号,6号,14号,15号,17号,20号)の起点は日本橋であり,橋の中心には道路元標が埋め込まれています.

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(写真1) 中央通りの北端上野駅

 そんな日本橋を中心として,北は上野から南は新橋まで延びているのが中央通りです.この界隈は明治以降日本が近代化していく中でいち早く繁華街として発展していった地域で,まさに日本の近代化を見守ってきた道と言えます.またこの道路の地下には日本最古の地下鉄である銀座線の線路が敷設されています.この日は北端の上野駅から南下して歩いてみました.

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(写真2) アメヤ横丁

 上野駅正面の交差点から中央通りは始まります.まずは西に向かい山手線・京浜東北線のガードをくぐり,左手にアメヤ横丁(アメ横)を見ながら道なりに左に曲がっていきます.この界隈はカラオケ店や居酒屋など商業施設が立ち並ぶエリアで大勢の人でにぎわっています.上野広小路を過ぎるとしばらくはビジネス街になり人通りも減りますが,すぐにカラフルな建物が目立つようになります.ここが秋葉原地区で電気ショップやサブカルチャー系のショップが立ち並ぶ地域です.土曜日ということでここにも外国人を含む多くの観光客が歩いていました.

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(左写真3) 秋葉原地区,(右同4) AKB48の劇場

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(写真5) 万世橋

秋葉原地区の南端に位置するのが神田川に架かる万世橋,江戸時代からの伝統を誇る橋ですが,ここを渡ると周辺は再びビジネス街になり,土曜日なので人通りが少なくなります.その後すぐに中央線のガードをくぐって,中央通りはJR駅の東側に出ます.ここから日本橋までの界隈は地方銀行の東京支店が立ち並ぶ金融街となっています.

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(左写真6) 神田界隈,(右同7) 日本橋三越本店界隈

 しばらく歩いていると通りの右側に日本橋三越本店が現れ,そのちょっと先が日本橋です.日本橋は現在も日本の道路の起点となっている橋です.歌川広重の東海道五十三次にも描かれている有名な橋ですが,今はその頭上を首都高速が走っているため,景観的には残念な状態になっています.

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(写真8) 現在の日本橋

 日本橋の南側も基本的にビジネス街が続きます.そして京橋を過ぎて首都高をくぐった先,銀座通り口交差点からが東京を代表する繁華街,銀座になります.この日は土曜日のため歩行者天国になっていて,大勢の買い物客や観光客でにぎわっていました.

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(左写真9) 銀座の通り,(右同10) 銀座和光の時計台

 そのまましばらく南下,またまた首都高をくぐって外堀通り&昭和通りとの交差点で中央通りは終了,全線5.7キロ,この日は写真を撮りながら2時間で歩きました.

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顕彰碑の場所 日本橋のそばにあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平地でよく整備された散歩コースです.

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2014年4月 8日 (火)

日本の道100選3

日本の道100選 松戸市常盤平さくら通り(27番)

 ~桜花のトンネル通り~

 日本の道100選にはそれぞれテーマがあります.それは歴史だったり季節感だったりするわけですが,特にある季節をピンポイントにテーマにした道の場合,その時期を逃すといまひとつ良さが実感できないということになります.桜をテーマにした道の場合それが特に顕著で,シーズン外だとなんの変哲もない通りになってしまいます.そのため今春は可能な限り,こうした桜がテーマの道を歩いてみたいと思います.

P4040034 (写真1) 常盤平さくら通り

 今回の道,常盤平さくら通りは千葉県松戸市にある桜並木で,新京成線八柱駅(またはJR武蔵野線新八柱駅)から五香駅付近までの3.1キロ区間です.

P4040032 (写真2) 八柱駅北の通りの始まり

 この地域は昭和32年に当時の日本住宅公団が開発した住宅街です.団地の造成時に自動車交通に耐えうる道路を建設しようと作られたのがこのさくら通りです.名前の通り,開発時に沿線にソメイヨシノなど620本余りの樹木が植えられ,50年以上たった現在見事な桜のトンネルになっています.今回は新京成線八柱駅から歩いてみました.

P4040035 (写真3) 桜と祭りの提灯

 駅の東側で出てそこから少し北に行ったところからさくら通りが始まります.2日前に満開という情報は得ていたものの,前日の雨と風でどうなっているかと心配していましたが,まだ大部分の花は残っていました(一部葉っぱが出ていましたが).商店が並ぶのは駅周辺のみで,沿線は予想通りの住宅地です.自動車の交通量もそれほどでなく,道の真ん中に出て写真を撮ることもできる程度でした(笑).

P4040047 (写真4) さくら通りと交差するけやき通り

 20分ほど歩くと少しにぎやかになって大きな道路を交差します.ここが常盤平駅前で,このポイントで日本の道100選のさくら通りと新日本街路樹百景のけやき通りが交差しています(桜の花とけやきの葉が茂る時期が重ならないのが残念ですが).

 交差点を過ぎると徐々に商店がの姿が減り,周囲は再び住宅街になっていきます.途中,世界最強鮨店という看板を掲げたお寿司屋さんがありました.どの辺が世界最強なのか興味があったんですが,時間がないのと食事時ではなかったのとでお店には入りませんでした(いつか入ってみたいです).

P4040056 P4040055 (左写真5) 金太楼鮨,(右同6) 世界最強だそうです

 その後桜の木がまばらな地帯(バッサリと剪定された樹が並んだ地帯)があり,しばらく歩くとまた商店や飲食店が見えてくるとともに,前方がT字路になっていました.ここが五香駅付近で,さくら通りの終点となるのです.

P4040071 (写真7) 常盤平さくら通りの終点です

 来た道を引き返そうかとも思ったのですが,あまり時間もなかったので五香駅から電車に乗って戻ったのでした.この常盤平さくら通りでは,毎年4月の最初の週末に桜祭りが開催されています.

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(写真8,9) 顕彰碑

顕彰碑の場所 常盤平駅前のスクランブル交差点にあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平地でよく整備された散歩コースです.

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2014年4月 3日 (木)

日本の道100選2

日本の道100選 草加市日光街道(24番)

 ~松並木の遊歩道~

 日本の道100選,第2回は埼玉県草加市にある旧日光街道です.

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(写真1) 日光街道草加松原です

 文明社会において道路は極めて重要性な社会インフラのひとつです.「すべての道はローマに通ず」で有名な古代ローマやインカ帝国など巨大国家の繁栄の礎には,整備された道路網がありました.関ヶ原の戦いでの勝利により,事実上日本の支配者となった徳川家康もまたこうした国内の道路網の整備に力を入れ,1601年には早くも日本橋を起点とする五街道の整備が始まっています.

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(写真2) 爽やかな街道です

 五街道のひとつである日光街道は江戸と家康が祀られている日光とを結ぶ重要路線であり,1636年に開通しました.現在の路線名でいうと,ほぼ国道4号線と国道119号線に一致しますが,場所によってはバイパスが完成したために都県道になっている部分もあります.今回のテーマである草加市日光街道も現在は県道49号線となっています.

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(写真3) 街道傍を流れる綾瀬川

 草加市内の日光街道のなかで日本の道100選に指定されているのは東武伊勢崎線草加駅から北10分ほど歩いた,札場河岸公園から東京外環道と交差する付近までの1.5キロ区間です.江戸時代にこの付近の街道筋にはたくさんの松の木が植えられ,草加松原と呼ばれていました(一説では江戸時代後期の天保年間に植えられ,最盛期には800本以上になったとも).

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P3221553_2(左写真4) 自動車道をまたぐようにかかる百代橋,(右同5) 草加松原の北端

 第二次世界大戦後モータリゼーションの発達によって街道をたくさんの自動車が通るようになると,その排ガスによってたくさんの樹が枯死してしまいました.しかし地元の人々の熱意によって,車道が西側に移され,再び植樹が行われた結果,今では爽やかな遊歩道としてよみがえり,市民の憩いの場となっています.私が訪問した2014年3月22日は雲一つない晴天で,青々とした松並木を歩いていると,往時の旅人の気分に浸れました.

P3221526P3221523(写真6,7) 顕彰碑


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顕彰碑の場所 札場河岸公園の北側にあります.

散策のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平地でよく整備された散歩コースです.

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