2024年4月10日 (水)

南予観光

 一夜明け4月10日になりました。この日も昨日に続き快晴の良いお天気です。ホテルの朝食後チェックアウトをしてまずは愛南町南部にある紫電改展示館に向かいます。紫電改は第二次世界大戦時の日本海軍の主力戦闘機のひとつで、陸軍の四式戦闘機「疾風」とともに大戦後期の苦しい戦況の中で活躍した戦闘機です。大戦初期の1000馬力級だったゼロ戦や一式戦「隼」を大きく上回る2000馬力級のエンジンを搭載した機体でしたが当時の日本の技術力では手に余るものがあり、整備が非常に難しく稼働率が低いなど問題を多く抱えた機体でもあります。それでも整備がうまく行った部隊などでは期待に違わない活躍を見せています。当館に展示されている機体は昭和53年に付近の久良湾に原型を保ったまま沈んでいた機体が引き上げられたもので、日本に存在する機体としては唯一のものです。今は何も言わず鎮座している紫電改を見て改めて戦争と平和について考えました。

Img_1921 Img_1912(左写真1)紫電改展示館、(右同2)海底から引き揚げられた紫電改

 紫電改展示館を後にして北上、まずは途中の須ノ川公園に立ち寄ります。ここは主にキャンプ場として利用されているところですが、平日の日中ということで誰もおらず、きれいな南予の海を眺望できるスポットでした。この後は津島町にある日本の道100選の南予レク道路を見てさらに北上、この日宿泊予定の宇和島市を通過して高知県との県境にある松野町に入ります。実はこの町には続日本100名城のひとつ河後森城と日本の滝100選のひとつ雪輪の滝があるのです(正直この日は100関連の場所ばかり観光していた)。

Img_1923 Img_1932(左写真3)須ノ川公園、(右同4)カメが!

Img_1942(写真5)あおさのりうどん

 途中寄り道をしたこともあり、この段階でお昼、まずは食事をということで松野町の道の駅へ、この日は海老天入りのあおさのりうどんになりました(あおさのりを練りこんだうどんが美味)。食事後はまずは河後森城へ、ここは戦国時代の山城跡で土佐と伊予の国境に位置する重要な拠点でした。ここを治めていたのは公家の一条氏の諸流の渡辺氏でした。名門であり当地の盟主的な存在だったのですが、土佐の長曾我部氏が勢力を拡張する中で城を追われてしまいました。後に豊臣秀吉による四国遠征が行われるとこの地には藤堂高虎が、江戸時代になると伊達家が治めるようになり、最終的に元和の一国一城令によって廃城になっています。山頂に本郭が、尾根筋に沿って多くの郭がU字型に設置されるなど典型的な山城ですが、使用されたのがむしろ安土桃山時代だったことから一部石垣のほか、櫓や天守もあったとされています。城跡としてよく整備されていて当時の姿を想像することができる場所でした。

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Img_1977_20240509172801(左上写真6)河後森城案内図、(右上同7)郭がよく残っています、(左下同8)石垣、(右下同9)本郭

 河後森城の後は同じ松野町内の山の中に入っていきます。目指すは滑床渓谷と呼ばれるところです。途中から対向車が来ると怖いような狭い道が続きますが、幸い平日のためかほとんど出会うことはありませんでした。走ること30分で渓谷入り口にあるロッジに到着、ここから歩いて滝を目指します。ロッジの人からマップをいただきそれを見ながら歩いていきます。川に沿って渓谷を歩くというのは山梨の西沢渓谷や熊本の菊池渓谷をほうふつさせます。この日は往路を右岸、復路を左岸というコースを取ったんですが、結果的に正解でした(右岸は少しアップダウンはあるものの景色がよく、一方左岸は平坦だが渓谷が見えない地帯が続く)。約30分ほどで目的地の雪輪の滝に到着、豪快に落ちる滝ではなく、一枚岩を滑りながら水が流れる滝でした。水流が渦を巻く様が雪輪のように見えることからこの名があるそうですが、一方で夏のシーズンには天然のウォータースライダーが楽しめるんだそうです(要ガイド)。

Img_2019 Img_2033(左写真10)滑床渓谷、(右同11)雪輪の滝

 しばし滝を堪能した後は駐車場に戻りそのまま宇和島市内へ。駅近くのホテルにチェックインした後は地元の料理屋さんで鯛などの南予の美味しいものを堪能したのでした。

Img_2040(写真12)南予名物鯛の刺身

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2021年12月 9日 (木)

丹波丹後観光

 先日間人蟹を食べに丹後半島方面に行ってきましたが,普段なかなか訪れる機会が少ない場所ということで周辺の観光にも行ってきました.

Pc040181(写真1)福知山城

 まずは福知山城,丹後とその南に隣接する丹波地区は織田信長が天下布武を掲げて戦っていた天正年間,その命を受けた明智光秀が数年かけて攻略していった土地です.その前半生が謎に満ちている光秀が歴史の表舞台に登場し一番活躍していた時代にかかわる場所です.福知山城は丹波平定後に光秀が同地の拠点として築いた城です(続日本100名城にも入っている).

Pc050206 Pc050239(左写真2)黒井城の石垣,(右同3)眺望がすばらしい

 ついで黒井城,光秀の丹波征討戦で最大の激戦地となった城です.猛将として知られる赤井直正が拠点とした山城で江戸時代に入って間もなく廃城になったものの,現在でも山頂部に石垣と曲輪が残っています(ここも続日本100名城).麓の興禅寺は江戸幕府3代将軍徳川家光の乳母だったお福(後の春日局)の生誕地となっていますが,これは光秀の黒井城攻略後,当地を管理したのがお福の父親斎藤利三だったからです.

Pc050246(写真4)興禅寺

 黒井城の後は西の養父市にある日本の滝100選の天滝渓谷を目指したのですが,残念ながら雨が降ってきたために断念し,その北の香美町にある猿尾滝に行きました.こちらも100選滝で,滝の下段の様子が猿の尾のように見えることからその名があります(猿尾滝は駐車場からすぐにあるのに対し,天滝は遊歩道を1時間ほど歩かなくてはならないので冬の雨の中ではつらい).

Pc050269(写真5)猿尾滝

 そして間人蟹をいただいた翌日は丹後半島の観光,まずは近くにある琴引浜へ.ここは鳴り砂の浜として知られる場所です.最初に付近にある琴引浜鳴り砂文化館で予習をします.鳴り砂の原理や条件,世界各地の同様な場所の紹介がありました.鳴り砂の条件は砂がきれいで乾燥していることであり,当地の冬は雨や雪が多く,また海からのごみの漂着もあって鳴りにくいことを知りました.その後浜へ行くとやっぱり係員が「今日は鳴らんのですよ」と言っていましたが,もしかしたら乾いたところを探して歩けば鳴るかもということで少し期待して浜を歩きました.確かに乾燥したところを探してすり足で歩くと「キュッ,キュッ」と鳴っています.感動の一瞬でした.

Pc060283 Pc060288(左写真6)鳴り砂文化館,(右同7)琴引浜

 琴引浜を後にして丹後半島を海沿いに東に向かいます.丹後松島を過ぎて今度は半島東部の伊根町に入ります.ここは舟屋と呼ばれる海に面した1階に舟を収容するスペースを持つ建物が並ぶ光景で知られる地です.この日は遊覧船に乗って海から舟屋群の様子を眺めました.

Img_6904 Img_6887(左写真8)丘の上から,(右同9)舟屋群

 そして昼食として地物の魚をふんだんに使った舟屋定食をいただきました.

Img_6900(写真10)舟屋定食

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2021年11月 6日 (土)

秋の昇仙峡

 11月3日に山梨に行った目的の1番は山梨ヌーボーだったわけですが,それだけだと寂しいのと,この日は朝から良いお天気だったこともあり秋の昇仙峡散策に行ってきました.

 自宅から電車を乗り継ぎ,八王子駅から中央本線の特急かいじで甲府へ.下車後昇仙峡行きのバスが出る駅南口に向かうと人が立っていていて何やらパンフレットを配っています.みたらシンゲンパスと書かれています.曰く,11月の土日祝日限定で甲府市・山梨市・笛吹市・甲州市の主要観光地の移動がお得になる一日パスだそう.例えば甲府駅から昇仙峡までバスで往復し,さらに現地でロープウェイにも乗れて2000円だそうです。ちなみに甲府駅-昇仙峡はバス往復で1840円,ロープウェイが往復1300円なので合計するとそれだけで1140円お得です.ただこのパス,実券はなくスマホでダウンロードする形式とのこと,バス停に着いたらちょうど昇仙峡行きのバスが出るところだったので確認したらバスの中でゆっくりダウンロードすればいいということだったのでそのまま乗り込みました(ちょっと苦戦したがなんとかダウンロード完了).

Pb030004 Pb030021(左写真1)長潭橋、(右同2)猿岩

 約30分ちょっとで昇仙峡の入口にあたる長潭(ながとろ)橋に到着,ここから渓谷沿いの道を歩いていきます.この道は基本的に舗装されており快適に歩くことができます.周囲には豆腐岩,猿岩,ラクダ石などの奇岩が並んでいます.30分ちょっと歩いたところで寒山拾得岩と呼ばれるポイントに到着,ここは唐の高僧拾得を思わせる岩があるから命名されたそうです(そういわれれば人の姿のようにも見える).

Img_6709 Pb030073Pb030056 Pb030049 (左上写真3)愛の架け橋,(右上同4)五百羅漢、(左下同5)渓谷美,(右下同6)寒山拾得岩

 そこから少し歩いていくと”愛の架け橋”と呼ばれる小さな吊橋があり,そこを渡ったところに羅漢寺があり五百羅漢の一部が安置されています.その先が天鼓林と呼ばれる休憩所で紅葉スポットでもあります.この日はちょうど紅葉の見ごろでもあり,素晴らしい景色が見られました.

Pb030082 Dsc_2159(左写真7)見事な紅葉,(右同8)ほうとう鍋

 この段階でちょうどお昼時になっていたので,この後近くにあるお食事処一休に入り山梨名物のほうとう鍋をいただきました(それとビール🍺も,こうして昼間からアルコールが飲めるのも公共交通機関利用ゆえ 笑).

Img_6722 Pb030087(左写真9)覚円峰,(右同10)水墨画のような景色

 昼食後さらに歩いていくと,昇仙峡を代表する景観である覚円峰に出ます(昇仙峡を取り扱う記事では必ずここの写真が出る).高さ180メートルを誇る巨大な花崗岩の岸壁です.言い伝えによると禅僧の覚円がこの上で修業をしたことに由来するそうです.快晴の文化の日とあって,ここは結構な人出で賑わっていました.

Pb030092(写真11)仙娥滝

 覚円峰から先はこれまでの舗装道路から通常の遊歩道となります.一部蜀の桟道のような部分を経て10分ほどでこれまた昇仙峡を代表するスポット仙娥滝に到着,ここは日本の滝100選にも入っている名瀑です(2013年6月にこの滝目的で来たことがある仙娥滝).地殻変動によって川に段差ができて形成された滝といわれています.

Pb030104 Pb030124(左写真12)食べる水晶玉,(右同13)昇仙峡ロープウェイ

 仙娥滝からは一気に登りになり,10分ほどで滝上のお土産物屋街に到着,ここの仙人茶屋で”食べる水晶玉”をおやつでいただき,その後はロープウェイに乗って山頂からの眺めも楽しみました.

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2021年5月21日 (金)

平湯温泉と奥飛騨

 先週末のお出かけ最終編です.

 安房トンネルを抜けて岐阜県側に入りました.次の目的地は日本の滝100選の平湯大滝です.トンネル出口から平湯温泉とは反対側に向かい少し行ったキャンプ場から左折します.細い道を進んでいくと数分で平湯大滝展望所の駐車場に到着しました(この駐車場は昨年整備されたもので,それ以前はもう少し手前にある平湯大滝公園駐車場から10分くらい歩く必要があった).

0hirayu (写真1)平湯大滝

 平湯大滝は1~2万年前の噴火で流れてきた溶岩塊の端から落ちてくる滝で,落差64メートルと迫力十分です(平湯大滝).午前中の三本滝は我々以外の環境客がいなくて貸し切り状態でしたが,こちらはアクセスの良さもあるのか数組の観光客がいました.

 この日の宿泊先は平湯温泉なんですが,チェックインまでまだ少し時間があるため,温泉街の外れにあるナガセスッポン養殖場へ.ここは平湯温泉のお湯を利用してスッポンを養殖し,栄養補助食品を製造しているところです(温かい温泉水を利用することで早く成長するのだとか).水槽でスッポンを眺めたり,ここの定番商品スッポン球のお試し版を購入してみました.

Dsc_1689 Dsc_1683 (左写真2)スッポン養殖場,(右同3)水槽のスッポン

 ちょうどいい時間になったため,この日の宿泊先の匠の宿深山桜庵へ.平湯温泉では一番立派な旅館です.チェックインを済ませてさっそく温泉に繰り出します.コロナ禍の今はチェックインと同時に温泉に入るのがミソで,そうするとほぼ貸し切りでお風呂を堪能できます(この日も最初の30分貸し切りでした).昨日の白骨温泉が硫黄泉だったのに対してこちらは鉄泉,なかなか味わい深いものがありました.

Img_uchiburo Img_catch01 (写真4,5 旅館の内湯と露天風呂,浴室内撮影禁止の為公式からいただきました)

 温泉を堪能して部屋で休んだ後,夕食の時間です.この日は飛騨牛がメインのコース,飛騨牛のすき焼き風鍋と炭火焼が中心です.すき焼き風鍋は卵を付けていただくのですが,一般的な生卵ではなく温泉卵だったのが新鮮でした.炭火焼は火力がやや弱めに設定されているため,じっくりと焼くことができ(火力が強いと油断していると焦げてしまうので),時間をかけて味わうことができました.そのほか追肴と食事は選択制だったので稚鮎の南蛮漬けと白海老天のお蕎麦をいただきました.

Dsc_1690 Dsc_1691 Dsc_1694 Dsc_1695 Dsc_1696 Dsc_1698 (左上写真6)前菜とお造り,(左中同7)飛騨牛のすき焼き風鍋,(右上同8)飛騨牛の炭火焼,(左下同9)稚鮎の南蛮漬け,(右中同10)白海老天蕎麦,(右下同11)デザート

 夕食後は部屋でまったり,この日は半露天の温泉付きの部屋だったので,大浴場が混みそうな時間帯は部屋の温泉を堪能しました.

 翌朝の朝食は充実の和定食,飛騨といえばこれ!ともいうべき定番の朴葉味噌ももちろん出てきました.結局チェックアウト時間の11時までゆっくりして宿を出ました.

Dsc_1700 Dsc_1701 (左写真12) 朝食,(右同13)朴葉味噌

 最終日は天気が良ければ上高地に行こうと思ってたんですが,残念ながら雨☔☔☔,仕方ないので雨でも大丈夫な観光地ということで奥飛騨クマ牧場に行きました.ここは100頭くらいのツキノワグマが飼育されている場所です(温泉があって暖かいため冬眠しないらしい).個性様々なクマの観察と共に,ここ名物の小熊との記念撮影にも挑戦しました.

Dsc_1721 Img_9137 (左写真14)たくさんのツキノワグマ,(右同15)小熊との写真撮影

 クマ牧場の後は髙山方面に少し下ったところにある飛騨大鍾乳洞へ.ここも雨とは無縁な観光地です.観光用に整備された鍾乳洞は全国にたくさんありますが,ここは標高900mと観光鍾乳洞としては全国でもっとも高所にあるんだそうです.またここには鍾乳洞の発見者である大橋外吉氏の個人収集品を展示した大橋コレクション館併設されています(鍾乳洞入洞券でコレクションも見学できる).時間が無い人は鍾乳洞だけ見学するようですが,雨降りで時間がいっぱいある我々はコレクションも見学しました.館内撮影禁止なので写真はありませんが,世界各地の様々な壺や絵画などが展示されていました(一番はかつてここに展示されていて盗難に遭った金塊でしょうか).

P5161178 P5161206 P5161200 P5161189 (写真16~19)飛騨大鍾乳洞

 その後洞窟を見学,「竜宮の夜景」,「月の世界」等鍾乳石の作り出す独特の景観を堪能しました.見学後は駐車場の向かいにあった食堂で遅い昼食として奥飛騨ラーメンをいただきました.昭和のあっさり系醤油ラーメンで懐かしい味でした.

P5161248 (写真20)奥飛騨ラーメン

 食事後は帰宅の途に.来た道を引き返して再び安房峠トンネルを通り長野県へ,国道158号線を下って松本ICから長野道,中央道と進みます.日曜日の夕方といえば中央道上り線は渋滞が発生するのが普通ですが,この日はかなり交通量が少なくスムースに走行できました(結局4時間半くらいで自宅に戻れた).こうしてコロナ禍の隠密旅行は無事に終了しました.

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2021年5月18日 (火)

三本滝と安房峠

 先週末の話題その2です.

 白骨温泉をチェックアウトした後は,来た道とは逆方向の乗鞍高原方面に向かいました.狭い林道(一応舗装はされている)を走っていくとやがて乗鞍高原のホテルなどの施設街に出ます.ここから松本方面とは逆の岐阜県境方面へ,約10分ほどで三本滝レストハウスに到着しました.

Sanbon02 P5151143 (左写真1)三本滝レストハウス,(右同2)乗鞍エコーライン入口は閉鎖中

 ここにやって来た目的は日本の滝100選のひとつ三本滝を観瀑するためです(まさにその名の通りのレストハウス!).ちなみにこのレストハウスから先が乗鞍エコーラインで,岐阜県側の乗鞍スカイラインと共に日本一標高の高いところを走る観光道路として有名です(ただし環境保全のために通年マイカーの乗り入れ禁止区間となっているのと,元々夏にならないと開通しないので今はまだ行けない).週末とはいえコロナ禍のしかもGWの後なので,訪れる観光客も少ないだろうと思っていたんですが,さにあらず・・・ 駐車場にはたくさんの車が停まっていました(もっともほとんどの観光客の目的は三本滝ではなく,ここよりもさらに上の春スキーらしい).

P5151141 0sanbon (左写真3)残雪のある遊歩道,(右同4)三本滝

 なにはともあれ滝に向かって歩き始めます.レストハウスから遊歩道を約20分の行程ですが,この時期はまだあちことに残雪があるため,結構歩きにくい箇所も多いです.それでも無事に滝に到着,ここは3つの異なる源流の川が一気に滝になって合流するポイントで,それゆえ三本滝の名があるのでした(訪問記事).直瀑,分岐瀑,糸状の滝と三者三様の姿が見事でした.

P5151123 Sanbon09 (左写真5)本流にかかる直瀑,(右同6)支流にかかる分岐瀑

 観瀑の後は道を戻り乗鞍高原エリアへ.夏には大賑わいとなるこちらは逆に人影も少なくひっそりしていました.ここの観光センター併設の食堂でちょっと早めの昼食を摂ります(信州らしく山菜そばを).

Dsc_1665 Dsc_1662 (左写真7)乗鞍観光センター,(右同8)山菜そば

 食事後は隣接する自然保護センターセンターを見学,ここでは乗鞍の自然環境や現在の問題等がパネルで丁寧に解説されています.そこで地域マップを見ていたらなにやら興味深いものを発見

 コロナ連絡所

Dsc_1664 Dsc_1673 (左写真9)コロナ連絡所って…,(右同10)その名を冠したバス停

 いや、もちろん太陽のコロナ観測に関連した施設なんですが,このご時世ウイルスの方かと一瞬思ってしまいました(同名を冠したバス停もある).

 その後は国道158号線方面に抜けてそのまま岐阜県境を目指します.この国道158号線の長野・岐阜県境となっているのが安房峠という標高1800mの峠です.普通自動車2台がようやく行き交える程度の道幅できついカーブが連続する難路です.有料の新道トンネルができるまでは,松本-高山間はイヤでもこの道を通らなくてはならず,シーズンには観光バスも結構通っていたためこんな山奥でありながら,慢性的に渋滞していた道でした.かつて学生時代は自分も運転したことがありましたが急カーブの連続でちょっと具合が悪くなった記憶があります(特に長野県側はヘアピンカーブが11か所もある).5月中旬はまだ峠は冬季閉鎖ですが,途中までは走行可能ということで,せっかく来たので走ってみることに.数か所のヘアピンカーブを曲がり,当時を懐かしく思い出したのでした.

Img_7404 (写真11)国道158号線旧道

 旧道で安房峠は越えられないため,途中の中の湯温泉で引き返します.今度は1997年委開通した有料トンネルへ.旧道だと夜中でも30分はかかる峠越えがトンネルだとわずか5分で通過してしまいます.改めて文明の力を思い知ったのでした.

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2020年11月 3日 (火)

100に関連した週末旅行

 いよいよ11月に入りました.今年も残り2か月となったわけですが,この週末は珍しく土日とも何も用事なし,しかも天気予報は上々と格好の行楽日和になりそう,いうことで急遽出かけることにしました.行先は三重県北中部です.

 三重県といえば,南部の熊野や伊勢,志摩は観光地として有名で伊勢神宮や鳥羽水族館,志摩スペイン村等ガイドブックでも著名な観光地がたくさんあります.しかしながら北中部はというと,街としては桑名,四日市,津などがありますが,観光地的には南部に比べると地味な印象です(るるぶなどのガイドブックも「伊勢・志摩」括りになっていて,三重県全体とはなっていない).

 そんな三重県北中部,私もあまり行ったことのない場所なんですが,ライフワークにしている100名城や100選滝,100選道絡みでは実は対象地があったりします.この週末はこうした三重県北中部の100関連の場所に行ってきました.

 前日10月30日が泊りだったため,31日帰宅後手早く準備をして出発です.10時7分小田原駅発のひかり号で西へ向かいます(小田原駅の新幹線は基本30分に1本のこだまですが,2時間に1本小田原の次が名古屋というひかりがあり,それだと名古屋までほぼ1時間で行ける).名古屋駅で新幹線を降り,ホームにあるきしめん屋住よしさんで早めの昼食を摂ります(自分は出張の際の定番ですが,ウチのKは初めてだったもよう).食事後近鉄線に移動し,11時50分の特急に乗って津まで行きます.

 津駅近くでレンタカーを借りてまずは続日本100名城のひとつ津城へ.築城の名手と言われる藤堂高虎によって整備されその居城となった城郭です.しかし三重県内には同じ高虎による伊賀上野城や蒲生氏郷が建てた松阪城もあるせいか,津城は最初の100名城には入れず,続編の方での選出となりました.内堀と外堀が二重丸のようになった輪郭式城郭ですが,現存するのは内堀の一部と本丸,西の丸の一部のみです.当時の建物は残されていませんが(本丸東部に丑寅櫓が建っていますが,場所も形状もオリジナルとは異なるものです),石垣や堀は立派なものでした.

Pa310517 Elpumcvkaagz_b (左写真1)津城の内堀,(右同2)復興丑寅櫓

 続いては北の亀山市へ.東海道というと近年では東海道本線や東海道新幹線の影響もあり,名古屋から北上して岐阜周りのイメージもありますが,江戸時代の東海道は名古屋から桑名,鈴鹿峠を通って滋賀県の草津に抜けるのが本筋です(鉄道でいえば名古屋以西は関西本線,草津線がオリジナルに近い).亀山市にある関宿は旧東海道の宿場の街並みを今に残すスポットとなっており,日本の道100選にも選ばれているのでした.

51tokaido Pa310572 (左写真3)関宿の街並み,(右同4)百五銀行の実店舗

 大型車は絶対にすれ違えない狭い道を挟んで昔の趣の建物が軒を連ねる様子は江戸時代にタイムスリップしたかのよう(ここで宿場まつりやったら雰囲気抜群だろうな 笑).銀行や郵便局も江戸風でした.この日は同曜日でしたが観光客はまばらでした.しかし1年前にはインバウンド系の観光客で大賑わいだったんだろうなと想像してしまいました(中国人観光客とかこういう雰囲気好きそうなので).

 関宿観光の後はこの日宿泊する伊賀氏のホテルへ.亀山から伊賀への名阪国道は一応一般国道なんですが,みんなまるで高速道路並みに飛ばしていました(所々緑色の高速っぽい看板が出ているが,まぎれもなく一般道路である).ホテルにチェックインしたあと夕食のために近くのワインとお肉をいただけるお店へ.ラムや伊賀牛を始め,赤ワインが似合いそうな料理を堪能しました.

 食事後ホテルに戻り,風呂に入ってさっぱりした後,しばしNHKのラジオ深夜便を聴いてしまいました(それにしても,ラジオ深夜便の,あのしっとりしたテーマが流れると,学生時代の深夜ドライブが鮮明に思い出されます).

 一夜明けて11月1日,いよいよ11月に入りました.ブッフェスタイル朝食を食べて(コロナ関連でブッフェスタイルの朝食は久しぶり)一日の英気を養います.その後チェックアウトして外へ出ます.昨日に続きこの日も良いお天気です.この日の目的地は県中部で奈良との県境に近い赤目四十七滝です.ここは渓谷の中に多数の滝が存在するところで,山梨の西沢渓谷や木曽の田立の滝などと似ています.片道4キロのトレッキングはまずまず中級向けと思われます.スタート地点には当地名物のオオサンショウウオが展示されているセンターがありました.

 歩くこと数分で最初の見どころ不動の滝が登場、ここまではアップダウンがないので誰でも来られます.そこからは階段や勾配のきつい箇所も出てくるので足腰が弱い人は難しいでしょう.先述の不動の滝を含め,千手滝,布曳滝,荷担滝,琵琶滝の5つがメインの大きな滝で5つ目の琵琶滝から10分くらい奥に進んだ巌窟滝がコースの終点となります(この他大小たくさんの滝がある).この日の往路は2時間以上かけてゆっくり観察しながら歩きました.

Sente Nunobiki Ninai Biwa (左上写真5)千手滝,(右上同6)布曳滝,(左下同7)荷担滝,(右下同8)琵琶滝

 終点の巌窟滝で昼食(持参したコンビニおにぎり),帰路は下りなのでサクサク歩いたら1時間ちょっとでした.

 赤目四十八滝観光の後は,津市の南方美杉地区にある続日本100名城のひとつ多気北畠氏城館跡へ.途中すれ違いが厳しい狭い道を通りたどり着きました.ここは戦国時代に伊勢を支配していた北畠氏の居城だったところで,現在は神社になっています.防御施設としては背後の山上に霧山城がありました.今回は到着時点で夕方近かったため登山は断念し,神社と隣接する庭園を見学しました.

Pb010776 Pb010792 (左写真9)北畠神社,(右同10)隣接する庭園

 この後津へ戻りレンタカーを返却,駅前で夕食を摂って家路に着いたのでした.

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2020年9月29日 (火)

岐阜県に行ってきました

 2020年9月も終盤です.年度としての2020年度もまもなく半分が終了しようとしているわけで,月日の流れの速さを感じます.思えば9月は中旬に父島への旅行があり,そのすぐ後に2月以来休止していた東京21合唱団のリアル練習が行われるなどかなり充実した月になっています.そして本来ならばしながわ宿場まつりの江戸風俗行列が行われていたはずのこの週末は,思い立って岐阜県に行ってきました.現在放送されている大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公明智光秀ゆかりの土地ですが,今回はメインはそれとは直接関係のない郡上八幡です.

 学生時代以来全国あちこちに出かけている私です.岐阜県も県都岐阜市を始め,下呂温泉,飛騨高山,奥飛騨地方,白川郷など主だった場所は訪問済みなんですが,なぜか郡上八幡は未訪でした(理由は不明,本当に縁がなかったとしか言いようがない).このため今回なんとなく行ってみようとなったのです.

P9260211 (写真1)養老の滝

 9月26日の朝自宅を出て2時間に1本ある小田原に泊まる東海道新幹線ひかり号で一路西へ.自分は月初に学会で岡山に行ってますが,ウチのKの西上は去年の1月の伊勢志摩以来のようでした.このひかりは小田原の次が名古屋まで停まらないの魅力です.1時間ちょっとで名古屋駅に,そこで数分停車したのち(後続ののぞみを先に行かせるため,ここですぐ出発しないところがひかりの限界)出発,15分ほどで岐阜羽島駅に到着し下車します.駅前でレンタカーを借りてさっそく観光開始,まずは付近にある養老町にある養老の滝へ.同名の居酒屋チェーンがありますが,もちろんオリジナルはこちらです(笑).ここは日本の滝100選に含まれる名瀑で,孝行者の息子が病気の父のことを思っていたところ滝の水がお酒になったという伝説で知られます.

Img_6714 (写真2)関ヶ原駅前の施設にあった参戦武将の家紋入りロッカー

 続いては滋賀県との県境である関ヶ原へ.1600年(慶長5年)の関ケ原の戦いの舞台となった土地で,完全に合戦で町興しをやっています.今回は当時石田三成の陣があった決戦の地,小西行長の陣跡にほど近い開戦の地さらには宇喜多秀家の陣跡(なぜか西軍諸将の陣跡ばかりですが偶然です 笑)を訪問しました.

Img_6712 P9260256 (左写真3)石田三成陣跡、(右同4)宇喜多秀家陣跡

P9260250 P9260246 (左写真5)小西行長陣跡,(右同6)小西陣から笹尾山の石田陣が見えます.

P9260276 (写真7)郡上八幡城の模擬天守 

関ヶ原からいよいよ今回のメイン訪問地郡上八幡へ.関ヶ原インターから高速に乗って向かいます.途中のサービスエリアで昼食を摂って現地には15時ごろ到着しました.郡上八幡インターを降りて国道から市街地方面に入ると対向車とのすれ違いが難しいような細道です.このまま山奥の峠に向かうんじゃないかと心配になりますが,まもなく町の中心へ.”郡上八幡城”,”駐車場”の文字が見えたのでそのまま駐車(有料)し,案内に従って郡上八幡城に向かいます.郡上八幡城は続日本100名城に指定された名城ですが,市街地を見下ろす山上に築かれた山城です.本丸に向かう坂道をあえぎながら登っていくと,なんと山上に駐車場があるじゃないですか!しかも無料💦,まあ上る苦労も含めての城郭観光だと自分に言い聞かせました(笑).

 お城観光後は下山してこの日の宿泊先である吉田屋さんへ.チェックインをして部屋に入り,大浴場で汗を流した後夕食会場へ.この日は当地の郷土料理で,鮎の塩焼きや姿造り,鰻のかば焼きから飛騨牛のステーキまでたくさんの御馳走を堪能しました.

Dsc_1254 Dsc_1256 (左写真8)松茸の土瓶蒸し,(右同9)鮎の姿造りと鯉の洗い

Dsc_1260 Dsc_1266 (左写真10)鮎の塩焼き,(右同11)飛騨牛のステーキ

Dsc_1271 (写真12)朝食の朴葉味噌

 翌朝はゆっくり起きて朝食会場へ.野菜中心のシンプルな朝食ですが,こちら名物の朴葉味噌が美味でした.たっぷり英気を養ったところで町の観光です.郡上八幡は基本的な町割りが江戸時代から変わっていないその風情が人気です.きれいな川や水路が豊富な所としても知られています.そうした街並みや水場を散策しました.当地で有名なものに郡上踊りがあります.夏には一晩中踊る巨大盆踊りとして有名ですが,多分に漏れず残念ながら今年は中止だったそう.町の郡上八幡博覧館で解説と実演が行われています(ちょうど10時の回を見学,ぜひ夏の徹夜踊りを見てみたい).

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(左写真13)昔風の街並み,(右同14)宗祇水

 この町でもうひとつ有名なのが食品サンプルです.食堂なんかに飾ってあるあれですが,実は全国の食品サンプル生産の半分以上を占めるのが当地とか.街中には工房や専門のお店があり,見ているだけで楽しい気分になります.

P9270386 P9270385 P9270384 (写真15~17)本物そっくりなサンプルたち

 午前中いっぱい街を散策して続いては北の白鳥町にある阿弥陀が滝へ.ここも日本の滝100選に選定されているところです.県道から山道に入ったところの駐車場に車を置いて徒歩で散策,約15分ほどで滝に到着しました.高さ60メートル,幅7メートルの細い滝ですが裏見もできる滝として知られ,多少濡れることを覚悟すれば他では見られない雰囲気を味わえます(休日ということと,有名な滝ということで結構人が来ていました).滝鑑賞後は近くにある阿弥陀ヶ滝荘で流しそうめんをいただきます.ただ新型コロナの感染対策のため対面禁止,時間制限アリとなっていました(ひんやりして美味しかったです).

Img_6727 P9270462 (左写真18)阿弥陀が滝,(右同19)当地の流しそうめん

 食後は高速に乗って南下,大垣市にある大垣城へ.関ヶ原の戦い直前に石田三成が布陣していた城として知られます.明治後も天守が残っていた城郭でしたが戦災で焼失,現在あるのは戦後外観復元されたものです.ここも続日本100名城のひとつということで観光することになったのでした.

P9270473 (写真20)大垣城復元天守

 大垣城観光後は岐阜羽島駅に戻ってレンタカーを返却,その辺で一杯やりたいなと思ってたんですが,店がなく😢仕方なく駅のコンビニで買ったビールを飲みながら電車を待ったのでした(まあ岐阜羽島は水沢江刺みたいな立ち位置の駅だからなぁ).

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2020年8月17日 (月)

Go To トラベルキャンペーン

 7月22日から始まったGo To トラベルキャンペーン,新型コロナ騒動で冷え込んだ観光需要を喚起しようという企画です.直前に東京が除外されるなど混乱があり,一部では色々と言われていますが,まあ行われているものは活用しなければと思っています(東京が除外されたことを不公平という人もいますが,東京からそれほど遠くない田舎に住んでいる人間からすると,普段都心で開催されるコンサートに行く場合,東京の人は大した交通費がかからないですが,自分の場合は往復結構なお金がかかるので,普段のそういうものを勘案すると差し引きゼロなんじゃないかと思っています).

 開始直後の7月の4連休には隣町の温泉宿に繰り出しましたが(参考記事),8月の3連休には実家の母親を連れて青森県西海岸にある鯵ヶ沢に行ってきました.

 どうして鯵ヶ沢なのかという疑問がわくのですが,理由はズバリ!近くにある日本の滝100選のひとつ,くろくまの滝に行くためです.日本の滝100選は私のライフワークですが,実はこのくろくまの滝,2015年2月の土砂崩れでアクセスの林道が通行止めになってしまい,行けない100選滝となっていたのです(同じように現在行けない100選滝として群馬の常布の滝がある).しかし2019年8月にようやく復旧がなり行けるようになったことから,そのうち行こうと思っていたのです.

 喜び勇んで出かけたのですが…

 なんと!直前の大雨(7月20日頃北東北で大雨が降った)で,林道が閉鎖になってしまっていました😖.

Dsc_0741  日頃の行いは良いはずなのに,おかしいなと思いながら宿泊先へ,この日は鯵ヶ沢温泉水軍の宿さんです.きちんと感染対策がされていました.

 自慢の化石海水温泉に浸かった後夕食会場へ.漁港が近い温泉宿ですから,食事はもちろん海鮮類です.お造りには幻の魚イトウが付き,炭火焼の魚も絶品でした.地酒の飲み比べセットも付けたことは言うまでもありません.

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(左)お造り,(右)トビウオの炭火焼

 夕食後は再び温泉に入ったりしながら過ごしました.翌朝の朝食も品数が多く,特に津軽名物の貝焼き味噌は素晴らしいです.

Dsc_0739 Dsc_0740 (左)朝食,(右)感染予防してます

 帰路はくろくまの滝の無念を晴らすため,岩手県唯一の100選滝,不動の滝を訪問しました.こちらは特に通行止めもなく,観瀑ができました.

Img_6502  (写真)滝のマイナスイオンで癒されます.

 充実したGo To キャンペーンでした(まだまだ続くのか?).

 

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2019年11月 4日 (月)

西沢渓谷に行ってきました

 11月の3連休は事実上自分にとって今年最後の連休となります.そんな3連休の中日,11月3日に山梨県の西沢渓谷に行ってきました.目的はもちろん,その最深部にある日本の滝100選のひとつ七ツ釜五段の滝です.

 前日の2日土曜日は例によって合唱団の練習&宴会に参加,その後は八王子に移動してホテルに宿泊しました.翌3日は東京は曇りから雨模様という予報でしたが,八王子は曇ってはいるものの青空ものぞくまあまあの天気でした.午前9時の特急かいじに乗って一路西に向かいます.中央本線は先日の台風19号で被害を受け一時は運休になっていましたが,つい先週全面復旧になったものです.八王子から約1時間の山梨市駅で下車,ここからバスに乗り換えます.行楽シーズンとはいうものの特に渋滞もなく,時刻表通り約1時間で西沢渓谷入口に到着しました.

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(左写真1)初めはこのように快適な道,(右同2)二股吊り橋

 ここからはいよいよ往復3時間半の歩きになります.西沢渓谷は山梨県を代表する河川である笛吹川の最源流に位置する渓谷で,花崗岩の岩石地帯が川によって削られて形成されました.その渓谷に沿って遊歩道が整備されており,特に紅葉の素晴らしさで知られています.ピークシーズンには凄い人出で遊歩道が渋滞するため,反時計回りの一方通行になっています.この日は紅葉シーズンの3連休ということですごい人出が予想されましたが,意外にそれほどでもなくゆったりと散策できました(台風の影響か?).

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(左写真3)紅葉がきれいです,(右同4)記念写真

 バス停からしばらくは快適な林道,色づいた木々を見ながら歩きます.20分ほどで往路と帰路の分岐部に到着,ここにはきちんとしたトイレがあるので用を済ませます(この先は遊歩道の最深部に簡易なトイレがあるのみ).順路に従って進んでいくと,ゲートがあってここからは車輛は入れないようになっていました.そのまま進んでいくと,向こうから歩いてくる人達に出くわします.「あれっ?この渓谷は一方通行なのに…」と思っていたんですが,逆走してくる人たちは例外なく軽装の人たちです(シンプルなスニーカーのみや短パン,スカート履きの人など).「ははぁ,さては途中で挫折したんだな」と納得しました(途中で挫折した場合は戻ってくるしかない).

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(右写真5)美しい渓流,(右同6)人面洞

 しばらく歩くと西沢山荘が見えてきます.今は営業していないらしいこの建物を横目で見ながらさらに進んでいくと,二股吊り橋に到着,ここで渓谷は二股に分かれており,左手の西沢渓谷と右手の東沢渓谷に分岐します.ただ東沢渓谷は遊歩道がなく上級者でなければ遭難の危険大らしく,立ち入り禁止になっていました.吊り橋を過ぎると遊歩道もこれまでの快適な林道から変わって,岩場やぬかるんだ泥道が多くなります.鎖場はもちろんのこと,最近の雨で川の水量も増えているらしく,油断すると水にハマってしまう場所もありました(まあ,これなら軽装の人は挫折するな).ただ途中には三重の滝,竜神の滝,恋糸の滝などの滝や人面洞,フグ岩,カエル岩など多くの見どころが点在しています.出発から1時間半,母胎淵というポイントを過ぎたあたりに開けた岩場があり,休んでいる人がたくさんいました.ちょうど1時ごろだったためか,みんなお弁当を広げています.我々もここで一休みすることにしてお昼をいただきました(コンビニおにぎり).

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(左写真7)遊歩道も徐々に厳しくなります,(右同8)貞泉の滝

 20分ほど休憩して再び歩き始めます.この辺りから遊歩道は登りになるため,運動不足の身にはややきつくなります.それでもとうとう最深部の七ツ釜五段の滝に到着しました.この滝は七段に渡って落ちており,合計7つの滝つぼを持つことからその名があります.落差は全体でも30メートルほどですが,水平方向に広いのでその全体像を観察するのはなかなか大変でした.その壮観なさまはさすが100選滝です.

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(写真9)そしてこれが七ツ釜五段の滝

 観瀑台からしばし鑑賞後,遊歩道をさらに上ります.やがて見える不動の滝を過ぎると,そこが遊歩道の終点となります.ここにはベンチなどの休憩施設の他トイレもありました(ただし国立公園内の簡素なトイレのため,我慢できる人は下山した先のトイレを使うよう案内がありました).

 ここからの帰り道は昔トロッコが走っていたコースになります.当時のレールが残っていてそれを感じさせました.景色的には往路にはかないませんが,紅葉がきれいなことと,なにより往路に比べると歩きやすい道なので,2時間歩いてくたびれた身には助かりました.結局バス停にたどり着いたのは3時半頃,帰りは1時間半ほどで戻ってきた計算です.当初は4時25分発の山梨市駅行きのバスに乗る予定でしたが,思いのほか早く帰着できたため,3時40分発の塩山駅行きのバスに乗車,こちらも予定通り1時間で駅に到着できました.

 塩山から特急かいじで八王子へ,ホテルに預けていた荷物を引き取ってそのまま新宿に出て,久しぶりに回らないお寿司屋さんで夕食をいただいたのでした(運動した後だったせいか,寿司もお酒も美味しかった😃).

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2017年6月26日 (月)

江ノ島海岸

 江ノ島海岸はどこにあるでしょうか?

 と聞くと,「サザンオールスターズの曲なんかによく登場する,神奈川県藤沢市にある江の島周辺の海岸のこと?」という答えが返ってきそうです(少なくとも関東在住の人間なら90%以上の人はそう答えそう).

 が,残念ながらそれは不正解です.神奈川県には江ノ島(正確には江の島)はありますが,その周辺の海岸は湘南海岸であって江ノ島海岸という名称ではありません.おそらく周辺に江ノ島水族館とか江ノ島電鉄とか、「江ノ島~」を頭に着けたモノが多いことからくる誤解だと思われます.

 で,正解はというと北海道.札幌や小樽から積丹半島をはさんで反対側,渡島半島の付け根部分に位置する島牧村にそれはあります.

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 その名もズバリ「江ノ島海岸」,実は日本の渚100選にも選ばれている,その筋では有名な海岸なのです.

P6251039  今回学会でわざわざ北海道まで来たんですから,終わってすぐ帰るなんてもったいないことはしません.最終日の帰りの飛行機は夜9時発を購入したこともあり,半日は十分に北海道を堪能できます.ということでかねてから行ってみたかった江ノ島海岸にやってきました.

 ここの海岸はいわゆる南国系の白砂ではなく,玉砂利で構成された北方系の海岸です.残念ながら時おり小雨の降る曇り空ということで,絶景の海岸という雰囲気ではありませんでしたが,晴れていたらきっと素晴らしいんだろうなと想像を膨らませてみました(笑).この日はほとんど人影がありませんでしたが,真夏には海水浴やキャンプ,さらには釣りを楽しむ人で賑わうんだそうです.

P6251044  江ノ島海岸の近くには「よってけ!島牧」という名の道の駅があります.地元の物産品の販売のほか,レストランでは生簀にいる魚介類をその場で焼いて食べるバーベキューが人気です.すごく惹かれたんですが,自分の場合魚介のバーベキューを食べてアルコールが無いのは逆に拷問のため(この日はレンタカー利用),諦めて地物のフノリ入り蕎麦にしました(こちらも美味しかったです).

P6251055 P6251056 (写真左) フノリ入り蕎麦,(同右) レストランから見える海辺の原生花園

 食事の後は,島牧村にやって来たもう一つの目的である賀老の滝へ.ここももちろん日本の滝100選に入っている滝です.道の駅近くから細い道を内陸に入っていきます.

P6251047  狭い道で一部すれ違いが難しそうなところもありますが,幸い対向車の姿はほとんどありませんでした.

 どんどん山奥に入っていくと,賀老の滝を示す案内板を発見,そのままさらに進んでいきます.

P6251049 P6251050  そのままさらに進んでいったんですが…

P6251051  き,霧が… ( ̄▽ ̄)

 しかも進むにつれてどんどん濃くなっていきます.なんとか滝に向かう駐車場にたどり着いたんですが(駐車場から滝の展望台までは徒歩10分程度らしい),先が見えないほどの霧です.ヒグマも生息しているらしいこんな山奥,周囲が見えないとクマに遭遇する確率も上がるでしょうし,仮に辿り着いても滝は見えそうにありません.残念ですがこの日は断念することにしました.

P6251052 P6251053 (写真左) 駐車場の案内板,(同右) 滝に向かう遊歩道ですが,ご覧のような霧です(泣).

 滝を見ることはできませんでしたが,「道の駅のバーベキューといい,またここに来る大義名分ができたのだからいいとするか」と例によってポジティブに考えることにしたのでした.その後は洞爺湖から支笏湖を抜けて空港に向かいます.洞爺湖ではちょうど自分の学会と同じ日程でマンガ・アニメフェスタが開催されていたようで,大勢のレイヤーさんが歩いていました.

 空港に帰着後は時間があったので空港内の居酒屋さんへ.北海道の食を堪能したのはいうまでもありません.

Img_3119 19399663_1361216290642399_229123151 こうして金曜日の演奏会から始まった怒涛の週末が終わったのでした.

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