2009年12月19日 (土)

FFとドラクエどちらが好き?

ブログネタ: あなたはFF派? それともドラクエ派?参加数

 今日はココログのブログネタに参加してみます.テーマは「あなたはFF派? それともドラクエ派?」です.

 いわゆるロールプレイングゲーム(RPG)の東西の横綱とも呼ぶべき両作品,誕生から20年以上経過した今も人気を保っているシリーズです.

 この両シリーズが登場したのはちょうど私が大学生の頃でした.発売はドラクエ→ドラクエⅡ→FF→ドラクエⅢ→FFⅡ→ドラクエⅣ→FFⅢ の順だったと記憶しています.

 私はドラクエは最初からやっていましたが,FFの方は2からと記憶しています.FFⅡはあの経験値のないシステムが新鮮で,よく合宿と称して敵そっちのけで味方同士殴りあう戦闘をやってレベルアップを図っていました.ハマり症の私はずっと後ですが,FFタクティクスが出た時も砂漠で合宿をやって(忍者でレベル99まで上げてその後吟遊詩人にジョブチェンジ,わざとトラップを踏んで吟遊詩人でレベル0まで下げる.以下これを繰り返すとムチャクチャ力が強くてムチャクチャ素早いキャラになる),究極のラムザの育成に成功しました(最終ボス以外のすべてのルカヴィを一撃で倒すくらい).

 一方のドラクエはⅢはだいぶやりこみました.凝り症なのでこれまた最強キャラを作ろうと力の種や素早さの種といったステータスをアップするアイテムを集めて賢者に食べさせたり(結局最強のキャラは力255,素早さ255で,はやぶさの剣を装備した賢者でした),同じく3では魔法使いの呪文アバカムを覚えるまでひたすらアリアハンでザコ相手に戦い,鍵を入手せずに先に進めたりなんてこともやりました. 

 で,この両シリーズのどちらが好きかと言われると… 悩むんですが,やっぱりストーリーやキャラクターの魅力からFFでしょうか.

 とはいえ,最近すっかりゲームをやらなくなってしまい(HPにブログ2つ,さらには日記も始めちゃったのでゲームしてる暇がないというウワサ 笑),FFも9以降はプレイしていません.ニュースでは最近ⅩⅢが出たそうですが,もうついていけないんだろうなと思います.

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2009年12月17日 (木)

悪魔の電車

 今私が住んでいるところは,都心から90km程で普通列車だと1時間半くらいかかります.一方新幹線を利用すると30分ちょっとで行けるので,夕方から都心で用事がある場合などは新幹線を使うケースも多いです.

 特に夕方6時11分に小田原駅を発つ新幹線は,それに乗るとほぼ7時には都心に着けるということで愛用しています.

 それが表題の悪魔の列車です.なんで悪魔かといいますと,列車名が

 こだま666号 だからです.

 そうです,新約聖書の最後,ヨハネの黙示録に出てくる獣の数字666です.映画「オーメン」で有名になったこの数字,なんとなく意味深いものがあります.

Nekuta_004  さあ私が今度この列車に乗るのはいつになるのでしょうか(笑).

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2009年12月16日 (水)

日本100名城スタンプラリー67

日本100名城 金沢城(35番)

 久しぶりの100名城ネタです.

 北陸の城下町金沢の中心が金沢城です.江戸時代には加賀藩の藩庁がおかれました.大名家としては最大の石高を誇った加賀藩の始祖が有名な前田利家です.古くから織田信長に仕え,信長の死後は秀吉に臣従した利家は加賀・能登・越中に100万石を越える領国を与えられました.

Hokuriku2_026 (写真1) 重文の石川門

 秀吉の死後わずか8カ(月で利家も死去したため,以後時代は徳川家康の天下となり,前田家もまた幕藩体制の中に組み込まれていきます.しかし,その実力から江戸時代を通じてほぼ100万石の領地を維持していきます.

Hokuriku_144 Hokuriku2_056

(左写真2) 重文の三十間長屋,(右同3) 鶴丸倉庫

 そんな加賀藩の中心が金沢城です.金沢城の立っている小立野台地には戦国時代,加賀の一向一揆で有名な本願寺金沢御堂が置かれていました.信長による一向一揆の制圧後,この地は柴田勝家の勢力下になりましたが,賤ヶ岳の戦いによって勝家が滅びると,代わって利家がこの地に入り,彼によって今の金沢城が築かれました.城に隣接している有名な大名庭園である兼六園が造営されたのは彼のひ孫の4代藩主前田綱紀の時代です.

Hokuriku_156 Hokuriku2_044

(左写真4) 橋爪門と続櫓,(右同5) 五十間長屋

 明治維新後は城は陸軍の管轄に入り,第七連隊や第九師団司令部などが置かれました.第二次大戦後は金沢大学のキャンパスとして使われ,平成13年から金沢城公園として整備され現在に至っています.

Hokuriku_212 (写真6) こちらは大手門跡です

 遺構としては石川門や三十間長屋などがあり,公園として整備されてからは櫓や門などの復元も行われています.私が初めてこの地を訪れた昭和60年代初頭は,ちょうど金沢大学の移転準備が行われていて,構内もかなり雑然とした印象でしたが,今回約20年ぶりに訪問し,綺麗に整備されたその姿に大いに感動した次第です.いまでは隣の兼六園とともに,多くの観光客でにぎわう名所になっています.

Hokuriku2_033

金沢城へのアクセス: JR金沢駅からバスで15分ほどのバス停兼六園下で下車し徒歩5分程度です

スタンプの設置場所 城二の丸案内所や石川門入口案内所にあります

登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 普通の都市公園です.誰でも気軽に散策できます.

35kanazawajo 登城日 2009年4月18日

 

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2009年12月14日 (月)

大石内蔵助とアムンゼン

 今日12月14日はいわゆる忠臣蔵,赤穂浪士の討ち入りがメチャクチャ有名ですが,実は人類が初めて南極点に到達したノルウェーの探検家アムンセンの快挙がこの同じ12月14日(1911年)なんだそうです.

 12月14日というと日本では真冬で日も短いんですが,南半球は反対に夏で日が長い時期です.それも南の果ての南極とくれば,夏も夏,白夜の季節です.実際にアムンセンらはほとんど日が沈まない南極大陸を犬ぞりを駆使して移動し,今から98年前の今日,南極点に到達したのです.

Scottgroup (写真1) アムンセンに遅れること1カ月後に南極点に到達したスコット隊

 しかし,栄光の陰には挫折があり,当時アムンゼンと競うように南極点を目指していたイギリスのスコット隊は移動中のトラブル(アムンセンの犬ぞりに対して,スコットはモーターそりや馬を用意したものの,機械は故障し,馬は凍死してしまうなどして,結局人力でそりを挽くことになってしまった)もあって,南極点到達はアムンセンより1カ月遅れの1912年1月17日になってしまい,しかも悪天候に見舞われ帰路全員が遭難死するという悲劇的な結末になったのでした.

Yamato_snowfield (写真2) 白瀬らは南緯80度5分の地点に立ち,ここを大和雪原と名付けました

 ちなみにほぼ同じ時期に日本の白瀬矗中尉も南極探検をおこなっており,1912年1月に南緯80度を越える地点まで到達しています.

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週末総括2

 またまたこちらの更新が滞ってしまいました.

 先月後半からの充電期間もボチボチで,そろそろ活動が再開され始めているビザンチン皇帝です.

 で,そんな先週末はまたまた東北地方遠征に繰り出していました.まず12日土曜日は盛岡での仕事関係の研究会&忘年会です.これは超重要なイベントで,理由もなくこれを欠席すると,医局中法度の「局ヲ脱スルヲ許サズ」に背いたことにされて切腹になるかもしれません(笑).

Bonen_017 (写真1) 忘年会にて

 というわけで,土曜の朝に電車を乗り継いで盛岡入りした次第です.かなり寒いんじゃないかと覚悟していたんですが,思いのほか温かくて安心しました.

 研究会の方はこの1年間の活動や業績等を発表するもので,おおむね無事に終了しました.その後,市内のホテルに場所を移して忘年会です.会費が高いだけあって料理も豪勢なものでした.偉い人の挨拶やら余興やらとあっという間の忘年会でした.

 で,翌13日は仙台に移動です.この日は私が青春時代を過ごした大学合唱団の定期演奏会が行われるためです.

F19e (写真2) 定演のパンフ

 実はここの定演は例年12月の第2土曜に行われることが多いんですが,昨夜の職場関係の忘年会もまた12月の第2土曜というわけで,毎年バッティングしてしまうのです.というわけで,ここ数年見に行けなかったんですが,今年は日曜日の開催ということで,運よく行くことができました.

 演奏ももちろんですが,昔の仲間との再会も楽しみなイベントでした.

 というわけで,この週末も走り回っていましたとさ(笑).

 ところで,今日は12月14日,元禄赤穂事件の日ですね.

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2009年12月10日 (木)

昔のSF

 子供の頃からSF大好き少年だった私,当時NHKで放送されていた少年ドラマシリーズでもSFが取り上げられていた作品なんかはそれこそ夢中になってみていました.

 小説の方も好きで,鶴書房のSFベストセラーズシリーズに代表される少年少女向けのSF作品を読みふけっていました.

20091210191528

 当時はSFというとどうしても欧米の作品がメジャーでしたが,当時国産のSF作品を盛り上げていた作家たちもいました.このSFベストセラーズは子供向けのこうした作品を収録していたシリーズでしたが,この頃の作家として福島正実,光瀬龍,眉村卓,筒井康隆らがいました.中でも福島正実氏は当時日本ではまだほとんどなじみがなかった昭和30年代にSFマガジンを立ち上げてその初代編集長となり,海外の優れたSF作品を翻訳して日本に紹介する一方,自らもSF作品を書いたり日本人のSF作家を育成するなど八面六臂の活躍をしました.ただ,無理がたたったのか1976年にわずか47歳でこの世を去ってしまいました.

 福島氏のSFは今で言うところの長編は少なく,もっぱら短編です.しかしなかなか興味深い作品が多く,当時鶴書房のシリーズに入っていた「リュイテン太陽」や「異次元失踪」(これは長編といえる分量があります),秋元文庫の「真昼の侵入者」,「悪夢の呼ぶ声」などは購入して読んでいました.

 その一方,当時既に絶版になっていた作品もありました.これらについてはその後すっかり忘れていたんですが,先日調べものをしていたら,な,なんと,ネットオークションに出ているじゃないですか!

20091210184409

 というわけでさっそく競り落としました(って,私以外に入札者がいなかったというウワサですが…).

 で,その本が今日到着した次第です.角川文庫が3冊,ハヤカワが1冊です.中島靖侃氏による「ちがう」と「出口なし」の表紙絵が素敵です.

 しばらくはこれらの本が電車のお供になりそうです.

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2009年12月 8日 (火)

計算が…

 週末に出かけた会津地方,そこで気になったものです.

まずはラーメンを食べたまこと食堂のメニュー

Rame_005  中華そば600円,チャーシューメン900円です.これから類推するとチャーシューが300円だと思われます.

 で,大盛りの中華そばが850円.ここから大盛りは250円増しと思われます.

 じゃあチャーシューメンの大盛りはというと,チャーシューメン900円+大盛り250円=1150円? と思ったら…

 なんと1000円だそうです.計算があいません.どういうことなんでしょう(麺の量はかわらず,チャーシューが大盛りという意味なんでしょうか).

Rame_010

 続いては喜多方駅です.朝8時20分ごろですが,実はラーメンを食べて戻るところです.時刻表が描かれた看板があるんですが,なんか変…

Rame_012 山都って きっと郡山って書きたかったんだろうな…

 と思ってたんですが,実は喜多方の次の駅が山都でした(失礼,誤字じゃありませんでした 笑).

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2009年12月 7日 (月)

週末総括

 この週末仙台に行ってきました.

 で,交通手段としてJR東日本が出している土日きっぷを使いました.土日きっぷはJR東日本の中で,ほぼ北東北3県を除く全エリアが乗り放題という切符です.価格は18,000円で,私の家から仙台を往復するだけで元が取れてしまいます.

 しか~し,それなら仙台往復だけで終わらせるのはもったいないと考えるのが人情,というわけでJR東日本を赤字に追い込むべく乗りまくることにしました(笑).

 で,どこに行くか考えたんですが,なんとなく蕎麦が食べたい気分になりました.じゃあ信州に行こうと決意,さっそく東海道線に乗り込みます.

 信州の蕎麦といえば,戸隠そば(ぼっち盛りが有名)なんですが,ここは長野市からの移動が大変なので断念しました(夕方には東京で用事があったため).それではということで,100名城で知られる松本を目指すことにしました(新しい方のスタンプ帳にスタンプを押すという目的もあり).東海道線の茅ヶ崎駅から相模線・横浜線を乗り継いで八王子駅へ,ここから中央本線の特急あずさに乗り込みます.電車に揺られること2時間で松本に到着.

200912051234000 (写真1) 特急あずさ(ちなみにJRでは下り列車の号数は奇数のため,新宿発のあずさ2号は存在しません.)

 し,しかし… 雨が降っていました(泣).

 「ビザンチン皇帝がわざわざやって来たのに雨とはどういうことだ!」と叫ぶと,少しは気を使ってくれたのか,小降りになりました.その隙を突いてバスに乗り込み,松本城を目指します.曇り空でしたが,やっぱり国宝の天守閣は見事でした.

200912051310000 (写真2) 国宝の松本城

 そしてお城近くのお蕎麦屋さんに入って昼食です.この日は天ざると冷酒を注文しました.昼間からお酒を飲むと休日という気分がして幸せになります.お蕎麦はもちろん美味でした.その後は駅に戻りまたあずさ号に乗り込んで東京に戻ります.さっき飲んだお酒が効いてきて,帰りはほとんど寝てました(笑).

B313 (写真3) 今回食べた蕎麦,新そばでした

 夕方から東京で用足しを済ませて,さあとばかりに今度は北上です.新幹線で郡山まで行って,そこから磐越西線の最終電車に乗り込みます.向かう先は会津若松,とはいっても今回は幕末関連や天地人ではありません.喜多方ラーメンが食べたいからです(笑).

200912060721000 (写真4) 喜多方駅の階段にて

 ほぼ夜中の12時に駅前のホテルに入り,翌朝6時55分の磐越西線下り列車(新津行き)に乗り込みます.25分で喜多方駅に到着,そこからはひたすら歩きます.朝の7時にラーメン? などと言ってはいけません.喜多方では早朝から営業しているラーメン屋さんが結構あるんです.

Ramen_004 (写真5) まこと食堂

 歩くこと15分,今回訪れた店はまこと食堂という魚介に豚骨を加えた出汁を使った醤油味スープのラーメン屋さんです.いつもは近くの坂内食堂というあっさり塩味系のお店に行くんですが,今回は趣向を変えてこちらにしました.麺はもちろん平たくて縮れた喜多方麺です.学生時代に何度かきたことのあるお店でしたが,スープが意外にこってりでした(ここの店は約15年ぶりの訪問).ついでにお土産用のラーメンも購入して一会津若松に戻りました.

Ramen_010 (写真6) ややこってりの醤油ラーメンです

 その後は定番の鶴ヶ城に行ってスタンプを押し(こちらも新しいスタンプ帳用),その後再び磐越西線に乗って郡山,そこから新幹線で仙台に向かいました.

 結局この土日で乗りつぶした列車の切符を正規料金で払ったらいくらになるんだろうと計算してみたんですが,なんと約40,000円でした! というわけで,JR東日本に2万円以上の損失を与えた週末でした(笑).

200912072056000 (写真7) 二日間乗りつぶされてよれよれになった土日きっぷ

 

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2009年12月 4日 (金)

影絵

 二日間ほどこちらの更新が滞っていました.師走に入ってから恒例のレセプト点検やさらに昨日は都心に繰り出す用事なんかがあったためです.

 さて,今日の話題はちょっとほのぼの系です.みなさん影絵ってご存知ですよね.手で何かを作って,その影で絵を作るあれです.

 だいぶ昔にブログ仲間のパンダ子さんが紹介していたのを思い出して自分でもやってみました.

 かたつむりガールズ

 まずは定番のキツネです.

Kagee_002  続いてはです.

Kagee_003  そして続きましては…

Kagee_005  そう,ワシですね.そして最後はなんでしょう?

Kagee_006  はい,土瓶でした.我ながら良く覚えていたなと感心しております(笑).

 さて,明日からの週末ちょっと出かけてきます(笑).

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2009年12月 1日 (火)

師走!

 今日から師走である.

 師匠も走り回るくらい忙しいのかどうかはさだかではないが,慌ただしい季節ではある.忘年会が行われるシーズンでもあり,自分もいくつ忘年会があるのかまだ分からないほどだ.

 ところで,世の中に「~し」と呼ばれる職業があるが,これには「~師」「~士」という2つの系統がある.前者の代表が医師,教師であり,後者が弁護士,会計士だ.師というと師匠=先生のイメージがあるため,医師や教師は先生と呼ばれている(この論理でいくと看護師も先生になるはずであり,役職名が看護婦・看護士から看護師に変わった際この理屈から,「これからは病棟ではみんな先生と呼び合おう」と提案したのだが誰も実行してくれなかった(笑).

 師と士,大した違いはなさそうな気もするが,某大学前教授によるとイメージ的にはの方がずっといいそうである.なぜなら,士の職業には

 弁護士,公認会計士,税理士,消防士,救命救急士,栄養士… 

等社会のために汗を流している職業が多いのに対し,師の方は

 祈祷師,陰陽師,妖術師,黒魔導師,謎の整体師,詐欺師,ペテン師…

など必ずしもいいイメージばかりじゃないからだ.

 思うに士は武士・騎士など,その道を極めた求道者という感じがするのに対し,師の方は軍師に代表されるように知恵を巡らせて(策略によって)計画を成就させるというイメージだからかもしれない.

 ちなみに病院では師は医師・薬剤師・看護師・診療放射線技師・臨床検査技師,士は理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・臨床工学技士・栄養士・介護福祉士などである.

 自分は一応の付く方なので,インチキ臭くならないように頑張ろうと思ったのだった.

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