2018年7月 7日 (土)

歌劇「トスカ」

Img008  気が付いたらもう7月,関東は異様に早い梅雨明けの一方で,西日本では大雨が続くなど異常気象に見舞われている昨日今日です.旅行から戻って間もなく3週間,すっかり日常生活に戻ってしまったビザンチン皇帝であります.

 さて,そんな自分の日常といえばオペラ鑑賞(笑),というわけで先週の水曜日に新国立劇場で表題の「トスカ」公演に行ってきました.

 17世紀のモンテヴェルディから21世紀の今日まで,世の中で作曲されたオペラ作品はそれこそ星の数ほどあるでしょうが,その中でも屈指の名曲としてどこからも異論が出ないだろう(たとえアンチ・プッチーニの人であっても)傑作です.よく,オペラになじみがない人にどの作品を勧めるかという話題が出た時に真っ先に上がるのもこのトスカです(自分も絶対にこれを勧める).理由としては全体で2時間(休憩除く)とほぼ映画並みの長さであること,ストーリー展開が早く,オペラ一般にありがちな劇の停滞がないこと.登場人物のキャラが立っていて感情移入しやすいこと,名アリアがあるのはもちろん,大迫力の合唱も登場すること等々,オペラの魅力がこれでもかと凝縮されていて飽きさせないからです.2000年に初出となったアントネッロ・マダウ=ディアツ演出によるプロダクションは新国立の定番レパートリーとなり,近年はほぼ3年に1回上演されています(自分も何度も見ている).

Img_3858  19世紀初頭,ナポレオンがヨーロッパに大きな影響を及ぼし始めた時代のローマが舞台.共和主義者の政治家アンジェロッティとその友人の画家カヴァラドッシ,彼の恋人トスカと,王党派で共和派を厳しく取り締まる警視総監のスカルピアが織りなす劇です.1幕冒頭のカヴァラドッシによるアリア「妙なる調和」,1幕最後の大合唱「テ・デウム」とスカルピアの独白,2幕のスカルピアがトスカを追い詰めていく場面とそれに続くトスカのアリア「歌に生き恋に生き」,3幕のカヴァラドッシの名アリア「星は光りぬ」など聴きどころ満載です.

 今回は指揮者に弱冠28歳のロレンツォ・ヴィオッティを迎え,トスカにはこれを当たり役にしているというキャサリン・ネーグルスタッド,カヴァラドッシは3年前の同公演でも歌ったホルヘ・デ・レオン,スカルピアはクラウディオ・スグーラという面々,特にネーグルスタッドは歌う部分は高音なんですが,地のレシタチーボではかなり低音のどすの利いた声で,特に2幕のスカルピアとのやり取りは迫力ありました.個人的に一番好きな1幕の最後,テ・デウムのシーンは本当に華やかで,これを見るためだけに来る価値があるなと思う場面でした.贅沢を言えば,スカルピア役がかっこよすぎて,絶対悪なはずなのに,なんか憎めない(ドン・ジョバンニみたいな感じ)のがちょっと残念でした(笑).

Img_3857  この日は夜の公演で,終演が22時を過ぎそうだったために,久しぶりに劇場レストランの幕間メニューに挑戦,メニューはズワイガニとレタスの冷製パスタでした.ただ幕間が25分しかないのでウチのKは全部食べられなかったようです(笑).先月カタリーナ・ワーグナーによるフィデリオの後だけに,きわめて正統的な演出のオペラを堪能した夜でした.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 5日 (木)

ボリビア&チリ旅行記④

 ボリビア&チリ旅行記,ウユニ塩湖編その1です.

 いきなり標高3600メートルのラパスに宿泊ということで,ちゃんと眠れるのか心配されたが,途中何度か目が覚めたものの,特に具合が悪くなることもなく朝を迎えた.この日のモーニングコールは4時である.起きて軽く準備をしてから朝食会場のレストランへ.中は薄暗く,やってる気配が感じられない.が,勇気を振り絞って(笑)入ってみると,ちゃんとビュッフェスタイルの朝食が用意されていた.どうやら我々が一番乗りのようで,ハムやチーズにはきちんとラップがかけられていた.

P6110108 P6110111 (左写真1) 朝食のレストラン,(右同2) まだ全てラップがかけられている

 ハムにチーズ,パンと飲み物の朝食をいただく(基本的にコンチネンタルブレックファスト).我々の後から見るからに航空会社関係っぽい人たちがやってきたが,このホテルは朝食が早いことを売りにしているらしいので,そっち関係の宿泊客も多いのかもしれない.

 食事後はいったん部屋に戻る.普通ならスーツケースの整理をするわけだが,昨日ロストバゲージになっているので,その必要がないので楽だ.少し休んだのちロビーへ,チェックアウトを済ませて待っていたら,5時30分に迎えの車がやってきた.さすがにこの時間はまだ真っ暗で道もすいている.昨日の道を逆走して,6時過ぎに空港に到着した.

 空港ではまず,アメリカン航空のカウンターへ.ロストバゲージのその後を確認したかったのだが,この時間はまだだれもいなかった.仕方ないのでウユニ行きのアマゾナス航空のチェックインカウンターへ.このウユニ行きの飛行機は小型なので荷物の重量制限が厳しいので,大きなスーツケースを持っている観光客は時々問題になるのだが,手荷物しかない我々はそんな心配はいらない.チェックインを済ませて搭乗券を受け取ると,そのままセキュリティに向かった.ボリビア国内線のセキュリティはとても緩いので,特に問題なく抜けることができた.

P6110121 (写真3) アマゾナス航空のCRJ100

 出発ロビーに出てゲート前で待つ.しばらくして案内が始まった.ボーディングブリッジを通っていくのかと思ったら,係員に引率されて外に出て,バスで向かうパターンだった.待っていた飛行機は2-2のCRJ-100である.乗り込んでシートベルトを締めると,まもなく動き始め離陸した.

 安定飛行になると恒例の飲み物が配られる.ソフトドリンクであるが,今回はあえてコーヒーを注文した.ラパスでのガイドさんからボリビアのコーヒーは砂糖たっぷりで甘いよと言われていたので,怖いもの見たさで注文したものである.ミルク入りにすると,甘さが少し控えめになるらしいのでミルク入りにした.早速飲んでみると… たしかに甘い.だが,日本のコーヒー牛乳程度の甘さだった.甘いコーヒーを飲みながら外を見ると,アルティプラーノの茶色い大地が広がり,所々に湖がある.やっぱりすごいところだなぁと感心していると,前方に白い大地が見えてきた.「ウユニ塩湖だ!」,3年ぶりの光景に感動もひとしおである.塩湖に突き出すようにそびえるトゥヌパ山の姿も見える.そうこうしているうちに飛行機は降下を開始,塩湖を右手に見ながら8時10分,無事にウユニ空港に着陸した.

P6110136 P6110155 (左写真4) トゥヌパ山が見えます!,(右同5) ウユニ空港

 タラップを降りてターミナルには歩いて向かう.振り返ると飛行機から荷物を下ろす作業をしている.もしかして自分たちの荷物はないかと見ていたが,残念ながらそれらしいものはなかった.日程表によると,空港から出たらそのまま観光に向かうのでトイレを済ませるように指示があったため,荷物を受け取る場所のトイレを使用した.

 その後出発ロビーに出てみたら,我々の名前が書かれたプレートを持った女性が立っている.彼女がガイドのアンドレアさんだった(オペラ好きの人間からすると,アンドレアといえば”アンドレア・シェニエ”のように,男性名のイメージなのだが,-a で終わることからわかるように女性名であってもおかしくはない).ここでも荷物のことを聞かれたので,またまた昨朝のロストバゲージの顛末を説明した(ラパスと違ってこちらは英語ガイドなのでもちろん英語で).こちらでも事務所で確認するとのことだった.そのまま駐車場に向かうと,1台のランクル(トヨタのランドクルーザー)が止まっていた.これが我々が乗る車である.そして我々とガイドのアンドレアさん,運転手のモセスさんの4人で,3泊4日かけてチリ国境までキャラバンよろしく行動を共にするわけである.非常にワクワクする瞬間だ.

P6110164 (写真6) ウユニの町

 出発してさっそく観光かと思っていたら,まずは朝食に行くとのこと.朝食ならラパスのホテルで済ませてきたのだが,「この朝食もツアー代金に含まれているから大丈夫」と,何がどう大丈夫なのかはわからないが,まあラパスの朝食は朝4時だったから,実質昼食みたいなものだな,と言われるまま朝食会場に向かう(ウユニ市内のホテルのレストランだった).メニューはパンやハム,チーズ,フルーツといった定番ものに加えて,温かい卵料理もあったのはうれしい.またここは食器が茶色い焼き物なのが面白かった.朝食を摂りながら今後の観光について打ち合わせをした.

P6110162 P6110163 (左写真7) この日2回目の朝食,(右同8) こんな飾りが!

 朝食後は両替と買い物である.ロストバゲージで防寒具やサングラスも失っているため,このままでは観光に支障をきたすからだ(特にウユニ塩湖でサングラス無しは致命的).ホテルや各種商店が立ち並ぶウユニの繁華街であるが,やたら犬が多い(逆に猫はほとんど見かけない).両替所では予定よりも多めに両替をして,その後地元の雑貨屋でサングラスと帽子,カーディガン等を購入してさっそく着用,いよいよ観光に出発である.

P6110003 (写真9) 列車の墓場

 まず向かったのはウユニの街郊外にある通称「列車の墓場」と呼ばれることろだ.ボリビア南部はもともと鉱物資源が豊富なところであり,この地域で取れた資源を列車で太平洋岸に輸送していた.しかし19世紀末にチリとの戦争(太平洋戦争)に敗れたボリビアは太平洋岸の領土を失い内陸国となっていまう.このため当地の列車はその用途を失い,結果ここで朽ちるに任されてしまったのである(一時期チリが列車の買取を提案したがボリビアが拒否したという).3年前にも訪れた場所であるが,あの時は曇り空だったのがこの日は一面の快晴,同じ場所でも天気によって雰囲気が変わるなと実感した.

P6110011 P6110018 (左写真10) 乗っての撮影は定番です,(右同11) 線路は伸びる

 列車の墓場を後にして,次は北のコルチャニ村へ.ここはウユニ塩湖の入り口にあたる村であり,塩湖の観光に訪れる人々はほぼ例外なく立ち寄るところだ.この日は村一番の産業である塩の工場を見学,ウユニ塩湖はその名の通り塩が無尽蔵にあるため,それを食塩に加工する工場がある(工場とはいっても家内工業レベルだが).ここも3年前に来たところだが,当時の写真を振り返ってみたら,同じ機械で同じような製法で作られていた(食塩1袋1ボリビアーノというのも一緒だった).工場見学の後はトイレと露天の見物,売っているのはセーター類やおみやげ物がメインだ.ここでウチのKが何か履くものが欲しいと言い出した.日本から着てきたスカートにストッキングだけだから下半身が寒いのだそう(そりゃそうだ).あちこち探したがトップスはいっぱい売っているのにボトムスは少ない.それでも,ようやく柄物のボトムスを発見して購入した(これ1枚でだいぶ違うらしい).

P6120027 (写真12) Ojos de agua

 コルチャニ村を出ていよいよ塩湖に入っていく.まず向かうのはは入ってすぐにある”Ojos de Agua”,日本語に訳すと「水の目」と呼ばれるところ(Ojos del salar = 塩の目とも).ここは塩の大地の隙間から水がゴボゴボと湧き出ているスポットである.当然だが一面水に覆われる雨季になると,周囲と一体化してしまうため見られないスポットでもある.まるで温泉のように泡立っているが,もちろんお湯ではないし,炭酸水でもない.塩湖の地下水が湧き出ているポイントである.試みにその水を舐めてみたのだが,予想通り塩辛かった(笑).

P6120028 P6120030 (左写真13) まるで炭酸水のよう,(右同14) 水の目に佇む

 その後塩湖の内部に進んでいく.雨季の鏡張りで知られるウユニ塩湖だが,乾季には一面の塩の原野となる.我々の乗ったランクルは真っ白な大地を滑走していく(雨季はあまりスピードを出せない湖内も乾季には時速100キロでかっ飛ばせる).しばらく行くと前方になにやら造形物が見えてきた.これはダカール・ラリーがこの地を通った時のモニュメントである.

P6120032 P6120036 (左写真15) ダカールラリーのモニュメント,(右同16) 旧ホテル・プラヤ・ブランカ

 そこで車を降り,そのそばにある建物まで歩く.ここはかつて,プラヤ・ブランカという名のウユニ塩湖最古の,そして塩湖内唯一の塩のホテルだったところだ.現在は”Museo de sal”(塩の博物館)となっている.ここも3年前に訪問しトイレを利用している.今回も中に入って見学したが,以前よりも小奇麗になった印象だ(現在は博物館の他,ツアー客の昼食会場としても利用されている.ただしレストランを営業しているわけではなく,ツアーが持ち込んだ食事をとるスペースとしてである).かつて客室だったところもそのまま残されていたが,外部からカギがかけられていた(ちなみにここは塩湖の環境保全のため宿泊施設としてはだいぶ前に休止されているが,数年前までは闇で宿泊可能だったはず.今はどうなのかはわからない).

P6120040 P6120047 (左写真17) もう一つのモニュメント,(右同18) 各国の国旗が並ぶスポット

P6120172 P6120174 (左写真19) 博物館内部の食堂,(右同20) 奥が客室だったところ

 プラヤ・ブランカ見学の後は塩湖を北上する.目的地は北のトゥヌパ山,湖内のいたるところからその雄姿を見ることができる山である(我々はここをウユニ塩湖と呼んでいるが,現地の言葉ではトゥヌパ塩原という言い方をするほど,著名な山).ウユニ塩湖を訪問する日本人観光客は数あれど訪れる人は少ない場所である.秋田県とほぼ同じ面積がある塩湖なので,プラヤ・ブランカからトゥヌパ山までは100キロくらいある.

P6120058 (写真21) はるか先にトゥヌパ山が見える

 雨季には何時間かかるかわからない距離だが,乾季は猛スピードが出せるので問題はない.ただ広い原野を滑走するのでスピード感は感じない.試みにどれくらいスピードが出ているのかと運転席のメーターをのぞいたら,なんと!壊れていた.日本なら整備不良になるが,こういう土地柄なので問題ないのかもしれない.

P6120184 P6120074 (左写真22) コケサ村への門,(右同23) 村側から見たところ

P6120071 (写真24) 遠くにフラミンゴの姿も

 そんなわけで約1時間ちょっとでトゥヌパ山のふもとの村に到着した(コケサ村).乾季ではあるが,この周辺は水が張っており,フラミンゴの姿が見える.村のゲートを通って内部へ(ここに限らずアンデス高地帯の村は入り口にゲートがあるのがパターンで,なんとなくドラクエなどRPGの村を彷彿させる).この段階で13時過ぎ,まずは村の真ん中の公園みたいなところに行きランチタイムである.ガイドと運転手が公園のテーブルに料理を広げて用意してくれる.この日のランチはチキンとライスにサラダだった(ピクニックランチ).

Img_0564 Img_0557 (左写真25) 村の教会,(右同26) 村の中央公園?

Img_0566 Img_0561 (左写真27) ピクニックランチ,(右同28) トイレを含めたチケット

 食事後はトイレ(この周辺全体が観光施設みたいな感じらしく,チケットにトイレ代が含まれているらしい)を使用して,車に乗り山を登っていく.麓ですら標高3700メートルはあるのだからこの辺だと4000メートルにちかいだろう.車内から後ろを見たらウユニ塩湖の白い原野が美しい.対向車が来たらすれ違いが困難な道を揺られること15分程度でちょっと開けた駐車場に到着,ここからは徒歩になる.車を降りて歩き始めるのだが,風が強い! 油断してたら朝買った帽子が吹き飛ばされてしまった.慌てて走って追いかけ無事に回収できたのだが,考えたらここは標高4000メートル!うかつに走ってはいけないのだったと息を整えた.

P6120063 P6120068 (左写真29) サボテンが生えています,(右同30) 細い一本道

P6120193 (写真31) ミイラの洞窟の案内板

 しばらく歩いて行ったら小さな小屋があり,ここから現地のガイドが合流,我々とアンドレアさん含め4人で山に向かう.さらに10分くらい歩いたところが目的地,ミイラのある洞窟だ.ここは古代のこの辺の人々,とりわけ身分の高い人々の住宅跡(?)らしい.日本人の感覚だとミイラとともに生活するというのは想像がつかないが,古代のこの地域の人々にとっては,重要なことだったのだろうと文化の違いを感じた(死者に守られるという感覚なんだろうか).洞窟を出てきた道を引き返す.駐車場からは車に乗って下山,周辺には石垣がたくさん積まれていて興味深かった.

P6120189 P6120187 (左写真32) 洞窟内に安置されたミイラ,(右同33) 同じく

P6120202 (写真34) 石垣があります

 村を後にして塩湖を南下する.本来道など存在しないところだが,車の轍がなんとなく道の役割を果たしている.所々に轍が交差しているポイントがあって,これがちょうど交差点の意味を持っているのか,ドライバーはこうした轍の交差ポイントではちゃんと左右確認していたのが面白かった.

P6120078 (写真35) 塩湖入り口,向こうにホテルが見える

 この後はホテルにチェックインして休憩する流れとなる.この日の宿泊は塩湖東岸にある塩のホテル「ルナ・サラダ」,実は3年前にも泊まっているホテルである.16時半ごろに到着,とても懐かしい感じがしたが,それでも3年前と全く同じではなく,当時玄関だったところは閉鎖されていて,新しく立派な出入り口ができていた.チェックインをして部屋に向かう.全館塩のブロックで造られたホテルである.客室も当然塩なのだが,今回の部屋は床はフローリングだった(床も塩という客室もあるのだが,それだと足が塩まみれになる(笑).部屋に入ったがスーツケースはないので特にすることもなく,そのまま横になりしばらく休む.部屋の窓からは原野が見えた(塩湖ではない).

Img_0588 Img_0593 (左写真36) 3年前の玄関,(右同37) 今はこうなっています

P6120212 Img_0596 (左写真38) フロント,(右同39) 客室の様子

P6120084 (写真40) サンセットを待つ

 約1時間の休憩の後17時半にロビーへ,ここからはサンセットタイムである.車で再び塩湖内に入る.しばらく走ってビューポイントへ,ここでしばしサンセットを待つ.3年前の雨季のサンセットは絶景の一言だったが,乾季のサンセットも白い台地がオレンジ色に染まって素晴らしかった(ただ肝心のサンセットの瞬間は雲が出てきてしまったが).

P6120089 P6120094 (左写真41) 夕日と反対側も美しい,(右同42) 肝心の瞬間に雲が…

 予定ではこの後は夕食に戻って,その後星空観察だったが,防寒具がない我々に夜中の塩湖は厳しすぎるだろうということで,このまま日が暮れるのを待つことになった.ここでアンドレアさんがボリビアの赤ワインを出してきて振る舞ってくれた.ワインに目がない我々である.結局なんやかんやで1本空けた(笑).

 気が付いたら辺りは暗くなっている.今回は星空が見たくて,新月の時期を狙ってやってきたのである.さあと思って車外に出た.

 さ,寒~い ( ゚Д゚)

 乾季(真冬)のウユニ塩湖の寒さは格別である.夕暮れちょっとでこれだから,夜中はしばれフェスティバル状態ではないかと想像する.見上げると,わぁ~凄い! 本当に星が降ってきそうな感じ,天の川やその中にある南十字座など満天の星空だった.来てよかったと感慨に浸る瞬間である.とはいえやっぱり寒いので,そこそこで観察を切り上げホテルに戻った.

 その後は夕食,ルナサラダの夕食は基本ビュッフェである.3年前もあんまり印象が濃くなかったのだが今回もやっぱりそうだった(品数は結構多く,決してマズいわけでもないのだが).この日は宿泊客もそんなに多くないのか,レストラン内はゆったりした感じだった.先ほどサンセットでワインを空けてきた我々だが,食事のお供にワインがないのはありえないだろうと結局ここでも白ワインを1本空けた(2012年に初めて標高3000メートルのクスコを訪問した時に高地での飲酒に不安を感じてお酒を控えた面影がないほど高地慣れした我々である 笑).雨季には日本人観光客がたくさん宿泊するホテルだが,この日の日本人客は我々の他,一人旅っぽい女性がいるだけだった.

Img_0570 Img_0007 (左写真43) ルナサラダのレストラン,(右同44) 乾杯!

 夕食後は部屋戻りシャワーを浴びてそのまま爆睡したのだった.明日もウユニ塩湖の観光は続く.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月29日 (金)

梅雨明け!

 今日,関東甲信地方で梅雨が明けたらしいとの発表がありました.この地域が6月中に明けるのは観測史上初なんだそうです.今月23日の沖縄,同じく26日の奄美に続く梅雨明けですが,一方で九州や四国,関西・東海の梅雨明けはまだで,この辺のアンバランスさも異例です(梅雨前線が大きく蛇行しているんでしょう).

 この日当地はお昼から気温が上がり,近所のあじさいやアサガオもお疲れモードでした.

36242177_1787638154666875_570811538 36342086_1787638148000209_802329339  いよいよ夏本番という感じですが,そんな梅雨明けの日,先日故障したチンチラ用エアコンが無事に治りました.

 購入して10年以上のものだったため,部品が残っているのか心配されましたが,なんとか大丈夫だったようです.梅雨明けして夏本番を迎えたちょうどその日に修理できたとは… まさに間一髪という感じでした(チンチラにとっては).

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月28日 (木)

ボリビア&チリ旅行記③

 ボリビア&チリ旅行記 ボリビア入国編です.

 マイアミ発ラパス行きのアメリカン航空922便は座席が半分も埋まらないほど空いており,我々は3人掛けシートを2人で使う形になった.離陸して安定飛行に入ると例によって食事がやってくる.今回はチキンとパスタの選択だったが,なんとなくパスタを選択した.もうじき高地のラパスに入るのでこの便ではアルコールは控えようと思っていたのだが,誘惑には勝てず(笑),結局ワインをいただいた.

P6100044 P6100045 (左写真1) マイアミの街,(右同2) パスタの機内食

 食後は高地帯に備えて,今回初のダイアモックスを内服する.その後はボリビアへの入国書類の記入を行うのだが,旅行会社が用意してくれた凡例とは書式が変わっていたために非常に苦労することになった.仕方ないので機内Wifiを使ってネットで調べて記入する(便利な時代になったものだ).Kはというと,日本から持ってきたスペイン語の入門書を開いて付け焼刃のスペイン語の勉強をしていた.

34888920_1758280214269336_730926389

(写真3) スペイン語の学習

 その後は眠り込んでいたらしく,次に気が付いたらちょうど水を配っているところだった.寝起きで喉が渇いていたため,さっそくいただいて時計を見たらそろそろ着陸の時間である.そう思っていたら機内アナウンスが,さかんに「サンタクルス!サンタクルス!」と連呼してる.「ん?この便,サンタクルス経由だったけ?」と思っていたらそのまま着陸態勢に入り,ほどなく着陸した.

 窓から外を見ると,緑が多くラパスっぽくはない.どうやら本当にサンタクルスのようだ.ここでサンタクルス組だけが降りるのかと様子見をしていたら,どうやら全員が降りる雰囲気である.仕方なく我々も降機することに.出口で乗務員に「ラパスは?」と聞いたら,「まずは向こうに行け」というようなことを言われた.仕方ないので人々の流れに乗って歩いていく.向かった先は入国審査,ここはアメリカとは違っていたって平和で,何も言われず入国スタンプが押された.その後ターンテーブルに行って荷物のピックアップの番,予想外の展開にややぐったりとなる我々である.早く出てこないかなぁ,と待っていたのだが…

 いつまでたっても出てこない ( ゚Д゚)

 も,もしかしてロストバゲージか! と思っていたら,本当にロストバゲージになった(しかも2人そろって!).この時近くに同じくロストバゲージになった人が何人かいて,その中の一人が「自分はロサンゼルスからマイアミ経由で来たんだけど,マイアミでの接続時間が短かったからそこで積み残されたに違いない」と言っていたが,そうだろうなと自分も思った.

 ため息をついていても仕方ないので,そのまま係員のもとへ.クレームタグを示して手続きを行う.係員が「今日はこれからどこに行く?」と聞くので,「ラパスだ」と答えると,「では明日ラパスの滞在先に連絡するからそこの住所と電話番号を書け」という.「いや,我々は明日の朝ウユニに発つのでラパスでは連絡が取れない」というと,「じゃあウユニの連絡先を」というので,ウユニの滞在先ホテルを記載した.そして書類を渡されて手続き終了となる.その後は税関を抜ける順番だ.スーツケースなしの手荷物のみなのでチェックもなくスムーズに抜けられた(3年前はスーツケースを開けられてのチェックだったのが懐かしい).

P6100056 (写真4) サンタクルスの空港

 到着ロビーに出るとそのままアメリカン航空のカウンターへ,AA922便の搭乗券を見せると先方は先刻承知の様子で,我々のラパス行きの便はBOA航空667便であること,そのチェックインは10時からなのでそれまでは待機していることを告げられ,さらにお詫びとしてミールクーポンが手渡された(どうやら到着地の変更はラパス上空の悪天候が理由らしかった).

 この段階で朝8時である.時間はたっぷりとあるわけで,一瞬ターミナルから外に出てみた.一般に標高の高い国とされるボリビアだが,ここサンタクルスは標高300メートルほどと高くはなく,冬とはいえ空気は温かった.その後は近くのカフェに入って,さっそくクーポンを使って朝食である.初っ端からの行先変更とロストバゲージで食欲はイマイチだったが,めげずにビールも注文した私だった(笑).

P6100053 34962181_1758670990896925_449103528

(左写真5) 緑豊かなサンタクルス,(右同6) 失意の朝食(笑)

 ところで今回の旅行は添乗員なしの現地係員ツアーである.予定ならとっくにラパスについてガイドと合流しているはずだ.飛行機の行先変更については先方も把握しているだろうが,我々の代替便のことは知らないだろう.まずはこの点を連絡しなくてはということで,スマホを立ち上げて現地連絡先に電話を掛けた(当初設定が間違っていたのかなかなかつながらずに焦った).カフェでうだうだしているうちにようやく午前10時になったので,BOA航空のカウンターでチェックイン,早くラパスに行きたい気持ちでいっぱいなので,搭乗券を受け取るとさっさとセキュリティを通って搭乗ゲートに向かった.

P6110061 (写真7) ラパス行き3便がすべて遅延になっています

 ゲート前の電光板で確認すると我々の乗るBOA667便の搭乗開始は11時40分だったが,その時間になっても一向に搭乗が始まる気配はない(飛行機はすでに待機していてボーデイングブリッジに接続されている).どういうことだ,と思いカウンターに行くと「指示があるまで待つように」と言われるばかり.それより遅いほかの空港に向かう便はどんどん出発していく.まるでラパスに結界が張られているかのようだ(泣).再び電光板を見たら,我々が乗るBOA667便が消えているではないか! もしかしてフライトキャンセルかと泣きそうな気分になる.

 この時近くにいたおばさんが声をかけてきた.「ここサンタクルスはとってもいいお天気だけど,ラパスは今お天気が悪いらしいの.でもこんな天気はいつまでも続くはずはないから,私たちは待ってるしかないのよ.この国ではよくあることよ.」,我々の表情がよっぽど悲壮感が漂っていたので気を使ってくれたのだろう.ありがとうおばさん,その通りだよ.と気を取り直す我々だった.電光板を見直したらBOA667便は出発時間変更(13時発)で復活していた.

 とにかく待つしかないので近くのラウンジに入って休むことにする.この時ラパス行きの3つの便に遅延の表示が出ていた.ラウンジはおそらくは同じラパスを目指していると思われる人々でいっぱいだった.ここではさすがにアルコールを飲む気分じゃなかったので,ボリビアとペルーでしか飲めないコカ茶にした.

P6110062 (写真8) ようやく搭乗開始

 そうこうしているうちに13時過ぎにアナウンスがあり,ラウンジの人たちが立ち上がった.スペイン語なのでよくはわからなかったが,我々の前に出る663便の搭乗が始まるらしい.ラパスの天候が回復したのだろう.その次は我々の番かと待っていたら,次のアナウンスがあり667便の搭乗も始まった.

 順番に飛行機に乗り込み着席する.13時30分に機体が動き始め,13時40分無事に離陸した.とりあえずホッとする(今回の旅行でホッとする瞬間が3回あったのだが,その1回目である).安定飛行になり飲み物がやってくる.今回はマンゴージュースを選択した.

 14時30分ごろから機体は降下を開始,外を見ると雪化粧をしたアンデスの山々が美しい.やがて大きな市街地の姿も,ラパスの街である.いや~,ここまで長かったなぁと感慨に浸る.そして無事にラパスのエル・アルト国際空港に着陸した.

P6110065

(写真9) ラパスのエル・アルト国際空港

 タラップを降りて外に出ると,ひんやりと空気が冷たい.さすがは冬の標高4000メートルである.まずは深呼吸をしながらゆっくりとターミナルに向かった.ロストバゲージのために荷物を待つ必要がないので,そのまま到着ロビーに出る.見渡すと我々の名前が書かれたボードを持った係員がいる.会釈をしたら気づいたようでこちらにやってきた.「お疲れ様です.大変だったですね.」と流ちょうな日本語を話す現地人の女性だった.我々も朝からサンタクルスで待機だったが,彼女も朝からずっと空港で待機していたとのことだった(状況がころころ変わるため,下手に動くなと事務所から指示があったらしい).「あれ? 荷物は」と聞かれたため,今朝のロストバゲージの顛末を話す.そしたら事務所を通してアメリカン航空に確認するとのことだった.そのまま車に乗り込んで,ラパス市内に向かう.ラパスはすり鉢状の土地に市街地が形成されており,空港はさらに一段高いところにある.このため市内に向かう際は急な坂道を一気に下ることになる.この道は3年前も通ったはずである.

P6110097 (写真10) 市内にあった謎のモニュメント

 市内に向かう車内で,今後の説明がある.こんな時間になってしまったため,ラパスの観光は大幅に縮小すること,レストランで遅い昼食を摂ったらそのままホテルに案内することの2点だ.元々ラパス観光はどうでもよく,さっさとホテルには行って休みたかった我々に異論のあろうはずはなかった.

P6110069 P6110073

(左写真11) ラパスのバスターミナル,(右同12) ハエン通り

 市の中心部に入ってまず行ったのがハエン通り.ラパスは近代以降無秩序に建物が建てられてしまったために,植民地時代の景観はほとんど失われてしまった.そんなラパスで数少ないコロニアル調の風景が楽しめるのがこのハエン通りである.ここには3年前に来た際には,ちょうど地元のお祭りに遭遇して一緒になって踊った思い出がある.あの日は晴れて暑い日だったが,今日は雨(雪?)上がりでひんやりしている.

P6110081 P6110085

(左写真13) ムリリョ広場の大統領府,(右同14) 同じくカテドラル

P6110091 (写真15) ムリリョの像

 その次に向かったのが市内の中心,ムリリョ広場だ.この広場を中心にしてカテドラルや国会議事堂,大統領府が面するまさにラパスの中心である.ムリリョというのはボリビア独立の先駆者で,革命のために戦い1810年に処刑されている.3年前に来た時もそうだったが,やっぱりここはハトが多い(その他,文字盤が反転している時計も健在だった).この頃になると,ようやく青空が広がり始め日差しも出てきた.

P6110090 P6110089 (左写真16) 国会議事堂,(右同17) 左右逆になっている時計

 ムリリョ広場を後にして次はレストランへ,この日は朝サンタクルスの空港で軽食を摂ったきりである.その後なにやかやでこの時間まで来てしまったわけだ.レストランは”La Casona” というホテルに併設されていた(内部はシックな感じ).この日のコースは前菜が野菜スープ,メインが豚肉とパスタの選択だったのでひとつずつ頼んでシェアすることにした.昼食といってもほとんど夕方なので,ちょっと早い夕食のイメージだ.ひんやりとしたラパスでの温かいスープは美味しかった.

P6110100 P6110101 (左写真18) 昼食のレストラン,(右同19) 前菜のスープ

P6110103 P6110102 (左写真20) メインの豚肉料理,(右同21) 葉っぱから入れたコカ茶

 食事の後はサガルナガ通りで買い物という選択肢もあったのだが,くたびれていたこともありホテルに入ることにした.この日の宿泊先は市内中心部にある”Hotel Presidente”というところ,最近のツアーだとラパスではより標高の低い(3300メートル程度)カラコト地区のホテルに宿泊するケースも多いのだが,ガイドさんによると我々が今回このホテルになったのは,ここが朝4時から朝食を提供しているからだそうだ(明日の朝は早い).たしかに冷えたボックス朝食よりも温かい朝食がいいよなと思った.

P6110105 (写真22) ホテル・プレジデンテの部屋

 部屋に入るとまずはシャワータイム,思えば出発直前自宅で風呂に入ったのが日本時間6月9日の11時ごろ,今はラパス時間で6月10日の18時(日本時間だと11日朝7時)だから44時間ぶりである.いやぁ長かった,と感慨に浸る.昼食が遅かったことと,疲れていたこともあってこの日の夕食はなし,お酒は緊急用ウイスキーがロストバゲージになっているため,ミニバーのビールとリキュールをいただいた.

 この長旅でスマホやタブレットのバッテリーが寂しくなっていたのだが,基本充電器類はスーツケースの中,困ったなと思っていたが,そういえばイモトのWifiに変換プラグと充電器があったじゃん! と気づいて急いで充電したのだった(結局この旅行中Wifiはあまりつながらなかったが,この充電器は大活躍だった 笑).そして,お酒が回っていい気持になりあっという間に眠りに落ちていったのである(とはいえ高地で酸素が薄いため,夜中に何度か目が覚めたが).

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月27日 (水)

ボリビア&チリ旅行記②

 ボリビア&チリ旅行記その2 出国&アメリカ乗り継ぎ編です.

 出発の日,6月9日は土曜日である.前夜は合唱団の練習だったため,そのあと市内の海鮮居酒屋にで前夜祭としゃれこんだのだった.家を出る直前に風呂に入る.なぜなら,これから長い移動が控えており,おそらくラパスのホテルに入るまで,入浴はあり得ないだろうからだ.入浴してさっぱりしたのち,自宅を出て,そのまま最寄り駅から電車に乗った.日本から海外に向かう主たる空の玄関口は成田だが,近年は羽田空港国際線の充実も著しい.今回は自宅からも近い羽田からの出発である(羽田→ロサンゼルス→マイアミ→ラパス と飛ぶ).

P6090002 (写真1) 横浜駅で乗り換える

 お昼過ぎのJR東海道線に乗って東へ,横浜駅で京急に乗り換えて羽田空港国際線ターミナルに着いたのは13時50分ごろだった.

 空港についてそのまま出発ロビーに上がると,まず向かったのはイモトのWIFI!,今回の渡航先は基本的に辺境地区なので,こうしたポータブルWIFIが活躍する機会は多くないだろうと予想されたが,街歩きの日程もあるので,何か使い道もあるだろうということで念のためレンタルすることになったのだ(これが後から重要な意味を持ってくるとはまだ知る由もない).

 イモトの次は空港宅配カウンターで事前に送っておいたスーツケースを受け取る(普段使いのクレジットカードのサービスなので無料).そのままこの日利用するアメリカン航空のカウンターに向かった.手続きをしようとしたら,係員から「自動チェックイン機を使え」という指示が出たのでまずはそちらへ.パスポートを読み込んで,行先(この場合はラパス)を入力すると,搭乗予定便の一覧が表示される.OKをタッチすると,「あと○△円追加すればプレエコにアップグレードできますよ」という悪魔の囁きが… しかし,ここは黙ってNOをタッチして進むと,搭乗券と荷物に着ける細長いタグが出てきた.これら搭乗券とタグを持って今度こそ航空会社のカウンターへ,ここでスーツケースを手放して身軽になった.そのあとは外貨(米ドル)の両替をして,そのままセキュリティに向かう.

P6090006 P6090005

(左写真2) 羽田空港国際線ターミナル,(右同3) 自動チェックイン機

 セキュリティのゲートではノーマルタイプとCTスキャンタイプが並んでいた.面白そうなので自分はCTへ.何か所からチェックが入ったらしくボディーチェックを受けた(日本出国でこれなら,アメリカではどうなるんだとちょっと不安になる).その後の出国審査はあっさり終了して出発ロビーに出た.まだ時間があるので,ラウンジへ.ワインを飲んで寛いでいたら,我々の搭乗便の出発が早まったらしい.こりゃ大変だと搭乗ゲートに行くと,ちょうど優先搭乗が始まったところだった.

Img_3785 Img_3784 (左写真4) ラウンジでワインをいただく,(右同5) 先月のひのパレの記念品が役立ちます

 少し待って我々の搭乗が始まる.今回の座席はもちろんエコノミークラス(アメリカン航空ではメインキャビンと称する)なのだが,その中でも前方に位置し,ちょっとだけ(約10センチ)シートピッチの長いメインキャビンエクストラを選択していた.これは少しでもゆったりしたいというほかに,ロサンゼルス着後なるべく早く降機して入国審査の列に並びたいからという理由からでもあった.着席してシートベルトを締め,まもなく飛行機は動き始める.そして16時35分無事に離陸した.

P6090011 P6090010 (左写真6) 前方プレエコ席の後ろがメインキャビンエキストラです,(右同7) そういわれるとちょっと足元がゆったり

 安定飛行に入り,シートベルト着用サインが消えたところで,時計を現地時刻に合わせる(いつもの習慣).現在日本とロサンゼルスの時差は16時間なので,現地は6月9日深夜1時頃である.しばらくすると夕食のサービスが始まった.この日はチキンとポークの選択,自分がポーク,Kはチキンを選択したのだがチキンはカレーだった.飲み物はもちろんワインである.料理はもっとアメリカンなものをイメージしていたのだが,野菜も多く意外にアメリカンじゃなかった.

P6090013

(写真8) 夕食は思ったほどアメリカンではない(笑)

 食事を済ませた後はこれからの長い旅路に備えて少しでも寝ておこうと,眠剤をキメて眠る体制に入る.そのままうとうとして眠りに入り,気が付いたら日付変更線を越えていて,ロスまであと3時間らしい.目の前のテーブルにはパンが置かれていた(この辺は3年前のアメリカン航空でも経験したが,これは朝食ではなく単なるおやつ).この辺から少し揺れるスポットに突入したらしく,機体はけっこう揺れている.ふと隣を見たらKが意外に落ち着いている.昔ならビビッて震え上がっていたものだが,旅慣れて成長したらしい.

 そうこうしているうちに朝食が配られ始めた.サーモンとスクランブルエッグの選択,自分はサーモン,Kはエッグを選んでいたが,今回も思ったよりアメリカンではなかった(さすがにもうすぐ着陸なのでアルコールは控えた).

P6100023 P6100024 (左写真9) サーモン,(右同10) こちらはエッグ

 朝食が終わり,9時過ぎから徐々に降下を開始する.予定到着時刻は10時45分だが,大幅に早まりそうだ(アメリカの場合入国審査時間が読めないので,早く着くのは歓迎である).耳が思ったよりキーンとならないのは,与圧の高いB787だからだろう.そのままどんどん高度を下げ,9時35分無事にロサンゼルス空港に着陸した.

P6100028 (写真11) バスでターミナルに運ばれるパターンでした

 ボーディングブリッジが連結されるのかと待っていたが,そのままタラップで降機,バスで運ばれるパターンだった.メインキャビンエクストラの特権で最初の方のバスに乗ることができ,そのままロサンゼルス空港のTom Bradley国際ターミナルに入る.入国審査は予想通り長蛇の列だった.

 ESTAと書かれた方に歩いていき,まずはAPCの列に並ぶ.こちらは比較的スムーズに順番が回ってきた.言語は日本語を選択してまずはパスポートを読み取らせる,その後質問に答えて,右手の指紋をスキャンするのだが,やり直しの指示が… 顔写真を撮った後レシートが出てきたが見事に×が付いていた(家族は一蓮托生なのかKも×).そのあとは係員に促されるままに審査官の列に並ぶのだが,これが大行列,到着が1時間早まったので余裕があったが,乗り継ぎ時間がタイトだとこりゃかなり焦るなと思った.

 それでもようやく審査の順番が回ってきた.待ち時間は長いが,単なるトランジットの善良な日本人相手の審査は短い.指紋と顔写真を取り直して無事パスポートに入国スタンプが押された(結局ターミナルに入ってスタンプをもらうまで正味1時間かかった).

 審査場を抜けると目の前のエスカレーターを下って今度はターンテーブルのある所に出る.荷物のタグはラパス行きになっているのだが,ここで一度ピックアップして税関を通さなければならないからだ.我々の乗ってきた便のレーンに行ってみたらすでに荷物は出てきていて脇に置かれていた(まあ1時間かかってるからな).その荷物をもって税関へ.申告するものはないので,係員に申告書を渡してそのまま通過した(特に荷物チェックはなし).EXITと書かれた方向に進み,ドアの外に出る.ここで道が左右に分かれているので,我々は右側に進む.なんとなく上り坂の道をスーツケースを引きずって歩く.近くにいた係員がタグを見て,「マイアミ? そっちだ」というので指示された方向に進むと,再預けカウンターがあった.ここで再び荷物を手放す.

 カウンターの目の前には自動ドアがあるが,そこには行かず直前の通路を右に向かう.ここは乗り継ぎ客専用のセキュリティで,ここを通ると大幅に乗り継ぎ時間が短縮される(逆に件の自動ドアから外に出てしまうと,一からターミナルに入り直しになるため大変である).次の搭乗券を見せてセキュリティに入ったが乗り継ぎ客しかいないため空いていた(トランプ政権になって初のアメリカセキュリティだったが,特に厳しくなったとは感じなかった).

 セキュリティを抜けて目の前のエスカレーターを上ると,そこがアメリカン航空の専用ターミナル4だ.この国際線から国内線への乗り継ぎ距離の短さがアメリカン航空(ワンワールド)利用の最大のメリットである(これがANA-ユナイテッドのスターアライアンス系だとターミナル間の移動が長い).まずはマイアミ便の出る46Bゲートに行って確認する.モニターを見たら出発が15分遅れの13時30分になっていた.その後ラウンジで時間をつぶし搭乗時間に再びゲートに行ったら,出発がまた伸びている.当初予定でもマイアミでの乗り継ぎ時間は1時間15分くらいしかない.それがこんなに出発が遅くなって大丈夫なのかと不安になる(まあ,同じアメリカン航空の乗り継ぎなので大丈夫とは思うが…).結局13時30分に搭乗開始となり14時(すなわち当初予定より45分遅れ)で出発した.

P6100033 P6100034 (左写真12) ターミナル4のゲート46B付近,(右同13) すでにワインをしこたま飲んでいます

 安定飛行に入ったところで時計をマイアミ時間に合わせる.ロスとマイアミは3時間差なので針を3時間進める(日本とは13時間差,ちなみにこれ以降再びロスに戻るまで時計はこのままになる).この後飲み物と軽食がやってきたが,国内線のため基本的に有料である.ただこの後マイアミで食事が摂れる時間は絶対なさそうなので,サンドイッチとワイン(笑)を購入して食べた(水はロスのターミナルで購入済み).我々の斜め前方にやたら落ち着きのない黒人のお兄さんがいて,足を通路に投げ出してくつろいでいて,カート移動の邪魔になるため何度も客室乗務員に注意されていた.それに対してなにやら反抗的な態度をとっていたのだが,最後に恰幅の良い男性乗務員に呼び出されて前方に消えていった… と思ったら戻ってきた後は別人のようにおとなしくなっていたが,何か怖いことをされたのだろうかと気になった(笑).

P6100036 P6100039 (左写真14) マイアミ便の機内,(右同15) 有料のサンドイッチとワイン

 食事後眠気がやって来たのでそのままうとうとする.ふと気が付いたらモニターのマップにはカリブ海が! やがて徐々に高度を下げ始め,21時45分マイアミ空港に着陸した.そのまま駐機場に入り,ボーデイングブリッジを通ったのは21時55分だった.当初の遅れに比べると挽回したとはいえ,それでも30分遅れである.乗り継ぎ時間は45分だ.大丈夫だろうかと思いターミナルに入ったら,なんとそこは出発ロビーではないか! 乗り継ぎの際にまたセキュリティがあったら面倒だと思っていただけにラッキーである(天は我を見放していない).そのまま次のラパス便のゲートまで早歩きで向かう(アメリカは出国審査がないので,国内便と国際便が同じターミナルに同居している).

P6100041 (写真16) マイアミ空港のターミナル

 ゲートに到着したらちょうど搭乗が始まるところだった.我々はそのままラパス行きの便に乗り込み出発を待つことになる.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月25日 (月)

エアコンが壊れました!

 夏場を乗り切るために欠かせないアイテムがエアコンです.自分が生まれた北海道北部や育った岩手県の農村部ではなくてもそれなりに生活できましたが(少なくともかつては),関東地方の夏にはこれがないと非常に厳しいものがあります.

Nannel (写真1) チンチラです(猫ではなくげっ歯類の方)

 で,自分たちが生活するスペースにももちろんエアコンがあるんですが,我が家の場合そのほかに,チンチラの生息スペースにもエアコンが欠かせません.元々アンデスの高地帯という涼しくて乾燥した地域出身のチンチラは湿度と暑さが大の苦手で,日本の夏なんて彼らには耐えられない環境だからです.

 チンチラを飼い始めた12年前に購入したその専用エアコンが…

 壊れました…

P6250536 P6250538 (写真2,3) エアコンのランプが点滅しています

 チンチラ部屋のエアコンは,彼らの砂浴びで発生する微粒子や,抜け毛により汚染がひどいため,結構頻回なお手入れが欠かせません.先日業者に頼んで内部の清掃を行ったんですが,その後試運転したところ,数分経っていきなりランプが点滅して冷風が出なくなってしまったのです.どうしたんだこれは? と,さっそく相談センターに電話をしたら,どうやら室内機ではなく,室外機側の問題ではないかということに… 明日点検に来てくれるということになりましたが,なんたって10年以上前に買ったものです.当然生産は終了しており,修理のための部品が残っているのかが怪しい年代です.最悪買い替えかなぁ~ と覚悟しているのでした(ボーナス月だからって,余計な出費が 💦).

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月24日 (日)

ボリビア&チリ旅行記①

 さて,ちょっと早い今年の夏季休暇旅行から帰国してまだ1週間たっていませんが,忘れないうちにこちらに記事を載せておきます(いつの日かHP本編に記事がアップされるはずです 笑).まずは事前準備編から.

 毎回旅行に行っても,帰りの飛行機の段階ですでに,「次はどこに行こう」と考えてしまうほど旅行好きの自分,”夏季休暇に旅行に行かない”という選択肢があるはずはない.2018年もどこかに旅行に行くことは10年以上前から確定していた(笑).で,行先であるが近年は「歳を取ったら行きにくくなりそうなところを優先的に行く」というのがマイブームになっている.具体的に言えば辺境地帯ということになるのだが,ちょうど1月に南部アフリカに行ってきたこともあり,アフリカ大陸は今回は選択肢にしなかった(ワールドカップじゃないが,2回続けて同じ大陸にはしない).候補としては,まだ行ったことのない中央アジアやインド洋のレユニオン島も惹かれたのだが,今回はいつか行ってみたい憧れの地のひとつであるチリのアタカマ高地に行こうというのはすんなりと決定した.自分の職場の夏休み期間は6月から10月なのだが,当初は「6月=東京21合唱団の演奏会,7月=母親の接待旅行,8月=他のドクターが休むのでその留守番要員,9月=医師会合唱団の定演」というスケジュールだったために,主要行事が一段落した10月に旅行に行こうと考えていた.しかしその後6月に予定されていた東京21合唱団の演奏会が10月に延期になってしまい,その結果10月の予定が埋まると同時に6月がポッカリ空くことになった.この段階ですでに3月だったのだが,これを受けて今年の夏季休暇は6月に取ってしまおうということになった.

Img_3689  行先はアタカマ高地と決まったが,問題は旅行の形態である.場所は南米,しかもかなりマニアックな場所だ.個人で航空券とホテルを取ってというのは現実的でない.必然的にツアー参加となるわけだが,6月という世間の休みとは異なる時期に企画されるツアーなどあるだろうかと探したところ,クラブツーリズムのアタカマ高地からウユニ塩湖に抜けるツアーがまず引っかかった.このコースは日本からチリの首都サンチアゴに入りそこから空路アタカマに行く.そこで周辺の観光をしながら高地順応を図り,その後ボリビアの国境を越えて,俗に「宝石の道」と呼ばれる独特の景観美が素晴らしいボリビア南部の高地帯を通り乾季のウユニ塩湖に至る.そこで観光を行い,最後はラパスに飛んでそこから帰国という10日間のツアーだった.アタカマの宿泊は2泊だが,「宝石の道」も観光できる魅力的なツアーである.一方で,南米を専門的に扱う旅行会社であるラティーノから出ていた「ウユニ塩湖アタカマ通り抜け11日間」というツアーも目を惹いた.こちらはちょうどクラブツーリズムとは逆コースで,まずラパスに入ってそこから空路ウユニに飛び同じく乾季のウユニ塩湖を観光,その後宝石の道を通ってチリ国境を抜けてアタカマに入るというパターンだった.こちらの魅力はアタカマに3泊することで,より多くの観光時間が取れることである.募集形態は前者が最少催行人数8人の添乗員付き(設定日は6月12日のみ),後者が最少催行人数4人の添乗員なし(現地係員付き 設定日は毎日)である.

 4月上旬,まずはクラブツーリズムに催行状況を確認したところ,未だ2人しか集まっておらず厳しい状況との返事だった(やっぱり 💦).一方のラティーノの方は,こちらも場所がマニアックなこともあって,6月中に催行が確定している日はないとのことである.ただ,もし参加を希望するなら最大限催行に向けて努力するとのことだったため,この段階でラティーノ1本に絞ることにした.

 申込書を送り,手付金を払った数日後,ラティーノから催行決定の連絡がきた.申し込みは我々2人だけという状況は変わらないが,追加料金なしで催行してくれるとのことだった(感謝である).宿泊するホテル,利用する航空会社も早々に決定,この段階ですでに旅行に行くことが確定したため,その後徐々に準備を進めていく.着替え類はもちろんだが,今回はアンデスの高地帯に現地の冬に訪問するわけで,寒いことは容易に想像できた.現地で宿泊するホテルもラパスやウユニ,サン・ペドロ・デ・アタカマはともかく,中盤のアンデス高地帯での2泊はかなり寒いらしいことが分かったので,2016年のしばれフェスティバルで活躍した防寒具を活用することにした(その他乾季のウユニ塩湖名物のトリック写真用のアイテムも 笑).

34774715_1757194434377914_389511579  そうこうしているうちにあっという間に5月下旬,ラティーノから最終案内が届いた.この頃から一気に気分が盛り上がってくる.旅程表を眺めながら,「どんな旅になるんだろう」と想像を膨らませる.恒例となっている旅行前の当直ラッシュ&書類ラッシュもこなしていよいよ出発の日がやってきた.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月22日 (金)

夏至の季節

Img_0852  今月は南米旅行に行ってきたこともあり,あっという間に終わりそうな感じなんですが,昨日は夏至,1年でもっとも日が長い一日でした.

 昼が長いということは,人間の活動を制限する時間が短いということでもあるのか,昔からこの時期は大きな軍事作戦が開始されることが多い季節でもあります.有名なところでは,ナポレオンのロシア遠征が開始されたのが1812年6月23日,第二次世界大戦の独ソ戦の始まりであるドイツのバルバロッサ作戦の開始が1941年6月22日,同じく独ソ戦でのソ連側の大規模な反撃であるバグラチオン作戦が1944年6月22日のことです.もっと古い時代に目を向けると,帝政ローマ末期のカタラウヌムの戦い(フン族とローマ・ゲルマン連合軍との闘い)が451年6月20日とやっぱり夏至の季節です.ちなみに日本史を振り返ると,応仁の乱の始まり(1467年6月21日),本能寺の変(1582年6月21日)もやっぱりこの季節です.

 そんな夏至の翌日6月22日は一昨日からの雨がやみ,梅雨の中休みといった感じでした.

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月20日 (水)

南米旅行から帰ってきました!

 久しぶりの更新となります.6月9日から19日まで,南米(ボリビア南部&チリ北部)旅行に行ってきました.ホント、いろんな事が起こって感慨深いのですが,ぼちぼちこちらに旅行記録を載せていきます(って,1月の南部アフリカ旅行が未完じゃないかと突っ込まないでください 笑).写真は今回訪問した世界第1位&第2位の塩湖です(ウユニ塩湖&アタカマ塩湖).

P6130134 P6170684

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 4日 (月)

2つのコンサート

 学会シーズンが一段落し,いよいよ今週末から夏季休暇の旅行に繰り出すんですが,その狭間にあたる先週,2つのコンサートに行ってきました.

Img_3772  ひとつは5月29日に武蔵野市民文化会館で行われたザ・キングス・シンガーズのコンサートです.ザ・キングス・シンガーズはイギリスの男性6人組アカペラ・アンサンブルユニットです.結成されたのが1968年ということで,今年でなんと!50年になります.これだけ長い期間活動しているわけですから,当然メンバーも固定されてはおらず,時代とともに入れ替わりはあります.しかし,それでも同じ名称・同じコンセプトで歌い続けているユニットです(メンバーが入れ替わるという意味ではモーニング娘。やAKBと一緒です 笑).

 彼らのレパートリーは非常にバラエティに富んでいて,イングランドやスコットランド,アイルランドの民謡やルネッサンス期のイギリス・マドリガル,フランスのシャンソンといった古典曲をはじめとして,ジャズ系の歌,ビートルズから現代作品にいたるまで,それこそ歌ならなんでも歌う(たまに歌じゃないのも歌う)くらいの勢いで活動しています.

 今回は結成50周年記念ツアーということで,新たなアルバム”Gold”に収録された曲を中心に,ルネッサンスから現代曲,はたまた日本の歌までたくさんの曲を披露してくださいました.いつ聴いても「人間の声ってなんて素晴らしいんだろう!」と思わせてくれるコンサートでした.

Img_3778  そして2つ目が6月2日,新国立劇場での歌劇「フィデリオ」公演です.

 ベートーベン唯一のオペラとして知られ,当時の自由主義的な世相を反映する作品です.今回はバイロイト音楽祭の総監督であるカタリーナ・ワーグナー(リヒャルト・ワーグナーのひ孫)による演出ということで注目を集めていました.とにかく斬新な演出(笑)をする方だと聞いていたので,5月20日の初日の公演後,ネット上に様々な反応が上がっていたのは予想通りでした(賛否半々よりも否が6割くらいか).

 が,これだけ話題になると逆に怖いもの見たさで楽しみになってくるから人間の心理は面白いです(もしかして作戦かも).

 公演はすべて終了したのでネタバレOKと思いますが,たしかに衝撃的な舞台でした.第1幕はまあ,こんなものかなと思っていたんですが,第2幕の後半はあっけにとられます.このオペラは投獄されていた夫を妻が解放する!自由万歳!というストーリーなんですが,カタリーナの演出では… 初日のカーテンコールで演出家にブーイングが飛び交ったのがわかる気がしました.音楽としての演奏は,フロレスタン役のステファン・グールド,レオノーレ役のリカルダ・メルベート,マルツェリーネ役の石橋栄実らキャストや合唱は素晴らしかったので口が悪い人は,「だまって目を瞑って聴けば最高だった」と言っているようです(笑).

 とはいえ,今回のプロダクションは今年で退任となる飯守泰次郎芸術監督が,「”フィデリオ”の革新性を表現するような、問題提起する舞台をつくりたい」と考えてカタリーナ・ワーグナーに依頼したと述べていることから,こうした世間の反応は織り込み済みだったんだろうなと思ったのでした.

 なんにしても,音楽は素晴らしいです.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«医師会合唱団の合宿