2017年11月18日 (土)

歴史教科書の話題

 3日前のニュースで話題になっていたお話です.

 坂本龍馬が歴史教科書から消えるぜよ!?高知に激震  

 これは高校や大学の教員,民間の有識者などから構成される高大連携歴史教育研究会が,現在の歴史教育(特に高校)は暗記に偏重しており,このことが生徒の学ぶ意欲を失わせる一因になっているとして,現在の日本史および世界史に使われている用語を減らすべきであると提言したことによるものです.この研究会の提言では日本史,世界史それぞれ現在約3500前後ある用語を2000弱に厳選しています(一方的に減らすだけではなく,新たに必要と思われるものは追加する).厳選の基準としては,歴史の大きな転換点や時代の特徴などを説明するのに必要な用語を選ぶ一方で,細かすぎたり羅列的な固有名詞などは削っていくとしています(その提言のリンク).

 この提言は具体的に○○を削るという表現はされておらず,各人が興味を持っている,あるいは知っていてこれまで教科書に載っていた用語がこの提言のリストに入っていなければ削られたんだなとわかるものです.記事にある幕末の坂本龍馬,吉田松陰や戦国時代の上杉謙信もリストには入っていません.幕末期の人物でいえば残っているのは井伊直弼,徳川慶喜,勝海舟ら数名のみです.また戦国大名に関しては基本的に毛利氏,武田氏,伊達氏といった感じに姓のみになっており,個人としての武田信玄や伊達政宗などは削られています.他方世界史に関して言えば,古代オリエントで人名として出てくるのはモーゼ,ダレイオス1世(アケメネス朝ペルシャの王),アレキサンダー程度で,エジプトのトトメス3世やアッカドのサルゴン1世,新バビロニアのネブカドネザルなどはすべてカット,聖書世界でも異邦人への伝道で知られるパウロは残った一方,十二使徒筆頭のペテロは削除されています.中世ヨーロッパの大事件であるカノッサの屈辱の当事者であったハインリヒ4世とグレゴリウス7世に至っては喧嘩両成敗なのか(笑)両者とも削られていました.また古代中国史では思想家以外では秦の始皇帝以前の人物はまったく触れられていませんでした.

 歴史好きな自分にとってはこの提言のリストを眺めて,あっ!あの用語が削除されていると考えるのも楽しいのですが,最初に出した記事に関して言えば,完全にメディアのミスリードだと思います.というのは,この高大連携歴史教育研究会は文科省の諮問機関などではなく,あくまでも民間の個人参加の研究会であって,この提言に従って文科省が次期教科書検定を行うわけではないからです.言ってみれば,各人がブログやSNSで勝手に言ってることと大差はなく,少なくともこの提言によって直ちに坂本龍馬が教科書から消えることにはならないからです(完全に話題先行の記事です).

 自分としては歴史を学ぶことは決して暗記ではなく,世の中がどういう流れでどう変化していったか,この重大な事件はどういう流れから起こったかという考察が重要という当研究会の趣旨は理解できるのですが,一方で歴史は魅力的な個々の人間の集合によって流れていくという見方も好きなので,こうした細かい用語が削除されるのも寂しいなと感じました(子供時代は古代インドマウルヤ朝の王チャンドラグプタ,首都のパータリプトラとか,金の建国者・完顔阿骨打(わんやんあくだ)いった用語を覚えるのが好きだったので 笑).

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2017年11月16日 (木)

ボジョレー・ヌーヴォー解禁

Dowddw6uiaay7ajpg_large  今日は11月第3木曜日,世間的にはボジョレー・ヌーヴォー解禁の日です.

 ボジョレー・ヌーヴォーはフランス南東部のボジョレー地方で,その年に採れたガメイ種というブドウを使って短期醸造された赤ワインです.一説によれば,その年のブドウの出来を見るために造られたのが始まりだそうです(昔はそうだったのかもしれないが,近年ではそれ自体が目的化した感がある).

 初ガツオなど初物が好きな日本人の感性にマッチしたのか,日本では非常に人気の高いワインになっています(解禁日の盛り上がりは本国フランスをはるかに上回る他,このボジョレー・ヌーヴォーの輸出先としても日本がダントツなのだそう,はっきりいって業界の陰謀臭がプンプンします(笑).

 バレンタインデーとかホワイトデーといった業界の陰謀には決して嵌るまいと頑張る私ですが,このボジョレー・ヌーヴォーには毎年嵌っています.まあ単純に酒好きだということですが (^^)v

 たたこのお酒,ワインの醍醐味である熟成とかコクとか渋さとかとは無縁で,簡単に言えばあっさりした浅漬けワインです.ムチャクチャ美味しいかといわれると,そこまでのシロモノでもないんですが,あっさり系なので脂っこい料理との相性はいいようです.この日は粗挽きソーセージをお供にいただきました.

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2017年11月14日 (火)

ユスティニアヌスと趙匡胤

Meister_von_san_vitale_in_ravenna  今日は11月14日,世界史的には6世紀のビザンチン皇帝ユスティニアヌスが亡くなった日である(565年11月14日).

 1000年以上の歴史を持つビザンチン帝国だがその国情はまさに波乱万丈であった.この国の歴史上,国が隆盛を誇ったピークは2度あり,その最初のピークが6世紀,この時代に活躍した皇帝がユスティニアヌスである(もう1回のピークは10世紀末から11世紀初頭のマケドニア朝の時代).

 ユスティニアヌスの業績としてまず挙げられるのは西方の領土を大幅に回復したことである.4世紀末に最終的に東西に分裂したローマ帝国だが,西半分は5世紀後半に滅び,跡地にはゲルマン人諸部族が割拠する状況になっていた.ユスティニアヌスは533年に将軍ぺリサリウスを北アフリカに派遣,西方領土回復の戦争を開始した.帝国軍は苦戦をしながらもイタリア半島や北アフリカの地中海岸一帯,さらにはイベリア半島の一部も占領し,大幅に領土を回復することに成功したのである(この時がビザンチン帝国の領土的な最盛期).

Istanbul1_233  さらにユスティニアヌスの功績はこれだけではない.文化的には今も残るイスタンブールの聖ソフィア大聖堂を建てたのも彼であるし,従来の複雑なローマ法を整理したローマ法大全を完成させたのも彼である(ローマ法大全は後のヨーロッパ諸国の法典の基礎となり,その流れは現代日本の法体系にも影響を及ぼしている.そんなユスティニアヌスの命日が今日11月14日なのだった.

 で,調べていたら同じ11月14日が没日である皇帝がいた.それが宋の趙匡胤である.中国の歴代王朝,とりわけ統一王朝の中で,宋という国は地味な印象がある.それは北宋南宋併せて300年余りの間,常に遼・西夏・金・モンゴルと強力な外敵に圧迫され続けていたという歴史があるからだろう.ただ唐末から五代十国の時代を経て,従来の支配者層だった貴族階級が没落し,新しい新興地主層が登場した.

Que10106633850  さらに宋代には,これまでの王朝が有力な軍人によってしばしば政治的な干渉を受け国政が混乱しあるいは帝位を簒奪されてきたという反省を生かして,軍人の権限を縮小するとともに,科挙によって登用した官僚のみを重要な役職に就ける政策を取った(文治主義).さらにはこの科挙の最終試験を皇帝自らが行うことで,皇帝と高級官僚の結びつきを強くし,より皇帝に権力が集中する体制を作ったのである.こうした大きな政治改革を行ったのが北宋初代皇帝の趙匡胤なのだった.

 本日11月14日はそのような日なのだった.

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2017年11月13日 (月)

高松に行ってきました

Img_3326  この木曜日の午後から土曜日に夜にかけて,四国の高松に行ってきました.目的は当地で開催された学会に参加するためです.自分の所から高松までは羽田から飛行機で行っても,新幹線と瀬戸大橋線の乗り継ぎで行ってもほとんど所要時間に差がないんですが,今回は飛行機利用となりました.学会の本番は金曜日(10日)からですが,木曜日の夕方に関連の会合等があることから先乗りすることにしたものです.

 公私にわたり各地を飛び回っている自分ですが,高松は2009年1月以来の訪問になります(日本100名城の高松城登城目的での訪問).

Img_3321  会場はJR高松駅前にあるサンポート高松です.会場周辺は関係者で大賑わいでした(笑).学会というと,ランチョンセミナーやドリンクコーナーなど飲み食いのセッションも魅力的なんですが,今回はうどんで有名な高松ということで,無料でうどんが振舞われるコーナーもありました(ただ,会場は屋外,しかもメニューはぶっかけうどんだったため,特に風が強くて寒くなった2日目はちょっと辛かったというウワサも 笑).

 学会の発表形態としては口演とポスターがあります.口演は着席形式の会場でスライドを示しながら発表する形式で,一方のポスターは広い展示場みたいなところにポスターを張り,発表者はその前で説明する形式となります.今回の自分の発表はポスターだったんですが,今回のポスターセッションは,通常の紙製巨大ポスターではなく,巨大画面にポスターを映し出すeポスターという形式でした(近代化というよりも,巨大なポスター会場を用意できなかったための苦肉の策という感じでした).

Img_3342 Dsc_1170  写真,左側は今回のeポスター,右側が従来型の紙ポスターです.

 久しぶりの四国滞在,堪能いたしました.

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2017年11月 7日 (火)

ハンガリー国立歌劇場のルチア

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 気が付いたら11月になりました.10月はいろんなことがあって余裕がない1か月だったことあり,仕事以外での遠出もありませんでした(自分的には珍しいかも 笑).そんな10月の下旬にハンガリー国立歌劇場が来日していることに気づきました.今回の演目はJ. シュトラウスの「こうもり」とドニゼッティの「ランメルモールのルチア」です.オペラ好きの自分,しかも最近娯楽がなかったこともあり,こりゃ行くしかないと決意した次第です.で,鑑賞する演目ですが,「こうもり」も魅力的ですが,自分的にはやっぱり「ルチア」だろうということで,近郊で開催される「ルチア」の日程を調べてみました(こうもりは今後二期会と新国立で鑑賞予定あり).

 しか~し,ほとんどの日程が出張と被っています.唯一観に行けそうなのが,11月6日武蔵野市民文化会館での公演ということで,チケットを入手し行ってきました.

23172574_1518479641582729_791107611  ルチアの概要に関しては今年の3月に新国立劇場での公演の際に記事(新国立劇場のルチア )にしているので多くは語りませんが,19世紀イタリアで流行した狂乱オペラの傑作です.今回タイトルロールを歌うのはハンガリーのエリカ様(笑)こと,エリカ・ミクローシャさん,当たり役は魔笛の夜の女王とのことで,コロラトゥーラの名手です.この日のルチアでも後半の20分もの長大アリアを朗々と聴かせてくれました.

 ランメルモールのルチアといえば,タイトルロールのルチアの悲劇というイメージが強いんですが,自分的にはルチアの政略結婚の相手であるアルトゥーロ・バックロー卿の方がよっぽど悲劇じゃないかと感じます.なぜなら,アルトゥーロは単に金持ちだということでルチアの兄,エンリーコ・アシュトン卿によってルチアの政略結婚の相手にされ,彼女との結婚式に呼び出されました.まあ政略結婚のことは彼も認識はしていて,やってきた際には「自分が来たからにはこの家も大丈夫だ」的なことを言って歓迎されるんですが,肝心の花嫁(ルチア)には邪険にされ,さらに式にはルチアの彼氏だと名乗る男(エドガルド)が乱入してきます.極め付けには式の晩に発狂したルチアに無残にも殺されてしまうというのですから全く悲劇の一言です.しかも犯人のルチアは犯行時心神喪失状態にあり,今の裁判なら罪に問われない可能性が高いなどまったくもって浮かばれません.現代のワイドショーなんかだと,

「結婚式暗転!富豪のアルトゥーロ氏,花嫁に惨殺される.二人の間に一体何が?」

などと格好のネタにされることは間違いないでしょう.そんなことも感じたルチア公演でした.

Dsc_1772  ちなみに会場となった武蔵野市民文化会館でのコンサートを主管する武蔵野文化事業団は独特のチラシで一部の間で人気が高いんですが(笑),この日の会場入り口にもこうしたチラシ(武蔵野チラシ)がたくさん張られていましたが,その中にあって稲垣潤一のコンサートのみ普通のチラシでした.きっとこれは,武蔵のチラシにしてはまかりならぬという稲垣潤一の事務所の圧力があったのではと想像しています.

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2017年10月31日 (火)

宗教改革500周年

 今日は10月31日,近年日本ではハロウィーンのイメージが定着しているが,世界史的にはマルティン・ルターの宗教改革記念日として知られている.

 帝政ローマ初期に誕生したキリスト教は,時の皇帝によるたびたびの迫害に会いながらも徐々に地中海世界に広まり,3世紀には社会的に無視できない勢力となっていった.そして4世紀前半のローマ皇帝コンスタンティヌス大帝による公認を経て,5世紀のテオドシウス帝の時代に至り帝国の国教とされるまでになった.

 中世に入ると特に西ヨーロッパで世俗権力が弱体化し,小国分立の様相を呈してきたこともあって,超国家的な組織である教会の権威・権力は大いに高まった.この間イスラム勢力の勃興や聖像礼拝を巡る問題もあって,西のローマ教会と東のコンスタンティノポリス教会の対立が深刻化し,11世紀に決定的な分裂にいたる.以後西ヨーロッパはローマカトリック教会の独壇場となり,その権力は11世紀末から13世紀の十字軍時代に絶頂を迎えた.

 十字軍の失敗後には,さすがにその権勢にも陰りが見え始めたが,世俗領主の側面も持つ高位聖職者の実力はまだまだ強いものがあった.一方でこうした聖職者の堕落も著しく,中世末期から近世にかけてはしばしば教会改革の動きも見られた(この時代の教会の歴史は高位聖職者が堕落してくると,修道院出身の気合の入った聖職者が登場して引き締めに走るといったパターンが多い).一方で学者など外部からの教会批判に対しては厳しい押さえつけが行われた(15世紀ボヘミアのフスの処刑など).

 ルネサンス期になるとフランスやイギリス,スペインなどでは国王による中央集権が進んだ結果,これらの地域からの教会収入は大きく減ってしまった.このためローマ教会は,中小諸侯が乱立し,教会領も多い神聖ローマ帝国(ほぼ現在のドイツ語圏)に目をつけ,この地を主な収入源とするようになった.こうした中16世紀初めのローマ教皇レオ10世はサン=ピエトロ寺院修復などを目的として,ドイツ国内で大量の免罪符の販売を開始した.

Lucas_cranach_i_workshop__martin_lu  これに異議を唱えたのがヴィッテンベルク大学で教鞭をとり,自らも下位聖職者だったマルティン・ルターである.彼は免罪符販売を批判し,当地の教会にいわゆる「95か条の論題」を打ち付けた.時に1517年10月31日,これが宗教改革の始まりとされている.このルターの宗教改革以後も多くの動きがあり,その後西ヨーロッパのキリスト教世界はローマカトリック教会とプロテスタント諸教会に分かれていくことになる.

 今日はそんな宗教改革500周年というものすごい節目の年である.ただルター派の多いドイツではそれなりに盛り上がっていそうだが,キリスト教世界の中では多数派であろうカトリック教徒や正教徒にとっては,宗教的な意味はない普通の日なんだろうと想像した.

 ちなみにルター派の教会である聖トーマス教会のカントールだったJ. S. バッハはこの宗教改革記念日のためのカンタータも作曲しており,カンタータ80番「神はわが堅き砦」はルターが作曲したコラール旋律を使用した作品として名高い.

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2017年10月30日 (月)

獺祭!!

 お酒好きな自分,旅行はもちろん,出張等で出かけた際にもその土地のお酒(日本酒や焼酎など)を購入ます.で,日本酒などは自宅にしまっておいて,気が向いた時に飲むというパターンになっています.

 今年の5月に山口県に出かけた際に,岩国市の有名な日本酒である獺祭を購入してきました.その後家のワインセラーに保管されていたんですが,昨日SNS上で友人がこれを飲んでいる様子をアップしていたのに触発され(笑),ついに開けることにしました.

Img_3300  昨夜は出張当直だったため,今日は定時で上がって帰宅しました.せっかく獺祭を開けるのだから,食べるものもきちんとしようということでこの日のメインはぶりのしゃぶしゃぶになりました(あとはお刺身も).

 一口飲んで,やっぱり美味いなと感じます(^^)v.蔵元が酔う酒ではなく味わう酒をと言っているんですが,まさにそれがよくわかるのでした.

Img_3297  こちらの写真は出張先から見えた今朝の富士山です.木曜の朝は冠雪していましたが,いつの間にか溶けた様子です.

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2017年10月29日 (日)

10月29日の出来事

 今日は10月29日,先週に引き続き(?)日本列島には台風が近づいていて,各地で強い雨が降っているようです.こんな日は行楽に出かけようという気分にもならないので,逆に絶好の当直日和と言えます(笑).そんな雨降りの日曜日は隣県の病院に出張当直に来ています.

 こうした応援当直は朝から翌朝までの丸一日です.まあ救急外来がない病院なので忙しくはありませんが,一日院内に監禁(笑)されるので,飲み物やおやつなどは事前に用意しなければなりません(小さな病院なので売店はない).というわけで途中セブンイレブンに寄ったんですが,レジで会計をしたらくじを引けといわれました.いわれるままに箱に手を入れ,適当にくじらしきカードをひいて店員に見せたところ,何やら当たったようです (^^)v

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 当たったのはこちら,エッセンシャルシャンプーです(笑).能書きによると,ハネ寝ぐせを抑えるシャンプーだそうです.自分にピッタリじゃないかと感動しました(このシャンプーの定価がわからないんですが,結構上の方の当たりじゃないかと思った).

 そんな10月29日は歴史的に何があったんだろうと調べてみたんですが,モーツァルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」がプラハのスタヴォフスケー劇場で初演されたのが今から230年前のこの日だそうです.

 モーツァルトはそれこそ交響曲から協奏曲,歌曲から宗教曲等すべてのジャンルの作品を残していますが,そんな彼が最も力を入れていたのがオペラだと言われています.特にウィーンに移ってから作られた諸作品は人気が高く,今での世界中のオペラハウスで定番のレパートリーとなっています.

 1786年に初演されたフィガロの結婚は,ウィーンではあまりヒットしませんでしたが,当時ハプスブルク帝国の一部だったプラハでは大ヒットとなり,モーツァルトもこの街に呼ばれて大歓迎を受けました.そして,新たに新作オペラをという依頼を受けて作曲されたのがこのドン・ジョバンニです.プラハでの初演は成功を収めたものの,その後各地での評判はイマひとつだったようです.ただその後時代が移るにつれて作品の評価も上がり,現在ではフィガロやコジ・ファン・トゥッテ,魔笛と並ぶ人気作品となっています.

 ついでに,その他の10月29日としては第一次世界大戦によるオスマン帝国の崩壊による混乱のなか,アンカラに成立したケマル・アタチュルクに指導された政権がトルコ共和国の建国を宣言した日ともなっています.

 そんな歴史にも思いを馳せている2017年10月29日でした.

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2017年10月28日 (土)

近況報告

 10月に入って更新が滞っていたこともあり,頑張って連日更新していた日々もありましたが,気が付いたらまた1週間近く空いてしまいました(汗).衆議院選挙と台風21号があった週末を経て,今週は日常業務や当直などが副業(笑)が頻繁に入り忙しくしていました.

 この間10月25日は沼津市の病院の応援当直に行ってたんですが,明けた26日窓からは冠雪した富士山の姿が!

22814091_1505418559555504_310444556  前日は曇りで気づかなかったんですが,この日の夜のうちに冠雪した模様です.実はこれが初冠雪だったらしいと知ったのは,自分の職場に戻った後のことでした(笑).

 この出張先の病院では,月末に迫ったハロウィーン飾りも出ていたんですが,一連の飾りの中で自分のハートを鷲掴みしたのがこちら!

Dnlrpqcuqaabswkjpg_large Dnlrv72u8aasonyjpg_large  ジャック・オー・ランタンを意識しているんだとは思いますが,どう見ても「なめこ栽培キット」の”まさる”にしか見えませんでした ( ;∀;).

 そんな活動をしている10月末でした.

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2017年10月22日 (日)

選挙と台風

 今日2017年10月22日は衆議院総選挙の日,直接民主制を採用していないわが国では国民が国政に関与する極めて貴重な機会です.今後の我が国のかじ取りをどのような人たちに任せるべきなのか,一人一人が判断し悔いのない投票行動を取ってもらいたいものです.

 一方で今日は台風21号接近のニュースも流れています.

 関東上陸「史上最強クラス」23日未明から明け方に 300ミリは都心の1カ月分超

 超大型で非常に強い台風が日本列島の南岸を北上中で,予報によれば明日の未明に関東地方に上陸する可能性があるのだそうです.今現在(夕方5時)当地は風もなく朝から降り続いていた雨も一段落していますが,今夜からまた雨脚が強まる可能性があるようです.今夜は選挙速報もありますが,台風関係のニュースにも注意する必要があるようです.

 そんな10月22日は自分は朝から当直です.台風で行楽とは縁遠い今日はまさに当直日和,なんたって台風の影響が一番出そうな明日朝の出勤の必要がないんですから(笑).業務の合間に来月の学会の準備もしようと思ったのでした.

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