2018年5月24日 (木)

学会に行ってきました

 久しぶりの投稿になりました.5月12~13日に行われたひの新選組まつりの余韻に浸る間もなく日常の現実にさらされています.そんな現実のひとつである学会が行われているため,自分も参加してきました.

 会場は北海道札幌市,当地から行く場合アクセスは空路になるわけですが,一般的に札幌の玄関口となるのは新千歳空港です.

 が,しか~し

 ビザンチン皇帝が出かけるときにそんな常識は通用しません (^.^).今回はもっと東の女満別空港から入りました.理由は現在取り組んでいる位置ゲーム,ケータイ国盗り合戦のためです.これは日本全国を600の国,6000の空に分割し,その地点に行ってスマートホンを操作することでそれらの国,空を獲得していくというゲームです.こうした旅系・集める系に目がない私ですから,数年前から取り組んでいます(現在540の国,3800強の空を獲得済み).北海道のような普段住んでいる土地からみて遠隔にある場所はなかなか行くのが難しいため,なるべくこうしたチャンスは無駄(?)にしたくないからです.学会は水曜日からなんですが,今回は前日(火曜日)の午後に飛びました.

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(左写真1) 飛行機から見えた屈斜路湖,(右同2) 女満別空港

 羽田から1時間40分のフライトで到着,現地は晴れの良いお天気,気温も20度越えでかなり温かかったです.

 空港でレンタカーを借りて,メイン路線である国道39号線を中心に周辺の空を撮りまくりながら東に向かい,この日の夜は旭川に宿泊しました.ホテルにチェックインしたのち,近くにあったジンギスカンが食べられるお店で夕食を取りました.

Img_3751 (写真3) ビールの飲み比べ 🍺

 翌日は早朝に起きて,学会が行われる札幌に向かいます.北海道全図を漠然と眺めると,札幌-旭川ってそんなに離れていないように感じるんですが,実は140キロくらい離れており,特急でも1時間半かかるのでした.

 学会場は中心部のロイトン札幌&ニトリ文化ホール&教育会館の3か所(いずれも徒歩圏内),ロイトンで受付をして,まずは教育会館で行われる生涯教育セミナーへ.これに参加すると専門医を更新するためのポイントが得られるという寸法なんですが,普段自分が専門にしていない領域に関する最新の知見は非常に勉強になりました.

Img_0512 (写真4) 学会場

 午後からはいくつかのシンポジウムに参加するなどして過ごし,夕方からは札幌近辺の空をいくつかとって,今度は新千歳空港へ.空港内のお寿司屋さんに入って夕食と日本酒をいただいたのでした(結局食に走ってしまう自分 笑).

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(写真5,6) お刺身と握り(珍しいニシンの握りがありました)

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2018年5月15日 (火)

第21回ひの新選組まつりレポ第1部完成!

 ひの新選組まつりが終わって2日,人によってはお祭り後の鬱状態(ひのパレロスとかひのパレブルーとかいう)に嵌っている人もいるようですが,自分の場合来週から学会シーズンに突入するため,そうそう感慨に浸ってもいられません.今年は8年ぶりにコンテストにも出場したということで,絶対にレポをまとめようと思っているんですが,来週にはそんな状況ではなくなるため,今週中が勝負です.そんなわけで記憶が薄れないうちに書き始め,まずは第1部の隊士コンテスト編が完成しました.2部構成は久しぶりです.無駄に長い気もするんですが,見てやってくださいませ(PCやタブレットは問題ないですが,スマホだとちょっと見にくいです 汗).

第21回ひの新選組まつり 第1部隊士コンテスト編

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2018年5月13日 (日)

第21回ひの新選組まつりに参加してきました

Img189  この週末に開催されていた、第21回ひの新選組まつりに参加してきました。肝心のパレードは強雨のために半分ほどで中止になってしまったんですが、8年ぶりにコンテストにも出場するなど充実した2日間でした。これから月末、来月にかけていろんな用事が立て込んでくるため、記憶がどんどん薄れていくことが予想されます。このため早いうちに集中してレポ作成に取り組みたいと思います。

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2018年5月 6日 (日)

日本100名城スタンプラリー101

続日本100名城 忍城(118番)

 今年の4月6日(城の日)からついに始まった,続日本100名城スタンプラリー,歴史好き&こうした集める系のネタに目がない自分にとって,参加しないという選択肢があろうはずもなく,公式ガイドブックも購入してあとは開始するだけとなっていた.ただ,なかなか出かけるタイミングが見つからず約1か月放置されたままになっていた.

 が,5月の連休唯一の休みとなった5日は朝から快晴の良いお天気,こりゃどこか行くしかないということで,続100名城の中でも至近ではなく,かといって日帰り圏である埼玉県行田市の忍城に行ってきた.

P5052064 (写真1) 忍城三階櫓(当時のものを復元したわけではない)

 忍城は室町時代の文明年間に豪族の成田氏によって築かれたといわれている.当地は荒川と利根川に挟まれた大湿地帯であり,広大な沼地のあちこちに島のように高台が陸地として浮かんでいるような地形だった.忍城はこの地形を巧みに利用し,広大な沼を天然の堀として防御に役立てている.

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(左写真2) 当時の遺構である土塁,(右同3) 土塀は復元されたもの

 この城を歴史的に有名にしたのが1590年の豊臣秀吉による小田原攻めである.北条氏の本拠である小田原攻略に先立ち,秀吉は当時関東各地にあった北条氏の支城を攻略していった.この忍城も同年6月に攻略に着手,指揮にあたったのが後の五奉行の一人石田三成である.秀吉の意向もあり三成は忍城を水攻めにするもうまくいかず,結局小田原の北条氏が降伏するまで忍城は落ちなかった(この水攻めの際,水の中に本丸が浮かんで見えたことから浮き城の別名がある).江戸時代に入るとここは主に譜代大名の領地となり,特に島原の乱後の17世紀半ばから19世紀前半の文政年間までは阿部氏を藩主とする忍藩の居城とされ整備が進んだ.明治維新後はご多分に漏れず城郭の破却が進み,特に建造物に関しては一部の門を除き現存していない.

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(写真4) 懐かしい感じのする秩父鉄道行田市駅

 自宅を出て小田原駅から湘南新宿ラインの特別快速に乗車,約2時間半で熊谷駅に到着し,ここから秩父鉄道に乗り換え3駅で行田市駅で降りる.埼玉県は東京都と同様に東側に都市が西側に田園や山が広がる構造になっているが,この地域は典型的な田園地帯である(ここから西に行くともう秩父だ).

P5052082 (写真5) これは江戸時代の忍藩の藩校の門を移築したものだそう

 駅から南西に歩いて15分ほどで城の本丸跡に建つ行田市郷土博物館に到着,ここには忍城に関する資料のほか,当地で盛んだった足袋の生産のに関する展示もあった(入場料200円).この資料館に接続する形で1988年に御三階櫓が鉄筋コンクリート製で建てられている.忍城に三階櫓が存在したことは歴史的事実であるが,それは今櫓が立っているのとは異なる場所であり,時代考証的には問題がある.本丸部分には一部の土塁が存在し,これは当時の遺構といえる(その他土塀も再建されている).

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(左写真6) 当時の外堀の姿を残す水城公園,(右同7) 成田御門跡(小学校のそばだった)

 ただ当時の忍城の大部分は現在市街地化されているため,当時を偲べるものは少ない.ただ,資料館から徒歩15分ほど離れた水城公園は当時の外堀の一部を整備して講演としたものである(一方で街中を歩くと「●△門跡」といった案内碑も目にする).

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(左写真8) 丸墓山古墳(この上が石田三成の布陣場所),(右同9) 石田堤は今は歩道になっている

P5052102 Img_0376 (左写真10) 古墳上からは本丸の櫓が見えます,(右同11) こちらは東日本最大の前方後円墳である二子山古墳

 行田市といえば東日本最大の古墳が存在する土地として知られ,さきたま古墳群として整備されているが,その中にある丸墓山古墳が忍城水攻めの際に石田三成が布陣した場所であり,その周辺に今も存在する土手が彼が水攻め用に作らせた堤で,現在石田堤と呼ばれている.

忍城へのアクセス: JR吹上駅からバス,または秩父鉄道行田市駅から徒歩で本丸跡に到着します

スタンプの設置場所 本丸跡に建つ行田市郷土資料館入口にあります.

登城のハード指数(★☆☆ ハードではありません) 平城なので高低差はなくスムーズに移動できます.ただ城の遺構はあちこち散らばっているので,それなりに歩くことになります.

Img_0378 登城日 2018年5月5日

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2018年5月 3日 (木)

5月になりました

 さて,気が付いたらすでに5月に突入している.世間ではゴールデンウィークということで,人によっては9連休なんていう人もいるようだが,基本的にこの時期はどこに行っても混んでるし高いので,自分的にはあまり行楽には出かけない季節である(その代わり当直はバシバシ入っている 笑).

 そんなGWが終わればいよいよひの新選組まつりの週末だ.今年は8年ぶりにコンテストに参加する予定でもあるのでぼちぼち準備を始めているところではある.先月末には日野市観光協会から関連資料が送られてきていた.

Img_0350  中には例年同様のパレード参加にあたっての注意事項と,コンテスト参加者用の案内書の2種類の資料が入っていた(そのほか各種チラシも).

 パレードの参加事項に関しては例年同様,当日の流れが記されている.それによると潤徳小学校で着替えをして高幡不動尊に集合,同地区でのパフォーマンスを行い不動尊で昼食となっていた.実は近年では前半の方の隊はあらかじめ午後の会場に移動して,そこで昼食という流れらしいので,この段階で自分は後半の隊に振り分けられることが確定したわけだ.

 そしてパレードにあたっての注意事項,これまで近年すっかり定番になった

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 薄桜鬼や刀剣乱舞等、キャラクターのコスプレや奇抜な衣装での参加は禁止しております

という文言も健在だった.実は2012年(第15回)にはこうしたキャラクター扮装の人達を集めた歴装隊というのも存在したのだが,その後の議論(?)の中でこの路線はお終いになっている.ただひの新選組まつり(というか日野市観光協会)がこうしたキャラものを排除しようとしているのかというと,さにあらず,売店などではこうしたキャラクター商品も扱っていたりするので,売り上げに貢献してくれる存在として,こうしたキャラものを捨てさることもできない,微妙な立ち位置になっているように感じている.

 さて一方でコンテストの方であるが,8年ぶりのコンテスト資料ということで興味深く拝見したのだが,パフォーマンス時間1分というのは以前と変わらないものの,例外は認めません的な文言や,パフォーマンスを手伝う人間の存在は認めません的な文言が出ていたのが興味深かった.だいたいこういった注意事項があるということは,過去にそうした人が存在したということであり,もしかしたら「自分は特別だから1分以上パフォーマンスさせろ」とごねた人や,仲間数人でパフォーマンスをした人がいたのかもしれない(震災以降そもそもコンテスト自体見に行ってなかったしなぁ).

 なんにせよ非常に楽しみな第21回ひの新選組まつりである.

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2018年4月29日 (日)

南部アフリカ旅行記⑦

 旅行からすでに3か月経っていますが,南部アフリカ旅行記いよいよ後半です(もたもたしてると次の旅行が始まってしまう (゜o゜)).

 1月24日水曜日,今回の旅行も折り返し点を過ぎていよいよ後半となる.この日はヨハネスブルグから飛行機でジンバブエのビクトリアフォールズの町に移動する日程である.モーニングコールは6時,ヨハネスブルグは1泊だけだったのでたいして荷物の出し入れがなかったため,パッキングはスムーズだった.身支度をして朝食のレストランへ,一般的なビュッフェスタイル(卵料理も付くアメリカンスタイル)だったが,ソーセージが固いのがやや難点だった(笑).

P1240598 P1240597 (左写真1) 朝食会場の卵コーナー,(右同2) この日の朝食

 朝食後は再び部屋に戻って準備し,7時30分にロビーに集合である.今回の参加者はみな時間にきちっとしてるので極めてスムーズにバスに乗り込んだ.空港への道中は昨日に続いてガイド氏による南アフリカの政治経済の話題,今日も非常に濃厚なお話が伺えた(笑).

 市内の交通はスムーズで8時過ぎには空港に到着である.ここからジンバブエのビクトリアフォールズに向けてのフライトとなるのだが,ここは国際線になるのでチェックインは自分でやらなければならない.南アフリカ航空のカウンターで手続きを行う.ジンバブエ入国にはビザが必要となるため,係員に「ビザは?」と聞かれたので,「向こうに着いてから取る」と答え,そのままスルーとなった.

 ここで件のガイド氏とお別れしてセキュリティに向かう.近年世界的にどこでもセキュリティは厳しくなっているのだが,ここアフリカ南部地域は緩いらしく,ブザーが鳴ってもササっとチェックするだけだった(機械も古典的.一応アメリカから全身スキャン式の機械も送られているらしいが使われていないとのこと).セキュリティを抜けると続いては出国審査,ここもあっという間に手続きは終わり出発ロビーに出た.

Img_3637 (写真3) 空港のラウンジでワインをいただく

 この段階でまた9時前,搭乗ゲート集合は10時なので,まだ1時間もあるではないか! ということでまずは目の前の免税店で緊急用のウイスキーする.日本から持ってきたものが昨晩でなくなってしまったからだが,今回の旅行ではミニバーが開かなかったり,ミニバーそのものがなかったりと毎日が緊急事態(笑)なのである.今回は760mLサイズを購入した.その後は例によってラウンジに入ってワインを楽しむ時間,朝っぱらからワインを飲めるのが休暇の特権だ.

 時間になったのでゲートに向かうとちょうど搭乗が始まるところだった.我々はグループ一段となってゲートのチェックを抜ける.それぞれ搭乗券とパスポートの写真の乗っているページを見せて通過するのだが,私の直前に通過した一人参加の若い女性のパスポートの生年月日がチラッと見えてしまった ( ゚Д゚).実は自分よりも年上らしい!! ものすごくショックを受けたビザンチン皇帝だった.

P1240623 (写真4) 軽食のビーフサンドイッチ(結局これがこの日の昼食になった 笑)

 10時40分に飛行機は動き始め,まもなく離陸した.安定飛行に入って軽食が配られる.ビーフとなんとかの選択だったが,”なんとか”が聞き取れなかったのでビーフを選択,サンドイッチだった.我々の前方にユダヤ人っぽい人がいたのだが,ちゃんと専用の軽食をもらっていた(コーシェル・フードというわけだ).

P1240839 (写真5) 飛行機からもビクトリアの滝の水煙が見える

 12時過ぎにもうすぐ着陸するというような機内アナウンスがあった.は,早いな(汗).その後徐々に高度を下げていく.窓の外を見ると熱帯雨林が広がっている.その先にもくもくと水煙が,「ビクトリア・フォールズだ!!」はやくもその姿を拝見し,感動に浸った我々である.その後まもなく飛行機は無事にビクトリアフォールズの空港に着陸した.

 機体が停止し外に出ると,「あ,暑い~」,涼しい高原のヨハネスブルグと大違いである.その後一同はなるべく早く入国審査場に向かう.これはここで取得しなければならないビザのためである.これから入国するジンバブエはビザが必要なのだが,これには1回ビザ,2回ビザ,数次ビザの種類があり値段も違う.一度入国してその後第三国に出国,おしまいという流れなら1回ビザで何の問題もないのだが,今回の旅行ではビクトリアの滝の観光のために一度ザンビアに行ってその後ジンバブエに再入国,翌日にはチョベ国立公園に行くためボツワナに出国し,同日夕方にジンバブエ再々入国と都合3回入国することになる.こうなると一番高い数次ビザが必要になるわけだが,ここで強い見方が登場する.それはジンバブエ・ザンビア両国を行き来自由&ボツワナへの一時出国も可というユニビザ(KAZA VISA)である.50米ドルで入手できるので,ジンバブエ数次ビザ+ザンビアビザ(55米ドル+50米ドル=105米ドル)よりも断然安い!! しかしこのビザ,一日の発行枚数が限定されているらしく,ようは早い者勝ちなのだ.我々が急いで審査場に向かったのはそういう理由があったのである.

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(左写真6) 断崖と滝のモニュメント,(右同7) ライオンが捕食する瞬間のモニュメント

 そんな審査場だったが,この日は観光客が少ないのかビザ発行カウンターにはほとんど人が並んでおらず,我々のユニビザ入手はあっさり成功 (^^)v.その後の入国審査から税関も極めてスムーズに通過し,13時には空港の到着ロビーに解放された(添乗員さんがこれまでの最速記録だと言っていた.ひどい時には抜けるのに2時間以上かかることもあるとか).ロビーには動物のモニュメントが飾られるなどアフリカムードいっぱいである.ここで現地ガイドと合流し外に出る(ここのガイドさんは日本人ではなく,英語を話す現地人の方だった).すると我々を待ち構えていたかのように現地人が合唱を始めた.もちろんチップ目当てのパフォーマンスなのだが,妙にハモってて感心した.

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(左写真8) お出迎えの合唱隊,(右同9) ビクトリアフォールズ空港

 ここで利用する車はヨハネスブルグと同様マイクロバス+荷物牽引車である.一同乗り込むとさっそくホテルに出発,ケープタウンやヨハネスブルグと違って周囲は熱帯サバンナである.20分ほど走ってビクトリアフォールズの町に入る.左折するとホテルに向かう交差点の正面向こうに滝の水煙が見え,一同歓声が上がる.

P1240852 (写真10) 周辺はサバンナです

 その後少し走ってこの日から3連泊するホテル・エレファントヒルズに到着,チェックインを済ませてさっそく部屋に入る.エアコンもばっちり利いているリゾートホテルである.バルコニーからはサバンナが見渡せるのだが,サルが出没していて油断すると部屋の中に入って来て荒らされるので,窓は決して開け放たないように念を押された(笑).

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(左写真11) ホテルのフロント,(右同12) ホテルからも滝の水煙が!

 この後の予定は16時頃からザンベジ川のサンセット・クルーズである.ただ先述のようにホテル到着が予想外に早かったため結構空き時間ができた.というわけで,我々はしばらく休んだ後,ホテルのプールに繰り出すことにした.

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(写真13) ザンベジビール

 プールは上下二段に分かれていて,それぞれプールサイドにはビーチチェアが並んでいる.深さは浅いところで1メートルくらい,深いところだと1.8メートルくらいになるようだ.見ると下段のプールサイドは白人客でほぼ満員状態だったため、我々は上段のチェアを占領する(こっちは貸し切りだった).結局下段は白人のみ,上段はカラードのみになっている.これが新手のアパルトヘイトなのか(笑).ここではプールで泳ぐ傍ら地元のザンベジビールをいただいた.それにしても南国のプールは気持ちいい.

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(左写真14) プールでくつろぐ自分,(右同15) 下段は白人専用エリアです(嘘)

 しばらくプールでくつろいだ後部屋に戻り,着替えをして集合場所に向かう.何度も言ってるように今回の旅行には困ったちゃんがいないので何事もスムーズだ.そのままバスに乗り込んでクルーズ船の船着き場に向かう.サバンナ地帯を20分ほど走って到着だ.船はまあまあ大きくて2階建て,2階の方が景色がよさそう(だが日差しや風は強そう)だったのだが,すでに満員になっていたため1階の海に近い部分に陣取った.ドリンクは飲み放題で,その他軽食が出てくるスタイルだ.ビール・ワイン・ビールといただいたのは言うまでもない(笑).

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(左写真16) ザンベジ川,(右同17) 船内の様子

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(左写真18) 乾杯! (右同19) こうしてみても大河だとわかります

 しばらくして船は動き始めまずはザンベジ川の上流に向かう.ザンベジ川はナイル川・コンゴ川・ニジェール川に続くアフリカ大陸第4の川で,ザンビア北部のアンゴラとの国境付近に端を発してザンビア国内を南下,やがてザンビアとジンバブエの国境を流れて,モザンビーク国内に入ってインド洋に達する.ビクトリアの滝があるのはちょうど中流域で我々がクルーズしているのは滝のちょっと上流部分である(ザンベジ川の中流域は急峻な部分が多く,こうしてクルーズができる穏やかな部分は滝の上流側などわずかしかない).お酒を楽しみながら,時々川から姿を現すカバを見つけたり,付近の枝に止っている鳥を観察するなどみな思い思いの時間を過ごしていた.

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(左写真20) 鳥がいます,(右同21) こちらはカバ

 やがて夕暮れ時,サバンナに夕日が沈んでいく.ザンベジ川にも夕日のオレンジが鮮やかに投影されている.嗚呼平和だ(そして休暇だ)と実感する瞬間だった.

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(左写真22) ザンベジ川の夕日,(右同23) 木々も赤く染まります

 日が暮れると周辺はどんどん暗くなり,さらには雲が出て雷までなり始めた.船は急いで桟橋に戻る(時計を見たら予定より30分近く多くクルーズしていたらしい).小雨も振り出したが幸い濡れることもなくバスに乗り込んだ.そのままホテルに戻る.

Thunder1 (写真24) 雷が!!

 この日の夕食はホテルのレストランである.部屋に荷物を置いてすぐに会場へ.こじんまりとしたビュッフェスタイルだった.この日は牛肉に加えてイボイノシシの肉にも挑戦した.食事中にはまたまた男声合唱チームが(空港にいたのと同じユニットかどうかはわからない)演奏にやってきていた.

 食事後は部屋に入ってシャワー… と思ったのだがひねってもお湯が出ない ( ゚Д゚).洗面台の方の水は出るので元栓というわけではなさそう.困ったので添乗員さんに連絡してホテルの係員を呼んでもらった.スパナやらなにやら持って現れた係員,ちょっと蛇口をひねると…

 じゃぁ~~💦

 なんと!お湯が出たではないか!!,さっきまでは何だったんだろう? なんだか狐につままれたような気分になった.とはいえ無事にお湯が出たのでシャワーを浴び,さらには今朝空港で買ってきた緊急用ウィスキーを飲んでさっさと眠りについたのだった.

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2018年4月27日 (金)

新しい蝶ネクタイ

 気温が上がったり下がったりしながらも,全体としてはどんどん温かくなっていくのがわかる今日この頃です.

 日頃ネクタイを締めることが多いんですが,コテコテのビジネススーツに身を包んで… というわけではないので,そこはある程度の遊び心を入れています.特に自分の場合は蝶ネクタイを取り入れることも多くて,職場では時々蝶ネクタイを締めてくる存在として認識されています(笑).

 実は今年の1月にヨハネスブルグのショッピングモールで新しいネクタイを購入しました.

31326890_1707434666020558_847616004  白地にバラの花が描かれた一品.店先で見つけた瞬間から欲しいなぁ~ と思い衝動買いしてしまいました(笑).ただ帰国したとき日本はもちろん真冬,こうしたネクタイを使うシーンではないのでしばらくは押し入れの中にしまわれていました.

 が,春が来てようやく使える季節が来たかということで,昨日職場で初お披露目となりました.患者さんや他の職員からの評判もなかなか良かった印象です.これから暑くなってくるわけですが,このネクタイにパナマ帽といういで立ちもなかなかいいんじゃないかと思います.

31357672_1708496225914402_756698228  こんな感じになりました.ふと思ったんですが,こうした派手目の蝶ネクタイが合うのって子供か中年以上の男性のような気がするんですがどうなんでしょうね(自分も若い頃はこうした装いをする選択肢はなかったなぁ).

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2018年4月22日 (日)

APCでの入国

 6月に南米旅行に行ってくるんですが,2018年4月現在日本から南米への直行便は存在しないため,必然的にどこかの都市で乗り換える必要があります.ヨーロッパの主要都市経由,ドバイやドーハといった中東経由なんてのもありますが,値段的に一番安いのはやっぱりアメリカ乗り換え便となります.今回は羽田から飛んで,ロサンゼルス,マイアミと2回乗り換えてボリビアのラパスに入る予定です.

 で,アメリカ乗り換えというと,一般に厳しくて時間がかかるというイメージがあります.昔から不法移民の問題があって厳しかったところに,2001年の同時多発テロが起こり,さらにその後の各地でのテロ事件頻発もあってどんどん厳しくなり,昨年のトランプ政権誕生によりまたまた厳しくなっている感じです.たいていの国ではその国に入国せず,第3国に乗り継ぐだけの人(トランジット客)に対して入国審査はなく,一般的な国際線のセキュリティのみで通過することができます.しかしアメリカの場合,単なるトランジットだけでも正式な入国審査&税関検査が義務づけられているため,ただでさえ混んでいる入国審査の列がさらに長くなることになっているのです.

 アメリカの入国審査では係員にパスポートを提示し,簡単な質疑応答と両手全指の指紋採取,顔写真の撮影を行って通過という流れになります.善良な日本人の場合審査そのものは大した手間がかかるわけではないんですが,とにかく列が長いのが問題なわけです(特に南米系や中東系の人の場合時間が長くなる傾向にあり,そうしたグループの後ろについてしまうと最悪である).

 アメリカ当局もそうした状況は認識しており,近年Automated Passport Control(APC 自動パスポートコントロール)と呼ばれる機械を導入しています.これはアメリカ市民&カナダ市民およびESTA利用の外国人向けのもので,タッチパネル式の機械で質問に答え,指紋採取や写真撮影も機械で行い,最後に出てくるレシートを持って,専用の有人ゲートに進むという流れです.要するにこのルートに乗れる人には危険な人物はいないだろうということで,そうした人々を別の流れに誘導することで審査の時間短縮を図っているわけです(実は2015年にウユニ塩湖に行った際にこの機会を利用したことがある.時間短縮が図られたかは記憶にないが).

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APCの様子(United States Customs and Border Protectionのサイトより)

 ただこのAPC,ESTA入国者すべてが利用できるわけではなく,2008年以降に一度ESTAで入国した記録のある人となっています.この2008年というのはアメリカ入国にあたり両手の指紋採取が義務化された年であり,思うにそれ以降の入国者に関しては名前と指紋の記録を参照することで審査を簡略化できるためと推測しています.

 ただ一方でネット上には,この2008年以降一度以上という条件に加えて,パスポートが更新された後の最初の1回はAPCが使えないという話も見かけます.少なくともアメリカ当局および航空会社のサイトにはパスポート更新云々のことは出てきませんから,推測するにパスポートの期限が来るとESTAも自動的に期限が切れるルールと混同してるんじゃないかという気がするんですが,実際のところはどうなんでしょう.まあ今度行ったときにAPCにチャレンジすればわかるわけですが.

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2018年4月21日 (土)

東京マドリガル会のミニコンサート

Madrigalhakone  週の後半になって一気に気候が良くなってきた感じがします.

 週末の金曜日,自分の勤務地の病院で東京マドリガル会のミニコンサートが開催されました.過去記事でも触れているように,ここは現在私が所属している合唱団体のひとつです.会が設立されたのはなんと!1929年(昭和4年)! 当時英国留学から帰国した黒澤敬一氏が滞英中に慣れ親しんだマドリガルを日本でも研究,演奏しようと有志と立ち上げたものです.同年12月に初めてのコンサートが東京の英国大使館で行われ,以後国際関係が緊張して,第二次世界大戦に突入していた時期も毎年途切れることなくコンサートを開催していたそうです.

 恒例のクリスマスコンサートは2016年の第88回をもって一度区切りとなりましたが,普段の例会(東京マドリガル会では日々の練習のことを例会と呼ぶ)は今も行われています.メンバーの高齢化等もあり主催のコンサートはなかなか難しいのですが,こうしたミニコンサートは是非にということでやってきたものです.

P1110434  当日は病棟の食堂が会場です.演奏したのは代表的な英国マドリガル4曲(モーレーの"Sing we and chant it",ギボンズの"The silver swan",ウィルクスの"On the plains Fairy trains",ダウランドの"Awake, sweet love")とイタリアのマドリガーレ1曲(モンテヴェルディの"O Primavera")をメインに英国民謡,そして最後に日本の歌を2曲という構成でした.

 うちの病院には昔からいろんな個人・団体が慰問にやってきます.合唱はもちろんですが,クラシックだと独唱,独奏,合奏,その他では演歌やダンス,お笑いから応援団の方々まで幅広いジャンルの方々がやってきました.ただ英国マドリガルが演奏されたのは病院史上初の出来事だったのではないかと思いました.患者さんも楽しまれていたようでしたが,鑑賞していた副院長が「面白いジャンルですね」と興味を持ったようでした.

 そんなイベントが行われた4月の週末でした.

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2018年4月19日 (木)

ノートパソコンの更新

 仕事柄またはプライベートななことまで,パソコンは必須アイテムです.近年はタッチパネル式のタブレットも活躍する場面は多いんですが,作業効率という点ではマウス式のPCの方が使い勝手がいいと感じています.現在自宅にデスクトップが1台,職場にノートが1台の合計2台のPCを持っています(そのほか実家にもお古が1台置いてある).このうち家のデスクトップが昨年末に壊れてしまい新しいものに更新したことはここでも記したとおりです.そしてこの前の日曜日に…

 ノートPCの方も壊れてしまいました (ToT)/~~~

 モノは東芝のDynabook R632,状況は全くの突然,いきなりストンと落ちたかと思ったら,起動しなくなってしまいました.電源を入れて,メーカーのロゴが出たと思ったら

Img_0342  こんな表示がされたままうんともすんともいいません.

 実はこれ,昨年末に家のデスクトップがハマったのと同じ現象です.一般にPCに電源を入れるとOSが立ち上がってPCが起動するわけですが,起動するためのOSがないぞ!というメッセージだからです.昨年末の時は強制終了させて再び電源を入れるととりあえず復活したんですが,今回はその手はまったく効きませんでした.

 どうなってるんだろう?と思いboot menuを表示させたんですが,

Img_0343  本体のSSD(OSが入っているところ)が認識されていません! どうやら突然死してしまったようです.購入してちょうど5年でした(まあ出張やらなにやら過酷な扱いをしてきたからなぁ).

 などと感慨に浸っていたんですが,ともかくないと仕事に支障をきたすので,速攻で新しいのを購入しました.

Img_0344  自分の場合持ち歩くことが多いので,とにかく軽いことが要求されます.今回はNECのVersaPro VG-Gです.この辺りは消耗品と割りきって今回は中古品を購入しました.

 昨日届いたのでさっそく各種設定を済ませたのでした(あ~あ、またまた出費だ (゜o゜)).

 

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